今治市
愛媛県の市 ウィキペディアから
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今治市(いまばりし)は、愛媛県北東部の東予地方に位置する市。今治市と尾道市を結ぶしまなみ海道があり、大島、伯方島、大三島などの島々を結んでいる。計量特定市に指定されている。
いまばりし 今治市 | |||||
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国 | 日本 | ||||
地方 | 四国地方 | ||||
都道府県 | 愛媛県 | ||||
市町村コード | 38202-7 | ||||
法人番号 | 3000020382027 | ||||
面積 |
419.21km2 | ||||
総人口 |
143,091人 [編集] (推計人口、2024年10月1日) | ||||
人口密度 | 341人/km2 | ||||
隣接自治体 |
松山市、東温市、西条市、越智郡上島町 広島県:呉市、尾道市、竹原市、三原市、豊田郡大崎上島町 | ||||
市の木 | クスノキ | ||||
市の花 | ツツジ | ||||
今治市役所 | |||||
市長 | 徳永繁樹 | ||||
所在地 |
〒794-8511 愛媛県今治市別宮町一丁目4番地1 北緯34度03分58秒 東経132度59分52秒 | ||||
外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
ウィキプロジェクト |
古くから瀬戸内海の海上交通の要所であったことから平安時代以前は伊予国国府が置かれ、江戸時代は今治藩今治城の城下町として発展した。1920年2月に今治町と日吉村が合併し、旧今治市が誕生した。その後2005年に越智郡11町村との新設合併により、新たに今治市が発足した。市町村合併により、新居浜市の人口を上回り、松山市に次ぐ愛媛県下第2位となった。四国地方では各県庁所在地(松山市・高松市・高知市・徳島市)に次ぐ第5位の規模である。市域は四国本土の高縄半島北東部と芸予諸島の一部から成っている。
同じ東予地方の西条市・新居浜市・四国中央市と並んで工業が盛んであり、瀬戸内工業地域の一角として、愛媛県・四国地方を代表する工業都市のひとつでもある。特に造船・今治タオルの地場生産が盛ん。今治市に本社を置く今治造船は造船業で日本一の規模を誇る。また、焼き鳥などでも知られている。西瀬戸自動車道(しまなみ海道)によって広島県尾道市と、また一部の島は安芸灘諸島連絡架橋(とびしま海道)によって広島県の呉市と橋で結ばれている。
今治市のうち、旧吉海町・旧宮窪町・旧伯方町・旧大三島町・旧関前村は過疎地域自立促進特別措置法による一部過疎に指定されている[1]。広島県と一体で特区に指定され、獣医大学誘致や外国人人材の登用など、地方創生に取り組んでいる[2][3]。
1920年に今治町・日吉村が合併して旧今治市が誕生したとき、面積は8.01平方キロメートルで人口は3万295人であった。昭和の大合併が行われた時点で、人口9万6654人、面積74.30平方キロメートルに増大した。その後は順調に人口が増え始め、1985年国勢調査の12万5000人超で頂点に達した(現在の今治市域でみると1980年国勢調査がピーク)が、その後は減少に転じた。2005年に11町村との新設合併により、人口18万627人、面積419.6平方キロメートルとなった[1]。
今治市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 今治市の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 今治市
■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
今治市(に相当する地域)の人口の推移
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総務省統計局 国勢調査より |
瀬戸内海沿岸に位置し、愛媛県北部の高縄半島の北東部を占める陸地部と、瀬戸内海特有の多島海が見られる島しょ部をも含めた多様な市域を有している。
旧今治市を中心とした「陸地部」と伯方島・大島・大三島を中心とした「島嶼部」という分け方も広く浸透している。
