医療事故
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医療事故(いりょうじこ、英: Medical malpractice)は、一般に医療に関する事故をいう。
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定義
医療法に基づく定義
→「医療事故調査 § 対象となる医療事故」も参照
医療法により新たに定義された「医療事故」は,「提供した医療に起因し,又は起因すると疑われる死亡又は死産であって,当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったものとして厚生労働省令で定めるもの(6条の10)」とである。通常の用語と概念をことにしている。
すべての病院、診療所、助産所の管理者は、該当する事故が発生した場合は、滞りなく医療事故調査・支援センターに報告しなければならない(6条の10)。
厚生労働省による定義
厚生労働省リスクマネージメントスタンダードマニュアル作成委員会によると、次のように定義されている[1]。なお、医療過誤は医療事故の一類型とされている[1]。
医療に関わる場所で、医療の全過程において発生するすべての人身事故で、以下の場合を含む。なお、医療従事者の過誤、過失の有無を問わない。ア 死亡、生命の危険、病状の悪化等の身体的被害及び苦痛、不安等の精神的被害が生じた場合。
— 「リスクマネージメントマニュアル作成指針」
イ 患者が廊下で転倒し、負傷した事例のように、医療行為とは直接関係しない場合。
ウ 患者についてだけでなく、注射針の誤刺のように、医療従事者に被害が生じた場合。
医療事故の例
- 例1:患者が廊下を歩行中に転倒し怪我をした。
- 市中においては当人の自己責任とされる事でも病院内においては医療者が患者の安全を確保しなければならない[2]。それと引き換えに、患者は医療者の指示を厳守する義務を負う。
- 例2:看護師が自分の手に注射針を刺し、事故を生じた[3]。
- B型肝炎やHIVなどのように、医療者にとって感染により命にかかわる場合も存在する。また、特に女性看護師はストーカー行為やセクハラ行為、患者による暴力行為の危険にも晒されており(→モンスターペイシェント)、このような事案のどこまでを医療事故とするかの線引きは難しい。
医療事故の大規模調査
アメリカ合衆国
アメリカ合衆国においては、これまで医療事故による死亡率が正しく議論されてこなかったという批判を受け、医療事故による死亡が(最も多く見積もれば)米国の死因の一位になった試算と共に、個人の断罪に終わることなく再発防止を主眼に置いたシステムを構築するよう提言が出されている。2006年の報告では、毎年150万人が医療ミスの影響を受け、40万人が薬害を受け、薬剤関連障害は8億8700万ドルの余剰医療費を必要としたと報告している。また、誤診の数トップ5は感染症、腫瘍、心筋梗塞、肺塞栓症、心血管疾患と報告されている。[4][5][6]。
日本
こうした米国の動きおよび前記のような事案がマスコミを賑わした事を受け、日本でも2001年度より厚生労働省が全国の病院から医療事故の情報を収集している[7]。
そのため2014年、医療法施行規則一部改正にて、特定の医療機関には事故情報の報告が義務づけられた[8]。同規則において事故情報の提出義務があるのは 国立病院、大学付属病院、特定機能病院のみであるが、その他の医療機関においても、登録分析機関に参加登録申請をすることにより、義務機関と同様の報告をすることが可能である[8]。2013年12月31日現在では報告義務対象医療機関以外にも691の医療機関が参加登録申請をしている[9]。
その後、2015年10月1日より改正医療法が施行され医療事故調査制度が実施されるに伴い,全ての医療機関において「医療事故」該当性のある死亡又は死産に対し,院内事故調査が義務づけられた。
医療事故予防
医療事故を予防するための対策が各病院で行われている。ここでは、その一例を紹介する[10][11]
- 安全管理体制の整備
- 安全管理体制の指針作成
- ヒヤリ・ハット事例の報告とまとめ
- ヒヤリ・ハット事例になる段階ですでにヒューマン・エラーの入り込む余地があると考えられる。
- 院内報告制度の確立
- 職員研修の定期実施
- 医療安全管理者の配置
- 医療安全管理部門の配置
- 患者からのアンケート収集
