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神奈川県横浜市の行政区 ウィキペディアから
神奈川区(かながわく)は、横浜市を構成する18区のうちの一つ。
かながわく 神奈川区 | |
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三ツ沢公園の桜 | |
国 | 日本 |
地方 | 関東地方 |
都道府県 | 神奈川県 |
市 | 横浜市 |
市町村コード | 14102-0 |
面積 |
23.73km2 |
総人口 |
251,371人 [編集] (推計人口、2024年7月1日) |
人口密度 | 10,593人/km2 |
隣接自治体 隣接行政区 | 横浜市(鶴見区、西区、保土ケ谷区、港北区、緑区) |
区の木 | こぶし |
区の花 | チューリップ |
区のマスコット 区のイメージソング |
かめ太郎(浦島太郎伝説から) 早春花 |
神奈川区役所 | |
所在地 |
〒221-0824 神奈川県横浜市神奈川区広台太田町3番地の8 北緯35度28分37.4秒 東経139度37分45.4秒 |
外部リンク | 神奈川区役所ホームページ |
ウィキプロジェクト |
横浜市の北東に位置する神奈川区は、東西方向に長く(約8.0km)、東は横浜港、西は緑区鴨居町に接している。ポートサイド地区は横浜駅東口(西区高島)と隣接している。もともとは日米修好通商条約によって横浜港ではなく、現在の同区神奈川本町辺りに位置していた神奈川湊が開港する予定であったが、東海道の宿場町として人通りが多かった神奈川ではなく、当時漁村であった横浜村(現在の中区)が選ばれた。臨海部は工場が立ち並び、隣接する鶴見区や川崎市とともに京浜工業地帯の中核をなす地域である。区役所は区の東側にあり、最寄り駅はJRの東神奈川駅、京急の京急東神奈川駅、東急の反町駅である。
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2006年(平成18年)10月23日に羽沢町の一部が羽沢南1〜4丁目に分割されたため、現在の最大面積は菅田町である。
JR東神奈川駅・京急東神奈川駅周辺はかなっくシティと呼ばれ、再開発が行われている。2009年10月には、JR東神奈川駅東口にフィットネスクラブなどの入った大型ショッピングモール(駅ビル)が完成した。
旧東海道沿いには寺社や旧跡が多く点在し、往時をしのばせる。海岸線の殆どは埋立地で、京浜工業地帯の一部であり、多数の工業施設や、横浜市中央卸売市場本場、横浜郵便集中局などの横浜市を支える施設が集中している。そのため、入江川は国道15号をくぐると枝分かれして運河になり、工場を縫う様に貨物線も通っている。AV機器で有名なJVCケンウッド(旧・日本ビクター)の本社もこの地域にある。
大野町・金港町・栄町はヨコハマポートサイド地区として再開発が行われ、オフィスビルや高層マンションが多く建ち並ぶ地区となった。2000年代前半には屋上の塔屋が特徴的なツインマンション「ザ・ヨコハマ・タワーズ」(約140m)が完成、2006年には金港町に大型商業施設「横浜ベイクォーター」が完成した。また、その他の高層マンションとして2007年には「ナビューレ横浜 タワーレジデンス」(約150m・ベイクォーターに隣接)、「パークタワー横浜ステーションプレミア」(約140m)、2008年には「パークタワー横浜ポートサイド」(約119m)が完成、続いてベイクォーターに隣接するオフィスビルとして2009年に「横浜ダイヤビルディング」(約157m・神奈川区で最高層)が完成している。
さらに中央卸売市場本場を隔てた山内町・橋本町にも開発の波が広がり、コットンハーバー地区として再開発が行われている。この山内埠頭から東神奈川駅へ至る地域は「東神奈川まち・海軸」として、横浜市の重点整備地域に指定されており、2015年に策定された横浜市都心臨海部再生マスタープランにおいては五地区のうちの一つ「東神奈川臨海部周辺地区」にも含まれている[1]。また、京急神奈川新町駅から新浦島町へ至る地域は「神奈川新町・新浦島町軸」として、道路・歩道の整備が行われる予定である。
第一京浜、第二京浜沿いにはオフィスビル・雑居ビル・商店・住宅などが立ち並んでいる。第一京浜よりさらに海側には、臨港幹線道路が整備中である。
