住友大阪セメント株式会社(すみともおおさかセメント)は、日本のセメントメーカーである。
セメント販売は太平洋セメント、UBE三菱セメントに次いで国内3位である。
前身の住友セメントが住友グループ、大阪セメントが三和グループに属していたが、現在はこれら2社の合併により住友グループに所属する(大阪セメントは合併でみどり会を脱退した)。住友グループ広報委員会及び白水会に属する企業である。
本社・支店・研究所
本社
支店
研究所
- 新規技術研究所 - 千葉県船橋市豊富町585
- セメント・コンクリート研究所 - 千葉県船橋市豊富町585
磐城セメント(住友セメント)
日出セメント
- 1918年(大正7年)2月 - 日出セメント株式会社会社設立。
- 1921年(大正10年)6月 - 湊工場操業開始。
- 1925年(大正14年)7月 - 磐城セメントに合併。
鈴木セメント
- 1890年(明治23年)8月 - 鈴木セメント製造所操業開始。
- 1904年(明治37年) - 鈴木セメント合名会社に改組。
- 1918年(大正7年)11月 - 鈴木セメント株式会社が発足。
- 1919年(大正8年)4月 - 鈴木セメント株式会社が合名会社を合併。
- 1926年(大正15年)7月 - 磐城セメントに合併。
七尾セメント
- 1926年(大正15年)11月 - 磐城セメントの子会社として、七尾セメント株式会社設立。
- 1929年(昭和4年)4月 - 七尾工場操業開始。
- 1941年(昭和16年)11月 - 親会社の磐城セメントに合併。
富国セメント
- 1936年(昭和11年)2月 - 富国セメント株式会社設立。
- 1937年(昭和12年)9月 - 磐城セメントの子会社となる。
- 1938年(昭和13年)4月 - 葛生工場操業開始。
- 1939年(昭和14年)12月 - 富山セメント株式会社(1938年10月設立)を合併、同社二見工場(1938年10月操業開始)を継承。
- 1940年(昭和15年)
- 11月 - 二見工場閉鎖。
- 12月 - 磐城セメントに合併。
東洋セメント
初代
- 1934年(昭和9年)5月 - 東洋セメント工業株式会社設立。
- 1935年(昭和10年)8月 - 小倉工場操業開始。
- 1943年(昭和18年)6月 - 工場を宇部興産株式会社が買収。
- 1947年(昭和22年)2月 - 工場返却。
- 1949年(昭和24年)8月 - 東洋セメント株式会社に社名変更。
- 1950年(昭和25年)11月 - 磐城セメントに合併。
2代
- 1976年(昭和51年)8月 - 合理化のため、住友セメント小倉工場を分社化し発足。
- 1984年(昭和59年)
- 3月 - 小倉工場操業休止。
- 9月 - 住友セメントなど7社とアンデスセメント共同事業を設立。
- 11月 - 東洋セメント解散、小倉工場閉鎖。
川崎セメント
- 1958年(昭和33年)7月 - 磐城セメントと川崎重工業株式会社の出資で、川崎セメント株式会社設立。
- 1960年(昭和35年)
- 1月 - 大垣工場操業開始。
- 3月 - 磐城セメントに合併。
滋賀興産
- 1933年(昭和8年)8月 - 昭和セメント株式会社設立。彦根工場操業開始。
- 1939年(昭和14年)5月 - 親会社の日本石綿盤製造株式会社(現・ノザワ)が吸収合併。
- 1944年(昭和19年)
- 7月 - 小野田セメント製造株式会社(後の小野田セメント)が彦根工場を買収。
- 10月 - 野沢石綿興業に社名変更。
- 1947年(昭和22年)3月 - 彦根工場返却。
- 1949年(昭和24年)4月 - 野沢石綿セメント株式会社に社名変更。
- 1960年(昭和35年)
