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精神障がいの一つ ウィキペディアから
双極性障害(そうきょくせいしょうがい、英: bipolar disorder、ドイツ語: bipolare Störung)は、通常の気分をはさんで躁病(そうびょう)と抑うつの病相(エピソード)を呈する精神障害である[1][2][3][4]。ICD-10と以前のDSM-IV( 1994年)では、うつ病とともに気分障害に分類されている[5]。ICD-10における診断名は双極性感情障害であり[6]、古くは躁うつ病(そううつびょう、躁鬱病)と呼称された。
双極I型障害と、より軽い軽躁病のエピソードを持つ双極II型障害とがある。双極性障害の躁状態、うつ状態はほとんどの場合、回復するが、90%以上再発する。単極性の(躁病のない)うつ病とは異なる経過をたどる。また発病のメカニズムや使われる薬は異なる。
気分安定薬による予防が必要となることが一般的である[7]。双極II型障害に対しては証拠が少なく薬物療法はケースバイケースで判断される[8]。生活習慣の改善が必要となる[7]。障害とは生涯にわたってのつきあいとなる。
世界保健機関(英: World Health Organization、略称:WHO)は世界で6000万人が罹患していると推定している[3]。好発年齢は25歳で[9]、初回発病は15から19歳からであり12歳以下は稀である[2]。35歳以上でも別の原因が念頭に置かられる[10]。一卵性双生児における一致率は50から80%と、二卵性双生児 (5から30%) よりも高いことから、遺伝要因の関与が高いことが指摘されている[11]。
適切な薬物療法と心理社会的治療の併用により、回復することができる(治療法については、「双極性障害#治療」を参照)[12]。
双極性障害は、躁病を伴う双極I型障害(英: bipolar I disorder)と、軽躁病を伴う双極II型障害(英: bipolar II disorder)に区分される[2]。躁病、または混合状態が1回認められれば、双極I型障害と診断される。抑うつと躁病と、これらの症状のない寛解期とをはさみながら循環することが多い。躁病あるいは抑うつから次のエピソードまでの間隔は平均して数年間である。また、躁病と抑うつの症状が混ざって出現する混合状態(混合性エピソード)が生じる場合もある。
一方で、双極II型障害では、抑うつと軽躁病のエピソードのみが認められる。軽躁病は、患者や家族には病気とは認識されにくいため、自覚的には反復性のうつ病であると考えている場合も多い。症例によっては特定の季節に再発を繰り返すこともある。抑うつから急に躁状態になること(躁転)はまれでなく、一晩のうちに躁転することもある。また1年のうちに4回以上の抑うつエピソード、躁病エピソードを繰り返すものを急速交代型(英: Rapid Cycler)と呼ぶ。
双極性障害の診断は専門家であってもしばしば困難である。とくに、純粋な単極性うつ病から、双極性障害を原因とした抑うつを鑑別することは困難である。若年発症では、最初のいくつかのエピソードは抑うつである可能性が高い[13]。双極性障害の診断は躁病または軽躁病エピソードを必要とするため、多くの患者は最初の診断および治療ではうつ病とされていた[14]。
双極性障害の患者には、なんらかのパーソナリティ障害が伴っているケースが高いことが、統計的に確立している[2]。その中でも、境界性パーソナリティ障害を疾患にもつ患者の双極性障害の確率が高いとされている。双極性障害の研究の第一人者であるハゴップ・アキスカルは、はじめ抑うつ神経症、境界性パーソナリティ障害と気分障害に関する研究を行っていたが、双極性障害を限定的に定義する診断基準に疑問を持っていた。「三環系抗うつ薬で躁転を示す気分失調症は双極型とすべきである」「思春期前にも躁・軽躁エピソードが見られる」「双極性障害は社会的適応、対人関係、薬物乱用に影響する」など指摘。多くの症例を双極スペクトラム概念としてとらえる必要性があると説いた。それ以前にもクレペリンが双極性障害の様々な経過類型について記述しており、双極性障害を一元的にとらえていたとされる[15]。
