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『水曜どうでしょう』で放送された企画の中から、2003年以降に「新作」として放送された企画の一覧 ウィキペディアから
水曜どうでしょうの企画 (2003年以降)では、北海道テレビ放送(HTB)制作のバラエティ深夜番組『水曜どうでしょう』で放送された企画の中から、レギュラー放送終了後の2003年以降に「新作」として放送された企画について扱う。企画名については番組内で呼び方が幾つかある企画もあるが、本記事においては正式タイトルはDVD版のものとし、未DVD化企画については暫定的に放送時のタイトルを用いるものとする。なお、表記されている放送日時はHTBでの放送日時である。
2002年9月放送の「原付ベトナム縦断」でレギュラー放送が終了し、2003年はDVDの宣伝特番として2本の短編、2004年には本格的な復活作を放送。その後は2006年(放送では2007年)まで1年に1本のペースで新作を放送。以降はD陣の気分が乗ったときに行くというスタイルになっている。実際、大泉洋(以下「大泉」)はレギュラー放送再開を主張しているものの、ディレクター陣(以下「D陣」)が「いろいろほかにやりたいことが多い」ため再開に至っていないという[1]。また、総集編企画「6年間の事件簿!今語る!あの日!あの時!」を除き原則として新作は旅をメインとした企画が制作されているが、「北海道で家、建てます」のみ、唯一、旅企画ではない道内ロケ企画として制作されている。
2008年は開局40周年記念ドラマ『歓喜の歌』[注 1]、2009年はHTBスペシャルドラマ『ミエルヒ』[注 2]、2012年は同ドラマ『幸せハッピー』[注 3]、2019年は開局50周年記念ドラマ『チャンネルはそのまま!』[注 4] の制作に充てた。
「6年間の事件簿」「プチ復活」「ジャングル・リベンジ」の3作品はDVD第6弾に、「激闘!西表島」は第8弾、「ヨーロッパ20ヵ国」は第28弾、「原付日本列島制覇」は第29弾に収録。なお、HTB含め『水曜どうでしょうClassic』を放送するテレビ局は『Classic』を休止して随時新作を放送している。
なお、2016年3月30日に放送された、DVD発売記念特番「新作DVD第24弾発売記念スペシャルトーク 水曜どうでしょうを語ろう」については、こちらを参照。
「DVD第1弾発売記念」として放送された1時間の総集編である。『どうでしょう』の6年間の放送から、「サイコロ3」の“ヘリ事件”、「ヨーロッパ・リベンジ」の“ドイツ・テント事件”、「シェフ大泉 夏野菜スペシャル」の“パイ事件”といった印象的なシーンを振り返った。また、DVD第1弾である「原付ベトナム縦断1800km」の見所紹介も行っている。北海道限定の放送で、『Classic』でも未放送。
大泉洋(以下「大泉」)と鈴井貴之(以下「鈴井」)の扮装は、レギュラー放送時の総集編と同様CMが入る度に切り替わる。大泉は扮装に対して多少のとまどいがあったが、鈴井が張り切って扮装する姿を見て「その気持ちを口に出来なかった」という。
テレビ放送時の提供読みは開始・終了とも大泉が担当した。
「DVD・写真集の発売記念」として放送された1時間特番。前作同様、道内のみでの放送となった。「原付西日本」の際に訪れた姫だるま工房から「姫だるまの赤ちゃんができたので送ります」という連絡を受けたD陣は、「それならこちらから迎えに行きます」と強引に鈴井・大泉をキャスティングする。半ば無理矢理な形でスケジュールに穴を開けられたことで不満を持つ両者と共に、北海道から持参した高崎のだるまと姫だるま[注 5]を手に大分県竹田市の工房へ向かった。なお、この時大泉は朝から『ドラバラ鈴井の巣』(HTB)のロケに加えて『GOLGOLGO』(エフエム北海道)の生放送を終えた直後だったが、その上に『おにぎりあたためますか』(HTB)のロケをドタキャンされ、鈴井はオーディションの最中であった。