今治(今治市山路)の気候 | |||||||||||||
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月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
最高気温記録 °C (°F) | 18.0 (64.4) |
21.7 (71.1) |
28.1 (82.6) |
30.0 (86) |
33.6 (92.5) |
35.4 (95.7) |
37.7 (99.9) |
37.7 (99.9) |
36.3 (97.3) |
33.1 (91.6) |
24.7 (76.5) |
23.3 (73.9) |
37.7 (99.9) |
平均最高気温 °C (°F) | 9.8 (49.6) |
10.3 (50.5) |
13.6 (56.5) |
18.8 (65.8) |
23.6 (74.5) |
26.4 (79.5) |
30.7 (87.3) |
32.2 (90) |
28.2 (82.8) |
22.9 (73.2) |
17.3 (63.1) |
12.2 (54) |
20.5 (68.9) |
日平均気温 °C (°F) | 5.9 (42.6) |
6.1 (43) |
9.0 (48.2) |
13.7 (56.7) |
18.4 (65.1) |
22.0 (71.6) |
26.2 (79.2) |
27.4 (81.3) |
24.0 (75.2) |
18.6 (65.5) |
13.0 (55.4) |
8.1 (46.6) |
16.0 (60.8) |
平均最低気温 °C (°F) | 1.8 (35.2) |
1.7 (35.1) |
4.3 (39.7) |
8.8 (47.8) |
13.7 (56.7) |
18.4 (65.1) |
22.7 (72.9) |
23.9 (75) |
20.4 (68.7) |
14.6 (58.3) |
8.9 (48) |
4.1 (39.4) |
11.9 (53.4) |
最低気温記録 °C (°F) | −3.8 (25.2) |
−6.5 (20.3) |
−3.7 (25.3) |
−0.7 (30.7) |
5.2 (41.4) |
10.9 (51.6) |
16.0 (60.8) |
17.7 (63.9) |
12.8 (55) |
4.7 (40.5) |
0.5 (32.9) |
−3.2 (26.2) |
−6.5 (20.3) |
降水量 mm (inch) | 49.6 (1.953) |
59.8 (2.354) |
96.6 (3.803) |
97.0 (3.819) |
111.8 (4.402) |
196.2 (7.724) |
191.8 (7.551) |
93.8 (3.693) |
165.2 (6.504) |
122.2 (4.811) |
69.6 (2.74) |
59.4 (2.339) |
1,325.5 (52.185) |
平均降水日数 (≥1.0 mm) | 6.7 | 7.2 | 9.7 | 9.3 | 8.6 | 11.0 | 9.3 | 6.7 | 9.5 | 7.5 | 7.1 | 7.2 | 99.7 |
平均月間日照時間 | 139.6 | 146.0 | 184.7 | 198.8 | 215.0 | 163.4 | 202.4 | 229.7 | 161.6 | 165.3 | 136.8 | 129.7 | 2,072.9 |
出典:気象庁 |
大三島(1991年 - 2020年)の気候 | |||||||||||||
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月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
最高気温記録 °C (°F) | 16.0 (60.8) |
20.5 (68.9) |
25.4 (77.7) |
27.9 (82.2) |
30.4 (86.7) |
33.7 (92.7) |
38.0 (100.4) |
37.4 (99.3) |
36.1 (97) |
31.9 (89.4) |
25.5 (77.9) |