躁病とは、気分の異常な高揚が続く状態である。躁病の初期には、患者は明るく開放的であることもあるが、症状が悪化するとイライラして怒りっぽくなる場合も多い。自覚的には、エネルギーに満ち快いものである場合が多いが、社会的には、離婚や破産など種々のトラブルを引き起こすことが多い。アメリカ精神医学会によるガイドラインDSM-IV-TRによる躁状態の診断基準は、以下の症状がAを含む4つ以上みられる状態が1週間以上続き、社会活動や人間関係に著しい障害を生じることである[16][17]。
双極性障害の抑うつは単極性のうつ病と症状が似ており、完全に区別はできない。うつ病と異なり、抗うつ薬の処方は躁転させる危険性が高いため、出来るだけ処方を控えるようになっている。特に、三環系抗うつ薬と呼ばれる古いタイプの抗うつ薬では、躁転、急速交代化など、悪化する恐れがある。単極性のうつ病に比べると、難治な傾向があると言える。DSM-IV-TRによるうつ状態の診断基準は、以下の症状が5つ以上みられる状態が2週間以上続き、社会活動や人間関係に著しい障害を生じることである[16][17]。これらの症状のうち少なくとも1つは、(1)抑うつ気分、あるいは(2)興味または喜びの喪失である。
抑うつの特徴と躁病の特徴が両方見られる状態を指す。行動は増えているのに気分はうっとうしいという場合が多いため、自殺の危険性が高い。DSM-IV診断基準では、混合状態が出現した場合、双極I型障害と診断される。近年、DSM-IVの混合性エピソードの診断基準を完全に満たさなくても、ある程度、躁病と抑うつが混在していれば混合状態と見なす立場もある。焦燥が強いうつ状態を抑うつ混合状態と呼ぶ場合がある。その場合は、双極II型障害でも混合状態が見られることになる。DSM-IV-TRによる混合状態の診断基準は、躁病エピソードの基準と抑うつエピソードの基準が1週間以上にわたり続き、社会活動や人間関係に著しい障害を生じることである[16]。
躁病と類似しているが、入院するほど重篤ではなく、精神病性の特徴(幻聴・妄想)もないなど、社会生活に大きな支障をきたさないことが特徴である。期間の面でも、躁病は7日以上とされているのに対し、軽躁病は4日間以上とされている。過去の軽躁病を的確に診断することは容易ではない。DSM-IV-TRによる 軽躁病の診断基準は、以下の症状がAを含む4つ以上みられる状態が4日間以上続くことである[16][17]。
本人にとって、この状態を自覚することは難しい。そのため、医師にそのことを伝えることができず、症状の把握が難しいといえる。また、周りから見ても、いつもより仕事ができる、意欲が高い、熱心に仕事をしているという風にしか見えず、異常な状態であると認識されることはまずない。患者のなかにはこのエピソードの時に仕事で成功することが多い。しかし、疲れを知らず、睡眠時間を十分にとらない為、気がつかないまま、精神的にも肉体的にも疲労し、やがて大きく落ち込むことになる。そして再び抑うつエピソードを迎える。そのとき、軽躁病の時の行為を後悔することが多い。それが原因で自殺するものもいる為、II型であっても安全であると言うことはないことに注意しなければならない。
生活記録をつけるなど、客観的に生活を把握することが大事である。さらにそれを医師と共有して、的確な指導を受けることが必要である。また、家族にも協力を仰いで軽躁病エピソードの把握や助言を得なければならない[19]。