行程はスケジュールの関係から日帰りとなるほか、フライトスケジュールの都合上行き帰りのいずれかで都内に1泊する必要があったため、ロケ前日に東京国際空港へ行き、「一致団結!リヤカーで喜界島一周」でも宿泊した羽田東急ホテルに宿泊。ディレクター陣(以下「D陣」)は「喜界島」の時と同様の“4人部屋(ツインルームにエキストラベッドを2つ加えての4人使用)”でホテルを予約したため、大泉はその点についても不満を顕にした[注 6]。
大分空港からの移動の車中では、約1年ぶりのロケということから思い出話に花が咲くものの[注 7]、鈴井・大泉は番組の感覚を忘れており、藤村忠寿ディレクター(以下「藤村D」)はカーナビの設定を間違え、嬉野雅道ディレクター(以下「嬉野D」)はカメラ固定用の一脚を忘れた状態でロケを開始。加えてD陣は機材・ロケセッティングが鈴井に頼りきりになったことから、大泉に「ミスターはアズビー(札幌のロケコーディネート会社)じゃねえんだぞ!」と苦言を呈された。なお、行き帰りの行程で共に大分空港を利用したが、工房サイドからは「熊本空港の方が(工房に)近い[注 8]」ことを知らされる。しかし、既に帰りの便も大分空港発の便を予約済だったこと、レンタカーの返却もあることなどの兼ね合いから、予定の変更は不可能となった。
工房に到着したところ、『産まれた』赤ちゃんだるまは全4体で3体が姫だるま(女児)だが、1体の姫だるまだけ男児である事が明らかとなった。しかし、普段姫だるましか作っていない工房側では「男のだるまの顔が描けない」という事になり、急遽『高崎のだるまの親代わり』である大泉が『初孫』の顔に筆を入れることとなった。最初は高崎のだるまの顔を見ながら髭などを描いていたが、途中から「藤村Dの顔が姫だるまの輪郭と似ている」と思った大泉は、藤村Dに瓜二つな泣き顔のだるまを完成させ、藤村Dの名前である『忠寿』と命名した。
ちなみに番組の性質上、CM前にはDVD・写真集についての宣伝が毎回挿入されている。
テレビ放送時の提供読みは開始・終了とも嬉野Dが担当した。
藤村Dが企画会議において「もう一回ジャングルは嫌だよね」と発言したことをきっかけに発案された企画。建前として、1998年に行われた「マレーシアジャングル探検」で起きた事件の真相を知るために、再びマレーシアのジャングル奥地へと潜入する、という名目だったが、本当のところは「ただ大泉くんのビックリした顔が見たかっただけ」とのことだった。
ちなみに、ロケ終了段階での仮称は「激痛」だった。
『どうでしょう』の本放送としては初めて、北海道地区での放送直後から『リターンズ』および『Classic』を放送している地域やANN系列局、さらにはANN系列以外の地方局でも次々と放送された。その中にはANN系列のキー局であるテレビ朝日(EX)もあった(鈴井の監督映画『銀のエンゼル』公開の宣伝を兼ねたもの)。
前年に行った「ジャングル・リベンジ」のロケ終了前、大泉が「俺は闘牛をやってみたい」「牛追い祭りなんて良いね」と発言[注 10]したことを受け、D陣はスペインの「牛追い祭り」(サン・フェルミン祭)を実際に視察する[注 11]。視察を行った結果、「祭りの全容を見たD陣が満足して興味がなくなってしまった」こと、「牛追いを撮影するにはカメラの台数が足りない」こと、「カメラポジションを確保するための交渉が難しい」ことなど、規模の面での問題が浮上したため、企画を変更する。加えて「今回こそリラックスした旅をしよう」ということから、遊び前提の企画へ方針を定めた。
大泉には「今回は牛追い祭りである」と思い込ませ続け、2005年7月11日にHTBの駐車場で行われた企画発表では、牛追いを彷彿とさせる鈴井の扮装・企画説明用ボードを用意するが、発表された企画は「スペインでのうし(牛)追い祭り」ではなく、「西表島でのむし(虫)追い祭り」であった。この結果大泉が騙されているが、放送上では触れられていないものの、同じく企画に参加した安田顕(以下「安田」)も騙されている(大泉と同様にパスポートを持参していた)。
西表島への到着後、現地コーディネーター“ロビンソン”の「虫はつまらない」という一言で当初の企画だった「むし追い祭り」が頓挫し、「ロビンソンが紹介する西表島の魅力をたっぷりと紹介する」という企画に変更。これは、そもそもが遊び目的であったため企画が定まっていなかったことによる。対決内容は順に砂浜で魚獲り・ヤシガニ獲り・大うなぎ獲り(と、大うなぎを釣るための餌となるカエル獲り)・テナガエビ釣り・港で魚釣り。
