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アメリカ合衆国の航空会社 ウィキペディアから
デルタ航空(デルタこうくう、英語: Delta Air Lines, Inc.)は、アメリカの航空会社で、ジョージア州アトランタ市に本社を置く[2]。アメリカン航空、ユナイテッド航空と並んで、アメリカ三大航空会社のうちの1つに数えられる[3]。
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法人番号 | 1700150005025 | |||
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設立 | 1928年(Delta Air Service として) | |||
ハブ空港 |
アトランタ国際空港 デトロイト空港 ミネアポリス・セントポール国際空港 ジョン・F・ケネディ国際空港 (ニューヨーク) ラガーディア空港(ニューヨーク) ソルトレイクシティ国際空港 ローガン国際空港(ボストン) ロサンゼルス国際空港 シアトル・タコマ国際空港 | |||
マイレージサービス | SkyMiles | |||
会員ラウンジ | SkyClub | |||
航空連合 | スカイチーム | |||
子会社 | デルタシャトル | |||
保有機材数 | 756機 | |||
就航地 | 375都市 | |||
本拠地 | アメリカ合衆国 ジョージア州アトランタ | |||
代表者 |
エド・バスティアン(CEO) グレン・ホーエンスタイン(社長)[1] ヴィクター大隅(日本支社長) | |||
外部リンク |
ja | |||
備考 | ||||
1929年にコレット・E・ウールマンらがルイジアナ州モンローで「デルタ・エア・サービス」として旅客サービスを開始し(それまで農薬散布の会社)、1941年にアトランタに移転する。社名は、ミシシッピ・デルタ[4] にちなんで付けられたものである[5]。現存するアメリカのエアラインでは最も古い歴史を誇る。
第二次世界大戦の際には他の航空会社と同様アメリカ軍への協力を余儀なくされるが、戦後になるとその規模を急速に拡大し始める。
1955年には、早くも本拠地のアトランタを中心とする乗り継ぎ形態として「ハブ・アンド・スポーク」システムを構築。1960年代になるとDC-8をはじめとするジェット機を導入し、1970年代までにジェット機にほぼ機材を統一する。
1953年にシカゴ・アンド・サザン航空と、1972年にノースイースト航空と、1987年にウエスタン航空と合併する。
1970年代半ばまでは中米路線はあったものの、アメリカ国内線が主であったが、1978年には規制撤廃に伴い大西洋路線を充実させていく[2]。
1987年には、初の太平洋路線としてL-1011型機を使用して、ポートランド国際空港から成田空港へ就航。1991年には倒産したパンナムから大西洋・ヨーロッパ路線を買収し、基本的には国内線及び近距離国際線、そして大西洋路線を重視したネットワークを形成していったのである。
2000年6月、エールフランスや韓国の大韓航空、メキシコのアエロメヒコ航空とともに国際航空アライアンスの「スカイチーム」の創設メンバーとなる。
2005年、原油価格の高騰に伴う燃料費の増加によって収益が悪化。加えてハリケーン・カトリーナによって同社の地盤であるアメリカ南部が被害を受けたことなどから経営危機に陥り、同年9月14日、ノースウエスト航空と同時期に連邦倒産法第11章(チャプター11)の適用をニューヨークの連邦破産裁判所に申請し、経営破綻。しかし、運航自体は継続しながら経営再建を行い、2007年5月1日に正式に連邦倒産法第11章から脱却して経営再建に成功した。これと同時に機体に新塗装が施され、新しいロゴマークも発表された。それに先立って、ニューヨーク証券取引所への再上場も果たす。
2008年4月14日、アメリカ第5位のノースウエスト航空との合併を発表し[6]、同年10月29日、アメリカ司法省の承認を経て、当時としては世界最大の航空会社「デルタ航空」が誕生、2010年1月31日に正式に統合が完了した。
2012年、シンガポール航空が保有していたイギリスのヴァージン・アトランティック航空の49%の株式を取得し、共同事業を行うと発表[7]。翌年9月に反トラスト法の適用除外認定を受けた[8]。また同年5月には日本市場における競争力・財務力を強化する為、日本支社長に日本人実業家の森本大(もりもと まさる、同志社大学卒、元日本コカ・コーラ副社長)を起用[9]。
