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日本を起源とする醸造酒のひとつ ウィキペディアから
日本酒(にほんしゅ)、または和酒(わしゅ)は、通常は米(主に酒米)と麹と水を主な原料とする清酒(せいしゅ)を指す。日本特有の製法で醸造された酒で、醸造酒に分類される。
100 gあたりの栄養価 | |
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エネルギー | 561 kJ (134 kcal) |
5 g | |
糖類 | 0 g |
食物繊維 | 0 g |
0 g | |
飽和脂肪酸 | 0 g |
一価不飽和 | 0 g |
多価不飽和 | 0 g |
0.5 g | |
ビタミン | |
ビタミンA相当量 |
(0%) 0 µg(0%) 0 µg0 µg |
チアミン (B1) |
(0%) 0 mg |
リボフラビン (B2) |
(0%) 0 mg |
ナイアシン (B3) |
(0%) 0 mg |
ビタミンB6 |
(0%) 0 mg |
葉酸 (B9) |
(0%) 0 µg |
ビタミンB12 |
(0%) 0 µg |
コリン |
(0%) 0 mg |
ビタミンC |
(0%) 0 mg |
ビタミンD |
(0%) 0 IU |
ビタミンE |
(0%) 0 mg |
ビタミンK |
(0%) 0 µg |
ミネラル | |
ナトリウム |
(0%) 2 mg |
カリウム |
(1%) 25 mg |
カルシウム |
(1%) 5 mg |
マグネシウム |
(2%) 6 mg |
リン |
(1%) 6 mg |
鉄分 |
(1%) 0.1 mg |
亜鉛 |
(0%) 0.02 mg |
セレン |
(2%) 1.4 µg |
他の成分 | |
水分 | 78.4 g |
アルコール (エタノール) | 16.1 g |
| |
%はアメリカ合衆国における 成人栄養摂取目標 (RDI) の割合。 出典: USDA栄養データベース |
日本古語では「酒々(ささ)」、仏教僧侶の隠語で「般若湯(はんにゃとう)」、江戸時代頃より、「きちがい水」という別称も使われる。現代では「ポン酒(ぽんしゅ[注釈 1])」と呼ばれることもある。
アメリカでは「sake(サーキー)」と呼ばれることが多い[1]。
国税庁および日本酒造組合中央会によれば、「清酒」(Sake)とは、海外産も含め、米、米こうじおよび水を主な原料として発酵させてこしたものを広く言い、「日本酒」(Nihonshu/ Japanese Sake)とは、清酒のうち、原料の米に日本産米を用い、日本国内で醸造したもののみを言うのであり、「日本酒」という呼称は地理的表示(GI:Geographical Indication)として保護されている。地理的表示は、WTOの協定が定める知的財産権の一つであり、特定の産地ならではの酒類の特性(品質等)が確立されている場合、当該産地内で生産され、一定の生産基準を満たした商品だけが、その産地名を独占的に名乗ることができる制度である[2]。
日本では、酒類[注釈 2]に関しては酒税法が包括的な法律となっている。同法において「清酒」とは、次の要件を満たした酒類で、アルコール分が22度未満のものをいう(3条7号)[3]。
なお、日本酒に類似する酒類として「その香味、色沢その他の性状が清酒に類似する」混成酒である「合成清酒」(同条8号)や、どぶろく[注釈 5]など一部の「その他の醸造酒」(同条19号)がある。
一般的な日本酒のアルコール度数は15~16%と醸造酒としては高い部類になる。女性や若者など軽い酒を好む消費者や、輸出を含めた洋酒との競争に対応するため、アルコール度数がビールよりやや高い程度の6~8%台や、ワインと同程度(10%台前半)の低アルコール日本酒も相次ぎ開発・販売されている[4]。発泡日本酒では5%という製品もある[5]。
逆に、清酒と類似の原材料、製法で酒税法上の定義より高いアルコール度数(22度以上)の酒を製造することも技術的には可能である。「越後さむらい」(玉川酒造)のように、清酒の製法(醸造した原酒にアルコール添加・加水しての製造)で製造されながらアルコール度数が46度に達する酒も存在する(酒税法上は3条21号のリキュール扱い)。
日本酒的かつ個性的な酒を、時には米・水以外の原料も加えて少量醸造する動きもあり、2022年6月には「クラフトサケブリュワリー協会」が6つの醸造所により設立された(製品は酒税法では「その他の醸造酒」「雑酒」となる)[6]。「クラフト」を冠した酒類については「クラフトビール」参照。
普通酒とは、後述の特定名称酒以外の清酒である。一般に流通している大部分の日本酒は普通酒に分類される。
米、米こうじ、水のほか、清酒かす(酒粕)、政令で定める物品を原料(副原料)として製造される。この物品には、醸造アルコール、焼酎、ぶどう糖その他の糖類、有機酸、アミノ酸塩(うま味調味料など)または清酒がある(酒税法施行令2条)。これらの副原料は、その重量が米・米こうじの重量を50%を超えない範囲という条件つきで使用を認められている(酒税法3条7号ロ)。
三倍増醸清酒、またはそれをブレンドした酒は、2006年(平成18年)の酒税法改正で清酒の範疇には含まれなくなった。合成清酒は元より清酒ではないので、普通酒ではない。
製法や品質が特定名称酒に相当する日本酒であっても、特定名称を表示せず、普通酒として販売する場合もある[7][8]。
製品としては各メーカーが独自の名称、ランク付けを用いて表記される[9]。
清酒の要件を満たしたもののうち、原料や製法が一定の基準を満たすものは、国税庁告示[10]に定められた特定の名称を容器又は包装に表示することができる。特定名称を表示した清酒を特定名称酒という。
特定名称酒は、農産物検査法に基づく米穀検査[11]により3等以上に格付けされた玄米又はこれに相当する玄米を精米した白米を用い、こうじ米の使用割合(白米の重量に対するこうじ米の重量の割合)が、15%以上のものに限られる。
特定名称酒の表示は、当該特定名称によることとされ、これと類似する用語又は特定名称に併せて「極上」「優良」「高級」等の品質が優れている印象を与える用語は用いることができない。ただし、特定名称の清酒を含めて自社の製品のランク付けとしてのみであれば、表示することができる(「特別」を除く)。
特定名称酒は、原料や精米歩合により、本醸造酒、純米酒、吟醸酒に分類される。
特定名称 | 使用原料 | 精米歩合 | 香味等の要件 | こうじ米使用割合 |
---|---|---|---|---|
本醸造酒 | 米、米こうじ、水、醸造アルコール | 70%以下 | 香味、色沢が良好 | 15%以上 |
特別本醸造酒 | 60%以下又は特別な製造方法(要説明表示) | 香味、色沢が特に良好 | ||
純米酒 | 米、米こうじ、水 | - | 香味、色沢が良好 | |
特別純米酒 | 60%以下又は特別な製造方法(要説明表示) | 香味、色沢が特に良好 | ||
吟醸酒 | 米、米こうじ、水、醸造アルコール | 60%以下 | 吟醸造り、固有の香味、色沢が良好 | |
純米吟醸酒 | 米、米こうじ、水 | |||
大吟醸酒 | 米、米こうじ、水、醸造アルコール | 50%以下 | 吟醸造り、固有の香味、色沢が特に良好 | |
純米大吟醸酒 | 米、米こうじ、水 |
吟醸造り かつ 精米歩合:50%以下 | 吟醸造り かつ 精米歩合:60%以下 | 特別な製造方法 又は 精米歩合:60%以下 | - | |
醸造アルコール:なし(純米) | 純米大吟醸酒 | 純米吟醸酒 | 特別純米酒 | 純米酒 |
醸造アルコール:あり(アル添) | 大吟醸酒 | 吟醸酒 | 特別本醸造酒 | 本醸造酒 (精米歩合:70%以下) |