22.6 (72.7) |
38.0 (100.4) |
平均最高気温 °C (°F) | 9.6 (49.3) |
10.2 (50.4) |
13.4 (56.1) |
18.6 (65.5) |
23.2 (73.8) |
26.1 (79) |
30.0 (86) |
32.0 (89.6) |
28.3 (82.9) |
22.8 (73) |
17.2 (63) |
12.0 (53.6) |
20.3 (68.5) |
日平均気温 °C (°F) | 5.5 (41.9) |
5.6 (42.1) |
8.4 (47.1) |
13.1 (55.6) |
17.6 (63.7) |
21.3 (70.3) |
25.3 (77.5) |
26.8 (80.2) |
23.4 (74.1) |
18.0 (64.4) |
12.5 (54.5) |
7.7 (45.9) |
15.4 (59.7) |
平均最低気温 °C (°F) | 1.3 (34.3) |
1.1 (34) |
3.4 (38.1) |
8.0 (46.4) |
12.7 (54.9) |
17.6 (63.7) |
22.0 (71.6) |
23.2 (73.8) |
19.7 (67.5) |
13.8 (56.8) |
8.2 (46.8) |
3.4 (38.1) |
11.2 (52.2) |
最低気温記録 °C (°F) | −5.9 (21.4) |
−6.2 (20.8) |
−4.4 (24.1) |
−1.5 (29.3) |
3.6 (38.5) |
9.6 (49.3) |
15.5 (59.9) |
15.6 (60.1) |
11.1 (52) |
5.5 (41.9) |
−1.3 (29.7) |
−3.5 (25.7) |
−6.2 (20.8) |
降水量 mm (inch) | 40.8 (1.606) |
54.0 (2.126) |
89.5 (3.524) |
98.0 (3.858) |
116.2 (4.575) |
186.3 (7.335) |
194.6 (7.661) |
93.5 (3.681) |
133.4 (5.252) |
96.3 (3.791) |
66.0 (2.598) |
50.1 (1.972) |
1,218.6 (47.976) |
平均降水日数 (≥1.0 mm) | 5.3 | 6.7 | 9.0 | 8.9 | 8.7 | 11.1 | 9.4 | 6.7 | 8.8 | 7.3 | 6.4 | 6.0 | 94.4 |
平均月間日照時間 | 146.1 | 151.2 | 182.0 | 200.2 | 214.7 | 157.1 | 201.2 | 233.9 | 171.2 | 180.4 | 159.2 | 144.3 | 2,141.6 |
出典1:Japan Meteorological Agency | |||||||||||||
出典2:気象庁[4] |
以下、主として2005年(平成17年)の合併(平成の大合併)以前の「今治市」の市域の歴史を中心に記載している。2005年合併以前の越智郡の町村部の歴史についてはそれぞれの町村記事または各島の記事に詳しいので、そちらの記述を参照のこと。
今治藩領(ただし、今治藩の領地は市内中心部と蒼社川沿いのほか、玉川町の大部分、朝倉の一部、伯方島、大島(ほかに宇摩郡、弓削島、佐島があった)に限られており、大三島・関前諸島・菊間町・大西町・波方町・波止浜・乃万は松山藩で、桜井は天領であった)
今治市の系譜 (町村制実施以前の村) (明治期) (昭和の合併) (平成の合併) 町村制施行時 室屋町 ━━━┓ 米屋町 ━━━┫ 本町 ━━━┫ 北新町 ━━━┫ う え お か き く 風早町 ━━━╋━━━今治町━━今治市━┳━┳━┳━┳━┳━━━━┓ 新町 ━━━┫ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ 中浜町 ━━━┫ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ 片原町 ━━━┫ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ 今治村 ━━━┛ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ 日吉村━━━┛ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ 近見村━━━━━━┛ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ 立花村━━━━━━━━┛ ┃ ┃ ┃ ┃ 桜井村━桜井町━━━━━━┫ ┃ ┃ ┃ い ┃ ┃ ┃ ┃ 富田村━━━━━━━━━━┫ ┃ ┃ ┃ 清水村━━━━━━━━━━┫ ┃ ┃ ┃ 日高村━━━━━━━━━━┫ ┃ ┃ ┃ 乃万村━━━━━━━━━━┫ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃平成17年1月16日 波止浜村━━波止浜町━━━┛ ┃ ┃ ┃新設合併 あ ┃ ┃ ┣今治市 ┃ く ┃ 吉海町━━━┻━━━━━━┫ く ┃ ┃ ┃ 波方町━━━━━┻━━━━┫ 朝倉村━━━━━━━━━━┫ 玉川町━━━━━━━━━━┫ 大西町━━━━━━━━━━┫ 菊間町━━━━━━━━━━┫ 宮窪町━━━━━━━━━━┫ 伯方町━━━━━━━━━━┫ 上浦町━━━━━━━━━━┫ 大三島町━━━━━━━━━┫ 関前村━━━━━━━━━━┛ あ - 1908年(明治41年)1月1日 波止浜村が町制施行、波止浜町に い - 1917年(大正6年)10月1日 桜井村が町制施行、桜井町に う - 1920年(大正9年)2月11日 今治市、日吉村と合併、市制施行 え - 1933年(昭和8年)2月11日 今治市が近見村を編入 お - 1940年(昭和15年)1月1日 今治市が立花村を編入 か - 1955年(昭和30年)2月1日 今治市が桜井町、富田村、清水村、日高村、乃万村を編入 き - 1955年(昭和30年)8月1日 境界変更により吉海町より馬島を今治市へ編入 く - 1960年(昭和35年)5月1日 境界変更により波方町大字波方字大浦の一部を今治市へ編入 (注記)「今治町」以外の合併以前の系譜はそれぞれの市町村の記事を参照のこと。
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総農家数は2015年現在4841戸であり、うち販売農家が2,663戸、自給的農家が2,178戸となっている[36]。
農業産出額は2018年現在、118億円であり耕種が86億円、畜産が31億円となっている[37]。耕種では果実が41億円、米が17億円、野菜が17億円となっており、畜産では豚が13億円、鶏が13億円となっている[37]。全体では県内6位の農業産出額があり、品目別の農業産出額では米が県内3位、果実が県内4位、豚が県内2位、鶏が県内1位となっている[37]。
瀬戸内の温暖な気候を利用したみかんなどの柑橘類の栽培が盛んであり、大三島や伯方島などの島嶼部を中心に栽培が行われている。畜産業については菊間地区が市内で一番養豚や養鶏の盛んな地域となっている[38]。
今治市では地産地消の取組が行われており、学校給食の食材は今治市産の米、麦、大豆等の農産物が優先的に使用されている[39]。市の全調理場では全使用量のうち野菜類では53%、果物類では58%(2019年度)が今治市産の野菜・果物となっている[40]。市では9つの単独調理場と14の共同調理場で小学校30校、中学校18校、幼稚園2園の約14,000食の給食を調理しているが、全調理場に栄養士を配置し調理場ごとに献立を作成している[39]。調理場ごとに献立が違う事で、1調理場当たりの野菜・果物の必要数量が少なくなり(多いところで約3,000食)、地元の農産物を取りやすい状況となっている[39]。
越智今治農業協同組合(JAおちいまばり)では、高齢化に伴う農業の担い手減少や兼業農家・小規模農家の農協離れによる出荷量減少に歯止めをかける為、2000年に農産物直売所のさいさいきて屋を開設している。2007年に今治市中寺に農産物直売所や飲食店などを備えた大規模施設を整備している。2016年度の売上は21億80百万円であり、JA直売所では「伊都菜彩」(福岡県)、「めっけもん広場」(和歌山県)に次いで全国3位の売上を誇っている[41]。
