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苦痛を与えないまたは低減させる形で死を医療的に幇助する行為 ウィキペディアから
安楽死(あんらくし、英語: euthanasia)とは、人または動物に苦痛を与えずに死に至らせることである。一般的に、終末期患者に対する医療上の処遇を意味して表現される。
安楽死に至る方法として、医師の助けを借りて死に至る積極的安楽死(せっきょくてきあんらくし、英語: positive euthanasia, active euthanasia)と、治療を行わないことによって死に至る消極的安楽死(しょうきょくてきあんらくし、英語: negative euthanasia, passive euthanasia)の2種類がある。
また、安楽死の別表現として、尊厳死(そんげんし、英語: dignified death, death with dignity)という言葉がある。これは、積極的安楽死と消極的安楽死の両方を表現する場合と、安楽死を本人の事前の希望に限定して尊厳死と表現する場合があるが、世界保健機関、世界医師会、国際連合人権理事会、国家の法律、医療行政機関、医師会などの公共機関による、明確または統一的な定義は確認されておらず、尊厳死と安楽死の区別は、国によって判断が様々である。
耐えがたい苦しみに襲われている患者や、助かる見込みのない末期患者本人が尊厳ある死を希望した際に、積極的安楽死も合法化している国には、1940年代に法律を整備した先駆的な国であるスイス、2000年代にかけてはアメリカのいくつかの州、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、2010年代にはコロンビア、カナダ、オーストラリア、2020年代にはスペイン、ニュージーランド、オーストリア、ポルトガルがある[1]。
積極的安楽死(せっきょくてきあんらくし、英語: positive euthanasia, active euthanasia)とは、致死性の薬物の服用または投与により、死に至らせる行為である。医療上の積極的安楽死の場合は、耐えがたい苦しみに襲われている患者や、助かる見込みのない末期患者の自発的意思に基づき、医師が致死性の薬物を注射する。または医師が処方した致死薬を患者が自身の意思で服用する医師による自殺幇助(Physician-Assisted Suicide/ PAS)を指す。医師の助けを得つつ、致死薬等で死を選ぶ安楽死が積極的安楽死と呼ばれる[2]。国によっては、医師による自殺幇助と安楽死は明確に区別される。欧州では、本人が望んだ場合にベルギー、オランダ、ルクセンブルク、スペイン、ポルトガルが安楽死を合法化している。キリスト教国で自殺を罪としているコロンビアでも1997年に南米初の尊厳死、末期疾患本人の意思による自殺ほう助を非犯罪化した。さらに2021年7月には高等裁判所が「尊厳ある死の権利」を末期疾患の患者以外にも適用を拡大することを認めた。コロンビアは国民のほとんどがカトリック教徒で、教会は安楽死にも自殺ほう助にも断固反対しているが、 南米初であった[3]。
安楽死・尊厳死の問題は生命倫理や死生観と密接に関連するため、その国で主流の宗教による影響がある。
キリスト教においては意見が分かれており、積極的安楽死を法的に認めている国はプロテスタントの影響が強い国が多く、カトリックは積極的安楽死に強く反対しているため、フランスのように法制化を求める意見が多くともカトリックの影響で実現していない国もある[4]。
カトリック国として、スペインやコロンビアが耐えがたい苦しみに襲われている患者や助かる見込みのない末期患者にも積極的安楽死を合法化している[3][1]。カトリック総本山のイタリアでも希望者へ安楽死を認めないことは憲法違反とされ、2022年6月に初の安楽死が行われた[5]。
イスラームではカトリック同様に自殺を固く禁じている教義であり、積極的安楽死は殺人とされている。
ただしカトリックやイスラームにおいても、死期が迫る患者に対して苦痛を伴う延命治療を中止するという消極的安楽死には必ずしも反対していない[6]。
ユダヤ教において積極的安楽死は違法とされているが、法的、倫理的、神学的、精神的な観点から明確な合意が得られず、その可否について議論されている[7]。
日本では他人による積極的安楽死は法律で明確に容認されていないので、本人の意思による積極的安楽死に加担した(未遂も含む)場合さえも刑法上嘱託殺人罪等の対象となる。ただし、名古屋安楽死事件や、東海大学病院安楽死事件の判例では、下記の厳格な条件を全て満たす場合には違法性は無いために阻却される(刑事責任の対象にならず有罪にならない)と述べている。
一般的に他人(一般的には医師)が行う場合は下記の4条件を全て満たす場合に容認される(違法性を阻却され刑事責任の対象にならない)。
1962年(昭和37年)の名古屋高等裁判所の判例では、以下の6つの条件(違法性阻却条件)を満たさない場合は、違法行為となると認定している。
本件においては、(5)(6)が欠けているため、被告人は刑法 202 条により嘱託殺人だとされ、懲役 1 年執行猶予 3 年の判決が下された[8]。
1995年(平成7年)の横浜地方裁判所の判例では、下記の4つの条件(違法性阻却条件)を満たさない場合は、違法行為となると認定している。
本件において被告人は、刑法 199 条により殺人罪とされ、懲役 2 年執行猶予 2 年の有罪判決が下された。
日本では、積極的安楽死を法律で容認するかについて議論されているが、法律で明示的に容認はしていない。
オーストラリアでは北部準州で積極的安楽死と自殺幇助が1996年7月から合法化され、4人が安楽死したが、連邦政府は9ヶ月後に法律を無効化した[20]。20年後の2017年11月にオーストラリア南東部のビクトリア州上院で安楽死の合法化法案が可決され、2019年6月から施行された[14][13]。この法律では安楽死が認められるのは18歳以上で、余命6か月以内の場合に限られる[13]。