特定名称以外にも特徴的な原料や製法によって様々な分類があるが、これらは国税庁の告示(清酒の製法品質表示基準)によるものと、酒造メーカーや業界団体によって伝統的・慣用的に用いられるものがある。前者は、特定名称といくつかの記載事項・任意記載事項・記載禁止事項を定めている。後者は、付加価値を高めるための、前者において定義されていない多様な分類が見られるが、同意の分類でも地方や世代などによって異なる用語が用いられることがあり(中取り/中汲み等)、統一されていない。「特撰」「上撰」「佳撰」といった呼称も、酒造メーカー独自のランク付けとして一部で使われているものである。
特定名称の使用が定められる以前は、「特級(酒)」」「一級(酒)」「二級(酒)」という級別制度が存在した(詳しくは「日本酒の歴史」を参照)。
国税庁の清酒の製法品質表示基準による任意記載事項は、以下の通り。
以下3項目は、上槽時に搾りが施されている間の時期(前期・中期・後期など)で分類されるが、明確な基準はない。
が指定を受けているほか、日本国内全体を産地として保護する「日本酒」も指定されている[18]。
上述の通り「日本酒」または「Japanese Sake」の表示は、地理的表示保護制度によって日本国内において製造された清酒にのみ認められている。日本国外で製造された清酒は「日本酒」と呼称することができないほか、「日本風」「日本式の製法」などとラベルや広告、店頭ポップ等に表示することもできない。
また、外国産の日本酒については、「酒」「清酒」「〇〇産清酒」としてのみ販売できる。日本以外で作られた「外国産清酒」を日本国内で販売する場合には、原産国名および外国産清酒を使用したことの表示が必要となる[19]。アメリカなどでは「SAKE(サーキー)」が一般的であり、こちらで呼ばれることが多い。
日本酒は、シャーベット状に半ば凍らせた「みぞれ酒」から常温の「冷や」、約60℃程度までの「熱燗」と、幅広い温度帯で飲まれる。同種のアルコール飲料を同じ地域で、異なる温度により味わうのが常態である例は、他に中国の紹興酒などがある程度であり、比較的珍しい(熱燗について「燗酒」も参照)。
悪酔いを防ぎ、心身の健康を保つため、食事や「和(やわ)らぎ水」と呼ばれる水[20]と一緒に飲むことを、日本酒関連団体などが推奨している。
いずれの温度帯でも日本酒をそのまま飲むことが多いが、熱燗では、火を通した魚を浸して味を付ける骨酒、ひれ酒の伝統もある。さらに現代では、杯に氷を入れるオン・ザ・ロック、水割りやお湯割りと飲み方も多様化した。ハイボール[21]やカクテルの素材にもなる。日欧文化比較によれば江戸時代頃には通年燗をつけて飲むのが普通であり、また水割り(正確に言えば水増し)の酒が多かったとされる。
日本酒は、魚介類の臭み消しのほか、煮物などを含めた味・香り付けなどの調味料として、調理に使用される。調理専用の料理酒も製造・販売される。日本酒の製造過程で生じる酒粕(さけかす)は酒粕焼酎の原料になる他、甘酒などにして飲用したり、粕漬けや粕汁などの料理に用いたりされる。
2018年度(平成30年度)における清酒の製成数量は40万6,064キロリットル、販売(消費)数量は48万8,696キロリットルである[22]。名産地・灘があり大手日本酒メーカーの集中する兵庫県(約26%)、同じく伏見のある京都府(約22%)が多い。これに、新潟県(約8%)、埼玉県(約4%)、秋田県(約4%)と続く[23]。成人一人当たりの日本酒販売(消費)数量は、新潟県が最も多く、東北・北陸地方の各県がこれに続く[22]。
2017年度(平成29年度)の清酒の製造業者数は1,371業者で、そのうち中小企業が99.6%を占めている[23]。
蔵元が所在する地域の地方自治体にとって、日本酒は重要な地場産業の一つである。このため、東京などに出店したアンテナショップで地酒を販売したり、宴会などでまず地元産日本酒を飲むことを勧める乾杯条例を制定したりと、様々な振興策を展開している。
清酒の酒類製造免許を新たに取得できるのは、既存の清酒製造者が、企業合理化を図るため新たに製造場を設置して清酒を製造しようとする場合等に限られており[24]、新規参入は制限されている[25][26]。新規参入には、休廃業した酒造会社を買収し酒蔵の免許を移転する方法が使われる(北海道の上川大雪酒造の例)[27]。2021年には海外への輸出を後押しするため、輸出用清酒製造免許が設定された[28][25]。第1号は福島県のねっかに交付された[29]。
日本酒の主な原料は、米と水と麹(米麹)である。広義には、日本酒の醸造を支える酵母・乳酸菌などの全てを「日本酒の原料」と呼ぶこともある。専門的には、香味の調整に使われる醸造アルコール、酸味料、調味料、アミノ酸、糖類などは副原料と呼んで区別する。
用途によって、麹米(こうじまい)用と掛け米(かけまい)用の2種類がある。
麹米には通常酒米(酒造好適米)が使われる。掛け米には全部または一部に一般米(うるち米)が使われるが、特定名称酒の場合には酒米のみが使われることが多い。普通酒は麹米、掛け米ともにすべて一般米で造られるのがほとんどである。
原料米の選び方や使い方は、かつては特定名称酒などの高級酒ともなると代表的な酒米の山田錦一辺倒の傾向すらあったが、今日では一般米からも高い評価を得る酒が造られており、近年は新種の開発などにより変化が著しい。
米が豊作の年には、米の質の関係から、醸造に失敗しやすい事もある。これは豊作の年の米が比較的硬いため、酵母が充分繁殖するのに時間がかかり、その間に雑菌が繁殖してしまうのだという。大正4年(1915年)には、この現象(後に「大正の大腐造」とも呼ばれたという)により日本各地で醸造に失敗、酒造業全体に深刻なダメージを被ったとされている。
水は日本酒の80%を占める成分で、品質を左右する大きな要因となる。このため灘の宮水など、地域によっては特別な名称で呼ばれる場合もある。水源はほとんどが伏流水や地下水などの井戸水である。条件が良い所では、これらを水源とする水道水が使われることもあるが、醸造所によって専用の水源を確保することが多い。都市部の醸造所などでは、水質の悪化のために遠隔地から水を輸送したり、良質な水源を求めて移転したりすることもある。酒造りに使われる水は酒造用水と呼ばれ、仕込み水として、また瓶、製造設備などの洗浄用水として利用される。蔵元の一部は、仕込み水を商品として販売している。
東京都心に立地する東京港醸造は敢えて水道水を使っている。その理由としては、東京都水道局が取水する利根川・荒川水系が中軟水で、酒造りに不適な一部ミネラル(鉄分やマンガン)が少ないのと、安全・衛生的で殺菌用塩素も製造工程で抜けるため支障がないことを挙げている[30]。
日本酒に用いる麹は、一般的に蒸した米に麹菌(ニホンコウジカビの胞子)を振りかけて育てたものであり、その色からニホンコウジカビは黄麹ともいわれ、米麹(こめこうじ)ともいう。これが米のデンプンをブドウ糖に変える糖化の働きをする。ただし21世紀からは日本酒の醸造においても、焼酎や泡盛の醸造で使われていた白麹と黒麹(アワモリコウジカビ)が使われ始めており、白麹(黒麹のアルビノ突然変異体)を醸造に使用した酒は、2009年の新政酒造の「亜麻猫」の発売以来普及した。白麹は多くのクエン酸を生成するため、微生物の繁殖を防ぐ能力が高く、クエン酸由来の酸味が強い風味を持つ傾向に仕上がりやすい。酒母を作る伝統的な方法である生酛づくりや山廃づくりにおいても、より近代的な方法の速醸なみの速さででき、それらは速醸と違い人工的に作られた乳酸を添加しないため「無添加」の表示ができ、特に輸出する際のマーケティングの観点から有利である[36]。
