株式会社京成ストア(けいせいストア)は、「リブレ京成(LIVRE KEISEI)」の名称でスーパーマーケットなどを店舗展開する株式会社である。京成電鉄完全子会社であり、京成グループの企業の一つである。京成カード(リブレ京成・リブレキッチン・セルカ・京成フラワー・GIFT KEISEI JAPNESE SOUVENIR のみ)加盟店。
1958年(昭和33年)3月20日に設立された京成興業が[4]1960年(昭和35年)4月20日に常盤平店を開店したのが始まりである[5]。
1973年(昭和48年)12月21日に京成興業の100%出資で株式会社京成ストアが設立され[5]、翌年1974年(昭和49年)1月16日に[6]京成興業のストア部門と駅売店部門を継承して事業を開始した[5]。
そして、同年10月2日に本部事務所を京成上野ビルに移転した[7]。
1979年(昭和54年)4月に商品の発注管理システムを導入し[8]、1984年(昭和59年)2月にメーカーや問屋などとの間をオンライン化してコンピューターによる発注業務自動化を実施した[9]。
また、同年10月1日に市川京成を吸収合併した[10]。
1981年(昭和56年)11月1日に「京成電車時刻表」を創刊して発売を開始した[11]。
1983年(昭和58年)8月に総合信販と提携し、同年9月から「GC京成ファミリーカード」の発行を開始した[12]。
当初スーパーマーケットは社名と同じ「京成ストア」と称していたが、創業25周年にコーポレートアイデンティティ (CI) を導入して、1985年(昭和60年)6月5日に「リブレ京成(LIVRE KEISEI)」となった[13]。
1986年(昭和61年)6月に「フレッシュ京成」が八千代市と習志野市で宅配事業を開始した[14]。
同年12月に生鮮食品についても発注管理システムを導入した[15]。
1994年(平成6年)10月に[16]千葉市中央区にあった食品と衣料品の物流センターの運営を西野商事に委託し、1995年(平成7年)6月に雑貨の物流センター業務も同社に委託した[17]。
1996年(平成8年)9月5日に新柴又店を開店し、初の直営インストアベーカリーと直営惣菜売り場の運営を開始した[18]。
2017年(平成29年)6月5日に本社を千葉県市川市市川に移転した[広報 3]。
2020年(令和2年)7月に八千代市で当社のとくし丸1号車の営業を開始し、移動スーパー事業へ参入した[19]。
京成電鉄沿線を中心にスーパーマーケット20店舗[広報 1](東京都東部7店舗と千葉県13店舗を展開している[広報 4](2024年7月時点)。
2009年(平成21年)までは茨城県南部、埼玉県1店舗)でも店舗を展開していた。メイン出店地域の千葉県内の店舗も急速に数を減らしている(「#かつて存在した店舗」参照)。[要出典]
同社で他に展開している事業としては、ドラッグストア2店舗(マツモトキヨシのフランチャイズ店舗[20])、花卉販売店「京成フラワー」4店舗[広報 1]、「GIFT KEISEI JAPANESE SOUVENIR」[広報 5]、レンタルビデオ業(TSUTAYAのフランチャイズ店舗、2店舗)[広報 1]、業務スーパー(フランチャイズ店舗、5店舗)などがある[広報 1]。
現行店舗の詳細については公式サイト「店舗案内」を参照。
かつて存在した店舗
1974年(昭和49年)1月16日に[6]当社として事業を開始した時点ではストア部門の他に駅売店も京成興業から継承していた[5]。
そのため1992年(平成4年)時点では京成駅構内売店70店舗の運営を行っていた[21]。
千葉県
浦安市
- 売場面積342m2[36]
- 1977年(昭和52年)4月から今川団地と見明川団地の入居開始たことに対応するため、暫定的な商業施設として開店した[59]。
- 敷地面積約15,000m2[60]、鉄骨造地上2階建て[60]、延べ床面積約11,853m2[60]、店舗面積約6,402m2[60](当社店舗面積約2,934m2[60])、駐車台数約250台[60]。
- 鉄骨造り地上2階建て[63]、店舗面積1,647|m2[2]。
- 首都圏では珍しいオープンモール型低層ショッピングセンターの「パークスクエア」の核店舗として出店していた[63]。
木更津市
- 売場面積274m2[2]
- 売場面積495m2[2]
埼玉県
- 長崎屋が開発した郊外型ショッピングセンター「ラパーク三郷」の[87]地下1階の食料品売り場として出店していたが[89]、2008年(平成20年)6月にMEGAドン・キホーテ業態に転換した際にドン・キホーテと長崎屋は直営の食品売場を導入したことから閉店することとなった[88]。
