新山口駅
山口県山口市小郡令和にある西日本旅客鉄道の駅 ウィキペディアから
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新山口駅(しんやまぐちえき)は、山口県山口市小郡令和一丁目にある[1][2][7]、西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅である。
新山口駅[* 1] | |
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南口外観(2019年2月) | |
しんやまぐち Shin-Yamaguchi | |
山口県山口市小郡令和一丁目2-1[1][2][注釈 1] | |
所属事業者 | 西日本旅客鉄道(JR西日本) |
電報略号 |
シヤ コリ(小郡駅時代) |
駅構造 |
高架駅(新幹線) 地上駅(橋上駅)(在来線) |
ホーム |
2面2線+通過線2線(新幹線)[3] 5面8線(在来線)[3] |
乗車人員 -統計年度- |
6,452人/日(降車客含まず) -2022年- |
開業年月日 | 1900年(明治33年)12月3日[4] |
乗入路線 4 路線 | |
所属路線 | ■山陽新幹線 |
キロ程 |
474.4 km(新大阪起点) 東京から1027.0 km |
所属路線 | ■山陽本線 |
キロ程 | 459.2 km(神戸起点) |
所属路線 | ■山口線 |
キロ程 | 0.0 km(新山口起点) |
所属路線 | ■宇部線 |
キロ程 | 0.0 km(新山口起点) |
備考 |
直営駅(管理駅)[5] みどりの窓口 有 みどりの券売機プラス設置駅[6] |
2005年(平成17年)の市町村合併までは旧・吉敷郡小郡町に位置しており、2003年(平成15年)までは小郡駅(おごおりえき)と称していた。
山陽新幹線の停車駅のひとつであり、在来線各線との接続の他、萩・秋芳洞方面や山口宇部空港への直行バスが運行され、山口市や周辺地区における交通の要衝としての役割も担う。乗降客数は山口市の中心駅である山口駅を上回る(後述)。
列車運行上の要衝でもあり、下関総合車両所新山口支所(旧小郡機関区)が併設されている。また、夜間滞泊が設定されており、山口線の観光列車「SLやまぐち号」の始発駅である。
かつては山陽本線四辻駅 - 小野田駅間各駅と山口線・宇部線・小野田線各線の全中間駅を管轄する山口地域鉄道部も併設されていた[8]。同鉄道部廃止並びに山口エリア統括部発足以降は、管理駅長が配置された管理駅[5] となっている(山口エリア統括部は当駅構内では無く当駅に近いオフィスビルに入居している)。
新山口駅構内の運行管理は当駅で行なっている運転取扱駅である。
在来線は当駅の所属線である[9]山陽本線と、当駅起点で山口線と宇部線が接続している。
山陽新幹線は開業時から速達タイプの「ひかり」の一部が停車していた。2003年から「のぞみ」、2020年より「みずほ」の一部がそれぞれ停車する。
2024年現在、東京駅発着の「のぞみ」が毎時1本停車するのに加えて、九州新幹線直通の「みずほ」、「さくら」の一部、山陽新幹線内完結の「ひかり」全列車が停車する。深夜早朝に当駅始発・終着の「こだま」も存在する。
「みずほ」が停車するようになった2020年3月ダイヤ改正に合わせて、新幹線ホームにて発車メロディ「銀河鉄道999」(広島駅等で使われているものと同じ)が導入された。
また、2024年現在、山口県内の新幹線の駅の中では、最も停車本数が多い。
1900年(明治33年)、旧吉敷郡小郡村の玄関口となる小郡駅(おごおりえき)として開業し[広報 2]、1975年(昭和50年)3月に新幹線も同駅で開業した[広報 2]。2003年10月1日に現駅名「新山口駅」に改称した。
「新山口駅」への改称をめぐっては、当駅に山陽新幹線の駅が併設されて開業する際に最初の運動が起こり、1974年(昭和49年)6月8日に駅名改称を求める「山陽新幹線『新山口駅』促進連盟」が発足した[10]。7月4日、山口商工会議所が緊急常議員会を開き「山陽新幹線新山口駅設置」と「超特急停車実現」を求める運動資金150万円の募金を決定するなど、民間を中心に動きがあった[11]。「新山口駅」のほかに「山口小郡駅」などの候補も上がったが、同年9月、新幹線駅の名称は仮称通り「小郡駅」に決定した[12]。
