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音声記録用の磁気テープカートリッジ ウィキペディアから
コンパクトカセットは、オランダの電機メーカーであるフィリップス社が1962年に開発した[1]、フェライトを素としたオーディオ用磁気記録テープ媒体の規格である。小型かつ安価である事から民生用記録メディアの事実上の標準となり、20世紀後半の音楽市場を支えた。「カセットテープ」、「アナログカセット」、「フィリップスカセット」などとも呼ばれる。また1990年代初頭に登場したDCC(デジタルコンパクトカセット)に対するレトロニムとして、ACC(アナログコンパクトカセット)と表記することもある。
1950年代以降、オープンリール式だった録音テープを扱いやすくするため、1958年にアメリカのRCA社が「カートリッジ」を考案したのを端緒に、世界の各社が「カセット」「マガジン」などの名前と仕様で、磁気テープをケースの中に収納したものを開発し始めた[2]。ソニーでは1957年にリールを2段重ねにしてテープをマガジン状に収納した「ベビーコーダー」を発売しており、これは他社に先駆けてテープのカセット化、レコーダーの小型・軽量化を行ったものだったが、普及するまでには至らなかった[2]。
また、中にはオープンリール式同様に一方向回転でエンドレス構造とした8トラック方式(1965年)のような事例があった一方、同一規格リール2個をカートリッジ内に固定し、テープ上トラックを2セットに分けたうえで、両回転方向で往復(片方向送り専用に比して2倍)の録音・再生ができる構造とし、長時間録音を可能とした製品も見られた。
往復型カートリッジの中でもフィリップスの製品開発部長ルー・オッテンスが主導し開発したコンパクトカセットは小型の割に音質が良かった。
当時ソニー第2製造部長の大賀典雄は「カセットの世界標準をつくりたい」と考えていたが、ソニー1社で行うのは困難であると感じていた[2]。1963年9月のベルリンで開かれたショーの会場で、ドイツのグルンディッヒが大賀に「DCインターナショナル」というカセットの規格化の話を持ち込み、一方でフィリップスのデッカーが来日した際、既に発売されていたコンパクトカセットを一緒に広めようと話を持ち掛けてきた[2]。
大賀はコンパクトカセットを採用することに決め、特許使用料の話になるが、当初フィリップスは日本中の各社に1個につき25円を提示するが、大賀は無料を主張した[2]。その後の話し合いの結果、ソニーには無料ということになったが、独占禁止法や他メーカー間の信頼を考慮した[2]結果、1965年にフィリップスが互換性厳守を条件に基本特許を無償公開したため[3]、多くのメーカーの参入を得て事実上の標準規格となった。このため単に「カセットテープ」の呼称でも通じるようになっている。
日本の磁気テープ産業は1965年のオープンリール当時、約35億円で、輸出もほとんどなかったが、コンパクトカセットが誕生し、音楽にも使用され始めた1969年には100億円を突破、1981年にはオーディオテープだけで約1300億円の産業となり、輸出額も660億円となった[2]。
性能に関しても、当初はテープ幅の狭さやテープ速度の遅さによる制約から会話録音や BGM 程度までのメディアと考えられ、語学学習などへの活用も目立っていたが、1960年代末頃から性能が大きく向上し、1970年代には携帯が容易な音楽用メディアとして広く普及した。メディアが廉価で長時間再生に適することもあって、録音媒体としてレコードのダビング、放送番組を録音するエアチェックなどに幅広く活用された。1980年代まではレコードのダビングとラジオ録音、1990年代まではCDのダビングとラジオ録音に多く用いられた。音楽の交換のため、ステレオやラジカセなどを用いた、カセット同士でのダビングも良く行われていた。
カーオーディオの分野においても、先行する8トラックカートリッジ方式に比べて小さなコンパクトカセットはスペースの限られる自動車のダッシュボードにデッキを配置しやすく、実用上の耐久性にも優れ、1970年代から1980年代にかけ隆盛を極めた。
また、全盛期にはコンパクトカセットはある種のファッションと見做され、デザイン面で大きな変化を遂げた。まず、1979年のウォークマンの発売で、場所を選ばず音楽を聴く事が可能になると、コンパクトカセット自体がファッション化した。1980年代のコンパクトカセットのデザインは、若者が外に持ち出す用途を考慮して徐々にカラフルになって行ったが、あくまで同じ形のプラスチックケースに同じ形のシールを貼り付けた程度の、統一的なデザインであった。しかし、全盛期としては末期の1990年代になると、プラスチックケース自体に画像を印刷したコンパクトカセットがソニー,TDK,マクセル,AXIAを筆頭として多数発売された。例えば、ソニーのCDixシリーズでは、グラフィティやレトロフューチャーのデザインを全面に用いた製品が存在した。
