土浦駅(つちうらえき)は、茨城県土浦市有明町にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・日本貨物鉄道(JR貨物)常磐線の駅である。事務管コードは▲421105[4]。
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当駅は茨城県南部及び土浦市の中心駅で、茨城県内の常磐線の駅では水戸駅・勝田駅と並ぶ運行上の拠点駅である。 かつては筑波鉄道筑波線との接続駅であったが、同線は1987年(昭和62年)4月1日に廃止され、現在はJRの単独駅である。
1面1線の単式ホームと1面2線の島式ホーム、合計2面3線のホームを有する地上駅[1]。1番線が下り本線、2番線が上り本線、3番線が上り副本線(待避線)である。2・3番線は下り方面への発車も可能である。また1番線と2番線の間には、1番線から分岐する中線が敷設されている。 なお1987年3月までは現在の1番線より西側に別の1番線があり、ここが筑波鉄道のホームであった。廃止後も長らく放置されていたがその後駐車場となり、また上記歴史の通りそれまでの2-4番線が1-3番線に改称された。
なお、少なくとも昭和20年代まで周辺の農家には常磐線を使って東京などに野菜を売りに行く行商人がおり、土浦駅ホームには行商人が重い荷物を背負ったまま座れるよう行商台が設置されていた[18]。2021年11月に土浦駅に残されていた最後の行商台が撤去され鉄道博物館(さいたま市)へ寄贈された[18]。
(出典:JR東日本:駅構内図)
かつては軍艦の形状を模した「船型駅舎」で有名であった。
ホームの上空に橋上駅舎を持ち、駅舎の西口と一体となる形で5階建ての駅ビルを有する。かつては水戸ステーション開発が「WING(ウイング)」(1983年4月開業)として営業をしていたが、2008年7月13日で営業を終了[報道 1]し、改装工事を施工の上2009年7月24日にイオンモールが運営する「ペルチ土浦」として開業した[報道 2]が、のちにJR東日本グループのアトレが運営企業となっている[報道 3]。東口は駅舎から跨線橋(屋内型)を通った先にあり、出口1階には土産物店の「きらら館」があった[1]が、土浦市役所1階に移転し、跡地には土浦駅東口サイクルステーションができた。
バリアフリーに対応するため東口・西口から改札間、改札からホーム間をそれぞれ連絡するエスカレーター・エレベーターが設置されている。
立ち食いそば店が1番線と2・3番線ホームにある。また、コンビニエンスストア「NEWDAYS」がコンコースと改札外の東西出口を結ぶ跨線橋上に店舗を構えている。2020年8月5日には、改札外コンコースにいばらき食材を活用した店舗「ビアードパパ土浦店」が開業した[報道 10]。車椅子対応トイレが設置されている。
2008年3月下旬にコンコースの改良工事が完工した。
2018年3月29日に新しい駅ビル「プレイアトレ土浦」の部分開業[報道 4]に伴い、土浦駅ホーム待合室及び喫煙所にサイクリングをイメージする装飾を実施した[報道 5]。2019年3月29日から駅構内の階段壁面に装飾を行い、土浦や周辺の観光資源や自転車のイメージを装飾することで、「土浦=サイクリング」のイメージ定着に取り組む[報道 6]。
1番線ホームには、無料で利用できるコンセントやwifi設備があるフリースペースがある。
1991年10月13日より、それまでの発車ベルに代わり発車メロディが導入された。
1番線は、モーツァルトの楽曲である「きらきら星変奏曲」であり、同じ路線にあるいわき駅と同様にクラシック音楽が採用されている。
2・3番線は、かつてはモーツァルトの「ロンドKV.485」を採用していたが、2009年8月1日から土浦市のイメージソング「風の贈り物」に変更された[新聞 3]。
JR貨物の設備は旅客駅の東側に並行している。コンテナホームは1面でホームの西側に着発線荷役方式(E&S方式)に対応する着発荷役線(上り2番線)1線、東側に留置線1線が接している[20]。ホームの東側にある留置線は、首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス車両の搬入用に使用されていた。構内には、営業窓口であるJR貨物土浦営業所が設置されている。
上下線の間の渡り線(片渡り線)は荒川沖駅方面・神立駅方面ともに設置されているが、荒川沖駅方面にある渡り線は荷役線を発着する列車は使用できないため、下り列車は下り本線から荷役線へ直接進入することができない。そのため列車は一度中線に入線し下り方(水戸方)にある入換線へ引き上げ、推進運転で荷役線へ入線している。
2014年3月15日現在。専用貨物列車については定期列車の停車が設定されていない。
2022年現在、駅弁の販売は行われていない。
かつては、1番線に「富久善」による構内営業があり、主な駅弁として下記を販売していた[23]。
