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日本の男性声優、俳優、ナレーター (1934-2021) ウィキペディアから
森山 周一郎(もりやま しゅういちろう、本名:大塚 博夫(おおつか ひろお)[1]、1934年〈昭和9年〉7月26日[1][3] - 2021年〈令和3年〉2月8日)は、日本の俳優、声優、ナレーター。愛知県出身[2][1][3]。
愛知県名古屋市生まれ。小学4年生から高校卒業まで犬山市に疎開する。
愛知県立犬山高等学校卒業[1]。在学時は野球部に所属しプロ野球選手を目指していたが、先輩である本多逸郎の縁で実現した中日ドラゴンズとの練習試合で、当時の主力選手だった西沢道夫、児玉利一、杉山悟らの前に滅多打ちにされその夢を断念。野球の次に好きだった映画の道へ進むことを決意したという[5]。
1953年3月に上京[6]。当初は映画カメラマンになることを志望していたが、日本文化協会の募集に応募した際、試験官だった巖金四郎から「変わった声をしてるね」と言われたことで役者の道に進む[6]。
カメラマンの学校を出ても、18歳くらいにはカメラは触らせてもらえず、ケーブルをさばいたりするだけのアシスタントしかやらせてもらえないことから、面白くなく、「撮る方をやるのなら、撮られる方を勉強しても間違いはないんじゃないか」と思って役者の勉強を始めたという[7]。
俳優座の養成所に入るために予備校に半年ほど通い、劇団東芸の『蟻の街の奇蹟』を見て感銘を受け、劇団東芸の第1期研究生として入団した[8][6][7]。
日本大学藝術学部映画学科中退。劇団東芸[1]、オールアウト[9]を経て、オフィス森山に所属。
俳優としては、1954年3月、劇団東芸研究生九十業公演『長女』(阿木翁助作・演出)の主演で初舞台を踏む。多くの舞台に立つ一方で、テレビドラマは1954年放映のNHK初の連続ドラマ『夢見る白鳥』第5回にバーの客役でデビュー[10][11]。以降は映画も含め多くの作品に出演。刑事ドラマ『特別機動捜査隊』ではセミレギュラーの刑事役で出演し、1970年代から90年代にかけての全盛期の時代劇やアクション系作品では、黒幕や暴力団幹部などの重厚な悪役として活躍した。
声優としては渋い声質を買われ、吹き替えの草創期から活躍。ジャン・ギャバンをはじめ、リノ・ヴァンチュラ、スペンサー・トレイシー、テリー・サバラス、チャールズ・ブロンソンのようなハードボイルドな俳優を多数担当した。アニメではスタジオジブリ作品『紅の豚』のポルコ・ロッソ役が有名である[8]。
1999年7月23日、脳梗塞を発症するも、処置が早かったため大事には至らず復帰。ただし、手足のしびれはなかなか改善されず一過性脳虚血発作による不随意運動も起き、退院後も含め半年以上リハビリを続けた[12][13][14]。その後、晩年も精力的に活動し、後身の育成にもあたっていた。
2000年から放映されてシリーズ化した、人気テレビドラマ「トリック (テレビドラマ)」の語り部としても活躍した。
2020年12月、自宅で転倒して大腿骨と腰を骨折し体調が悪化[15]。その後、救急搬送され緊急入院。2021年2月8日21時10分、肺炎のため埼玉県内の病院で死去[16][17]。86歳没(享年88)。2020年放送のNHK連続テレビ小説『エール』の権藤源蔵役が最後の仕事となった[15]。
2022年10月21日には森山の半生と後輩たちへの思いをつめたドキュメンタリー映画『時には昔の話を/森山周一郎 声優と呼ばれた俳優』が公開された[18]。
独特の渋い声質について、本人は「幼稚園のころからこの声」と語っている。病院の検査では、医師から声帯が二枚半あると言われており、死後は標本にして永久保存することを勧められたという[20]。
ジャン・ギャバンの吹替は、1965年にNETテレビで行われたギャバン出演作の集中放送「ジャン・ギャバン・シリーズ」で初担当[21]。ギャバンとは30歳以上年齢差があったが、視聴者、同業者共に好評であったために以降は専属で担当。森山本人は後に、当たり役となったことでギャバン死後の一時期は「森山も引退か」とささやかれるほど仕事が減ってしまったと語っている[22]。また「これが後の『刑事コジャック』『紅の豚』へとつながっていく」とも回想している[23]。
森山が吹き替えた『刑事コジャック』は『ニューズウィーク』が絶賛するなど当たり役となり、サバラスの吹き替えは他の作品でも専属で担当するようになる[20]。サバラス本人とも交流が生まれ「テリー」「シュー」と呼び合う仲となり、「シュー、俺を日本で有名にしてくれてありがとう」との賛辞をもらったという[20]。
