由美かおる

日本の女優 (1950-) ウィキペディアから

由美 かおる(ゆみ かおる[3]1950年昭和25年〉11月12日[2][3][4][5] - )は、日本女優歌手。本名:西辻 由美子(にしつじ ゆみこ)。戸籍上の名前では由美 薫と表記される場合もある[要文献特定詳細情報]

概要 ゆみ かおる 由美 かおる, 本名 ...
ゆみ かおる
由美 かおる
本名 西辻 由美子
生年月日 (1950-11-12) 1950年11月12日(74歳)
出生地 日本, 京都府京都市
出身地 日本, 兵庫県川西市
民族 日本人
身長 157cm
血液型 A型
職業 女優歌手
ジャンル 映画テレビドラマ
活動期間 1966年 -
配偶者 なし
著名な家族 横溝正史(叔父)[1]
公式サイト 由美かおる公式サイト
主な作品
映画
夜のバラを消せ
レッツゴー!高校レモン娘
初恋宣言
ミニミニ突撃隊
『コント55号とミーコの絶体絶命』
同棲時代-今日子と次郎-
しなの川
ノストラダムスの大予言
エスパイ
おしゃれ大作戦
トラック野郎・天下御免
テレビドラマ
フラワーアクション009ノ1
日本沈没
ゆうひが丘の総理大臣
ミラクルガール
江戸を斬るVI
水戸黄門』(第16部 - 第28部第29部 - 第41部
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概要 プロフィール, 別名義 ...
ゆみ かおる
由美 かおる
プロフィール
別名義 西辻 由美子(本名)
愛称 由美さん
ミーコ
生年月日 1950年11月12日
現年齢 74歳
出身地 日本京都府京都市[2]兵庫県川西市育ち)
血液型 A型
公称サイズ(2008年時点)
身長 / 体重 157 cm / 44 kg
BMI 17.9
スリーサイズ 86 - 58 - 86 cm
活動
ジャンル 女優歌手
モデル: テンプレート - カテゴリ
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人物

要約
視点

京都府[4]京都市生まれ[3]、6歳から兵庫県川西市で育つ[6]。血液型A型。身長157cm。体重44kg。スリーサイズはB86cm W58cm H86cm。本人によると、スリーサイズはデビュー当時(15歳)から現在までほぼ変わっていないという[2]私立梅花高校中退[2]。株式会社Made Born Japanと業務提携。

1962年、小学6年生の時に「西野バレエ団」へ入団[7][4]1966年に『11PM』で歌って踊れる歌手[注釈 1]としてデビューし[4][8]、抜群のプロポーションと愛らしい風貌と網タイツ姿で人気を集める。同年の『まんがシンチョー』にも出演[4]

1967年金井克子奈美悦子らと「レ・ガールズ」結成後は、音楽番組レ・ガールズ』(日本テレビ)に共演し[4]ミニスカート姿でマリリン・モンローのレパートリー等を歌って踊るシーンが話題を呼んだ。単独では他にも『ヤング720』(東京放送(TBS))などのレギュラー番組や映画、ステージ出演などで多忙となった[8]

歌手としては、1967年からのクラウンレコードを皮切りに、フィリップス・レコードミノルフォンコロムビア・レコードと転籍する中で、『レモンとメロン』『炎の女』『しなの川』(後述する同名映画の主題歌)『別れる前に』『ちぎれ雲』などを発表する。

女優としては、1966年に映画『夜のバラを消せ』でデビュー[4]。22歳で出演した1973年の映画『同棲時代-今日子と次郎-』で初ヌードを披露し、由美の後ろ姿のヌードを載せたポスターも話題になった[8]。また、「同棲」という言葉が流行して本作は社会現象にもなり、結果として由美が本格的な女優に脱皮する作品となった[9]

同年には映画『しなの川』にも出演、美しい和服姿と大胆なオールヌード、処女喪失シーンが話題となった[4]。他にも1974年の『ノストラダムスの大予言』『エスパイ[3]1976年の『超高層ホテル殺人事件』でもヌードを披露している。同年東映の大ヒット映画「トラック野郎シリーズ」4作目『トラック野郎・天下御免』のマドンナ役で出演、同時に『夜のひとりごと』が挿入歌として使用された。

