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日本の音楽番組 ウィキペディアから
『シオノギ・ミュージックフェア』(英 : SHIONOGI MUSIC FAIR)は、フジテレビ系列の一部で1964年8月31日から放送されている音楽番組。放送時間は複数回の変遷を経て、2001年4月以降は毎週土曜日 18:00 - 18:30(JST)に放送されている。それ以前の放送時間などについては別節を参照。
シオノギ・ミュージックフェア SHIONOGI MUSIC FAIR | |
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ジャンル | 音楽番組 |
企画 | 塩野義製薬 |
構成 |
玉井貴代志 大野ケイスケ |
演出 |
浜崎綾(チーフプロデューサー兼任) 島田和正 松永健太郎 花輪研斗 川上惇 |
司会者 |
仲間由紀恵 軽部真一(フジテレビアナウンサー) |
テーマ曲作者 | 保富康午、山本直純 |
オープニング | 歌:ゴスペラーズ |
国・地域 | 日本 |
言語 | 日本語 |
製作 | |
エグゼクティブ・プロデューサー | 石田弘 |
プロデューサー |
浜崎綾(CP、演出兼任の回もあり) 土田芳美 太田秀司 中村峰子 |
製作 | フジテレビ |
放送 | |
放送局 | フジテレビ系列の一部 |
映像形式 | 4:3→16:9 |
音声形式 | ステレオ放送 (1978年10月3日 - ) |
放送国・地域 | 日本 |
放送期間 | 1964年8月31日 - 放送中 |
放送分 | 30分 |
回数 | 通算2900[1] |
公式サイト | |
放送開始から1969年3月まで | |
放送期間 | 1964年8月31日 - 1969年3月31日 |
放送時間 | 月曜日 21:00 - 21:30 |
放送分 | 30分 |
1969年4月から1981年9月まで | |
放送期間 | 1969年4月1日 - 1981年9月29日 |
放送時間 | 火曜日 21:30 - 22:00 |
放送分 | 30分 |
1981年10月から1983年9月まで | |
放送期間 | 1981年10月1日 - 1983年9月29日 |
放送時間 | 木曜日 22:30 - 23:00 |
放送分 | 30分 |
1983年10月から2001年3月まで | |
放送期間 | 1983年10月2日 - 2001年3月25日 |
放送時間 | 日曜日 23:00 - 23:30 |
放送分 | 30分 |
2001年4月以降 | |
放送期間 | 2001年4月7日 - |
放送時間 | 土曜日 18:00 - 18:30 |
放送分 | 30分 |
特記事項: 放送期間・放送時間はフジテレビ(制作局、関東地区)のもの。 シオノギヘルスケア単独スポンサー番組 1967年5月1日放送分よりカラー化。 放送回数は2018年3月31日放送分まで。 |
2023年現在、日本の民放でレギュラー放送されている音楽番組の中で最長寿番組[注 1]でもある。ハイビジョン制作及び字幕放送の実施も扱われ、フジテレビ系列局で地域限定スポンサードネットによる同時ネット番組ではあるが、スポンサードネットの対象から漏れた一部の系列局では放送していない(後述のように、過去ネットワークセールス枠だったため、ほとんどの系列局で放送経験がある)。
タイトルが示すように、開始当初から塩野義製薬による一社提供番組[注 2]であり、冠スポンサー番組でもある(提供クレジットはオープニングでは表記のみでエンディングでは提供読みがある)。新聞の番組表などでは、『MF』『ミュージックフェア』『Mフェア』などの略称で表記される場合もある。
1964年3月29日に特集番組として放送されたことに端を発し、同年8月31日よりレギュラー番組として、特集版の総合司会を担当した越路吹雪を初代総合司会に据える形で本格的にスタート。落ち着いた雰囲気で、毎回違う歌手の共演を行う。
1967年5月1日放送分よりモノクロからカラーに切り替え[2]、1978年10月3日放送分よりステレオで放送[2]。2004年1月10日放送分よりハイビジョン製作に移行[2]。
トークコーナーでは、総合司会が季節やゲストにまつわるテーマを挙げてトークしたり、ゲスト同士が聞きたい質問でトークを展開している。また、スティーヴィー・ワンダーやジャネット・ジャクソンなどの海外の大物アーティストも多数出演している。
本作品と関わりの深いスタッフの一人に、1973年よりディレクターとして参加した石田弘がいる。石田はその後もプロデューサーなどを歴任しつつ、2022年現在もエグゼクティブプロデューサーとして名を連ねている。2008年10月4日放送分(『MUSIC FAIR』改題後)では、エンディングに石田の所属する音組がクレジットされた。