躁病から病気が始まれば双極性障害と診断可能である。抑うつから始まった場合には、うつ病と診断されることになり、明確に躁病あるいは軽躁病が現れるまでは適切な治療は実施できないことになる。診断が難しい。肉親に双極性障害の人がいる場合や、発症年齢が若い(25歳未満)場合、幻聴・妄想などの精神病性の特徴を伴う場合、過眠・過食などの非定型症状を伴う場合などは、双極性障害の可能性が高まる。身体愁訴などの症状は少なく、精神運動制止が強いなどの特徴がある。自覚的にはうつ病であっても、親が双極性障害を持っている場合は、それを伝えることが望ましい。病前性格は社交的で気分が変わりやすい傾向(循環気質)が見られるとされ、うつ病に特徴的な執着性格やメランコリー親和型性格とは異なるとされてきた。しかし、前向き研究では確認されておらず[20]、最近ではこうした性格は、既に気分循環症を発症していたと考える方向にある。
正常な気分の変動では、悲しみや高揚はあるが著しい苦痛や機能障害はない[10]。特に35歳以上で初めて発症した場合には、身体疾患や抗うつ薬、薬物の影響の可能性が念頭に置かれる[10]。
躁病エピソードは素人でもわかるくらい分かりやすい[21]。軽躁病エピソードしかない場合には双極II型障害であり、また軽躁病の期間が短いとか治療薬や薬物の影響があるとか、長く抑うつを呈していた人が正常な気分であるときに高揚とか変な感じを訴えたりもするため鑑別が難しく、家族歴が参考となることもある[22]。
双極性障害では合併も多い[2]。
双極II型の場合、50から60%の確率で並存が認められ[23][要出典]、2つ以上であることもまれではないという[24]。並存として多いものには、アルコールや薬物依存症が約30%[25]、過食症やむちゃ食い障害が13から25%[26][27]、パーソナリティ障害(特に境界性パーソナリティ障害)が30から40%[28]、パニック障害などの不安障害、などがある[2]。その他としては、ブリケ症候群、月経前緊張症候群、注意欠陥・多動性障害 (ADHD) などもある[2][29]。なお、双極性障害との鑑別がつきにくい疾患もある[30]。
ADHDでは気分の高揚はない[22]。子供のイライラやかんしゃくはほとんどが正常か、注意欠陥多動性障害 (ADHD) などであり、流行する診断名に巻き込まれないよう[10]。ほとんどかんしゃくは非常に短期間であり、ここでいうエピソード的ではない[36]。#子どもの双極性障害も参照。
光トポグラフィーが、治療抵抗性のうつ病でかつ、統合失調症や双極性障害との鑑別が疑われる場合に使用されることがあるが、2016年に日本うつ病学会は、適切な診断を経ていない検査のみによる診断に注意を促している[38]。
双極性障害は遺伝要因の影響が強い。一卵性双生児の一致率は、サンプルサイズや診断基準によって多くの異なる報告があるが、40-80%程度である。 双子研究から推定された遺伝率は、研究によって異なるが80%前後と高い値を示すものが多い[39](遺伝率は個体間の差異のうち遺伝によって説明できる割合のことで、親から子に遺伝する確率ではない)。
双極性障害は遺伝に関係するとされているが、I型からはI型が、II型からはII型が遺伝するため、I型とII型は別の遺伝子に起因するものであると言われている。
関連遺伝子を多数持ち[40]、潜在的リスクのある人が、ストレスなどの外的要因[40]にさらされた時に発生すると考えられ、統合失調症と同様に、ストレス脆弱モデルという概念で説明されうる。メンデルの法則に従わないこと、一卵性双生児であっても発症の有無は70%程度しか一致しないことなどから、遺伝病とはみなされない。遺伝要因があっても生活習慣で回避できる可能性はある。社会リズムを保つことや、薬物乱用、ストレスを避けることなどは意義があると考えられる。
家庭内の感情表出のレベルが高い(批判的、敵意、過度の感情的巻き込まれ)と、双極性障害や統合失調症や認知症などの精神疾患の発症の危険因子とされる[41][42]。
双極性障害は、神経細胞の細胞内のカルシウムイオンの制御能が変調をきたしているとの説がある[40]。リチウムイオンやバルプロ酸も、カルシウムシグナリングに影響し、作用する可能性も指摘されている。
しかし、はっきりとした原因や発病機構は分かっておらず、現在研究が進められている。