1986年から、人気時代劇『水戸黄門』に「かげろうお銀」役でレギュラー出演[4]。なお、同シリーズには、「かげろうお銀」役以前から何度もゲスト出演をしていた。番組の中で披露される由美の入浴シーンは名物となり(後述)、「疾風のお娟」と名前を変えて活躍した[2]。1986年11月10日草の根保守運動として開催された「天皇陛下御在位60年大奉祝祭」の銀座七丁目前の式典で挨拶をしている[10]

水戸黄門第41部』(2010年4月12日 - 6月28日)をもって、同ドラマのレギュラー出演を降板することを正式に発表した。

2019年3月27日に37年振りとなるニューアルバム『Jewel Box』を発売、キャリア初のインストアライブを開催し、アコーディオンでの弾き語りも披露した[11][12]。これをきっかけに歌手活動を再開し、以後不定期ではあるが、ジャズコンサートを開催している。

2022年2月、59年間在籍した西野バレエ団を退団した。

遡って『水戸黄門』シリーズ出演終了後から東京都港区で暮らしていることから[8]、2023年4月に東京都港区の観光大使に任命された[13][14]

エピソード

要約
視点

子供時代

京都で青果店を営む両親と、祖母、3人きょうだい(兄が2人いる)の末っ子として育った[8]。3歳頃からバレエを習い始め、6歳で兵庫県に引っ越してからはバレエの他、ピアノと歌も習い始め、そろばん塾にも通った[8]

小学6年生の時、友だちに誘われて大阪にあった西野バレエ団に入団し、創始者の西野皓三と出会う[8]。中学3年生の頃、当時テレビ番組の企画や振り付けを手掛ける西野から「『11PM』で歌って踊るコーナーができたから出てみないか?」と勧められた[8]。父から芸能界入りを猛反対されたが、ハンガーストライキをしたり、西野の説得によりデビューが決まった[8]

『11PM』ではミニスカートに網タイツ、ハイヒールで溌剌とした姿で、ドリス・デイの「ティーチャーズ・ペット」を歌いながら踊った[8]。由美のクリクリした目の愛らしい顔も相まって、視聴者から「あのかわいい子は誰?」との問い合わせが殺到した[8]。その後も仕事の依頼が続いて本格的に芸能活動をするため16歳で上京し、女性マネージャーと共同生活を始めた[8]

『水戸黄門』関連

『水戸黄門』シリーズには、初代黄門(東野英治郎)時代にゲストで6回出演した後、2代目黄門(西村晃)の時に「かげろうお銀」としてレギュラー出演を開始[15]。ゲスト出演した時点で入浴シーンはあったが、お銀になった当初は入浴シーンは毎回ではなかった[15]。由美によると、とあるクイズ番組で「お銀は何時何分にお風呂に入るか?」というクイズが出された[15]。この話を聞いた『水戸黄門』のプロデューサーが、「そんなに話題になっているなら、毎回お銀をお風呂に入れよう」ということになり、お銀の入浴シーンが定番化したという[15]

『水戸黄門』シリーズの入浴シーンは、1986年4月の初披露[注釈 2]から2010年に降板するまでの24年間で計204回を数えた[16]。これは極めて異例であり、2022年現在「1ドラマシリーズにおける1俳優の入浴シーン放映回数の世界最多記録」として、ギネス・ワールド・レコーズに申請中である[16]。ゲスト出演を経て、水戸黄門一行に「かげろうお銀」としてレギュラー入りする回では、黄門との混浴シーンを演じている[16]。ちなみに『水戸黄門』の入浴シーンでは、ベージュの水着を着ていた[16]

降板後のシリーズでは由美の実質的後継者として、同年秋から放送予定の水戸黄門第42部から雛形あきこが新キャラクター(由美が演じてきた役とは別の新しい役)として起用された。また、第1話と第22話で由美がゲスト出演し、新旧両女優が共演することも決まった[17]

『水戸黄門』シリーズでお銀が着る忍者の衣装デザインは、本人の考案。バレエの網タイツに、着物をミニスカート風に短くした衣装を考え、そのデザインを洋服屋に持ち込んで製作してもらった[注釈 3]。また、本人の中で「ミニスカート=お銀」のイメージがあったことから、同役を演じていた時期の私生活では敢えてロングスカートを穿いて脚を見せないようにしていた[16]

