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日本のお笑いタレント (1962-) ウィキペディアから
木梨 憲武(きなし のりたけ、1962年(昭和37年)3月9日 - ) は、日本のお笑いタレント、歌手、俳優、アーティスト。1980年に石橋貴明とお笑いコンビ「とんねるず」を結成。 キナシコッカ株式会社代表取締役社長兼所属タレント[2][3]。妻は女優の安田成美で、間に2男1女。
テレビ番組・中継内での各種情報(終了した番組・中継を含みます)は、DVDやBlu-rayなどでの販売や公式なネット配信、または信頼できる紙媒体またはウェブ媒体が紹介するまで、出典として用いないで下さい。 |
本名 | 木梨 憲武 |
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ニックネーム | ノリさん、ノリちゃん |
生年月日 | 1962年3月9日(62歳) |
出身地 | 日本・東京都世田谷区千歳台 |
言語 | 日本語 |
方言 | 共通語、首都圏方言 |
最終学歴 | 帝京高校 |
出身 | お笑いスター誕生!! |
コンビ名 | とんねるず |
トリオ名 | 矢島美容室 |
グループ名 | 野猿 |
相方 | 石橋貴明 |
芸風 | 漫才・コント |
立ち位置 | 右(たまに左) |
事務所 | キナシコッカ[1] |
活動時期 | 1980年 - |
同期 | コロッケ・ブラザートム |
現在の代表番組 |
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過去の代表番組 | |
作品 | |
他の活動 | |
配偶者 |
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弟子 | なし |
東京都世田谷区千歳台で自転車店「木梨サイクル」(のちに祖師ヶ谷大蔵に移転)を営んでいた木梨作三の長男として生まれる[4]。両親は静岡県伊東市の出身[5]。世田谷区立塚戸小学校、世田谷区立千歳中学校卒業。
1977年に帝京高校へ入学し、サッカー部に入部。部内ではムードメーカーで、当時同校の野球部にいた同級生の石橋とよくコンビを組んで友人達にネタを見てもらっていた[6]。高校時代、日本テレビ系のバラエティ番組『TVジョッキー』の一般参加コーナー「ザ・チャレンジ」に出場。木梨は正司歌江(かしまし娘)・和田アキ子・ルパン三世等のものまねを披露し、5代目チャンピオンとなる。当時、石橋も同番組の常連参加者であり、木梨が同番組のグランドチャンピオン大会に出場した際に石橋が友情出演したのがテレビでの初共演となる。
1980年3月、高校卒業。東京都内の東京ダイハツ販売の杉並営業所に就職。同時期、所ジョージ司会のバラエティ番組『ドバドバ大爆弾』(テレビ東京系)に出場。
1980年7月、『お笑いスター誕生!!』(日本テレビ系)に石橋とのコンビ「貴明&憲武」として出場する。出場6週目(1981年)から現在のコンビ名「とんねるず」に改名(公式サイト[7] では、とんねるずの結成時期は「1980年」と記載されている)。1982年4月、同番組で10週勝ち抜き、グランプリを獲得。期待の大型新人と注目されプロデビューしたものの順風満帆とはいかなかった。デビュー後すぐにいくつかのトラブルが発生し(「とんねるず」経歴項参照)、テレビ出演が激減したため、地方営業やショーパブに出演するなど下積み時代を過ごした。1984年に『オールナイトフジ』にレギュラー出演したことで知名度を上げ、『オールナイトフジ女子高生スペシャル』でのMCを経て開始された『夕やけニャンニャン』にレギュラー出演してブレイク。歯に着せない言動が話題となり、一気にスターの階段をかけ上っていった。1984年 - 1986年に深夜ドラマの草分け『トライアングル・ブルー』(テレビ朝日)に可愛かずみ・川上麻衣子・柄沢次郎・前田耕陽等と共演する。この頃から同時期に活躍し始めたヒロミや藤井フミヤらと仲良くなり現在まで続く交友関係を築く。
1994年、映画『そろばんずく』(1986年)で共演した安田成美と結婚。1996年、大晦日の『第47回NHK紅白歌合戦』に「憲三郎&ジョージ山本」として出場。2004年-2007年、2012年、単独ライブ『NORITAKE GUIDE LIVE』を開催。2010年、コンビ結成30周年を迎える。