当企画ではどうでしょう班と安田以外にも、当時『ハナタレナックス』のプロデューサーだった「キャップ」こと福屋渉(現HTB東京支社長)や、スタイリストの小松江里子などのHTBの番組スタッフも参加。最終対決では福屋が出演者と共に並んで(画面外で)釣りを行い、エンディングのクレジット表示においても名前が記載された。
2020年時点で、安田が出演した最後の企画である。
2005年7月11日早朝に番組公式ウェブサイトの日記、「CUE FAN MOBILE」(鈴井・大泉・安田の事務所「CREATIVE OFFICE CUE」の公式モバイルサイト)(鈴井)、CREATIVE OFFICE CUEの公式ページ(大泉)などでそれぞれが旅に出ることを告知。なお、ロケ期間中はTEAM NACSの全国公演『COMPOSER~響き続ける旋律の調べ~』が行われていたが、大泉と安田のスケジュールがロケのために押さえられていたため、丸1か月の休演期間が設けられた。
「サン・フェルミン祭」は例年通り7月6日 - 14日に開催されており、今回の企画が「牛追い祭り」であると見ていた視聴者は多かったものの、9月に全8夜という「ヨーロッパ・リベンジ」や「アメリカ合衆国横断」と並ぶ長期間の放送が決定。10月5日にHTBでの『Classic』放送直後に新作の予告CMが初OAされた。CMは「牛追い祭り」の映像と驚愕する大泉の映像が使われていたが、企画の詳細は一切伏せられていた。
10月14日 - 10月16日に実施した「水曜どうでしょう祭」において第1夜と第2夜を先行上映。内容は藤村Dにより緘口令が下された。内容については他の都府県各局での放映の絡みから公式ウェブサイト上では明かされずいたが、2006年2月2日に愛媛朝日テレビでの新作放送決定を日記で告知する際、嬉野Dが誤って内容を漏らすミスを犯している。ちなみに、正式な企画名と内容を公表は同年7月10日に藤村Dが公式ウェブサイト上で行った。
この企画の中心となったロビンソンは現地の自然ガイド兼観光コーディネーターで、このロケの一部であるカヌーとテナガエビ釣りのツアーを「どうでしょうロケ地巡りツアー」としてどうでしょうファン向けに提供している。放送直後からロビンソンを訪れるファンが多くおり、新たな聖地となっている。なお、ロビンソンはフジテレビ『晴れたらイイねッ!』を始めとして数々の西表島を紹介する番組に出演している。また、かつて北海道の阿寒町に住んでいたことがある。
1997年放送の『ヨーロッパ21ヵ国完全制覇』および1999年放送の『ヨーロッパ・リベンジ』において、時間上の制約から周り切れなかったバチカン市国、サン・マリノ、ポルトガルを周りきる企画。前2回で訪れていない国のうち、地理的に距離があるアイルランドは除外され、タイトルも「21ヵ国」から「20ヵ国」へと変更され、本企画のオンエアを以て「ヨーロッパ完全制覇」企画は一応の完結を見る事となった(なお、後に企画される2020年放送の「21年目のヨーロッパ21ヵ国完全制覇」にて再びアイルランドを目指しており、正式な完結という意味では「21年目のヨーロッパ21ヵ国完全制覇」を以て「ヨーロッパ完全制覇」企画は完結する事となる)。仮タイトルは「2007年新春スペシャル! 2006年最新作! 真冬に見る! 夏の思い出!」。
1997年の「ヨーロッパ21ヵ国完全制覇」の開始日から丁度9年が経過した2006年8月22日にHTB前から出発。これまでの「ヨーロッパ」シリーズはフランス・凱旋門前のロータリー交差点からのスタートであったが、バチカン市国への入国を果たすべくイタリア・ローマからのスタートとなった。バチカン市国への入国後、ローマでレンタカー(ルノー・ラグナIIワゴン MT車)を借りサン・マリノ、フランス・スペインを横断してポルトガルにあるユーラシア大陸最西端のロカ岬を目指す。
2006年2月6日、鈴井と大泉の所属事務所CREATIVE OFFICE CUE社内にて、鈴井・嬉野D・藤村Dの3者による新作についての会議が行われ、企画が決定する。D陣は大泉に対し「スケジュール以外の企画に対する質疑」を行うことを禁止すると宣言。これに対し、大泉はCREATIVE OFFICE CUEの公式サイト内にで「企画会議に参加させて欲しい」と申し出たものの、「大泉のビックリした顔」を期待するD陣に拒否されている。