1997年(平成9年)に山口商工会議所が「小郡駅」から「新山口駅」への改称を求めることを決議し、1998年(平成10年)には小郡町商工会が小郡町議会に要望書を提出した[13] が、山口市の一部としてみなされるのを嫌った当時の小郡町民がこれに反対したため、駅名改称とはならなかった[要出典]。
再度駅名の改称の機運が高まったのは2003年で、地元からの新幹線「のぞみ」停車への要望を受けて、JR西日本から同年10月のダイヤ改定にあわせた駅名改称の打診があったことを当時の小郡町の岩城精二町長が明らかにした[14]。このときは、平成の大合併による旧小郡町と山口市の合併が具体化しており、幾度か協議を重ねた後、駅名の改称に至った。一方、住民らによる「小郡町の将来を考える会」が町長に変更撤回を申し入れる動きもあった[15]。改称にあたってJR西日本が必要とした費用4億2880万円のうち半額を山口県と関係自治体が折半した[広報 2]。
在来線が橋上駅、新幹線が高架駅となっている。在来線改札は駅の南北をつなぐ自由通路の横にあり、新幹線改札は南口(新幹線口)にある。2015年10月2日以前は北口(在来線口)にも駅舎があり在来線改札が南北の駅舎に設けられていたが、同年10月3日に南北自由通路が開通し、南北の在来線改札口が閉鎖された上で一本化された[22]。かつては北口在来線改札口にICカード簡易読取機が設置されていたが、これはEX-IC利用客用であり、当時はICOCAそのものはサービスエリア外であったため使用出来なかった(橋上駅化時に改札外から新幹線への入場口が南口に一本化され、IC簡易改札機は撤去されている)。南口には山陽新幹線用の自動改札機とSMART ICOCA専用クイックチャージ機が設置されている。新幹線口1階(改札外)には土産物や飲食店を備えた「アイスタ新山口」(旧称:新山口駅名店街)が立地する。2階の新幹線改札口前にはジェイアールサービスネット広島が管理運営する「山口銘品館」がある[27]。
在来線は5面8線の地平ホームを有する[3]。1番のりばと8番のりばが単式で、2・3番のりば、4・5番のりば、6・7番のりばがそれぞれ島式である。かつては1番のりばの東側の切欠き部に0番のりば(山口線専用のため、架線は張っていない)があった[3]が、2010年(平成22年)3月13日ダイヤ改正限りで使用が停止され、その後嵩上げされてSL広場となった[28]。また、以前から営業列車の停車しない3番のりばも、駅改修工事時にフェンスが設置された。
山陽本線は4番のりばが上り本線、6番のりばが下り本線であり、当駅を跨ぐ列車は基本的にこれらのホームを使用する。5番のりばは中線、7番のりばは下り副本線にあたる。5番のりばより宇部・下関方面、6番のりばより防府・徳山方面への折返しが可能で当駅到着後、回送せず折返す列車はこれらのホームを使用する。6番のりばが既に他の列車で塞がっている場合、下り列車は7番のりばを使用する。また、宇部線の構内配線は他の2路線と完全に分離されており、構内にある下関総合車両所新山口支所に入線することも出来ないため、8番のりばの南に宇部線の電車が待機するための電留線が設けられている。2番のりばにはかつて山口線と山陽本線を直通していた急行列車である「あきよし」・「さんべ」の号車案内が残る。
新幹線は、16両編成対応(ホーム長410m)の相対式ホーム2面2線(内側に上下通過線2線を挟む)を有する高架ホームである[29]。構内は博多方向に向かって左方向に半径4,000mの曲線を描いている[30]。12番のりばの南側(外側)に保守用車両の出入りする側線が設けられているが、本線のホームとは高低差があり壁で遮られている(新幹線口の写真参照)。
2011年(平成23年)に開催されたおいでませ!山口国体・おいでませ!山口大会や、2015年(平成27年)の第23回世界スカウトジャンボリーの開催に合わせてバリアフリー化を行っている。2010年度・2011年度に、新幹線駅舎にエレベーターが設置され、2014年(平成26年)3月より駅舎の一部が橋上化されたのとあわせて、在来線の各ホームにもエレベーター、エスカレーター(上昇のみ、下降はなし)が設置された。