- 三井不動産の商業施設「ララガーデン春日部」の核店舗として出店していた[90]。
- 葛飾集配センター(葛飾区白鳥3-32-7[104])
- 江東配送センター(江東区新砂1-13-6[105])
出典
『流通会社年鑑 1979年版』 日本経済新聞社、1978年10月20日。 pp263
『流通会社年鑑 1986年版』 日本経済新聞社、1985年11月11日。pp134
『流通会社年鑑』1978年版, 日本経済新聞社, (1977-10-25), pp. 237-238
『会社年鑑 1973年版』 日本経済新聞社、1973年5月25日。 pp1391
“インサイドレポート 食品小売/電秩系二社の沈没の背景 京成ストアの惨めな末路”. 総合食品 1978年3月号 (総合食品研究所) (1978年3月).pp96
『食品小売業を巡る課題と戦略 食品流通年報 1976年版』 日本食糧新聞社、1976年2月25日。pp274
『食品小売業を巡る課題と戦略 食品流通年報 1976年版』 日本食糧新聞社、1976年2月25日。pp282
『流通会社年鑑 1980年版』 日本経済新聞社、1979年11月12日。pp117
“ニュースダイジェスト”. 総合食品 1984年2月号 (総合食品研究所) (1984年2月).pp150
“ニュースダイジェスト”. 総合食品 1984年11月号 (総合食品研究所) (1984年11月).pp142
松尾定行 三宅俊彦 『時刻表百年史』 新潮社、1986年7月25日。 pp241
“card street”. 月刊消費者信用 1983年9月号 (金融財政事情研究会) (1983年9月).pp15
梅田福一郎 “今なぜC・Iか(その2)”. いっとじゅっけん 1986年12月号 (経済産業調査会) (1986年12月1日).pp23-25
“新にっぽん流通事件 10拠点、会員数10万世帯、年商220億円 良質会員を選択するフレッシュシステムの泣きどころ 高層住宅を狙わなければ飛躍できない”. 総合食品 1986年8月号 (総合食品研究所) (1986年8月).pp20
沖田都子 “流通20年史略年表 昭和49(1974)年~平成6(1994)年”. 流通とシステム 創刊20周年記念特大号 (流通システム開発センター) (1994年6月).pp75
“中堅スーパーと食品卸の共配システム化 京成ストアと西野商事”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1995年3月22日). pp5
“小売業からみた物流改革”. 日本債券信用銀行調査時報 No.135 (日本債券信用銀行調査部) (1996年2月).pp70
“京成ストア、「リブレ京成新柴又店」開店 惣菜・インストアベーカリー初の直営化”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1996年9月13日). pp4
“移動スーパー始動 買い物難民解消へ 八千代で京成ストア”. 千葉日報(千葉日報社). (2020年8月13日). pp2
『全国食品スーパー名鑑 1973年版』 食品新聞社、1973年1月20日。pp266
“インサイドレポート 食品小売/電秩系二社の沈没の背景 京成ストアの惨めな末路”. 総合食品 1978年3月号 (総合食品研究所) (1978年3月).pp98
『食品工業総合名鑑 1964年版』 光琳書院、1964年4月28日。pp12-136
『京成電鉄五十五年史』 京成電鉄、1967年6月30日。 pp461
武部孝 “トレンド89〈鉄道各社の〝時流をつかむ〟企画〉京成・ユアエルム青戸”. 運輸界 1989年8月号 (中央書院) (1989年8月).pp49-51
『全国薬局薬店名鑑 1992~93年版』 薬事日報社、1992年11月16日。pp526
“京成ストア"自由選択制パート"”. 販売革新 1990年5月号 (アール・アイ・シー) (1990年5月).pp38
『会員名簿 1981年』 日本セルフ・サービス協会、1980年12月25日。pp126
『全国食品スーパー名鑑 1973年版』 食品新聞社、1973年1月20日。pp354
『全国繊維小売総覧 東日本篇 1986』 東京信用交換所、1985年11月30日。pp1073