- 患者相談窓口の設置
- 病院同士の情報交換
救済制度
→「医療訴訟」も参照
- 名古屋弁護士会所属の弁護士の加藤良夫(南山大学法科大学院教授)などが中心になって、医療事故被害者を救済する制度(無過失補償制度)が提唱された[12]。医療事故の無過失補償制度は、スウェーデンやフィンランド、ニュージーランドなどの国において、既に実施されている。
- 日本では2009年より産科医療補償制度が開始され、同制度に加入している分娩機関の場合には補償が受けられるようになった。
- 医療事故のうち医薬品が関係する場合は、2002年に制定された医薬品副作用被害救済制度で救済制度が設けられている。
事故事例の一覧
戦前
戦後
- 1948年12月
- 全国規模でジフテリアやBCGの予防接種による中毒者が続出。児童を中心に重い後遺症に苦しむ患者が続出し、特に京都では68名の死者が発生。戦後まもない状況でワクチンの無毒化が十分でなかったことが原因。→詳細は「京都・島根ジフテリア予防接種事件」を参照
- 全国規模でジフテリアやBCGの予防接種による中毒者が続出。児童を中心に重い後遺症に苦しむ患者が続出し、特に京都では68名の死者が発生。戦後まもない状況でワクチンの無毒化が十分でなかったことが原因。
- 1951年8月2日…福井県、国立鯖江病院(現・公立丹南病院)
- 看護師が2人の入院患者の治療としてブドウ糖注射をしようとしたところ、誤って麻酔用の薬剤(ヌペルカイン)を注射したため、2人とも昏睡状態になり、数分後に死亡。
- 1956年5月15日
- 1956年5月17日
- 1964年5月29日…国立東京第一病院(現・国立国際医療研究センター)
- 1965年12月
- 1966年4月21日…岩手県、岩手県立南光病院
- 1967年8月…東京都、東京都立築地産院(1999年に廃院し、東京都立墨東病院と統合)
- 33歳女性が女児を出産後、出血多量で死亡。医師の輸血ミス。
- 1969年4月4日…東京大学医学部附属病院
- 1969年4月27日…千葉大学医学部附属病院
- 1972年9月19日…関西医科大学付属病院(現・関西医科大学附属滝井病院)
- 血液型不適合輸血(O型の男児にAB型を輸血され死亡)が発生。担当医師が書類送検される。
- 1973年ごろ
- 乳幼児への筋肉注射の副作用として大腿四頭筋短縮症が多発し、社会問題となる。
- 1973年2月28日…兵庫県、西宮市立中央病院
- 1973年4月5日…岩手県、岩手県立大船渡病院
- 院内で悪性の膿疱疹が蔓延。21名が感染し、4名死亡。病院の管理体制の不備が原因。
- 1973年4月29日…東京都、町田市立中央病院(現・町田市民病院)
- 手術後に死亡した女性入院患者の火葬した遺体から手術用鉗子が発見され、手術中に置き忘れたものではないかとして問題になる。
- 1975年…埼玉県浦和市の病院
- 1975年3月22日…広島県呉市、産婦人科病院(開業医、現存せず)
- 1975年7月10日…広島県因島市、開業医(現存せず)
- 1976年7月26日…和歌山県、和歌山日赤病院(現・日本赤十字社和歌山医療センター)
- 1976年9月29日…奈良県、奈良県立医科大学附属病院
- 女性患者が子宮外妊娠手術の際、医師の機器の取り扱いミスから酸素ではなく笑気ガスを患者に送ってしまう。女性は意識不明のまま、約2ヶ月後に死亡。
- 1976年12月6日…新潟県、新潟鉄道病院(現・JR新潟鉄道健診センター)
- 38歳女性が子宮筋腫の手術後、看護師が投薬ミスで食欲を増進させる薬を大量に飲ませてしまう。女性は直後にショック症状を引き起こして昏睡状態となり死亡。
- 1976年12月25日…京都府、石野外科病院(現・脳神経リハビリ北大路病院)
- 入院、手術後に急死した43歳男性の火葬遺体から手術用鉗子が発見される。
- 1977年2月19日…宮城県、石巻赤十字病院
- 1977年2月25日…広島県の病院
- 1977年3月…宮崎県、大迫外科病院(現存せず)
- 1977年7月8日…埼玉県、高木外科内科病院(現・高木クリニック)
- 1977年12月22日…福島県、磐城共立病院(現・いわき市立総合磐城共立病院)
- 手術後に急死した男性入院患者の体内から手術用の鉗子が発見される。
- 1978年4月30日…国立東京第二病院(現・国立病院機構東京医療センター)
- 1979年6月16日…大分県、九州大学温泉治療学研究所付属病院(現・九州大学病院別府先進医療センター)