音楽制作の現場では、テープを片面方向のみに使用し、両面それぞれの左右チャンネルの合計4チャンネル、あるいは特殊なヘッドで8チャンネルの再生・録音を可能にしたマルチトラック・レコーダー (MTR) の記録媒体として重宝された。
またコンパクトカセットは、コンピューター分野ではCMT(Cassette Magnetic Tape : カセット磁気テープ)と呼ばれていた。1980年前後を中心に、初期のパーソナルコンピュータの記憶メディアとして個人ユーザーを中心に広く利用され、専用の製品も発売されていた(データレコーダも参照のこと)。しかしその後、本格的なデータ用メディアであるフロッピーディスクの低価格化と普及に伴って利用されなくなった。1980年代前半に人気のあったMSXではカセットテープでのゲーム発売なども行われており、近年の復刻が困難になる一因となっている。
コンパクトカセットは民生用の録音規格として大きく普及したが、1980年代以降は新しく台頭したデジタルメディアのCDと比較されるようになったため、コンパクトカセットのパッケージでも技術的な用語を用いて高音質を謳い、デジタル感を押し出すようになった。こうして日本において1989年には販売数がピークに達し、年間約5億巻を売り上げたとされる[4]。
1990年代初頭にはコンパクトカセットの後継として、音声データをデジタルで記録・再生でき、コンパクトカセットとの再生互換性を持たせたデジタルコンパクトカセット (DCC) とミニディスク (MD) が登場し、結果として1990年代後半から若年層を中心に録音メディアの主流がMDに移行した。
2000年ごろからはポータブルMDプレーヤーなどの小型化、再生時間の長時間・大容量化が進み、発売当初の本体の巨大さや短い電池持続時間が解消され、2000年代後半からはデジタルオーディオプレーヤーやICレコーダー(リニアPCMレコーダー含む)も台頭し、それらデジタルオーディオの安定した高音質やランダムアクセスによる容易な選曲などの使い勝手の良さに慣れたユーザーは次第に新しい媒体へと移行した。
なお、CDやMD対応デッキの普及により、車載用コンパクトカセットデッキの種類は次第に数が少なくなっていった一方で、iPodをはじめとする大容量携帯プレーヤーをカーオーディオで聴くユーザーの間では、FMトランスミッターに比べて音質劣化や電波干渉を受けにくいコンパクトカセット型のカセットアダプターを珍重する傾向があった。しかし2013年に入るとカーオーディオの分野からは自動車メーカー純正品(ただし輸出用は除く)、社外品に関わらず1DIN、2DIN規格ともどもカセット対応カーオーディオはラインナップから消滅している。
このように若年層を中心とした利用者減少のため、1990年代に見られたファッショナブルな製品ラインナップは順次生産終了となった。またJ-POPや洋楽などの国内向けミュージックカセットテープは国内盤だと1990年代末に、アジア圏などへの輸出向けなど逆輸入盤だと2000年代半ばに消滅した。
一方で、小売店では売価2,000 - 5,000円程度のモノラルラジカセ、CDラジカセと録音済音楽テープが引き続き廉売されている。また主にカセットテープで育った高年齢層のカラオケや稽古事用途で使用されている[4]。そのため一番売れているのは10分用テープである[5]。また演歌などでは2014年時点においてもCDとカセットの同時発売が依然として続いている[1]。
主に高齢者世代に根強い支持の理由としては、「巻き直しも楽なのでカラオケの練習に都合がいい」「テープレコーダーも再生ボタンを押すだけのシンプルな操作で手間いらずなので、スマホなどの最新機器に慣れていないシニア世代でも使いやすい」などの理由が挙げられる[5]。
コンパクトカセットに変わり普及していったMDの方が先に衰退していったが、その理由としてコンパクトカセットはハードの技術が容易で新興国でも生産が可能である一方、衰退したメディアはメーカー側に採算が合わなくなったことが挙げられる[4]。
