薩摩川内市
鹿児島県の市 ウィキペディアから
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薩摩川内市(さつませんだいし)は、鹿児島県の北西に位置する市。薩摩地方北部および甑島列島を市域とする。2004年10月12日、川内市、薩摩郡樋脇町、東郷町、入来町、祁答院町、上甑村、下甑村、鹿島村、里村の1市4町4村が合併して発足した。
さつませんだいし 薩摩川内市 | |||||
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国 | 日本 | ||||
地方 | 九州地方 | ||||
都道府県 | 鹿児島県 | ||||
市町村コード | 46215-2 | ||||
法人番号 | 1000020462152 | ||||
面積 |
682.92km2 | ||||
総人口 |
89,427人 [編集] (推計人口、2024年10月1日) | ||||
人口密度 | 131人/km2 | ||||
隣接自治体 | 鹿児島市、霧島市、出水市、日置市、阿久根市、姶良市、いちき串木野市、薩摩郡さつま町 | ||||
市の木 | クロガネモチ | ||||
市の花 | カノコユリ | ||||
他のシンボル |
市の鳥:メジロ 市の魚(川):アユ 市の魚(海):キビナゴ | ||||
薩摩川内市役所 | |||||
市長 | 田中良二 | ||||
所在地 |
〒895-8650 鹿児島県薩摩川内市神田町3番22号 北緯31度48分48秒 東経130度18分14秒 | ||||
外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
ウィキプロジェクト |
鹿児島県内で最大の面積を有する市であり、北薩地区の中心都市である。九州新幹線の停車駅である川内駅が市の中心部に位置し、国道3号や鹿児島空港方面に伸びる主要道路も通り、北薩地域の交通の要所となっている。また京セラや中越パルプ工業の工場、それに川内原子力発電所などが所在し産業の中心を担っている。
一方で市の東部には2005年11月8日にラムサール条約指定湿地に指定された藺牟田池や、太宰府に左遷された菅原道真がこの地に隠棲し没したとされる菅原神社、薩摩藩島津光久が「天下の名泉」とて湯治場を建設する命令を出したことから成立した市比野温泉、そして多くの化石が発掘されたり、近世には南蛮貿易の拠点の一つとして栄えた甑島列島など、自然や歴史に恵まれた観光地としても知られる。
九州本土側は鹿児島県のやや北西部、鹿児島市の北西約40kmの場所に広がる川内平野のほぼ全域を市域としており、市域の西側は東シナ海に面している。本市の中心市街地は本土側市域の西部にあるが、海沿いではなく海岸から10kmほど内陸に入った場所にある。本土側市域を東西に流れる川内川は、九州で2番目の流域面積を持つ一級河川である。市域東部には2005年11月8日にラムサール条約に登録された藺牟田池がある。
本土から西側約40kmの東シナ海上に浮かぶ甑島列島も、全域が薩摩川内市の市域に含まれる。甑島は甑島国定公園として登録された。正しい読み方は「こしきじま」から「こしきしま」へと変更された。しかし、地元住民からは「こしきじま」という読み方のままで呼ばれている。
薩摩川内市の陸の玄関でもある川内駅周辺は九州新幹線開通の影響もあり、高層マンション建築や全国チェーンの出店が相次いでいる。
川内(1991年 - 2020年)の気候 | |||||||||||||
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月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
最高気温記録 °C (°F) | 22.1 (71.8) |
24.6 (76.3) |
25.8 (78.4) |
29.1 (84.4) |
31.9 (89.4) |
34.1 (93.4) |
36.2 (97.2) |
37.3 (99.1) |
35.4 (95.7) |
32.9 (91.2) |
28.0 (82.4) |
24.5 (76.1) |
37.3 (99.1) |
平均最高気温 °C (°F) | 11.8 (53.2) |
13.3 (55.9) |
16.5 (61.7) |
21.0 (69.8) |
25.0 (77) |
27.3 (81.1) |
31.3 (88.3) |
32.5 (90.5) |
29.9 (85.8) |
25.3 (77.5) |
19.8 (67.6) |
14.2 (57.6) |
22.3 (72.1) |
日平均気温 °C (°F) | 6.6 (43.9) |
7.9 (46.2) |
11.0 (51.8) |
15.5 (59.9) |
19.6 (67.3) |
23.1 (73.6) |
27.0 (80.6) |
27.6 (81.7) |
24.7 (76.5) |
19.3 (66.7) |
13.8 (56.8) |
8.6 (47.5) |
17.1 (62.8) |
平均最低気温 °C (°F) | 2.0 (35.6) |
2.8 (37) |
5.8 (42.4) |
10.2 (50.4) |
14.8 (58.6) |
19.6 (67.3) |
23.6 (74.5) |
24.0 (75.2) |
20.7 (69.3) |
14.6 (58.3) |
8.8 (47.8) |
3.8 (38.8) |
12.6 (54.7) |
最低気温記録 °C (°F) | −6.6 (20.1) |
−7.5 (18.5) |
−4.0 (24.8) |
−1.7 (28.9) |
5.4 (41.7) |
10.6 (51.1) |
16.8 (62.2) |
17.1 (62.8) |
8.8 (47.8) |
2.7 (36.9) |
−1.3 (29.7) |
−4.9 (23.2) |
−7.5 (18.5) |
降水量 mm (inch) | 85.0 (3.346) |
114.0 (4.488) |
156.5 (6.161) |
179.2 (7.055) |
208.6 (8.213) |
