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リヤドで2023年に開催された世界遺産に関する会議 ウィキペディアから
第45回世界遺産委員会(だい45かいせかいいさんいいんかい)は、サウジアラビアのリヤドで2023年9月10日から9月25日にかけて開催された。
2022年6月19日から30日にロシアのタタールスタン共和国カザンで開催される予定だったユネスコによる世界遺産委員会であるが[1]、2月24日に発生したロシアによるウクライナ侵攻により開催地変更の要望が高まり(「第44回世界遺産委員会#委員会終了後の動向」参照)、延期されることとなった[1]。
その後、11月22日にロシアが開催を断念し[2]、2023年1月24・25日にパリのユネスコ本部で開催された第18回世界遺産委員会臨時会議においてサウジアラビアを議長国として、同国のリヤドで9月10~25日に開催することとなり(9月23日はサウジの建国記念日で祝日であることから委員会も休催)、新規登録審査に関しては2022年と2023年の2年分をまとめて行う拡大会合とすることが決まった[3]。
会場はサウジ随一の複合商業施設兼ビジネスセンターであるアル・ファイサリア・センターの中核アル・ファイサリア・タワー内のアル・ファイサリア・ホテルとプリンス・ファイサル・ホール(当初本会議および各種レセプション会場はキング・アブドゥルアズィーズ国際会議場とキング・アブドゥルアズィーズ国際文化センターを予定していた[3])。
本委員会では42件(文化遺産33、自然遺産9)の新規登録があり、先行した臨時会議で緊急登録された文化遺産3件と合わせ、世界遺産の総数は1199件となった。なお、世界遺産を保有していない国の中からルワンダが新規に保有国となった。
ユネスコ加盟61ヶ国が動議提出して、19の執行委員国が招集要請、58ヶ国が出席し、3月15・16日にウクライナ問題に特化したユネスコ執行委員会の特別会合が開催され[注 1]、3月2日に開催された第11回国際連合緊急特別総会ではロシア寄りの姿勢を示したキルギスや棄権した中国もユネスコ分野(教育や遺産事業)に関してはロシア非難に賛同し、武力紛争の際の文化財の保護に関する条約(ハーグ条約)に基づくウクライナの世界遺産の保護を確実に実施することや、第45回世界遺産委員会で緊急案件として議題とすることを決めたが(下記「ウクライナ問題」の節参照)、開催地の変更などについては世界遺産委員会に一任するとした[4]。
開催地や日程の変更に関しては、ユネスコ世界遺産センターからの打診により、その年の委員国(下記「委員国」の節参照)の内、議長国・副議長国および報告担当国の発議により委員国が参集し、委員国を務める21ヶ国の内3分の2すなわち14ヶ国以上の賛同で変更が可能になるため[注 2]、議長国のロシアが自ら開催地変更を提案することはあり得ず、副議長国のイタリア・アルゼンチン・タイ・南アフリカ・サウジアラビア、報告担当のインドの内、3月2日の第11回国連緊急特別総会でのロシア非難決議および3月24日の国連安全保障理事会での人道支援決議の際にロシアとインドが反対と棄権。非難決議では委員国のルワンダ・ナイジェリア・ザンビア・エジプトも棄権または欠席、人道支援決議でも委員国のエチオピアとマリが棄権。ロシアに対する制裁措置に対してはサウジアラビア・アルゼンチンおよびメキシコが参加しないことを表明するなど、ロシア寄りの姿勢を示しており、委員会開催地変更議案が出されても反対する勢力が一定数存在することになる。なお、変更手続きは規程により60日前までに行わなければならず、期限は4月19日だった[5]。
このような状況に対して、ウクライナとの遺産保全のためのパートナーシップ協定を結ぶ隣国ポーランドの国立文化遺産研究所[注 3]は、世界遺産条約に基づく運用制度ながら、ユネスコ自体が事務的官僚機構と化し裁量権がないことは問題であり、抜本的な制度の見直しや改革が必要になっていると痛烈な批判をした[6]。
3月30日に始まった第214回ユネスコ執行委員会(~4月13日)において、ロシアによるジェノサイドが明らかになったことをうけ、かつてソビエト連邦を構成していたリトアニアのユネスコ大使が開催地変更を公式に要求したことを皮切りに[7]、多数の国が賛同し、ロシア非難声明のノーベル賞受賞者からの公開書簡になぞらえ「Open letter from 46 countries party to the UNESCO World Heritage Convention(ユネスコ世界遺産条約46ヶ国からの公開書簡)」を取りまとめ、イギリスが代表して公開書簡として公表した[8]。一方でベネズエラのユネスコ大使はロシアでの開催に理解を示す姿勢を表した[9]。
4月13日に終了した執行委員会後、オードレ・アズレユネスコ事務局長が調停役となり、直ちに委員会開催についての調整が水面下で進められた。連日、ユネスコ本部において委員国以外の各国ユネスコ大使も参集しての議論が行われ、ロシア非友好国の委員がロシア入りすることで拘束されるのではないかという懸念を表す国も現れたため、新型コロナウイルス感染症の世界的流行によりオンラインミーティングとなった前回の第44回世界遺産委員会を参考にロシアで開催しつつテレビ会議併用案も出されたが否定され、最終的にはロシアのユネスコ大使Grigory Ordzhonikidzeが本国の文化省およびロシアユネスコ国内委員会と協議し開催地の変更について言及しないことを条件に4月21日に開催延期を了承した。延期決定を伝える記者会見では、新型コロナウイルス感染症変異株への警戒感も残るといった付帯案件があることも付け加えられた[10]。
4月22日にウクライナへ招聘されたポーランドのPiotr Gliński副首相兼文化相とリトアニアのSimonas Kairys文化相が、リトアニア本国のガブリエリュス・ランズベルギス外相とともに、今回の戦争が終わったとしても委員会をロシアで開催すべきではないとの共同声明を出した[11]。
第215回執行委員会では、ロシアと共同歩調をとるベラルーシがユネスコには差別が介在するとし、速やかなロシアでの世界遺産委員会の開催を求める声明を発した[12]。
11月22日になり議長を務める予定であったロシアのアレクサンダー・クズネツォフ(ロシア科学アカデミー教授)が世界遺産委員会に対し辞意を表明し、ロシアは事実上開催権を返上することになり、副議長国が持ち回りで議長役を務める輪番制で早急にユネスコ本部で開催すべきとの提案もあったが[2]、委員会の運営規則では議長国名の英語アルファベット順(政体名詞は除く)で次番の副議長国を任命することになっており(Russian Federation→Kingdom of Saudi Arabia→Republic of South Africa→Kingdom of Thailand→(一巡して)→Argentine Republic→Republic of Italy)、これに従いサウジアラビアが引き継ぐこととなった。
なお、2023年1月25日にユネスコ本部で開催された第18回世界遺産委員会臨時会議において、緊急案件が発議され3件の新規登録と危機遺産指定が行われた(下記「臨時会議での新規登録」および「臨時会議での緊急指定」を参照)[13]。
開催日程および開催地の変更はこれまでにも、中国の蘇州市で開催予定だった2003年の第27回世界遺産委員会がSARSの影響で、バーレーンのマナーマで開催予定だった2011年の第35回世界遺産委員会がバーレーン騒乱により中止となり、ユネスコ本部で開催されたことはあった[注 4]。
委員国は以下の通りである[1]。地域区分はユネスコ執行委員会委員国のグループ区分に準じている。国名の太文字は議長・副議長国。
議長国→辞退 | ロシア | ※副議長国として残留 |
ヨーロッパ・北アメリカ (グループⅠ・Ⅱ) |
イタリア | 副議長国 |
ベルギー | ||
ブルガリア | ||
ギリシャ | ||
メキシコ | ||
カリブ・ラテンアメリカ (グループⅢ) |
アルゼンチン | 副議長国 |
セントビンセント・グレナディーン | ||
アジア・太平洋 (グループⅣ) |
タイ | 副議長国 |
インド | 報告担当。担当者はShikha Jain(INTACH議長・元インド文化省世界遺産諮問委員会委員) | |
日本 | ||
アフリカ (グループⅤ-a) |
南アフリカ共和国 | 副議長国 |
エチオピア | ||
ルワンダ | ||
マリ | ||
ナイジェリア | ||
ザンビア | ||
アラブ諸国 (グループⅤ-b) |
サウジアラビア | 副議長国⇒議長国/議長ハイファ・アルモグリン王女 |
エジプト | ||
オマーン | ||
カタール |
本会議に先駆け、2023年1月25日に開催された第18回世界遺産委員会臨時会議において例外的に新規登録が行われた。いずれも危機遺産指定のための緊急措置であった[13]。臨時会議で新規登録が行われたのは、1981年の第1回においてヨルダンの申請で登録されたエルサレムの旧市街とその城壁群以来のこと。
文化遺産 | |||||
---|---|---|---|---|---|
画像 | 登録名 | 推薦国 | 登録基準 | ||
オデーサ歴史地区 | ウクライナ | (2),(4) | |||
The Historic Centre of Odesa | |||||
Le centre historique d’Odesa | |||||
「黒海の真珠」と形容される港湾都市。登録決定に際しオードレ・アズレユネスコ事務局長は「自由都市、世界都市、映画[注 5]、文学、芸術に足跡を残した伝説の港」と評価した。 | |||||
トリポリのラシード・カラーミー国際見本市 | レバノン | (2),(4) | |||
Rachid Karami International Fair-Tripoli | |||||
Foire internationale Rachid Karameh-Tripoli | |||||
レバノンの首相を務めたラシード・カラーミーの名を冠した1962年に建てられた国際見本市会場。オスカー・ニーマイヤーによる設計。 | |||||
古代サバ王国のランドマーク、マリブ | イエメン | (3),(4) | |||
Landmarks of the Ancient Kingdom of Saba, Marib | |||||
Hauts lieux de l'ancien royaume de Saba, Marib | |||||
紀元前1000年頃から前630年頃に地中海や東アフリカとの交易拠点として繁栄したサバ王国の重要都市。 |
物件名に * 印が付いているものは既に登録されている物件の拡大登録などを示す。太字は正式登録(既存物件の拡大などについては申請用件が承認)された物件。英語名とフランス語名はWorld Heritage Centre 2023aに基づいており、登録時に名称が変更された場合にはその名称を説明文中で太字で示す。
審議は委員会開催期間中9月16~20日の5日間を充てる。 2022年分から始まり、自然遺産→複合遺産→文化遺産の順に、それぞれ推薦国名の英語アルファベット順に行われる。