しかし、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の影響で、駅前の店舗が被災するなどしたため一時休業、その後駅構内販売を再開したものの、2012年2月に廃業した[新聞 4]。
以前は「説田商店」による弁当販売があったが、のちにそば店だけになり、さらに構内営業から撤退した。
JR東日本によると、2023年度(令和5年度)の1日平均乗車人員は14,138人である[利用客数 1]。
2000年度(平成12年度)以降の推移は以下のとおりである。
乗車人員推移 | ||
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年度 | 1日平均 乗車人員 |
出典 |
2000年(平成12年) | 21,507 | [利用客数 2] |
2001年(平成13年) | 20,691 | [利用客数 3] |
2002年(平成14年) | 20,207 | [利用客数 4] |
2003年(平成15年) | 19,644 | [利用客数 5] |
2004年(平成16年) | 19,477 | [利用客数 6] |
2005年(平成17年) | 18,574 | [利用客数 7] |
2006年(平成18年) | 17,796 | [利用客数 8] |
2007年(平成19年) | 17,524 | [利用客数 9] |
2008年(平成20年) | 17,277 | [利用客数 10] |
2009年(平成21年) | 17,053 | [利用客数 11] |
2010年(平成22年) | 16,497 | [利用客数 12] |
2011年(平成23年) | 16,055 | [利用客数 13] |
2012年(平成24年) | 16,233 | [利用客数 14] |
2013年(平成25年) | 16,236 | [利用客数 15] |
2014年(平成26年) | 15,928 | [利用客数 16] |
2015年(平成27年) | 16,223 | [利用客数 17] |
2016年(平成28年) | 16,057 | [利用客数 18] |
2017年(平成29年) | 16,004 | [利用客数 19] |
2018年(平成30年) | 16,124 | [利用客数 20] |
2019年(令和元年) | 15,956 | [利用客数 21] |
2020年(令和 | 2年)11,034 | [利用客数 22] |
2021年(令和 | 3年)11,720 | [利用客数 23] |
2022年(令和 | 4年)13,343 | [利用客数 1] |
2023年(令和 | 5年)14,138 | [利用客数 24] |
土浦市の表玄関となる当駅は城下町の歴史を有する中心市街地の東端に位置し、駅東側には日本の湖では琵琶湖に次ぐ面積である霞ヶ浦が近接していて、桜川や川口川の河口部であった駅及び線路東側は湿地帯や沼地、蓮畑が殆どであった。
駅周辺地区は中小規模の商店やオフィスビル等が集まるエリアとなっている。
かつては西口側の駅前(元々、東口は存在せず、上野側跨線橋の改修工事後に開設された)にはワカサギ等の佃煮や貝細工などの民芸品を売るお土産屋が数件立ち並ぶなど、霞ヶ浦観光の玄関としての側面を持ち、 京成百貨店、小網屋、丸井などの百貨店が立地していたが、1989年、1999年、2004年1月にそれぞれ撤退した。また、西口駅前には再開発ビル「ウララ」が立地し、複合商業施設としてイトーヨーカドーを核店舗としていたが、2013年2月17日に医療機関など一部店舗を除き閉店した。改装工事を経て、2015年9月24日から土浦市役所本庁舎として供用を開始した。
風俗店が集まるエリア桜町二丁目界隈は駅から徒歩圏内にある。2000年代に入ってから、駅周辺には高層マンションが多く建設されるようになった。内陸部に位置するが、霞ヶ浦が近いこともあって駅の標高は3.4メートル (m) と低い。なお路線バス、タクシー乗り場は駅の東西にある。
路線バスのバスターミナルがあり、地域の交通拠点となっている。一般路線バスは一部を除き西口、高速バス・空港バスは東口発着である。茨城観光自動車撤退により、乗り入れ会社は関東鉄道、JRバス関東および高速バスを関東鉄道と共同運行する千葉交通、成田空港交通、近鉄バスである。また、土浦市まちづくり活性化バス「キララちゃん」の市街地循環各コースも乗り入れている。
駅舎から最も遠い1番乗り場から反時計回りに番号が付与されている。降車場はエスカレーター前に統一されている。停留所名は運行事業者ごとに異なる。
高速バスと一般路線バスの一部が発着する。
※当駅に停車する特急「ひたち」・「ときわ」の隣の停車駅は各列車記事を参照。なお、特別快速は当駅から荒川沖方のみの運転で、神立方の定期列車は特急と普通のみとなる。
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