また、藤村Dはこの新作ロケに合わせ、ドラマ『小早川伸木の恋』(フジテレビ)の出演における役作りとしてストレートヘアに変えていた大泉を、ロケ実施までに元来の「パーマをかけたもじゃもじゃの髪形」へ戻すことを命令。「戻さなければ(大泉が)カツラをかぶってロケを行う」とも発言した。
今回、出発後に以下の時間(日本時間)に出演者による書き込みが行われている。ちなみに前回の西表島では藤村Dの「しばらく旅に出ます」のみであった。当然ながら、書き込みには企画内容や場所はあまり記載されていない。しかし、旅を終えて初めての公式サイトの日記の更新は、藤村Dは「海外へ行ってきた」と記した。
なお、(鈴井)とあるのはCREATIVE OFFICE CUE公式サイト内の「社長室」、(大泉)はCREATIVE OFFICE CUE公式サイト内の「CUEダイアリー」、(藤村)および(嬉野)とあるのは番組公式サイトのトップページにそれぞれが書き込んだ発言である。
北海道地区においては前作から4年ぶりの新作放映。撮影は放送のおよそ半年前である2010年夏に行われたが、撮影量の多さから編集作業に時間が掛かり[注 17]、2011年春に「対決列島 〜甘いもの国盗り物語〜」を超える規模の全12週に渡って放送された。
今作からは番組史上初のハイビジョン制作へ変更される。オープニングは画角が4:3であることを前提の映像だが、タイトルバックが黒だったことから継続して使用(映像自体は16:9の画角に対応する形で作り直されている)され、本編中に登場する過去の企画映像・画像に対しては、ワイプとしての挿入およびサイドパネル付きで放送された。また、ハイビジョン制作となった本作からはDVD版と同時にBlu-ray Disc版の併売を開始。Blu-ray版では、テレビ放送と同様にハイビジョン画質で視聴できるようになった。
これまで「72時間!原付東日本縦断ラリー」(1999年)、「原付西日本制覇」(2000年)と続いてきた原付列島縦断の最終章と銘打ち、前2つの企画で回っていなかった東京から高知の区間[注 18] を制覇することを目標とする。大泉がNHKの大河ドラマ『龍馬伝』に出演したことにちなみ、ゴールを高知県桂浜の坂本龍馬像とし、羽田空港(厳密にはその近郊にある大師橋付近)からスタートした。また、道中では「対決列島」の要素も組み込まれ、鈴井と藤村Dが『荷台に乗せたあるもの』を賭けて甘味対決をするシーンも見られた。詳細は後述。
今回はD陣の負担軽減を目的に、専属カメラマン(通称:タケシ。前後枠の撮影も担当している鈴木武司[注 19])・ドライバー(松倉和哉[注 20])・音声担当(通称:ガッツ。松澤聡)の3名が付いている。その結果、嬉野Dはビデオの代わりにスチル写真を撮っていたほか、トークにも通常以上に介入していた。これまでのロケでは、撮影担当である為カメラのファインダー越しでしかロケの様子を見てこなかった嬉野Dは、今回初めて直接自分の目でロケを見ることになり、「生でどうでしょう見てるみたい」という感想を残した(その感想を聞いて鈴井は「素人さんの意見」、大泉は「今や彼は作り手でもなんでもない」「どうでしょうの旅に選ばれて参加した素人」と評した)。また、撮影担当の負担が無くなった嬉野Dはしばしば居眠りをしそうになり、藤村Dが「文久三年!」「嘉永六年!」と、『龍馬伝』のナレーション(香川照之)を真似た絶叫で起こしたため、大泉からは「弥太郎さんの元号アラーム」と形容された。その後大泉は「目覚まし時計として商品化イケる」と発言したが、放送終了後に、藤村Dの音声と後述される大泉の腹太鼓を収録した「水曜どうでしょう原付日本列島制覇 文久目覚まし時計」が実際に発売された[5]。
宿に着いてからのパターンはほぼ統一されており、毎晩のように大泉と藤村Dが相撲を取っていた(正確には両者による張り手の打ち合い。たまに鈴井によるドロップキック)。そして、大泉と藤村Dの相撲が終わり大泉が腹を叩き鳴らす(腹太鼓)と同時に宿の外観の映像に切り替わり「どうでしょう○○(宿泊地名)場所 終」と表示され、さもNHKの大相撲中継のような締め方をしていた。しかも、その後さらに宿の外観のままトークが進むこともあった。これに大泉は「こんなテレビ見たことないぞ」といいつつも、「また若いディレクターに新しい道を拓いたね」ともコメントした。