2022年に開催予定だった第45回世界遺産委員会での審議を前提に、期日(2021年2月1日)までに推薦書を提出し、書類点検を経て受理された物件が対象。
画像 | 推薦名 | 推薦国 | 勧告 | 決議 | 登録基準 |
---|---|---|---|---|---|
ヒルカニアの森林群* | イラン アゼルバイジャン |
承認 | 承認 | (9) | |
Hyrcanian Forests [extension and renomination of Hyrcanian Forests (Iran, Islamic Republic of), inscribed in 2019, criterion (ix)] | |||||
Forêts hyrcaniennes [ extension et nouvelle proposition d’inscription des « Forêts hyrcaniennes » Iran (République islamique d') inscrit en 2019, critère (ix)] | |||||
2019年にイランの世界遺産として登録された「ヒルカニアの森林群」のアゼルバイジャン国内への拡大推薦。遺存種はアゼルバイジャン側の方が豊富であることが評価された[14]。ヒルカン国立公園も参照のこと。 | |||||
ハロン湾・カットバー群島(ハロン湾の拡大・再推薦)* | ベトナム | 登録延期 | 承認 | (7), (8) | |
Ha Long Bay Cat Ba Archipelago [extension and renomination of“Ha Long Bay” inscribed in 1994, criteria (vii)(viii), extended in 2000] | |||||
Baie d’Ha Long archipel de Cat Ba [extension et nouvelle proposition d’inscription de la « Baie d’Ha Long » inscrit en 1994,
critères (vii)(viii), élargi en 2000] | |||||
カットバー群島の単独推薦は、第38回世界遺産委員会で不登録勧告を受けて取り下げられていた。今回はカットバー群島をハロン湾に含めるための植生や地質的な相違点をより科学的な説明を求めるとともに、観光船や水上生活者が排出する海洋汚染への追加対策を求めた[15]。カットバー群島がハロン湾の一部であることを証明する共通の海洋生態系に関する追加情報が評価され、水質汚濁抑制のための啓蒙と監視強化に加え浄化も約束したことで、登録延期勧告から一転しての拡張登録承認となった[16]。正式名は「ハロン湾=カットバー群島」となった。 | |||||
アジガルリュウケツジュの生息地 | モロッコ | ―― | ―― | ||
Area of the Ajgal Dragon Tree | |||||
Aire du Dragonnier Ajgal | |||||
勧告が出る前に取り下げられた。 | |||||
オザラ・コクア森林山塊 | コンゴ共和国 | 登録延期 | 登録 | (9), (10) | |
Forest Massif of Odzala Kokoua | |||||
Massif Forestier d’ Odzala Kokoua | |||||
アマゾンに次ぐ広さを誇る熱帯雨林であるコンゴ盆地にあり、ニシローランドゴリラやマルミミゾウなどの希少種と多様な生物相が見られる。ブッシュミートや象牙の密猟が問題視されたが、類人猿の緊急保護の必要性に加え、生物圏保護区・ラムサール条約と組み合わせた新たな保護政策やアフリカで最も進んだエコツーリズムの取り組みが評価され、登録延期勧告から一転しての登録となった[17]。コンゴ共和国のみで単独保有する遺産としては初となる。オザラ・コクア国立公園(1935年に制定されたアフリカで最古の国立公園)も参照。 | |||||
アンドレファナの乾燥林群(ツィンギ・デ・ベマラ厳正自然保護区の拡大・再推薦)* | マダガスカル | 承認 | 承認 | (7), (9), (10) | |
Andrefana Dry Forests [extension and renomination of “Tsingy de Bemaraha Strict Nature Reserve”, inscribed in 1990, criteria (vii)(x)] | |||||
Les forêts sèches de l’Andrefana [extension et nouvelle proposition d’inscription de « Réserve naturelle intégrale du Tsingy de Bemaraha » , inscrit en 1990, critères (vii)(x)] | |||||
ツィンギ・デ・ベマラ国立公園以外に、3件の国立公園、2件の特別保護区が登録されるとともに、登録基準に (9) が追加された。マダガスカルの乾燥落葉樹林も参照。 | |||||
プレー山およびマルティニーク北部の尖峰群の火山・森林群 | フランス ( マルティニーク) |
登録延期 | 登録 | (8), (10) | |
Volcanoes and Forests of Mount Pelée and the Pitons of Northern Martinique | |||||
Volcans et forêts de la Montagne Pelée et des pitons du nord de la Martinique | |||||
西インド諸島にあるフランスの海外県マルティニークのプレー山は「世界で最も活発な火山の一つ」[18]とされる。火山性生態系における生物多様性の追加情報と、マルティニークの生物圏保護区と共通する新たに作成した保護政策が評価され、登録延期勧告から一転しての登録となった[19]。 |
画像 | 推薦名 | 推薦国 | 勧告 | 決議 | 登録基準 |
---|---|---|---|---|---|
ペルシアのキャラバンサライ | イラン | 情報照会 | 登録 | (2), (3) | |
The Persian Caravanserai | |||||
Le caravansérail persan | |||||
24州に分布する54ヶ所が対象。砂漠地帯にあって水の確保する工夫や、キャラバンの安全を保障する構造を評価。今後はサライ間の隊商路や、各時代における他の交易路(例:シルクロード)との接続など、文化の道としての研究を拡大すること、乾燥地帯ゆえの保全の在り方についてなどを求めた[20]。保全に関しては新たに設けられた気象が与える影響に関しての対策案の提示も求めていたが応じておらず(下記「委員会への批判」の節参照)、あえて付帯事項として付け加えた。 | |||||
サンティニケタン | インド | 登録 | 登録 | (4), (6) | |
Santiniketan | |||||
Santiniketan | |||||
サンティニケタンはウェストベンガル州にある町で、19世紀以来段階的に形成された大学を中心としている[21]。イギリス領インド帝国下にあって、コロニアル様式や同時期流行したモダニズム建築ではなく、地域の古代から中世にかけての伝統的意匠を融合した独自の建築で、創設者であるラビンドラナート・タゴールの精神性を表現していると評価[22]。 | |||||
シルクロード : ザラフシャン・カラクム回廊 | ウズベキスタン タジキスタン トルクメニスタン |
登録 | 登録 | (2), (3), (5) | |
Silk Roads: Zarafshan Karakum Corridor | |||||
Routes de la soie : corridor de Zeravchan Karakoum | |||||
ウズベキスタンとタジキスタンの構成資産から成る「シルクロード:パンジケント-サマルカンド-ポイケント回廊」(Silk Roads: Penjikent-Samarkand-Poykent Corridor) は2014年の第38回世界遺産委員会で「登録延期」勧告を受け、「情報照会」決議となっていた。今回はトルクメニスタンも加えた全長約866キロを新規物件として推薦された。正式登録名は「シルクロード:ザラフシャン=カラクム回廊」となった。 | |||||
コー・ケー : 古代リンガプラ(チョック・ガルギャー)の考古遺跡 | カンボジア | 登録 | 登録 | (2), (4) | |
Koh Ker: Archaeological Site of Ancient Lingapura or Chok Gargyar | |||||
Koh Ker : site archéologique de l’ancienne Lingapura ou Chok Gargyar | |||||
アンコール遺跡とは異なる土着の文化を採り入れた独自様式の寺院と、貯水池・堤防・道路などのインフラ史跡が当時の社会・経済・農業・都市計画などを詳らかにすると評価[23]。 | |||||
伽耶古墳群 | 大韓民国 | 登録 | 登録 | (3) | |
Gaya Tumuli | |||||
Tumuli de Gaya | |||||
慶尚北道、慶尚南道、全羅北道に残る伽耶の古墳群7件を対象とする[24]。小国連合体である伽耶が生き残るため、墓という最も重要な聖域に強大な周辺各国の様式を採り入れたことが文化多様性を表していると評価。一方で一部の古墳が私有地であることから行政による購入で保全性を高めることや、隣接する道路の影響緩和などを求めた[25]。 | |||||
普洱の景邁山古茶林の文化的景観 | 中華人民共和国 | 登録 | 登録 | (3), (5) | |
Cultural Landscape of Old Tea Forests of the Jingmai Mountain in Pu’er | |||||
Paysage culturel des forêts anciennes de théiers de la montagne Jingmai à Pu’er | |||||
茶馬古道の出発点に当たる地域で古くから培われてきた、プーアル茶生産地の文化的景観を対象とする物件である[26]。2016年の第40回世界遺産委員会で茶の生産景観の世界遺産化が検討されたことをうけ、急遽国内候補地の優先順位を繰り上げての推薦。少数民族固有の文化を茶生産というかたちで継承し、集落構造なども茶生産を中心に造られている独創性と、無形文化遺産「伝統的な製茶技術と社会的習慣(中国传统制茶技艺及其相关习俗)」や世界農業遺産との互換性が評価された[27]。 | |||||
鹿石および青銅器時代の関連遺跡群 | モンゴル | 登録 | 登録 | (1), (3) | |
Deer Stone Monuments and Related Sites of Bronze Age | |||||
Monuments des pierres à cerfs et sites associés de l’âge du bronze | |||||