- 1979年10月30日…宮崎県延岡市、開業医
- 1980年5月23日…東京都、三井記念病院
- 1982年2月…北海道、札幌医科大学医学部付属病院(現・札幌医科大学附属病院)
- 1982年4月6日…東京都、公立学校共済組合関東中央病院
- 1982年4月20日…東京都八王子市、歯科医院(開業医、現存せず)
- 69歳の院長が3歳女児の歯の治療の際、歯に「フッ化ナトリウム」を塗るところを誤って劇薬の「フッ化水素(フッ化水素酸)」を塗ってしまい、女児を急死させてしまった。院長の妻が材料業者に「フッ素を持ってきてほしい」と電話で注文し、業者が誤って「フッ化水素酸」を配達。その後院長が十分に確認しないで使用したことが原因。院長のショックは大きく、女児の通夜の席で脳血栓を発症して倒れ入院。回復して退院した後の1983年2月24日、東京地裁八王子支部において禁錮1年6ヶ月、執行猶予4年の有罪判決を受けた。その後この歯科医院は院長が自主廃業し建物も解体された。現在跡地は一般住宅が建っている(八王子市歯科医師フッ化水素酸誤塗布事故)
- 1982年6月…東京都、国立小児病院(現・国立成育医療研究センター)
- 1歳女児の心臓手術の際、執刀医が誤って大動脈を糸で縛って急死させる事故が発生。この手術ミスが発覚したのが翌年の1月3日だったために問題視され、当時の院長が厚生省より厳重注意処分を受けている。
- 1982年11月…東京都、荻窪病院
- 1983年6月13日…北海道士別市、産婦人科医院(開業医、現存せず)
- 1983年10月27日…大阪府池田市、産婦人科・小児科医院(開業医)
- 1984年5月…愛知県、国立名古屋病院(現・国立病院機構名古屋医療センター)
- 1984年5月9日…富山県、高岡市民病院
- 1984年9月7日…兵庫県、兵庫県立こども病院
- 生後8ヶ月の女児の手術の際、酸素と笑気ガスを間違えて吸引させ、女児は遷延性意識障害になってしまった。
- 1984年9月24日…岩手県、岩手県立中央病院
- 9月7日の事故と同じく、手術の際の酸素と笑気ガスのバルブ取り扱いミスで35歳主婦が遷延性意識障害になったことが判明。どちらも単純なバルブ取り付け時の確認ミスであり、相次ぐ麻酔の取り扱いミスに厚生省は異例の警告文を出している。
- 1984年10月10日…熊本県、球磨郡公立多良木病院
- 盲腸の手術を行った男性患者が麻酔ミスで意識が戻らずに死亡する事故が発生。手術前に行った麻酔設備工事の際、施工業者の杜撰な手抜き工事で麻酔用の挿入パイプを付け間違えるミスを犯していたことが判明し、郡と病院が業者を告訴する事態に発展した。
- 1987年7月26日…三重県、三重大学医学部附属病院
- 1987年9月29日…福島県、市立総合磐城病院(現・いわき市立総合磐城共立病院)
- 1987年12月…佐賀県、国立嬉野病院(現・国立病院機構嬉野医療センター)
- 患者2名が手術中の麻酔ミスで死亡。治療棟の増設工事の際、業者が酸素と笑気ガスのパイプをつなぎ間違えていたのが原因。
- 1988年10月25日…鹿児島県鹿屋市、国立ハンセン病療養所の国立療養所星塚敬愛園
- 1989年…大阪府、箕面市立病院
- 1990年10月21日…愛知県、ヤトウ病院・愛知医科大学病院
→詳細は「丹羽兵助 § 1990年の選挙違反、刺殺事件」を参照
2000年〜
- 2001年3月2日…東京女子医大事件
- 2002年11月8日…慈恵医大青戸病院事件
- 前立腺癌の患者に対する腹腔鏡下手術で、約1カ月後の12月8日に死亡した。
- 2003年2月3日…香川県、高松赤十字病院
- 2005年4月…佐賀県、佐賀大学医学部附属病院
- 2006年4月…京都府、京都大学医学部附属病院
- 2006年7月…大阪府、東大阪市立総合病院
- 2007年5月…東京都中央区の歯科医院
- 2008年2月、香川県、香川県立中央病院
- 2008年3月…愛知県、名古屋大学医学部附属病院
- 2008年〜2014年…千葉県がんセンター
- 2009年6月…大阪府、東大阪市立総合病院
- 2009年6月 - 2012年9月…福岡県、産業医科大学病院
- 2009年11月…大阪府、大阪大学医学部附属病院
- 2009年以降…愛媛県、今治市内の産婦人科医院
- 2010年9月…奈良県、健生会土庫病院
- 2010年12月、大阪府内の私立病院
- 2011年 - 2014年…群馬大学病院腹腔鏡手術後8人死亡事故
