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アメリカの映画作品 ウィキペディアから
『大脱走』(だいだっそう、原題: The Great Escape)は、1963年公開のアメリカ映画。戦闘シーンのない集団脱走を描いた異色の戦争映画。監督はジョン・スタージェス。出演はスティーブ・マックイーン、ジェームズ・ガーナー、リチャード・アッテンボロー、ジェームズ・ドナルド、チャールズ・ブロンソン、ドナルド・プレザンス、ジェームズ・コバーン 、デヴィッド・マッカラムなど。
大脱走 | |
---|---|
The Great Escape | |
監督 | ジョン・スタージェス |
脚本 |
ジェームズ・クラヴェル W・R・バーネット |
原作 | ポール・ブリックヒル |
製作 | ジョン・スタージェス |
製作総指揮 |
ウォルター・ミリッシュ (クレジットなし) |
出演者 |
スティーブ・マックイーン ジェームズ・ガーナー リチャード・アッテンボロー |
音楽 | エルマー・バーンスタイン |
撮影 | ダニエル・ファップ |
編集 | フェリス・ウェブスター |
製作会社 | ザ・ミリッシュ・カンパニー |
配給 |
ユナイテッド・アーティスツ ユナイト映画 |
公開 |
1963年7月4日 1963年8月3日 |
上映時間 | 172分 |
製作国 | アメリカ合衆国 |
言語 | 英語 |
製作費 | 400万ドル |
配給収入 | 5億2722万円[1] |
次作 | 大脱走2 |
1950年に出版されたポール・ブリックヒルの同名のノンフィクション『The Great Escape』を原作としているが、内容はかなり脚色されている。
ミリッシュ・カンパニーが製作し、ユナイテッド・アーティスツが公開、ジョン・スタージェスが製作と監督を務めた。
1943年3月にチュニジア戦線で乗っていたスピットファイア機がドイツのメッサーシュミット機の機銃掃射を受け、パラシュートで脱出した後にドイツ軍の捕虜となったポール・ブリックヒルが、送られた捕虜収容所で体験した脱走計画の詳細[注釈 1]を、戦後に一冊の本『The Great Escape』にまとめて出版した。これを読んだジョン・スタージェス監督がすぐに映画化権を買い取り、自ら製作者も兼ねて作られたのが映画『大脱走』[注釈 2]である。
製作・監督のジョン・スタージェスはこの当時『OK牧場の決斗』『老人と海』『荒野の七人』を撮って最も充実していた頃でこの映画が彼の代表作となった。主演には当時テレビドラマ『拳銃無宿』で活躍して『荒野の七人』から映画スターとして頭角を表していたスティーブ・マックイーン、同じくテレビドラマ『マーベリック』で活躍していたジェームズ・ガーナーを起用した。これに同じくテレビ界出身で『荒野の七人』にも出演したチャールズ・ブロンソン、ジェームズ・コバーン、そして映画『戦場にかける橋』のジェームズ・ドナルド、英国俳優で後に映画監督として活躍したリチャード・アッテンボローなどが出演した。デヴィッド・マッカラム はこの映画の出演時はまだ無名であった。
ジョン・スタージェスが好んで描いた「何があってもへこたれない不屈の男たちのドラマ」[2]であり、また戦争映画のジャンルで脱走を描いた映画としては、他に『第十七捕虜収容所』『脱走特急』『木馬』などがあるが、脱走物としてこの映画は最高作品として評価されている。第36回アカデミー賞の編集賞にノミネートされた。
音楽はエルマー・バーンスタインで、彼が作曲した「大脱走マーチ」(The Great Escape March)は、当時ミッチ・ミラー合唱団が歌ってヒットし、また初公開時にスティーブ・マックイーンがドイツ軍から奪い取ったバイクで草原を疾走するシーンがその爽快さとともに話題となり、この映画の代表的なシーンとしてその後長く記憶されている。