安楽死推進団体に所属し、2018年に104歳で安楽死したオーストラリアの環境学・植物学者デイビット・グッドールは、積極的安楽死を「ふさわしい時に死を選ぶ自由」と定義している[21][22]。グッドールは重い病を罹患していなかったが、老化で体が不自由になるなど生活の質が低下していたと述べ、スイスのバーゼルでの安楽死前日の会見で「スイスの品位ある死を選べる制度」に感謝を示し、「全ての国はスイスに遅れを取っていて、自国のオーストラリアでは老化による生活の質の低下を理由に安楽死を合法化していないのは残念だ」と語った[21][22]。
2022年5月までにオーストラリアの全ての州で安楽死法が可決された[12]。ただしその他の地域(首都特別地域、北部準州)では合法化されていない。
消極的安楽死(しょうきょくてきあんらくし、英語: negative euthanasia , passive euthanasia)とは、予防・救命・回復・維持のための治療を開始しない、または開始しても後に中止することによって、人や動物の延命を止める行為である。延命治療が苦しみを招き、患者が最期のときまで、自分らしく尊厳をもって生きるために、本人意思(自己決定)を尊重し、「延命治療をやめて病状を自然の状態に戻す」ことを指す[3][23]。①自発的安楽死、 ②非自発的安楽死 ③反自発的安楽死の3種類がある[23]。
医療上の消極的安楽死の場合は、病気・障害を予防する方法、発症した病気・障害から救命・回復する方法、生命を維持する方法、心身の機能を維持する方法が確立されていて、その治療をすることが可能であっても、患者本人の明確な意思(意思表示能力を喪失する以前の自筆署名文書による事前意思表示も含む)に基づく要求に応じ、または患者本人が事前意思表示なしに意思表示不可能な場合は、患者の親・子・配偶者などの最も親等が近い家族の明確な意思に基づく要求に応じ、治療をしないか治療開始後に中止することにより、結果として死に至らせることである。
終末期の患者には延命可能性が全くないか、または余命は長くても月単位なので、世界の諸国では終末期の患者に対する消極的安楽死は広く普及している。治療により回復の可能性がある患者、回復の可能性はなくても死に至るまで長い年月がかかる患者など、終末期ではない患者の場合は、大部分の人は一般的に病気からの回復や生命・健康の維持の欲求を持っているので、消極的安楽死が選択される事例よりも、治療による回復や延命が選択される事例が多数派である。
韓国では、最高裁判所に相当する大法院の判決で2009年の女性の高齢者の請求により尊厳死が認められた後、2017年に韓国で「延命医療決定法(尊厳死法)」の試験事業が施行されて患者の意思によって延命医療を中止することができるようになった[24]。約1か月前にソウル市内のとある総合病院で、消化器系のがんの治療を受けていた50代男性が「延命医療を受けない」という治療計画書に署名していた。男性の医療陣は本人の意思に基づき、臨終が近づいた時に人工呼吸器装着・心肺蘇生・血液透析・抗がん剤投与などを実施しなかったが、男性が延命医療中止を選択していても栄養・水の供給、痛みの緩和、治療は継続した。患者は2017年11月21日の一週間前に安楽死を選択して死去し、韓国で合法的安楽死の事例初となるケースとして確認された。事前医療意向書の実践を推奨する代表は「難しい状況の中、患者の男性は大きな決断を下した。今回の決定は延命医療中止について悩む多くの方々に勇気を与える事例だ」と語った[24]。
日本の法律では、患者本人の明確な意思表示に基づく消極的安楽死(=消極的自殺)は、刑法199条の殺人罪、刑法202条の殺人幇助罪・承諾殺人罪にはならず、完全に本人の自由意思で決定・実施できる。ただし、法律により強制隔離と強制治療が義務付けられている感染症は例外である。
日本の国内法では、一般的に他人(一般的には医師)が行う場合は下記の条件のいずれかを満たす場合に容認される(違法性を阻却され刑事責任の対象にならない)。
日本では、患者本人や家族の明確な意思表示に基づかず、医師が治療の中止をした場合は、刑法199条の殺人罪が成立する。患者本人の明確な意思表示に基づかずに、または家族の明確な意思表示に基づかずに治療を開始しなかった場合も殺人罪または保護責任者遺棄致死罪が成立する。
韓国では2018年2月から回復が見込めない終末期の患者の延命治療を、法律に基づいて取りやめることができる尊厳死制度が導入された。韓国政府から制度運営を委託される財団法人によると、導入4カ月間で、尊厳死を希望した中で約8500人の延命治療が取りやめられた[25]。
安楽死を巡る論争で反対者がしばしば主張する点として、例えば社会的弱者に公金を費やすのは無駄だとして、社会的弱者に死を選択するよう社会の同調圧力が働くことへの憂慮がある。
カナダでは安楽死が合法化された。初めのうちは安楽死が許容されるのは重大な病を抱える終末期の人物に限られていたが非終末期の人物にも拡大され、精神疾患を抱える人物も安楽死が許容された。日本ケアラー連盟代表理事の児玉真美は、カナダでは社会保障の申請をするよりも安楽死の申請をする方が、より申請が簡単で認可されやすく、社会保障を断られた人物が生活苦から安楽死を選択せざるを得なくなっていると主張している[35]。
有馬斉は、高齢者や低所得者・身寄りのない人に対して、医療者が安楽死の実施を行ったほうが本人のためだと考えれば、社会的弱者に死のリスクが偏ることを指摘した[36]。
盛永審一郎は、生産性などを理由に日本の村社会的同調圧力による安楽死の強制から社会的弱者の生命を守るのは当然だとした上で、それを理由に安楽死導入を巡る議論そのものを封殺することもまた問題だと論じている[37]。
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