506.5 (19.941) |
334.0 (13.15) |
239.5 (9.429) |
231.4 (9.11) |
95.2 (3.748) |
110.7 (4.358) |
105.3 (4.146) |
2,368.8 (93.26) |
平均降水日数 (≥1.0 mm) | 10.4 | 10.3 | 12.6 | 10.6 | 9.8 | 15.6 | 11.9 | 11.4 | 10.4 | 7.6 | 9.2 | 10.4 | 129.5 |
平均月間日照時間 | 111.3 | 125.8 | 159.1 | 177.5 | 177.8 | 107.5 | 173.2 | 202.9 | 172.8 | 182.0 | 147.6 | 120.8 | 1,858.2 |
出典1:Japan Meteorological Agency | |||||||||||||
出典2:気象庁[1] |
薩摩川内市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 薩摩川内市の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 薩摩川内市
■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
薩摩川内市(に相当する地域)の人口の推移
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総務省統計局 国勢調査より |
町名・大字は薩摩川内市発足の際、本土側の樋脇町、入来町、東郷町、祁答院町に含まれていた地域の大字名は従来の大字名に旧自治体名を冠して大字を抜いたものとなり(例:樋脇町大字市比野→樋脇町市比野)、甑島列島にあった鹿島村、上甑村、下甑村、里村にあたる地域の大字名は従来の大字名に旧自治体名の村を町に置き換えたものを冠している(例:上甑村大字中甑→上甑町中甑)。また、旧川内市にあたる地域の町名及び大字名は従来のままとなっている[2]。
古代は薩摩国分寺が置かれるなど県内でも早期から中央政権の影響下にあった地域である。江戸時代には島津氏(薩摩藩)の支配下となった。
平成の大合併が全国で進展するなか、鹿児島県北西部でも市町村合併に向けた動きが本格化した。当初、2市4町4村(川内市、串木野市および薩摩郡の樋脇町、入来町、東郷町、祁答院町、里村、上甑村、下甑村、鹿島村)による合併が目指され、2002年10月これら市町村の加盟による川西薩地区任意合併協議会が設置された。同協議会で合併に向けた話合いが進められた結果、下甑村を除く2市4町3村が合併実現の協議を本格化することに合意し、2002年12月25日、川西薩地区法定合併協議会が設置された[4]。同協議会では引き続き、合併協定項目・合併の期日・合併の方式・新市の事務所の位置・新市の名称など重要案件が審議された[5][6]。
このうち、新市の名称については合併予定市町村の住民から公募を行ったが、この際、各自治体の対立を防ぐため旧市町村名は使用しないものとされていた[7]。2市4町3村のうち川内市が半数の人口を擁しており、川内市の名称を使用することが順当であるように考えられた。しかし合計9つもの多数の自治体の合併でもあり、川内市が名称にこだわりすぎれば他の自治体、特に川内に次ぐ人口を擁する串木野市の合併への意欲を削ぎかねないと懸念されたことと、合併を機に宮城県仙台市との混同を防ぐという観点から採用には至らなかった。
川内市は人口10万人の達成を長らく目標に掲げてきたが、鹿児島市への一極集中が顕著な鹿児島県でその実現ははなはだ困難だった。県第二の都市の地位をめぐる鹿屋市との競争でも後塵を拝していた。このため、川内市当局では今回の合併を機に人口の大幅増を達成することが大きな目標であり[8]、人口約3万人の串木野市(現:いちき串木野市)の動向は、市当局にとって極めて重要だった。
川内市当局のこうした思いとは裏腹に、串木野市では川西薩地区での合併が実現すれば旧川内市地域の影響が強くなり、旧串木野市の独自性を保持しつづけることができないのではないかという懸念とともに合併に懐疑的な声が起こりつつあった。こうした声を背景に2003年串木野市長選で当選した田畑誠一市長は、川内市に対抗し串木野市の独自性を確保するため、川西薩地区での合併に強く反対し合併推進派の議会と対立した。そして、2003年4月には田畑市長は川西薩地区法定合併協議会からの離脱を通告したが議会側はこれを承知せず、離脱の是非をめぐって串木野市内では市政の混乱が生じた[9]。
串木野市の動向が不透明な状態が続くなかで、他の自治体は当初静観の構えだったが、結局串木野市の離脱を前提に新法定協議会を設置することを決定し、2003年7月、川薩地区法定協議会設置の運びとなった[9]。新協議会設置の背景には、先に合併協議から離脱した下甑村が再度合併協議への加盟を申請していた事情もあった。
その結果、新市の名称についても「川内」の名称を使用することを前提に旧市町村名の使用に関する制限が緩和され、名称の一部であるならば旧市町村名を加えることも可能となった[10][11]。こうして新市の名称は薩摩川内市と決定された[12]。
なお、薩摩川内市の「薩」の字体については「産」の上部が「立」の「」で『官報』に告示されており、これを用いるのが公式である。
薩摩川内市に設置されている2023年(令和5年)時点の本庁舎・支所等は以下のとおりである。
2004年11月07日に執行された選挙では旧市町村ごとの選挙区と定数(川内25、樋脇4、入来3、東郷3、祁答院3、里1、上甑2、下甑2、鹿島1)が設定された。2008年10月19日に執行された選挙から、旧市町村ごとの選挙区が廃止され、定数は26人となった。
(くるくるバス「南部循環線(青山・勝目コース/天辰・永利コース)/湯田・西方循環線/城上・吉川循環線/高江・土川線」/川内港シャトルバス/串木野新港線/祁答院バス=南国交通委託)
郵便局 郵便番号は895-****(北部・甑島を除く全域)、896-1***(甑島)または899-18**,19**(北部)
(※太字は故人)
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