長年にわたり、小郡駅弁当(1910年創業)が営業を行っていた。2010年7月1日に経営の効率化を目指して小郡駅弁当が徳山駅弁当・下関駅弁当を吸収合併し[32]、その2駅でそれまで人気だった一部「かんばん」弁当(下関駅の「ふく寿司」等)も小郡駅弁当が販売を継続していた[33]。
その小郡駅弁当も鉄道高速化や駅舎改良に伴うコンビニや飲食店の進出に押され[33]、2015年4月30日をもって駅弁事業を含めた仕出し事業全般から撤退し[34]、山口県内から駅弁業者が消滅することになった[33]。小郡駅弁当の撤退を受け、売店を運営しているジェイアールサービスネット広島が販売継続を模索、「ふく寿司」と「SL弁当」を調理方法や包装を含めて小郡駅弁当から継承したものを広島駅弁当が製造し、5月1日から発売開始した[34]。
1日平均乗車人員は以下の通り[広報 3]。2022年度における山口県にあるJRの駅では下関駅に次いで2番目に多く、山口市では最も多い。
なお、2022年度の1日平均運輸取扱収入は2320万3千円で、JR西日本管内の駅では15位、山口県内の駅では1位。[広報 4]。
乗車人員推移 | ||
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年度 | 1日平均人数 | 備考 |
1992 | 8,534 | [広報 5] |
1999 | 7,119 | |
2000 | 7,300 | |
2001 | 7,506 | |
2002 | 7,176 | |
2003 | 7,175 | |
2004 | 7,038 | |
2005 | 7,182 | |
2006 | 7,210 | |
2007 | 7,291 | |
2008 | 7,365 | |
2009 | 7,068 | |
2010 | 7,059 | |
2011 | 7,416 | |
2012 | 7,410 | |
2013 | 7,544 | |
2014 | 7,293 | |
2015 | 7,686 | |
2016 | 7,600 | |
2017 | 7,862 | |
2018 | 8,168 | |
2019 | 7,874 | |
2020 | 4,531 | |
2021 | 5,029 | |
2022 | 6,452 |
駅北側(在来線口)が元々の旧小郡町中心部にあたり、当時からの公共施設や金融機関はこちら側に集中するが、山陽新幹線開業時に新幹線口が整備されて以降、市街地化が進展しオフィスビルが林立する。駅の南北を問わずビジネスホテルが数多く建ち、予備校・学習塾も駅周辺に多く立地する。駅周辺には明治から令和までの元号が付いた通りや公園が存在する[37]。
駅前ロータリーから山口県道214号新山口停車場長谷線が延び、山口県道335号江崎陶線(旧・国道2号)及び国道9号に接続する。国道9号は長きに渡って小郡市街地付近で2車線となっており、山口市中心部と国道2号(小郡道路)を結ぶ上でのボトルネックとなっていたが、2011年に拡幅(小郡改良、4車線化)が完了し、バイパスともなっている山口宇部道路の開通もあって、駅周辺の渋滞は軽減傾向にある。
駅南側には元々出入口が無く、椹野川右岸に広がる田園地帯だったが、新幹線駅開業時から小郡駅前第1土地区画整理事業、小郡駅前第2土地区画整理事業、小郡駅前第3土地区画整理事業の3期に分けて土地区画整理事業が施行され、現在はオフィスビルやマンションが林立する。
駅前を山口県道353号新山口停車場上郷線が通過し、国道2号小郡道路小郡インターチェンジに接続しており、山口市とその周辺地域の陸上交通の要衝に位置することもあり、支社・営業所が集積する。同インターチェンジ付近に公共施設のいくつかが移転している。
駅前正面に、小郡に縁のある種田山頭火の銅像が設置されている。