この地域は、中区山下町〜みなとみらい地区〜新町と続く、横浜港を取り囲む臨海部の再開発地帯の一部分となっている。地域の発展に備え、東海道貨物支線を旅客化する構想も上がっている。
古くからの住宅密集地帯が多く、細く狭い道や急な山坂が多いのが特徴。東急東横線・JR横浜線・横浜市営地下鉄ブルーライン(3号線)沿線、幹線道路沿いに商業施設・住宅が広がる。
横浜線大口駅から京急子安駅まで続く大口通商店街は、市内で一番長い商店街である。東横線白楽駅目の前の六角橋商店街は、戦前から続く市内有数の商店街の一つで、かつては横浜市電の終点があり、買い物客で溢れた時代もあった。現在は学生街として、昭和の面影を残す商店街として、ドラマの舞台になったりと有名である。学生が多い為かラーメン屋が比較的多い。
1930年には横浜専門学校(現:神奈川大学)が、東横線の開通によって発展が見込まれた当地域に移転した。また、六角橋には杉山大神があり、この神社の秋の祭礼は盛大で有名である。
市営地下鉄三ツ沢下町駅から三ツ沢上町駅へ続く三ツ沢商店街は、市営地下鉄が開通する前から賑っており、現在でも近所の住民の買い物の場として現役である。
南端部の鶴屋町は横浜駅と隣接し、駅周辺のオフィス街・繁華街の一部となっている。2020年には駅ビルであるJR横浜タワーの別館としてJR横浜鶴屋町ビルが開業した。
第三京浜が縦断しているこの地域は、主に住宅が広がっている。元々広い耕地や里山だった所は、大きな団地や社宅となっており、今後もさらに宅地化が見込まれる地域である。旧城郷村域の神大寺・片倉・三枚町・菅田町・羽沢町には市街化調整区域を中心に農地や農家が多く残っており、のどかな雰囲気がある。菅田町、羽沢町には、「農業専用地区」が設定されている。農業参照
昭和30年代までは現在の片倉町駅や神奈川大学下など水田が広がっており、夏にはホタルが飛び交うのどかな情景が見られたほどであった。この地域には駅がないので、最も近い横浜市営地下鉄の片倉町駅にはバスターミナルが設けられており、また、横浜駅まで直接出られるバスも多い。
羽沢町にはJR東海道本線の貨物線が通っており、1979年10月1日に横浜羽沢駅が、2019年11月30日には羽沢横浜国大駅が、それぞれ開業した。
「神奈川」の由来には諸説あるが、過去によく知られているものは、いずれも民間語源説であるという。
神奈川区内では、一部の地域で住居表示に関する法律に基づく住居表示が実施されている。土地区画整理事業が行われて新設された町においては住居表示は実施されていない。
町名 | よみ | 設置年月日 | 住居表示実施年月日 | 住居表示実施直前の町名 | 備考 |
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西寺尾一丁目 | にしてらお | 1981年7月27日 | 1981年7月27日 | ||
西寺尾二丁目 | |||||
西寺尾三丁目 | |||||
西寺尾四丁目 | |||||
松見町 | まつみちょう | 1963年10月16日 | 未実施 | 字丁目あり | |
新子安一丁目 | しんこやす | 1966年5月1日 | 1966年5月1日 | ||
新子安二丁目 | |||||
子安台一丁目 | こやすだい | 1967年5月1日 | 1967年5月1日 | ||
子安台二丁目 | |||||
神之木町 | かみのきちょう | 1966年5月1日 | 1966年5月1日 | ||
神之木台 | かみのきだい | 1967年5月1日 | 1967年5月1日 | ||
子安通 | こやすどおり | 1936年11月1日 | 未実施 | 字丁目あり | |
入江一丁目 | いりえ | 1966年5月1日 | 1966年5月1日 | ||
入江二丁目 | |||||
守屋町 | もりやちょう | 1918年10月15日 | 未実施 | 字丁目あり | |
恵比須町 | えびすちょう | 1933年3月22日 | 未実施 | ||
宝町 | たからちょう | 1937年3月12日 | 未実施 | ||
西大口 | にしおおぐち | 1936年11月1日 | 未実施 | ||
大口仲町 | おおぐちなかちょう | 未実施 | |||
大口通 | おおぐちどおり | 未実施 | |||
七島町 | ななしまちょう | 未実施 | |||
白幡町 | しらはたちょう | 1927年4月1日 | 1991年11月11日 | ||