2010年代には、デジタル配信によってCDなどのメディア自体を所有しないで音楽を聴くスタイルが普及する一方、アナログ回帰の一環としてコンパクトカセットが注目され始め、様々なデザインのコンパクトカセットが少量生産されるようになった。また「昭和レトロ」ブームや1970年代から80年代にかけて流行したシティ・ポップの再評価で、カセットテープを知らなかった若い世代にも注目されるようになった[5]。新世代による、アナログ回帰だけに留まらない現代的なファッションとしてのコンパクトカセットの流行も起き、ヴェイパーウェイヴ界隈で特に際立っている。
その後新たにノーブランド(販売網ブランド)のカセットテープの販売が復活した。2019年4月時点では、業界全体で年間約1000万巻が販売されている[4]。ただし安価な無地のノーマルポジションテープのみであり、新機種に関してもクロム(ハイポジション)テープ録再(ただしティアック製の据置き型単品オーディオコンポーネント用カセットデッキを除く)、メタルテープ録再、ドルビーBタイプなどにみられるノイズリダクション録再、オートリバース、倍速ダビングなどの各種機能に非対応(すでに必要なパーツを作れない、いわゆるロストテクノロジー)である。
コンパクトカセットはハーフ、ハブ、テープ、リーダーテープ、スリップシートで構成される。
テープはハーフもしくはシェルと呼ばれるプラスチック製ケースの中に、ハブというリールに巻かれた状態で入っており、ベーステープと呼ばれる薄い強化ポリエステルのテープ上にバインダと呼ばれる接合剤で磁性粉を接着している。また1970年代後半以降はテープの走行性を保ち、ドロップアウトやヘッドの摩耗を防ぐため、テープ表面に鏡面仕上げを施している。
また、テープにはオープンリールと同じように再生開始および終了時の伸びにより劣化することがないよう、リーダーテープと呼ばれる、録音ができない乳白色や無色透明のテープが両端に付属している[注釈 2]。リーダーテープには一部のメーカー品[注釈 3]ではヘッドクリーニングテープを兼ねている。リーダー部およびクリーニング部の長さは5秒程度から40秒ほどの物までさまざまである。ここには録音ができないので、録音前にはあらかじめリーダーテープ部分を巻き取り、録音テープ部を録音ヘッド接触点直前まで送り出しておく必要がある。一方データレコーダー用の短時間のカセットテープにはリーダーテープがなく、いきなり録音テープ部になっているものもある。
ハーフとテープの間には走行性を維持するためにスリップシートと呼ばれる、長繊維ポリエステル系の素材で出来たシートが挟まっている。またヘッドが押しこまれる部分にはヘッドとのタッチを良好に保ちなおかつテープ裏面に付着した磁性粉を清掃するためにフレッシャーパッドと呼ばれるパッドがつく。またヘッドから巻かれているテープへ磁気の影響が及ばないよう、遮磁板がある場合が多いが、これは省略しても問題はない。
ケース上部には誤消去防止の「ツメ」があり、ここを折ると録音や上書きができなくなる。再び録音する場合はセロハンテープなどでふさげばよいが、この場合クローム・メタルテープではオートテープセレクター用テープポジション検出孔をふさがないようにする[6]。
なお経年劣化によって、リーダーテープと磁気テープのつなぎ目や、リールハブの留め具が劣化して、巻戻しや早送りの終わりで、リーダーテープと磁気テープが分離したり、ハブの留め具が折れてテープが脱落することがある。リーダーテープと磁気テープが分離した場合はスプライシングテープでつなぎ合わせて再使用が可能である。またハブの留め具からテープが脱落した場合は他のハブを転用して再使用が可能である。
録音は電気信号を録音ヘッドで磁気に変換しヘッドギャップから放射させ、そこに磁性体を塗布した磁気テープを接触させ磁気的に記録する。磁気テープを長手方向に一定速度で摺動させることにより信号を連続的に記録する水平磁気記録方式である。再生は録音の逆で、再生ヘッドで磁気を電気信号に変換することで行う。また録音時には消去ヘッドによる既存の録音の消去も行われる。ヘッドがすべて独立している場合、磁気テープは消去ヘッド、録音ヘッド、再生ヘッドの順に通過する。
録音ヘッドと再生ヘッドは兼用できるが最適な設計が異なるので、性能を追求するならばそれぞれ専用が望ましい。しかしコンパクトカセットは本来録再兼用ヘッドの使用を想定しており、その分のスペースしかないので、録音と再生をそれぞれ専用ヘッドとする場合は録再コンビネーションヘッドと呼ばれる、録音ヘッドと再生ヘッドを一体化したヘッドが用いられることが多い。
録音ヘッドに加える電気信号は音声信号のみでは残留磁束の直線性が悪いので、録音バイアス信号が重畳される。オープンリールテープレコーダーと同じく高周波(100 kHz 程度)の交流を録音バイアス信号とする交流バイアス法が標準的である(交流バイアス信号自体は周波数が非常に高いため記録されない)。消去には消去ヘッドに高周波の交流(ほとんどの場合録音バイアス信号と出所は同じもの)を加えて行う交流消去と、安価なレコーダーで用いられる、永久磁石でできた消去ヘッドをテープに当てることで行う直流消去とがある。