第二次大戦下のドイツ。朝靄の中で一群の軍用トラックが道路を疾走しスタラグ・ルフト北捕虜収容所[注釈 3]に到着した。この新設の捕虜収容所に英軍中心の連合軍捕虜が送られてきたのだが、これらの捕虜の中に脱走常習犯が多数含まれていた。ドイツ軍は絶え間なく発生する脱走に手を焼き、常習犯を集めて、脱走がきわめて難しい収容所を作っていた。鉄条網には近づけず、監視しやすいようにだだっ広く、唯一隠れられそうな森までは100mはありそうで、新任の所長を始め、選りすぐりの兵隊が監視にあたっていた。捕虜を運ぶ一群のトラックが収容所に到着して、直後にフォン・ルーゲル所長(ハンネス・メッセマー)は、連合軍捕虜の先任将校ラムゼイ大佐(ジェームズ・ドナルド)に対して「この収容所から脱出することは不可能だ。無駄な悪あがきは辞めて、おとなしくせよ」と述べると、大佐は「脱走して敵軍を混乱させるのは将兵の義務である」として所長に迎合せず屈しなかった。収容された男達は、何回も脱走を繰り返してきた札付きの強者達で、初日から収容所外に作業へ行くロシア人捕虜に紛れて脱走を試みる連中であったが、さすがに看守長シュトラハヴィッツに軽くあしらわれてしまう。アメリカ兵のバージル・ヒルツ(スティーブ・マックイーン)は、監視台と監視台との間の鉄条網に盲点があることを見抜き、グローブとボールを持ってきて、さり気無くボールを鉄条網の傍に投げ入れて、立ち入り禁止区域に入ったが見つかり、機銃掃射を受けたが助かった。その大胆不敵な振舞いからさっそく所長に目をつけられて独房に放り込まれる始末で、その場で所長を侮辱したアイブスも独房入りとなった。
そのような中、数時間後、ロジャー・バートレット(リチャード・アッテンボロー)がゲシュタポに連れられて収容所に到着する。彼は「ビッグX」と呼ばれる集団脱走の計画立案・実行のリーダーで筋金入りの男だった。到着したその日の夜、ロジャーは馴染みのあるメンバーを集めて空前の脱走計画を説明する。今回新しい収容所に来た捕虜の中にはロジャーが驚くほど各種のスペシャリストが揃っており、3本のトンネルを掘って250名もの捕虜を脱走させるという彼の大脱走計画に一同は驚くが、皆の意思は一致した。このメンバーに義勇兵として英空軍に参加していたアメリカ人のアンソニー・ヘンドリー(ジェームズ・ガーナー)も加わり、物資調達係として調達屋の才能を発揮する。道具もなく24時間監視されている中、彼らは盗んだり隠したり謀りながら作業を進め、工夫と智恵と技術を駆使していく。オーストラリア人のセジウィック(ジェームズ・コバーン)は機械の製造屋としてトンネルに空気を送り込む鞴などの装置を器用に作るなど活躍し、脱走者の服装を多数に何種類も揃える仕立て屋もおれば、写真入りの身分証明書などのニセ物を作る偽造屋、各トンネルのスタート位置から目標とする森までの距離を測りトンネル内でどれ位の距離を掘ったかも測る計測屋、掘った土をカムフラージュする分散屋、警備の裏をかくための偽装と緊急情報を発信する警備屋がいて、非常に訓練され組織だった行動を示していく。3本のトンネルを掘るのはダニー(チャールズ・ブロンソン)とウイリー(ジョン・レイトン)で、ダニーは暖炉の下をめくって最初に穴を開ける作業の時に17という数字を書き入れた。自分が掘る17番目の脱走用トンネルであった。これは3本のトンネルの内の「トム」であり、他に下水の排水会所の底から穴を掘った「ハリー」、そしてもう一つが「ディック」[注釈 4]という名称をトンネル名にした。
統率の取れた脱走計画が進む中、一匹狼のヒルツは、独房で親しくなったアーチボルド・アイブス(アンガス・レニー)とモグラのように掘り進める形で再度単独脱走を試みるが失敗しアイブスと共に再び独房入りとなった。アイブスは精神的に追い詰められていった。ロジャーの計画は順調だったが、いかんせん収容所内では脱走後の逃走経路がわからない。ロジャーは更なる単独脱走計画を持つヒルツに、一旦脱走して捕虜収容所の外部の情報をつかんで再度捕虜になるという無茶な要望をするが、当然ヒルツは断わった。そしてヒルツが何人脱走させるのかと尋ね250人と聞いて跳び上がるように驚き、「国中のドイツ兵が血眼になる」と敵側の過剰反応を警告した。しかし脱走に向けての作業は進められていった。トンネル掘りでは「トム」が最も進み、途中からロジャーは他のトンネルを中断して「トム」1本に絞って掘り進められた。やがてトンネルの完成も間近な中、7月4日のアメリカ独立記念日を迎えると、ヒルツ、ヘンドリー、ゴフ(ジャド・テイラー)の三人のアメリカ人は収容所内を行進し、こっそり発酵・蒸留した芋焼酎を皆にふるまってひと時のお祭りを演出する。
