『いのちの停車場』(いのちのていしゃじょう[2]、いのちのていしゃば[3])は、南杏子による長編小説。幻冬舎から出版された書き下ろし作品で2020年5月27日に刊行された[4]。救急医を辞め、訪問診療医に転身した62歳の女性医師が直面する在宅医療の現場を通じ、老老介護や終末期医療、積極的安楽死といった[4][5]現代日本の医療制度の問題点やタブーに向き合い、医師や患者および患者の家族の姿を描く[6]。
2021年5月21日に映画版が公開された[6][7][8][9]。
2021年後期より、続編となる『いのちの十字路』が各地方の新聞小説として連載が開始されている[10]。
東京の救急救命センターにて勤務していた62歳の医師・白石咲和子は、とある事件の責任を問われて退職し、金沢の実家へ戻って在宅医療専門の「まほろば診療所」で訪問診療医として働き始める。救急医療に長年従事し在宅医療など難なくこなせると考えていた咲和子は、勤務初日から在宅医療ならではの難しさに直面し戸惑うことばかりで自信を失いかけるが、スタッフたちの支えを受けて、老老介護、脊髄損傷により四肢麻痺となったIT企業社長、セルフネグレクトの独居老人、政府の在宅診療推進キャンペーンを指揮した後自らが末期の膵臓癌となり出身地の金沢へ戻った厚生労働省官僚、小児がんの6歳女児などさまざまなケースに向き合い学んでいく。一方で、咲和子の実家では高齢の父が骨折の手術入院を契機に誤嚥性肺炎、脳梗塞を発症して、脳卒中後疼痛の激しい痛みから「これ以上生きていたくない」と口にするようになり、元医師の父が望む積極的安楽死を巡り医師として、娘として激しく葛藤する咲和子はやがて1つの決断を下す[4][5][11][12]。
- プロローグ
- 第一章 スケッチブックの道標
- 第二章 フォワードの挑戦
- 第三章 ゴミ屋敷のオアシス
- 第四章 プラレールの日々
- 第五章 人魚の願い
- 第六章 父の決心
「まほろば診療所」関係者等
- 白石咲和子
- 女性医師。62歳。加賀大学医学部の受験に失敗、東京の城北医科大学医学部に進学し卒業後38年間同医大病院で救命救急医として働いていたが、准教授兼救命救急センター副センター長8年目に起きたある出来事の責任を取って退職。故郷の石川県金沢市に戻り「まほろば診療所」で訪問診療医として働く。一度同期の男性医師と結婚したが離婚しその後は独身。
- 白石達郎
- 咲和子の父。咲和子が帰郷した時点で87歳。かつては加賀医科大学附属病院の神経内科医で、定年後も研究を続けていた。5年前に妻(咲和子の母)を交通事故による外傷性くも膜下出血で亡くしてからは咲和子が帰郷するまで一人暮らしだった。意識のなかった妻を約半年も延命治療したことを後悔しており、咲和子に「俺をあんなふうには死なせんでくれ」と語っていた。
- 仙川徹
- 金沢市主計町茶屋街近く、浅野川の中の橋近くにある「まほろば診療所」の二代目。元々は加賀大学医学部附属病院で、糖尿病専門医をしていたが、15年ほど前に仙川の父が亡くなり診療所を継いだ。咲和子より2歳年上だが、咲和子の父と仙川の父が医学部の同級生で、家族ぐるみの付き合いがあったため、「徹ちゃん」「咲和ちゃん」と呼び合う仲。大学卒業後すぐに結婚した妻は乳癌になり、約7年の闘病後40歳になったばかりの時に亡くなっている。咲和子が金沢に戻った時は、転倒し大腿骨頸部骨折による1ヶ月間リハビリ入院から戻ったばかりで車椅子生活をしており、患者の多くが転院してしまっていたため、在宅医療を帰郷したばかりの咲和子に任せる。
- 星野麻世
- 看護師。29歳。大学病院に2年勤務した後「まほろば診療所」に勤めて6年目。実家は卯辰山にある「三湯旅館」で、子供の頃から家業を手伝わされその度に叱られていたことに反発し、看護師を目指すために実家を出たため、両親とは8年ほど会っていなかった。
- 玉置亮子
- 「まほろば診療所」事務員。
- 野呂聖二
- 医師国家試験に落ち浪人中の青年。咲和子が城北医大病院を退職するきっかけとなった事件の際に、救急外来で事務のアルバイトをしていた。咲和子を尊敬しており、咲和子が金沢に戻った後、「まほろば診療所」に押しかけ運転手兼助手となる。父は東京消防庁の副本部長で、兄も消防士だったが、聖二の国家試験受験の前月に殉職により早世している。続編『いのちの十字路』は彼の一人称で語られる。
- 柳瀬尚也
- 主計町にある仙川行きつけのバー「STATION」のバーテンダー。若い頃モンゴルを放浪し30過ぎで帰国、「STATION」のオーナーと出会いバーテンダーとなる。天然パーマに髭を蓄えた風貌で、会話に不思議な包容力を持つ。
患者と家族
- 並木シズ(第一章)
- 乙丸町に住む、咲和子が帰郷後初めて訪問看護した患者。10年以上パーキンソン病を患っており、それでも元気だったものの、2年前から急速に衰弱、誤嚥性肺炎を繰り返したため半年前から胃瘻をしている。
- 並木徳三郎(第一章)