2014年-2016年、創作活動20周年を記念した個展『木梨憲武展×20years INSPIRATION-瞬間の好奇心』を全国8カ所で開き、43万人を動員。
2017年5月、5年ぶりの単独ライブ『木梨憲武と感じだしまショー』を開催。
2018年4月、16年ぶり主演映画『いぬやしき』全国公開。
2018年6月、設立以来勤めていたアライバルの取締役副社長を辞任し退社。辞任後もしばらく所属を続けたのち、タレントとしての籍をコッカ(現:キナシコッカ)に移した。
2018年7月、2022年まで続く個展『木梨憲武展 Timing -瞬間の光り-』の巡回がスタート。
2019年10月、『木梨憲武』として完全なソロ歌手としての音楽活動を開始。自主レーベル「木梨レコード」を立ち上げた。
2020年9月、ハイヒールのリンゴと新たなお笑いコンビ「梨とりんご」を結成[8]。
2020年12月、音楽フェス「TBSラジオ presents 木梨の大音楽会。フェスってゆ-!!」をパシフィコ横浜・国立大ホールで開催する。
2022年4月、音楽フェス「第二回 木梨フェス 大音楽会」を両国国技館で開催。
2022年5月、「木梨憲武 交響楽団 THE CURTAIN CALL SHOW」を東京文化会館・大ホールで開催。
2022年6月、2018年から全国美術館を巡回してきた個展『木梨憲武展 Timing -瞬間の光り-』が、上野の森美術館でフィナーレを迎える。全国20カ所で開き、総来場者数122万人を動員。
2024年1月26日、『みなさんのおかげです 木梨憲武自伝』発売[9]。
その他コンビとしての略歴はとんねるずを参照。
作曲家の後藤次利へ自身の楽曲の作曲を以来することが多い。
とんねるずの楽曲「かき氷は宇治金時」(YAZAWAのカップリング曲)で作曲をしたことがある。
1996年、「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」の企画で山本譲二とデュオを組み、「憲三郎&ジョージ山本」名義で北島三郎プロデュース・楽曲提供による「浪漫-ROMAN-」をリリースし、ヒットを飛ばした。同年大晦日の『第47回NHK紅白歌合戦』に出場した。ちなみに木梨は『NHK紅白歌合戦』において別名義での初出場3回(1991年: とんねるず、1996年: 憲三郎&ジョージ山本、1999年: 野猿)という経験の持ち主である。また、同じ日に行われた『第38回日本レコード大賞』において企画賞を受賞している。
『木梨サイクル』で共演して意気投合した忌野清志郎とサッカー日本代表への応援ソングもリリースしている。リリースはされなかったが『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』で宇治田みのると共に「サーフノリダーズ」を結成して1曲イメージソングを作っている。
2019年9月14日、自社レーベル「木梨レコード(UNIVERSAL MUSIC JAPAN)」からのソロアーティストデビューが発表解禁され、秋にEP配信リリース。
ソロ初のベストアルバム『木梨ファンク ザ・ベスト』を発売し、デジタル配信などで8冠を記録。
コントを中心とした芸風から、その高い演技力を買われて数多くのドラマ・映画にも出演している。若いころはコミカルな役周りが多かったが、その後はシリアスなキャラクターを演じることも多い 。 1998年の『甘い結婚』で連続ドラマ初主演。すれ違いになった夫婦を描いたドラマで木梨は夫役を演じた。2004年スペシャルドラマ『にんげんだもの -相田みつを物語-』では相田みつをを演じている。また、声優として『ファインディング・ニモ』の日本語吹き替え版における主役のマーリンを担当した。
競馬予想家として新聞などに登場するときは「木梨ノリゾー」というペンネームを使っており、1990年代には競馬エイトにコラム「私だけの予想ですので」を掲載していた。また2014年秋にはGI競走限定でスポーツニッポンに予想を掲載している。因みにゴータイミング、タイミングナウの名付け親でもある。
絵が好きなため、描きためた絵をファンに見てもらうために個展を開いた経験がある。
学生時代はサッカーに熱中し、サッカーの名門校出身。サッカーが得意で元祖サッカー芸能人とも言われる[10]。小学校の時からサッカースクールに通い、脚本家の三谷幸喜とはチームメイトだったが木梨は2軍、三谷は13軍だったという。帝京高校時代の同期には三菱重工業サッカー部(現:浦和レッドダイヤモンズ)でプレーしたサッカー解説者の川添孝一、浦和Jrユース監督の名取篤、競輪選手の小門洋一がいる。