だがお祭り騒ぎの最中に、収容者が屋外へ出て無人になった宿舎をシュトラハウィッツの部下が見回りして、床にこぼれたお湯の流れから、偶然「トム」が発見されてしまう。皆が茫然自失となった時に失意のアイブスは正気を失い、立ち入り禁止区域に入ってフェンスをよじのぼっていくところを監視台から撃たれて殺される。ロジャーは中断していた別のトンネル「ハリー」の作業再開を命じ、アイブスの死を目の前で見せつけられたヒルツは、ロジャーに申し出てただ一人脱走する。目的は逃げることではなかった。数日後にヒルツはわざと捕まって収容所に戻り三たび独房に入るが、その間に不眠不休の作業の結果、トンネル「ハリー」が目標に到達して、脱走計画が具体化した。そして脱走決行の当日に独房からヒルツが戻り、ロジャーたちは重要な外部情報を手に入れることができた。
しかしその当日の夜、脱走を決行するため先頭を切ってトンネルを通り地上を覗いたヒルツは驚愕する。収容所から近くの森までの距離をおおよそ100mと計算していたが、上がって見るとトンネルは予定された森まで届いておらず、出口が通じたのは監視兵に見つかりやすい草地の真ん中であった。ここでヒルツの発案でロープを森の中に通してトンネル内につなぎ、ロープで合図を送って、トンネルを抜け出るタイミングを伝えるやり方で収容所内をパトロールするドイツ兵の目をごまかしつつ、彼らはなんとか次々に脱走していった。
だが76人目の測量屋カベンディッシュがトンネルを抜け出たところで躓いて倒れ、その物音をドイツ兵の歩哨が聞きつけ、近づいてきて周囲を監視したため、脱出行動を一時停止してじっと様子を窺うこととした。しかし、いっこうに「地上へ出てよし」のロープの合図が来ないことにしびれを切らした77人目のグリフィス(仕立屋)が、トンネルを抜け出て地上に出たところで歩哨に発見されて脱走が発覚する。
翌朝ルーゲル所長は脱走者が76名に達したとの報告を受けて愕然とする。その表情をラムゼイ大佐は誇らしげに見るのであった。
収容所の脱走に成功した捕虜達は、様々な手段で逃走を続けていった。ロジャーとマック、アシュレー=ピット、ヘンドリーとコリンらは列車で、ダニーとウイリーはボートで、セジウィックは自転車で、そしてヒルツはバイクで。ヘンドリーとコリンは列車にゲシュタポと制服警官が乗ってきたので走っている列車のデッキから飛び降りて、その後ドイツ空軍の飛行場から練習機を盗み出して空へ飛び立った。ロジャーとマックはフランス人を装い列車内の検問は無事に切り抜けたが、到着駅での検問でゲシュタポのクーンが二人に気づいた。それを近くから見ていたアシュレー=ピットが咄嗟にクーンに組み付き、彼が拳銃を取り出したところで自身の胸に当てて引き金を引かせて死亡させて、自らは検問の親衛隊員に射殺された。アシュレー=ピットは捨身になってロジャーとマックを助けたのだった。セジウイックは自転車から停まっていた貨物列車に乗り移りフランスへ向かった。ダニーとウイリーは川辺にあったボートに乗って、オールをひたすら漕いで海を目指した。ヒルツはドイツ陸軍の伝令が乗ったバイクを転覆させて制服を奪い、バイクを疾走させた。しかし途中でドイツ軍に偽者だと気付かれ、道路から野原を突っ切って逃げて行った。
しかし、ドイツ国外及び占領地域外に達する前に、脱走者たちは国中に配備されている追っ手に次々に逮捕されてしまう。練習機を盗んだヘンドリーとコリンは一路スイスを目指したが途中で失速して墜落し、コリンは迫って来たドイツ陸軍に撃たれて死亡し、ヘンドリーは捕まる。ロジャーとマックは再度検問を受けた際もフランス人を装い、無事通過できたと思った一瞬の気の緩みから思わぬ言葉の罠に嵌まり、走って逃げたが捕まってしまう。そしてヒルツもスイスとの国境線まで達したが執拗なドイツ陸軍部隊に行く手を次々と塞がれ、バイクで鉄条網を超えようとしたところを銃撃されて、鉄条網に突っ込んでしまい、身動きもままならない中、投降した。
一方、脱走捕虜のうち、ゲシュタポの管理下におかれた50名の将校は護送の途中で全員射殺されてしまう。その中にはリーダ―であったロジャーやマックらも含まれていた。