2018年2月、マージョリー・ストーンマン・ダグラス高校銃乱射事件を契機に、全米ライフル協会会員に対して行ってきた運賃割引制度を廃止することを打ち出すと[10]、ライフル協会会員からボイコット運動を受けることとなった。同年3月、エド・バスティアンCEOは社内向けのメッセージで、ライフル協会に限らず政治的に異なる見解を持つ団体全てに対して、現在適用している運賃割引制度の見直しを進めていることを示唆している[11]。
2019年6月30日付をもって、日本支社長だった森本大が退任[12]。1か月の空白期間を経て、7月29日付で、元マリオット・インターナショナルのヴィクター大隅が日本支社長に就任した[13]。
2023年5月1日、アメリカ運輸省(以下DOT)に羽田発着枠の柔軟運用に関する要望書を提出[14]。これは日本側はアメリカ就航地を自由に決定できるのに対して、アメリカ側は路線を限定されていたこと対する改善要望だった。 内容としては3年程度限定で各社2枠を上限に申請以外の任意の路線を開設できるというものである。ちなみに当時のデルタの羽田発着枠取得路線は7枠(アトランタ・デトロイト・ミネアポリス・ロサンゼルス・シアトル・ポートランド・ホノルル)であり、このうちポートランド・ホノルル便は当時運休だった[15]。この意見にアメリカン航空・ハワイアン航空は賛成した一方で、ユナイテッド航空は反対を表明[16]。デルタ・ユナイテッド双方で意見が対立し[17][18]、DOTに判断がゆだねられることとなった。 結果としてDOTは要望案を却下し、デルタに対し休止中のホノルル・ポートランドの2路線について、10月28日からの2023年冬ダイヤ以降の行使可否の通知を10月1日までに要求した[19]。 これを受け、デルタはホノルル線においては10月29日より1日1便のデイリー運航を決定、機材はボーイング767-300ERを使用[20]。一方でポートランド線は就航を見送り、発着枠返上及び再配分されることとなった[21]。
2024年7月19日、世界各地の様々な業種でコンピューターシステムの障害が発生。デルタ航空も通信システムに障害が発生したとして全便の運行を停止した[22]。
現在ではメインハブ空港であるアトランタ国際空港をはじめ、ハブ空港からアメリカ国内および世界各地に向け、1日に4900便を超えるフライトを運航している。 国際線はヨーロッパ・アジア・カナダ・ラテンアメリカ・アフリカ・オセアニアに就航している。2009年7月よりオーストラリアに新規就航を果たし、世界でも6大陸すべてに就航する数少ない航空会社になった[23]。 旅客運送数および旅客キロ数で、アメリカン航空に次ぐ世界第2位の大手エアラインで、スカイチームの中心的なエアラインでもある。
デルタ航空の保有機材は800機を超え、その数は単一の航空会社が保有する機材数では世界第2位である(第1位はアメリカン航空)。その種類は旧デルタ航空発注のボーイング社製機材中心のラインナップに加え、ノースウエスト航空から引き継いだエアバス機など、多岐にわたっている。そのため、様々な座席数を持つ機材が豊富に揃い、各路線に最適なサイズの機材を投入することが可能となっている。反面、機材の競合も多く、整備や部品管理などの効率が悪くなっている。 また、デルタ航空は新型機も多く発注している一方、アメリカン航空・サウスウエスト航空など競合他社からもボーイング757、ボーイング717を購入・リースしている。
なお、デルタ航空が発注したボーイング社製航空機の顧客番号(カスタマーコード)は32で、航空機の型式名は767-332ER、777-232ERなどとなる。但し、ノースウエスト航空から引き継いだ機材は、ノースウエスト時代のカスタマーコード51が与えられており、航空機の型式名は747-451 757-251となる。
機材 | 保有数 | 発注数 | 座席数 | 備考 | |||||
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J | F | P | W | Y | 計 | ||||
エアバスA220-100 | 45 | - | - | 12 | - | 15 | 82 | 109 | 世界最大のオペレーター |
エアバスA220-300 | 28 | 72[26] | - | 12 | - | 30 | 88 | 130 | |
エアバスA319-100 | 57 | - | - | 12 | - | 18 | 102 | 132 | |