トラック構成は通常 2 トラックのモノラルまたは 4 トラックのステレオで、カセットの表と裏にあたる A 面と B 面(A 面をサイド 1, B 面をサイド 2 ともいう)をひっくり返すことにより往復で使用できる(このように往復で使用できるとテープを巻き戻す必要がなく都合が良い)。テープ幅は 3.81 mm(0.15 in.) で、中央の 0.66 mm は A 面 B 面のトラック間のガードバンドとし記録しない。モノラル記録の場合、その両側各 1.54 mm を A 面および B 面のトラックとする。カセットの「A 面」と表示されている側を上にした場合、実際には A 面のトラックはテープの下側、つまり「B 面」と表示されている側になる[注釈 6]。ステレオ記録の場合はモノラルの各トラックの中央 0.3 mm にあたる部分を左右チャンネルトラック間のガードバンドとし、その両側各 0.62 mm を左右チャンネルのトラックとする(テープ端側が左チャンネル)。モノラル記録のトラックとステレオ記録のトラックが同じ位置にあるためモノラルとステレオに互換性がある[注釈 7]。
録音・再生のテープ速度は 4.76 cm/s[注釈 8]と規定されており、カセットハーフに設けられた孔に一定速度で回転するキャプスタンを通し、テープを挟んでゴム製のピンチローラーを押し当てることで、テープ位置により変化するリール巻径にかかわらず一定のテープ速度を得ている。 4.76 cm/s というテープ速度は家庭用オープンリールテープレコーダーに用いられた速度 9.53 cm/s[注釈 9]の半速であり、本来、音質より小形と経済性を優先した規格である。
録音時と再生時のテープ速度が異なっていると音の高さや曲のテンポ、演奏時間が変わってしまうので、互換性上テープ速度は重要である。しかし正確に合わせることは難しく[注釈 10]、特に録音と再生で別のレコーダーを使用した場合、音の高さや曲のテンポ、演奏時間が明らかに変わることがある。逆にピッチコントロールとして速度を微調整できるようにしたレコーダーもあり(曲のテンポや演奏時間も変わる)、楽器ルート系の機材に多くみられる。ほとんどのものはピッチコントロールが有効なのは再生時だけで、録音時にはあらかじめ調整された速度に固定される。
なお、テープ速度が変動するとワウフラッターが生じる。これを防ぐためキャプスタンは精密に仕上げられており、またほとんどのレコーダーはキャプスタンの根元にフライホイールを備え、その慣性を利用して回転むらを抑えている。しかし可搬型のレコーダーでは本体が揺れると慣性が逆に回転むらを発生させてしまうため、フライホイールを 2 つ持ち、互いに逆回転させて相殺するもの(アンチローリング)や、フライホイールを持たず電子制御によって回転むらを抑えるものもある。
平坦な周波数特性を得るには大幅なイコライゼーションが必要で、互換性を保つため IEC により再生イコライザの時定数が規定されている(高域時定数は IEC Type I テープでは 120 µs, IEC Type II, IEC Type III, IEC Type IV テープでは 70 µs、低域時定数は 3180 µs[注釈 11])。実際には磁束の測定は困難なので、 IEC の時定数に従って記録されたキャリブレーションテープ[注釈 12]が用意され、それを再生してフラットになるよう再生系が調整され、次いで録再総合特性がフラットになるように録音系が調整される。
特殊な用途向けに独自の録音方式も開発された。
当初は会話録音・ BGM 用程度に手軽に扱えるものだったコンパクトカセットだが、用途が Hi-Fi にも拡がり周波数特性やダイナミックレンジなどが要求されるようになると、さまざまな磁性体を用いたさまざまな特性のテープが現れ、互換性に問題が生じてきた。そのため、テープの録音特性として IEC Type I, IEC Type II, IEC Type III, IEC Type IV の 4 タイプを策定し、それぞれに基準となる IEC リファレンステープを規定して、タイプごとに互換性を保つことになった。
IEC Type I - IEC Type IV は元は磁性体の種類に応じて分けられたものだが、録音特性が同等ならば磁性体の種類は問わない。