日本酒が原料とする米の主成分は多糖類であるデンプンだが、そのままでは酵母がエネルギー源として利用できない(デンプンから直接アルコール発酵を行えない)ので、まず麹の働きによって分子量の小さな糖へと分解する必要がある。つまり、酵母がブドウ糖からアルコールを生成できるように、下ごしらえとしてデンプンを糖化してブドウ糖を生成する役割を担うのが米麹である。米麹は、コウジカビが生成するデンプンの分解酵素であるα-アミラーゼやグルコアミラーゼを含み、これらの働きによって糖化が行われる。ほかにタンパク質の分解酵素も含んでおり、タンパク質を分解して生じるアミノ酸やペプチドは、酵母の生育や完成した酒の風味に影響する(参照:#麹造り)。
洋酒を代表するワインでは、原料であるブドウ果汁の中に既にブドウ糖が含まれているので、こうした糖化の工程が要らない単発酵文化圏となった。東洋においては、日本酒だけでなく、他の酒類や味噌・味醂・醤油など多くの食品に麹が使われ、食文化的に複発酵文化圏、カビ文化圏などとも呼ばれる。これは東南アジアから東アジアにかけての中高温湿潤地帯という気候上の特性から可能であった、微生物としてのカビの効果を利用した醸造法である。東洋で使われる麹菌にはさまざまな種類があり、焼酎には白麹・黒麹(黒麹菌)・黄麹、泡盛には黒麹、紹興酒には赤麹が用いられるのが通常だが、日本酒の場合は味噌、味醂、醤油と同じく一般的に黄麹(きこうじ、黄麹菌・黄色麹菌)が用いられる。ただし、「黄」と言っても実際の色は緑色や黄緑色に近い。
酒造会社が使う麹や酒蔵に以前から定着している微生物以外の納豆菌や雑菌などは、酒に悪影響を与える。特に納豆菌が麹米に繁殖すると、スベリ麹と呼ばれるヌルヌルした納豆のような麹になる。このため見学者らに来訪直前は納豆を食べないよう求める造り酒屋もあり[37]、また酒造期の蔵人が納豆を食さない所もある[38]。
日本で用いられる麹は、肉眼で見る限り米粒そのままの形状をしており、散麹(ばらこうじ)と呼ばれる。それに対して、中国など他の東洋諸国で用いられる麹は餅麹(もちこうじ)と呼ばれ、原料となる米・麦など穀物の粉に水を加えて練り固めたものに自然界に存在するクモノスカビやケカビの胞子が付着・繁殖してできるものである。
麹の中の米のデンプンから生成されたブドウ糖は、酵母によって分解され、エタノールと二酸化炭素が生成される。酵母は真菌類に属する単細胞生物であって原料ではないが、これが行うアルコール発酵が日本酒造りの過程において大きな要素であるためここに記す(詳細は清酒酵母を参照)。多種多様な酵母の中で日本酒の醸造に用いられるものを清酒酵母といい、種は80%以上がSaccharomyces cerevisiae(出芽酵母)である。何十万もの種類が自然界に広く存在しており、それぞれ異なった資質を持っている。酵母の多様性は酒の味や香りや質を決定付ける重要な鍵となる。
前近代には、麹と水を合わせる過程において空気中に自然に存在する酵母を取り込んだり、酒蔵に棲みついた「蔵つき酵母」(家つき酵母)に頼ったりするなど、その時々の運任せであった。このため、科学的再現性に欠けており、醸造される酒は品質が安定しなかった。
明治時代になると微生物学の導入によって有用な菌株の分離と養育が行われ、それが配布されることによって日本酒全体の品質の安定・向上が図られた。1911年(明治44年)第1回全国新酒鑑評会が開かれ、日本醸造協会が全国レベルで有用な酵母を収集するようになり、鑑評会で1位となるなど客観的に優秀と評価された酵母を純粋培養して頒布した。頒布された酵母(協会系酵母または協会酵母)には、日本醸造協会に因んで「協会n号」(nには番号が入る)という名が付けられている。アルコール発酵時に二酸化炭素の泡を出す泡あり酵母(協会1号から協会15号など)と、出さない泡なし酵母に大別される。泡なし酵母は突然変異により生まれた発酵時に泡を出さない酵母で、酒造りの過程において泡守り(あわもり)が不要であるなど利点も多いために研究が進み、従来の泡あり酵母のなかで優良な種株の泡なし版が多く作られていった。
元々、日本酒には米の持つ地味な香りだけがあり、ワインのようなフルーティーな香りは無かったが、鑑評会向けに優れた香りを持つ酒を醸造する工夫が重ねられて吟醸酒が誕生し、各地の蔵で吟醸造りが行われるようになった。これに大きな役割を果たしたのが協会系酵母の中の協会7号(真澄酵母)と協会9号(香露酵母・熊本酵母)であった。1980年代に吟醸酒が一般層にも広く受け入れられて消費が伸びてくると、この他にも少酸性酵母、高エステル生成酵母、リンゴ酸高生産性多酸酵母といった高い香りを出す泡なし酵母が作られ、1990年代以降はそれぞれ開発地の地名を冠する静岡酵母、山形酵母、秋田酵母、福島酵母などが登場し、吟醸造りに用いられる酵母も多様化していった。
最近では、アルプス酵母に代表されるカプロン酸エチル高生産性酵母や、東京農業大学がなでしこ、ベコニア、ツルバラの花から分離した花酵母など、強い吟醸香を引き出すものが注目を集めており、今も大手メーカーやバイオ研究所、大学などで様々な酵母が作られている。協会系酵母として現在頒布されているものの70%近くは泡なし酵母である。
一方、新たに開発された酵母によっては吟醸香が不自然に強すぎて酒の味を損なうなど、却って好まれない場合もあるため、一概に香りを強く鮮やかにすることが望ましいわけではない。
乳酸は、他の雑菌が繁殖しないようにするために、特に仕込みの初期に重要である。また、乳酸を始めとする有機酸が、酒に“腰”を与える。酛立ての際に醸造用乳酸を加える場合と、乳酸菌に乳酸を作らせる場合があり、前者を速醸(そくじょう)系、後者を生酛(きもと)系と呼ぶ。
正式には副原料に区分されるもの。
〈ラベルに表示される項目〉
<ラベルに表示されない項目>
日本酒はビールやワインと同じく醸造酒に分類され、原料を発酵させてアルコールを得る。発酵では酵母が単糖類を利用する。ブドウを原料とするワインなどは、含まれる糖質が単糖なため、そのまま利用される。しかし、アルコール醸造は原料の糖質が単糖のまま利用されるばかりではない。日本酒やビールの原材料である米や麦では多糖類(でんぷんなど)として貯蔵された形になっている。そのため含有される多糖類を単糖にする糖化という過程が必要である。ビールの場合は、アミラーゼにより完全に麦汁を糖化させた後に発酵させる。日本酒は糖化と発酵を並行して行う工程があることが大きな特徴である。並行複発酵と呼ばれるこの日本酒独特の醸造方法が、他の醸造酒に比べて高いアルコール度数を得ることができる要因になっている。日本酒で糖化の工程で利用されるのが麹になる。2024年には「伝統的酒造り」がUNESCO無形文化遺産に登録された[40]。
日本酒は、次の過程を経て醸造される。
玄米から糠・胚芽を取り除き、あわせて胚乳を削る[注釈 6]。削られた割合は精米歩合によって表される。
米に含まれるタンパク質・脂肪は、米粒の外側に多く存在する。醸造の過程において、タンパク質・脂肪は雑味の原因となるため[注釈 7]、米が砕けないよう慎重に削り落とされ、それにより洗練された味を引き出すことができる。その反面、精米歩合が低くなればなるほど米の品種の個性が生かしにくくなり、発酵を促すミネラル分やビタミン類も失われるので、後の工程での高度な技術が要求されることになる。
精米の速度が速すぎると、米が熱をもって変質したり砕けたりするので、細心の注意をもってゆっくり行わなくてはならない。吟醸、大吟醸となると、削りこむ部分が大きいだけでなく、そのぶん対象物が小さくなって神経も使うので、精米に要する時間は丸二日を超えることもある。
1930年(昭和5年)頃以降は縦型精米機の出現により、より高度で迅速な精米作業が可能になり、ひいてはのちの吟醸酒の大量生産を可能にした(参照:吟醸酒の誕生)。最近ではこの縦型精米機をコンピュータで制御して精米している大手メーカーもある。
2023年時点で最も精米されている日本酒は、新澤醸造店の「零響 Crystal 0」(137万5千円)であり、精米歩合0.85%以下(99.15%以上を除去)の記録を持つ[41]。
精米後の白米、分け後の酒母、出麹後の麹を次の工程で使用されるまで放置すること。
