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1980年のNHK大河ドラマ第18作 ウィキペディアから
『獅子の時代』(ししのじだい)は、1980年(昭和55年)1月6日から12月21日まで放送されたNHK大河ドラマ第18作。主演は菅原文太、加藤剛。
この記事はプロジェクト:大河ドラマの編集方針を採用しています。編集される方はご一読下さい。 |
会津藩の下級武士である平沼銑次と薩摩藩郷士の苅谷嘉顕を主人公とし、明治維新の勝者側となる嘉顕と敗者側の銑次がそれぞれの生き方を貫いて幕末から明治を生き抜く様を描いた。平沼銑次役には菅原文太、苅谷嘉顕役には加藤剛が起用された。脚本は大河ドラマ初(結果的に唯一)となる山田太一が担当した。
大河ドラマでは1967年(昭和42年)の『三姉妹』以来13年ぶりに、架空の人物を主人公とした作品である。
それまでの大河ドラマが中央政権の近くにいる有名武将など傑出した英雄たちのドラマだったのに対し、本作は地方に生きる草の根の庶民(に近い層)にスポットライトが当てられており、歴史に翻弄された人々の裏面史と言える内容になっている。特に、明治維新で“賊軍”の汚名を着た会津藩士の運命を描いている点で、旧来の英雄譚とは明確に一線を画していた。また、パリ万国博覧会、樺戸監獄、秩父事件、自由民権運動など、これまで取り上げられる機会の少なかった出来事が描かれた。
プロデューサーは『黄金の日日』に続いて大河2作目となる近藤晋で、企画が指示された時点で架空の人物を主役にすることを決めており、渋沢栄一が遣欧使節団に参加した際の日記に団員として名前の不明な「その他、小者二名」とあるのを見つけ、設定のヒントとした[1]。
過去の大河ドラマとは異なり、山田太一によるオリジナル脚本(原作も存在しない)である[1]。これは山田の脚本家としての手腕と名声を評価してのことだった[1]。主人公を薩摩と会津の二人としたのは山田のアイディアである[1]。架空の人物で幕末・明治の近代史を描く負担を分散するため、ディレクターの重光亨彦と中村克史が山田を補佐し、史実の年表を作って主人公二人を使える部分を探す作業がおこなわれた[1][注釈 1]。
また、大河では前例のない、宇崎竜童(ダウン・タウン・ファイティング・ブギウギ・バンド)によるロック風のテーマ音楽(NHK交響楽団と同バンドの共演によるクロスオーバー的な楽曲)が使用された[3]。この起用はディレクターの重光と中村の発案だったがNHK内部では反発もあり、NHK交響楽団は「共演」ではなく「たまたま同じ場所にいる」という形での演奏という前提で同意したものの、最終的には(指揮を引き受けたN響の若手アシスタント・コンダクターの発案で)両者がスタジオを分けて収録することになった[3]。
平沼銑次役を打診された菅原文太は当初「絶対にやらない」と拒否したが、直接会った近藤晋が発想の元になった渋沢の日記を見せて「誰もわからない人物」を主人公に「これまでの史実とは違うものをやる」とコンセプトを説明すると興味を示して出演の運びとなった[4]。菅原は後に「俺はテレビをバカにしていて、これも東映から言われたからしょうがなく出ようと思っていた」とチーフディレクターの清水満に話している[4]。
菅原は出演の条件として「走った設定の場面では本当に走れるようにする」(息をつくだけの演技でごまかすような演出をしない、という意味)ことを挙げ、撮影は屋外ロケが多用された[4]。放送前年10月に東京近郊で4日間、11月は鹿児島・宮崎で6日間、12月は10日間、放送開始の1980年(昭和55年)1月は2日間、2月は3日間、3月は7日間、4月はなし、5月は3日間、6月は2日間、7月は9日間、8月は北海道で10日間、9月は4日間、10月は9日間、各々ロケが行われており、これは当時の大河ドラマとしては画期的な多さであり、この作品のロケ日数を同枠で超えるのは『太平記』まで待たねばならない[要出典]。このほか、序盤でパリ万国博覧会に参加する主人公二人を描く場面では、実際のパリでロケがおこなわれている(詳細後述)。また「映画みたいにダイナミックに撮ろうや」という菅原の提案に合わせて、ハンディカメラが多用され、アップでの切り返しを抑えるため他の大河ドラマよりもカメラ位置を引いて撮影された[4]。
菅原と苅谷嘉顕役の加藤の間でクレジットの順序を巡って悶着があり、近藤が「年齢が高い方が『兄貴分』」という理由を示して菅原がトップ、加藤がラストという形で決着した[4]。撮影当初、菅原はロケの観客から(加藤とは対照的に)声がかからないことに「テレビってすごいね」という感想を漏らしたが、やがて女子学生に取り囲まれるようになり、チーフディレクターの清水に「実はテレビのよさというか怖さを知らなかった」「テレビに出てよかった」と話した[4]。このように『現代やくざ 与太者の掟』や『トラック野郎』シリーズの映画スターだった菅原にとっては、新たなジャンルに挑戦した作品となった。また鶴田浩二はじめ、山田のドラマ『男たちの旅路』と共通の出演者もいた。