中央アジア遊牧民の起源と、彼らの社会や暮らしと芸術観(美学・美意識)を解明するのに役立つ文化的空間であると評価[28]。第44回世界遺産委員会(拡大)では、勧告・決議とも「情報照会」だった。 | |||||
ゲデオの文化的景観 | エチオピア | 登録 | 登録 | (3), (5) | |
The Gedeo Cultural landscape | |||||
Le paysage culturel du pays gedeo | |||||
エチオピアのコーヒー産地であるアグロフォレストリーが代表的景観だが、それを支える先住民族が育んできた肥沃な土壌の形成、断崖上の焼畑、6000にも及ぶ巨石石碑などが総合的に評価された[29]。 | |||||
バタマリバ人の土地クタマク* | ベナン | 情報照会 | 承認 | (5), (6) | |
Koutammakou, the Land of the Batammariba [extension of “Koutammakou, the Land of the Batammariba”, Togo, inscribed in 2004, criteria (v)(vi)] | |||||
Koutammakou, le pays des Batammariba [extension de « Koutammakou, le pays des Batammariba » Togo, inscrit en 2004 , critères (v)(vi)] | |||||
トーゴの世界遺産として2004年に登録された資産を、ベナン領内のバタマリバ人の居住地に拡大する推薦。 | |||||
チヴィタ・ディ・バーニョレージョの文化的景観 | イタリア | ―― | ―― | ||
The Cultural Landscape of Civita di Bagnoregio | |||||
Le paysage culturel de Civita di Bagnoregio | |||||
勧告前に取り下げられた。 | |||||
タラヨ期メノルカ - キュクロプス式建造物の島のオデッセイ | スペイン | 登録 | 登録 | (3), (4) | |
Talayotic Menorca - A cyclopean island odyssey | |||||
Minorque talayotique - l’odyssée d’une île cyclopéenne | |||||
第41回世界遺産委員会では、勧告・決議とも「登録延期」だった。正式登録に際し、名称が「タラヨ期メノルカの先史遺跡群」(英語: Prehistoric Sites of Talayotic Menorca / フランス語: Sites préhistoriques de la Minorque talayotique)となった[30]。 | |||||
ジャテツとザーツホップの景観 | チェコ | 登録 | 登録 | (3), (4), (5) | |
Žatec and the Landscape of Saaz Hops | |||||
Žatec et le paysage du houblon Saaz | |||||
ホップの産地ジャテツ(ドイツ語名:ザーツ)は、第42回世界遺産委員会では勧告・決議とも「登録延期」だった。近代化が進むチェコのビール生産工程の中にあって伝統的なホップの栽培・出荷から製品加工・流通までの行程を保持しており、無形文化遺産に申請中のチェコビール醸造の構成資産でもある[31]。登録地はホップ農場が広がるトルノヴァニ村などに加え、ジャテツのホップ取引場やビアホールがある商業地区とブルワリーがある工業地帯、生産地と市街地を結ぶオジェ川の舟運河川港など[32]。 | |||||
ヴァイキング時代の円形要塞群 | デンマーク | 登録 | 登録 | (3), (4) | |
Viking Age Ring Fortresses | |||||
Forteresses circulaires de l’âge des Vikings | |||||
ハーラル1世によって築城された5つの環状要塞である。これらは重要な陸地や海路の近くに造られ、周囲の自然地形にあった防御目的で使われた[33]。 | |||||
エアフルトの中世ユダヤ人関連遺産 | ドイツ | 登録 | 登録 | (4) | |
Jewish-Medieval Heritage of Erfurt | |||||
Patrimoine médiéval juif d’Erfurt | |||||
11世紀に成立したユダヤ人街で、黒死病の流行により1349年に排斥運動が展開されユダヤ人の財産は没収。シナゴーグは市が接収して倉庫に改装され500年間使われ続け、19世紀以降はレストランやボーリング場に改修されたが、奇跡的に外観は維持された。エアフルトに残る最古の石造建築物[34]。 | |||||
ゴルディオン | トルコ | 登録 | 登録 | (3) | |
Gordion | |||||
Gordion | |||||
ゴルディアスの結び目の逸話とも結びつくフリュギアの首都の遺跡。諮問機関は「エーゲ海と地中海と近東を結ぶほぼ全ての交易路が交差する経済戦略面で重要な地位を占め、アッシリア・バビロニア・ヒッタイト・古代ギリシア・古代ローマ・ビザンティン帝国など各時代の遺跡が多層的に残されていることが素晴らしい」とし、委員会も「青銅器時代から中世を経て近世のオスマン帝国時代まで営みが続き、今も人々の暮らしがあり、遺跡と共存している重層さは圧巻」と評価[35]。 | |||||
カルースト・グルベンキアン財団本部と庭園 | ポルトガル | 登録延期 | ―― | ||
The Calouste Gulbenkian Foundation Head Office and Garden | |||||
Le siège et jardin de la fondation Calouste Gulbenkian | |||||
アルメニア人の実業家カルースト・グルベンキアンが残した財産を基に設立された財団本部の建物と、その庭園が対象となっていた。審議前に推薦国によって取り下げられた[36]。 | |||||
クールラントのクルディーガ/ゴールディンゲン | ラトビア | 登録 | 登録 | (5) | |
Kuldīga / Goldingen in Courland | |||||
Kuldīga / Goldingue en Courlande | |||||
旧市街の中に伝統的な丸太造り(外壁は化粧板仕立て)で反りがある瓦葺き屋根の民家が多く残されていることが高く評価された[37]。登録に際し、名称が「クルディーガの旧市街」(英語: Old town of Kuldīga / フランス語: Vieille ville de Kuldīga) に変更された[38]。 | |||||
モダニズム建築都市カウナス : 楽天主義の建築、1919年-1939年 | リトアニア | 登録延期 | 登録 | (4) | |
Modernist Kaunas: Architecture of Optimism, 1919-1939 | |||||
Kaunas, ville moderniste : une architecture de l’optimisme, 1919-1939 | |||||
1918年にリトアニア第一共和国として歴史上初めて独立を果たしてから、1939年にリトアニア・ソビエト社会主義共和国としてソビエト連邦構成共和国となるまでを「楽観的な浮かれた時代」と呼び、一時期臨時首都であった間も自由奔放な建物が建てられたが、社会主義下では退廃的だとして解体されたものもある。建築史上、楽天主義様式が明確に立証されていないことを理由に登録延期勧告が出されたが、現在のロシアによる押圧的な世界の中で楽天主義の大切さを訴え、建物の多くが民間所有ながら所有者・入居者も参加する住民主体の管理計画を追加提出したことが評価され、一転しての登録となった。但し、2025年12月までに楽天主義の歴史的意義と、それを反映した建築様式の説明を提出するよう求められた[39]。 | |||||
ゴロホヴェツ歴史地区 | ロシア連邦 | 登録延期 | 登録延期 | ||
Historic Center of Gorokhovets | |||||
Centre historique de Gorokhovets | |||||
モスクワと中欧を結ぶ中間都市で、手工業生産とそれを売る商業で栄え、ロシア・バロックが主流だった街並みに、西欧文化に触れた裕福な商人によってルネサンス建築が持ち込まれ、融合した独自の建築様式が形成された。これまでロシアの世界遺産は教会やクレムリンが主体であったが、ゴロホヴェツが登録されれば初めて民家などが対象となるはずだった。バロックとルネサンス融合の変遷や北方ルネサンス建築としてまだ認知されていないことなどを理由に登録延期勧告が出された[40]。登録延期勧告に地元民は、欧米による妨害工作が行われたという陰謀論めいた論調が広まり(プロパガンダではない)、戦時体制下のロシア人の心情・心境を代弁するかのような事態となった[41]。審議では勧告通り、登録延期となった[36]。 | |||||
トロンデック=クロンダイク | カナダ | 登録 | 登録 | (4) | |
Tr’ondëk-Klondike | |||||
Tr’ondëk-Klondike | |||||
クロンダイク・ゴールドラッシュを含む19世紀から20世紀の先住民トロンデク・フェチェン先住民と入植者たちの関係を示す遺跡を含む。鉱山集落や墓地と交易所でもあったリライアンス砦など8ヶ所が対象。鉱山は現在も稼働中で、鉱毒など環境への影響をモニタリングするよう求められた[42]。第42回世界遺産委員会に向けて推薦されたことがあったが、正式勧告前に取り下げられていた。 | |||||
タカリク・アバフ国立考古公園 | グアテマラ | 情報照会 | 登録 | (2), (3) | |
National Archaeological Park Tak’alik Ab’aj | |||||
Parc archéologique national Tak’alik Ab’aj | |||||
日本では「アバフ・タカリク」とも表記される。マヤ語で「立っている石」の意味。先古典期の建造物や、彫刻の施された石碑が残るレタルレウ県の遺跡である[43]。オルメカ文明からマヤ文明への移行期を観察できることや、独自の宇宙観の表現が評価[33]。メキシコのテワンテペク地峡と現在のエルサルバドル周辺を結ぶ交易路の中核となる商都であったことから、交易品に関する出土物の追加情報を提出し登録された[44]。 |
2023年に開催予定だった第46回世界遺産委員会での審議を前提に、期日(2022年2月1日)までに推薦書を提出し、書類点検を経て受理された物件が対象。
画像 | 推薦名 | 推薦国 | 勧告 | 決議 | 登録基準 |
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寒冬のトゥラン砂漠群 | ウズベキスタン カザフスタン トルクメニスタン |
登録 | 登録 | (9), (10) | |