コンパクトカセットの性能向上が著しかった時代には市販テープに追随するために IEC リファレンステープはたびたび改訂されたが、1994年に IEC Type I リファレンステープが BASF Y348M に改訂されて以降、改訂は行われていない。
コンパクトカセットの登場当初から使われているテープと同系の、最も基本的なテープである。最初期のものはオープンリール用スタンダードテープを使用したものが少なからず存在する。「ノーマル」テープとも呼ばれ、一部特殊用途のレコーダーを除き、ほぼすべてのレコーダーで使用できる。安価なものが多く高級なテープでないように思われているが、長年の改良でS/N比の改善により低ノイズ化され、CDなどのデジタル音声由来の音声ソースからの録音対応など高性能を謳ったものも数多く登場した。これらはSTD(Standard)ランク、LN(Low Noise)ランク、LLHランク(Low-Class Low-noise High-output)、LH(Low-noise High-output)ランク、SLH(Super Low-noise High-output)のように複数のランクで性能差を判別する。
1990年代以降は低価格化やコストダウンが目立ち、音楽・一般兼用の低級LHと音楽用の標準LHのみの販売にほぼ集約された。TDKのF・LN・D・AE・SD・AD、日立マクセルのLN・UL・UR・UD・UDΙはソニーと日本コロムビア(DENONブランドを含む)を除く数多くの録音機メーカーのリファレンス(基準)テープとして用いられた[注釈 15]。
磁性体として当初γ‐酸化鉄 (III) (γ-Fe2O3) が用いられ、またその後も多く用いられたので "Fe2O3" と表記されることがあるが、 IEC Type I テープの磁性体は必ずしも Fe2O3 ではなく、主に高級タイプに用いられた、Type III に倣った発想で、特性の異なるγ酸化鉄を二層塗布したもの(富士写真フイルム/Fx-Duo・Range6、日本コロムビア=DENON/初期DX3・DX4)、例は少ないが四酸化鉄(マグネタイト Fe3O4)のもの (TDK/ED)、そして1980年代に入って開発された、γ酸化鉄の生成時の内部空孔(ポア)をほぼなくして磁気効率を改良した無空孔(ノンポア/ポアレス)酸化鉄(TDK/初期AR、日立マクセル=maxell/初期UDI)およびそれのコバルト被着タイプ(前掲機種の後期型)がある。また、後にType IIの主流になったものの、最初はType Iの高性能タイプ用に用いられたものに、コバルトドープ酸化鉄 (Scotch/HighEnergy) やコバルト被着酸化鉄 (maxell/UD-XL) がある。特にコバルト被着酸化鉄はその調整の容易さと高域特性改善の面からTypeIでも並行して用いられ、1970年代後期から高級タイプ (TDK/AD-X、maxell/XLI-S) の、1980年代中期以降は普及タイプ(富士写真フイルム=AXIA/PS-I、太陽誘電=That's/RX)にも多用された。
再生イコライザの時定数は 120 µs と 3180 µs 。
カセットに IEC I, TYPE I, または単に I の表示がある。 IEC リファレンステープは BASF Y348M (1994年改訂)。
1970年代初期に登場。IEC Type I より保磁力の大きな磁性体を使用するテープである。テープ速度が遅いため高域のダイナミックレンジが狭いコンパクトカセットの欠点を改善するために開発された。「クロム(クローム)」「CrO2」「コバルト」「Co-Fe2O3」テープなどとも呼ばれる。俗に「ハイポジション」とも呼ばれる[8]。
磁性体としては最初期こそ代名詞ともなった二酸化クロム(CrO2; デュポンが発明)が主流だったが、中域以下の MOL が低くヘッド摩耗が激しかった[注釈 16]ことに加え、日本国内でめっき工場の廃液などの公害問題(六価クロム廃液)の風評の余波で次第にフェードアウトし、特許のライセンス問題もあったので[9]、1970年代後半 - 1980年代初頭に一部で用いられたコバルトドープ酸化鉄(Scotch/Master70、DENON/初期DX7)等を経て、コバルト被着酸化鉄磁性体(Co-γ-Fe2O3;酸化鉄の表層にコバルトフェライトが結晶成長したもの)(TDK/SA、maxell/XL II)へ移行した。これらは中低域の強化や低ヒスノイズ化、高域MOLの向上が図られ、1980年代には音楽用テープの代名詞となった。[注釈 17]1980年代終期、この酸化鉄の代わりに前述のマグネタイトを核に用いたものもあり、日立マクセル、日本コロムビア等が採用した(maxell/最終XL II-S、後期UD II)。 ポジションの位置づけとしてはノーマルテープよりも上位だが、性能的には高級ノーマルテープと重なる部分があり、低価格タイプが高級ノーマルテープ、中級タイプが最高級ノーマルテープと同等の性能と評価されている。ただし高級ノーマルテープが得意な高MOL特性と、ハイポジションが得意な低ノイズ特性を相殺した評価であるため、実際の音質特性はそれぞれ異なる。