近年、グルタミン酸作動性神経伝達やミクログリアの異常が示唆されている[43]。
2017年1月24日、藤田保健衛生大学(現・藤田医科大学)や理化学研究所、東京大学、大阪大学など全国32の大学・施設・研究チームによる共同研究で、日本人の双極性障害に関連する遺伝子の存在を明らかにした[44][45]。11番染色体にあるFADS遺伝子は血中脂質濃度に関わり、この遺伝子中の特定配列をもつ人は発症リスクが1.18倍にもなるという。また白色人種を対象とした研究では先の研究結果を分析し、発症に関わっているとみられる別の遺伝子などもみつかっている。海外では2016年末時点までに双極性障害のリスクとなる遺伝子配列は20種弱特定されているという。
180年未満
180年から185年
185年から190年
190年から195年
195年から200年
200年から205年 |
205年から210年
210年から215年
215年から220年
220年から225年
225年から230年
230年を超える |
双極性障害は世界で6番目に増加しつつある疾患であり、生涯有病率は3%である[46][47]。生涯有病率は、米国ではおよそ4%[48]、英国ではI型が成人の1%、II型が0.4%ほどであった[2]。日本では、生涯有病率は約0.2%とかなり低い[49]。この生涯有病率の国別での違いは、人種の違いや環境要因などによる可能性のほか、研究方法の問題点(回収率など)、診断の困難さ、国家間による双極性障害の治療のレベルの差の関与も考えられ、未だ結論は得られていない。うつ病と違い、明確な男女差はみられない[49]。
12か月有病率 | 生涯有病率 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|
男性 | 女性 | 合計 | 男性 | 女性 | 合計 | |
双極性障害I型 | 0.0% | 0.06% | 0.03% | 0.1% | 0.06% | 0.08% |
双極性障害II型 | 0.07% | 0.12% | 0.09% | 0.11% | 0.16% | 0.13% |
大うつ病性障害(うつ病) | 1.17% | 3.08% | 2.13% | 3.84% | 8.44% | 6.16% |
気分変調症 | 0.2% | 0.44% | 0.32% | 0.35% | 1.08% | 0.72% |
双極II型に関しては定義が曖昧であることもあり、データにはばらつきがある[50]。これらの地域差は、面接の仕方や参加者の偏りなどによりバイアスがかかった結果である可能性もあるが、遺伝的要因、環境因である可能性も捨てきれず、今後の研究が待たれる[30]。
躁・うつの再発を予防するための気分安定薬を中心とした薬物療法と、再発をコントロールしたり再発の兆候をモニターするなどの心理教育や、対人関係のストレスへの対処や社会リズムを一定に保つことを目指す対人関係社会リズム療法 (IPSRT) などの心理社会的治療が治療の両輪となる[1]。定期的なフォローアップが必要とされる[1]。再発率が高いため、生涯にわたっての予防とコントロールが必要である[1]。
以下のような心理社会的治療は、I型・II型の両方に有効とされる。薬物療法との併用でのみ推奨される[8]。
再発予防のために、服薬の継続性を高め、ストレスを管理する際、次のような内容を患者に教育する[51][52]。
第一に、躁状態やうつ状態が病的なものであると認識し、生活習慣を変えるよう助言する[7]。本人は、躁状態を心地良く感じ、病気であると思わないことや、躁状態に戻りたいとさえ考える人もいる(病識の欠如)[7]。