“京成ストア、惣菜・インストアベーカリー直営化へ ローコスト店開発”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1997年1月24日). pp5
“長崎屋・京成ストア 核のSC「ラパーク千城台」開店 両社期待の大型店”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1995年3月31日). pp5
“「イコアス千城台」に改装 モノレール駅直結商業施設 商圏拡大、年商倍増図る 千葉市若葉区”. 千葉日報(千葉日報社). (2020年7月27日). pp2
『流通会社年鑑 1979年版』 日本経済新聞社、1978年10月20日。 pp264
『全国繊維小売総覧 東日本篇 1986』 東京信用交換所、1985年11月30日。pp1074
『食品小売業を巡る課題と戦略 食品流通年報 1976年版』 日本食糧新聞社、1976年2月25日。pp297
『食糧年鑑 昭和37・38年版 本文編』 日本食糧新聞社、1962年12月。pp305
『京成電鉄五十五年史』 京成電鉄、1967年6月30日。 pp460
『商業界二十年 : 日本商業20年譜 1948-1967』 商業界、1967年。pp141
『全国食品スーパー名鑑 1973年版』 食品新聞社、1973年1月20日。pp366
『主要建造物年表 昭和37年版 増補版第2』 東京建設業協会、1963年2月25日。 pp90
前田吉治 “価格訴求で競合店に挑むリブレ京成西原店”. 販売革新 1991年2月号 (アール・アイ・シー) (1991年2月).pp131-134
『千葉県事業所名鑑』 総務庁統計局、1985年8月。pp188
“視察と見学のための最新店情報”. 食品商業 1993年6月号 (商業界) (1993年6月).pp152-153
“京成ストア、4月8日千葉に「リブレ京成流山加台店」出店 生鮮4品など注力”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1993年4月14日). pp4
『全国食品スーパー名鑑 1973年版』 食品新聞社、1973年1月20日。pp357
“リブレ京成の新店舗が開店 「しいのき台店」 沼南”. 千葉日報(千葉日報社). (1999年9月26日). pp6
“京成ストアが新規出店再開”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2000年3月20日). pp3
『全国商業通覧 第3回 1985年版 東日本 1』 通商産業調査会、1985年3月。pp1186
“市川の京成本社 業務開始”. 千葉日報(千葉日報社). (2013年9月18日). pp4
『流通会社年鑑』1990年版, 日本経済新聞社, (1990-11-24), pp. 157-159
板倉千春(2017年9月13日). “京成ストア、ミニSM「リブレキッチン」実験 国分グローサーズ活用”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社) pp12
辻和成 “既存店低迷で拍車かかるSMクレンリネス競争 内製化でコスト削減とレベルアップ図るSM各社の思惑”. 食品商業 1998年7月号 (商業界) (1998年7月).pp192
“京成ストア、11月20日「リブレ京成菅野店」開店”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1992年11月4日). pp3
“インサイドレポート 食品小売/電秩系二社の沈没の背景 京成ストアの惨めな末路”. 総合食品 1978年3月号 (総合食品研究所) (1978年3月).pp97
浦安市史編さん委員会『浦安市史』 浦安市、1985年3月30日。pp72
“京成ストア23店の中で最新鋭の「浦安パークスクエア店」 なかなか見事な水準だがさらに充実したPOPづくりめさす”. 食品商業 1981年3月号 (商業界) (1981年3月).pp75
浦安市史編さん委員会『浦安市史』 浦安市、1985年3月30日。pp301
春山光男 “ヒットイベント パークスクエア”. ショッピングセンター 1982年1月号 (日本ショッピングセンター協会) (1982年1月1日).pp63
『全国食品スーパー名鑑 1973年版』 食品新聞社、1973年1月20日。pp364
“「リブレ京成」県内22店舗目 船橋市に前原店がオープン”. 千葉日報(千葉日報社). (2003年11月9日). pp5