急潮流の来島海峡を中心とする岩礁・砂礫・砂泥地帯など変化に富んだ好漁場を有し、一本釣漁業・小型機船底びき網漁業・刺し網漁業を中心に多様な漁船漁業が営まれている[42]。マダイの漁獲量は2015年度は510トンで国内2位となった[43]。
今治市の製造品等出荷額は1兆91億円(2017年)であり、四国地方の市町村で最も多い金額となっている[44]。特にタオルと造船が盛んに行われている。タオルは日本一の生産地であり、造船は日本でも有数の生産地となっている。この以外に石油化学や舶用工業、電機、食品産業なども発達している。
大正時代には繊維産業が発達し、今治は「四国一の工業都市」「四国のマンチェスター」などと呼ばれていた[45]。戦後は今治市を含めた東予地方が新産業都市に指定され、今治市はタオル・造船を中心に発展を遂げてきた。
えひめ瀬戸内リゾート開発構想において、湯ノ浦地区や糸山地区、島嶼部などで大規模な観光施設整備計画が打ち出されたが、湯ノ浦を除きバブル崩壊で計画は凍結された。また瀬戸内海リゾート開発構想は2006年(平成18年)1月25日付けで廃止されている。
1999年にしまなみ海道が開通(当時、一部区間は未開通)すると「しまなみブーム」と呼ばれるほど、観光客が増大した。その後、ブームの収束で観光客は減少したが、2008年の推定観光客数は515万4,552人と多くの観光客が訪れている[60]。
しまなみ海道サイクリングは人気が高く、毎年5万人以上のサイクリング愛好家が来訪している[61]。市では沿線自治体などと共同で「しまなみサイクリングアイランドライド」や「瀬戸内しまなみ海道スリーデーマーチ」などのサイクリング大会やウォーキング大会などのイベントを開催している。2010年8月1日にはこれまで禁止されていたタンデム自転車の愛媛県内全域で解禁され観光の魅力アップが期待されている[62]。また広島県側でも2010年10月に解禁され、しまなみ海道全線で乗車が可能となっている。
多くの船主(船舶貸渡業)が今治市に存在し、「今治船主」や「愛媛船主」の名で世界的に知られている。今治オーナー(今治船主)と呼ばれる外航船主の集積は北欧・香港・ピレウス(ギリシャ)と並んで世界の四大船主と言われる[63]。海事系の法律事務所や海上保険会社、金融機関など船主向けのサービス事業者が多く立地し、造船会社・舶用メーカーを含めて「海事クラスター」と呼ばれる企業群を形成している。
「愛媛船主」は自ら船舶を運行したりその積荷を集めるための営業を行うのではなく、船舶および船員をも含めた傭船(貸渡)のほか、船舶の売買で利益を上げるビジネスモデルである。なお、新船を建造した外航船の船舶貸渡業は1956年、市内にある瀬野汽船が県内で初めて建造したことに始まる[64]。近年、外航船については2000年以降の10年間で船腹数が倍増したが、保有船舶の資産価値が上昇し「含み益」が生じたことにより更なる船舶建造や保有が可能になったほか、含み益を元手とした他業種への進出も図られた。船舶資産は総計で2兆円を超えるともされているが、社員数など企業の態様としては家族経営のような零細事業者も少なくないとされる[65]。
主な融資元のひとつである愛媛銀行によると、全世界における占有率は外航船の約6%、県内シェアは約90%とされる[64]。また、今治市によると2010年時点での保有船舶数は、外航海運においては約50社の企業が800隻の船舶を保有し国内の外航船舶の30%を占めているほか、内航海運においては約220社の事業者が国内船腹数の8%、県内の63%をそれぞれ占めている[66]。
1970年代には百貨店など県外資本の大型店が相次いで進出し、今治市役所近くに今治大丸・今治高島屋・ニチイなどが立地し、今治は全国有数の流通激戦地と呼ばれるようになった[67]。1976年の今治市における小売業年間商品販売額に占める中心市街地の割合は 65.4%に達すると共に隣接する東予市(現:西条市)や芸予諸島の島嶼部を含む越智郡の町村部にも商圏を広げる今治市の小売吸引力指数は、中国・四国地方の瀬戸内海沿岸に位置する地方中小都市では最も高い1.78を示した[68]。
しかし、1977年の造船不況をはじめ、1980年代後半の円高や1990年代後半の中国産タオルの輸入増加に伴う繊維工業の衰退は今治市の地域経済を停滞へと導き、同時に郊外地域でも商業集積が形成されるようになったので小売活動に占める中心市街地の割合は次第に低下した[68]。大店法の運用緩和が進んだ1990年代後半に入ると、郊外地域に大規模な商業集積が形成されたことで中心市街地に立地する大型店は閉鎖もしくは売場面積の減少を伴う業態転換を余儀なくされた[68]。