本企画においては最終夜のエンディング以外で「1/6の夢旅人2002」は用いられていない。また、この企画から長きに渡りテレビ放送において予告編・日時場所スーパーの音楽で使われた映画『ガメラ』のサウンドトラックが、DVD第10弾以降に使われている「水曜どうでしょう予告編(本間昭光作曲)」へと切り替わった。
当企画のロケを5泊6日の日程(2010年7月27日 - 8月1日)で実施。まとまったスケジュールを予めおさえていた事もあり「原付」企画の中では、最も日程にゆとりがあった(東日本は鈴井のラジオ『GO・I・S』の生放送との兼ね合いで4日間。西日本では全行程が同じく6日間だが、当初は大泉出演のラジオ『GOLGO』の生放送に間に合わせる為に3日間で走破する予定だった。しかし、2日目時点での走行距離から3日では到底走破できないと判断したため3日目でロケを中断し、2週間後に再度3日間のスケジュールをおさえた経緯がある。)。実際、「原付東日本」や「原付西日本」でしばしば見られた日没後まで走行しているシーンはほぼなく、明るいうちにその日のスケジュールをこなしていた。この最中、4年ぶりに旅に出たことがあるインターネットサイトのトップニュースになり、本編中でも話題になった。
今回は初めてインターネットからVOD方式で放送と同時に有料配信され、アクトビラ・J:COMオンデマンド・ひかりTVの3サービスで配信された。しかし、放送開始前の配信タイトルに今回の企画名が含まれるというネタバレが発生してしまうことが判明し、その後放送までに企画を伏せたものに直された。特にアクトビラは初回配信直後にアクセスが異常に集中し、サーバーがパンクするトラブルが発生。鈴井と大泉の所属事務所・CREATIVE OFFICE CUE公式twitterにて「アクトビラの扉が開かない」というコメントが発せられた。
2010年9月21日、藤村Dと嬉野DによるUstream生放送「腹を割って話そう」の第1弾が、藤村Dが普段番組編集などに使用している、HTB本社内にある編集室で実施され、当企画放送前の冒頭の画像が編集室の編集卓のディスプレイに映された。
この企画では鈴井が荷台につけている「マルシン出前機1型」を巡り4回も甘味対決をした。嬉野Dは介入せず完全に中立な立場、大泉は審判を務めた他、基本的に鈴井寄りの立ち位置で応援していたが、後述のとおり勝負の条件を変えたり、勝負したくない鈴井の意思を無視して対決の話を進めるなど『暗躍』する場面が多々あった。
結果は2勝2敗の五分だった。
前作「原付日本列島制覇」以来3年振りとなる新作であり、撮影は同年4月に行われた。放送は全13週となり、前作「原付日本列島制覇」を上回る番組史上最長の企画となった。当初、大泉には「『ヨーロッパ20ヵ国完全制覇』以来の海外ロケ」ということ以外は明かされず、藤村Dの「新しいとこ行こうぜ」、鈴井の「行ったことないとこ行こうぜ」という意気込みから、番組未踏の地であるアフリカ(ケニア・タンザニア)に決定した[注 30]。
ケニア・タンザニアで野生動物を観察する企画で、旅の行程そのものは現地コーディネーターでアフリカ事情に精通し、フリージャーナリストの「アフリカの達人」・大津司郎[6](通称「ムゼー」※現地語で年配の方という意味)に丸投げされている。なお、企画と行き先自体はムゼーや鈴井との飲みの席で決まり、同席した福屋もこの話を聞いた上で同行することになり、さらにテレビマンユニオンディレクターの牧有太もこの席上で呼ぶことが決められた。このことを聞いた大泉は「俺はあれかい? これからあなたたちの飲み仲間と(行くのか)?」と発言している。現地での空港までのドライバーは日本の滞在経験があり、「原付日本制覇」をテレビで見たというリッキー。タンザニアでの現地ドライバー兼ガイドはフィリップ。ケニア・タンザニアでにガイドはステイーブ。また、鈴井と大泉のマネージャも同行している。