エアバスA320-200 | 55 | - | - | 16 | - | 18 | 123 | 157 | |
エアバスA321-200 | 127 | - | - | 20 | - | 29 | 142 | 191 | |
エアバスA321neo | 68 | 87[26] | - | 20 | - | 42 | 132 | 194 | 2027年までに納入予定[27] |
エアバスA330-200 | 11 | - | 34 | - | 21 | 24 | 144 | 223 | |
エアバスA330-300 | 31 | - | 34 | - | 21 | 24 | 203 | 282 | |
エアバスA330-900 | 31 | 8[26] | 29 | - | 28 | 56 | 168 | 281 | |
エアバスA350-900 | 33 | 11[26] | 32 | - | 48 | 36 | 190 | 306 | |
30 | - | 63 | 246 | 339 | |||||
40 | 40 | 36 | 159 | 275 | |||||
エアバスA350-1000 | - | 20[26][28] | TBA | 2026年より納入予定 20機のオプション付き[29] | |||||
ボーイング717-200 | 88 | - | - | 12 | - | 20 | 78 | 110 | 世界最大のオペレーター |
ボーイング737-800 | 77 | - | - | 16 | - | 36 | 108 | 160 | |
ボーイング737-900ER | 163 | - | - | 20 | - | 21 | 139 | 180 | |
12 | 6 | 162 | |||||||
24 | 137 | 173 | |||||||
ボーイング737-10 MAX | - | 100[30] | - | 20 | - | 33 | 129 | 182[30] | 2026年から納入予定[31] 30機のオプション付き[30] |
ボーイング757-200 | 100 | - | - | 20 | - | 29 | 150 | 199 | 世界最大のオペレーター |
41 | 132 | 193 | |||||||
16 | - | 44 | 108 | 168 | |||||
- | 72 | - | - | 72 | チャーター用 | ||||
ボーイング757-300 | 16 | - | - | 24 | - | 32 | 178 | 234 | 世界最大のオペレーター |
ボーイング767-300ER | 40 | - | 26 | - | - | 35 | 165 | 226 | 世界最大のオペレーター |
18 | 21 | 151 | 216 | ||||||
36 | - | 32 | 143 | 211 | |||||
ボーイング767-400ER | 21 | - | 34 | - | 20 | 28 | 156 | 238 | 世界最大のオペレーター 同社とユナイテッド航空のみ運用 |
計 | 991 | 298 |
サウスウエスト航空からボーイング717型機を中古リースで導入し、DC-9シリーズを更新した。このボーイング717はエアトランで使用されていた機材である。2025年末までに全機退役させる方針である[32]。
現有保有機材数で一番の大所帯であるボーイング757-200型機は一つの機材でなく、エアバスA321LR及びボーイング737-900ER型機の二機種の新造機によって代替する予定。
ノースウエスト航空が発注していたボーイング787-8型機については注文の一部が取り消され、残りも納入が2020年以降に延期されていた。しかし、2016年12月27日に正式に発注がキャンセルされた。発注取り消しについて契約の具体的な内容は非公表としている。なお、デルタは発注済みの737-900ERを2019年までに受領する予定で、計120機にのぼる。
ボーイング747-400及び767-300ER型機の代替を含めたワイドボディ50機程度[33] の導入を検討しており、エアバスA330やA350 XWB、ボーイング777-300ER、ボーイング787-8/-9などが候補に挙がっていた。2014年11月20日にエアバスA350-900型機とA330-900neoを25機ずつをボーイング747-400型機や767-300ER型機の後継機として発注し、A350 XWBは2017年、A330neoは2019年から受領する予定と発表された。このうちA350 XWBは同年10月30日よりデトロイト - 成田線[34] でのデビューを果たした。