白幡東町 | しらはたひがしちょう | 1943年2月1日 | |||
白幡西町 | しらはたにしちょう | ||||
白幡南町 | しらはたみなみちょう | ||||
白幡上町 | しらはたかみちょう | ||||
白幡仲町 | しらはたなかちょう | ||||
白幡向町 | しらはたむかいちょう | ||||
浦島丘 | うらしまおか | 1932年1月1日 | 未実施 | ||
鳥越 | とりごえ | 未実施 | |||
立町 | たてまち | 未実施 | |||
富家町 | とみやちょう | 未実施 | |||
西神奈川一丁目 | にしかながわ | 1978年9月10日 | 未実施 | ||
西神奈川二丁目 | 未実施 | ||||
西神奈川三丁目 | 未実施 | ||||
二ツ谷町 | ふたつやちょう | 1932年1月1日 | 未実施 | ||
台町 | だいまち | 未実施 | |||
鶴屋町 | つるやちょう | 未実施 | 字丁目あり | ||
金港町 | きんこうちょう | 1944年2月1日 | 未実施 | ||
幸ケ谷 | こうがや | 1932年1月1日 | 未実施 | ||
亀住町 | かめずみちょう | 未実施 | |||
栄町 | さかえちょう | 未実施 | |||
山内町 | やまのうちちょう | 1906年4月10日 | 未実施 | ||
星野町 | ほしのちょう | 1906年10月16日 | 未実施 | ||
新浦島町 | しんうらしまちょう | 1910年2月15日 | 未実施 | 字丁目あり | |
出田町 | いずだちょう | 1927年8月30日 | 未実施 | ||
橋本町 | はしもとちょう | 1909年4月13日 | 未実施 | 字丁目あり | |
千若町 | ちわかちょう | 1912年3月12日 | 未実施 | 字丁目あり | |
大野町 | おおのちょう | 1905年1月17日 | 未実施 | ||
桐畑 | きりばたけ | 1932年1月1日 | 未実施 | ||
高島台 | たかしまだい | 未実施 | |||
上反町 | かみたんまち | 未実施 | 字丁目あり | ||
沢渡 | さわたり | 未実施 | |||
泉町 | いずみちょう | 未実施 | |||
松ケ丘 | まつがおか | 未実施 | |||
反町 | たんまち | 未実施 | 字丁目あり | ||
松本町 | まつもとちょう | 未実施 | |||
栗田谷 | くりたや | 2000年10月23日 | |||
旭ケ丘 | あさひがおか | 1999年10月25日 | |||
広台太田町 | ひろだいおおたまち | 未実施 | |||
三ツ沢東町 | みつざわひがしまち | 1970年6月1日 | |||
三ツ沢西町 | みつざわにしまち | ||||
三ツ沢南町 | みつざわみなみまち | ||||
三ツ沢上町 | みつざわかみまち | ||||
三ツ沢中町 | みつざわなかまち | ||||
三ツ沢下町 | みつざわしもまち | ||||
二本榎 | にほんえのき | 1999年10月25日 | |||
中丸 | なかまる | 未実施 | |||
斎藤分町 | さいとうぶんちょう | 2000年10月23日 | |||
平川町 | ひらかわちょう | 未実施 | |||
白楽 | はくらく | 未実施 | |||
六角橋一丁目 | ろっかくばし | 1965年7月1日 | 1965年7月1日 | ||
六角橋二丁目 | |||||
六角橋三丁目 | |||||
六角橋四丁目 | |||||
六角橋五丁目 | |||||
六角橋六丁目 | |||||
神大寺一丁目 | かんだいじ | 1984年7月23日 | 1984年7月23日 | ||
神大寺二丁目 | |||||
神大寺三丁目 | |||||
神大寺四丁目 | |||||
片倉一丁目 | かたくら | ||||
片倉二丁目 | 2002年10月28日 | 2002年10月28日 | |||
片倉三丁目 | 2003年10月27日 | 2003年10月27日 | |||
片倉四丁目 | |||||
片倉五丁目 | |||||
三枚町 | さんまいちょう | 1927年4月1日 | 未実施 | ||
菅田町 | すげたちょう | 未実施 | |||
羽沢町 | はざわちょう | 未実施 | |||