本作以降の歴代大河ドラマは、放送回、総集編ともに、全映像をNHKが保存している(2インチVTRから代わって安価の1インチVTRになったため)。
序盤の主要舞台であるパリでのロケは、放送前年の1979年(昭和54年)9月に20日間行われた[要出典]。これは史実のパリ万博に江戸幕府と薩摩藩の両方が参加しており、その描写で日本国内の状況を示せるという近藤晋の意図によるものである[5]。
当時、パリ総局長だった磯村尚徳がフランス国鉄に撮影許可をとっていたが、ロケ現場のパリ・リヨン駅の駅長が撮影前日になっても許可せず、交渉の結果、午前中のみの撮影、一般乗客を大写しにしないこと、人の整理はNHKでやること、トラブルを起こさないこと、などを条件に撮影が許された[要出典]。このリヨン駅の場面は、実際の列車に扮装を付けた俳優を乗せて下車させ、(撮影時の)現代の一般客がいる中を歩く形で撮影されている[5]。それらの一般客はほとんど俳優たちに注意を払うことはなく、人の整理を危惧したスタッフは不思議に思ったという[5]。「現代のパリの駅を幕末の人物が歩く」演出について、チーフディレクターの清水満は、実際に当時のフランス人が抱いたであろう日本人(侍)への違和感を強調する意図があったと述べている[5]。
コンコルド広場で馬車を走らせるシーンのときは、撮影許可時間が午前6時 - 8時だったが、午前6時はまだ暗く、ようやく8時から始めた撮影では、観光バスが来るとストップと書いたプラカードでスタッフが止めようとしたり、パトカーが来ると50フランと記念品を渡して見逃してもらうなど苦労が多かった[要出典]。
パリから南へ500キロのビバレー鉄道でSLでの撮影では中国人に間違われたという[要出典]。
斬新なスタイルを取り入れた作品ではあったものの、最高視聴率26.7%、平均視聴率21.0%と従来の幕末ものと同様に、大河ドラマの水準としては高い視聴率ではなかった[6]。
雑草とエリート。パリで出会った対照的な2人の生き様を追い、幕末から維新にかけての激動の時代を描く。
1867年、フランス皇帝ナポレオン三世からパリ万国博覧会に招待された幕府は、将軍・徳川慶喜の名代として徳川昭武を派遣する。会津藩士・平沼銑次は、幕府使節団に加わる。一方、幕府とは別に、薩摩藩は独自に博覧会に参加することを企てる。刈谷嘉顕もその一員だった。博覧会を巡って銑次と嘉顕は激しく対立するが、やがて不思議な友情で結ばれる。
帰国した2人を待っていたのは戊辰戦争だった。2人はそれぞれの運命に翻弄されていく。故郷に戻った銑次は、会津落城の後箱館戦争に従軍するが敗者となり、明治維新後は東京で人力車夫に。その後、内務卿・大久保利通暗殺の謀議に加わった濡れ衣を着せられ、北海道の樺戸集治監に送られるが脱獄。やがて自由民権運動に身を投じる。勝者となった嘉顕は、薩摩の大先輩である大久保に能力を買われ、新政府の官僚として働く。民主国家建設の理想に燃える嘉顕は、独自の憲法草案を作るが認められず、次第に孤立し、非業の死を遂げる。
本作はまずメインタイトルが表示され(バックには獅子=ライオンが登場)、その回の導入部(アバンタイトル)が流れてからオープニングクレジットタイトルに入る。曲中で3ヶ所(第14話以降は4ヶ所)にその回のハイライト・シーンが織り込まれる。ただし第11話「死の影」の様に本編未使用カットが挿入されたり、第13話「蝦夷島共和国」の様にハイライトではなくアバンタイトルから本編へのブリッジ的な映像が挿入される事も数回あった[注釈 2]。
宇崎は音楽担当の依頼を受けた時に「大河ドラマは年寄りが見るもの」と抵抗感があった。しかし大河ドラマが幅広い世代で見られていることを知り、「ロック(特にエレキギターの音)に偏見を持っている人達に1年間ロックを聞かせることで親しみを持ってもらい、偏見を無くすチャンスだ」と考えて音楽担当を引き受けた[7]。
特記がない限り、ウェブサイト「NHKクロニクル」の「NHK番組表ヒストリー」で確認[8]。
放送回 | 放送日 | 題 | 演出 | 視聴率[9] [要出典] | ||
---|---|---|---|---|---|---|
第1回 | 1月6日 | パリ万国博覧会 | 清水満 | 26.2% | ||
第2回 | 1月13日 | 対決のパリ | 重光亨彦 | 25.0% | ||
第3回 | 1月20日 | セーヌのめぐり逢い | 中村克史 | 25.2% | ||
第4回 | 1月27日 | 追跡 | 清水満 | 14.3% | ||
第5回 | 2月3日 | 遥かなる日本 | 重光亨彦 | 21.8% | ||
第6回 | 2月10日 | 江戸城終焉 | 中村克史 | 20.5% | ||
第7回 | 2月17日 | 暗い雲 | 清水満 | 20.7% | ||
第8回 | 2月24日 | 会津へ急ぐ | 重光亨彦 | 22.0% | ||