Cold Winter Deserts of Turan | |||||
Déserts turaniens à hiver froid | |||||
3ヶ国14の国立公園や自然保護区で構成。砂漠とステップの過酷な環境下における多様な生物相、特にウリアル・サイガ・ガゼル・クロヅルなどの絶滅危惧種の貴重な生息地であることが評価された[45]。自然遺産の諮問機関である国際自然保護連合(IUCN)が2020年に取りまとめたテーマ・分野別研究報告で、「内陸性気候(ステップ気候)の世界遺産が殆どないため中央アジアに注目する」としたことをうけての推薦で、IUCNは「世界遺産リストの穴を埋める」と評価[46]。 | |||||
ティグロヴァヤ・バルカ自然保護区のトゥガイ森林群 | タジキスタン | 登録 | 登録 | (9) | |
Tugay forests of the Tigrovaya Balka Nature Reserve | |||||
Forêts de tugay de la Réserve naturelle de Tigrovaya Balka | |||||
トゥガイはポプラ(ユーラシアポプラ)・ヤナギ・タマリスクなどによる河畔林のことで、乾燥帯において緑の回廊として生態系に貢献している。ホッジャ-カジヨン山脈とそこから流れ出るトゥゲイ川、川が横断するカシュカ-クム砂漠の疎林が対象[47]。上掲「寒冬のトゥラン砂漠群」同様に数少ない内陸性気候の世界遺産となる[46]。 | |||||
ウルク・バニ・マアリッド | サウジアラビア | 登録 | 登録 | (7), (9) | |
‘Uruq Bani Ma’arid | |||||
‘Uruq Bani Ma’arid | |||||
ウルク・バニ・マアリッドはルブアルハリ砂漠の西端に位置する自然保護区である[48]。オマーンのアラビアオリックスの保護区が抹消された世界遺産となり、現在アラビアオリックスの完全自然放牧で最大の頭数を誇る保護区であることも評価され、再野生化という人為的・人工的な自然環境であっても評価の対象となる可能性を示唆した[49]。サウジアラビアにとって初の自然遺産となった。 | |||||
バレ山地国立公園 | エチオピア | 登録 | 登録 | (7), (10) | |
Bale Mountains National Park | |||||
Parc national des monts Balé | |||||
第4回世界遺産委員会で「登録延期」と決議されていた。熱帯常緑樹林と高地性草原に洞窟群が織りなす特殊な環境下での生物多様性と固有種の鳥類の豊富さが評価。現地の方言では「ベール山地」と呼ぶこともある[33]。国立公園内にはエチオピアを潤す五つの河川の源流域があり、世界遺産推薦範囲としては緩衝地帯となる区域で、人口増加による需要や工業用の取水が行われるようになり、水資源管理が求められた[50]。 | |||||
ニュングェ国立公園 | ルワンダ | 情報照会 | 登録 | (10) | |
Nyungwe National Park | |||||
Parc national de Nyungwe | |||||
絶滅危惧種の12種の哺乳類と7種の鳥類の緊急保護の必要性から登録された。国立公園域はルワンダの淡水供給源の70%を占めており、水生生物や昆虫などの調査を進めることを求めた[51]。初のルワンダの世界遺産となった。 | |||||
アペニン山脈北部の蒸発岩のカルスト・洞窟群 | イタリア | 情報照会 | 登録 | (8) | |
Evaporitic Karst and Caves on Northern Apennines | |||||
Karst et grottes évaporitiques de l’Apennin du Nord | |||||
7ヶ所の国立公園や地域公園・自然保護区が対象。ここのカルストのチョークは地球科学上の未解決問題の一つメッシニアン塩分危機を解決する可能性を秘めている[52]。 | |||||
アンティコスティ | カナダ | 登録 | 登録 | (8) | |
Anticosti | |||||
Anticosti | |||||
海洋域における白亜紀と古第三紀の間の大量絶滅を解明するのに役立つとされる石灰岩堆積物と化石が広域に分布する[33]。石灰岩のみならず石油や天然ガスなどの天然資源により潤ってきたが、保護のために島全体での採掘を全面中止とした英断が高く評価され、還元資金で裕福な暮らしをしてきた先住民のイヌ族も保護に賛同したことも評価された[53]。アンティコスティ国立公園も参照。 |
画像 | 推薦名 | 推薦国 | 勧告 | 決議 | 登録基準 |
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モンゴル・アルタイ高原群 | モンゴル | 登録延期 | 登録延期 | ||
Highlands of the Mongolian Altai | |||||
Hauts plateaux de l’Altaï mongol | |||||
アルタイ・タヴァン・ボグド国立公園などを対象とする[54]。文化遺産面で2011年に登録されたモンゴル・アルタイ山脈の岩絵群との重複が指摘。無形文化遺産の鷹狩が盛んに行われている場所でもある[55]。勧告通りに登録延期決議となった[56]。 | |||||
ザゴリの文化的景観 | ギリシャ | 登録延期 | 登録 | (5) | |
Zagori Cultural Landscape | |||||
Paysage culturel de Zagori | |||||
「ギリシャのグランドキャニオン」と形容されるピンドゥス山脈のヴィコス峡谷の独特な地層や植生といった自然環境と調和する17~18世紀の建造物が奏でる風景美[57]。中世の地震で壊滅的打撃をうけた後、オスマン様式で再建された石造り家屋がヴォイドマティス川沿いに建ち並び、周囲をプラタナスによる"神聖な森"(ギリシャ正教に由来)に囲まれている。ギリシャの世界遺産は古代ギリシアかビザンティン帝国のものに限られてきたが、初めて近世のオスマン帝国下のものが登録された[58]。文化遺産としての登録。生物多様性を理由とする将来的な自然遺産要素の登録には含みを残した[59]。 |
画像 | 推薦名 | 推薦国 | 勧告 | 決議 | 登録基準 |
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マスレの文化的景観 | イラン | 不登録 | 登録延期 | ||
The Cultural Landscape of Masouleh | |||||
Le Paysage culturel de Masouleh | |||||
3000メートル級の山々に囲まれた高地に形成された雲霧林を活かし、古代の牧畜民や遊牧民が切り拓いた斜面にある集落景観。集落内に墓地があるなどイスラム化以前の宗教形態を留めている[60]。審議では一段階上の登録延期決議となった[61]。 | |||||
ホイサラ朝の宗教建造物群 | インド | 情報照会 | 登録 | (1), (2), (4) | |
Sacred Ensembles of the Hoysalas | |||||
Ensembles sacrés des Hoysala | |||||
ホイサラ朝は治世中に1500もの寺院を建設し、現在も約100件が残されており、ナガラ様式・ブミジャ様式・ドラヴィダ様式などを取り混ぜた緻密なレリーフを施したことで知られる[33]。その中でも特に遺存状態が良いカルナータカ州ベルールのチャンナケーシャヴァ寺院、ハレビドゥのホイサレシュヴァラ寺院、ソマナタプラのケーシャヴァ寺院の三つが選ばれた。 | |||||
ジョグジャカルタの宇宙論的軸線とその歴史的建造物群 | インドネシア | 登録 | 登録 | (2), (3) | |
The Cosmological Axis of Yogyakarta and its Historic Landmarks | |||||
L’axe cosmologique de Yogyakarta et ses monuments
historiques emblématiques | |||||
ヒンドゥー教とイスラム教が融合した土着の宇宙観を都市計画に反映したもので、スルタンの宮殿(クラトン)を中軸に、南北に延びる直線道を宇宙軸(スンブ・フィロソフィ)と位置付け、その左右に市場や伝統的家屋が広がり、聖樹を中核に据える公園が随所にあり憩いの場となっている[62]。街の随所で繰り広げられるワヤン・クリとガムランの伝統芸能や、バティック・クリスのような伝統工芸の生産光景など無形文化要素と密接に絡み合う関係も評価[63]。 | |||||
古代都市シーテープ | タイ | 登録 | 登録 | (2), (3) | |
The Ancient Town of Si Thep | |||||
La ville ancienne de Si Thep | |||||
シーテープはドヴァーラヴァティー王国の古代都市と考えられている都市遺跡で、現在はシーテープ歴史公園(カオランノック遺跡とカオタムーラート遺跡を含む)として整備・保存されている[64]。遺跡に至る道路状況が悪く、大型観光バス用の駐車場がないことから、今後の観光整備に伴う開発に留意するよう求められた[65]。登録に際し、名称が「古代都市シーテープおよび関連するドヴァーラヴァティー史跡群」(英語: The Ancient Town of Si Thep and its Associated Dvaravati Monuments / フランス語: La ville ancienne de Si Thep et ses monuments de Dvaravati associés)となった。 | |||||
ジェルバ : 島嶼域での入植様式を伝える文化的景観 | チュニジア | 情報照会 | 登録 | (5) | |
Djerba: cultural landscape, testimony to a settlement pattern in an island territory | |||||
Djerba : paysage culturel, témoignage d’un mode d’occupation d’un territoire insulaire | |||||
古代ギリシア・カルタゴ・古代ローマ・アラブなどが入れ替わり入植して継承してきた伝統的な砂漠での椰子やオリーブ農業景観。それぞれの文化が残した足跡が「Cultural melting pot(文化のるつぼ)」と形容される文化的モザイクの典型例で、文化多様性を示している[33]。雨水を集めて貯水するメンゼル(ハウシュ)と呼ばれる水利システムに関する追加情報が、水文学を推進するユネスコが評価した[66]。正式登録に際し、名称が「ジェルバ:島嶼域の入植様式を伝える遺産」(英語: Djerba: Testimony to a settlement pattern in an island territory / フランス語: Djerba : témoignage d’un mode d’occupation d’un territoire insulaire)となった。 | |||||
