南央美

日本の女性声優 (1968-) ウィキペディアから

南 央美(みなみ おみ、1968年7月13日[1][11][13][14] - )は、日本女性声優エッセイストコラムニスト東京都出身[10]ポマランチ所属[6]

概要 みなみ おみ南 央美, プロフィール ...
みなみ おみ
南 央美
プロフィール
本名 南 央美[1][2]
愛称 央美ちゃん[3]、おみおみ[4][5]
性別 女性
出身地 日本東京都[6]
生年月日 (1968-07-13) 1968年7月13日(56歳)
血液型 B型[7][8][9]
職業 声優エッセイストコラムニスト
事務所 ポマランチ[6]
公式サイト 南 央美|ポマランチ
公称サイズ(時期不明)[1]
身長 / 体重 157[10] cm / 44 kg
靴のサイズ 23[11] cm
活動
活動期間 1985年[12] -
デビュー作小さな森の精 あいあむ!スマーフ』(ハンディ)
声優テンプレート | プロジェクト | カテゴリ
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略歴

要約
視点

生い立ち

小さい頃から男の子向けの番組を観て育ち、『ウルトラマン』などの観た記憶がない怪獣の名前まで全部知っていたり、心は男の子であったという[15]

3歳の時にはクラシックバレエを始め、プリマを目指していた[15]

小学3年生からの2年間は、進学校だったこともあり競争社会で、いじめられっ子であった。一人っ子で大人と一緒にいることが多く、周囲に同世代の人物がいなかったせいで、ずっと人見知りで引っ込み思案で、人に言われていたことですぐ傷ついたりもしていた。当時は身体も弱く、よく病気になったりもしており、身体も心も弱いのが嫌だったと語る。その経験から「強くなりたい」と思ったという[15]

中学校の進学で、「バラ色の人生」になったという。中学、高校時代は女子校で、規則がすごく厳しいところだったが、人数が少なく皆団結していた。後述のジャパンアクションクラブのことも皆で内緒にしてくれたという[15]

幼少時代、『バトルフィーバーJ』や『太陽戦隊サンバルカン』などの「スーパー戦隊シリーズ」が好きで、父も戦隊ものが好きだったという[15]。自分も戦隊物に出演しようと思ったことや強くなりたかったことからヒーローに憧れ、高校時代JACに入った[3][8][15][16]。JACの先輩に富沢美智恵がいる[15]。その時は元々『仮面ライダー』のショッカー戦闘員などの悪役を演じたかったという[3]。JACに入ったのは、小さい子供が好きで、子供が喜んでくれる仕事をしたかったからだという[15]真田広之に会いたくてオーディションに受けに行っていたとも語る[17]。書類は出したような気がしていたが、覚えておらず、「何次審査があるから来い」と言われ、そのオーディションで「審査員:真田広之」と書いてあったのをみて「あ、会える!」と思って行っただけだった[3][17]。それで行ってみたところ、「前転、後転をやるとその子の運動神経がわかるんです」とマット運動させられ、色々した後に列で並ばされていたところ、前の方に真田がいた[17]。ほかにも審査員に千葉真一がおり、千葉の方に呼ばれ、「私は真田さんに」と言っていたが、結局千葉の方で面接することになり、真田には会えなかった[3][17]。小さかった事もあり、面接の時千葉が制服姿の南を見て「君、女学生?」、「明日から来れる?」、「遊びにおいで」と言われ合格したという[15][17]。親も驚いている間にレッスンに行くことになり、当時はクラブ活動のようだった[17]

キャリア

当時の南は最年少で「ラッキー」という形で入ったが、その後が大変だった。入った途端にレッスンで、1日目には「はい、じゃあ軽く腹筋50回ね」と言われて、腕立て、腹筋、背筋1クール10回で、60回ぐらいまで行った。根性だけはあったが、2、30回いくのが精一杯だった。周囲の先輩方は、女性でも体格のいい人物が多かったが、南は身体が小さく、コーチからも「どうして入れたんだ?」と言われた。バレエを3歳の頃からやっていたため身体は柔らかいが、生まれつき筋肉がなく腕立て伏せが一回も出来ないほどだった。しかし、バク転ができなくても、皆でニコニコと、「央美ガンバレ」と見守ってくれたという[15]。高いところから落ちるものは好きだったがあまり得意ではなく、体重があまりないため、風が吹くと飛ばされてしまい、ちゃんと落ちることができなかった。横風が吹いていると、「はい、央美はダメ」と言われてしまったという[9]