合気道四段の猛者でもあり、本人は後に「お銀役では合気道とバレエの経験が役に立った」と回想している[16]。このため本作では、今尚華麗なアクションでお茶の間を楽しませているアクション女優としての一面もある。『水戸黄門』シリーズに出演していた頃は、撮影場所である京都で25年間暮らしていた[8]

スタイル維持と呼吸法など

先述の通り、現在(2022年時点で72歳)もデビュー当時と変わらぬ体型を維持している[16]。本人は、「仕事で決まった時間に食事ができない中で若さを保ちつつ健康でいられるのは呼吸法のおかげ」としている。

毎朝、ブリージングと合わせてストレッチも行っており、本人によると72歳になった現在(2022年)でもY字バランスができるという[16]。日常生活では食事制限などはしておらず、好きなものを好きなだけ食べている。特に米が大好き[16]。また、同団の退団後に「みんなにも健康で美しくなってほしい」との思いから、美と健康をテーマにした「由美かおるのブリージング(呼吸法)レッスン」を始めた[16]。このブリージングは上記呼吸法を高齢者にも無理なくできるようアレンジしたものを用いており、介護施設などで伝える活動をしている[16]

その他

要約
視点
Thumb
アース製薬 由美かおる&水原弘(兵庫県篠山市)

昭和40年代には、アース製薬大塚グループ)の蚊取り線香「アース渦巻」のCMキャラクターとして起用されていた。この宣伝を兼ねたホーロー看板は、ほとんど必ずと言っていいほど水原弘の「ハイアース」(稀に松山容子の「ボンカレー[18])と一対になって街中いたる所に貼り出され、現在でも運が良ければ鄙びた山間部のバス停や古い農家の土壁などで目にすることができる。

グラビア撮影についてはヘソ出しがNGのようで、ヌードであってもヘソを見せていない。

歌手活動時に、後にガロに参加するMARKこと、堀内護が在籍していた「ジ・エンジェルス」がバックバンドを務めていたことがあった。

1960年代後半に『ヤング720』でイタリアの取材で知り合ったレコード会社の社長からの依頼により[8]、現地でレコードを発売[8]。ヴェネツィア音楽祭で歌を披露すると反響が大きかったことから、ブラジルやチリの音楽祭にも招待された[9]

出身地、兵庫県川西市の源氏のふるさと大使などを務める。

1979年7月21日羽田から和歌山県南紀白浜行きの東亜国内航空(当時)381便のYS-11に搭乗したが、離陸後に後輪の左車輪が故障し、出せなくなっていることが判明した。同機は羽田に引き返し、前輪と後輪が右側のみの片輪で着陸した。着陸後、速度が落ちた機体は脚のない左後方に大きく傾き、胴体を滑走路に激しく擦りつつ、機体の前後がほぼ逆に向いた状態で何とか停止。幸いにも爆発や炎上などはなく、由美を含めた乗員乗客は全員無事だった。なおこの時のYS-11機長とは、2004年にみのもんた司会のテレビ番組の中で対面をしている。

プライベートで着る洋服は主に、若い女性が行くような洋服屋(ユニクロ、「ZARA」(ザラ)、「H&M」等)で買っている[注釈 4]。また立地的に所属事務所が渋谷の近くにあるため、週に1度、渋谷109に通いギャルファッションにチャレンジしている。

関西で生まれ育ったが、父がプロ野球チーム・読売ジャイアンツファンでその影響を受けて本人も巨人ファンである[19]。デビューから間もなく仕事で巨人軍に取材に行く機会があり、その時長嶋茂雄王貞治と並んで撮った写真は「私の宝物」としている[19]

著名なファンなど

由美のファンは著名人にも多い。『日本沈没』『エスパイ』の原作者である小松左京は由美のファンで[4]、映画『エスパイ』のキャスティングの際、彼が由美を希望したことから出演が決まった[8]。1973年の映画『日本沈没』にも小松からヒロイン役で出演を依頼されたが、スケジュールの都合で実現しなかった[19]。翌1974年のドラマ版『日本沈没』にヒロイン役で出演を果たした[19]

嵐寛寿郎もファンで、『同棲時代』公開時に「由美のヌードをむやみやたらに人に見せるのは良くない」との理由から、落語家・林家木久蔵(現・林家木久扇)と2人で自転車に乗って街なかに貼られた、由美の後ろ姿のヌードが載る本作のポスターを剥がして回ったという[20]