TBS系ではチャールズ・ブロンソンの吹き替えを何本か担当した。その演技が評価されたことで再び脚光があてられ、大塚周夫の次に多くブロンソンを担当する役者となった。ブロンソンの吹替については「ブロンソンは合わないと思った…声帯模写じゃないから、しょせん自分の声で演じるしかないけど、それでも声をつぶして似せようと思って、煙草と酒をばかばかやって、その後の声を鼻に通すと、ブロンソンっぽくなる。それでやったら、業界で好評だったんだ」と回想している[22]。
代表作となった『紅の豚』に関しては、監督の宮崎駿から直接電話でオファーがあったという。当時「アニメは子供が見るマンガ」との考えがあったことや宮崎を知らなかったことから難色を示すが、聞いていた娘が普段と違う様相で「断っちゃダメ!」とのリアクションをしたことでオファーを受諾したという。森山は後に「知らないとは怖いものである」と回想している[24]。
舞台出身であったことからNGを出すことはほとんどなく、中川信夫などの監督らに気に入られていた[8]。またカンニングを行うのも上手かったと自負している[8]。
役者と声優の違いについては「表現する事では同じ」「体を使って人物を表現するか声のみで表現するかの違いだけ」だと述べている。そのため、声だけは自信がある、という理由で声優を志望する人物には「勘違いしている」とし、「俳優は声優をこなす事は出来ます。この私もそうだったが、しかし声優は俳優をすぐやれと言っても難しい」と発言している[25]。
近年の洋画吹替の衰退ぶりには、たびたび手厳しいコメントを発していた。とり・みきによるインタビューの際、「若手で注目に値する人はいないですか」との質問に対し、「だからいつまで経っても野沢那智が新人なのよ。本人はベテランだと思ってるかもしれないけど、オレたちやもうちょっと年上の人たちに言わせれば野沢那智は新人」と回答したのが書籍にも採録されており、野沢以降に登場してきた俳優たちの声の仕事に感銘を受けたことはない、と苦言を呈している[注釈 1]。
声優養成所については、技術は向上したが個性が無く画一的な演技の役者ばかりになったとして「諸悪の根源」と評している[8]。その後、森山は通常の養成所と異なり、技術や上手さより個性を重視した養成所「森山塾」を開校していた。
大の野球好きで知られていた。1945年、終戦と共に輸入されたことで興味を持ち始めたという。東京芸能人野球連盟では会長を務め、1980年代の芸能人野球大会(『火曜ワイドスペシャル』のオールスター夢の球宴など)ではアンパイア (主審)を務めた。水島新司からは「野球極道」の称号を贈られたという[26]。ちなみに、野球がテーマの出演作では監修やプレーする場面を一任されることもあった[10]。
小学校6年から中学生チームに入り活動し、高校時代には投手兼外野手としてプレーし活躍した[5]。外野手として出場した起工業高校との試合では、当時起工業の選手だった山内一弘(後の中日ドラゴンズ監督)が打った大飛球を捕球したことがある[27]。その後はアマチュア野球(実業団野球)でプレーし、埼玉県立久喜工業高等学校の監督を務めたこともあった[26]。80歳になった2014年にも明治神宮外苑軟式グラウンドで行われた試合に出場するなど、晩年まで現役プレイヤーであった[26]。
プロ野球では大の中日ファンであり、マスコミ関係者による応援団「われらマスコミ・ドラゴンズ会」(通称:マスドラ会)の2代目会長を2001年から2012年まで務めた[5]。中日スポーツ編集委員の鈴木遍理によると、選手をはじめ監督、コーチ、フロントの姿勢まで、感心を通り越してあきれ返るほどチームを細かく見て分析していたといい、その「愛」の強さから叱咤激励も多かったという[5][28]。ただし、1984年4月8日に放送された毎日放送アップダウンクイズの「プロ野球ファン大会」では西武ファンとして出場している。
野球中継へのゲスト出演では、その造詣の深さから他の出演者が押されるほどの多弁さを発揮した。特に2005年5月3日、NHKによる中日-ヤクルト戦の中継にゲスト出演した際は、解説者の小早川毅彦を差し置いてしまうほど発言が多かったため、視聴者からの苦情が240件も殺到したという[28]。なお、この時の中継では小早川がスムーズに解説できるようチャイムを用意しており、森山の独擅場になりそうな場面に対応していた。[要出典]ちなみに、森山は1979年にテレビ埼玉で放送した全国高等学校野球選手権埼玉大会にもゲスト出演している[注釈 2]。
太字はメインキャラクター。
※注記が無いテレビCMはすべてナレーションのみ。一部のテレビCMは顔出しで出演した。ローカルCMは中京ローカルが多いが、他の地域で放映したローカルCMのナレーションを務めたことがある。
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