古代エリコ / テル・エッ=スルタン | パレスチナ | 登録 | 登録 | (3), (4) | |
Ancient Jericho/Tell es-Sultan | |||||
Ancien Jéricho/Tell es-Sultan | |||||
旧約聖書の世界観を反映した遺跡であると評価し、国際的に認められたパレスチナ自治政府が管理するヨルダン川西岸内にあるとした。但し、2021年にパレスチナ政府が表明したエリコ宮殿の改修工事に関して真正性への配慮を求めた[67]。なお、イスラエルがユダヤ人遺跡であるとして推薦時に不服申し立てし、現在ユネスコを脱退中で委員会開催国のサウジと外交関係がないイスラエルだが今委員会では別件で特別招待されており(下記「委員会の運営」の節参照)[68][注 6]、本件審議時に異議を唱え、登録が決まり満場の拍手が沸き起こるとイスラエル代表団は離席した。その後、「断固たる措置を下さざるを得ない」との武力行使を匂わせる発言をし、新たな火種になりかねない恐れもある[69]。 | |||||
マンダラ山地のスクルとディ=ジド=ビーの文化的景観(スクルの文化的景観の拡大)* | カメルーン | 不承認 | ―― | ||
The Sukur and Diy-Gid-Biy cultural landscape of Mandara Mountains [extension of “Sukur Cultural Landscape”, Nigeria ,
inscribed in 1999 , criteria (iii)(v)(vi)] | |||||
Le paysage culturel de Sukur et Diy-Gid-Biy des monts Mandara [extension de « Paysage culturel de Sukur », Nigéria, inscrit en 1999, critères (iii)(v)(vi)] | |||||
ナイジェリアの世界遺産として登録された「スクルの文化的景観」をカメルーン国内にも拡大する推薦だったが、審議前に推薦国による取り下げられた[70]。 | |||||
キナルグ人の文化的景観と移牧の道 | アゼルバイジャン | 登録 | 登録 | (3), (5) | |
Cultural Landscape of Khinalig People and “Köç Yolu” Transhumance Route | |||||
Le paysage culturel du peuple Khinalig et la route de transhumance « Köç Yolu » | |||||
コーカサス山脈のアラン地域でキナルグ人が営んできた移牧に関する遺産で、遺産名の “Köç Yolu(コチヨル)” は「移動の道」(migration route)の意味[71]。アゼルバイジャンには現在でも多くの遊牧民が暮らしており(主として南西部)、民族文化保護区を設け、生活の近代化支援を行いつつも伝統的な暮らしの継承に尽力し、放牧地の環境維持にも配慮しているが、移動に伴う道中は舗装路が多くなっている。そうした中でキナルグ人は南コーカサスで移牧という伝統的な生活様式を保持し、コチヨルも山岳地帯においては石畳や草原の踏み跡だったりする。キナルグ人の移動は山間部の高地⇔低地の垂直移動と羊毛を売りに向かう行程約200キロに及ぶ。登録地は牧草地とコチヨル(グバ~シャマキ~ゴブスタンの遺存状態が良い区間)に加え、ヤイラクという放牧時の仮住まい(季節性集落)やクサールにある越冬地集落も含まれる[72]。 | |||||
王立エイセ・エイシンガ・プラネタリウム | オランダ | 登録 | 登録 | (4) | |
Koninklijk Eise Eisinga Planetarium (Royal Eise Eisinga Planetarium) | |||||
Koninklijk Eise Eisinga Planetarium (Planétarium royal Eise Eisinga) | |||||
18世紀後半に設立された、今も稼働している現存世界最古のプラネタリウムである[73]。登録に際し、名称が「フラーネカーのエイシンガ・プラネタリウム」(英語: Eisinga Planetarium in Franeker / フランス語: Planétarium Eisinga de Franeker)となった。 | |||||
アンマーガウ、シュタッフェル湖、ヴェアデンフェルザー・ラントにあるアルプス・プレアルプスの牧草地群と湿地群 | ドイツ | 不登録 | ―― | ||
Alpine and pre-alpine meadows, pastures and wetlands in the Ammergau, the Lake Staffelsee Area and the Werdenfelser Land | |||||
Prairies, pâturages et zones humides alpines et préalpines de l’Ammer, du lac de Staffel et du Werdenfelser | |||||
東アルプス山脈の高原に残された氷河期名残の湿地と、その後の乾燥期に広がった草原を活かしたアルプス移牧などの景観。温暖化の影響で湿地が涸れたり、高山植物が枯れるなど著しい環境変化や、アグリツーリズム需要で幹線道路の拡幅に伴う排気ガスによる大気汚染など過度な観光公害も指摘された[74]。文化遺産としての推薦だったが、自然遺産の諮問機関国際自然保護連合(IUCN)が提供した、化学肥料の多用や、ホーストレッキング需要での馬の急増が原因ではないかとされる土壌の養分変容の報告も影響したとみられる[75]。構成資産が自然環境に偏っていることから内容を見直すとともに、保全措置や自然の回復を図り、文化的景観とすべきともされるが、観光開発で昔ながらの集落景観は失われている[76]。審議前に推薦国による取り下げられた[77]。 | |||||
木柱と木製上部構造を備えたアナトリアの中世モスク群 | トルコ | 情報照会 | 登録 | (2), (4) | |
Medieval Mosques of Anatolia with Wooden Posts and Upper Structure | |||||
Mosquées médiévales d’Anatolie dotées de colonnes et d’une structure supérieure en bois | |||||
中央アナトリア地方、黒海地方、地中海地方、エーゲ海地方に点在する5件のモスクを対象としている。石積みの外壁と屋根(屋根はスレート葺き)の重さを支える木柱列構造の技術に加え、内壁や調度品に施された精巧な木彫りも評価[78]。登録に際し、名称が「中世アナトリアの木造多柱式モスク群」(英語: Wooden Hypostyle Mosques of Medieval Anatolia / フランス語: Mosquées hypostyles en bois de l’Anatolie médiévale)となった。 | |||||
ニームのメゾン・カレ | フランス | 登録 | 登録 | (4) | |
The Maison Carrée of Nîmes | |||||
La Maison Carrée de Nîmes | |||||
ニームの歴史的建造物群は、第42回世界遺産委員会でまとめて推薦されたが、登録延期と勧告・決議されていた。今回はメゾン・カレに絞った推薦である。 | |||||
ギマランイスの歴史地区とコウルス地区(ギマランイスの歴史地区の拡大)* | ポルトガル | 承認 | 承認 | (2), (3), (4) | |
Historic Centre of Guimarães and Couros Zone [extension of “ Historic Centre of Guimarães ”, inscribed in 2001 , criteria (ii)(iii)(iv)] | |||||
Centre historique de Guimarães et zone du Couros [extension de « Centre historique de Guimarães », inscrit en 2001, critères (ii)(iii)(iv)] | |||||
couroはポルトガル語で「革」のことで(英語のcowhideに相当)[79]、Courosは複数語尾の-sが付いた複数形。文字通り、皮の鞣しと皮革製品の製造が盛んだった工業地区で、ギマランイスの繁栄を支えた収益源である。工場などの古い街並みが残されている[80]。 | |||||
カザン連邦大学天文台 | ロシア連邦 | 登録延期 | 登録 | (2), (4) | |
Astronomical Observatories of Kazan Federal University | |||||
Observatoires astronomiques de l’université fédérale de Kazan | |||||
天体物理学や天体分光学の発展に寄与した先駆け的な存在で、ソ連時代には国連宇宙空間平和利用委員会への情報提供など「宇宙の平和利用」にも貢献したことが評価。郊外のエンゲルハルト天文台や関連する複合施設で構成される[81]。ru:Астрономическая обсерватория Казанского университетаも参照。 | |||||
ホープウェルの儀礼的土構造物群 | アメリカ合衆国 | 登録 | 登録 | (1), (3) | |
Hopewell Ceremonial Earthworks | |||||
Les ouvrages en terre cérémoniels Hopewell | |||||
ホープウェル文化に属するフォート・エインシェントなど8件の土構造物を対象としている[82]。ゴルフ場のコースの中に立地するものもあり、将来的には土地の公有化を目指すべきとしたが、現時点では所有運営するカントリークラブが保全資金を拠出するだけでなく、マウンド(遺跡)をコースから外してオブストラクション(障害物)とし、OBでマウンドに入ってしまった際にはキャディが球を回収してアンプレイアブル(球を移動し打ち直し)させる特別ルールを設けるなど配慮していることに対し一定の理解を示した[83]。 | |||||
ヨーデンサヴァネの考古遺跡 : ヨーデンサヴァネの入植地とカシポラクレークの共同墓地 | スリナム | 登録 | 登録 | (3) | |
Jodensavanne Archaeological Site: Jodensavanne Settlement and Cassipora Creek Cemetery | |||||
Site archéologique de Jodensavanne : établissement de
Jodensavanne et cimetière de Cassipora Creek | |||||