撮影は前々作以来となる嬉野Dが担当したが、機材の発展・新規化により「撮影データのバックアップが面倒くさい」等の理由から、牧Dがサブカメラマンとして撮影補助等を行った。更に、鈴井が持参した自前の録画機能付き双眼鏡でも(主に遠方の動物の)撮影を敢行した。
2013年4月には新作ロケの敢行を番組ホームページの日記と鈴井と大泉の所属事務所のCREATIVE OFFICE CUEのホームページの日記でそれぞれ発表[7]。
2013年9月に開催された『水曜どうでしょう祭 UNITE2013』にて、第1夜から第3夜までは、放送に先駆けて先行上映。また、前枠・後枠も客席をバックにして、全国から真駒内に集まったどうでしょうファンと共に収録した。
前枠では「北海道で…」に統一されたが、番組表では、第7夜まで「北海道に…」[10]、第8夜以降は「北海道で…」[11] と表記されていた。
「初めてのアフリカ」以来、6年ぶりの新作となった。企画は赤平市の鈴井の家から始まった。今回は「どうでしょう迷走中」と銘打たれ、企画発表する前に大泉に(半ば本気で)今回の企画をどうするか相談したり、大泉が全く参加していないロケを行いそのVTRを大泉が作中で後から鑑賞するなど、これまでにない試みが多数行われた。企画発表も第1夜では行われず、第2夜で行われ、これまでで最長の時間を要した。
赤平の森(鈴井の敷地)にツリーハウス「レイクサイドリゾート どうでしょうハウス」を作るという企画であり、夕食は大泉が料理を作り、テントで泊まるという回もあった。前枠・後枠の一部を除き全て赤平市内で撮影され、オール道内ロケの企画としては(総集編を除き)不定期放送となってから初、レギュラー放送時代に遡ると『釣りバカ第3弾! わかさぎ釣り対決2』以来19年ぶりとなった。また、家を作るという企画としては番組最初期の1996年11月に放送された『粗大ごみで家を作ろう』で、当時ごみステーションでの回収が実施されていた札幌市内の粗大ゴミを集めて家(部屋)を作った時以来23年ぶり2回目となったが、前述の通り今回は本格的なツリーハウスを建築する事となった。無理矢理ひねり出された企画という体にはなっているが、「(本格的な)家を建てる」という構想自体は「初めてのアフリカ」のロケ最終日に鈴井と藤村Dの間で話が持ち上がっていたものである[12][注 34]。撮影開始日は2017年1月8日[13]。最終夜の撮影が行われたのは、本放送が既に始まっている2020年2月13日であった。一つの企画に足掛け3年1ヵ月の期間が費やされたのは、初である。
2016年12月12日、鈴井が藤村Dと嬉野Dと3人で打ち合わせを終えた事を自身のTwitterにて報告[14]。
2017年1月8日、番組ホームページ上の本日の日記にて、藤村Dが「行ってきます。どうでしょう軍団」と投稿し、新作のロケに出た事が発表された。しかし、その翌日には鈴井が自身のTwitterにて旅には出ていない旨をツイートした事から、「ロケに出た」と言う藤村Dと「どこにも行っていない」と言う鈴井の発言で矛盾が発生しているように思われる事態となった。これによって視聴者サイドからは2017年時点では新作ロケ実施の有無が判然としない状態が発生し、更に翌2018年に後述の「21年目のヨーロッパ21ヵ国完全制覇」にあたる旅ロケに出た事から、不定期放送化後としては初めて未放送の新作が複数ある状態が発生するなど、情報が錯綜する事態となった。結果的に最初のロケから2年後、本作の第1・2夜の「どうでしょう祭」での先行公開、及びHTBでの本放送で「2017年に新作のロケはしていたが、旅ロケではない道内企画」だった事がようやく判明し、2年ぶりに謎が判明する形となった。
2017年9月には「水曜どうでしょう DODESYO CARAVAN2017」で藤村Dは2018年内には新作を放送すると発表したものの[15]、後述の理由により同年内の放送は実現しなかった。
2019年1月にはテレビCMで新作の編集開始を発表[16]。
第1夜と第2夜は、2019年10月にさっぽろばんけいスキー場で開催された「水曜どうでしょう祭 FESTIVAL in SAPPORO 2019」(以下「どうでしょう祭2019」)の会場及び、全国204の映画館などで祭会場と同時中継された「ライブビューイング」で先行上映され、計約10万人が鑑賞した。祭会場では大泉がGM(TBS『ノーサイド・ゲーム』で大泉が演じた主役・君嶋隼人がモチーフ)、鈴井が利一(リーチマイケルがモチーフ)に扮し、第1夜と第2夜の前後枠の撮影も行った。なお、本作の前後枠は2003年以降の新作では、初めて平岸高台公園での撮影が行われなかった。