- シズの夫。かつてはシズと共に近江町市場で鮮魚店を営み繁盛していた。「無駄なカネは使わなくていい」と、妻の介護サービス備品などの追加費用負担を嫌がり、いくつもの在宅診療クリニックとトラブルを起こしていた。
- 江ノ原一誠(第二章)
- 咲和子が2か月目に担当した患者。40歳。金沢市新市街に地上20階建てのオフィスビルを持ち従業員120人を抱え、自らはオフィスビル最上階に住む、金沢を代表するIT企業の社長。咲和子らが訪問する1か月半前にラグビーの試合中のタックル事故で第五頸髄を損傷、四肢麻痺となる。入院しリハビリを行っていたものの効果が感じられず自宅療養に切り替える。咲和子に過去の診療経験からプライベートに至るまで質問する「採用面接」をした後在宅医に採用、金に糸目はつけず、「Cクラスのベンツ1台分くらい」の費用がかかる幹細胞治療をリクエストする。
- 大槻千代(第三章)
- 北陸鉄道石川線野町駅近くで一人暮らしをしている78歳女性。本人は訪問診療を拒否していたが、異臭を放つゴミ屋敷同然の家で暮らしていた上に奇声を発しているなどの報告があったため、金沢市地域包括支援センターからの依頼で咲和子らが訪問。高血圧と糖尿病を患うものの薬の服用も途切れ、1日の大半を浴室で過ごし飲食まで浴室でしていた上に新聞4紙と契約していたため、認知症もしくはセルフネグレクトが疑われた。
- 小崎尚子(第三章)
- 大槻千代の一人娘。四十代半ば。中村町で夫・裕斗と「リュウヘイ食堂」を営む。元は父母が開いた店舗兼住宅の食堂で、父・竜平亡き後暫く母と尚子の共同経営だったが、夫曰く住宅も店舗もゴミ屋敷同然だったのを夫が改善したという経緯がある。母が暴言を浴びせるため母との会話が喧嘩腰になり、母との関係にうんざりしていた。
- 宮嶋一義(第四章)
- 厚生労働省統括審議官。57歳。見つかった時点で手術不能の膵臓癌が肺にも転移しており、城北医大病院に3か月半入院し抗癌剤治療を受けたが効果はなく、ステージ4の末期進行癌のため、役所を休職し郷里の金沢で同病院の医師による在宅医療を希望、咲和子が城北医大雨宮医学部長からの直々の依頼で担当することになった。官僚の情報収集力で「まほろば診療所」の治療実績も細かに把握していた。『病院から在宅へ』という政府のキャンペーンの先頭に立ったこともあり、「無駄な延命治療で若い人の税金を使わないこと」と化学治療を含む積極治療を拒否、緩和ケア中心の治療を希望する。
- 宮嶋友里恵(第四章)
- 一義の妻。長崎県出身。縁もゆかりもない土地で夫の介護に疲れストレスを溜めていた。東京の外資系コンサルティング企業のチーフコンサルタントとして働く息子・大樹にかつての夫の姿を重ねている。
- 若林萌(第五章)
- 腎腫瘍が肝転移したステージ4の小児癌患者。6歳。咲和子らが訪問する前年の夏休み頃に急に体調を崩し、北陸小児がんセンターへの入退院を繰り返しながら抗がん剤を三次治療まで受けたが効果はなく、4月に自宅療養に切り替え、咲和子らが訪問する時点で癌は肺にも転移し既に余命数週間の見込みだった。読書を好み、野呂を「先生」と呼び懐く。ある日海に行くことをせがむ。
- 若林健太・祐子(第五章)
- 萌の両親。娘の病状を受け入れられずにいる。
2021年5月21日に公開された[9]。なお、作品名の読みは「いのちのていしゃば」となる。監督は成島出、脚本は平松恵美子、主演は吉永小百合[6][7][8]。
撮影は東映東京撮影所にて、2020年9月4日から新型コロナウイルス感染症対策に十分配慮した上で行われた[14][15]。主要キャストの一人である伊勢谷友介が大麻取締法違反容疑で同年9月8日に逮捕されたが、映画はテレビ・CMなど異なり鑑賞意図を持った観客のみが鑑賞する「クローズドなメディア」であって、「個人と作品は違う」との見解から、同年9月6日に収録済みの伊勢谷の出演シーンをカットせずに公開される見込みとなった[16]。なお、公式サイトやポスターのキャスト紹介に伊勢谷の写真は記載されていない。
原作との違い
- 映画では咲和子の父・達郎は元美術教師の設定だが、原作では元医師である。なお父・達郎役を演じた田中泯と、娘・咲和子役の吉永小百合は同い年で、誕生日も田中が吉永より僅か3日早いだけである。
- 映画では星野麻世は亡くなった姉の子を育てている設定だが、原作にそのような設定はない。
- 寺田智恵子、中川朋子は原作小説には登場しない映画オリジナルキャラクターである。
- 映画では宮嶋夫妻の息子は家出した設定だが、原作ではむしろ一義の在宅緩和ケアに反対し、大学病院で抗がん剤治療を継続させるため金沢まで出向き東京に連れ帰る事を主張している。
- 映画では若林萌は8歳となっているが、原作では6歳となっている。
受賞
- 第45回日本アカデミー賞
- 優秀監督賞(成島出)
- 優秀主演女優賞(吉永小百合)
- 優秀助演女優賞(広瀬すず)
- 優秀音楽賞(安川午朗)
- 優秀美術賞(福澤勝広)
- 優秀録音賞(藤本賢一)
- 優秀編集賞(大畑英亮)