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野添 義弘(のぞえ よしひろ、1958年7月3日 - )は、日本の俳優。劇団スーパー・エキセントリック・シアター所属。
大阪府出身、大阪電気通信大学高等学校を卒業。高等学校卒業から短期大学入学までの間のアルバイトとしてスーツアクターを経験して「演じる」ことに興味を持ち、短期大学を辞めてアルバイト先会社の社員となった[1]。展開の決まったヒーローショーに飽きながらも、オリジナリティーを加えていくうちに「演じること」を仕事にしたいと考えるようになる[1]。漠然と東京へ行くことを考えるようになり、イベントの共演で仲良くなった川島なお美を通じて川島の所属事務所の現場マネージャーとして上京するが、上京してしばらくは役者としてのキャリアに進展はなかった[1]。
上京から半年が経ったころ大阪のスーツアクター会社に所属する知人に連絡をとると、当時はまだ「知る人ぞ知る」程度の存在だが熱狂的なファンも増えてきていた「劇団スーパー・エキセントリック・シアター」を提案される[1]。野添は軽い気持ちでシアターグリーンでの公演を訪れるが魅了され、終演後すぐに「ここで役者をやりたい」と考えるようになる[1][2]。オーディションで得意のアクションを披露して合格[2]。野添が24歳のときであった[1]。
間もなく座長の三宅裕司の人気となり、野添の後輩として岸谷五朗や寺脇康文が入るなど劇団が一気に勢いづくが、野添自身は長らくアルバイトで生計を立てる生活が続いた[1][2]。38歳の結婚を機に役者一本の決意をするが、ちょうどこの頃に堤幸彦が監督した映画『さよならニッポン! 南の島の独立宣言』(1995年)に端役で出演し、これがきっかけとなって映画『ケイゾク/映画 Beautiful Dreamer』、ドラマ『世界の中心で、愛をさけぶ』など堤作品への出演が増える[2]。
野添が50歳の時、ラサール石井が脚本・演出を担当する『志村魂』への出演を打診される[2]。ラサールが主演の志村けんと野添は相性が良いと判断したためであったが当時は別の舞台があったため実現せず、2008年の『志村魂3』で初出演するとラサールの読み通りバツグンの相性は好評で、最後の公演となった2019年の『志村魂14』まで出演し続けた[2]。なお、この公演を三谷幸喜が観覧しており、後の『鎌倉殿の13人』への出演などに繋がることとなる[2]。
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