HTBオンデマンド[注 35]では、第1夜と第2夜はHTBの放送開始から約5分後、第3夜以降は放送終了直後という、過去最速の速さで有料配信されたほか、全国各地のテレビ朝日系列の放送局(ANN)や独立局などでも順次放送された。なお、最終夜(第11夜)は、藤村Dの「全国の人みんなにリアルタイムで観てほしい」という意向から、HTBオンデマンドにて、放送当日のみ・低画質となったが、無料で配信され[17]、アクセスが集中したために、一時はサーバーダウンに陥った[18]。
といった内容が伝えられていたが、この内容が冒頭で早速ネタにされた事で大泉からは「僕の真意が伝わってない」と苦言を呈された。また、いつもの様に旅に出るのだろうと思っていた大泉は国内でも海外でも対応できる様、年始早々に1週間のスケジュールを空けていたが、長期間に複数回のロケで家を建てるという本企画を計画していたD陣から「そんなに日数いらない」として、抑えていた日数を一部返された事も明かされている。
今回は2007年放送の「ヨーロッパ20ヵ国完全制覇~完結編~」にて、アイルランドを除いた20ヵ国制覇を果たし一度は完結としたヨーロッパ完全制覇企画の続編となる。2018年8月1日に企画発表され、1997年放送の「ヨーロッパ21ヵ国完全制覇」・1999年放送の「ヨーロッパ・リベンジ」・2007年放送の「ヨーロッパ20ヵ国完全制覇~完結編~」の過去3回の旅で来訪せずじまいとなっていたアイルランドに行くことが明かされた。1997年放送の「ヨーロッパ21ヵ国完全制覇」から21年目というのもあり、「21年目のヨーロッパ21ヵ国完全制覇」[注 44] となる。
レギュラーメンバー4人だけで行う海外ロケとしては2007年放送の「ヨーロッパ20ヵ国完全制覇 完結編」以来12年ぶりとなる。
2005年の「激闘!西表島」で訪れた西表島を再訪する。過去の企画のリバイバル編としてはこれまで「ジャングル・リベンジ」、「ヨーロッパ完全制覇シリーズ(完結編・21年目)」、「原付日本列島制覇」といずれもレギュラー放送当時の企画から行われていたが、今回は初めて不定期制作移行後の企画からのリバイバルとなった。
ロケには「激闘!西表島」でも同行した、東京支社長の福屋(キャップ)や、スタイリストの小松も同行したが、「激闘!西表島」に出演していた安田は出演しなかった。
しかし後述の通り、予定されていた3泊4日のロケ日程のほぼ全期間において台風12号の西表島接近により東京のホテルでの足止めを余儀なくされ、スケジュールが完全に破綻。全6夜中4夜がホテルの部屋の中のシーンのみで構成されるという極めて異例の内容となった(3夜目の途中から那覇市内のホテルに移動)。何とか無事西表島に辿り着くも、滞在は約5時間となった。天候の影響で飛行機ごと足止めされてしまうのは、レギュラー時代も含めて番組開始以来初めての出来事であった。
2022年9月25日、レギュラー放送最終回から20年を記念して行われたYouTubeでの生配信において、同月に新作のロケを行ったことが発表された[31]。前回までの企画と異なり、今回はロケ完了後の事後報告形式で新作の制作が発表される形となった。内容の詳細は公開されていないものの、大泉からは「ロビンソンに会いに行った」、「滑り台が死ぬほど笑える」などの情報が断片的に語られている[31]。当初は「2023年春頃を目処に放送予定」とされたが[31]、最終的に2023年7月2日に全国の映画館でライブビューイングの形で先行公開された[32]。このうち地元のユナイテッド・シネマ札幌にはどうでしょう軍団4名が登場しファンとともに鑑賞、前枠・後枠の収録も行われた[注 52][33]。翌日には、企画名は「懐かしの西表島」であること、そして8月30日よりHTBで放送されることが公式に発表された[30]。
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