静岡鉄道
静岡県静岡市に本社を置く鉄道事業者 ウィキペディアから
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静岡鉄道株式会社(しずおかてつどう、英: Shizuoka Railway Co.,LTD.[4])は、静岡県静岡市に本社を置き[1]、鉄道路線として静岡清水線を保有し運営している[5][6]鉄道事業者(中小私鉄)。 略称は静鉄(しずてつ)。「静鉄グループ」の中核企業であり、本体や静鉄グループ各社で索道事業(日本平ロープウェイ)、バス・タクシー事業、不動産事業、ホテルなどを展開する。
静鉄鷹匠ビル | |
種類 | 株式会社 |
---|---|
略称 | 静鉄 |
本社所在地 |
日本 〒420-8510 静岡県静岡市葵区鷹匠一丁目1番1号 静鉄鷹匠ビル[1] 北緯34度58分33.1秒 東経138度23分15.2秒 |
設立 | 1919年(大正8年)5月1日 |
業種 | 陸運業 |
法人番号 | 8080001002864 |
事業内容 |
旅客鉄道事業 不動産事業(売買、貸借、リフォーム、駐車場) 索道事業(ロープウェイ) 民間学童保育 介護事業 広告事業 ホテル事業 リゾート事業 カード事業(LuLuCaカード) |
代表者 |
代表取締役会長 酒井公夫[2] 代表取締役社長 川井敏行[2] |
資本金 | 18億円(2022年3月31日現在)[3] |
発行済株式総数 |
2988万株 (2022年3月31日現在)[3] |
売上高 |
連結: 1498億4112万7000円 単独: 144億1134万4000円 (2022年3月期)[3] |
営業利益 |
連結: 14億6195万3000円 単独: △1億1939万1000円 (2022年3月期)[3] |
経常利益 |
連結: 11億2037万1000円 単独: △2681万6000円 (2022年3月期)[3] |
純利益 |
連結: 10億9854万8000円 単独: 5億2700万2000円 (2022年3月期)[3] |
純資産 |
連結: 343億9036万5000円 単独: 58億4834万1000円 (2022年3月31日現在)[3] |
総資産 |
連結: 1660億5503万0000円 単独: 699億3367万2000円 (2022年3月31日現在)[3] |
従業員数 |
連結: 4,534人 単独: 424人 (2022年3月31日現在)[3] |
決算期 | 3月31日 |
会計監査人 | かなで監査法人[3] |
主要株主 |
東急 3.87% 静岡銀行 3.68% 静鉄従業員持株会 3.65% 損害保険ジャパン 2.33% 日本生命保険 1.78% 三井住友信託銀行 1.71% 東京海上日動火災保険 1.09% 川井敏行 0.99% スルガ銀行 0.75% 靜甲 0.69% (2022年3月31日現在)[3] |
主要子会社 | 「グループ会社」参照 |
外部リンク |
www |
連結売上高が1,000億円を超えている日本の鉄道事業者は中小私鉄ではわずか3社しかない。残る2社は1位の遠州鉄道(遠鉄)と2位の大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)で、静岡鉄道は3位である。
キャッチコピーは「街にいろどりを。人にときめきを。」。
(旧)静岡市の安西地区に集積する製茶問屋から清水港へ輸出用茶葉を軽便鉄道で運ぶ目的で、(旧)静岡鉄道が1907年に設立された(会社としては現在の静岡鉄道とのつながりはない)[7][8]。その後大日本軌道静岡支社の路線となっていたこの鉄道路線を地元有志が買収し、1919年に駿遠電気として設立された[7]。1923年に静岡電気鉄道に社名変更し[7]、1943年、藤相鉄道・中遠鉄道・静岡乗合自動車・静岡交通自動車を統合して静岡鉄道となった。