精米された米はかなりの摩擦熱を帯びている。精米歩合が低く、精米時間が長ければ長いほど、帯びる熱量も大きくなる。そのままでは次の工程へ進むには米の質が安定していない(杜氏や蔵人の言葉では「米がおちついていない」)ため、袋に入れて倉庫の中でしばらく冷ますことになる。また、摩擦熱によって蒸発した水分を元に戻す。これを放冷(ほうれい)、また杜氏・蔵人の言葉では枯らし(からし)という。「しばらく」と言っても数時間単位で済む作業ではなく、摩擦熱が放散しきって完全に米が落ち着くまで通常3週間から4週間は掛かる。
精米された米は、精米の過程で表面に付いた糠・米くずを徹底的に除去される。これが洗米(せんまい)である。
普通酒を造る米などは、機械で一度に大量に洗米される。他方、高級酒を造る米は、手作業でおよそ10キログラムぐらいずつ、5℃前後の冷水で、流れる水圧を利用して少しずつ洗われる。洗っている間にも米は必要な水分を吸収し始めており、「第二の精米作業」と言われるほどに、細心の注意を払う工程である。こうして洗われた米は浸漬へ回される。
洗米された米は、水に漬けられ、水分を吸わされる。これを浸漬(しんせき、若しくは、しんし)という。
浸漬は、のちのち蒸しあがった米にムラができないように、米の粒全般に水分を行き渡らせるために施される工程である。水が、米粒の外側から、中心部の心白(杜氏蔵人言葉では「目んたま」)と呼ばれるデンプン質の多い部分へ浸透していくと、米粒が文字通り透き通ってくる。米の搗(つ)き方、その日の天候、気温、湿度、水温など様々な条件によって、浸漬に必要な時間は精緻に異なる。
このとき、米にどれだけ水を吸わせるかによって、できあがりの酒の味が著しく違ってくる。米の品種や、目指す酒質によって、浸漬時間も数分から数時間と幅広い。精米歩合が低い米ほど、その違いが大きく結果を左右するので、高級酒の場合はストップウォッチを使って秒単位まで厳密に浸漬時間を管理する。米は水から上げた後もしばらく吸水し続けるので、その時間も計算に入れた上で浸漬時間は判断される。
なお、できあがりの酒質のコンセプトによっては、意図的に途中で水から上げるなど、ある一定の時間だけ米に吸水させる。これを限定吸水(げんていきゅうすい)という。
蒸気で米を蒸し蒸米をつくる。蒸米は、麹、酒母、醪を作る各工程で用いられる。
浸漬を経た米は広げて、湿度を保たせる。この間も米は水分を吸収し続ける。
その後、麹の酵素が米のデンプンを分解しやすくさせるために、米を蒸す。この工程を正式には蒸きょう(じょうきょう:「きょう」は「食へんに強」)、もしくは杜氏蔵人言葉で蒸しという。普通酒などでは自動蒸米機(じどうじょうまいき)という機械で、高級酒などでは和釜に載せた甑(こしき)という大きな蒸籠(せいろ)に移して、40分から1時間ほど蒸す。
蒸し上がった米は、「外硬内軟」といって、外側がパサパサとしていて内側が柔らかいのがよいとされている。後の工程で米の形がある程度残る硬さを保ち、また効果的にコウジカビの生育を促す意味を持つ。外側が溶けていると、コウジカビの定着の前に腐敗が始まる恐れがあり、また、内側に芯が残っていると、菌糸の成長が抑えられ米で一番良質のデンプン質を含んだ部分が、糖化・発酵しない可能性があるからである。
なお、酒造期最後の蒸しが終わり、和釜から甑を外すことを甑倒し(こしきだおし)という。
麹とは、蒸した米に麹菌というコウジカビの胞子をふりかけて育てたもので、米のデンプン質をブドウ糖へ変える糖化の働きをする(詳しくは麹参照)。麹造りは正式には製麹(せいきく、せいぎく)という。
口噛み製法で醸されていた原初期の酒造りを除いて、奈良時代の初めには既に麹を用いた製法が確立していたと考えられる。以来、永らく麹造りは、酒造りの工程に占める重要性と、味噌や醤油など他の食品への供給需要から、酒屋業とは別個の専門職として室町時代まで営まれてきたのだが、1444年の文安の麹騒動によって酒屋業の一部へと武力で吸収合併された(参照:日本酒の歴史 - 室町時代)。
現在、たいてい酒蔵には麹室(こうじむろ)と呼ばれる特別の部屋があり、そこで麹造りが行われている。床暖房やエアコンなどで温度は30℃近く、湿度は60%に保たれている。温度が高いのは、そうしないと黄麹菌が培養されないからであり、また湿度に関しては、それ以上高いと黄麹菌以外のカビや雑菌が繁殖してしまうからである。雑菌の侵入を防ぐために入室時には手洗いや靴の履き替えを行い、関係者以外は入れないのが普通である。それに加え、室外から雑菌が入り込まないように二重扉、密閉窓、断熱壁など、かなりの資本をかけて念入りに造られている。よく「麹室は酒蔵の財産」と言われる。
「麹」の項に詳しく述べられているように、麹からは糖化作用のためのデンプン分解酵素のほか、タンパク質分解酵素なども出ており、これらが蒸し米を溶かし、なおかつ酒質や酒味を決めていく。あまり酵素が出すぎると目指す酒質にならないため、米の溶け具合がちょうど良いところで止まるように麹を造る必要がある。
杜氏や蔵人の間ではよく「一麹(いちこうじ)、二酛(にもと)、三造り(さんつくり)」と言われる。「良い麹ができれば酒は七割できたも同然」という杜氏や蔵人もいるくらいで、酒造りの根本として重要視される。
目指す酒質によって、麹造りには以下のような方法がある。
酵母を増やす工程のこと。杜氏・蔵人言葉では「酛立て」(もとだて)という。
酵母にはブドウ糖をアルコールに変える働き、すなわち発酵作用があるものの、酒蔵で扱うような大量の米を発酵させるためには、微生物である酵母が一匹や二匹ではまったく不十分で、米の量に見合っただけの大量の酵母が必要となる。
こうした状況の中で酒蔵では、アンプルに入っている少量の優良酵母を特定の環境で大量に育てることになる。このように大量に培養されたものを酒母(しゅぼ / もと)または酛(もと)という。
作業としては、まず酛桶(もとおけ)と呼ばれる高さ1mほどの桶もしくはタンクに、麹と冷たい水を入れ、それらをよく混ぜる。これを水麹(みずこうじ)と呼ぶ。酛桶は、最近では高品質のステンレス鋼など表面を琺瑯(ほうろう)加工した金属製タンクが使われることが多いが、醸造器としてはあくまでも「酛桶」と呼ばれる。一方で、酒母造りの前後の工程に使われる甑や樽を含めて、木製道具を使い続けたり、復活させたりする酒蔵もある[42]。
そのあと水麹に醸造用乳酸と、採用すると決めた酵母を少量だけ入れる。採用する酵母は、多種多様な清酒酵母から、造り手が目指す酒質に適すると考えるものが通常は一種類だけ選ばれるが、その酵母があまりにも強い特性を持つ場合などには、それを緩和するためにもう一種類の酵母をブレンドして入れることも多い。
上記のものに蒸し米を加えると酒母造りの仕込みは完成する。あとは製法によって2週間から1ヶ月待つと、仕込まれた桶の中で酵母が大量に培養され酒母すなわち酛の完成となる。
酒母造りの場所は、酒母室(しゅぼしつ)もしくは酛場(もとば)と呼ばれ、雑菌や野生酵母が入り込まないように室温は5℃ぐらいに保たれている。しかし麹室に比べると管理の厳重さを必要としないので、酒蔵によっては見学者を入れてくれる所もある。酒母室の中では、酵母が発酵する小さな独特の音が響いている。
酒母造りの際には、タンクの蓋は開け放しの状態になるから、空気中からタンク内にたくさんの雑菌や野生酵母が容易に入り込んでくる。そのため硝酸還元菌や乳酸菌を加え、乳酸を生成させることによって雑菌や野生酵母を死滅させ駆逐することが必要となる。この乳酸を、どのように加えるかによって、酒母造りは大きく生酛系(きもとけい)と速醸系(そくじょうけい)の2つに分類される。
生酛系(きもとけい)の酒母造りは現在大きく生酛と山廃酛(やまはいもと)に分けられる。
速醸系(そくじょうけい)は、雑菌や野生酵母による汚染を防止するために必要な乳酸を人工的に加える製法。現在造られている日本酒のほとんどは速醸系である。