その悲報は収容所で待つラムゼイ大佐にルーゲル所長から伝えられ、収容所の仲間全員にラムゼイ大佐は50名の名前を読み上げた。ダニーとウイリーのボートはやがて港に着き、中立国の貨物船に乗った。セジウイックはフランスでレジスタンスの助力を得て、目的地のスペインへ国境を越えていった。脱走に成功したと思われる者はこの3名であった。
悲しみに沈む収容所にまずヘンドリーら10名が戻り、ヘンドリーは50名が犠牲になったことを知ってラムゼイ大佐にこれだけの犠牲を出してまで脱走を試みる価値があったのか疑問をぶつける。それに対してラムゼイ大佐は「見方による」と答えた。そしてヒルツも連行されて戻ってきた。車から降りたヒルツは所長を解任されたルーゲルに「俺たちのおかげで前線行きか?」と聞くと、ルーゲルは「君はまだ運が良いぞ」と、他の捕まった者たちの運命を伝え、皮肉な笑みの消えたヒルツに「ベルリンに先に行けるのはどうやら君の方だ」と別れの言葉を述べた。脱走にまた失敗したヒルツだが、ゴフからグローブとボールを受け取り、独房に向かった彼の反骨と闘志は消えることはなかった。
ポール・ブリックヒルの原作によれば、以下の通り。
「50名は逃走中に射殺された」との理由でフォン・ルーゲル所長からラムゼイ大佐に50名の名簿が渡される。ほとんどは逮捕後に収容所へ戻される途中の「5分間の休憩」での処刑であるが、列車終着駅でバートレットを発見したゲシュタポを妨害し射殺されたアシュレー=ピットの名もこの名簿にはあることから必ずしも「5分間の休憩」での処刑のみの犠牲者数ではない。
「今日、11名、君の部下が帰ってくる」と射殺された50名の名簿とともに知らされた再収容される生存捕虜の人数は11名。第一陣はヘンドリーを含む10名[注釈 8]。第二陣はヒルツ1名。
映像になっている脱走成功者は3名。トンネル王のダニーとウイリーはボートで海へ出て貨物船に乗り込み、オーストラリア人のセジウィックは仏レジスタンスの協力を得てスペインへ。因みにポール・ブリックヒル(彼自身はオーストラリア人)の原作でも脱走成功者はロッキー・ロックランド(イギリス人)、ジェンス・マラー(イギリス人)、ボブ・ヴァン・デア・ストック(オランダ人)の3名であった。
そしてそれ以外の脱走者がどうなったのかはラストシーンのヒルツが戻ってくる場面では明らかにされていない。ただ殺されたのが50名であることはこの映画のラストで「この映画を50名に捧げる」という字幕が最後に出てくるので明確である。ヒルツが戻された時点ではそれは誰も分からない。
戦後になって原作者のポール・ブリックヒルが調べて、17名がもとの収容所に戻り、6名が他の収容所に移されたことになっているが映画では明らかにしていない。脱出に成功したのが3名であることも戦後にポール・ブリックヒルの調査で分かったことで、時系列でいけば港で貨物船に乗船した2人とスペインに逃れた1人も脱出成功はずっと後のことであったが、映画ではヒルツが戻る前にそのシーンを挿入している。
役名 | 俳優 | 日本語吹き替え | |
---|---|---|---|
フジテレビ版 | テレビ東京版 | ||
ヒルツ | スティーブ・マックイーン | 宮部昭夫 | 安原義人 |
ヘンドリー | ジェームズ・ガーナー | 家弓家正 | 菅生隆之 |
ロジャー・バートレット | リチャード・アッテンボロー | 宮川洋一 | 池田勝 |
ラムゼイ | ジェームズ・ドナルド | 大木民夫 | 野沢那智 |
ダニー | チャールズ・ブロンソン | 大塚周夫 | 銀河万丈 |
コリン・ブライス | ドナルド・プレザンス | 勝田久 | 坂口芳貞 |
セジウィック | ジェームズ・コバーン | 小林清志 | 小山力也 |
フォン・ルーゲル | ハンネス・メッセマー | 川久保潔 | 小川真司 |
アシュレー=ピット | デヴィッド・マッカラム | 井上真樹夫 | 平田広明 |
マクドナルド(マック) | ゴードン・ジャクソン | 上田敏也 | 稲垣隆史 |
ウイリー | ジョン・レイトン | 堀勝之祐 | 家中宏 |
アイブス | アンガス・レニー | 富田耕生 | 岩崎ひろし |
