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アメリカで開発された、艦艇用近接防御兵器。 ウィキペディアから
ファランクス(英語: Phalanx)は、アメリカ合衆国で開発されたCIWS。M61「バルカン」 20mm多銃身機銃と小型の捕捉・追尾レーダーを組み合わせて、対艦ミサイルのような小型高速の目標を全自動で迎撃できるようにしたシステムであり[4]、アメリカ海軍ではMK 15として制式化され[5]、バルカン・ファランクスと俗称される[6]。
ファランクス (火器) | |
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護衛艦「あぶくま」の搭載機(ブロック0) | |
種類 | 近接防御火器システム |
原開発国 | アメリカ合衆国 |
運用史 | |
配備期間 | 1980年-現在 |
配備先 | 採用国を参照 |
関連戦争・紛争 | 湾岸戦争 |
開発史 | |
開発者 | ジェネラル・ダイナミクス[注 1] |
製造業者 | ジェネラル・ダイナミクス[注 1] |
製造期間 | 1978年[1]-現在 |
諸元 | |
重量 | |
銃身長 | |
全高 | 4.7 m (15 ft 5.0 in) |
要員数 | 自動, 監視員 |
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砲弾 | |
口径 | 20x102mm |
銃砲身 | 6本 |
仰角 |
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旋回角 |
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発射速度 | 毎分3,000-4,500発 [選択式](毎秒50-75発) |
初速 | 1,100 m/s (3,600 ft/s)[2] |
有効射程 | 1.49 km (0.93 mi)[2] |
最大射程 | 6,000 yd (5,500 m)[2] |
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主兵装 | M61 20mm 6砲身 バルカン砲×1 |
誘導方式 | Ku-帯域レーダーとFLIR[3] |
ソビエト連邦軍では、1960年代初頭よりK-10S(AS-2「キッパー」)空対艦ミサイルやP-15(SS-N-2「スティクス」)艦対艦ミサイルなど対艦ミサイルの配備に着手していた。これに対し、西側諸国海軍では、自らの対空能力を過信したうえ、これらのミサイルの実戦経験がなかったこともあり、その効用と脅威を過小評価していた[7]。
しかし1967年10月21日、イスラエル海軍のZ級駆逐艦がエジプト海軍のコマール型ミサイル艇に撃沈されるエイラート事件が発生し、情勢は一変した。旧式とはいえ正規駆逐艦が小兵のミサイル艇により為す術もなく撃沈された本件は、西側海軍に大きな衝撃を与え、各国は直ちに対艦ミサイル防御(ASMD)の強化策に着手した[7]。
当時のアメリカ海軍は、DDG以上の主要艦にはタロス・テリア・ターターといった強力な艦対空ミサイルを装備していたものの、これらは遠・中距離の有人ジェット機を対象としており、最近接領域の対空火力は3インチ・5インチ速射砲に頼らざるを得ない状況であった[7]。新しい短距離用の対空兵器として、既にシーモーラーやシースパローといった個艦防空ミサイル(BPDMS)の開発が開始されてはいたものの、リアクションタイム縮減の限界やシークラッターによる低高度目標探知の困難性、対艦ミサイルのレーダー反射断面積の小ささなど、ASMDには不適な部分が多かった[6]。
このことから、これらの個艦防空ミサイルの内側をカバーする近接武器システムの開発が志向されることになった[6]。提案は1968年になされ、1969年にはジェネラル・ダイナミクス(GD)社ポモナ部門[注 1]がフィジビリティスタディを受注した[5]。1973年8月からは試作機がファラガット級駆逐艦「キング」に搭載され、1974年3月にかけて艦上評価試験が実施された[9]。この成果を踏まえて改善された量産機は1977年にフォレスト・シャーマン級駆逐艦「ビグロー」に搭載されて実用試験が実施された。1978年には量産が開始され、1980年に空母「コーラル・シー」に搭載されて装備化された[6]。