漫画家・手塚治虫は由美のコケティッシュなイラストを、洋画家・東郷青児は彼女のデッサンをそれぞれ残している[8]

石原裕次郎は先述の由美のテレビ初出演である『11PM』の回をたまたま見て、主演映画『夜のバラを消せ』の相手役に抜擢した[注釈 5]。同作の撮影期間中は関西在住の中学生3年生か高校1年生だったため、石原の妻・まき子のはからいで石原家に泊めてもらった[8]。また、石原が運転するガルウィングドアタイプのスポーツカーに乗せてもらって毎回撮影所に通っていた[21]

2002年ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊が由美の大ファンで知られ、彼のノーベル賞受賞パーティーでは、由美が花束を贈呈した[8]衆議院議員渡部恒三も大ファンで、2006年に渡部の民主党国対委員長就任時にプレゼントを贈った。

出演作品

映画

テレビドラマ

単発ドラマ

情報・バラエティ番組

コマーシャル

吹き替え

舞台

ラジオ

  • 由美かおるの今夜はペパーミント気分!文化放送
  • 由美かおるのワンツーヘルシー

その他

  • 水戸黄門のお年寄りの交通安全(1997年、東映教育映像部) - かげろうお銀 役
  • 鞍馬天狗のお年寄りの交通安全(2002年、東映教育映像部) - 婦人警察官 役
  • かげろうお銀のお年寄りの交通安全(2003年、東映教育映像部) - かげろうお銀 役

書籍

著書

* 由美かおる ブリージン・レッスン 人生100年時代を生き抜くための神呼吸術(2023年10月6日、白秋社ISBN 978-4434325403

写真集

インタビュー

中村 深海/著『永遠の東宝映画俳優』由美かおるインタビュー くまがい書房、2014年

ディスコグラフィ

シングル

さらに見る #, 発売日 ...
#発売日曲順タイトル作詞作曲編曲レーベル規格品番
1 1967年
2月10日
A面レモンとメロン 水島哲 浜口庫之助 小杉仁三 日本
クラウン
CW-627
B面みんなあげましょう
2 1967年
5月1日
A面銀の長靴ブーツ関根浩子 小杉仁三 CW-657
B面ライラックの恋 水島哲 山木幸三郎
3 1967年
8月1日
A面いたずらっぽい目 米山正夫 重松岩雄 CW-717
B面ストロベリー・キッス
4 1967年
10月10日
A面レッツ・ゴー!高校レモン娘小久保和江 津々美洋 柳田六合雄 CW-736
B面ポプラの小径水島哲
5 1967年
11月1日
A面ジングル・ベル高田三九三J.Pierpont ペペ・メルト CW-761
B面赤鼻のトナカイ 水島哲J.Marks
6 1968年
2月10日
A面星空のシェドン 鈴木邦彦 CW-793
B面だけど好きなの
7 1968年
7月1日
A面わたしの願い 米山正夫 小杉仁三 PW-32
B面涙のラヴ・レター
8 1969年
4月1日
A面珊瑚のくちびる 水沢圭吾 高橋五郎 PW-54
B面シャネルの夢
9 1969年
7月1日
A面デートの日記 加藤日出男 叶弦大 小杉仁三 PW-65
B面風のようなあの人
10 1969年
8月10日
A面愛の風船 岡田忠和 藤井淳 PW-70
B面ふたりの渚八反ふじをサトウ進一
11 1969年
12月1日
A面ラスト・デート 水島哲 中川博之 高橋五郎 PW-80
B面緑の谷間へ帰ろうよ
12 1970年
5月1日
A面二人の朝を 丹古晴己 鈴木淳 小谷充 PW-93
B面雨に逢いたくて
13 1971年
3月1日
A面タバコの火を消して白鳥朝詠 大門としお フィ
リップス
FS-1171
B面考え直して山上路夫 高見弘
14 1971年
7月1日
A面地球の裏側北山修都倉俊一高見弘 FS-1204
B面別れがきたら有馬三恵子 高見弘
15 1971年
9月1日
A面あこがれちあき哲也 筒美京平 高田弘 FS-1218
B面どうして有馬三恵子
16 1972年
2月1日
A面もいちど河原町 山口洋子 鈴木淳 馬飼野俊一 FS-1231
B面ふるさとの初恋
17 1972年
7月1日
A面恋は1/2 有馬三恵子 すぎやまこういち FS-1709
B面憎いあなた久仁みつる葵まさひこ
18 1972年
12月1日
A面女の糸 千家和也 井上忠夫 馬飼野俊一 FS-1724
B面私はどうなるの
19 1973年
6月1日
A面炎の女 森田公一 竜崎孝路 FS-1750
B面ラブ・スキャンダル
20 1973年
10月1日
A面しなの川〜雪のさだめ 阿久悠 市川昭介 FS-1771
B面雪絵という女
21 1974年
5月1日
A面ジャンポ! 伊藤アキラ 森田公一 FS-1790
B面ドン・ズバ!
22 1974年
8月1日
A面花の片想い平松邦宏 FS-1798
B面恋のまね事 なかにし礼
23 1975年
8月
A面別れる前に 中村泰士 馬飼野俊一 ミノル
フォン
KA-559
B面眠れないの
24 1976年
5月
A面雨のエレジー 竜崎孝路 KA-597
B面草原慕情
25 1976年
11月
A面夜のひとりごと 岡田冨美子橋本國孝 京建輔 KA-1029
B面冬の別れ沖田宗丸
26 1977年
8月
A面あまえ春野うらら 遠藤実 KA-1065
B面雨あがりいではく
27 1980年
2月
A面誘惑 橋本淳 平尾昌晃 竜崎孝路 日本
コロムビア
PK-186
B面冬の女
28 1980年
5月
A面私は女 渡辺岳夫 京建輔 AK-619
B面セクシー・トゥナイト
29 1980年
11月
A面あなたなしでは岡田冨美子 美樹克彦 竜崎孝路 AK-746
B面ビギンなかにし礼
30 1980年
12月
A面愛の冒険者 竜真知子 佐藤健 井上鑑 AH-4
B面愛はフォーエバー
31 1981年
8月
A面ちぎれ雲中島薫 竜崎孝路 AH-87
B面雨のさよならさいとう大三沖田宗丸
32 1982年
2月
A面テレフォン・ブルー 有馬三恵子 川口真 AH-171
B面わからずや
33 1982年
8月
A面夢淡きタンゴ たかたかし 市川昭介 斉藤恒夫 AH-246
B面星影のひと
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デュエット・シングル