また、再発を繰り返す可能性のある慢性疾患であり、長期的治療を必要とすることを認識する。例えば糖尿病・高血圧などの慢性疾患のように、完全に治癒(服薬が必要ない状態)することはなく、最低2年間の服薬継続が必要と説明する[53]。再発の兆候を早期に発見する方法を考え、その際は医師と相談するよう教育する[7]。再発につながりやすいストレスを予測し、ストレスの乗り越え方(ストレス管理)を考える[7]。規則正しい睡眠時間を確保し、またアルコールや、その他の精神作用物質の摂取を避けるべきである[7]。生活習慣の改善は、永続なものとなりえることを認識する[7]。
社会的ネットワークの再活性化を提案する[7]。さらに重大なライフイベント(死別など)があった際には、支援を求める必要があることを教育する[7]。
日本うつ病学会の双極症委員会は、患者や家族向けに「双極症とつきあうために」を公開しており、これを用いて心理教育を行うことも有用とされている[54]。
うつ病にも用いられる対人関係療法 (IPT)に、社会リズム療法 (SRT) を組み合わせた治療法。再発予防に対する有効性が報告されている[55]。
対人関係療法では、重要な他者との良好な関係構築に向けた支援や、良い人間関係を築くための考え方とスキル習得のサポートなどを通じて、対人関係のストレスを減らし、生活上の変化に適応しやすくすることを目指す[56][57]。
社会リズム療法では、生活リズムの乱れ(徹夜など)が症状の悪化につながることから、生活リズムを一定にすることを目指す[57][58]。具体的には、生活の時間(起きる時間、食事の時間、寝る時間など)を記録し、日々の生活リズムをモニターしながら、ストレスの少ない生活リズムをルーティン化できるようサポートする[57][58]。
双極性障害に対する認知行動療法は[51][52][59]、うつ状態では、否定的自動思考などの認知のゆがみに焦点を当てて修正したり(「認知のゆがみ#認知の改善」を参照)、日常生活の中で楽しみや達成感を感じる活動を増やし活動性を高めることで気分を改善させたりする(「行動活性化」を参照)という、単極性うつ病と同様の目的でも用いられる(詳細は、「うつ病#認知行動療法」を参照)[60]。
躁状態では、コーピングシート(ストレスへの認知面での対処方法が示された認知的コーピングと、行動を通したストレス対処方法が示された行動的コーピングから構成され、日常的に見ることができるもの。コーピングの種類については、「ストレス管理#技法」を参照)とチェックリスト(日々の気分や行動をチェックできるもの)を活用し、ストレスにうまく対処しながら気分にかかわらず安定した生活リズムを刻めるようサポートした事例がある[61]。
寛解期では、認知行動療法の技法を用いながら、前述の疾患教育と同様の目標を持って行う。
カウンセリング(来談者中心療法)は、傾聴、受容、共感などの技法を用いた精神療法の基本であるが、双極性障害では、この療法の単独での治療は有効とは考えられない[62]。また、精神分析療法の有効性も証明されていない。
気分安定薬による再発予防を基本とする。その他、うつ病エピソードでは非定型抗精神病薬や気分安定薬の併用、躁病エピソードにおいては抗精神病薬の併用が行われる。非定型抗精神病薬のうち、オランザピン、クエチアピン、アリピプラゾールに関しては、抗躁効果に加え、再発予防効果も報告されている。うつ病エピソードにおける抗うつ薬の使用については議論がある[63][64]。
激しい躁病では抗躁効果に10日を要するリチウムに、追加して非定型抗精神病薬が用いられる[8]。特に抑うつエピソード以外の躁病、維持期には、気分安定薬同士、または非定型抗精神病薬とで併用されることもあるが、科学的証拠が十分でない組み合わせもある[8]。維持療法では、双極II型障害に対する薬物療法には明確なエビデンスがほとんどないため、頻回かつ重症、I型の家族歴が維持療法を行う目安が考えられるが判断は難しくケースバイケースとなる[8]。I型・II型どちらでも躁病を誘導するため、抗うつ薬の使用は慎重に[8]。
双極性障害の薬物療法の基本は、気分安定薬(英: mood stabilizer)による再発予防である[53]。3ヶ月毎の定期的なフォローアップが必要であり、最低2年間は気分安定薬の継続が必要である[53]。投与の中止は数週間から数か月かけて徐々に行う[53]。