- 2011年1月…大阪府、大阪市立大学医学部附属病院
- 2011年5月…福岡県、福岡大学病院
- 2011年8月…宮城県、石巻赤十字病院
- 2011年10月…京都府、京都大学医学部附属病院
- 2011年11月…京都府、京都大学医学部附属病院
- 2011年12月…愛媛県、愛媛県立中央病院
- 2012年4月、大阪府、大阪市立大学医学部附属病院
- 2012年6月…徳島県、徳島大学病院
- 2012年6月…東京都、さくらクリニック
- 2012年8月…兵庫県、宝塚市立病院
- 2012年9月 - 2014年2月…千葉県、千葉県がんセンター
- 2013年4月…神奈川県、横浜市立大学附属病院
- 2013年6月…兵庫県、兵庫県立こども病院
- 2013年6月…熊本県、熊本大学医学部附属病院
- 2013年11月…兵庫県、兵庫県立淡路医療センター。
- 2013年12月…東京都、国立成育医療研究センター病院
- 2014年1月…福岡県、九州労災病院
- 2014年2月…東京都、東京女子医科大学病院
- 2014年4月…東京都、国立国際医療研究センター
- 2014年7月21日…大阪府、大阪市立大学医学部附属病院
- 2014年7月…東京都、東京女子医科大学病院
- 2014年9月…兵庫県、県立加古川医療センター
- 2014年12月 - 2015年3月…兵庫県、神戸国際フロンティアメディカルセンター
- 2015年4月 - 6月…千葉県、千葉市立海浜病院
- 心臓や大動脈などの手術を受けた50-70歳代の患者計7人が、手術から1-20日後に死亡していたことが明らかになった[60]。
- 2015年6月…東京都、順天堂大学医学部附属順天堂医院
- 2015年7月…兵庫県、製鉄記念広畑病院
- 2015年10月…東京都、東京慈恵会医科大学附属病院
- 2015年…東京都、東京大学医学部附属病院
- 2015年11月…群馬県、群馬大学医学部附属病院
- 2015年7月…2016年12月…東京都、日本大学医学部附属板橋病院
- 2016年1月…大阪府、堺市立総合医療センター
- 2016年7月 - 2017年5月…東京都、東京都健康長寿医療センター
- 2016年8月…長崎県、国立病院機構長崎川棚医療センター
- 2017年6月…山梨県、山梨県立中央病院
- 2017年9月…大阪府、大阪市立総合医療センター
- 2018年2月…神奈川県、横浜市立大学附属病院
- 2018年6月…千葉県、千葉大学医学部附属病院
- 同病院において、コンピュータ断層撮影装置(CT)画像の見落としにより、癌患者2人が死亡していたことが明らかになった。30歳代から80歳代の患者計8人について、CT画像の見落としがあり、うち4人について診療に影響が生じ、2017年6月に肺癌患者が、12月に胃癌患者がそれぞれ死亡している[73]。
- 2018年8月…鹿児島県、鹿児島大学病院
- 2018年8月…山口県、国立病院機構関門医療センター
- 2019年9月から2020年2月にかけて…兵庫県、赤穂市民病院
- 脳神経外科で8件の医療事故が立て続けに発生。詳細は赤穂市民病院#脳神経外科医療事件。
- 2020年11月…千葉県、千葉県立佐原病院
- 2020年12月…兵庫県、兵庫県立西宮病院
- 同病院で胆のうの全摘出手術を受けた40代女性の体内に、切除部位を入れるポリエチレン袋を残す医療ミスが発生した。その後1時間後に50代の男性執刀医が気付き、再手術を行って袋を取り除いた。女性の健康状態に問題はないという。[77]
- 2021年1月…大阪府、ヴェリテクリニック大阪院
医療事故が疑われたが、医療事故ではなかったとされたケース
- 1999年7月…杏林大病院割りばし死事件
- 7歳の男児が綿菓子の割り箸を咥えたまま転倒し、喉に刺さって折れた。男児は割り箸を自力で引き抜いた後病院に搬送された。医師は傷口を確認して軽傷と判断し、また男児の意識にも問題なかったため処置後帰宅させたが、翌日死亡。司法解剖の結果、喉の奥に割り箸の破片が刺さっており、脳まで達していたことが判明した。医師が業務上過失致死容疑で書類送検されたが、9年に渡る裁判の結果、予見は困難であり救命は不可能だっとして刑事・民事とも医師と病院の責任は否定され、無罪が確定した。しかしこの訴訟と一連の報道により医療崩壊が大きく進行したとされる。
脚注
関連項目
外部リンク
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