2017年12月13日、エアバスのA321neoを約100機発注する計画を発表した。エンジンはプラット・アンド・ホイットニーの予定である[35]。
ノースウエスト航空と合併後、貨物機を含め20機以上の747シリーズを保有し、同社の最大機材として太平洋路線を中心に運航された。
ボーイング747貨物機を中心とした貨物専用機の運用は2010年1月末をもって終了し、退役した。
旅客型についてはしばらく運用が続けられたが、最終的にボーイング747-400型機は2017年に完全に退役し、デルタからボーイング747は引退した。ノースウエスト統合によりデルタは日本からの以遠権を有していたが、ハブとなる成田国際空港の発着枠には限りがあった。かつて、需要旺盛な日本および東アジアへこの少ない発着枠で輸送力を確保するには、ボーイング777では容量不足であり、747が必要とされていた。また、成田空港に設けた整備工場で747の高度な整備が可能であった。以上の理由によりデルタ航空はボーイング747-400型機の運用を続けていた。
しかし、初期に就航した機体は25年以上運用しており、置き換えが急務であったことから、2014年第3四半期の業績発表時に、747-400を2017年に完全退役させる予定を発表した。これにはデルタ航空とスカイチームにおける日本の重要性が低下し、日本路線の容量見直しが可能になったことも理由のひとつである。デルタのハブであるデトロイトから、スカイチームメンバーのハブであるソウル/仁川(大韓航空)・上海/浦東(中国東方航空)などに直行便で接続できるようになり、成田を経由せずとも、以前は以遠権で就航していた東南アジア地域から集客できるようになった。さらに、統合前のデルタ時代から日本に提携するカウンターパートナーは存在せず、日本航空やスカイマークの再建計画にもデルタは参入できず、2021年現在もなお、日本の航空会社からスカイチームに所属するメンバーは出ていない。
2015年9月8日(ハワイ時間)のホノルル発アトランタ行836便をもって引退[39] した同社保有の登録番号「N661US」(製造番号23719/696・ノースウエスト航空85便緊急着陸事故当該機)は747-400型機のプロトタイプの1機であり、2016年4月にアトランタ本社の付属施設であるデルタ航空博物館に寄贈され、2017年3月28日より一般公開されている[40]。
2017年に、デルタの747は運用数6機まで削減され、デトロイト発着のアジア便を中心に運航されていた。日本の定期路線から10月30日の成田→デトロイト(DL276便)をもって引退[41] した。しかし定期以外では11月28・29日にかけて「N668US」がアメリカ軍のパトリオット・エクスプレスとして仙台・嘉手納へ飛来している[42]。
12月には運用が4機にさらに減り、12月19日 仁川→デトロイト(DL158便)を最後に引退した。当初予定では、現地時間で12月17日発 仁川→デトロイト(DL158便)を定期便ラストフライトとしていたが[43]、12日になって19日仁川発が追加[44]され、結果的にはこれが最後の定期フライトとなった。17日デトロイト発(DL159便)が当日になりパイロットを確保できず747での運航を取りやめ、翌18日にデトロイト(9:18)→仁川(13:11)(DL9859(159A)便)で運航し、折返しの仁川→デトロイトは12日に設定された19日仁川発(DL158便)を約2時間半の遅延で運航した[45]。ラストフライトは「N666US」が務めた。
定期運航便とは別に18日から自社社員向けのフェアウェル・ツアーを以下で運航した。
また、12月31日迄年内はスポーツ団体向けを含むチャーター便を運航し、2018年1月3日までに全機アリゾナ州マラナへ回送された。デルタはこれらイベントをSNSで「#DL747Farewell」のハッシュタグで情報発信するとしている[46]。
就航都市は全世界6大陸にわたり、350都市を超える。
成田空港もハブにしていたデルタは、1987年3月に日本乗り入れを開始した。旧社時代は成田国際空港からポートランド、ロサンゼルス、ニューヨーク、アトランタの各路線に加え、名古屋/小牧 - ポートランド線・ロサンゼルス線を運航しており、11か月だけだが福岡 - ポートランド線を運航していたこともあった。しかし、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロの直後、成田 - アトランタ便を除いたアジア路線から一時撤退した。
