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生物に関する多様性を示す概念 ウィキペディアから
生物多様性(せいぶつたようせい、英語: biodiversity)とは、生物に関する多様性を示す概念で、生態系、生物群系または地球全体に、多様な生物が存在していることを指す。生態系の多様性、種多様性、遺伝的多様性(遺伝子の多様性、種内の多様性とも言う)から構成される。
生物多様性の定義には様々なものがあるが、生物の多様性に関する条約では「すべての生物(陸上生態系、海洋その他の水界生態系、これらが複合した生態系その他生息又は生育の場のいかんを問わない。)の間の変異性をいうものとし、種内の多様性、種間の多様性及び生態系の多様性を含む」[1]と定義されている。
「生物多様性 」(biodiversity)は、「生物学的多様性 」(biological diversity、1970年代から使われていた用語)を意味する造語である。
1985年に、全米研究評議会(National Research Council[注 1], NRC)による生物学的多様性フォーラム(National Forum on Biological Diversity, 1986年開催)の計画中に、W.G.ローゼンによって造語された。なお「Biodiversity」が初めて公式文書に使われたのは、1988年に出版された昆虫学者・生態学者エドワード・オズボーン・ウィルソンによるこのフォーラムの報告の書名としてである[2][3]。
1986年以降、生物多様性という用語とその概念は、生物学者、環境保護活動家、政治指導者、関心を持つ市民らにより、世界中で広く用いられることになった。これは20世紀最後の10年間に見られた絶滅種に対する関心の広まりとよく一致している。
日本において平成16年度(2004年度)に環境省が行った調査では、生物多様性の意味を知っている人は約10%、言葉を聞いたことがある人まで範囲を広げても約30%という結果であった[4]。
「生物多様性」は、いくつかの側面があるため、標準的な一義的な定義というものはないが、以下の3つの定義で説明ができる。
上記の定義のうち最後のものは、生物学における伝統的な5つの生物の層(個体、個体群、生物群集、生態系、景観)と同じであり、複数のレベルでのアプローチに付加的な正当性を与えている。
1992年にリオデジャネイロで開催された環境と開発に関する国際連合会議(地球サミット)では、生物多様性は次のように定義された:
これは生物の多様性に関する条約で採用された定義であって、生物多様性に関して法的に認められた唯一の定義と言えるものに最も近い。この条約には、アンドラ、ブルネイ、バチカン、イラク、ソマリア、東ティモール、アメリカ合衆国を除く全ての国が締約国として参加している。
E.O.ウィルソンが言うように、遺伝子が自然選択における根本の単位であるならば、生物多様性は実質的には遺伝的多様性であるといえるが、研究の際に最も扱いやすいのは、種多様性である。
生物多様性は幅を持つ概念であるので、様々な目的に沿った評価尺度が作成されてきた。それぞれの尺度はデータの使い方にあわせて選択される。
遺伝学者は、この尺度は遺伝子の多様性と結びつけるのが適当であると主張している。どの遺伝子が有益であるかを常に立証することはできないので、多様性保全のための最良の選択はできるだけ多くの遺伝子を残すことである。一方、生態学者は、遷移を禁じることになるので、このアプローチは行き過ぎた制約であると、考えることもある。
通常、生物多様性は、短い時間スケールで地域の分類学的生物種の豊富さとして表現される。ホイッタカー[6]は、種の豊富さと均等度に注意を払いつつ、種レベルでの生物多様性を測るものとして3種類の一般的尺度について記述した(種多様性を参照のこと)。
この他にも生態学者によって使用される3種類の多様度指数がある。
地球上における生物多様性は均等ではない。一般に、熱帯では多様性が豊かであり、極地(高緯度地方)に近づくにつれ種の数は減少する。多様性は気候、標高、土壌、および同時に存在する生物に影響を受ける。また、特異な適応メカニズムを必要とする生息地があることによって、多様性・固有性が高い地域ができる。例えば、北ヨーロッパの泥炭湿原やスウェーデンエーランド島のアルヴァールでは、動植物の大きな多様性が観察され、それら動植物の多くは他の地域では見られないものである。
生物多様性ホットスポットは多数の固有種が存在する地域である。ホットスポットは、雑誌『Environmentalist』の2つの記事の中でメイヤーズによって特定された[7][8]。ホットスポットの大部分は熱帯に位置し、その多くは森林である。ホットスポットは人口爆発地域の近くにあることが多く、人間活動が劇的に増加・拡大しているため、固有種が危機にさらされている。