カベンディッシュ | ナイジェル・ストック | 吉沢久嘉 | 石波義人 |
ウェルナー[注釈 9] | ローベルト・グラフ | 仁内建之 | 青山穣 |
ゴフ | ジャド・テイラー | 仲村秀生 | 鳥海勝美 |
クーン | ハンス・ライザー | 緑川稔 | 石塚運昇 |
シュトラハウィッツ | ハリー・リーヴァウワー | 西山連 | 若本規夫 |
ソレン | ウィリアム・ラッセル | 緑川稔 | 高瀬右光 |
ポーゼン | ロバート・フライタッグ | 藤本譲 | 大川透 |
プライセン | ウルリッヒ・バイガー | あずさ欣平 | 岩田安生 |
デートリッヒ | ゲオルグ・ミケル | 村松康雄 | 田原アルノ |
ヘインズ | ローレンス・モンテイン | 渡部猛 | 沢木郁也 |
グリフィス | ロバート・デズモンド | 嶋俊介 | 内田直哉 |
フリック | ティル・キーヴェ | 藤本譲 | |
クラマー | ハインツ・ヴァイス | 青野武 | 小島敏彦 |
ニモ | トム・アダムス | 仲木隆司 | 佐久田修 |
シュタインナッハ | カール=オットー・アルベルティ | 西山連 | |
ナレーター | — | 大木民夫 | 岡部政明 |
映画で描かれる話のほとんどは架空であり、映画が作られたアメリカの観客に受けるよう、そして有名俳優を起用しているため、大きく話が脚色されている。実際の脱獄ではアメリカ人捕虜の関わりは少ない。また、映画の登場人物は実在の人物を元にしているとはいえ、複数の人物を1人として組み合わせていたりもしている。収容所にいた数人のアメリカ人将校はトンネルを掘る手伝いをしていたが、脱走が行われる7ヶ月前に別の収容所へ移動されてしまっている[3][4]。アメリカ生まれのイギリス兵であるジョニー・ドッジ(Johnnie Dodge)を除き、脱走したのはアメリカ兵を除くイギリス兵など連合国の兵士である[5] 。
映画ではカナダ人捕虜についてまったく描かれていない。1800人の捕虜のうち、600人が脱走の準備に関わっていたが、そのうち150人ほどはカナダ人であった。カナダ空軍の飛行士で「トンネル・キング」のあだ名で呼ばれていた実在のウォーリー・フロディ(Wally Floody)は映画の技術顧問として働いた[6]。
映画でラムゼイがルーゲルに対し、脱走を試みることは全捕虜の義務と言う台詞があるが、イギリス王の規則や、国際条約などにこの義務は存在しない[7]。
映画でトンネル「トム」の入り口はストーブの下、「ハリー」の入り口は洗面所の排水溝と描かれている。実際には「ディック」の入り口が排水溝、「ハリー」の入り口がストーブの下、「トム」の入り口はストーブ煙突の横に見にくい隅にあった[8]。
元捕虜の人々は、未来の戦争における捕虜脱走で危険が起きないよう、地図や書類、郵送物に隠して送られた道具、母国からの援助などについて詳しく描かないよう映画制作者に求め、制作者はそれにしたがっている[9]。
映画では、多くのドイツ人が脱走を喜んで手伝っていたことが描かれていない。映画で「偽装屋」がパスポートや電車の切符まで正確な複製品を作っていると描かれているが、実際には何百キロメートルも離れたドイツ人から情報を得ていた。また、反ナチスだった何人かのドイツ人看守が脱走のため道具を与えたり手伝っていた[7]。
正確な偽装品を作るため、目が疲れる細かな作業が必要だったが、映画でプライスのように失明した人は存在しない[7]。
映画では理想的な天候の日に脱走をしているが、当時は氷点下以下の環境でのトンネルを掘る作業が多く、地面には雪が積もっていた[7]。また、映画で描かれる飛行機やバイクでの脱走は実際に存在しない。マックイーンは自分のスタントを見せるためのバイクに乗る場面を求めた。最後のバイクに乗ってジャンプする画面はスタントマンのバッド・イーキンズが行ったが、それ以外の場面はマックイーンがスタントなしで演じた[10]。
映画の中で、ヒルツがドイツ陸軍兵が乗ったオートバイを転倒させる、アシュレー=ピットがゲシュタポ将校のクーンを殺す、ヘンドリーが軍用飛行場で歩哨を殴り昏倒させる場面があるが、実際は脱獄した捕虜によりドイツ人兵の死傷者は1人も出ていない。