“8日オープンの「リブレ京成高根台店」生鮮特化で集客力”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1995年11月15日). pp4
『新京成電鉄 創立30周年記念』 ダイヤモンド社、1978年2月1日。 pp134
“「広報ふなばし」は駅や商業施設等でも配布しています”. 広報ふなばし 2020年8月1日号 (総合食品研究所) (2020年8月1日).pp8
『全国薬局薬店名鑑 1992~93年版』 薬事日報社、1992年11月16日。pp416
『全国食品スーパー名鑑 1973年版』 食品新聞社、1973年1月20日。pp367
『千葉県事業所名鑑』 総務庁統計局、1985年8月。pp197
荒屋勝 “スーパーマーケット情報”. 食品と科学 1971年8月号 (食品と科学社) (1971年8月).pp59-61
“CIの一環で全店導入を進める京成ストア”. 販売革新 1989年5月号 (アール・アイ・シー) (1989年5月).pp210-212
前田吉治 “ローコスト&ハイバリューの実験リプレ京成「美しが丘店」”. 販売革新 1989年11月号 (アール・アイ・シー) (1989年11月).pp120-122
“四街道美しが丘財団住宅祭”. 家とまちなみ 第27号 (住宅生産振興財団) (1990年3月20日).pp32
『食品小売業を巡る課題と戦略 食品流通年報 1976年版』 日本食糧新聞社、1976年2月25日。pp280
“レポート 険しいボウリング場再生の道 小売業への転進はちらほらあるが”. 商業界 1974年11月号 (商業界) (1974年11月).pp168-170
『全国薬局薬店名鑑 1992~93年版』 薬事日報社、1992年11月16日。pp414
“3 大型化を指向する大手私鉄系スーパー”. 興銀調査 No.254 (日本興業銀行資料センター) (1992年1月21日).pp85
『全国食品スーパー名鑑 1973年版』 食品新聞社、1973年1月20日。pp368
『日々新たに 新日本製鉄株式会社君津製鉄所20年史 総合史』 新日本製鉄、1985年4月1日。 pp220
“京成ストア、MEGAドン・キホーテ三郷店から撤退”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (2008年9月24日). pp4
“京成ストア、「ララガーデン春日部」核店オープン 大型店開発に弾み”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (2007年11月14日). pp4
『全国繊維小売総覧 東日本篇 1986』 東京信用交換所、1985年11月30日。pp858
『首都圏ビッグストアマップ・ストア名鑑 1984年版』 日本マーケティング教育センター、1983年8月20日。pp134
『茨城県事業所名鑑』 総務庁統計局、1985年8月。pp91
『全国食品スーパー名鑑 1973年版』 食品新聞社、1973年1月20日。pp372
『全国食品スーパー名鑑 1973年版』 食品新聞社、1973年1月20日。pp373
『首都圏ビッグストアマップ・ストア名鑑 1984年版』 日本マーケティング教育センター、1983年8月20日。pp138
大川照雄 『大型店と競う共同店舗・街づくり その計画・成否の事例研究』 工業時事通信社総合開発センター、1981年5月17日。 pp127
大川照雄 『大型店と競う共同店舗・街づくり その計画・成否の事例研究』 工業時事通信社総合開発センター、1981年5月17日。 pp128
大川照雄 『大型店と競う共同店舗・街づくり その計画・成否の事例研究』 工業時事通信社総合開発センター、1981年5月17日。 pp141
大川照雄 『大型店と競う共同店舗・街づくり その計画・成否の事例研究』 工業時事通信社総合開発センター、1981年5月17日。 pp139
佐藤一段 『ビッグストアの流通支配戦争 スーパー・百貨店の次の狙いは何か』 日本実業出版社、1978年12月10日。 pp43
大川照雄 『大型店と競う共同店舗・街づくり その計画・成否の事例研究』 工業時事通信社総合開発センター、1981年5月17日。 pp142
『流通会社年鑑 1976年版』 日本経済新聞社、1975年11月13日。 pp175
『会社総鑑 未上場会社版 1984年版 下巻』 日本経済新聞社、1984年5月15日。 pp2724
広報など1次資料
“会社案内”. 京成ストア. 2024年7月6日閲覧。