最年少として厳しいレッスンに励んでいたが、2年後に投げられるシーンのレッスンで、腰に怪我をしてしまった。その時に医者に行っていたところ、「このまま続けていると一生治らない」と言われて、JACを退所することになった。前述のJACで怪我をしていた時に、JACよりも小さい頃から続けていたバレエがだめになったことのほうがショックだった。しかしすぐに良い方に考える性格のため、「あー失敗した、プリマになれなかったじゃん、でもまた私ができることが何かあるだろう」と思っていた。その時に高校の友人の1人から「身体をそこまで使わなくても、声で演技する仕事もあるよ。やってみたら?」と勧められ、その友人が好きだった声優の話を聞き、初めて声優の存在を知り、声優の道を志す[3][9][15][16]。なお、その当時の怪我は完治したという[9]

1982年、中学2年で勝田声優学院[18]に入学(第1期生)[19]。同期は伊藤美紀岡本麻弥がいた。

日本ナレーション演技研究所出身[14]中央大学法学部卒業。

偶々アニメの主役を決める全国オーディションに合格したが、その主役を演じていた人物が決まっており、「ライバル役にしよう」と言われた[3]。しかし小さ過ぎること、子役ではないためレッスンをしなくてはならず、一回外されて、「半年後頑張れ」といった感じで半年後に声優デビューしたという[3]

1985年に『小さな森の精 あいあむ!スマーフ』のハンディ役で声優デビュー[16]

親との約束で大学に進学するため、一度だけ仕事をしていた後に一時中断し、1990年に正式デビューしてからは大学に在学しながら声優の仕事を始める。初めて行ったアフレコ現場では、JAC時代の先輩でもあった富沢美智恵と再会し、彼女が声を掛けてくれたのが嬉しかったという。一方、女の子の中で育ってきたことから、声優になって当初は男性とどう喋ったらいいかわからなかったという[15]

1997年のインタビューでは、JACも声優も目標的には同じで、声優として活動をしてすごく幸せだという[15]

まんがライフMOMO』(竹書房)で、自身の通販ライフを記した「通販BINちゃん生活」を執筆していた(2010年10月号で連載終了)。2012年10月号から同誌が休刊した2019年1月号まで「おみ不思議夜話」を執筆連載。

以前はアーツビジョン[1][2]ぷろだくしょんバオバブ[20]大沢事務所[21]に所属していた。2012年3月からはポマランチ所属[6]

現在まで

2014年から、声優スクール「スタジオにょっき」の所長を務めている。

人物

要約
視点

よく名前を「なおみ」と間違われることが多い[22][23][24][25]

霊感が強く、小さい頃から霊が見えたりしている[26][27][28]。その霊感の強さから、川瀬敏文に「当たり馬券教えて」と聞かれて、「儲けようとすると駄目なんです」と断ったことがある[29]

趣味・嗜好

好きな色はオレンジ色[30][31]

趣味はイラスト水族館巡り、太極拳通信販売など。特技は催眠カウンセラー[10]、書道[11]、乗馬[15]。乗馬については、遊園地の牧場で乗って以来毎年言っており、「客引き」と言われて50周はしていたという[15]

特色・役柄

島田秀平から「素晴らしいお声の持ち主」と評されている[26]。高音域の声質で、内気役から快活な役まで様々なタイプの少年、生き生きとした子供や少女・女性キャラクターの声を演じている[12][9][15]。特に『機動戦艦ナデシコ』のホシノ・ルリ役は「バカばっか」の台詞と共に代表キャラクターとなった[9][15]

しましまとらのしまじろう』より主役のしまじろうを担当し、現在も『しまじろうのわお!』に出演中。『こどもちゃれんじ』の教材やCMなどのしまじろうの声もあてている。

仕事をする上でのモットーは「そのキャラクターとして自分が感じた気持ちを見た人に伝わって、一緒に楽しむこと」[16]。本人によると、間違い電話をかけてきた男性を声で魅了したことがある。男性は間違いだとわかって一度切ったものの「君の声が気に入ったから」と再び電話をかけてきたという[32]

出演作について

『しましまとらのしまじろう』のしまじろう役で、子供たちに「しまちゃ〜ん」と呼ばれているという[15]。2023年に『島田秀平のお怪談巡り』に出演していた際には、島田秀平の子供はしまじろうが好きで、コンサートに何回も行かせているが、それに対して南は小さい子供には「しまじろうに会ったよ」、「今日お父さんしまじろうに会ってきたんだよ」と言って、南の名前を出さないようにと語り、幼稚園児以下の皆には「しまじろうだったよ」とイメージしてくれれば、とも語る[26]