映画では、捉え集めた脱獄捕虜を乗せた3台のトラックが3方向に分かれ、そのうち1台は全員が野原に降ろされて機関銃で撃たれている。実際には1人か2人1組で撃たれて殺されている。また、脱獄捕虜の大部分はゲシュタポ将校のピストルで撃たれて殺された[11][12][13][14][15][7]。
映画では無事に脱走に成功して母国に戻れた3人の捕虜をイギリス人、ポーランド人、オーストラリア人として描いている。実際にはノルウェー人のイェンス・ミュラー(Jens Müller)、パー・ベルスランド(Per Bergsland)とオランダ人のブラム・ヴァン・デル・ストック(Bram van der Stok)の3人である[16]。
2009年、脱獄から65年を記念して、スタラグ・ルフトIIIに7人の元捕虜が集まり、映画を鑑賞した。彼らによると、フェンスを乗り越えて撃たれたアイブスや、実際にトンネルを掘る様子など、映画前半の収容所生活の細かさの多くは本当だと感想を述べた[17]。
イギリスの作家ガイ・ウォルターズによると、映画でマクドナルドがゲシュタポ将校に「Thank you」と英語で答えて失敗した場面は歴史家は実際の出来事と受け入れるぐらい刷り込まれているとしている。この失敗をしたのは、ビッグXの実際の人物ロジャー・ブッシェル(Roger Bushell)の相棒だったフランス兵のベルナルド・シャイドハウアーだったと指摘している。ウォルターズはブッシェルが英語を話し、シャイドハウアーはフランス人ならば、「Thank you」と返してしまったのはブッシェルである可能性が高いとし、「Thank you」は架空の話と考えるべきとしている。また、フランス人に対する中傷だともしている[7]。
この映画に対する公開当時の批評はほとんど好意的であった。 1963年、ニューヨークタイムズの批評家ボズレー・クラウザーは、「『大脱走』は、芸術的とも本質的とも言えるほど長時間に渡り、人が関わっていると実感させずに、その苦悩に満ちた物語を紡ぎ続けている。史実を模した男たちが繰り広げる、とても機械的な(machanical)冒険である。」と述べた[18]。イギリスの映画評論家レスリー・ハリウェルは、「かなり良いが、悲劇的な結末の捕虜の長すぎる冒険」と評した[19]。タイム誌の批評家は1963年に「カラー撮影は不必要で目障りだが、他にはほとんど欠点がない。適切なキャスティング、迅速なストーリー、正確なドイツの考証で、プロデューサー兼監督のジョン・スタージェスはアクション映画の古典を作り上げた。説教くさいところがなく、精神論もセックスもない。『大脱走』はシンプルに素晴らしい脱走劇だ。」と書いた[20]。
本作は現代の批評家からも絶賛され続けている。Rotten Tomatoesでは、53のレビューに基づき94%の支持率を獲得している。同サイトの批評家のコンセンサスは、「非の打ちどころのないほどゆっくりと構築されたストーリーと時代を超えたキャストで、『大脱走』は今でもアクションの古典である」としている[21]。
2006年にイギリスで行われた、テレビ視聴者がクリスマスの日に最も観たい家族向け映画に関する世論調査で『大脱走』は3位に入り、男性視聴者の選択肢の中では1位であった[22]。2018年8月に更新された英国映画協会の記事『捕虜映画の名作10選』で、サミュエル・ウィグリーは、『大脱走』や1955年のイギリス映画『The Colditz Story』などの映画を見ることは、「恐怖と悲劇に満ちた瞬間ではあるが、戦時中の捕虜生活を素晴らしいゲームとして、敵の指をすり抜けるための終わりのないフーディーニの挑戦として楽しむことができるのである。かなりの部分を実話に基づく脱走劇は、捕虜の兵士たちの創意工夫と不屈に思える精神に驚嘆させられる。」としており、彼は『大脱走』を「戦争に楽しみを見るアクション映画の典型」と評し、「家族で見るテレビの型」になったとしている[23]。
本作は400万ドルの予算で[24]1,170万ドルの興行収入を上げた[25]。1963年の激しい競争にもかかわらず、同年の最も高い興行収入を上げた映画の1つとなった。公開以来、観客の層は広がり、映画の古典としての地位を固めた[26]。