その後のノースウエスト航空との統合により、2009年から成田でのハブ機能を充実させた。2013年には外国航空会社として同空港で最多の運航便数を誇り、その数は日本航空(JAL)、全日本空輸(ANA)に次いで3番目で、外資系エアラインでは最多となっていた[61]。
2017年冬季スケジュールでは、旧ノースウエスト航空の路線と合わせ、アトランタ、デトロイト、ミネアポリス、シアトル、ロサンゼルス、ポートランド、ホノルルのアメリカ7都市とグアムから成田、及び成田-コロールに向けて運航を行っていた。
名古屋/中部発着のデトロイト線では、デルタが運航する日本路線としては初めて、日本の特定地域の特産物を取り入れた限定機内食(松阪牛使用)の提供をビジネスクラス以上の乗客を対象に実施するなど[62]、近年では日本人向けの機内サービス向上に努力していると評価されていた。
また既得の旧ノースウエスト航空の以遠権を生かすことで、成田国際空港をハブ空港の一つとし、同空港からシンガポール、マニラ、上海/浦東などへのネットワークを形成していた。かつては関西国際空港からマニラ、台北、高雄、クアラルンプール、ジャカルタ、中部国際空港からマニラへ向かう以遠権ルートもあった。
2011年2月19日から、東京/羽田の発着枠拡大に伴いロサンゼルス[63] 便を開設し、1日1便を通年で運航している。
デルタは従前の成田乗り継ぎ便よりも、アメリカ本土からアジア各国への直行便を重視するようになっら。実際、太平洋路線のうち、日本路線の占める割合は、2009年の72%から2013年の49%にまで下落している。
日本の国内線でコードシェア便相手を確保できなかった(JALはワンワールド、ANAはスターアライアンスに加盟しており、スカイチームには日本の航空会社は加入していないため、国内での地方空港からの旅客を取り込めないでいる)[64] ことや、アメリカ本土とアジア各国を結ぶ路線が増加したことから、日本経由の路線を減らす方針であると発表していた。2011年には成田空港で週196便運航していたが、2018年に入ってからは、1月8日にグアム便、5月6日に唯一の直行便だったサイパン便とパラオ便を運休し、7月には上海/浦東便から撤退し、成田空港発は週53便まで減った[65]。また、富里市に同社が所有していたラディソン成田・機内食工場・研修施設を2016年秋に売却し、ホテルを除き閉鎖されている。
その一方、成田空港内にある格納庫の賃貸借契約に2014年10月1日からの使用開始で合意し、12月1日より「成田テクニカルオペレーションセンター」を開設[66][67]。同空港をアジア地域の拠点として活用する動きとされた[68]。
2015年頃、日本市場での提携先を模索している時、スカイマークが民事再生法を申請し、債権者集会で再建案を決議することが決定した。当初は国交省が支持したANAホールディングスを中心とする案が有力であったが、ANA側が提示した再建案ではスカイマークが民事再生法申請前に運航していたエアバス機(A330)と発注していたA380が排除されていた。債権者であるエアバスとイントレピッドが反発し[69]、イントレピッドはデルタを担ぎ出した。デルタ航空にしてみれば、欲しかった日本市場での航空会社を傘下にでき、日本に加盟航空会社が無いスカイチームへの加盟させれる可能性があったので、ANAとデルタが相対する構図となった。ANAはエアバスにA380など機材の購入を持ちかけて支持を取り付け、デルタはスカイマーク再建計画で敗北した[70]。
上記のような騒動後、2015年末頃に日米航空交渉の目途がつき、羽田空港の昼間発着枠が新規割り当てされる可能性が出てきたが、デルタは従来の成田国際空港の地位低下を危惧し、羽田空港発着枠を新規に割り当てる際、成田空港発着枠への移行を要求した[71]。
2016年1月13日、東京/成田 - ミネアポリス線の運航を廃止する可能性があることが報道されたが[72]、同年2月18日に日米航空交渉が合意に達し、2016年10月末からの冬期スケジュールから、アメリカ線の羽田発着枠は、昼間時間帯に日米双方5便、深夜早朝時間帯に双方1便の1日計12便で合意された。これを受けデルタは、「羽田空港の昼間の発着枠の部分的な開放に合意したことを非常に残念に思います。羽田空港では引き続き競争が制限され、厳しく規制された空港となると思われます」という立場を公表[73] した。しかし羽田就航をあきらめたわけではなく、アメリカ運輸省(DOT)に対し、ロサンゼルス・ミネアポリス・アトランタ線の新規枠での就航希望を申請したと発表し[74]、2016年7月20日、アメリカ運輸省によりデルタのロサンゼルス線とミネアポリス線の割当が決定された[75]。