『機動戦艦ナデシコ』のホシノ・ルリ役は、珍しく感情を抑えた役であった[9][15]。ルリ役を演じた当初は大変であったといい、初めて声を出した時は、「もっと感情を抑えて」、「もっと抑えて棒読みで」と言われた。しかし中々感情を抑えることができなかったという[15]。ルリのセリフは、科学的なことの説明といった難しいものばかりで、最初の頃はどんなキャラなのかよく分からなかったが、演じるうちに自分の中で、ルリに関するイメージがだんだん固まってきた[9]。ルリはどんなキャラなのかスタッフと話し合いながら役作りをしており、その時に脚本家の首藤剛志に聞いて見たところ、「僕の考えるルリは普通の娘だよ」と言われ、南自身もそう思った。ルリが初めて感情を出す場面は「やっていいんですねー!」と嬉しく感じ、「彼女の感情を作っているのは声優である私なんだ」、「音として感情が出なくても、この娘が心の中でどんなに考えているかが、ほんのちょっとでも出れば」と思い演じていたという[15]。2024年10月1日付けのツイートで南にとっては『機動戦艦ナデシコ』は大切な作品だと語る[33]

出演

要約
視点

太字はメインキャラクター。

テレビアニメ

1989年
  • それいけ!アンパンマン(1989年 - 1999年、レモンちゃん、えのぐぼうや、ナットーマン、白ういろう、かまあげうどんさん、アロエくん)
1990年
1991年
1992年
1993年
1994年
1995年
1996年
1997年
1998年
1999年
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
2011年
2012年
2013年
2014年
2015年
2016年
2017年
2018年
2022年
2025年

劇場アニメ

1996年
1998年
2000年
2001年
2002年
2006年
2011年
2013年
2017年
2021年

OVA

1987年
  • サーキット・エンジェル 〜決意のスターティング・グリッド〜(店員)
1990年
1991年
1992年
1994年
1996年
1997年
1998年
1999年
2000年
2001年
2003年
2004年
2005年
2008年
2011年
2012年

Webアニメ

ゲーム

1993年
1996年
  • 王国のグランシェフ
1997年
1998年
1999年
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
2010年
2011年
2012年
2013年
2014年
2015年
2016年
2017年
2018年
2019年
2020年
2021年
2022年
2023年
2024年

ドラマCD

カセットブック

  • アニメイトカセットコレクション 機動戦艦ナデシコ 「ナデシコ対ゲキ・ガンガー対宇宙人」……って、オイ!?(ホシノ・ルリ、ナナコ[75]
  • アニメイトカセットコレクション 機動戦艦ナデシコ 2 ナデシコ・ばらえてい(仮題)(ホシノ・ルリ)
  • アニメイトボイスカセット 機動戦艦ナデシコ ナデシコクルー編(ルリ)

吹き替え

映画

ドラマ

アニメ

ラジオ

その他コンテンツ

ディスコグラフィ

シングル

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発売日タイトル規格品番最高位
1st 2002年3月6日 君のあしたへ
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アルバム

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発売日タイトル規格品番最高位
1st 1996年2月21日 Planets〜五月の織姫〜
2nd 1998年2月25日 ラプソディ〜ひ・と・り・ご・と〜
3rd 2005年3月9日 ぷりんとおさんぽ
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音楽CD

1999年

  • 電子の妖精(ホシノルリ名義、8月27日)

2002年

  • せんせいのお時間 主題歌コレクション(10月17日)

2011年

  • しまじろう みんなで クリスマスパーティ!(11月9日)

出版

  • おみたま通販便(共著:ももせたまみ、2004年5月、竹書房ISBN 4-8124-5957-5
  • おみたま通販便2(共著:ももせたまみ、2007年11月、竹書房) ISBN 978-4-8124-5957-7
  • おみたま通販便2特装版(共著:ももせたまみ、2007年11月、竹書房) ISBN 978-4-8124-6754-1
  • おさんぽさんぽ(フォト&エッセイ集)(共著:谷尚樹、2000年9月、徳間書店ISBN 4-19-720130-3
  • おみたま通販便finale(共著:ももせたまみ、2011年11月、竹書房) ISBN 978-4-8124-7680-2

脚注

外部リンク

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