第9回 | 3月2日 | アームストロング砲 | 中村克史 | 22.9% | ||
第10回 | 3月9日 | 鶴ヶ城攻防 | 清水満 | 21.4% | ||
第11回 | 3月16日 | 死の影 | 重光亨彦 | 23.1% | ||
第12回 | 3月23日 | 会津落城 | 中村克史 | 22.8% | ||
第13回 | 3月30日 | 蝦夷島共和国 | 清水満 | 20.0% | ||
第14回 | 4月6日 | 五稜郭決戦 | 重光亨彦 | 21.7% | ||
第15回 | 4月13日 | 戦火のあと | 中村克史 | 22.2% | ||
第16回 | 4月20日 | 望郷 | 清水満 | 20.6% | ||
第17回 | 4月27日 | 北海道脱出 | 重光亨彦 | 20.3% | ||
第18回 | 5月4日 | 光と影 | 中村克史 | 18.1% | ||
第19回 | 5月11日 | 下北半島斗南藩 | 清水満 | 16.9% | ||
第20回 | 5月18日 | 津軽流浪 | 重光亨彦 | 18.0% | ||
第21回 | 5月25日 | 栄光なき志士 | 中村克史 | 19.3% | ||
第22回 | 6月1日 | 雲井龍雄襲撃 | 清水満 | 14.3% | ||
第23回 | 6月8日 | 愛ありて | 重光亨彦 | 21.6% | ||
第24回 | 6月15日 | 斗南に死す | 中村克史 | 19.1% | ||
第25回 | 6月22日 | 新しき旅立ち | 清水満 | 20.5% | ||
第26回 | 6月29日 | 敗れし者の道 | 重光亨彦 | 22.0% | ||
第27回 | 7月6日 | 汚職 | 中村克史 | 19.3% | ||
第28回 | 7月13日 | 太陽暦の新年 | 清水満 | 17.6% | ||
第29回 | 7月20日 | 春浅くして | 外園悠治 | 21.1% | ||
第30回 | 7月27日 | 徴兵令発布 | 清水満 | 17.0% | ||
第31回 | 8月3日 | 大久保と西郷 | 松橋隆 | 22.0% | ||
第32回 | 8月10日 | 明治六年の政変 | 重光亨彦 | 17.5% | ||
第33回 | 8月17日 | 人力車渡世 | 中村克史 | 18.6% | ||
第34回 | 8月24日 | 千代の恋 | 清水満 | 20.8% | ||
第35回 | 8月31日 | 西南戦争前夜 | 重光亨彦 | 20.4% | ||
第36回 | 9月7日 | 愛と動乱の日々 | 中村克史 | 21.9% | ||
第37回 | 9月14日 | 死闘田原坂 | 上田信 | 20.0% | ||
第38回 | 9月21日 | 大久保暗殺 | 重光亨彦 | 22.0% | ||
第39回 | 9月28日 | 再会・北海道 | 中村克史 | 20.6% | ||
第40回 | 10月5日 | 樺戸集治監 | 清水満 | 18.5% | ||
第41回 | 10月12日 | そして雪降る | 重光亨彦 | 17.6% | ||
第42回 | 10月19日 | 大脱走 | 中村克史 | 21.1% | ||
第43回 | 10月26日 | 逃避行 | 清水満 | 23.8% | ||
第44回 | 11月2日 | 小樽事件 | 重光亨彦 | 21.9% | ||
第45回 | 11月9日 | 絆 | 中村克史 | 22.7% | ||
第46回 | 11月16日 | 秩父路を行く | 松橋隆 | 24.0% | ||
第47回 | 11月23日 | 別離 | 清水満 | 22.9% | ||
第48回 | 11月30日 | 生まれ来るもの | 金沢宏次 | 24.2% | ||
第49回 | 12月7日 | 燃え上がる炎 | 重光亨彦 | 22.8% | ||
第50回 | 12月14日 | 自由自治元年 | 中村克史 | 24.2% | ||
最終回 | 12月21日 | 獅子の叫び | 清水満 | 26.7% | ||
平均視聴率 21.0%(視聴率は関東地区・ビデオリサーチ社調べ)[10] |
放送回 | 放送日 | 題 | 放送時間 |
---|---|---|---|
第1回 | 12月22日 | 対決のパリ(第1回〜第5回) | 22:15-23:35 |
第2回 | 12月23日 | 鶴ヶ城決戦(第6回〜第14回) | 22:15-23:35 |
第3回 | 12月24日 | 敗れし者の道(第15回〜第24回) | 22:15-23:35 |
第4回 | 12月25日 | 愛と動乱の日々(第25回〜第38回) | 22:15-23:35 |
第5回 | 12月26日 | 自由自治元年(第39回〜第51回) | 22:15-23:35 |
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