菩提酛や煮酛などがある。
材料(酒母、麹、蒸米、水)を3回に分けてタンクに入れて醪を作り発酵させる。
醪(もろみ)とは、仕込みに用いるタンクの中で酒母、麹、蒸米が一体化した、白く濁って泡立ちのある粘度の高い液体のことである。醪造りは、単に「造り」とも呼ばれる。「一麹、二酛、三造り」というときの「造り」はこれを意味している。造りを行う場所を仕込み場(しこみば)という。
醪造りの工程においては、麹によって米のデンプンが糖に変わり、同時に、酵母は糖を分解しアルコール(と炭酸ガス)を生成する。この同時並行的な変化が日本酒に特徴的な並行複発酵である。
醪を仕込むとき、三回に分けて蒸米と麹を加える。この仕込み方法は段仕込みもしくは三段仕込みと呼ばれ、室町時代の記録『御酒之日記』にも既に記載がある。もし蒸米と麹とを全量、一度に混合して発酵を開始させると、酒母の酸度や酵母密度が大きく下がり、雑菌や野生酵母の繁殖で醪造りは失敗しやすくなる。段仕込みは、発酵環境を安定させ雑菌の繁殖を防ぎつつ酵母を増殖させ、その状態を保ちつつ酵母のアルコール発酵の材料である糖を米麹や蒸米の状態で最終投入量まで投入できる仕込み方法である。これにより酵母が活性を失うことなく発酵を進められるため、醪造りの最後にはアルコール度数20度を超えるアルコールが生成される。これは醸造酒としては稀に見る高いアルコール度数であり、日本酒ならではの特異な方法で、世界に誇れる技術的遺産といえる。
なお段仕込みの1回目を初添(はつぞえ 略称「添」)、踊りと呼ばれる中一日を空けて、2回目を仲添(なかぞえ 略称「仲」)、3回目を留添(とめぞえ 略称「留」)という。20 - 30日かけて発酵させる。
上槽の約2日前から2時間前にかけて、30%程度に薄めた醸造アルコールを添加していくこと。
「アルコール添加」または略して「アル添(アルてん)」という語感から、工業的に何か不純な添加物を加えるかのようなイメージをもたれることが多い(参照:当記事内『美味しんぼ』)が、古くは江戸時代の柱焼酎という技法に遡る、伝統的な工程の一つである。また日本国内製造の日本酒全体の製造量の76.9%がアル添であり、日本最大の日本酒コンテストの「全国新酒鑑評会」出品作の78.3%がアル添であり、入賞作の91.1%がアル添であるため、低品質を意味するものではない[46]。アル添には次のような目的がある。
上槽(じょうそう)とは、醪(もろみ)から生酒(なまざけ)を搾る工程である。杜氏の判断で「熟成した」と判断された醪へ、アルコール添加や副原料が投入され、これを搾って、白米・米麹などの固形分と、生酒となる液体分とに分離する。杜氏蔵人言葉では搾り(しぼり)、上槽(あげふね)ともいう。
なお、固形分がいわゆる酒粕(さけかす)になる。原材料白米に対する酒粕の割合を、粕歩合(かすぶあい)という。
上槽を行う場所を上槽場(じょうそうば)または槽場(ふなば)という。多くの場合は、「ヤブタ式」などの自動圧搾機で搾られるが、「佐瀬式」などの槽搾りを採用する酒蔵もある[48][49]。大吟醸酒のように繊細な酒は、醪に掛かる圧力が小さい袋吊りや遠心分離などの方法で搾られる[50]。
搾りだされた酒が出てくるところを槽口(ふなくち)という。
また酒蔵では、その年初めての酒が上槽されると、軒下に杉玉(すぎたま)もしくは酒林(さかばやし)を吊るし、新酒ができたことを知らせる習わしがある。吊るしたばかりの杉玉は蒼々としているが、やがて枯れて茶色がかってくる。この色の変化がまた、その酒蔵の新酒の熟成具合を人々に知らせる役割をしている。
滓下げ(おりさげ)とは、上槽を終えた酒の濁りを取り除くために、待つことを指す。槽口(ふなくち)から搾り出されたばかりの酒は、まだ炭酸ガスを含むものも多く、酵母、デンプンの粒子、タンパク質、多糖類などが漂い、濁った黄金色をしている。この濁りの成分を滓(おり)といい、これらを沈澱させるため、酒はしばらくタンクの中で放置される。滓下げによる効果は、単に濁りをとることに留まらず、余分な蛋白質を除去することで、瓶詰後の温度変化や経時変化によって引き起こされる蛋白変性での濁りの予防や、後工程となる濾過の負担軽減へも影響を及ぼす。
滓下げを施した上澄みの部分を「生酒」(なましゅ)という。「生酒」(なまざけ)とは別の概念なので注意を要する。
完成酒を生酒(なまざけ)や無濾過酒(むろかしゅ)に仕立てる場合などは異なるが、大多数の一般的な酒の場合、上槽から出荷までには二度ほど滓下げを施すことが多い。第一回目の滓下げを行ったあとの生酒(なましゅ)にも、まだ酵母やデンプン粒子などの滓が残っているのが普通で、雑味もかなりあり、これらを漉し取るために濾過の工程が必要となってくる。
近年では、消費者の「生」志向に乗じて、滓引き以降の工程を施さず「無濾過生原酒」として出荷する酒蔵も現れてきている。
なお、滓下げと混同されやすいものに「滓引き」という用語があるが、滓下げとはまた別の概念なので注意を要する。滓引きは滓下げを終えた上澄み部分を取り出すことを言う。
濾過(ろか)とは、滓下げの施された生酒(なましゅ)の中にまだ残っている細かい滓(おり)や雑味を取り除くことである。液体の色を、黄金色から無色透明にできるだけ近づける目的もある。なお、この工程をあえて省略して、無濾過酒として出荷する場合も多い。
槽口(ふなくち)から搾られたばかりの日本酒は、たいてい秋の稲穂のように美しい黄金色をしている。かつての全国新酒鑑評会では、酒に色がついた出品酒を減点対象にしていた時代があった。そのため酒蔵はどこも懸命に活性炭濾過で色を抜き、水のような無色透明の状態にして出荷することが多かった。
いわゆる「清酒」という言葉から一般的に連想される無色透明な色調は、そのような時代の名残りともいえる。現在では、雑味や雑香はともかく色の抜去は求められなくなってきたので、色のついたまま流通する酒が復活し、自然な色のついた酒の素朴さを好む消費者も増えてきている。
火入れ(ひいれ)とは、醸造した酒を加熱して殺菌処理を施すこと。火当て(ひあて)ともいう。火入れされる前の酒は、まだ中に酵母が生きて活動している。また、麹により生成された酵素もその活性を保っているため酒質が変化しやすい。また、乳酸菌の一種である火落菌が混入している恐れもある。これを放置すると酒が白く濁ってしまう(火落ち)。そこで火入れにより、これら酵母・酵素・火落菌を殺菌あるいは失活させて酒質を安定させる。これにより酒は常温においても長期間の貯蔵が可能になる。しかし、あまり加熱が過ぎれば、アルコール分や揮発性の香気成分が蒸発して飛んでしまい酒質を損なう。そのため、これも加減が難しく、62℃ - 68℃程度で行われる[53]。なお、65℃の温度で23秒間加熱すれば乳酸菌を殺菌できることが知られている[54]。吟醸酒などは香りが飛ばないように瓶詰めしてから火入れすることもある。(瓶燗火入れ)
火入れの技法は、室町時代に書かれた醸造技術書『御酒之日記』にも既に記載され、平安時代後期から畿内を中心に行われていたことが分かる。これはすなわち、西洋における細菌学の祖、ルイ・パスツールが1866年にパスチャライゼーションによる加熱殺菌法をワイン製造に導入するより500年も前に、日本ではそれが酒造りにおいて一般に行われていたことになる[注釈 8]。
明治時代に来日したイギリス人アトキンソンは、1881年に各地の酒屋を視察して「酒の表面に“の”の字がやっと書ける」程度が適温(約130°F(55℃))であるとして、温度計のない環境で寸分違わぬ温度管理を行っている様子を観察し、驚きをもって記している。
上槽 → 滓下げ1回目 → 濾過1回目 → 火入れ1回目 →貯蔵・熟成 → 滓下げ2回目 → 濾過2回目→割水→火入れ2回目 → 瓶詰め → 出荷
熟成(じゅくせい)とは、貯蔵されている間に進行する、酒質の成長や完成への過程をいう。上槽や滓下げのあと、無濾過や生酒として出荷するために、濾過や火入れを経ないものもあるが、そうでない製成酒は通常それらの工程を経た後に、さらに酒の旨み、まろみ、味の深みなどを引き出すためにしばらく貯蔵される。