3年生の時に全国高等学校サッカー選手権大会東京都予選メンバーに選ばれ、準決勝に出場(背番号13)した際にはシュートを放っているが、ゴールにはならなかった。決勝戦で途中出場した経験もある実力の持ち主だったが、部室での喫煙が古沼貞雄監督に見つかったこともあって、全国大会では直前にベンチ入りメンバーを外されている[10]。3週間も自宅に通って謝罪し許しを得て練習に参加、さらに全国優勝を果たしたことで古沼監督と和解をした。
明石家さんま率いる芸能人サッカークラブチーム・ザ・ミイラの選手として、国立霞ヶ丘競技場陸上競技場でプレーしたことがある。
俳優の佐藤浩市、中井貴一とは、ゴルフ仲間であり、これにヒロミを加えた4人のゴルフ番組がテレビ朝日系列で不定期に放送されていた。ヒロミや藤井フミヤとは20代の頃から公私問わず交流があり、家族ぐるみの付き合いがある。
俳優の水谷豊とはテレビ局勤務の共通の友人を介して知り合い、30年来の仲である。水谷の妻・伊藤蘭は、木梨が少年時代から憧れていたスターであり、大ファンを公言している。現在は互いの家を行き来する家族ぐるみの付き合いである[11][12]。
音楽プロデューサーであり松本伊代のバンドギターを担当していた矢吹俊郎とは幼稚園から付き合いのある幼馴染であり、木梨の友人とは矢吹もなぜか仲良くなるというエピソードがある。それが縁で矢吹がプロデュースする水樹奈々のライブを見に行っていることを2010年6月17日放送の『とんねるずのみなさんのおかげでした』の「新・食わず嫌い王決定戦」にて水樹がゲスト出演した回において明かしている。そのときは、矢吹もスタジオに来ていた。また、2014年7月12日に大阪で行われた水樹のライブにサプライズゲストとして登場した[13]。
相方の石橋は木梨の才能を「木梨憲武の方が資質は上」「あいつの方が、これから10年・20年したら、すっごいスーパースターになる。俺にはそれがないんだよ。アイツはそれ以上を求めていかないから、今、フラフラしてるけど(笑い)。資質を自分でちゃんと考えて『よし、いってやろう!』って考えたら、あっという間にナンバーワンになってると思う」と語るほど高く評価している[14]。一方の木梨も石橋のことを「貴明はね、最初からとんねるずのプロデューサーだったんです。全部貴明が決めて、僕はずっとその掌の上で自由にさせてもらってきた」と評しており、とんねるずの活動において信頼を寄せている旨を語っている[15]。
妻の安田は木梨について「すごく“生き上手”な人だと思うんです」「意識的にそうしているわけではなく、聞きたくないことや、遭遇したくないもののところにわざわざ行かないというか」「自分が過ごしやすいように生きるのがとても上手で、しかも相手を傷つけることなくやってしまう。天性だと思いますし、ずるいなーって嫉妬しちゃうくらい」と語っている[16]。一方の木梨は安田に頭が上がらないといい、「絵に関するプロデューサーが成美さんなんです。余計なものを描いていると、『まさかそれ、出さないよね』と正直な感想を言ってくれます」と語っている[15]。
長年の友人であるヒロミは「ノリちゃんは悩まないのよ、先のことしか考えてないから」「人はみんな、なかなか先のことを考えられなくて、目の前のことが不安になったり過去のことを反省したりするんだよ。俺もノリちゃんみたいなスタイルを目指しているけど、なかなかできなくて、いま終わった仕事のこととか、目の前の明日のことを考えてしまったりする」と語っている[17]。
親交があるカンニング竹山は木梨のことを「僕が死ぬとき走馬灯に出てくるであろうターニングポイントの人」「次の生き方を探していく『生き上手』だと思うんですよね。それはラジオとか音楽とか、個展の作品からも伝わるだろうと思います」と語っている[17]。
2013年までに7回の個展を開いており、画風は赤を基調とした抽象画・スケッチに文字を書き加えた風景画・シンプルな色表現の静物画がある。インターネット上でインタラクティブの手法を用いた前記の作品展示を行なう一方で、ゲームのキャラクターデザインも手掛けた経験がある。
妻の安田が産休から復帰(2000年頃)してからはマネジメントを目的に株式会社コッカが設立され、木梨が代表取締役社長となった[22][23]。2022年4月1日には社名をキナシコッカ株式会社に改称した[3]。