デルタは今回の羽田発着枠の配分で、依然日本国内に提携航空会社をもたないデルタが自社以外のアメリカ系の航空会社(すなわちJALと提携するアメリカン航空・ハワイアン航空、ANAと提携するユナイテッド航空)よりも不利になると主張した。アメリカン・ハワイアン・ユナイテッドは日本路線からJAL・ANAが展開する国内線およびアジア路線のネットワークに容易に接続でき、JAL・ANAもまた国内線から太平洋路線を介してAA・HA・UAが展開する米州路線に接続できる。しかし、成田を拠点とし日本国内のネットワークが貧弱なデルタは、自社が成田と羽田の2つの「東京」空港で運航を強いられた場合、重要な顧客層の流れはデルタの既存の成田発着便から地理的優位性の高い競合他社の羽田発着に移るとみなした。そのため、2016年秋から、成田 - ニューヨーク/JFK線とその接続便の成田 - 関西線、成田 - バンコク線を運休(事実上撤退)した[76]。
かつてノースウエスト航空は関西からもアメリカ本土路線(ロサンゼルス、デトロイト、シアトル)や接続するアジア路線を運航していた。当社との経営統合に際して再開したシアトル線も運休し、一時関空からはホノルル線のみとなっていたが、2019年4月2日より、夏ダイヤ限定で関西 - シアトル線の運航を再開した。これは香港 - シアトル線運休の代替で、シアトルのハブ機能強化によるものであった[77]。
2019年5月16日、2020年東京オリンピックに対応した、2020年夏期スケジュールの羽田空港発着枠新規配分で、シアトル・デトロイト・アトランタ・ポートランド・ホノルルの5路線の仮承認をアメリカ運輸省から受けた[78]。成田撤退の方針は変わらず、成田 - シンガポール線を同年9月22日、成田 - マニラ線も2020年4月に運休し、ノースウエスト航空時代から続いた成田発日本以遠路線からの撤退を同年8月9日に発表した[79]。これにより、デルタのアジア・太平洋路線におけるハブ空港は、同じスカイチームの創設メンバーでジョイントベンチャーを協業している大韓航空の拠点である韓国・ソウル/仁川へ移行するとした[80]。 2019年10月2日、デルタ航空国際事業部門社長のスティーブ・シアーが、「今のところ(羽田移管後に)成田に戻る計画はない」と記者会見で述べながらも、他社から請け負う機材整備している「成田テクニカルオペレーションセンター」や顧客管理など一部の部門は成田に残すとしたが、羽田移管後に日本でのハブ運航は行わないとの認識を示している[81]。
2020年3月28日、同社が運航する成田便は、シアトル発のDL167便(到着最終便)とアトランタ行きのDL296便(出発最終便)を最後に全便が撤退し、成田が開港した1978年に、旧ノースウエスト航空で乗り入れを開始してから約42年の歴史が幕を閉じることとなった[82]。これに伴って、米国外唯一の成田の「デルタ・スカイクラブ」ラウンジも閉鎖した[83]。一方、羽田の「デルタ・スカイクラブ」ラウンジを第3ターミナル4階の東京国際空港ターミナル(TIAT)ラウンジを改修し、東京五輪に合わせ開業予定がコロナにより延期後、2022年7月29日に開業した[84]。
また、関西発着(通年運航のホノルル、夏季のシアトル)及び中部-ホノルル線について、2020年夏スケジュールでは運航を予定していたものの、結果として同年以降運航されていない。一方、自動車産業の関係者に利用されていた中部-デトロイト線は、2021年に週1往復で再開し、2022年10月に週3往復へ増便した。しかしながら、利用が伸び悩んだため、2023年3月に事実上の運休となった[85]。関西からは日本航空がロサンゼルス、ユナイテッド航空がサンフランシスコへ毎日運航しているものの、中部は当社のみならず、アメリカ本土への直行便そのものを失った。
長距離国際線では、デルタ・ワン(ビジネスクラス、旧名:ビジネスエリート)とデルタ・コンフォートプラス(プレミアムエコノミークラス、旧名:エコノミーコンフォート)およびメインキャビン(エコノミークラス)の実質3クラス制をとる。