本システムは、M61「バルカン」 20mm多銃身機銃と捕捉・追尾レーダーを組み合わせて1基の砲台に集約したシステムである[6]。Mk 15はシステム全体の呼称であり、艦内に配置される操作部を除くとMk 16と称される。マウント単体ではMk 72、FCSはMk 90と称される[5][8]。
本システムは150ミリ厚のプラットフォーム上に架されるが、甲板下に配置しなければならない部分はない。5.5平方メートルの甲板と射界があれば[8]、艦のシステムからは操作用電源と冷却水の供給を受けるだけで作動できる。他のシステムとのインターフェースが少なく、本システムだけで独立した兵器システムとして運用可能であり、全備重量も比較的軽量であることから、大型艦艇から小型艦艇に至るまで搭載できる[9]。
信頼性にも優れており、1977年に行われた評価では、平均故障間隔(MTBF)は188時間、平均修復時間(MTTR)は2時間45分と、いずれも海軍の要求(60時間および3時間)を大きく上回る結果が記録された[8]。
AK-630 | ファランクス | ゴールキーパー | 730型 | |
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画像 | ||||
重量[要出典] | 9,114 kg (20,093 lb) | 6,200 kg (13,700 lb) | 9,902 kg (21,830 lb) | 9,800 kg (21,600 lb)? |
武装 [要出典] | GSh-6-30 30 mm (1.2 in) 6砲身ガトリング砲 |
M61 20 mm (0.79 in) 6砲身ガトリング砲 |
GAU-8 30 mm (1.2 in) 7砲身ガトリング砲 |
[注 2]30 mm (1.2 in) 7砲身ガトリング砲 |
発射数[要出典] | 毎分5,000発 | 毎分4,500発 | 毎分4,200発 | 毎分5,800発 |
射程[要出典] | 4,000 m (13,000 ft) | 1,490 m (4,890 ft) | 2,000 m (6,600 ft) | 3,000 m (9,800 ft) |
携行弾数 [要出典] | 2,000発 | 1,550発 | 1,190発 | 1,000発 |
弾丸初速 [要出典] | 毎秒900 m (3,000 ft) | 毎秒1,100 m (3,600 ft) | 毎秒1,109 m (3,638 ft) | 毎秒1,100 m (3,600 ft) |
垂直軸射撃範囲[要出典] | +88°~-12° | +85°~-25° | ||
水平軸射撃範囲[要出典] | 360° | +150°~-150° | 360° |
上記の通り、本システムでは20mm口径・6銃身のM61A1「バルカン」を装備した。これは当時のアメリカ軍戦闘機で標準的な航空機関砲になりつつあったものであり、高発射速度と安定した弾道が特長であった[6]。砲身長は当初は76口径であったが、ブロック1Bより99口径に長砲身化された[4][5]。
発射速度は、当初は最大で毎分3,000発とされていたが[4]、ブロック1ベースライン1では、機銃の駆動方式を油圧式から空気圧式に変更したことで、発射速度を毎分4,500発まで向上できるようになった[5]。給弾はベルト式で、円筒形弾倉が機銃の下方に配された。準備弾数は、初期型のブロック0では989発、ブロック1では1,550発に増大した[6]。空薬莢は回収シュートによって再び円筒形弾倉に回収され、またもし不発弾が生じた場合も、空薬莢とともに回収される[9]。再装填は30分以内に完了できる[8]。なお射撃そのものは持続的に行われるが、射撃指揮の観点からは、10発ごとのバースト射撃として評価される。またブロック1Bでは、対水上射撃の際には50発ごとのバースト射撃を行うことができるようになった[5]。
弾薬として、当初は、アメリカ海軍では劣化ウラン弾芯のAPDSを使用していたのに対し、海上自衛隊では航空自衛隊と同じM51普通弾を使用していた。その後、技術研究本部でニッケル・クロム・タングステン合金を弾芯に使用するAPDSが開発され[9]、海上自衛隊では57DD「やまゆき」より装備化された[10](86式20mm機関砲用徹甲弾薬包)。またアメリカ海軍でも、1989年から1990年にかけて同様のタングステンAPDSに切り替えた。本システムでは20mm口径弾を使用することから、30mm口径弾を使用するゴールキーパーよりも火力で劣るという批判もあったが、アメリカ海軍では、いずれにせよ弾着によって目標ミサイルの弾頭が誘爆することから破壊力には有意な差はない一方、小口径弾のほうが多くの弾薬を搭載できて有利であるとして、問題はないという見解を発表している[5]。