一方、市郊外では、2006年(平成18年)以降は西瀬戸自動車道の開通で四国・愛媛県の玄関口になったことから、今治市に初進出する店舗が増加しており、マックスバリュ西日本が、四国エリア初の直営店となるイオン今治阿方ショッピングセンターを今治市阿方に出店したほか、波止浜には大黒天物産のディオ今治北店が進出している。2016年には今治新都市開発事業第1区にイオンモール今治新都市が開業している。
かつて存在した大規模小売店舗
独自の食文化がある。
業種の異なる人々が定期的に集まり、資金を融通したり、情報交換・共有したりする無尽の習慣がいまも盛んに行われている[72]。室蘭工業大学の永井真也教授が2015年12月から2016年1月の間で今治市内の経営者に調査したところ、回答者の83.75%が「参加した経験がある」と回答している[73]。
一般的な無尽は、集まった人が資金のやり取りと食事をするが、「食い無尽」や「お茶無尽」といった資金のやり取りを伴わない親睦目的の無尽も存在する。食い無尽は、今治では「飲み無尽」と呼ばれ、資金のやり取りをせずに親睦を目的に月に1回行う集まりである[74]。お茶無尽は、今治では「ランチ無尽」ともいわれ、夜に行われる食い無尽より手軽に、女性がランチやお茶を共にする無尽である[74]。また喫茶店のモーニングで行う場合や、持ち寄った資金を積立て無尽の満会時に構成員が一緒に行く旅行の資金にする積立を目的とした無尽も存在する[74]。無尽の発会きっかけは、同業者、下請け関係者間、PTA、同窓会など、日頃のつき合いの延長である[74]。近代的な金融機関の普及に伴い、無尽本来の融資目的の性格は薄まったものの、仲間内で集まる慣習は残り、異業種交流や団体旅行など社交文化に姿を変えて継承されている[75]。
上島町と共に今治医療圏に属している。2次救急医療は市内の8つの医療機関による輪番体制がとられている。2018年3月に輪番を担ってきた9つの医療機関のうち1つが看護師などの不足を理由に撤退[78]。2018年3月に今治市と今治市医師会及び愛媛大学の3機関による「今治市の二次救急医療提供体制維持に関する協定」を締結し、愛媛大学医学部附属病院から今治市医師会市民病院に医師・看護師の派遣を受け2次救急体制の維持に努めている[79]。今治医療圏内には第3次救急医療機関はなく、近隣の医療圏の第3次医療機関(愛媛県立新居浜病院・愛媛県立中央病院など)との連携により3次救急医療体制の確保が図られている。
市域(合併前は周辺市町村)には離島部が多くあることから多数の港湾が設置されているが、西瀬戸自動車道(瀬戸内しまなみ海道)の開通による航路の縮小・廃止などで定期旅客航路が無くなった港湾もある。重要港湾の今治港では、旅客航路だけでなく貨物航路も多数存在しており、特にガントリークレーンを備えた富田地区には国内、大韓民国などへの定期貨物航路が就航している。
かつては今治港から離島部や広島方面を結ぶ航路および大阪・神戸・大分などへの長距離航路が多数運航されていたが、瀬戸内しまなみ海道の開通による陸上交通への転移によって多くの航路が縮小・廃止された(長距離航路については、2009年5月限りで寄港中止となった)。今治港からは、上島諸島や芸予諸島などを結ぶ航路が運航されている。また、市営渡船を運航している。
陸地部では瀬戸内運輸(せとうちバス)、島嶼部では瀬戸内海交通が路線バスを運行している。今治市の中心部と市内各地を結ぶ路線の他、西条市や新居浜市、松山市(特急バス)を結ぶ路線が運行されている。また、しまなみ海道を経由して市内の中心部と島嶼部を結ぶ特急・急行バスが運行されており、島嶼部の通勤・通学などの足となっている。
しまなみ海道の開通や今治小松自動車道などの高速道路の整備により東京都・京都府・大阪府・兵庫県(神戸市)・広島県(尾道市・広島市・福山市)・福岡県(福岡市・北九州市)を結ぶ高速バスが運行されている。しまなみ海道開通時の頃には、今治と尾道市[注釈 3]・因島市・三原市を結ぶ路線も運行していたが利用者減少のため廃止されている。
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