自身の社長業と並行し、石橋が社長を務めている事務所「アライバル」の副社長を1994年の設立から2018年6月に辞任するまで務め、所属タレントとしても籍を置いていた。辞任後もしばらく同社に所属を続けたのち、タレントとしての籍をコッカに移している[2][24]。
かつては有限会社ラムズカンパニーという会社も持っていたが、2019年4月1日にコッカと合併する形で解散している[22][25]。なお、木梨夫婦以外の所属者は、過去の所属者を含めて、2021年時点では存在していない。
安田の子どもの頃の思い出話をもとに、木梨が妖精のキャラクターをデザインしており、それに「コッカ」と名付けている。この「コッカ」を主人公としたケータイ絵本を制作し2016年9月1日より発売した[26]。2019年6月1日には「コッカ」と「すこぶる動くウサギ」がコラボレーションしたLINEスタンプがリリースされた[27]。
コンビを離れて単独で活動しているもののみ。コンビでの音楽活動に関しては「とんねるず」を参照。
名義 | 発売日 | タイトル | レーベル |
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憲三郎&ジョージ山本 | 1996年5月17日 | 浪漫-ROMAN- | OYAJI RECORDS |
木梨憲武 + 忌野清志郎 | 2002年6月12日 | ガンバレ日本 | ワーナーミュージックジャパン |
あじさい | 2006年10月18日 | 二人だけの世界 | ポニーキャニオン |
名義 | 配信日 | タイトル | 配信元 | 備考 |
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藤井フミヤ&憲武とヒロミ | 2015年6月3日 | 友よ | フジメロ | フジテレビ系列 『ノリタケ・フミヤ・ヒロミが行く! キャンピングカー合宿』 テーマソング |
2015年6月10日 | iTunes | |||
木梨憲武 | 2019年10月24日 | 木梨ファンク 〜NORI NORI NO-RI〜 | 木梨レコード (ユニバーサルミュージックジャパン) | ソロ名義による処女作 |
2020年10月4日 | 木梨ミュージック コネクション | |||
2020年11月29日 | 木梨ミュージック コネクション2 | |||
2021年10月3日 | 木梨ミュージック コネクション3 | |||
木梨憲武 DJシーナ(CV:久野美咲) & ウィンディ(CV:井口裕香) |
2022年10月4日 | ゲット・オン・ザ・風呂 | オトッペ町役場公式 | NHK Eテレ『オトッペ』 エンディングテーマ |
木梨憲武&ヒロミ&所ジョージ | 2023年12月6日 | 空を見上げた | YVS Records | |
2024年2月6日 | いちにちごとに | |||
Go!Go!せたがやオールスターズ | 2024年3月1日 | 岩手県ここだと思います | ||
木梨憲武 | 2024年3月16日 | きみのたこ焼き | Virgin Music (ユニバーサルミュージックジャパン) | NHK「みんなのうた」2、3月放送曲 |
2024年10月23日 | No Limit feat. AK-69 | パラスポーツの祭典「BEYOND STADIUM 2022」の「TEAM BEYOND応援ソング」 |
名義 | 発売日 | タイトル | レーベル | 備考 |
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木梨憲武 | 2019年12月11日 | 木梨ファンク ザ・ベスト | 木梨レコード | ソロ名義による処女アルバム |
2022年6月1日 | 木梨ミュージック コネクション最終章 〜御年60周年記念盤〜 | |||
2024年10月30日 | 木梨ソウル | Universal Music Japan |
木梨憲武としての出演作品を記載。コンビでの出演作品はとんねるずの項目を参照。 (ゲスト出演番組は除く)
判明分のみ(ゲスト出演番組は除く)
2004年から単独のライブを開催している。内容は、歌・コント・ゲストとのフリートークなど。
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