本システムの際立った特徴は、他戦闘システムから独立して目標の捜索・探知・追尾・攻撃および攻撃効果の判定、再攻撃または他の目標捜索へ移行という一連の対空戦闘を自動で完結するものである[6]。
機銃部上部には白く塗られた円筒形のドームが配置されており、上側には捜索レーダー、下側には追尾レーダーのアンテナが設置されている。これらのレーダーは、アメリカ陸軍がバルカン砲と連動させているAN/VPS-2と混同されることもあるが[6][8]、実際にはVPS-2は単なる測距レーダーであり、別のシステムである[5]。
いずれも動作周波数はKuバンドで、これらの2基のアンテナで1基の送信機を共用しているため、同時に電波を発射することはできず、システム単体では捜索中追尾を行うことはできない。パルス繰り返し周波数(PRF)は、距離に応じて3段階に切り替えられる[5]。
なお最初期のブロック0では、アンテナとしてはいずれもリフレクタアンテナが用いられており、捜索レーダーの捜索範囲は仰角0度から5度に限られていたが、ブロック1ベースライン0では、捜索レーダーのアンテナはバック・トゥ・バック配置のフェーズドアレイ・アンテナ4面に変更され、捜索範囲も仰角70度まで拡大された[5][8]。
またブロック1Bでは、レドームの右側に光学照準装置が追加された。これはピルキントン社製のFLIR(HDTI 5-2F)を用いたもので、検知波長は8~12マイクロメートル、FOVは2×1.3度および4.5×3度であった[5]。
これらの捜索・追尾レーダーにより探知した目標の「現在位置」と、高速で発射される「弾丸群位置」の双方を追尾して両者の差を検出、修正量を算出して、継続的な閉ループ制御による修正射撃を行い、命中を得る[6]。目標の撃破を確認すると射撃を終了し、捜索レーダーの捉えた次の目標に対応する[9]。この射撃計算のためのコンピュータとしては、ブロック0・1ではコントロール・データ・コーポレーション(CDC)社のモデル469Eを使用していたが、ブロック1AではR3000を使用したCDC AMPに変更された[8]。
アメリカ海軍の資料では、1目標の探知から攻撃開始まで約2秒、目標の破壊に要する弾数は平均約200発、最大有効射程は約1,500メートルとされる[6]。最初期の想定では、目標を5,600ヤード (5,100 m)で探知、4,300ヤード (3,900 m)で捕捉し、2,500ヤード (2,300 m)で射撃を開始することとなっていた。内側限界線(阻止圏、keep-out zone)は100–230ヤード (91–210 m)に設定された[5]。
制御部として、戦闘指揮所(CIC)にMk.340遠隔操作盤が、また機銃の近くには(主としてテスト用の)Mk.339操作盤が設置されていた。またブロック1Bでは、これらの制御盤を改修して、光学照準装置による遠隔操作で射撃できるようになった[5]。
最初のメジャーアップデートである。従来のブロック0では低空目標に限定されていたのに対し、ブロック1ベースライン0では、機銃の仰角を増すとともに、捜索レーダーのアンテナ部をフェーズドアレイ方式に変更し、捜索能力も強化した。また搭載弾数も増大した。1981年12月から1982年5月にかけてチャイナレイク海軍武器センターで試験に供され、1988年1月より配備が開始された[5]。
続くベースライン1では、機銃の発射速度を毎分4,500発まで向上できるようになり、またレーダーの感度も向上しており、1988・89年度より生産に入った。またベースライン2では内蔵データバスが追加され、標的機なしで自己テストを行えるようになった[5]。当初はトムソンCSF社製のレーダー送信機の導入も検討されたが、これは実現しなかった[8]。
ブロック1からはブロック0になかった砲身の支えが追加される。
1980年代末より、ミサイルの高速化・ステルス化や多数同時攻撃などによる経空脅威の増大に対処するための次世代ファランクスとしてブロック2の開発が検討されるようになった。計画では、1992年に契約を締結して20世紀末には実用化することとされた[11]。
アメリカ海軍の要求に応じて、GD社では、25mmテレスコープ弾を使用する7銃身機銃を連装に配する案が検討されていた。またFMC社では、ファランクスのマウントに組み合わせる電熱砲 (electro-thermal gun) の開発を受注していた[11]。