熟成による具体的な変化は、
とされている[55]。
吟醸系の酒は、香りや味わいを安定させるために、半年かそれ以上、熟成の期間を持たせるものも多い。しかし、いちいち古酒、古々酒といった表示をするのは、吟醸の品格からして無粋であるというような感覚から、そういった表示はラベルにされないのが通常である。
非吟醸系であっても、本醸造酒や純米酒では、酒蔵のある風土の自然条件、仕込み水の特徴、杜氏が目的とするコンセプトなど様々な理由から、長期間貯蔵して熟成させるものがある。
火入れを経過させない酒においては発酵が止まっておらず、調熟作用(ちょうじゅくさよう)といって、アミノ酸分解や糖化により風味の自然調和が続いている。そのため、調熟作用によって最終的にその酒の持ち味を生み出している銘柄では、すぐに出荷せず貯蔵・熟成させるのは、欠かすことのできない工程の一部である。一般的に完全醗酵させた純米酒は熟成がゆっくりと進み、劣化しにくい。不完全醗酵の製成酒は、アルコールに分解されていない成分が多く含まれるため、酒質の変化は早いが劣化しやすいと言われている。
熟成の原因は、大きく分けて外部から加わる熱や酸素になどによる物理的要因と、内部で起こるアミノ酸を初めとする窒素酸化物やアルデヒドなどによる化学的原因とに分かれるが、具体的な理論に関しては未解明な部分が多い。たとえば、廃坑や廃線になったトンネルなど或る特定の場所で貯蔵すると、いくら温度や湿度など科学的に条件を同じにしても、他の場所で貯蔵するよりもあきらかに味がまろやかになる、といった例がある[56]。化学的原因を詳しく見ると、保存中にアミノ酸やタンパク質等の窒素化合物は、残存している糖分に作用してメイラード反応(アミノカルボニル反応)を起こし褐変化を起こす。一方、酵母が生成する含硫黄アミノ酸(硫黄化合物)[57] を由来とする揮発性硫黄化合物は香気特性を悪化させるジメチルジスルフィド(DMDS)、ジメチルトリスルフィド(DMTS)、メチルメルカプタン、メチオナールなどの物質の増加の原因となる[58]。
全ては原料米に依存するが、タンパク質は精米歩合を高くした原料を使う事で減少させる事が可能であるが、硫黄は、原料米含有成分が大きく影響を及ぼしている。
滋賀県の鮒寿司のように、その地方の基本的食品がある一定の期間の貯蔵・熟成を経てから食べられる土地などにおいては、食品が熟成する時間と同じだけの時間が、酒質の完成にももとよりかかるように醸造される酒もある。つまり食と酒を同じ時期に仕込み、同じ年月を隔てて同時に食べるわけである。こういった熟成は、まさに食文化の基礎にある相互補完という地酒の原点を物語るものである。
日本酒は、毎年7月から翌年6月が製造年度と定められており、通常は製造年度内に出荷されたものが新酒と呼ばれる。 しかし最近は、上槽した年の秋を待たず6月より前に出荷する酒に「新酒」というラベルを貼って、ひやおろしから差別化して新鮮さをアピールする酒が増えたために、「新酒」の定義に混乱が生じつつある。
冬から春にかけては「しぼりたて」「新酒」「生酒」などとして、フレッシュさを売り物にする酒蔵や酒販店、飲食店も多い[59]。新酒の鮮度を強調した売り方としては、酒蔵や酒販店でつくる日本名門酒会が1998年から、立春の2月4日に合わせて「立春朝搾り」の出荷を始めている。未明から上槽と瓶詰めを行い、蔵によっては縁起物として近隣の神社で無病息災や家内安全の祈祷をしてから出荷する。2018年は34都道府県の43蔵元が参加し、約31万本を搾る予定である[60]。
逆に製造年度内でなく、貯蔵期間を経た後に出荷・提供する日本酒を熟成酒、古酒、古々酒または秘蔵酒と呼ぶこともある。酒がメイラード反応により[14]褐色に変わるまで長期保管したり、赤ワインやシェリーを入れていた樽に入れて香りを移したりする酒造会社もある。酒販店や飲食店が仕入れた日本酒を寝かせて古酒にするケースもある。蔵元によっては、西洋のワインにおけるヴィンテージという考え方を導入し、ラベルに酒の製造年度を明記している。熟成することによって味に奥行きが出るように造るこうしたヴィンテージ系日本酒は、熟成期間の長いものでは20 - 40年間にも及ぶ[61]。酒造会社などでつくる長期熟成酒研究会は「満3年以上蔵元で熟成させた、糖類添加酒を除く清酒」を熟成古酒と定義している[62]。
大古酒(だいこしゅ / おおこしゅ)という語に関して、現在のところ明確には定義されていない。しかし概して「大」が付くにふさわしい、桁違いの熟成が求められる。1968年(昭和43年)に開封された元禄の大古酒のように279年まで行かなくとも、熟成期間100年を超した年代ものは一般に大古酒と呼ばれる。
ひやおろしとは、冬季に醸造したあと春から夏にかけて涼しい酒蔵で貯蔵・熟成させ、気温の下がる秋に瓶詰めして出荷する酒のことである。その際、火入れをしない(冷えたままで卸す)ことから、この名称ができた。醸造年度を越して出荷されるという意味では、本来は古酒に区分されることになるが、慣行的に新酒の一種として扱われる。
割水(わりみず)とは、熟成のための貯蔵タンクから出された酒へ、出荷の直前に水を、より正確には加水調整用水を加える作業をいう。「加水調整」あるいは単に「加水」とも呼ばれる。ちなみに焼酎の製造過程では、まったく同じ工程を「和水」(わすい)と呼んでいる。
この工程の目的は、酒のアルコール度数を下げることにある。醪(もろみ)ができた直後には、ほとんどの酒が並行複発酵により20度近いアルコール度数となっている。アルコール度数の高いほうが腐敗の危険が少ないので、貯蔵・熟成もこの20度近いアルコール度のまま行われるため、出荷するときには目的とするアルコール度数まで下げる必要がある。(「低濃度酒」参照。)
いっぽう、割水をしないで、醪ができた時点のアルコール度のまま出荷した酒のことを原酒という(ただし、アルコール度数の変化が1%未満の加水は認められている)。原酒というと、一般的にはその酒の元となった醪や酵母を使った本源的な酒、あるいは何かどろっとした濃いエキスのような酒がイメージされるようであるが、実際はそういうものではない。ただ、割水をしていない分、一般酒よりもアルコール度数が高く、比較して濃厚であることは確かである。
複数の蔵元が製造した酒を混ぜたブレンド日本酒が販売されることもある。新型コロナウイルス感染症の影響で日本酒需要が減少した2020年以降に各地で企画された[63][64]。
こうして割水など最後の調整を果たした酒は、洗瓶用水で洗浄された瓶の中へ瓶詰めされて出荷され、各自の蔵元がそれぞれ独自に切り拓いている流通販路に乗る。
現在は使われていない、歴史上の製法にかかわる表現を含む。
「 - 歩合(ぶあい)」で終わる用語には、次のものがある。
学問的・専門的にではなく、あくまでも一般的な理解のためという前提で補足すると、日本酒の製法という文脈に限っては、
「仕込む」=「造る」、「仕込み」=「造り」
というように、ほぼ同義語として考えてよい。
「 - 仕込み」または「 - 造り」で終わる用語には、次のものがある。
学問的・専門的にではなく、あくまでも一般的な理解のためという前提で補足すると、日本酒の製法という文脈に限っては、
はほぼ同義語として考えてよい。
「 - 酛」または「 - 酒母」で終わる用語には、次のものがある。
以上の分類に当てはまらない用語には、次のものがある。
計量法は、物象の状態の量の一つである比重の計量単位として、「日本酒度」を定めている[65]。その名のとおり、清酒の比重を計測するための単位であるが、測定対象は清酒には限らない。
計量法では、日本酒度は次のように定義されている[66]。ここで、清酒の比重は、101325 Paの圧力(標準気圧を意味する。)、4 ℃の条件下で計測したものである。