ヨーデンサヴァネの入植地は、ユダヤ人(セファルディム)入植地の遺跡で、アメリカ大陸最古級のシナゴーグの遺跡などを含む[84]。ヨーデンサヴァネの入植者は、カシポラクレークの入植地から移った人々だったが、そちらの遺跡はカシポラの共同墓地のみが残る[84]。 |
第42回世界遺産委員会で西部戦線に関する推薦物件の審議が先送りになったことに関連する、20世紀の戦争や人権侵害など「記憶の場所」に関する推薦物件。ただし、西部戦線以外は新規推薦である。
画像 | 推薦名 | 推薦国 | 勧告 | 決議 | 登録基準 |
---|---|---|---|---|---|
人権、解放と和解 : ネルソン・マンデラの遺産群 | 南アフリカ共和国 | ―― | ―― | ||
Human Rights, Liberation and Reconciliation: Nelson Mandela Legacy Sites | |||||
Droits de l'homme, libération et réconciliation : les sites de l’héritage de Nelson Mandela | |||||
リストアップされているものの、第45回世界遺産委員会では審議されないことになった[85]。 | |||||
ルワンダ虐殺の記憶の場所 : ニャマタ、ムランビ、ビセセロ、ギソッチ | ルワンダ | 登録延期 | 登録 | (6) | |
Memorial sites of the Genocide: Nyamata, Murambi, Gisozi and Bisesero | |||||
Sites memoriaux du genocide : Nyamata, Murambi, Gisozi et Bisesero | |||||
ルワンダ内戦時に起きたルワンダ虐殺に関する推薦物件である。ニュングェ国立公園とともにルワンダ初の世界遺産となった。ICOMOSは、虐殺に関する記念碑の中で、推薦物件が選ばれたことに関する比較研究が不足しており、顕著な普遍的価値が証明されていない等とし、登録延期を勧告した[86]。登録にあたっては、委員会開催前の9月初旬に現地を訪れたオードレ・アズレ事務局長の強い後押しがあった。審議会場には虐殺事件に深く関与したフランス軍の軍事省関係者も臨席し、登録後にはフランス人であるオードレ・アズレ事務局長が哀悼の意を表明した[87]。 | |||||
第一次世界大戦(西部戦線)の追悼と記憶の場所 | フランス ベルギー |
情報照会 | 登録 | (3), (4), (6) | |
Funerary and memory sites of the First World War (Western Front) | |||||
Les sites funéraires et mémoriels de la Première Guerre mondiale (Front Ouest) | |||||
第42回世界遺産委員会に向けて推薦されたものの、審議が先送りにされていた。ICOMOSは第一次世界大戦という世界史的に重要な段階を示す遺跡としての価値を部分的に認めたものの、それとの関係の薄い構成資産についての整理が必要として情報照会を勧告した[88]。諮問機関から価値の証明が不十分だと指摘されたものを議事進行中に削除するという荒っぽい手法で、139ヶ所の史跡に絞り込んだ。戦場跡や墓地以外で登録された慰霊碑には戦車を飾ったものや小銃・鉄兜などのスクラップをオブジェ化したものもある。登録されたものの中には当時イギリスの自治領だったカナダからカナダ海外派遣軍が出征した顕彰碑も含まれており、「ヨーロッパ大陸以外も巻き込んだ文字通りの世界大戦であり、これはフランスとベルギーのみならず、関わった全ての国の共同所有物件だ」と登録の意義を評価した[89]。ロシア・ウクライナ戦争が続く中、ヨーロッパでは本件の登録により平和を望む象徴とすべきとの意見がユネスコへ寄せられるようになり、ロシア帝国として連合国に参戦していたロシアと、オーストリア=ハンガリー帝国下にあり中央同盟国側に置かれていたウクライナ双方も登録を支援した。また、これに連動して東部戦線関連史跡の世界遺産化を模索する動きも起こり露ウ間の駆け引きも始まっている[90]。 | |||||
ESMA「記憶の場所」博物館 - かつての拘禁、拷問、絶滅の秘密センター | アルゼンチン | 登録 | 登録 | (6) | |
ESMA Museum and Site of Memory – Former Clandestine Center of Detention, Torture and Extermination | |||||
Musée et lieu de Mémoire de l’ESMA - Ancien centre clandestin de détention, de torture et d’extermination | |||||
汚い戦争における国家再編成プロセスの下で行われた人権侵害や虐殺に関する推薦物件である。ICOMOSは1970年代から80年代にかけてのラテンアメリカの独裁政権による弾圧を示すものとして基準 (6)のみでの登録を勧告した[91]。登録決定に際し、委員国の日本は「例外的な普遍的価値(exceptional universal value)が構築された」と評価し、文化的特異点ではなく今後標準化することに期待を込めた[92]。かつて南米各地に広まった軍事政権下での負の歴史を清算すべく、追従する国が表れることが望まれる一方で、11月に予定されているアルゼンチン大統領・副大統領選挙の候補者が今回の世界遺産登録を自陣営の手柄にしたり、敵対候補を非難する材料とする傾向が出始めており、政治利用されることを危惧する意見もある[93]。11月27・28日に開催された世界の記憶(記憶遺産)ラテンアメリカ・カリブ海地域委員会(MoWLAC)で、2006~2023年まで行われた「ESMAに関する裁判の視聴覚記録」が世界の記憶ラテンアメリカ・カリブ海地域版として登録され、世界遺産と共同歩調をとるかたちで歴史の顕彰を継続する[94]。 |
今回「記憶の場所」として認識され世界遺産に登録された3件について、ユネスコは「地球規模での世界遺産の役割における新たな段階を示すもの」とし、「平和構築において重要な役割を果たすことができる」とした。審査開始を前にラザレ・エルンドゥ・アソモ世界遺産センター所長は「being asked our humanity(我々の人間性が問われている)」と意義を示した[95]。
危機遺産の指定に関する協議は、委員会開催期間中の9月21日に行われる。
本会議に先駆け、2023年1月25日に開催された第18回世界遺産委員会臨時会議において緊急措置として指定が行われた[13]。
議事が紛糾する可能性が考えられる案件に関し、世界遺産センターが世界遺産委員会での危機遺産審議対象勧告を当該国に対して通達しており、不服申し立てがある場合には反論材料を揃える機会を与える。2023年7月31日には公式に勧告を公表した
↳緊急案件の状況確認が会期中できず継続観察とし、必要であれば委員会の臨時会議を開催して対処する(下記「委員会の運営と様子」参照)。リビアに関しては内戦中とあり、当該地を実効支配するリビア国民代議院とリビア国民軍との折衝を重ね、了承を得て10月9日よりユネスコが使節団を派遣して現況確認を実施[112]。
前年までに提出された保全措置報告(SOC)に基づき、必要に応じて現地調査を実施した結果を踏まえ、現況を放置すると近い将来に危機遺産となる危険性を孕んでいると判断された案件に対し「admit concerns(懸念がある)」と公表し、事前対処を求めるようになった。
危機遺産指定物件は、指定理由の是正が図られたと思われる場合、その旨の意見書を提出し、世界遺産委員会の場において指定解除(危機遺産リストからの除去)審査をうけることができる。解除審査は諮問機関や関連団体なども交え、指定審議や保全措置報告とは別行程で行われる。
画像 | 登録名 | 保有国 | 分類 | 世界遺産登録年 | 危機遺産登録年 |
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カスビのブガンダ歴代国王の墓 | ウガンダ | 文化 | 2001年 | 2010年 | |
中核施設が火災で焼失したことで危機遺産となったが、伝統的な技術と適正な文化資材を用いた再建が評価され、指定解除となった[118]。 | |||||
この節は、委員会が開催され、該当する対象が発生した際に加筆してください。 |
6年毎の定期的、あるいは委員会からの指示による登録遺産の保全措置報告(SOC)および、必要に応じ自発的に提出する遺産影響評価(HIA)の審査が行われる。日程は委員会開催期間中9月14~16日の3日間を充てる。今回は260件の審査が行われ、基本的には提出された書類精査だが、重大案件に関しては議事の場が設けられる。
↳産業遺産情報センターに犠牲者を追悼するコーナーを新設するなどしたことから保全状況が承認された。但し、引き続き韓国との対話を進め、2024年12月までに追加情報の提出することを求めた[130]。
↳知床は海鳥の減少について懸念が示されたが、温暖化に伴う海水温の上昇による一時的なものであるのか観測を求められた。首里城は火災焼失からの再建の進捗状況が確認され、史料に基づいた史実に忠実な作業であることが評価された[136]。
ウクライナの地名がロシア語読みからウクライナ語読みに変更になったことをうけ、本記事でもウクライナ語読みを優先表記し、初出時のみ従来のロシア語読みを括弧綴じで併記、以後はウクライナ語読みのみとする。そのウィキリンクは記事名が修正されるまでは既存のロシア語読みで作成された記事を用いたパイプ付きリンクとする。ウクライナの地名の呼称変更も参照。 |
第217回ユネスコ執行委員会が2023年10月4~18日に開催され(土日休)、上掲「緊急案件」にあるリビアの世界遺産被災状況調査など、世界遺産委員会会期中に方針や結論を導き出せなかった議事などについて追加の報告や関連する意見陳述が行われた[222]。
第42回ユネスコ総会が2023年11月7~22日に開催され(日曜休)、上掲「ユネスコ執行委員会への持ち越し」でも扱えなかった議事などについて意見陳述が行われた。執行委員会や総会はユネスコ業務全般について話し合う場であり、世界遺産も制度・予算・人員など大枠については議題となるが、個別の案件が持ち込まれのは異例のことである。
1970年代よりユネスコは自身が標榜する平等や科学社会、文化的自由が社会主義にあると見出し、旧ソ連などの共産主義陣営に傾倒した。初期の世界遺産登録に東欧のソ連衛星国が多いことは、その実例を示している(ウクライナの世界遺産キーウはソ連邦構成国としてのウクライナ共和国時代に登録され、ソ連崩壊後に独立したウクライナの物件として再登録された)。ユネスコはその後もアフガニスタン侵攻などもありながら幻想を追い、結果としてこれに反発した米英がユネスコを脱退するという事態を招いた[242]。
そうしたソ連時代にロシア人の歴史研究家でジャーナリストでもあったユーリー・カシレフが書いた著書にはソ連のユネスコを活用した文化戦略が述べられている[243]。
