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東京モーターショー

2019年まで開催されていた自動車の見本市 ウィキペディアから

東京モーターショー
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東京モーターショー(とうきょうモーターショー、:Tokyo Motor Show)は、自動車の最新技術やデザイン関する情報を紹介する、日本自動車工業会(JAMA)主催の日本見本市。略称はTMS、東モ[1]。2019年の第46回が最後の開催となり、2023年からは後継となるJAPAN MOBILITY SHOWが開催されている[2]

概要 東京モーターショー Tokyo Motor Show, イベントの種類 ...
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概要

要約
視点
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東京モーターショー会場の模様
(1964年・東京国際見本市会場)
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東京モーターショー会場の模様
(2013年・東京ビッグサイト)

東京モーターショーは、国際モーターショーのひとつであり、フランクフルトモーターショードイツ)、パリサロンフランス)、ジュネーヴ・モーターショースイス)、北米国際オートショーアメリカ合衆国)と並ぶ世界5大モーターショーの一つ[3]

1954年に「全日本自動車ショウ」という名称で開催され、第11回(1964年)から国際モーターショーを目指す方針により、英文表記と同じ「東京モーターショー」に改称した。第20回(1973年)までは毎年開催されたが、1974年の開催がオイルショックの影響で中止になり、第21回(1975年)以降はパリサロンと交互開催方式となる隔年開催となった。

第33回(1999年)より、乗用車二輪車商用車を分離し、奇数年に「乗用車・二輪車ショー」、偶数年に「商用車ショー」を交互に開催したが、2006年は商用車ショーを開催せず、第40回(2007年)より再び乗用車、商用車、二輪車を統合した総合モーターショーとなった[広報 1]

開催期間は、東京国際見本市会場(晴海)に会場が移った第6回(1959年)以降、幕張メッセに移っても原則10月下旬から11月上旬の約2週間だったが、東京国際展示場に会場を変更した第42回(2011年)は、会場のスケジュールの都合上、12月上旬開催、会期は10日間となった。第44回(2015年)は、6年ぶりに10月下旬から11月上旬に戻った。

2021年新型コロナウイルス感染症の流行の影響を受け、同年4月に開催中止が決定した[4]。主催者ではオンライン開催の形も模索したものの、「二輪、軽自動車、大型車、乗用車など、他のインダストリーのモビリティを含め、日本にはいろんな会社がございますので、ぜひともそのあたりをリアルに見ていただくことにこだわらせていただきたい」との理由で、リアルにこだわるがゆえの開催中止であるとしている[4]。奇数年で東京モーターショーが行われないのは1953年以来68年ぶりとなる。なお、日本自動車工業会の豊田章男会長は「次回はさらに進化した、『東京モビリティショー』としてお届けしたい」とも語っており、従来の「東京モーターショー」の名称での開催は2019年が最後となることも示唆した[4]。2022年11月17日、豊田会長は会見上において、2023年秋に開催される予定の東京モーターショーの名称を「JAPAN MOBILITY SHOW」に改めると発表した[5]

入場者数の推移

バブル景気終了直後の第29回(1991年(平成3年))に200万人を超えたのをピークに[6]、第40回(2007年(平成19年))まで入場者数は延べ約140万人程度で推移してきた[7]

第41回(2009年)は、2008年(平成20年)に発生したリーマン・ショック世界金融危機アメリカ車大手(ビッグスリー)の業績不振から、海外メーカーが出展を見合わせて出展者数が前回の約半分へ落ち込み[7][8]、入場者数は第40回から約43%減の61万4400人となった[7][9]

第42回(2011年(平成23年))は、東京国際展示場での開催による来場者の利便性向上、平日20時までの開場、臨海副都心を挙げての盛り上げなど、各種施策が功を奏し[広報 2]、1日あたりの入場者数は第40回の水準に戻った。