IEC Type I より録音バイアス量を増やす必要があり(IEC Type I 比 1.5 倍程度)、また保磁力は IEC Type I、および IEC Type III 磁性体の約 1.5〜1.8 倍程度もあり、これらの各ポジション用テープに比較して消去しにくいため、 IEC Type II テープに対応したレコーダーでないと録音できない。再生はできるが高域が強調されるので、基本的には IEC Type II テープに対応したレコーダーでないと使用できないと考えた方がよい。
再生イコライザの時定数は 70 µs と 3180 µs で、再生時に IEC Type I テープより高域を減衰させることで雑音の高域成分を抑えている。
カセットに IEC II, TYPE II, または単に II の表示がある。 IEC リファレンステープは BASF U564W (1986年改訂)。
高域は伸びるが低域に弱いIEC Type IIと、逆に中低域は強いが高域が弱いIEC Type Iの両者を併せることで弱点を補完しようという発想から生まれたものである。
基本的に下層に中低域用のγ-ヘマタイト、上層に高域用の二酸化クロムを塗布するため、「フェリクロム(フェリクローム)」「Fe-Cr」テープとも呼ばれるが、他にも上層をコバルト被着酸化鉄にしたり (DENON/DX5)、特性の異なるコバルト被着酸化鉄の二層塗布とするものも存在する。元々は IEC Type I のみに対応するレコーダーの高域特性を改善するために開発され、1973年にソニーから初の二層塗布テープ「Duad」が発売された。後にIECで正式にTypeIIIとして制定された。
高級音楽用として、1970年代には各社の最高価格帯の製品として君臨したものの、製造工程の複雑さや専用のバイアス・イコライザが必要ではあるが自動ポジション検知は構造上できない等の使用時の煩雑さ等もあり、発売したメーカーは多くない。日本でも大手のTDK、日立マクセル、富士写真フイルム等は採用せず、同価格帯には高級ノーマルポジションを置いていた。
IEC Type III テープが登場した当時(1973年)は IEC Type I のみ対応のレコーダーで使用でき、また初期の IEC Type II テープは中域以下の MOL が低い欠点があったため存在意義があったが、 IEC Type I, IEC Type II テープが改良され、またレコーダーも IEC Type II に対応したものが多くなると存在意義が希薄になり、1978年に3M社よりメタルテープ (Type IV) が発売された後は、最高級音楽用としての役割はそちらに置き換えられて各社とも撤退し、日本で1980年代まで発売を継続していたのは開発元のソニーのみであったが、それも1980年代後期にはカタログ落ちしている。ソニー製カセットデッキでも1984年に発売された「TC-K333ES」を皮切りに手動式テープセレクター仕様であってもIEC Type III対応カセットデッキは順次廃止されている。ただし、1980年に販売開始した可搬型カセットデッキ「TC-D5M」(通称「カセットデンスケ」)は、手動式テープセレクターによるTypeIII対応機として2005年まで生産販売されていた。最高価格帯の製品でもあったためか同時期には1社1グレードのみで、価格帯としては同時期のIEC Type IIと同等かやや上、IEC Type IVよりは下となる。
そのType IIIがほぼ死滅した1980年代中期、松下電器産業が「オングローム」ブランドで投入した蒸着テープが存在した。通常の塗布層の上にさらに金属コバルトを蒸着させるという、発想自体は極めてType III的な製品だった(ポジションは当初Type II、後Type I・IVを追加)。TypeIIIと異なる点は、低域 - 中高域のテープ特性の大部分は下の塗布層に由来しており、上の蒸着層は超高域(スピーカーで言うスーパーツィーター)のみを担当する。そのために高域特性を大幅に改善したものの、塗布層自体の性能が他社の同価格帯と比較して見劣りしていたこと、その強力な高域特性のためデッキによって相性の相違が激しく、また製造コストの高騰からくる価格設定の高さもあり、短命に終わった。この技術は、蒸着層の超高域信号(ビデオの映像信号)への対応能力を買われて、後にビデオカメラ用テープの技術として開花することとなる(Hi8のMEタイプ、その後のテープ式デジタルビデオの規格DV (ビデオ規格)|DVC)。