コンフォートプラスはマイルではなく金額でアップグレードできることなどから、いわゆるプレミアムエコノミークラスに分類されることもある。シートそのものは基本的にメインキャビンと同じだが、10番台の列など機体前方に位置しており、前後座席感を10cm強広くとり、さらにリクライニング角度を約1.5倍増やしたもので、スペースにゆとりがある。また優先搭乗やスターバックスのコーヒーや上質なスナックが楽しめるといった特典がある[87]。
その他のアメリカ国内線や近距離国際路線ではファーストクラスとコンフォートプラス、メインキャビンの3クラス制で運航されている(ごく一部のデルタ・コネクション便に限り全席メインキャビンが採用されている)。例外的に、一部のアメリカ国内横断路線(ニューヨーク/JFK - サンフランシスコ、ロサンゼルス間)においては長距離国際線同様にデルタ・ワンの座席をファーストクラスに替えて運航する。
近年は中長距離国際線やアメリカ国内線の長距離路線に使用するB767(-300ER/-400ER)、B777(-200ER/-200LR)、B757を中心に機内全面リニューアルを進めており、デルタ・ワンにフルフラットベッドシートの装着、コンフォートプラスとメインキャビンでは、最新のオンデマンドエンターテイメントシステム搭載を行っている。
2017年10月30日よりデトロイト - 東京/成田線に導入されるエアバスA350は、新仕様のビジネスクラス「デルタ・ワン スイート」を32席搭載。世界初の個室スライドドアを設置して個室空間を提供し、全席通路アクセスができるフルフラットシートとなる。そのほかプレミアムエコノミークラスでは「デルタ・プレミアムセレクト」を48席搭載するほか、メインキャビン226席を搭載した計306席仕様になる[88]。なお、新仕様のビジネスクラスとプレミアムエコノミークラスは、既存のボーイング777-200ER/LR型機にも搭載される。
長距離国際線では全席で機内食やアメニティを提供する。デルタ・ワンは、TUMI製ポーチのアメニティセット、コース料理や様々なアルコール類を含めた飲料が無料で提供される。メインキャビンにおいては飲料は原則としてノンアルコール飲料のみ無料であるが、例外的に日本発着便を中心とした一部路線でビールやワインを無料としている。また2016年7月より、日本 - アメリカ線(日本発ホノルル行を除く)にて、メインキャビンを含む全座席でアイスクリームを提供。9月15日以降は従来のアメニティに機内用スリッパを全座席で提供する[89]。
短距離国際線およびアメリカ国内線ではユナイテッド航空やアメリカン航空などの競合他社と同様、ファーストクラスでは食事・アルコール類を含めた飲料を無料とし、メインキャビンではノンアルコール飲料およびスナックが無料で提供される。なお、「EATS」という名称で有料で機内食を販売するサービスもある。
2016年、競合各社との差別化を図るため、ニューヨーク/JFK - ロサンゼルス、サンフランシスコ間で、エコノミークラスの乗客に対しても無料の機内食提供を試験的に開始。2017年3月1日からは、北米大陸横断路線の12路線に拡大することとしている[90]。
Gogo Inflight Internetの技術を使用した無線LANによるインターネット接続サービスを有料で提供している。アメリカ国内線のみならず、2018年現在は長距離国際線の全ての路線でも使用可能である。
対象となる機材は以下の通り
スカイマイル(SkyMiles)は、デルタ航空のマイレージサービスである[91]。2009年10月にノースウエスト航空のワールドパークスと統合され、提携航空会社が大幅に増えた[92]。また、2011年1月1日よりマイル有効期限が廃止された[93]。
スカイチーム加盟各社のほか、下記の航空会社と相互提携している。
以前行われていたアラスカ航空との提携は2017年を最後に終了した[94]。アラスカ航空は2021年にワンワールドに加盟した。
アジア太平洋地域在住会員のみ、下記の航空会社の特典航空券が得られる[95](搭乗した場合の加算はできない)。
なおシンガポール航空(スターアライアンス)は、航空連合が異なるにも関わらずスカイマイルと提携していた時期があり、ワールドパークスとの統合後も、マイルの加算・利用ができたが、2010年5月15日にこの提携が解消されている[97]。
