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日本のコメディアン、ミュージシャン (1941-2022) ウィキペディアから
仲本 工事(なかもと こうじ、1941年〈昭和16年〉7月5日 - 2022年〈令和4年〉10月19日)は、日本のコメディアン、ミュージシャン(ギタリスト)。ザ・ドリフターズのメンバー。バンドでの担当はボーカルとギター。ドリフから派生したこぶ茶バンドメンバーとしても活動した。生前は渡辺プロダクション→イザワオフィスに所属して、同じザ・ドリフターズメンバーで既に故人となっているいかりや長介、志村けんと同様に没後もイザワオフィス所属となっている。本名は仲本 興喜(なかもと こうき)[4]。
仲本工事 | |
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YouTube | |
チャンネル | |
活動期間 | 2020年 - |
ジャンル | バラエティ |
登録者数 | 1.56万人 |
総再生回数 | 867,950回 |
チャンネル登録者数・総再生回数は 2022年12月21日時点。 |
仲本工事 | |
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YouTube | |
チャンネル | |
活動期間 | 2020年 - |
ジャンル | パチンコ |
登録者数 | 3.69万人 |
総再生回数 | 12,000,677回 |
チャンネル登録者数・総再生回数は 2022年12月21日時点。 |
当初は「仲本 こうじ」「仲本 コージ」を名乗っていた。ドリフ映画での呼び名は「メガネ」。俳優としても活動したほか、2020年からはYouTuberとしても活動していた。
1941年7月5日、東京府東京市日本橋区に生まれる[1]。生誕地、出身地については、山下武『大正テレビ寄席の芸人たち』(東京堂出版、2001年)のp.243には「東京・日本橋の靴屋の倅」と記載され、死去時のwithnews記事では日本橋で生誕後に3歳で恵比寿に転居したとされる[5]。両親は父・興徳(1901年 - 1974年)と母・静江(1921年 - 2011年、居酒屋経営者[6])で、ともに沖縄県出身だった。父は靴職人を務め、後に白金に店を開いた[5]。
渋谷区立鉢山中学校では当初野球部に入ったが帰宅が遅くなるという理由で断念し、2年生の時に設けられた体操部に入ると3年生では区の大会で個人総合優勝した[5]。また誕生プレゼントとして贈られたギターを独学で奏でるようになる[5]。東京都立青山高等学校でも体操部員となり、都の新人戦に個人総合4位の成績を残した[5]。勉学では300~370人中7番の秀才で、[要出典]将来は弁護士になることを志望していた[5]。
入学した学習院大学には体操部がなく、弁護士志望は司法試験の内容を知って断念した[5]。その後、音楽の道に踏み込む。前記の通り独学でギターを弾きこなし歌も得意だった。たまたま友達に誘われてジャズ喫茶に行った時に、何か歌えよと言われて飛び入りで歌った事が気に入れられて「クレイジー・ウエスト」に加入。同バンドのドラムには加藤茶がいた。その後、ジェリー藤尾率いるジャズバンド「ジェリー藤尾とパップ・コーンズ」のセカンドシンガーのオーディションを受け合格し(約20人中唯一)メンバーになった[5][7][8]。この時のバンジョー奏者に高木智之(後の高木ブー)がいた。
午前は大学、午後はジャズ喫茶という生活を送ったが、父親からは芸能界入りを反対されており、1964年には商工会議所への就職を決めていた[5]。そんな折に高木からいかりや長介を紹介される[5]。
高木の誘いにより1965年ドリフターズに加入。高木は、リーダーのいかりや長介に紹介するギタリストを仲本にするか、同じバンド仲間の青木健にするか少し悩んだが、いかりやがあまりに急いでいたため、すぐ連絡が取れた仲本に声をかけたと述べている[9]。前記の通り父が芸能の道に進むことを反対していたことから、いかりやが説得してメンバーとなった[5]。
1966年、日本武道館で開催されたビートルズ日本公演の前座としてドリフがステージに上がり、『ロング・トール・サリー』(邦題:『のっぽのサリー』)を仲本のリードボーカルで演奏した。
1969年10月、ドリフをメインに据えた国民的バラエティ番組『8時だョ!全員集合』がスタート。仲本もメンバーとしてグループの中枢を支える。
1976年2月19日、10年間交際していたハワイアン歌手の山北紀子と結婚、軽井沢で結婚式を挙げた[10]。
