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遠国に属する令制国の一つ ウィキペディアから
国名は、古くは『古事記』『日本書紀』では「土左」、『先代旧事本紀』では「都佐」と記されている[1]。元々は「土左」で和銅6年(713年)の好字令で「土佐」に改められたといわれるが、和銅6年以後も「土左」と「土佐」が混用されている[1]。平安時代中期に至り「土佐」が一般的な表記となったとされる[1]。
明治維新直前の領域は、現在の高知県のほぼ全域(宿毛市沖の島町母島・沖の島町鵜来島[2]を除く)に相当する。なお、宿毛市の例外区域も1876年(明治9年)に土佐国に編入された。
律令制において、都佐国造と波多国造の領域をあわせて建てられた。「土佐」(土左)の記述は『日本書紀』に見え、天武4年3月(675年)の条項に「土左大神以神刀一口、進于天皇」とある。また天武13年(684年)には「土左国田苑五十余万頃、没為海」、「土左国司言、大潮高騰、海水飄蕩、由是運調船多放失焉」と白鳳地震における地変や津波により調を運ぶ船が流失したことを国司が報告する記事があり、律令制が敷かれ国司が派遣されていたことを示すものである[3]。
古くは流刑地の一つであった。『日本書紀』の天武5年9月(676年)の条項に「筑紫大宰三位屋垣王、有罪、流于土左」と見える。平安時代末期、源義朝の五男で頼朝の同母弟 希義が流されて、兄の挙兵の折に自らも立ち、鎮圧されている。またこの他にも紀夏井や藤原師長、土御門天皇、尊良親王が流人として土佐の土を踏んでいる。鎌倉時代に入ると摂関家一条家が幡多郡に幡多荘を置き、戦国時代まで同家の支配が続くことになる。
室町時代、細川氏が守護を務め、後には室町幕府管領を輩出した京兆家の当主が守護を兼ねる国となった。だが、守護代の細川遠州家は在京したままで、さらに現地で実務を担う又守護代の大平氏すら在京して活動したため守護や守護代の戦国大名化の流れは起こらなかった。応仁の乱により荘園からの収入が途絶えがちになると、大平氏の助けで、関白・一条教房が土佐幡多荘(現在の四万十市中村)に下向し、土佐一条氏として地方に「在国」しながら、公家として高い官位を有しつつ、土佐国最南端部に位置する幡多郡及び高岡郡(高知県西部)を支配した「地域権力」化していくことになる[4][5]。
戦国時代、一条氏の支配する西部を除く中部から東部では土佐七雄(土佐七豪族とも)と謂われた本山氏や安芸氏、吉良氏、津野氏、長宗我部氏、香宗我部氏、大平氏などの勢力がいたが、早くから伸張し吉良氏などを併呑した本山氏を長宗我部元親が倒し、他の七雄や盟主・一条氏との戦いにも勝利して土佐を統一、やがて四国全土を支配する目前にまで至るも、豊臣秀吉の四国征伐によって土佐一国のみを安堵されるに終わった。
元親の四男盛親は関ヶ原の戦いで西軍に与したことから改易され、山内一豊の入部以降、江戸時代を通じて山内氏が土佐一国を支配した。主に在地武士は郷士として遇されたものの、旧来の山内家臣で構成される上士階級との対立が長く続き、この構造は明治維新までしこりを残した。幕末期には、四賢侯の一人と賞された藩主山内容堂をはじめ、土佐勤王党で知られる武市半平太や坂本龍馬、中岡慎太郎、望月亀弥太、岡田以蔵、板垣退助等の志士を輩出している。
国府は長岡郡にあった。南国市比江で国衙関連施設の遺構が発掘され、「土佐国衙跡」として高知県指定史跡に指定されている[6](北緯33度35分59.58秒 東経133度38分55.27秒)。国司を勤めた紀貫之により、在任期間の事柄が『土佐日記』に記されている。
遺構については、1977年(昭和52年)から1990年(平成2年)の間に計25次の発掘調査が行われ、国衙関連と見られる柱穴や硯などの遺物は見つかったが、国府中心部の様相や全体的な官衙配置を確定するには至っていない。南国市比江には「内裏」「国庁」「府中」などの字が残り、付近にあったことは間違いないとされる。周辺では、土佐国分寺や比江廃寺が営まれたことも知られる。なお国衙跡碑の北西方には伝紀貫之邸跡があるが、これは同地に残る小字「内裏」から国司館跡と推定したもので、紀貫之が居住したという確証はないが天明5年(1785年)の「紀子旧跡碑」などが建てられている[7]。
なお、朝倉神社(高知市朝倉、北緯33度33分12.35秒 東経133度28分54.16秒)が二宮とされた時期もあった[7]。三宮以下はなし。
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