販売元がワーナー・ホーム・ビデオであったDVD版には日本語吹替音声が収録されていない。
20世紀フォックス ホーム エンターテイメント ジャパンに変わってからも当初は日本語吹替音声がなかったが、40周年記念特別編で初めて収録された。しかし、3時間のフルバージョンではなく2時間半のバージョンが使われたために、劇中の37分間は英語音声日本語字幕に切り替わる変則スタイルとなった。フジテレビ版のファースト・オンエアの際は日本語吹替音声が3時間ノーカットで収録されたが、DVD化の際に使用許可が下りなかったためである[注釈 11]。
のちに発売されたアルティメット・エディション盤では、カットされた音声も含めて殆んど収録され、“不適切な文言”“冒頭のナレーション”など数箇所の僅かなカットに抑えたほぼ完全な状態に復元されている。それでも一部は日本語字幕となった。
その後、2013年に発売された50周年記念ブルーレイ盤には、“二つの台詞”[注釈 12]を除いて、今までカットされていた“不適切な文言”“冒頭のナレーション”をすべて復元した最長の日本語吹替音声が収録されている[注釈 13]。
株式会社ニューラインの「吹替シネマ2023」第2弾として2023年7月5日に発売される「大脱走-60th ANNIVERSARY 日本語吹替音声完全収録 4K レストア版-」には、フジテレビ版に加えてテレビ東京版の吹替音声も収録される(テレビ東京版は一部オリジナル音声・日本語字幕)。フジテレビ版は50周年盤でカットされた“二つの台詞”も復元された完全版となり[27][28][29]、さらに「SPECIAL」収録のボーナスディスクには2週連続放送時の後編冒頭で流れた大木民夫ナレーションによる「前編ダイジェスト」を4K映像で再現したものが収録される[30]。なおこの時、かつて2ちゃんねるなどで噂され存在の有無が不明だった「スティーブ・マックイーンを内海賢二が吹き替えた東海テレビ版」に関する調査も同時に行われ、最終的にデマの可能性が高いという結論に至っている[31][32]。なお、ジェームズ・ガーナーを吹き替えたとされていた羽佐間道夫は「やっていないとは断言できないが全く記憶にない」と存在を否定しており[33]、内海もまた1986年時点で本作を担当していないと証言している[34]。
初放送当時、番組枠に収まらない場合の洋画放映はカット放映が主流だったが、それを前後編に分けてノーカット放送したのは民放初の試みで、以後3時間前後の長編話題作は前後編で2回に分けての放映が普通になった。また、初回時の視聴率は前編25.5%、後編33.7%と当時の映画部門の最高視聴率を記録した。
回数 | テレビ局 | 番組名 | 放送日 | 放送時間 | 吹替版 |
---|---|---|---|---|---|
初回 | フジテレビ | ゴールデン洋画劇場 | 1971年10月1日・8日 | 21:00-22:56 | フジテレビ版 |
2回目 | 1973年4月20日・27日 | 21:00-22:55 | |||
3回目 | 1973年12月31日 | 20:05-22:55 | |||
4回目 | ゴールデン洋画劇場 | 1975年10月10日・17日 | 21:00-22:54 | ||
5回目 | 1978年5月5日・12日 | ||||
6回目 | 1980年12月12日・19日 | ||||
7回目 | 1981年12月26日 | 21:02-22:54 | |||
8回目 | 1987年3月21日 | 21:03-23:24 | |||
9回目 | テレビ東京 | 木曜洋画劇場 | 1994年2月24日・3月3日 | 21:02-22:54 | |
10回目 | 年忘れ傑作シネマ | 1996年12月30日 | 21:00-23:30 | ||
11回目 | 木曜洋画劇場 | 2000年1月20日 | 21:02-23:39 | テレビ東京版 | |
12回目 | 午後のロードショー | 2019年2月21日 | 12:40-15:40 | フジテレビ版 | |
13回目 | 2023年12月21日 | ||||
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