ソ連が解体しロシア連邦が成立してもユネスコに対する姿勢に変わりはなく、むしろより積極的に利用する姿勢が鮮明となった[244]。
その間にユネスコは第三世界などへの関心と支援に重心を移したが、国際連合安全保障理事会常任理事国であるロシアの影響力は強く、ユネスコも無視できない存在であった。こうした経緯からロシアは軍事侵攻に関してもユネスコは緩い対応を採るであろうという希望的観測でいたと分析される。
イスラム教の聖地を擁しアラブ諸国の盟主を自負するサウジアラビアは文化大国も標榜し、その範囲はユネスコ分野にも及び、ユネスコもその活動を高く評価している。特にウクライナとロシアの関係が混迷を極めてきた頃から、副議長国先頭位置であることを意識した行動が顕著になった。
上記にある「ユネスコ執行委員会」や「ユネスコ総会」とは別に、世界遺産に直接関連する会議が、世界遺産委員会終了後に開催され、委員会では決められなかった案件について協議された。
2023年11月22・23日にパリのユネスコ本部で第24回世界遺産条約締約国会議が開催され、任期入れ替えで新たにウクライナ・韓国・ベトナム・ケニア・セネガル・レバノン・ジャマイカ・カザフスタン・トルコが委員国に選任された(ロシア・タイ・南アフリカ・エチオピア・マリ・ナイジェリア・サウジアラビア・エジプト・オマーンが退任)[263]。初めて委員国に専任されたウクライナは、正式就任する来年からロシアによる遺産破壊行為について責任追及や補償賠償を活動主題とすることを明言[264]。
条約締約国会議に合わせ第19回世界遺産委員会臨時会議(前期:2023年11月23日)が開催され、サウジでの委員会で決めることが出来なかった2024年の第46回世界遺産委員会をインドが開催することになった[265]。後日(後期:2024年1月8日)、改めてユネスコ・世界遺産センターとインド政府が協議し、7月21~31にニューデリーで開催することを決めた。また、ブルガリア、ギリシア、ケニア、カタール、セントビンセント・グレナディーンが副議長国、ベルギーが報告担当に選出された[266]。
2022年11月17-18日にギリシャにおいて「世界遺産条約50周年記念会合」が開催された。当初は第45回世界遺産委員会での議題を反映させる予定であったが、委員会に先駆けるかたちでの開催となった[267]。2012年の条約40周年の際に採択された『京都ビジョン』では、世界遺産の存続には地域コミュニティの関与が必要とし、以後新規登録の現地調査において遺産そのものの価値の顕彰とは別に、地域住民への取り組みなどに関する質疑も行われるようになるなど大きな影響を残した[237]。
今回の50周年会合のタイトルは「The Next 50—The future of World Heritage in challenging times enhancing resilience and sustainability(次の50年へ - 困難な時代における世界遺産の未来 回復力と持続可能性を強化する)」で、世界遺産という制度が100年続くための試行錯誤。主たる議事は、第44回世界遺産委員会において気候変動による自然災害が世界遺産に及ぼす影響を新規推薦に際して遺産影響評価(HIA)として被害想定シミュレーションと対策案を盛り込むよう義務付けたこと[268]の再確認と徹底を求めたほか、アフターコロナにおける観光公害(オーバーツーリズム)再燃対策が話し合われた。特に世界遺産観光(ヘリテージツーリズム)での偏重傾向にはマスツーリズムの影響が強いと指摘。大衆の旅行動向を左右するメディアによる印象操作・大衆誘導的な報道の中には誤ったものも含まれており、その結果として訪問者にとってツーリストトラップとなり、最終的には現地の印象を貶める悪循環を引き起こしていると厳しく糾弾した。ユネスコは報道の自由を擁護する立場であるが、売り上げや閲覧数の利益至上主義(商業主義)には疑問を呈しており、自発的な報道倫理を望んでいる。また、遺産の商品化として世界遺産を観光資源として一定の利用は容認している[267]。
このことに関しては2021年よりユネスコや国連世界観光機関(UNWTO)が協賛して複数回の国際的なシンポジウムを開催しており、そこから導き出された方向性を今回の国際会合で公式に発表した。そこでは例えば長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産において大浦天主堂以外の教会建築物は厳密には世界遺産ではないが、イメージ画像として使われ続けていることも挙げられる。さらに日本では「絶景」という表現も煽られており、「世界遺産の絶景」と組み合わせられることもあるが、絶景は主観性や個人の感性に左右されるものであり、十把一絡げで価値観を押し付けることも問題視される[269]。
2023年4月18日の記念物と遺跡の国際デー(世界遺産の日)にユネスコが開催した国際会議では、世界遺産観光におけるサスティナブルツーリズム・レジリエントツーリズムのさらなる奨励に加え、正しい遺産の解釈を伝えなければならないことを確認し、SNSインフルエンサーによる遺産の価値の発信協力要請やフェイクニュースの取り締りについても検討すべきとした[270]。
40周年の京都ビジョンがその後の世界遺産に影響を与えたことを鑑みると、今回の議題も今後の世界遺産の在り方や方向性に影響する可能性がある。このことに関しては、再開された世界遺産委員会でも継続審議として取り上げられる。
委員会では2023年に入りリベンジ消費による観光業の世界的復調に伴う観光公害の再燃に対策を講じる会議も行われた。「post-COVID tourism」(日本では"アフターコロナの観光再開"などと呼ばれる)と題し、国連世界観光機関(UNWTO)が議事を提出[271]。リジェネラティブ・トラベルのような民間主導の観光再開を歓迎しつつも、利益追求からの大量送客が観光地に負荷をかけることになることを危惧。日本でも古都京都の文化財を擁する京都ではインバウンドによる混雑ぶりが再び深刻化しており[272]、空いている時間帯を狙って訪れることを奨励したり(例:ずらし旅)[273]、市街地一極集中を郊外や府下全域に分散させるよう誘導したり[274]、完全事前予約制を導入するなど工夫を凝らし、世界遺産でも早朝・夜間公開の実施やユネスコ指針「遺産と創造性」に基づく新しい演出で混雑する時間帯を避けるイベント(予約制で人数を抑制)のユニークベニューも展開して魅力が損なわれないよう努力している。
本委員会ではイスラエルが初めて公式にサウジ入りを果たしたが、イスラエルはハイム・カッツ観光大臣まで送り込んだ。委員会での審議とは別に大臣はイスラエル観光のセールスプロモーションを展開。特にコロナ禍において世界に先駆けワクチンツーリズムを成功させた実績と合わせ、コロナ再流行が発生した場合にはワクチンツーリズムとイスラエルの世界遺産を組み合わせ優先的観光(感染防止の観点から閉鎖した場合には貸し切りで)も検討するなどアピールした[275]。
世界遺産と観光に係る議事にオブザーバー参加していた世界的な旅行ガイドブックの『ロンリープラネット』が今委員会で登録された新規物件の観光について取りまとめた。それによると文化遺産ではラトビアの「クルディーガの旧市街」やリトアニアの「カウナス」など都市の建築物や都市景観などを見る都市観光、カンボジアの「コー・ケー」、グアテマラの「タカリク・アバフ考古公園」、スリナムの「ヨーデンサヴァネの考古遺跡」などの考古学観光、中国の「普洱の景邁山古茶林」、エチオピアの「ゲテオ」、チェコの「ジャテツとザーツホップの景観」など飲食も楽しめるグルメツーリズム等、多様な観光の形式を網羅しており、「記憶の場所」に関しては教育旅行やダークツーリズムとして注目される。一方、自然遺産では中央アジアの「トゥラン砂漠群」や「ティグロヴァヤ・バルカ自然保護区のトゥガイ」のように個人では訪れにくい場所もあり、現実として公式なエコツアーに参加して環境保全に努めるべきとする。
世界遺産観光(ヘリテージツーリズム)は世界遺産の持続可能性を追及することが必須となり、世界遺産における持続可能な開発や持続可能な開発のための文化を推し進めることが再確認された。これを一介の旅行者個々人にまで浸透させる必要があり、持続可能な保全を手伝うボランティアツーリズムに参加するなどの意識変革と自発的な行動が望まれ、ヴェネツィアで導入される観光税(入域料)をきちんと払うよう呼びかける[276]。
また、山積する地球規模での難題を解決する手立てが自然と共生する先住民の知恵(民俗知)や伝承されてきた無形財(文化的財)にこそあるとして、先住民観光なども提言する。人間動物園とするのではなく、先住民の暮らしぶりを体験しヒントを得ようというもの。特に無形文化遺産で“Dive into Intangible Cultural Heritage(無形遺産に飛び込もう)”プロジェクトを立ち上げ、積極的に体験に出向くことを推奨しており[277]、インドネシアのジョグジャカルタのように無形文化遺産と密接な関係の上に成り立つ場所は注目に値する。
先住民観光については、近年カナダが力を入れており、今回「トロンデック=クロンダイク」と「アンティコスティ」の先住民が関係する場所二ヶ所が登録されたことで盛り上がりをみせている[278]。
今回の世界遺産委員会でインドからタゴールゆかりのサンティニケタンが登録されたことをうけ、サンティニケタンこそが近現代インドの精神性を体験できる場所であるとして、大学という性格上からオープンカレッジなどを積極的に開催し、観光客にも体験学習を通してインドの価値観を知ってもらう計画を早速発表した。長期滞在も可能にするため、かねてから力を入れてきた山村留学での宿泊施設(学生寮の空き部屋を無償提供)やヒンドゥー教寺院に併設された道場のアシュラムを利用することで、大学生との交流やヒンドゥー教・インド哲学などにも触れてもらうことも提案[279]。
イランのキャラバンサライでは、キャラバンサライ間の砂漠のオフロードを四輪駆動車で疾走したり、昔ながらのラクダに背に揺られたりしながら、砂漠にテントを張り一夜を過ごし、到着したキャラバンサライにも宿泊するデザートクルーズプランを練り上げた。大人数での催行にならないため密にならず感染の恐れも軽減できるとしている[280]。
中国の「普洱の景邁山古茶林」では、プーアール茶のラベルに世界遺産・世界農業遺産の肩書を記載しての出荷を開始した[281]。
インドネシアのジョグジャカルタでは、単なる観光に留まらない民族衣装バティックの製作とそれを着てのコスプレでの街歩きや伝統芸能への体験参加、世界遺産登録地内にある伝統家屋のカンポンに泊まる民宿・民泊の整備など、コト消費を重視するプランを発表した[282]。
チェコの「ジャテツとザーツホップの景観」では、世界遺産登録を記念して今年初めてビアフェスティバルのオクトーバーフェストを開催し盛況を収めた。フェアでの売り上げの一部は景観維持のために還流するとした[283]。なお、登録地があるリベレツ州の伝統産業であるガラス工芸(ボヘミアガラス)が「手作りガラス製作の知識・技術・技能」として2023年に無形文化遺産に認定(フィンランド・フランス・ドイツ・ハンガリー・スペインとの共同提案)。代表的製品がビールジョッキであり、世界遺産と組み合わせて売り込んでゆく[284]。