静岡電気鉄道時代の1923年から1930年上期に至るまでは、相当な放漫経営であったという[9]。同社専務の熊沢一衛は四日市製紙(現在の王子エフテックス)・四日市銀行(三重銀行を経て、現在の三十三銀行の一部となった。)の専務を兼任しており、手広く事業活動を行っていたが、1932年に四日市銀行が破綻したため、同専務は所有する静岡電気鉄道の株式[10]を大阪電気軌道(大軌、現在の近畿日本鉄道)に譲渡しようとしたが、大軌は静岡電気鉄道の経営には興味を示さなかったため、大軌の監査役をしていた東京横浜電鉄代表取締役の五島慶太に株式引き受けについての依頼があり、最終的に1941年に東京横浜電鉄の傘下に入ることになった[11]。東京横浜電鉄が東京急行電鉄(東急)となった後、静岡鉄道成立時の初代会長に五島慶太が着任し、東急グループの一員となった。1947年に東急グループを離脱したが、現在も東急が約4%の株式を所有する筆頭株主であるために一定のつながりがあり、車両の面では、1973年に導入し2024年に営業運転を終えた1000形は東急車輛製造製で、車体等一部の仕様が東急7200系電車に酷似する。また、2016年に導入したA3000形も一部の仕様が東急7000系電車に酷似する(ただし、製造は東急車輌製造の事業を継承した総合車両製作所である)。過去には東急(目黒蒲田電鉄、東京横浜電鉄の車両を含む)の中古の車両を購入したこともある。
鉄道路線は現在、新静岡駅 - 新清水駅間11.0kmを結ぶ静岡清水線[5][6]のみである。1950年代には静岡県中南部各地に5路線計100km近くの路線を有していたが、1960年代以降のモータリゼーションの影響により、静岡清水線を除き廃止された。またかつては静岡県中部一帯を営業エリアとする路線バス事業が主力事業となっていたが、子会社を設立して一部の路線を分社化したのち、2002年10月1日には静岡鉄道本体が運営していた全バス事業を、子会社のしずてつジャストラインに分社化した。
乗車カードとしてIC乗車カードのLuLuCa(ルルカ)をグループで展開し、鉄道線やしずてつジャストラインのバスに導入している。同時にPiTaPaも並行導入し、全国相互利用(ICOCA・Suica・PASMO・Kitaca・manaca[注釈 1]・TOICA・はやかけん[注釈 1]・nimoca[注釈 1]・SUGOCA)にも対応している。なお、静岡鉄道としずてつジャストラインで導入していた、磁気式のパサールカードは2014年9月末までに販売を終了[注釈 2]し、2022年7月末で利用終了となった[注釈 3]。
日本民営鉄道協会に加盟している(1973年に一度脱退した[注釈 4]が、その後復帰し、2019年時点では加盟していることが確認できる[12])。
特記がなければ(旧)静岡鉄道・大日本軌道・駿遠電気のトピック。年代しか書かれていないトピックは時期未詳。
特記がなければ静岡電気鉄道のトピック。年代しか書かれていないトピックは時期未詳。
この節に雑多な内容が羅列されています。 |
特記がなければ静岡鉄道のトピック。年代しか書かれていないトピックは時期未詳。
この路線は旧:静岡市・清水市(現:静岡市葵区・駿河区・清水区)の都市圏輸送兼インターアーバン路線として建設され、かつては両市内の軌道線と直通運転していたことや、1両18mの2両編成で終日約6 - 7分間隔(朝夕で一部例外あり)の短編成・高頻度運転であること、短い駅間距離、簡易な駅施設といった輸送形態等から現在でもLRTの一種として紹介されることもある。
静岡清水線では、以前は主に自社長沼工場製(過去には他社からの譲受車も存在した)の車両で運行していた。その後全車が東急車輌製造製の1000形に置き換えられ、同形式のみで運行していた時期が長らく(1985年 - 2016年3月23日)続いたが、2016年3月24日に43年ぶりの新車となる総合車両製作所製のA3000形が運行を開始し[59][60]、2024年7月1日からは、全車がA3000形に統一されている。
静岡清水線では以下の乗車カードが利用できる。
過去には以下のカードも利用できた。
このほか静岡市内で「浅間山リフト」を運営していたが、1974年の「七夕豪雨」で支柱が賤機山の斜面ごと崩落し、犠牲者が出たことで、長らく訴訟問題となった。
鉄道・索道事業のほか、以下の事業は静岡鉄道株式会社が直営で行っている。
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