羽沢南一丁目 | はざわみなみ | 2006年10月23日 | 2006年10月23日 | ||
羽沢南二丁目 | |||||
羽沢南三丁目 | |||||
羽沢南四丁目 | |||||
神奈川一丁目 | かながわ | 1978年2月5日 | 未実施 | ||
神奈川二丁目 | 1976年1月18日 | 未実施 | |||
神奈川本町 | かながわほんちょう | 未実施 | |||
東神奈川一丁目 | ひがしかながわ | 未実施 | |||
東神奈川二丁目 | 未実施 | ||||
新町 | しんまち | 未実施 | |||
浦島町 | うらしまちょう | 未実施 | |||
青木町 | あおきちょう | 1978年2月5日 | 未実施 | ||
瑞穂町 | みずほちょう | 1936年5月10日 | 未実施 | ||
鈴繁町 | すずしげちょう | 1958年4月1日 | 未実施 |
臨海部は京浜工業地帯の一角を成しており、多数の重化学工場や市の施設などが存在する。
区の内陸に位置する旧城郷村地域(現:六角橋・神大寺・片倉・三枚・菅田・羽沢)は、農村であり、田園地帯が広がっていた。「谷戸田」と呼ばれる谷あいの湿田で米麦の栽培を行っていたが、条件は極めて悪く、収量もそれほど多くなかった。そのため、明治・大正期には、丘陵に広がる畑で大根(特に、片倉・神大寺の黒葉大根)や植木(菅田)の生産など蔬菜・園芸中心の近郊農業が定着した。
戦後、第三京浜・横浜市営地下鉄などの開通によって進んだ住宅化で、現在は都市農業となったが、「菅田・羽沢農業専用地区」を中心に、横浜ブランド農産物の生産が行われており、横浜キャベツは市内一の生産量を誇る。また、地神講、稲荷講、念仏講など各種農村文化も健在である。
農業専用地区は、農産物の供給、自然や田園環境の保全だけでなく、災害時の防災空間としての役目も負っている。現在、横浜市には菅田・羽沢地区を含め、26地区、約1011haの農業専用地区がある。
区内には指定機関である横浜銀行を始め、三井住友銀行、神奈川銀行、静岡銀行、東日本銀行、北陸銀行、横浜信用金庫、かながわ信用金庫、農協(JAバンク)がある。なお、信用組合は1997年以降立地していない。
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このほかに、区内には大小26の商店街が点在している。
また横浜駅西口の繁華街は、首都高速三ツ沢線より北側が神奈川区鶴屋町である。
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神奈川区内の総合大学は神奈川大学一校のみ。区と提携し、「神奈川区民大学」という、区民に向けた講座を開講している。
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(京急東神奈川駅はJR東神奈川駅に隣接し、京急新子安駅はJR新子安駅に隣接している)
横浜市営バスが中心。かつては東急バスも乗り入れていた。川崎鶴見臨港バスはわずかに縁辺を走る。
区内全域で運行。担当営業所は緑営業所、浅間町営業所、鶴見営業所、港北営業所、保土ケ谷営業所である。なお、文中の横浜駅前とは横浜駅東口バスターミナルのことを指す。41系統は内路バス停にかけてわずかに区内を走行する。12・36・295・326【急行】系統西菅田団地バス停は相鉄バス浜1系統の同名停留所とは別位置にある。
主に区内西部を運行している。【】内は途中止まりを示している。浜1系統西菅田団地バス停は横浜市営バス12・36・295・326【急行】系統の同名停留所とは別位置にある。
横浜市営バスから移譲された2路線と民間移管後に開設された1路線の計3路線を運行しているほか、鶴屋町三丁目停留所が区内に位置する。
港北小学校前バス停から内路バス停にかけてわずかに神奈川区を走行する。
2018年現在、首都高横浜環状北線が首都高横羽線生麦JCTから、第三京浜港北ICに開業したが、法隆寺交差点付近に馬場インターチェンジ(仮)ができるため、綱島街道の一部と大田神奈川線の一部(鶴見区上の宮〜法隆寺交差点〜内路交差点〜西寺尾一丁目・二丁目)が拡幅工事中である。
浦島太郎の両親の墓が白幡にあったことから、浦島町、亀住町などの地名が残っており、かつては足洗川という川もあった。子安通には浦島太郎が足を洗ったとされる井戸がある。話の詳細については、浦島太郎を参照。