録音バイアス量は IEC Type I 比 1.1 倍程度。再生イコライザの時定数は IEC Type II と同じく 70 µs と 3180 µs 。
カセットに IEC III, TYPE III, または単に III の表示がある。 IEC リファレンステープはソニー CS301 。
最も後に現れたもので、酸化されていない鉄合金磁性体を使用するテープである。「メタル」テープとも呼ばれる。
磁気テープが実用化された当初から、磁性体としての性能は酸化鉄より純鉄(酸化していない鉄)のほうが優れていることは判っていたものの、酸化しやすい(安定性が悪い)点や製造コストなどの点から実用化は遅れていた。元々はデータレコーダ用高密度記録用磁性体として開発されており、それを音楽用に転用した製品が、1978年、米国3M社から「Metafine」として発売され、後にIECで正式にTypeIVとして制定された。
元々が高価格であったため(後に低価格化されたが)、長らく愛好家(マニア)向けというイメージがあった。ラインナップは当初、各社の最高価格帯に設定され、基本的に1社1品種(TDKのMA-R、およびMA-XGはハーフのみ異なる番外的な製品)であったが、後にメタル磁性体の量産体制が整うと低価格化されて、1990年代にはノーマルやハイポジションの低価格帯と同等までになった。同時にグレードも多岐にわたり、最盛期となる1980年代終盤には国内大手メーカーで高級機から普及機まで3 - 4グレードを擁していた。
主成分はα-Feとコバルトなどの合金であるが、これも酸化に弱いという欠点を克服すべく、各社工夫していた。表面にマグネタイトを形成する方法が一般的だがまったく充分ではない。還元時の焼結防止も兼ねてシリカ、酸化アルミニウムなどを析出、被覆し酸化防止をしている。このメタル磁性体も、1980年代初期よりイコライザーが同じTypeIIへの転用が図られ、極めて高出力な特性を買われて主に高級タイプ (TDK/HX、DENON/DX8) に用いられたが、中には低価格タイプ (That's/EM) も存在する。このメタルパウダーの成分はNiを合金としており、ハイポジションの保磁力に近づけるように設計をしていた。これは言い方を変えればメタル磁性粉をパーマロイ化して保磁力を下げたといってよい。俗にLow Hcメタルとも呼ばれ、ハイポジションの欠点であった低音域のパワー不足を大幅に向上させた。
残留磁束密度は IEC Type I - IEC Type III 磁性体の 2 倍程度、保磁力は IEC Type II 磁性体の 2 倍程度、およびIEC Type I 磁性体の 3 倍程度もあり、結果として全帯域での録音レベル及びMOLが非常に高い。かつてのオープンリールテープに迫るダイナミックレンジを持つと言われた。反面、録音バイアス量を IEC Type II の更に 1.5 倍程度に増やす必要があり、消去も IEC Type II より更にしづらく、一度録音したものの上から直接録音すると前の音が残留してしまうなどの問題もあり、取扱いに注意を要する。テープの能力としては非常に高いといえるが、レコーダー側のヘッドや発振回路などの負担も大きくなる[注釈 18]。当然、 IEC Type IV テープに対応したレコーダーでないと使用できない。
再生イコライザの時定数は IEC Type II と同じく 70 µs と 3180 µs 。録音機器、および再生機器側がそれぞれハイ(クロム)ポジションに対応していれば、再生のみは可能。[注釈 19]
カセットに IEC IV, TYPE IV, または単に IV の表示がある。 IEC リファレンステープは TDK MJ507A (1991年改訂)。
収録時間は、“Cassette”の頭文字“C”に両面の公称総収録時間を付けて表示される(主に1970年代後期頃からは省略されることが多い)。標準的な製品は、それぞれC-30からC-120と呼ばれる、両面で30分 - 120分(=片面で15分 - 60分)録音できるものである。