2004年(平成16年)7月29日、当時の1市3町(山口市、小郡町、阿知須町、秋穂町)で構成していた山口県央部1市3町合併協議会で、山口市役所の位置について「新市発足時は現在の山口市役所の位置とする」一方、「将来の事務所の位置については(中略)新山口駅周辺が適地であるという意見を踏まえながら、県央中核都市にふさわしい位置を考慮し、整備については新市発足後10年を目途に審議すること」との附帯決議が出された[広報 6] こともあり、合併後の山口市では山口市役所内の単独部局として「ターミナルパーク整備部」を設け、新山口駅とその周辺の整備計画「新山口駅ターミナルパーク整備事業」を進めている。2007年(平成19年)11月に整備構想、2009年(平成21年)2月に基本計画が策定された[広報 7]。
同駅北側に広がる国道9号、県道江崎陶線、県道新山口停車場長谷線に囲まれた街区の市街地整備を行う事業として2009年度から検討が始まり、2010年3月に整備方針が決定した[広報 11]。具体的には、以下の3ゾーンに分割して整備を行っていくとしている[広報 11]。
北口の駅前広場の設計については公募型プロポーザル方式による設計者選定が実施され、設計者に中原中也記念館を手がけたプランツアソシエイツ(東京)を選んだ[40]。同社の呈示したプランは「まちと駅をつなぐ『0番線』」をコンセプトに、新たな「山口の杜」となる駅前広場のあり方を提案したもので、街づくりのきっかけとなる駅前広場を通過点で無く目的地として活用するための市民との協働の取り組みが高く評価された。
設計が具体化したことで2012年度より駅改良工事に本格着手しており、2012年(平成24年)7月13日限りで既存の北口駅舎の使用を終了し、現駅舎の東端部分を改装して設けられた仮設駅舎での営業と現駅舎の解体工事を開始[41]。2014年3月10日から新通路の利用を開始した[42]。
また、新山口駅北地区重点エリア整備事業のうちAエリアの新山口駅北地区拠点施設整備については2016年に公募型プロポーザルを実施。森ビル都市企画・アール・アイ・エー・大成建設・積水ハウス・コンベンションリンケージで構成される企業グループの提案が採用された[広報 13]。
新山口駅ターミナルパーク整備事業による駅前広場整備で、2018年(平成30年)4月1日より新幹線口と在来線口にそれぞれあり、在来線口では会社ごとに分散していたバスのりば(後述)が北口駅前広場に集約され、案内所が設けられている。バス停の配置は以下の通り[広報 14][広報 15]。
なお、Tenryo Liner(天領バス)の「新山口駅」バス停は駅前広場内では無く、駅正面から約100m北のホテルアルファーワン向かいにある。
元々は駅ロータリー北側の市道沿いに複数のホームが並んでいた。防長交通の管理するバス発券窓口があり、バスカード等を販売していた。新幹線開業前からのターミナルで、中国ジェイアールバス以外の各社(防長交通・宇部市交通局)が乗入れていた。防長交通は旧山口市交通局便を含めたほぼ全便がこちらに乗入れていた。以前サンデン交通の神戸・大阪行夜行高速バス「ふくふく大阪号」が新幹線口では無く在来線口に乗入れていたのは、旧山陽急行バス時代も含めてこちらにしかターミナルを有していなかったという経緯による。
駅前広場整備の工事進捗に伴い、2013年(平成25年)10月1日から北口駅前広場開業までの間、暫定的に従来の乗り場から西に約200m移動した先(駅正面から徒歩3分)に移設されていた[広報 16]。下記は2016年2月現在の乗り場配置。
このほか、駅正面から約100m北のホテルアルファーワン前に宇部市交通局の「新山口駅(北口)」バス停[広報 14] が、駅正面から約80m北のコンフォートホテル前に防長交通の降車場[広報 15] があったが、いずれも北口駅前広場開業時に廃止されている。
駅本屋前に3本のホームがあり、中国ジェイアールバスを中心とした路線が発着していた。近郊路線は基本的に発着せず、都市間路線が発着していた。バス発券窓口があり、中国ジェイアールバスの子会社である西日本バスネットサービスが管理していた。2018年3月31日をもって発券窓口共々廃止となり、新幹線口は団体バス専用乗り場となった。
新幹線各列車、ならびに山口線の特急「スーパーおき」ならびに臨時快速「SLやまぐち号」の停車駅は、各列車記事を参照のこと。
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