さらに見る 発売日, デュエット ...
発売日デュエット曲順タイトル作詞作曲編曲レーベル規格品番
1995年
2月22日
高橋元太郎02
[注釈 7]
ふるえて眠れ山上路夫弦哲也佐山雅弘テイチクTEDA-10327
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アルバム

さらに見る 発売日, タイトル ...
発売日タイトルレーベル規格規格品番
1971年5月タバコの火を消して フィリップス LPFX-8013
1973年3月1日 由美かおる ニュー・アルバムFX-8070
2024年2月14日ユニバーサルUPJY-9387【復刻盤】
2004年8月25日由美かおる ゴールデン☆ベスト日本クラウン CDCRCN-20313
2014年4月23日しんぐるこれくしょん〜日本コロムビア編〜日本コロムビアCOCP-38491
2019年3月27日ジュエルボックスNISHINO RECORDSNIS-201901
2024年9月4日シングルコレクション・クラウンイヤーズ日本クラウンCRCN-41491〜2
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タイアップ曲

さらに見る 年, 楽曲 ...
楽曲タイアップ
1967年レモンとメロン映画『銀の長靴』挿入歌
レッツ・ゴー!高校レモン娘映画『レッツゴー!高校レモン娘』主題歌
1969年デートの日記映画『デートの日記』主題歌
愛の風船日本テレビ系ドラマ『見合い恋愛』主題歌
1973年しなの川〜雪のさだめ映画『しなの川』主題歌
1974年ジャンポ!日本テレビ系『スターむりむりショー』主題歌
1976年夜のひとりごと映画『トラック野郎・天下御免』挿入歌
1980年私は女東京12チャンネル系ドラマ『ミラクルガール』OPテーマ
セクシー・トゥナイト東京12チャンネル系ドラマ『ミラクルガール』EDテーマ
愛の冒険者フジテレビ系ドラマ『紅い旋風ワンダーウーマン』主題歌
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脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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