1976年4月7日にスター千一夜で自らの結婚特集を他のメンバーとともに行った、翌日にもスターどっきり(秘)報告で特集されている。
1981年、競馬のノミ行為が発覚し、志村けんとともに書類送検された。志村に比べて賭け金が大きかった事から、『全員集合』のプロデューサーだった居作昌果共々競馬法違反で略式起訴され、罰金刑を受けた。この事件は当時の新聞の社会面やトップを飾り(朝日新聞の見出しは『ノミ馬券だョ!全員集合』)、仲本と志村は以降しばらく『全員集合』をはじめとするテレビ出演を見合わせ、ドリフ全員で出演していた永谷園のふりかけのテレビCMも、仲本と志村を除く3人のみのバージョンに差し替えられるなど、芸能活動を1か月半自粛した。7月25日放送の『全員集合』での学校コントでは、仲本自身がこの件に関連したネタを披露する場面があった。なお、いかりやも一緒に関わっていたにもかかわらず、実際に摘発されたのは仲本、志村の2人だったという[11]。
俳優としての活動を展開し、1990年、水戸黄門第19部で左甚五郎役を演じる。1991年、7月、連れ子の娘が一人いた美恵と再婚[12]、1男1女を儲ける。
1997年4月から6月にかけてフジテレビ系で放送されたドラマ『総理と呼ばないで』で官房事務副長官役を演じる。2002年にはSMAPの稲垣吾郎とANAのテレビCM「超割(神様編)」で共演し、2003年6月には明治乳業「VAAM」のテレビCMで高橋尚子・高木ブーと共演する。2004年にはサザンハリケーン(学習院大学の後輩)のCDジャケットに、2006年にはRAG FAIRのアルバム『オクリモノ』のテレビCMにも登場した。
2006年6月、所属事務所を通じて、美恵と2004年に離婚していたことを発表した[12]。
2012年7月、27歳下の歌手・三代純歌と3度目の結婚(事実婚[3])を発表。7月14日に新高輪プリンスホテル「飛天」で披露宴を行った。仲本が三代の楽曲『恋待ちつぼみ』のプロデュースをしたことがきっかけとなり、2006年頃から交際を開始。2008年にはデュエット曲『この街で』を発表している。
2020年9月21日、YouTubeを始めること、Twitterを始めることを発表した。同日は母の誕生日で、その日に合わせての発表になった[13]。
同年3月にドリフターズのメンバーであった志村けんが新型コロナウイルス感染症により死去し、その後に行われた志村を偲ぶ行事にメンバーとともにしばしば参加しており、後述の事故4日前の群馬県高崎市の高崎タカシマヤで行われていた「志村けんの大爆笑展」でのイベントに高木ブーと参加したのが生前最後の仕事となった[14]。
週刊新潮2022年10月20日号に娘が仲本の家が不衛生な状態でペットの飼育をしていると話した[15]。
2022年10月18日午前9時12分頃、仲本は横浜市西区浅間町5丁目の信号機がなく歩行者横断禁止となっている交差点を横断中、73歳の男性が運転するワンボックスカーにはねられ頭などを強く打つ重傷を負った。事故直後は頭部や顔面からの出血が多く、意識が朦朧として受け答えが出来る状態ではなかった。仲本は横浜市内の病院に救急搬送され、緊急手術など集中治療を受けた[16][17][18]。事故の急報を受けて仲本の内縁の妻の純歌や事務所関係者が病院に駆け付け、さらには高木と加藤のほか、仲本夫妻と親交のあった渡部絵美も面会のために病院を訪れている[19][20]。術後の容体は最後まで意識が戻ることなく、翌10月19日午後10時22分、交通事故による急性硬膜下血腫のため横浜市内の病院で死去した[21][22][23]。81歳没。最期は妻の純歌、娘、事務所のチーフマネージャーに看取られたという[19]。22日に仲本の通夜、23日に告別式が近親者のみで執り行われ、その後、都内の桐ヶ谷斎場で荼毘に付された。告別式には喪主の仲本の長男をはじめ[24]、事実婚の妻・純歌とその知人、高木とその娘・加藤夫妻・いかりやの長女であるまゆみ[25]、志村の長兄である知之[26]らが参加した。
仲本は同年11月、東京芸術劇場での舞台に出演する予定になっていた[27]。仲本の死去を受け、BSフジで日曜夜に放送している『ドリフ大爆笑』は仲本を追悼するテロップを掲出することとなった[28]。また配信番組である『もリフのじかん』も、10月23日分については中止すると発表した[29]。 高木によると、仲本には初孫が生まれたばかりだったという[30]。 日本テレビの石澤顕社長は「残念でならないということに尽きます」と追悼した[31]。
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