第46回(2019年(令和元年))は12日間の会期中に130万900人が来場し[広報 3]、12年ぶりに100万人の大台を突破した(ただし2019年は無料エリアを含む入場者で集計されており、これ以前の入場者数とは集計方法が異なる可能性がある点は注意が必要。[10])。 2019年には東京オートサロンの主催が、2018年に行われた東京オートサロンにて色々な種類の賞を受賞した車両や、レーシングドライバー川畑真人が2019年に使用する車両の展示のため、東京オートサロンブースが開かれ、その向かい側には日本スーパーカー協会が複数台のフェラーリやランボルギーニ、アストンマーティンなどのスーパーカーを展示するブースも設けられた。

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実績

さらに見る 回数, 会期 ...
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備考

  • 第1回開催の前年にはプレイベントともいえる「自動車産業展示会」が開催された。期間は1953年5月14日 - 17日で、会場は上野恩賜公園であった[30]
  • 日比谷公園会場(第1回 - 第4回)の面積は4,389平方メートルであり、東京ビッグサイトでの展示面積34,919平方メートルと比べると約8分の1の広さであった。
  • 第5回は地下鉄丸ノ内線および日比谷地下駐車場の建設工事のため日比谷公園が使用できず、後楽園球場に隣接する後楽園競輪場インフィールドにて開催された。
  • 第6回からは晴海の東京国際見本市会場で開催され、展示面積は日比谷公園会場の約3倍、展示小間面積も約2倍となった。また、同会場よりインドアショーとなる。
  • 晴海会場の時代は自家用車での来場が禁止されていたが、晴海通りは来場者の車で連日大渋滞した。違法駐車が続出したため、会場周辺を一方通行にすると共に、日の出桟橋から晴海埠頭まで水上バスによる海上輸送を行った。
  • 第26回は展示車両数1,032台と歴代最多を記録した。また海外からの出品も40社、229台に達した。
  • 第28回からは千葉市の幕張メッセで開催された[12][13]。幕張メッセは東洋一の規模のコンベンション施設として1989年10月9日に開業し[31]第28回東京モーターショーは同施設のこけら落しだった[要出典]
  • 第39回は、混雑緩和のため週末を3回組み入れることとなり、会期は17日間[注釈 1]に延長された。開催期間の長さは2004年のパリサロンの16日間を上回り、主要な国際モーターショーとして世界最長となった。なお10月22日23日には、隣接する千葉マリンスタジアムプロ野球日本シリーズが開催されている。
  • 第41回は、リーマン・ショックの影響で、商用車メーカーや海外の有名メーカーが出展をとり止めたため、第40回に比べて展示面積は約半分、会期は4日間短縮され、来場者は約80万人減となった。当時の状況について佐崎愛里は「時代は贅沢なスポーツカーよりもエコカーだなという印象だった」と述懐している[7]
  • 第42回からは、東京国際展示場で開催されている。2011年の第42回は同施設の前身である晴海会場以来24年ぶりの東京開催となった。
  • 第43回は、隣接するお台場で日本自動車工業会主催による、お台場モーターフェスをモーターショー開幕前週の週末と期間中に開催された。
  • 第44回からは、障害者手帳所持者と同伴1名が入場料無料となった。
  • 第46回は、海外自動車メーカーの出展がメルセデス・ベンツルノー、BMWアルピナのみとなり、2020年東京オリンピックの開催準備に伴い、東京ビッグサイト東展示棟が使用できないため、同西・南展示棟と青海仮設展示場の2会場で開催されたほか、近隣施設の東京ファッションタウンビル横駐車場とMEGA WEBでも展示を実施、さらに有明地区とお台場・青海地区を結ぶシンボルプロムナード公園センタープロムナードを「OPEN ROAD」と銘打って、無料の展示や各種イベントが開催された。またMEGA WEBではeモータースポーツ会場が設けられ、国際自動車連盟(FIA)認定グランツーリスモ チャンピオンシップ 2019 東京大会が開催された[32]

地方見本市

東京モーターショー終了後、展示内容の一部を持ち回る形で、日本国内で以下のショーが開催される。

脚注

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関連項目

外部リンク

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