種類には炭酸リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピン、ラモトリギンなどがある[53][64]。リチウムには自殺予防効果が確認されており、ラモトリギンは抑うつエピソードの予防効果が最も認められている[8]。特にリチウムの場合は、服薬が不規則であると効果がない上、中毒のリスクもあるため、薬を規則的に飲み有効血中濃度に保つことが重要であり、血液検査が可能な場合に限っての治療選択肢である[53]。
WHOガイドラインでは、抗精神病薬は急性躁エピソードの治療選択肢のひとつとして挙げられている[1]。
抗精神病薬は、定型抗精神病薬(第一世代)と、非定型抗精神病薬(第二世代)とに分けられる。後者は、手足が動く遅発性ジスキネジア(錐体外路症状)が定型より少ないとされ、代わりに糖尿病につながるような代謝異常の問題が顕著という特徴がある。多くの抗精神病薬について、抗躁効果が報告されている。
日本で、躁病に対して保険適応が認められている薬剤としては、定型抗精神病薬であるハロペリドール、クロルプロマジン、レボメプロマジン、スルトプリド、チミペロン(注射剤のみ)、そして非定型抗精神病薬のオランザピン、アリピプラゾールがある[8]。一方、抑うつに対しては、非定型抗精神病薬のクエチアピン徐放錠、ルラシドン、オランザピンの保険適用が認められている[71]。維持療法でも最も推奨されるリチウムの次点で一部の非定型抗精神病薬が推奨されている[8]。
抗精神病薬の処方を中断する場合は、最低4週間かけ徐々に減薬する必要がある[72]。
双極性障害では、抗うつ薬の処方によって躁状態が誘発される可能性が否定できないため、処方は慎重を要し、患者には躁転リスクを説明すべきであり[73]、かつ抗うつ薬単体では処方すべきではない[63]。WHOガイドラインでは、中重度の抑うつエピソードの場合には気分安定薬との併用の元で、抗うつ薬を選択肢としているが[73]、できる限り徐々に処方を中止する方向とするよう勧告されている[63]。患者自身が躁転を感じたら即座に医師に連絡し、適切な対応法を聞くことは重要である。
双極性障害の抑うつエピソードに対して、抗うつ薬を併用して良いかどうかは、完全な結論には至っていないが現在の証拠からは推奨されていない[8]。イミプラミンなどの「三環系抗うつ薬」と呼ばれる、古いタイプの抗うつ薬については、躁転のリスクが、SSRI(選択的セロトニン取り込み阻害薬)などの新しいタイプの抗うつ薬より高い[8]。
躁病であり、興奮が強い場合(怒りや攻撃性が見られる場合)や不安・焦燥・緊張の緩和に用いることがある[63]。気分安定薬の効果が現れるまでの間(2 - 3週間程度)、不安・焦燥・興奮などを鎮静するため併用することもあるが、ベンゾジアゼピン依存症のリスクもあり、漫然と長期に使用すべき薬剤ではなく、症状が改善しだい徐々に中止すべきである[63]。
双極性障害の維持療法(再発予防)のためには、継続的に服薬することが重要である(最低2年間)[53]。医師の処方を守って服薬することを、服薬遵守あるいは英語でアドヒアランス(英: adherence)、あるいは服薬コンプライアンス(英: drug compliance)と言う。しかし、服薬の必要性が充分理解できていないこと、副作用を不快に感じること、一度に複数の種類の薬が処方されることで混乱することなどにより、服薬が不規則になったり中断することがある。
医師や薬剤師から病状やそれに対して現在行われている治療がどのようなものであるのか十分な説明を受け理解すること、家族など周囲の人も服薬に協力すること、医師は定期的のフォローアップし再発をモニターすることが重要である[53]。