- 3月 - 東亜セメント株式会社を設立。
- 6月 - 東亜セメント多賀工場操業開始。
- 1965年(昭和40年)12月 - セメント製造部門を住友セメントへ譲渡する準備として、滋賀興産株式会社を設立。
- 1966年(昭和41年)
- 1月 - 滋賀興産が野沢石綿セメント彦根工場を継承、東亜セメントを合併し営業開始。
- 4月 - 住友セメントが滋賀興産を合併。
大阪セメント
大阪セメントは、ライオン印のライオンセメントとして有名であった。
- 1888年(明治21年) - 大阪窯業株式会社設立。
- 1917年(大正6年)6月 - セメント工場(大阪工場)を新設。
- 1926年(大正15年)12月 - 大阪窯業のセメント部門が独立し、大阪窯業セメント株式会社発足。
- 1936年(昭和11年)8月 - 大阪窯業耐火煉瓦株式会社(現・ヨータイ)を設立。
- 1945年(昭和20年)8月 - 戸畑工場新設。
- 1948年(昭和23年)11月 - 戸畑工場閉鎖。
- 1949年(昭和24年)5月 - 東証一部に上場。
- 1952年(昭和27年)7月 - 伊吹工場新設。
- 1960年(昭和35年)6月 - 横浜工場(クリンカー加工工場)新設。
- 1961年(昭和36年)12月 - 高知工場新設。
- 1963年(昭和38年)7月 - 大阪セメント株式会社に社名変更。
- 1977年(昭和52年)4月 - 横浜工場閉鎖。
- 1984年(昭和59年)9月 - 日本セメント株式会社、第一セメント株式会社、明星セメント株式会社と共同で、セメント共同販売会社の大日本セメント共同事業株式会社を設立。
- 1994年(平成6年)5月 - 大日本セメント共同事業が解散。
住友大阪セメント発足後
- 1994年(平成6年)10月 - 住友セメントと大阪セメントが合併、住友大阪セメント株式会社となる。
- 1996年(平成8年)3月 - 彦根工場閉鎖。大阪工場でのセメント製造を停止。
- 1998年(平成10年)5月 - 電気化学工業とセメント事業で業務提携。
- 1999年(平成11年)11月 - 宇部三菱セメント株式会社とセメント物流事業で業務提携。
- 2000年(平成12年)3月 - 田村工場閉鎖。
- 2003年(平成15年)3月 - 伊吹工場でのセメント生産を停止。
- 2003年(平成15年)4月1日 - 石灰石採掘事業を分離して滋賀鉱産株式会社を設立[1]。
- 2006年(平成18年)3月28日 - 岐阜工場の製品輸送を鉄道輸送からトラック輸送に転換。
- 2024年(令和6年)4月1日 - 同日株式取引分から日経平均株価の構成銘柄から除外。
2017年3月末現在、住友大阪セメントグループは連結子会社37社、持分法適用関連会社2社で構成されている。
主な連結子会社
セメント事業(製造)
セメント事業(輸送・販売など)
- エスオーシー物流株式会社
- 大窯ホールディングス株式会社
- タイヨウ汽船株式会社
- 和泉運輸株式会社
- スミセ建材株式会社
- 東海スミセ販売株式会社
- 北浦エスオーシー株式会社
- 泉工業株式会社
- 東京エスオーシー株式会社
- エスオーエンジニアリング株式会社
- 株式会社中研コンサルタント
鉱産品事業
- 秋芳鉱業株式会社
- 滋賀鉱産株式会社
位登産業 - 2015年12月1日付けで福岡県田川市の中村産業に株式が譲渡された(プレスリリース等は無し)。
建材事業
- 株式会社エステック
- 株式会社SNC
- 栗本コンクリート工業株式会社
光電子・新材料事業
不動産・その他事業
- 住友セメントシステム開発株式会社
- 千代田エンジニアリング株式会社
上場している代理店には、ナラサキ産業等がある。[2]