これを逆算すると、以下の式も得られる。
日本酒度の実際の計測方法は2種類ある[67]。
対象とする清酒を15℃にし、規定の浮秤(ふひょう en:hydrometer)を浮かべて計測する。そのときに、4℃の蒸留水と同じ質量の酒の日本酒度を0とする。
振動式密度計を用いて15℃における検体の密度を測定し、0.99997で除して比重(15/4℃)とし、次式により換算して検体の日本酒度とする。
日本酒度の値が示す比重が軽いものは+(プラス)の値、重いものは - (マイナス)の値をとる。日本酒度が高い(+の値が大きい)ほど辛口になる傾向があり、味の目安としてラベルに表示されることが多い。より厳密に酒の辛口甘口を示す指標として甘辛度(あまからど)がある。
清酒10ミリリットルを中和するのに要する、0.1モル/リットルの水酸化ナトリウム溶液の滴定ミリリットル数のこと。この値が大きければ「さっぱり」、小さければ「こくがある」といった表現が使われる。しかし、これも日本酒度と同様に、人の味覚は、香り、食べあわせ、体調などにより大きく変動する。
甘辛度は、清酒の甘辛の度合いを示す値。清酒のブドウ糖濃度と酸度から次のように計算される。
また、ブドウ糖濃度の代わりに日本酒度を用いて、
とすることもできる。
この式によって人間が酒を甘い辛いと感じる感覚の81%が説明できる。清酒の甘辛の程度と甘辛度の関連は下記の通り。
非常に辛い | -3 |
かなり辛い | -2 |
すこし辛い | -1 |
どちらでもない | 0 |
すこし甘い | 1 |
かなり甘い | 2 |
非常に甘い | 3 |
濃淡度(のうたんど)は、清酒の味の濃淡の度合いを示す値。清酒のブドウ糖濃度と酸度から次のように計算される。
ブドウ糖濃度は直接還元糖であり、分子構造の大きなデキストリンを除いた残りの糖分の量を指す。濃淡度がプラスになるほど味が濃い。
甘辛度や濃淡度の表示は少ないものの、味の指標としては日本酒度よりは信頼性がある。
清酒10ミリリットルを酸度の場合と同様に0.1モル/リットルの水酸化ナトリウムで中和した後、中性ホルマリン液を5ミリリットル加え再度0.1モル/リットルの水酸化ナトリウムで中和したのに要した滴定ミリリットル数のこと(ホルモール法による測定)。値は後者の水酸化ナトリウム滴定数量に等しい。値が大きいと濃醇、小さいと淡麗の傾向がある。これも日本酒度・酸度の場合と同じで、一般の人の味覚は、香り、食べあわせ、体調などにより大きく変動するものである。
一般に生酛系や山廃系ではアミノ酸が多くなる傾向がある。たとえ生酛や山廃酛でもアミノ酸を低く抑えるのが、名人と言われる杜氏たちの造り方ともいわれるが、アミノ酸の多くなった生酛や山廃酛のどっしりした味わいを好む愛飲家も多いこともまた事実である。
アミノ酸が生成される主な原因はタンパク質分解酵素の酸性プロテアーゼであり、麹造りの仲仕事から仕舞い仕事の間に、34℃から38℃の温度帯でほとんどが生成される。したがって最終的な仕上がりを軽い味にしたい杜氏は、麹米が乾かないようにしながら破精を進ませ、できるだけ敏速にこの工程を切り抜ける。逆に重い味に仕上げたい場合は時間を掛ける。
酒蔵の槽口から出てくる、できたての酒は本来、秋の稲穂のような黄金色に近い色である。また熟成が進むと深い茶色へと進んでいったり、少しばかり緑がかってくる。あるいは精米歩合が高く、造りがしっかりしている大吟醸などは、ダイヤモンドのように鮮やかにきらめく光沢を持つ。
しかし全国新酒鑑評会では過去に、色のついたまま出品されている酒は減点の対象としていた時代があり、それゆえ酒蔵では活性炭濾過などで必死に色を抜いていた。その結果が今日「清酒」という言葉から一般的にイメージされる水のような無色透明である。
昨今は天然の色のまま販路に乗せる酒蔵も増えてきたので、酒の色も再び楽しめるようになった。
これも製法に関わる用語・表現と同じく、時代・世代や地方によって様々であるが、標準的なものを示しておく。
また、酒器を手に取ってから飲み込むまでの各段階において感じられる香りは以下のように呼ばれる。
これも統一された用語というわけではないが標準的なものを示しておく。ただし、2000年代初頭では「冷や」が拡大解釈され、常温よりも冷やしたものを指して用いられていることもある[71]。
名称 | 飲用温度 | 備考 |
---|---|---|
飛び切り燗(とびきりかん) | 55度前後 | 香りが凝縮し、最も辛口に感じられる。 |
熱燗(あつかん) | 50度前後 | 香りはシャープに、味わいはキレがよくなる。 |
上燗 | 45度前後 | 香りがきりっと締まり、味わいは柔らかさと引き締まりが出る。 |
ぬる燗 | 40度前後 | 香りが最も大きくなり、味わいにふくらみが出る。 |
人肌燗 | 37度前後 | 米や麹の香りが引き立ちサラサラとした味わい。 |
日向燗(ひなたかん) | 33度前後 | 香りが立ってくる。なめらかな味わい。 |
冷や | 常温 | 冷蔵庫などで冷やしたものが「冷や」ではない。 |
涼冷え(すずびえ) | 15度前後 | フルーティーさやフレッシュさが感じられる。 |
花冷え | 10度前後 | 最近は「冷や」と区別するために「冷やして」などともいう。 |
雪冷え | 5度前後 | いわゆる「キンキンに冷やした」もの。 |
(霙(みぞれ)) | -10度前後 | 冷凍庫で短時間、静かに冷やした後、注ぐと透明からシャーベット状に変化する。 |
一般に温度上昇によって、舌に感じられる酸味が相対的に下がり、旨味が上がることから、「冷や」から「熱燗」くらいまでの温度帯に限っておおざっぱにいうならば、上に行くほどコクと深みを持った味になり、また辛さを感じるようになる。生酛系や純米系など、昔からある製法で造っている酒では、冷やで飲んでもさほど印象的でなかった酒が、燗にすると本領を発揮し、奥深い味を展開することが多い。そういう酒は「燗映え(かんばえ)する」という。また燗をしたときに、温かさがほんのり酒全域に均等に行き渡り、その酒の良さがうまく引き出されることを「燗上がり(かんあがり)する」という。うまく燗上がりさせるのに最も確実な方法は、徳利に入れて湯煎することである。猪口に入れて電子レンジで温めるのも多少は有効だが、中にムラができやすい。いちど燗をした酒がふたたび冷えることを「燗冷まし(かんざまし)になる」という。ていねいに造ってある酒は、燗冷ましになってもそれなりに味わいがあるが、そうでないものは風味のバランスが崩れ、薬品のようなアルコール臭が上立香としてのぼってくる。これを「燗崩れ(かんくずれ)」という。
帝国データバンクの統計調査によると、2017年(平成29年)12月時点で日本全国に日本酒を製造するメーカーが1,254社存在し、都道府県別の所在地を見ると、首位は新潟県で84社、2位は長野県で64社、3位は兵庫県で57社となっている。創業100年以上の老舗企業が903社と7割を占め、創業時代別に見ると、首位は明治時代で431社、2位は江戸時代で399社、3位は昭和時代で266社であった。このうち日本酒製造を主業とするのは1,077社で、2016年(平成28年)度の総売上高は4,416億900万円で、2012年(平成24年)度から2016年(平成28年)度まで5年連続で総売上高が小幅上昇している。特に売上高増加が顕著なのが旭酒造で、「獺祭」ブランドの海外展開により前年度比6割の増収となっている[77]。なお獺祭を擁する旭酒造は積極的な海外展開などのおかげで2023年9月期に174億円の売り上げを達成しており、これを2016年度のランキングに当てはめると4位となる[78]。
日本酒の蔵元(造り酒屋)を酒蔵と呼ぶこともある。酒類製造免許を持つ酒蔵のうち、1000程度が実際に営業していると推測されている[14]。
以下に2016年度の売上高上位20社までを記す[77]。