初回の発病は15-19歳からであり、12歳以下は稀と言われている[2]。小児期における双極性障害の発生率は1 - 5%程度とみられているが、数値の正確性も含め、様々な議論や研究が行われている[79]。こうした症例は、突然に衝動性、攻撃性を示す一方、そのような状態を示す時以外は持続的に不快気分を示す時が多く、双極I型障害、双極II型障害の診断基準を満たさないことから、「特定不能の双極性障害」「非定型双極性障害」と診断される場合が多い[73][80]。DSM-IVのアレン・フランセス編纂委員長は、DSM-IV発表以降、米国で小児双極性障害が40倍[注釈 1]に増加したことについて、「育児上の問題、子どもの発達の問題すべてが双極性障害の証拠として解釈されてしまいました」「多くの子どもが幼い年齢であっても高用量の薬を処方されていて、子どもたちには非常に有害です」と述べている[81]。アメリカ精神医学会が定めるガイドラインであるDSM-5のドラフトでは、こうした問題に対応するため、新たに「重篤気分調節症」[85]という診断基準が提案されている(なお、DSM-5ドラフトでは、当初「Temper Dysregulation Disorder with Dysphoria」(神経不安を伴う気分調節障害)という診断名が提案されたが、パブリックコメントの募集の後、上記のように変更された)。
DSM-5では、重篤気分調節症 (DMDD) は抑うつ障害群の章に記載されている。
アレン・フランセスは、重篤気分調節症の診断名を使用しないよう推奨する[10]。子供の双極性障害の診断を受けた例では、ほとんどの場合が躁とうつの循環ではなくエピソードではないかんしゃくなどを起こしているのみであり、そのような見解を裏付ける検証はなされておらず、製薬会社から支援を受けた「指導的な研究者や医師」が型にとらわれないように診断するよう促したことがあるが、正常な範囲であることもあり、また従来からよく使われた診断に伴った治療法の方が合っている可能性がある[36]。診断名がレッテルとなったり、何かを諦めることにつながったり、保険に入るのが難しくなったり、子供の人生を歪めることもあり、またとりわけ肥満や糖尿病のリスクを増加させる可能性のある不適切な抗精神病薬の使用は控えることを推奨している[36]。
障害の程度などに応じて、精神障害者保健福祉手帳2級ないし3級の取得が可能である。また、精神障害者自立支援による医療費負担の1割への低減、市町村による精神障害者医療費負担減免などの支援が受けられる。他に病院・診療所のデイケア(復職支援を行うリワークなど)がある。リワークについては、高齢者・障害者・求職者職業センターも実施している。なお、患者当事者達による自助会も各地で頻繁に行われている。
躁状態とうつ状態が同一の患者に現れるという双極性障害の概念は、1850年代のフランスやドイツなどのヨーロッパで確立され、当時は循環精神病、気分循環症、重複精神病などと呼ばれた[30]。1899年、エミール・クレペリンは、躁とうつという両極の症状が現れることよりもその周期性を重視し、単極性うつ病(うつ病)を双極性うつ病に含め、これらを躁うつ病 (manic-depressive illness) と命名した[86]。しかしその後1960年代になると、AngstやCarlo Perrisらの臨床研究によって、うつ病と躁うつ病は異なる疾患であると考えられるようになり[87]、さらに1970年代に、アメリカのDunnerらが双極性障害の中でもそれぞれ異なる経過をたどる患者がいるとして、双極I型障害、双極II型障害などを定義づけ、遺伝研究などから、II型はI型のたんなる軽症型ではなく異なるカテゴリーに属すると考えた[88] [89]。
一方、クレペリンの躁うつ一元論の影響を受けたアキスカルは、抑うつ神経症の20%の患者が双極性障害の経過をたどっていることを見出し、うつ病と思われている症例の中に、躁状態が軽微であるために見過ごされているケースがあることを指摘。双極性障害の概念を拡張し、1983年により広義の双極スペクトラムを提唱するに至った[90]。2005年5月、文部科学省科学技術政策研究所の第8回デルファイ調査報告書によると2020年迄に双極性障害の原因が分子レベルで解明されると予測している。