しかし後に、このように抜本的な設計変更よりは、ブロック1を端緒とする漸進的な改良策を重ねていくように方針転換されたことから、1992年には、これらのブロック2の開発計画そのものが棚上げされた[5]。
電子計算機を更新し、高機動目標への対応能力を強化するとともに、艦艇自衛システム(SSDS)との連接にも対応した[5][8]。
機銃の銃身長を延長し、レーダーにもサイドローブ抑制やフィルターの改良などを加えたほか、FLIRによる光学射撃指揮装置が追加され、対水上射撃モード(Phalanx Surface Mode, PSuM)に対応した[5][8]。また、最新型のBlock1B Baseline2はレーダーが改良され、脅威判定能力と信頼性の向上、そして整備コストの低減化がなされる。このベースライン2はレドームが白から灰色に変更されている。
NATO各国海軍を始め、21ヶ国で870セットの採用実績がある。
アメリカ海軍は、1980年にミッドウェイ級航空母艦「コーラル・シー」に搭載されたのを皮切りに1990年代までのほとんどのアメリカ海軍艦艇が装備していた。沿岸警備隊の一部カッターにも搭載された。
実戦では、1991年の湾岸戦争でイラク軍のシルクワーム・ミサイルに対抗するため発射したチャフを誤認したオリバー・H・ペリー級ミサイルフリゲート「ジャレット」のファランクスCIWSが護衛対象の戦艦「ミズーリ」に誤射する事故(人的被害は水兵1名が負傷したのみ)が起きた[12][13]。2024年には、イエメンの反政府武装組織(フーシ)による紅海海上での海賊行為への対処(繁栄の守護者作戦)を行っていたミサイル駆逐艦「グレーヴリー」が巡航ミサイル攻撃を受けた際に、CIWSを用いてこれを撃墜した[14]。
2003年7月12日就役のニミッツ級航空母艦「ロナルド・レーガン」で従来のファランクスにかえて、多数目標への同時対処能力と高速飛翔ミサイルへの対処能力向上を目的に、ドイツと共同開発したRAM近接防空システムの搭載を始めている。このため、現在ニミッツ級ではファランクスのみ、RAMのみ、双方搭載と各艦の武装が異なっている。が、次世代のジェラルド・R・フォード級航空母艦やアメリカ級強襲揚陸艦ではRAMとともにファランクスが搭載される予定である[15]。
海上自衛隊では高性能20mm機関砲と呼称され、ヘリコプター搭載護衛艦のしらね型が新造時から装備が計画されたが、昭和50年度計画艦の1番艦「しらね」は後日装備となり、実際には平成2年に装備された。昭和51年度計画艦の2番艦「くらま」は新造時から装備している。
汎用護衛艦では、はつゆき型の昭和54年度計画艦の3番艦「みねゆき」から新造時に装備されるようになっている。また、他の護衛艦にも順次追加装備されている。
1996年6月にはハワイ沖で行われた環太平洋合同演習(Rimpac96)で、あさぎり型護衛艦「ゆうぎり」が、標的曳航中のアメリカ海軍第115攻撃飛行隊(VA-115)所属のNF500(CAG)A-6艦上攻撃機を誤って撃墜している(パイロットは脱出)。
Block1はむらさめ型以降、Block1Bはたかなみ型4番艦「さざなみ」以降に導入されているが、ひゅうが型、いずも型2番艦「かが」、およびこんごう型、あたご型にはBlock1Bが搭載(こんごう型は換装)されたものの、いずも型1番艦「いずも」、あきづき型には除籍艦から流用したBlock1もしくはBlock1Aを新造時に搭載していた。2018年からBlock1B Baseline2への改修キットの調達が始まり[16]、DDはむらさめ型以降で、DDGはこんごう型とあたご型、DDHはひゅうが型および「いずも」で改修が行われている。あさひ型およびまや型、いずも型2番艦「かが」では新造時からBlock1B Baseline2を搭載している。
イギリス海軍は、フォークランド紛争の戦訓から、艤装の最終段階にあったインヴィンシブル級航空母艦3番艦「イラストリアス」に急遽ファランクスを搭載し、後に1・2番艦にも搭載した。その後、インヴィンシブル級のうち1・2番艦はより破壊力の大きい7砲身30mmガトリング砲を採用したオランダのシグナール社(現タレス・ネーデルランド社)製CIWS「ゴールキーパー」に更新し、22型フリゲート(バッジ3)やアルビオン級揚陸艦でも採用された。しかし、同じくフォークランド紛争の戦訓からCIWSを搭載することとなった42型駆逐艦ではファランクスが搭載されており、その後の新造艦でも引き続きファランクスが搭載された。
バーレーン海軍
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