2016年度 日本酒メーカー売上高 | |||||
順位 | 社名 | 所在地 | 主要銘柄 | 16年度売上高 (百万円) | 参考(最新)売上高 (百万円) |
---|---|---|---|---|---|
1 | 白鶴酒造 | 兵庫県 | 白鶴 | 34,808 | 27,300[79](23年3月期) |
2 | 月桂冠 | 京都府 | 月桂冠 | 27,387 | 17,300[80](23年3月期) |
3 | 宝ホールディングス | 京都府 | 松竹梅 | 24,822 | 12,145[81](23年3月期) |
4 | 大関 | 兵庫県 | 大関 | 16,376 | |
5 | 日本盛 | 兵庫県 | 日本盛 | 14,770 | 13,230[82](19年3月期) |
6 | 小山本家酒造 | 埼玉県 | 金紋世界鷹 | 11,358 | 12,400[83](22年9月期) |
7 | 菊正宗 | 兵庫県 | 菊正宗 | 11,018 | 9,700[84](22年3月期) |
8 | 旭酒造 | 山口県 | 獺祭 | 10,803 | 17,400[78](23年9月期) |
9 | 黄桜 | 京都府 | 黄桜 | 10,000 | 9,500[85](20年9月期) |
10 | オエノンホールディングス | 東京都 | 大雪乃蔵、福徳長 | 9,105 | |
11 | 朝日酒造 | 新潟県 | 久保田 | 8,589 | 6,247[86](20年9月期) |
12 | 八海醸造 | 新潟県 | 八海山 | 6,169 | 6,380[87](23年8月期) |
13 | 辰馬本家酒造 | 兵庫県 | 白鹿 | 6,063 | |
14 | 菊水酒造 | 新潟県 | 菊水 | 5,452 | 4,400[88](21年9月期) |
15 | 加藤吉平商店 | 福井県 | 梵 | 4,829 | |
16 | 剣菱酒造 | 兵庫県 | 剣菱 | 4,300 | 2,030[89](22年3月期) |
17 | 小西酒造 | 兵庫県 | 白雪 | 4,085 | 2,200[90](21年3月期) |
18 | 沢の鶴 | 兵庫県 | 沢の鶴 | 3,980 | |
19 | 中杢酒造 | 愛知県 | 國盛 | 3,700 | 4,000[91] |
20 | 清州櫻醸造 | 愛知県 | 清州桜 | 3,500 |
近年、日本ではビールやウイスキーも含めたアルコール飲料全般の消費量が減少しており、日本酒もその例に漏れない[92]。
一方、日本国外では21世紀に入ってから日本酒の人気が拡大しており、日本酒は日本語の「酒」にちなみ「sake(サケ、英語読みはサキィ)」と呼ぶ。(参照:「日本酒の歴史」- 昭和時代以降)。アメリカ合衆国やフランスの市場では日本酒、特に吟醸酒の消費が拡大し、イギリスでも2007年から国際ワインコンテストに日本酒部門が設置された。アジア圏においても日本酒の消費量が以前に比べて拡大し、2015年にはとりわけ和食が普及するソウル、香港、台北、シンガポールにおいて高い値を示す[93]。タイ王国では日本酒の需要の急増で日本の蔵元が挙って市場に参入し、競争が激化した[94]。また訪日外国人観光客による、高級な日本酒のまとめ買いも増えている[95]。
日本酒の輸出額は、2013年に初めて100億円を超えた[96]。2020年の日本酒輸出額は241億円で、酒類輸出総額710億円の34%を占めたが、輸出額が急増するジャパニーズ・ウイスキー(271億円、38.2%)に20年ぶりに抜かれて、酒類における最多輸出額品目の地位から陥落した[97]。
2023年の日本酒の輸出額は前年比13%減の410.8億円であり13年連続で続いていた前年比増の記録が途絶えた。中国とアメリカへの輸出が減少がしたことが主要因であり、中国は景気減速や日本産水産物輸入の一次停止等の措置に伴う高級日本食レストランの不振、アメリカは前年入庫在庫調整や人員不足とインフレに伴う消費マインドの低迷が原因とみられた。輸出先順位5か国(地域)は、中国124.7億円、アメリカ90.9億円、香港60.2億円、韓国29億円、台湾26.7億円の順であった[98]。2023年の輸出額410.8億円は、同年の酒類輸出総額1,350億円の約30.4%を占め、酒類の品目別に言うとジャパニーズ・ウイスキーの501億円に次いで2位であった[99]。
このように日本酒の輸出は好調に推移しているが、フランスのワイン輸出額は約2兆円(155億ユーロ、2021年)[100]、英国北部スコットランドのスコッチ輸出額は約5,600億円(38億ポンド、2020年)[101]と、日本酒輸出額の12倍から42倍の差がある。また日本酒の最大市場となりえるアメリカの2020年のアルコール飲料消費量のうち、日本酒はわずか0.2%にすぎず(ビール・ウイスキー・ワインの三大アルコールで60%)、そのうち流通量換算でいえば8割が安価な現地生産の日本酒である[102]。
なお、酒に関する規制や税制は各国で異なる。例えば、アメリカ合衆国ではアルコール添加を行った日本酒は、税制上蒸留酒と同一の区分となり、純米酒より酒税が大幅に高くなるため、アメリカ合衆国へ輸出される日本酒の多くが純米酒となっている[103]。
高価格帯の輸出を後押しするため輸出専用の免許が設定されている[25]。
清酒を海外で造る取り組みは、明治時代にハワイに移住した日本人が行って以来の歴史がある。現代においては地理的表示(GI)の規制により「日本酒」を名乗ることはできないため「SAKE」などの名称で販売している。
海外で生産された酒は水や米の違いから日本産とは味が異なるためライバルとはならず、日本酒ファンを増やす可能性が指摘されている[1]。
各国でのSAKE造りは、以下のような状況である[104]。
酒を飲むときや供するときに用いられる道具[109]。
酒を造るために用いる道具。
ほとんどが神道系で、神社や祠(ほこら)である。日本全国に酒に関する神社は40社近くあり、全部で55以上の神がまつられる。なかには麹や仕込み水など祀る対象を特化する神社もある。日本においては、ヨーロッパのバッカス、中国の杜康のように、酒のみの神として特定できる神様はいないと言われている。
興味深いことに、日本酒に関する神社は、千葉県から福岡県の間だけに位置するという[110]。中でも京都と奈良に集中している。
日本酒の醸造技術については、各蔵元で工夫・継承される以外に、日本で最初に醸造科学科を設立した東京農業大学[115]などで研究・教育が行われている。
地酒どころとして知られる新潟県は、都道府県立研究機関では唯一、日本酒を専門とする醸造試験場を持つ。同県にある国立の新潟大学は県と酒造組合と連携協定を結び、2018年に「日本酒学センター」を設立。さらにワイン学をモデルに、日本酒の製造技術だけでなく流通など経済的側面や心身の健康への影響、歴史、文化・芸術との関わりを学際的に研究する全国組織「日本酒学研究会」発足(2019年)を主導し、学会への移行をめざしている[116]。
日本酒学とは、醸造・発酵などの造りの領域から、流通流通・販売などの消費に関係する領域、さらには健康・酒税・地域性・歴史・文化・法律などのより広い観点の領域を内包した総合科学としての新しい学問分野である[117]。海外においては「ワイン学」という学問分野も確立されており、ペアリングのような感性的な領域と思われるものでも、科学的な根拠に基づいて議論されている。
2018年4月1日に新潟大学日本酒学センターを設置した新潟大学では、新潟県、新潟県酒造組合との3者間の協力のもと、全学部の学生を対象とした「日本酒学A-1、A-2」を開講している。また、当初予定していた200名の定員を大幅に上回る受講希望者が殺到したため、300名に変更するなどした。
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