ホットスポットの例として、次の地域がある。ブラジルの大西洋岸森林には約2万種の植物、1350種の脊椎動物と何百万種の昆虫類がおり、半数程度は固有種であると推定されている。6500万年前にアフリカ大陸から分離したマダガスカル島では、乾いた落葉樹林と低地熱帯雨林において、固有種の比率と生物多様性が非常に高い。インドネシアの17,000の島々は735,355平方キロメートル(1,904,560km2)をカバーし、世界の開花植物の10%、哺乳類の12%、爬虫類、両生類、鳥類の17%、およそ2億4000万人の人々を含んでいる。また日本列島もホットスポットの一つとして知られている[9]。
海洋においては、サンゴ礁など沿岸域に多くの生物が生息することが知られている。低温高圧の厳環境下にある深海は、静的な世界と考えられがちだが、実際は外洋深海の生物多様性も高い。ある分類群の動物プランクトンの多様性は水深1,000-1,500(上部漸深層)で最大になり、漂泳性(海中を漂う遊泳)魚類の種多様性も同じ水深域で最大になると考えられている[10]。中生代白亜紀に海洋無酸素事変が起き、深海の生物の多くが絶滅したと考えられるため、現在の深海生物の大多数は新生代以降に進出してきたとされている。
海洋での水平方向の生物多様性の分布は、北半球では緯度に依存し、一般には極域ほど多様性が低く、赤道帯ほど高い。しかしながらプランクトンに限定した場合は、北緯15-40°度の間で最も多様性を示す(最大は北緯20°Cあたり)。北極海は歴史が浅いために、他の北半球の海より多様性が低い。南半球では緯度による多様性の違いはない[11]。
なお、日本近海は海洋生物における世界最大の生物多様性を持つ海であり、全海洋生物種数の14.6%が分布している[12][13]。
今日の地球上に見られる生物多様性は約40億年の進化の結果である。科学によっても生命の起源の詳細は不明であるが、地球形成後10億年(35億年前)には生命が確立したことを示唆する証拠がある。約12億年前までは、全ての生命はバクテリアなどの単細胞生物であった。
顕生代の生物多様性の歴史は、ほぼ全ての動物の門が揃った約5億4000万年前のカンブリア爆発の時期に開始し、急速に発展した。その後、大量絶滅として分類される定期的な多様性の大量消失があった他には、約4億年の間、地球的規模の生物多様性の変化には傾向はなかった。
化石記録に示された見かけの生物多様性は、ここ数百万年間が地球史上で生物多様性が最も豊富である時期であることを示唆している。しかしながら、全ての科学者がこの観点を支持している訳ではない。なぜならば、新しい地層ほど保持され利用可能であることにより化石記録がどれくらい強く偏っているか、不確実であると考えられているためである。化石収集の偏りについて修正を加えるならば現代の生物多様性は3億年前とあまり異なっていないと、主張する人もいる [14]。現在の種の地球規模・マクロな推定値は、200万種から1億種の幅があり、最良の推定値は1000万種の近傍である。
恒常的に新しい種が発見されるが(鳥では年平均3つの新種)、発見されても未だ分類されていないものもある(南アメリカで発見される淡水魚の40%が未分類とする推定がある)。陸生の多様性の多くは熱帯雨林で観察される。
生物学者の中には、現在多くの生物種の絶滅が起きていると考え、これを完新世大量絶滅と呼ぶ者もいる。20世紀の期間中、生物多様性の衰退が観察され続けてきた。2006年には、かなり多くの種が絶滅危惧種に分類されている。多くの科学者が、正式に認知されていない数百万以上の種が危機にさらされていると見積もっている。種数領域理論を用いた計算で、年に最大14万種の消失があるとする推定値があり、議論を呼んでいる[15]。年ごとに生じる新種の数は少ないので、多くの種が消失すると生態学的な諸事象の持続がほぼ不可能になる。
国際連合による報告書によれば、1990年代からの自由貿易推進によって、魚類の環境負荷が増大し海洋生物の多様性が失われてきているという[20]。経済的には私企業は利潤追求を第一とし、製品製造の過程で出てくる廃液や排ガスの処理にかかるコストなどを削減したがる傾向がある。自由化や規制緩和に伴い、廃液処理の法規制が甘くなることで企業が環境へ配慮した生産活動を怠りがちになる。
基本的には、保全の選択肢として2種類の主な類型、本来の場所 (in situ) での生息域内保全(以下、域内保全)と別の場所 (ex situ) での生息域外保全(以下、域外保全)がある。域内保全活動の一例としては、保護地域の設定がある。他方、域外保護活動には、遺伝資源の収集保全や人工繁殖などがある。日本において遺伝資源保存・提供を行っている機関は、農業生物資源研究所のジーンバンクなどがある。また世界的には、種子銀行なども設置されている。
通常、域内保全は理想的な保全戦略であるように思われるが、しばしば実現不可能である。希少種や絶滅危惧種の生息地が破壊されている場合には、域外保全が必要となる。さらには域外保全は、域内保全事業への後方支援を提供できる。適切な維持を確実にするためには双方の保全が必要であると信じる人もいる。