収録時間によってテープの厚みが異なり、標準タイプのC-60以下で約17 - 18µm(ベース厚13.5µm)、長時間タイプのC-64 - C-90でその約2/3の11 - 12µm(ベース厚7.5µm)、超長時間タイプのC-120で半分の9µm(ベース厚4.5µm)と段々薄くなる。なお、この数値は磁性層4.5µm(メタルテープは3.5µm)を含んだ厚さであり、テープの長さが変わっても磁性層の厚さは変わらず、ベースフィルムの薄さにのみ影響する。このため、長時間録音になると安定性と耐久性は悪化し、高温下で伸びやすく、又は過剰なテンションによって切れやすくなる。温度変動が大きい高負荷環境にあるカーステレオや、特に緻密な走行制御(安定性)を要するクローズドループ・デュアルキャプスタンを採用した一部のテープデッキ(主に概ね最低5万円台以上のクラスの3ヘッドタイプのものがほとんど)ではC-90以下の使用を推奨している。
規格としてはTDKの輸出モデルなどにC-180やC-240もあるが、耐久性の問題(テープ厚はC-180で6.5µm、C-240で5µm。ベース厚はそれぞれ2µm、0.5µm=物理上の限界値)もあり製品としてはほとんど存在しない。
特殊用途を除く一般的な収録時間は、過去に国内で発売されたものだけでもC-5・C-6・C-8・C-9・C-10・C-12・C-15・C-16・C-18・C-20・C-22・C-30・C-36・C-40・C-42・C-45・C-46・C-48・C-50・C-46+5・C-52・C-54・C-55・C-60・C-62・C-64・C-65・C-60+5・C-70・C-74・C-75・C-76・C-80・C-84・C-90・C-92・C-94・C-90+5・C-100・C-108・C-110・C-120・C-120+5・C-150と多岐にわたる。
テープは磁気の強弱で情報を記録しているため、磁界の影響で内容が消滅する恐れがある。そのため磁石の近くや強い磁界のある場所(大型ブラウン管ディスプレイやスピーカーの上)や高温になる所(自動車のダッシュボード)に保管してはならない[注釈 21]。また高熱でテープの伸び(形状から“ワカメ”と呼ばれる)やケースの変形が生じると復元困難になる。
またテープは繰り返し再生および録音を行うことで磁性体劣化、摩耗、テープ伸び、テープ鳴きなどの傷みが生じる。その結果消耗や保存状態などによる経年変化が進むと音質の著しい劣化(雑音、ゆがみなど)が起き、またテープ切れが起こるなどの要因で使用できなくなる。それ以外にも録音したものを使用せずに数年放置しておくと、リールの巻き部分で外側と内側のテープの磁気記録が干渉し、転写や音量低下、音質悪化を招く。
テープのうち、再生時間が概ね70分以上のものはリールへの巻き取り外径を小さくするため、磁気テープ媒体が通常より薄くなっている。磁性層の厚さ(4.5µm)は変わらないので、ベースの厚さは再生時間70~90分タイプの場合で60分タイプ(13.5µm)の約56%(7.5µm)となり、120分タイプでは33%(4.5µm)、150分タイプに至っては20%(2.7µm)の厚さでしかなくなる。このため、特に120分以上再生タイプは強度の面で問題があり、再生時間が概ね90分以下のテープにしか適応していないレコーダーで再生・録音をすると、テープ損傷、カセットテープ全体の作動不良、走行トラブルの恐れがある(再生可能なレコーダーでも早送りや巻き戻し・一時停止などの操作を頻繁に繰り返すと走行トラブルの原因となる)[6]。
以下のような欠点がある。
コンパクトカセットのテープはヘッド接触部周囲で外部に露出しており、ケースから出したままの状態ではテープの損傷やほこりの付着を招くため[6]、カセット本体やインデックスカード、タイトル記入シールを収納するためにケースが付属する。ケースに納めるとリールが固定され、持ち運びなどで振動が加わってもテープのたるみが生じない。
※2023年(令和5年)11月現在。太字…ハイグレードタイプ、○印…ハイポジション。
業務用カセットテープメーカーを除く。
(日本国内での正式販売はないので、輸入問屋などを通じるなどして購入可能)
OEM商品も含む。
以下は過去に市販されたものである。
※無印は音楽録音専用標準(LH)タイプまたは音楽録音・一般録音用途兼用(LLH)タイプ、#は一般録音用途用低雑音(LN)タイプまたは最初期に発売された一般録音用途用標準(STD)タイプ、太字は音楽録音専用高級(SLH)タイプ、ECはエンドレスカセット。
※#は低価格タイプ、太字は高級タイプ。
※#印は低価格タイプ、太字は高級タイプ。
記号 | Unicode | JIS X 0213 | 文字参照 | 名称 |
---|---|---|---|---|
🖭 | U+1F5AD | - | 🖭 🖭 | TAPE CARTRIDGE |
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