アメリカ国内の空港を中心に、「SKY CLUB(スカイクラブ)」の名称で空港ラウンジを提供している。利用対象はビジネスエリート・ファーストクラスの乗客やスカイマイルのメダリオン会員(上級会員)およびスカイチーム加盟航空会社の上級会員の一部を中心とするが、それ以外の乗客でも利用料を支払うことで入場できる。サービス内容はラウンジによってそれぞれ異なるが、飲料・軽食・雑誌・新聞類の提供はほぼ共通してなされる。日本においては、ハブ空港である成田空港において、第1サテライトと第2サテライトの二箇所でスカイクラブラウンジを運営していた。しかし、成田発着便の減便に伴い、第1サテライトのラウンジは2017年5月15日で営業終了した[98]。一方、ミネアポリス線などに就航した羽田空港では提携ラウンジを提供し、成田のラウンジ縮小を羽田のラウンジ提供強化という形で補っている[99](以前は、上級会員でもエコノミーシートでは羽田の提携ラウンジは利用不可となっていた。これは成田ラウンジと異なる運用で、上級会員から不満が出ていた。現在は、成田ラウンジと同様、エコノミーでも上級会員であれば羽田の提携ラウンジが利用可能となっている)。北米路線で成田からの撤退・羽田への集約を進め[100]、2020年3月には羽田空港第3ターミナルにデルタ・スカイクラブ・ラウンジを新設することを発表した[101]。
スカイチーム以外では、下記の航空会社とコードシェア便を運航している。
なお、大西洋路線ではエールフランス、KLMオランダ航空、アリタリア-イタリア航空及びヴァージン・アトランティック航空と共同事業を行っており、どの会社がいずれの会社の運航便を販売しても利益とコストを分割し運営を効率化している。
1996年アトランタオリンピックや2002年ソルトレイクシティオリンピック、2028年ロサンゼルスオリンピック、コパ・アメリカ・センテナリオなどのオフィシャルエアラインを務め、MLBのアトランタ・ブレーブス、シンシナティ・レッズ、デトロイト・タイガース、ニューヨーク・ヤンキース、ニューヨーク・メッツ、セントルイス・カージナルス、ピッツバーグ・パイレーツ、サンディエゴ・パドレス、ワシントン・ナショナルズや、NFLのバッファロー・セイバーズ、NHLのロサンゼルス・キングス、NBAのロサンゼルス・レイカーズ、イングランド・プレミアリーグのチェルシーFCなどのスポンサーを務めている。
選手移動などで協力していて、同社機材ボーイング757-200などではVIP(オールファースト72席)仕様の機材などで運用されている。
2016年リオデジャネイロ五輪では、同社本拠地のアトランタで事前合宿していた出場予定のU-23サッカーナイジェリア代表がチーム内不手際で、前日までの現地(マナウス)乗り入れ出来ていない状況でチーム移送依頼があり、チームからの支払いの保証をとらずに6時間以内で手配し、救援チャーター便を仕立て、チームを試合開始6時間前までに現地へ輸送したりしている[103][104]。
2018年3月23日、大迫傑(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)のオフィシャル・エアラインに就任。大迫の活動拠点であるオレゴン州への日米間の移動をサポートするほか、日米路線の広告やプロモーション、キャンペーンなどに起用するとした[105]。
デルタ航空は「deltamatic」と呼ばれる予約システムを使用している。
2020年現在、デルタ航空の客室乗務員、整備士、手荷物係の制服は、ランズエンド社の製品となっている。この制服は2018年5月から採用されているが、採用直後から着用している客室乗務員が身体上の不調を訴えるようになり、2019年12月には客室乗務員ら500人あまりがランズエンドを相手取ってアメリカ連邦裁判所に訴訟を起こす事態となった。ランズエンド側は、問題とされた制服について「厳格な世界基準通り、あるいは基準を上回っている」と回答して対抗しているが、デルタ航空側は、新しい制服への切り替えを準備している[106]。
2020年、新型コロナウイルスの感染拡大局面においては、アメリカ疾病対策センターの指針に沿って、機内の乗客と乗務員全員に対し常時マスクの着用を求めることとなった。同年7月23日には、デトロイト空港から離陸する機内で乗客2人がマスク着用を拒否したため、同機が搭乗ゲートに引き返して拒否した乗客を降ろす出来事もあった[107]。
この他、空港チェックインカウンター等にはアクリル板の仕切りを設置し、旅券読み込み機能を備えた自動チェックイン機や顔認証システム式自動改札機の導入など、大幅なタッチレス化を推進している[108][109]。
デルタ航空が起こした主な事故。
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