国家レベルでは、個々の生物種を保護するために必要な手順を明記した生物多様性行動計画 (Biodiversity Action Plan, BAP)を用意することがある。通常この計画には生物種とその生息地の実際のデータが詳細に記載される。そのような計画は、日本では生物多様性国家戦略[21]、アメリカ合衆国では再生計画と呼ばれる。
持続可能な開発に関する世界首脳会議で討議された議題の中に「生物多様性に対する脅威」があり、継続的な植物の収集を補助するために地球規模の環境保全信託機構の設立が望まれるとされた。
2021年、生物多様性維持のため国際的協力を図る「自然と人々のための高い野心連合」が発足した。フランスとコスタリカが主導し、日本を含む約50カ国が参加している[22]。
生物多様性は、観察・目録化・保全を通して評価と解析されるべきであり、その後、政治判断の対象となる。これが法律的な位置付けを受ける開始点となる。
1972年のユネスコ大会では、植物などの生物学的資源が人類の共有資産であると取り決めた。資源が存在する国の外部では、この規則に触発されて、遺伝資源の大きな公的な保存事業を創立したのであろう。
新しい地球規模の協定(例:生物の多様性に関する条約)では、生物学的資源に関する権利(所有権ではない)を主権国家に与えている。生物多様性の静的な保全の考え方は消えつつあり、資源と革新の概念を通して、動的な保全の考え方に置き換えられつつある。
新しい協定は、生物多様性の保全、持続可能な資源の開発、および得られた利益の共有を、国々に対して勧告している。これらの新しい規則の下では、利益の共有と引き換えに、天然産物のバイオプロスペクティング(bioprospecting、生物資源探査)や収集を、生物多様性に富む国に許可しなければならないと予想される。
国家主権原則は、アクセスと利益共有に関する協定 (Access and Benefit Sharing Agreements, ABAs)として良く知られていることに対応させることができる。生物多様性条約の精神は、資源国と資源収集者の間に予め正しい情報を得た上での合意を形成することを含んでいる。その合意とは、「どの資源を用い、どのような目的で行うか」を明確にし、利益共有についての公正な取り決めを設定することである。これらの原則が守られない場合、バイオプロスペクティングは、一種のバイオパイラシー(biopiracy、生物資源の略奪)になりうる。
日本国内法として、生物多様性基本法案が2008年(平成20年)5月20日に可決され、同年6月6日に生物多様性基本法[23]として公布、施行された。
本法は、人類存続の基盤である生物の多様性を将来にわたり確保するため、国、地方公共団体、事業者、国民の責務を明確にすることで環境保全等に関する施策を総合的かつ計画的に推進するものである。
最大の特徴は、開発計画を立てる際に環境アセスメントを行うことを義務付けたことである。これまで、日本における大型開発などで環境が破壊されるたびに、開発推進派と環境保全派との激しい論戦が交わされてきた。本法の施行によって、今後より適切な環境論議がなされるものと考えられている。ただし、罰則規定がない等の問題も依然残されている。
生態学者と環境保護主義者は、生物多様性の保全に関して、まず始めに経済的な側面から議論を行った。
経済的な価値を持つ製品(食品、医薬品、化粧品など)を生み出す資源の供給源として生物多様性は重要である。この生物資源管理という概念は、生物多様性の衰退に伴う資源喪失の危惧と関連してくる。生物多様性を資源とみなす考え方は、天然資源の分配・割当のルールに関する新しい衝突を引き起こす元にもなっている。
生物多様性が持つ経済的な価値の推定は、生物多様性の分布について議論するために必要な前提条件となる。その議論の終着点は、環境保全に対して財政的支援を行う決定を伴う必要がある。
多様性を持つ生物群という意味において、以下の項目で生物多様性(≒生物資源)は利益をもたらす。
自然に基づく解決策(Nature-based Solutions, NbS)とは、社会課題に効果的かつ順応的に対処し、人間の幸福および生物多様性による恩恵を同時にもたらす、自然及び人為的に改変された生態系の保護、持続可能な管理、回復のため行動を指す概念である。自然に基づく解決策は、生物多様性と気候変動の関連性を考慮した適応戦略として認められており、国際自然保護連合(IUCN)や国際連合環境計画(UNEP)などの国際機関によって推進されている。また、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)や生物多様性条約(CBD)などの国際的な条約や協定の中でも言及されている。
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