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日本の映画監督 ウィキペディアから
雨宮 慶太(あめみや けいた、1959年8月24日[1][2][3] - )は、日本の映画監督、イラストレーター、キャラクターデザイナー。有限会社クラウド代表[2]。国際SFアートコンテストなど、数々の受賞歴を持つ。
あめみや けいた 雨宮 慶太 | |
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第30回東京国際映画祭にて(2017年10月) | |
生年月日 | 1959年8月24日(65歳) |
出生地 | 日本・千葉県浦安市 |
職業 |
映画監督 イラストレーター キャラクターデザイナー |
ジャンル |
映画 テレビアニメ オリジナルビデオ 漫画 |
主な作品 | |
『未来忍者 慶雲機忍外伝』 『ゼイラム』シリーズ 『鳥人戦隊ジェットマン』 『仮面ライダーZO』 『仮面ライダーJ』 『人造人間ハカイダー』 『鉄甲機ミカヅキ』 『牙狼-GARO-』シリーズ 『衝撃ゴウライガン!!』 |
1978年、阿佐ヶ谷美術専門学校に入学[1]。同校を中退後[4]、1981年にデン・フィルム・エフェクトに入社[1][5]。その間に自主制作映画『スウィートホーム』を発表し話題となる[6]。1983年に有限会社クラウドを設立[6][1][5][3]。篠原保や阿部統などといった人材を輩出した。
その後雑誌『宇宙船』編集長の村山実の紹介[7]で『巨獣特捜ジャスピオン』(1985年)にて初めてキャラクターデザインを担当[3]、翌年の『時空戦士スピルバン』よりメインでキャラクターデザインを手がけるようになる[2][5]。当時東映のプロデューサーであった吉川進は、後に雨宮が監督した『未来忍者』を見せてもらった際、当時吉川の上司であった渡邊亮徳も感心し今後の東映の戦力として参加させていこうという話になったことを述懐している[7]。東映特撮との関わりはその後『人造人間ハカイダー』(1995年)まで続くが、それ以降も『仮面ライダーディケイド』(2009年)で怪魔ロボットシュバリアンのキャラクターデザインを担当、約13年ぶりに東映作品に参加した[2]。
映画監督としては1988年の『未来忍者 慶雲機忍外伝』でデビュー[6][2][5][3]。代表作には1991年公開の『ゼイラム』や、『東映スーパーヒーローフェア』(1993年 - 1995年)、『タオの月』(1997年)など。テレビ作品での初演出となった『鳥人戦隊ジェットマン』では、パイロット版(第1・2話)の監督にも抜擢されている[3]。同作品のプロデューサーを務めた東映の鈴木武幸は、『未来忍者』を見ていけると直感したと述べている[8]。
後述するイメージ通りの演出に対する思いから、2000年代以降は自ら原作まで手がけることも多く、『鉄甲機ミカヅキ』(2000年)や『魔法少女隊アルス』(2004年)、続編も多数制作された『牙狼-GARO-』(2005年)など、分野を問わず多彩な活動を見せている。
幼少時より特撮が好きで、特に『仮面ライダー』は少年仮面ライダー隊隊員番号No.2をもつほどのファンであったという。また時代劇やスター・ウォーズシリーズなども愛好しており、その原点は黒澤明の監督作品であるという[6]。『未来忍者』や『タオの月』など自作品でもそのイメージを取り入れている[9][6]。
活動初期の1980年代について、雨宮自身は格好悪いものや気持ち悪いものの中にある格好良さなどに魅力を感じていたが、バブル景気前の日本社会にはそういったネガティブに見えるものは拒絶されていたと述懐している[6]。
作品の世界観については非日常で囲まれているものが居心地がいいと述べており、『未来忍者』のようなまるごと異世界であるものが好みだという[9]。
玩具が好きで、『鉄甲機ミカヅキ』ではブリキのロボットをモチーフとした月光機を登場させている[6]。雨宮は『ミカヅキ』について「男の子が大好きなモノを詰め込んだ作品」と述べており、自身もまた「四十の男の子」であると称している[6]。
『時空戦士スピルバン』ではゲスト怪人の大半がメカ系キャラクターであったが、雨宮自身はメカはあまり好きではないといい、実写でリアリティを感じさせるロボを表現するのは難しいと述べている[2]。
『ウルトラマンUSA』への参加は、その前に企画されていた実相寺昭雄監督予定の映画『ウルトラQモンスターコンチェルト』の怪獣デザイン公募に応募したのがきっかけで起用された[5]。
『未来忍者』では、雨宮は当初企画として参加していたが、世界観を委ねる監督の候補が挙がらなかったため、内容を熟知している雨宮が名乗りをあげたという[9][5]。当時は監督を続けることになるとは考えておらず、職業として意識したのは『ゼイラム』からであると述べている[9][5]。
モデルアニメーションを作品に取り入れているのも特徴である[9]。『機動刑事ジバン』の劇場版に登場したダイギバノイドは一部をモデルアニメーションで表現しておりその演出も担当したが、造形物が大きいため東映の現場では不評で、自社でできればよかったとの想いを抱いた[2]。こうしたことをきっかけに、イメージ通りに表現するにはある程度コントロールできる立場にいなければならないと感じ、監督をやるしかないと考えるようになったという[2]。
『ジェットマン』出演者の一人である若松俊秀は、雨宮の印象を「おとなしい人」と評しているが、雨宮自ら若松演じる凱のメイン回は自身が担当すると宣言していたという[10]。またオーディションの時は、雨宮と黒澤映画の話で盛り上がったという[10]。
牙狼〈GARO〉シリーズに出演する小西遼生(小西大樹)は、雨宮について初期は細かい部分にまで演技指導が入り厳しかったが、そのおかげで自信を持って演じられるようになったといい、また自宅では現場とは違い優しく、そのギャップにも好感を持ったことを述べている[11]。
『ジェットマン』のメインライターを務めた井上敏樹とは、その数年前に未制作に終わったオリジナル作品の企画で出会っていた[5][12]。井上は、雨宮とは同い年で、最初からうまがあっていたと述べている[12]。
俳優の螢雪次朗は『ゼイラム』を皮切りに雨宮の監督作に多く出演しており、「雨宮組の番頭」を自認し、彼を敬愛している[13][14]。
映画監督の金田龍とは1989年の東京国際ファンタスティック映画祭で出会って以来、公私に渡る交友関係が続いている[15]。
デザイナーの寺田克也は専門学校時代の後輩にあたる[15][2]。若いころは寺田がクラウドや雨宮の自宅に出入りしており、雨宮は「宿泊代」として『超人機メタルダー』のデザインを寺田に振っている[16]。フィギュア造形作家の竹谷隆之も同じく後輩であり、『ゼイラム』をはじめとする雨宮作品のキャラクター造形の多くを担当している。
また、漫画家の桂正和も専門学校時代の後輩にあたり、『ゼイラム』で脇役として出演したほか、同作のアニメ化である『I・R・I・A ZEIRAM THE ANIMATION』ではキャラクター原案を担当し、また『牙狼 -紅蓮ノ月-』ではキャラクターデザインを担当している。
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