DSM-IVのアレン・フランセス編纂委員長は、双極性障害に分類されれば副作用の危険性のある治療が行われ、うつ病と診断されれば抗うつ薬を投与され躁病を誘発しかねないという、その間に、DSM-IVに双極II型障害を設けた方が安全な治療が行われるだろうと判断した一方で、製薬会社はかすかな気分の高揚に双極性障害を疑うという積極的なキャンペーンを開始し、誤診され不要な薬を処方される事態も引き起こした[21]。アレン・フランセスは「双極II型を診断基準に追加したのは、患者さんを抗うつ薬による医原性の弊害から守るためでした」と述べている。DSM-IV発表以降、アメリカ合衆国では双極性障害が2倍に増加している。急増は日本も同様である。[81]
多くの芸術家が双極性障害であったとされている。病跡学の観点から関心が持たれ、双極性障害と創造性についてたびたび議論されている[30]。2005年に行われた調査では、双極性障害の親を持つ子供は、創造性のテストで他の群より高得点であったとの報告もある[91]。2006年のスタンフォード大学の調査では、双極性障害の患者は創造性が高かったとの結果が出ている。しかしそうでない結果もあり、双極性障害と創造性の関係性を示す根拠にはならなかった[92]。また、全米作家協会のメンバーに行った調査では、作家に有意に多かったとの報告もあるが、サンプル数が少なく根拠を示すには確実ではないとされる[93]。イギリスでは、著名人が双極性障害を告白したことや、テレビの特集などを通じて双極性障害の認知度が高まっていることにより、安易に自己診断する人が増えているという。同国のダイアナ・チャン博士とレスター・シアリング博士は、BBCの番組に対し、「精神疾患の比較的穏やかな側面が描かれており、暴力などのリスクとの強い結びつきについてはほとんど言及されていない」と注意を促している[94]。その他有名人の双極性障害では、彫刻家のミケランジェロ、画家のゴッホ、作家ではゲーテ、スウィフト、マルキ・ド・サド、バルザック、ディケンズ、トルストイ、メルヴィル、ジャン・ジュネ、ヴァージニア・ウルフ、ヘミングウェイ、ケルアック、哲学者ではキェルケゴール、ニーチェ、政治家ではニキータ・フルシチョフ[29]やウィンストン・チャーチル、音楽家ではベートーヴェン[95]、シューマン[96]、ブライアン・ウィルソン[97]、ニルヴァーナのカート・コバーン[98]、ガンズアンドローゼズのアクセル・ローズ、俳優ではヴィヴィアン・リー、ジャン=クロード・ヴァン・ダム[99]、リンダ・ハミルトン[100]、キャサリン・ゼタ=ジョーンズ[101]、デミ・ロヴァートなどが知られている。日本人では作家の太宰治、宮沢賢治、夏目漱石[102](但し一般的には神経衰弱とされていて、他に統合失調症など諸説がある)、坂口安吾、遠藤周作、北杜夫[103]、開高健、中島らも[104]、絲山秋子[105]、諏訪哲史[106]が知られており、他に俳優の田宮二郎[107]、タレントの泰葉、書誌学者の谷沢永一、現代美術家の大山結子、作家で建築家の坂口恭平[108]もいる。なお近年になって双極性障害の当事者アーチスト達による創作活動も活発化している。ゲーテは、クレッチマーやメビウスによって双極性障害だと考えられている[109][110]。また、ゴッホについては専門家の間でも見解が分かれており、フランスのミンコフスカはてんかん説、ドイツのカール・ヤスパースは統合失調症説を説いた[102]。
1988年から1997年の間にスウェーデンで義務教育を修了した人の15歳から16歳までの成績を調べたところ、成績が優秀な生徒は平均的な成績の生徒よりも31歳までに双極性障害を発症する率が4倍近く高いことが分かった。一方で成績が最も悪い生徒も発症する率が2倍近いことが分かった。[111]
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