非常に物騒な小見出しだが、インドで新規登録されたホイサラ朝の宗教建造物群が推薦された際、諮問機関による現地調査の際、そして委員会開催時に「killed by UNESCO」として登録反対の要望が出されていた。100軒程残されているヒンドゥー寺院の中から真正性の都合などで3ヶ所だけが登録された。しかし、現地のヒンドゥー教徒にとって「生きている宗教施設」(リビングヘリテージ)は登録されたもの以外でも重要な場所があり、むしろ登録された3寺院は既に観光地として賑わっており、世界遺産化で世俗化が進むのではないかと危惧してのこと。ただ訪問者数が増えるだけなら許容できるが(実際には負荷がかかることから抑制は求められる)、宗教施設としての静謐さが失われ、菜食主義の中に観光客を当て込んだ肉食酒類提供の飲食店が急増することは我慢ならないともする。世界遺産登録による弊害は「UNESCO-cide」(直訳は"ユネスコ殺し"だが"ユネスコに殺される"の比喩)という言い回しも流布しており、ユネスコも直視すべきとした[285]。
タイから新規登録されたシーテープ遺跡は登録直後から訪問者数が急増。これまで一日当たり300人程度だったものが7000人となり、砂岩の脆い石段が早速壊れるなどの事故が発生し、駐車場やトイレの数が圧倒的に足りておらず、遺跡内への進入駐車や遺跡内で屋外排泄するなどの事案が多発したため、急遽遺跡の一部を立入禁止とせざるを得なくなった[286]。
ボツワナのスランバー・ツォグワネ副大統領は、アフリカにおける世界遺産が観光資源となることは歓迎するが、観光客が求めるアフリカらしさを過度に演出するようになり、信頼性が失われる恐れがあると警鐘を鳴らした[287]。
パレスチナのエリコは考古学観光の目玉になり得るだけの潜在的魅力があるが、観光開発に余力を回せないのが実状となっている。要因としては各時代の遺跡が多層的に積み重なっており、発掘と保存を両立させることが困難で、発掘や保存にかかる費用の捻出もままならない。過去にイスラエルの攻撃で破壊された箇所がある上、今回の登録を認めないイスラエルが「一掃する」と遺跡の破壊を匂わせていることも気がかりとなっている(上掲「委員会への批判」参照)。パレスチナ自治政府の行政機構では、観光遺跡省が調査・保全と利用(観光)を一手に担っており、例えば有料で発掘に参加するような観光の在り方も模索するが、突発的なイスラエルの攻撃で参加者を危険に晒すことへの危惧もある。
世界遺産条約では第5条で「文化遺産及び自然遺産の保護・保存及び整備の分野における全国的または地域的な研修センターの設置」という条文があり、世界遺産近くにガイダンス施設・ビジターセンターを設置することを求め、新規推薦物件では推薦書にガイダンス施設の計画も盛り込まなければならず、イタリアが金銭的援助を申し出たが建設の目途は立っていない。
パレスチナの遺跡の保全と活用については、ヒシャム宮殿の修復など、日本が国際協力機構(JICA)を通じて資金・技術・運営ノウハウなどを支援してきた経緯があり[288](日本とパレスチナの関係も参照)、日本への期待が高まっており、資金面の援助は日本国民が納めた税金が政府開発援助(ODA)などとして還流していることから、イスラエルによって破壊された場合には日本人の納税者はイスラエルに対して抗議すべきともする[289]。
9月27日が世界観光の日であることから、世界遺産委員会を終えた翌26日にリヤドにおいて世界観光の日会議が開催され、ユネスコはじめ委員会に出席した多くの国の文化・環境・観光分野の大臣や官僚が参加した。そこでは観光分野における積極的なグリーン投資の実施や自然遺産へのエコツーリズムにより環境保護の重要性を説く学習的観光を推奨することが決められた。一方で環境財のリセールバリューが行き過ぎると環境負荷となるため、自然の商品化については観光業界全体での自発的自省と相互監視も取り決めた[290]。
今年も危機遺産指定を免れたグレートバリアリーフがある豪クイーンズランド州は、使い捨てプラスチックの使用を禁止し、グレートバリアリーフへのツアーでは環境税を徴収して環境保全や研究に充てるとし、「訪れることが環境保護になる」とした[291]。しかし、2021年に開催された第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)で採択されたグラスゴー宣言では、今後10年間で観光部門の二酸化炭素排出量を半減し、2050年までに実質0にするという脱炭素からカーボンニュートラルを目指す目標を掲げた。世界遺産を訪ねるための移動に伴う交通機関が排出する二酸化炭素があり、持続可能な航空燃料を用いている航空会社であるかの選択など、現地の対策だけでは済まされない状況になりつつあり、フライトシェイムのような考え方も表れている[292]。
2023年9月9・10日にインドのニューデリーで開催されるG20ニューデリーサミットに先行し、ゴア州において6月22日に観光大臣会議が開催された。世界遺産登録地のゴアの教会群と修道院群の見学も行い、上記の世界遺産条約50周年会合で提示された議題をサミット参加国と国際機関が協議。世界遺産に関する誤った情報の発信は文化的不寛容を招く恐れがあり、放置すれば文化的自殺行為になると警鐘を鳴らした。日本からは観光庁の上部組織である国土交通省の斉藤鉄夫国交相が和田浩一観光庁長官(当時)とオンラインで参加。2025年日本国際博覧会(大阪万博)に伴う日本の世界遺産の活用などを提唱した[293]。
インドはサミット開催に合わせ「文化回廊 - G20デジタル博物館」を開催する。これはユネスコによる「世界遺産と博物館」指針に基づく仮想博物館やオンライン展覧会を実証化するもので、サミット参加国の世界遺産・無形文化遺産・世界の記憶(記憶遺産)などを紹介する。インドは特にBRICSの参加に注力しており、中でもロシアの参加を促している[294]。
国連のグテーレス事務総長が「地球沸騰化の時代に突入した」という衝撃的発言をしたことをうけ、世界中で環境に対する意識が変革しつつあり、アメリカのヘリテージ財団(米国のユネスコ脱退と復帰を主導した組織)が「環境遺産」を提唱し資金拠出も申し出たことで、ユネスコも世界遺産を含めた環境保全への取り組みを強化することとなった[295]。
2022年12月7~19日にカナダで開催された第15回生物多様性条約締約国会議(COP15)において、生物多様性の確保に関し、世界遺産のような自然環境の厳正保護(要塞的保護と揶揄される)も大切ではあると認めた上で、実は先住民族居住地や伝統的な暮らし(例えば日本の里山)がある文化的環境が伴う身近な自然に生物多様性が多く、従来のコミュニティベースの保全から自然と人間の共生に転換し、世界遺産にも取り込むべきではとの意見集約が行われ、世界遺産委員会でも議題として取り上げることを検討[296]。
世界遺産登録を目指す佐渡金山の構成資産構成候補である西三川砂金山では、文化財保護法の重要文化的景観の追加選定で、砂金山由来の棚田改変利用による収穫は生態系サービスを享受して成り立っているとアピールすることにしている[297]。
2023年6月26日、絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(ワシントン条約)の事務局とユネスコが連携し、世界遺産化による生物種の保護強化を促進することを決めた[298]。
2023年7月26日のマングローブ生態系保全の国際デー(ユネスコにより2015年に制定)に記者会見を開いたユネスコのオードレ・アズレ事務局長が、汽水域のエコトーンとしてのマングローブを世界遺産や生物圏保護区として保全を推進したい旨を明らかにした。
マングローブには多様な生態系があり、生物多様性を保持しており、植生と土壌は二酸化炭素吸収源として機能し、陸上の森林と比較して10倍の量を貯蔵する。さらに津波・高潮・浸食・海面上昇とそれに伴う漂流・漂着ごみの文字通り防波堤の役割も担い、近接する住民の食糧供給もしているが、近年は埋め立てや河川上流での灌漑取水による水量と養分を含んだ土壌供給量の減少、エビ養殖での給餌による富栄養化と病気予防で散布する薬品による水質汚染などで環境悪化が深刻化している[299]。
そうした中で、バングラデシュが提出したシュンドルボンの保全措置報告(SOC)および遺産影響評価(HIA)が注目された。2014年に発生した石油流出事故と翌年の化学肥料流出事故による海洋汚染(汽水域のマングローブ自生地含む)の処理経過報告や海面上昇に伴う塩分濃度上昇によるマングローブを含む生態系への影響観察、干潮時の陸地(湿地)として見た乾燥時のマングローブの在りよう、ガンジスカワイルカのマングローブ水域における生態調査と保護計画を高く評価した。ユネスコは他のマングローブ林保護に役立つだけでなく、今後世界遺産を目指す場所にとっての指標にもなるとし、2025年12月1日までにその後の経過報告を、2029年2月1日までに保全状況の結果報告(状況次第では中間報告)をするよう求めた。
なお、実質的に地続きであるインド側の世界遺産スンダルバンス国立公園にも同様の研究を進めるように求めた[300]。
2023年11月3日の国際生物圏保存地域の日(International Day for Biosphere Reserves)にコメントを発したユネスコのオードレ・アズレ事務局長は、第45回世界遺産委員会では生物圏保護区と共通する保全計画が評価され新規登録された世界遺産が複数あったことをうけ、世界遺産と生物圏保護区の共同歩調を重視するとした[301]。
2023年11月30日から12月12日にアラブ首長国連邦のドバイで開催された2023年国連気候変動会議(COP28)において、ユネスコが自然遺産登録地の森林や海が吸収する二酸化炭素量(ブルーカーボン)の推測値を紹介して世界遺産保護の重要性を説き、国連世界観光機関(UNWTO)や国連貿易開発会議(UNCTAD)と共同で温暖化による自然遺産の環境を守る保全費用の徴収を全ての自然遺産の入域料に一律に課す案を示した[302]。
また、気候政策に文化分野を採り入れる「Joint Work Decision on Culture and Climate Action(文化と気候行動に関する共同作業決定)」を採択し、文化遺産が気候変動によってうける影響を発信することを決めた[303]。
さらに、ユネスコは世界遺産・生物圏保護区・ジオパークなど立ち入り制限区域があり、外的要因の影響を受けにくい場所に観測点を設け、全地球規模での観測を行うことを決めた[304]。
フランスの経済学者トマ・ピケティは新著『自然、文化、そして不平等 国際比較と歴史の視点から』の中で、文化的な不平等は文化的自由の選択で解消できるが、自然環境については先進国による自然資本の近代における先発的利用(暴利)や無配慮なエゴが引き起こした気候変動で途上国が自然災害など不利益をこうむり、貴重な環境財(自然遺産など)が損なわれるなどの社会的不平等を指摘し、生態系と生物多様性の経済学に基づく環境の公平な利用(健全な環境への権利・環境正義)や人間を含む相利共生を再考して、守るべき行動をとらねばならず、それを主導できる組織は限られるとする[305]。
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