現在の土曜18時台前半に枠移動するまでは、放送開始から1983年9月29日まで、それぞれ2回枠移動(月曜21時台前半→火曜21時台後半→木曜22時台後半)しながらゴールデン・プライムタイムで約19年間放送され、1983年10月2日から2001年3月25日まで、日曜23時で約17年半放送されていた[注 3]。木曜22時台後半と日曜23時台前半の放送では、まずシオノギの30秒CM(『パンテーン』[注 4]・『ポポンS錠』・『セデスA錠・セデス・ハイ』・『さわやかコレクト』)等のCM[注 5]を放送し、本番組が始まるという構成だった。これに対し火曜21時台後半時代は、1970年代ではまずティンパニを中心にしたファンファーレ調BGMをバックに、タイトルとシオノギのクレジットを映し、その後シオノギの30秒CMを2本放送、その後は幾何学模様をバックにオープニングテーマを流した。そして1980年代では今日の出演者のコメントとハイライトシーンを流し、最後はタイトルと提供が映された。
日曜夜時代、参議院選挙および衆議院選挙の開票が即日になるまでは、当日の夜も放送していた。ただし、1989年1月8日は、昭和天皇崩御による報道特別番組のため休止され、翌週の1月15日に改めて放送された(この日は生前最後の同番組出演となる美空ひばり特集だった)。また、放送枠が選挙特別番組になった場合でも、23時台前半では、塩野義製薬の1社提供枠でセールスされていた(『スーパーナイトFNN選挙開票速報2時間スペシャル』も含む)。
21世紀を迎え2001年4月7日より、番組名を『MUSIC FAIR 21』にリニューアルし、放送時間帯も従来の日曜23時台前半から、夕方の全国ニュース(『FNNスーパータイム』→『FNNニュース ザ・ヒューマン』→『FNNスーパーニュース』)が編成されていた土曜18時台前半へと変更された。テーマ曲の「今夜は夢のラララミュージックフェア」という歌詞はそのままであるものの、以前の放送時間よりもかなり早い時間での放送となっている。
リニューアル当初の半年前後は、旧来からのスタイルを残しつつもVTRを用いた過去のエピソードのコーナー(転機など)や、好きな食べ物を紹介する「この一食」コーナー[注 6]も企画されていた。また、新しくエンディングにて出演歌手との記念撮影のコーナーも新設され、その写真が応募した視聴者にプレゼントされるという企画も行われていたが(掛け声は「ミュージックフェア21」だったが、初期は「MF21」と言っていた)、こちらも2008年9月27日放送分で終了している。
リニューアル前はほぼなかったジャニーズ事務所所属アーティストの様なアイドル歌手の出演も増え始め、往時の様に必ずしも歌唱力のある者ばかりが出演しているとは限らず、リニューアル前は常連だったベテラン・実力派歌手の出演も激減する。また、放送回によっては『FNS歌謡祭』や『FNSうたの夏まつり』(現在:『FNS歌謡祭 夏』)といった同局の大型音楽番組でも行われている出演ゲスト同士のコラボレーション(共演)で楽曲を披露される場合もある。
『FNS27時間テレビ』の放送日に関しては、2001年・2003年のように休止となる場合もあったものの、2004年以降は同番組の開始時間が18:30や19:00に繰り下がるようになったため、同番組の放送日と被る場合でも通常通り放送されている。また2009年7月25日放送分は、『FNS26時間テレビ』の関連企画で「緊急特集ヘキサゴンファミリー総力コラボ」として放送されたこともある。
2004年8月に放送40周年を、同年3月27日放送分で放送2,000回を達成した。2007年10月6日18:00(JST)から、音組とのコラボレーション企画で、公式サイトが開設。
2008年3月で放送2200回を迎えたことに伴い、3月は1ヶ月にわたり2,200回特別月間として豪華アーティストの共演(最終週のみ総集編)を放送した(2008年2月21日、東京国際フォーラムにて収録)。同年10月4日放送分より“21”がはずれたことから、番組名に『MUSIC FAIR』への再度変更が加わった。
2009年4月から2014年までは1組だけの企画を「ワンマンショー」と題したり、2回連続企画を定期的に行っていた。2009年10月3日放送分(2,280回)からは地上アナログ放送ではレターボックスでの放送に移行した。それに伴い、再度リニューアルを実施した。
2010年3月で放送2300回を迎えたことに伴い、2月26日に大阪厚生年金会館ホールにて公開収録が行われ、3月に4週連続で2300回記念特番として放送された(翌週4月3日も総集編を放送)。
2010年12月4日放送分は同日のゴールデンタイム・プライムタイムに『2010 FNS歌謡祭』が生放送されたため、本番組も生放送編成で『2010 FNS歌謡祭』の出演歌手がゲスト出演する形式が取られており、同番組の会場には本番組の総合司会である鈴木杏樹・恵俊彰も姿を見せていた。また同日は『もしもツアーズ』を挟む形で、本番組と『2010 FNS歌謡祭』の2つの音楽番組が1日に放送された。他方で、テレビ大分は土曜のゴールデンタイム・プライムタイムの編成を日本テレビ系列に定めており、『2010 FNS歌謡祭』についても同時ネットしていないが、当日の本番組については通常通り同時ネットで放送された[注 7]。
2010年代に入ってからの関東地区における視聴率は、5 - 6%台で推移している[3]。『サイゾー』2013年8月号は「(本番組の)視聴率は下降気味だが、塩野義製薬が本番組の提供を続ける意向であることと、フジテレビが塩野義製薬から年間10億単位のスポンサー料を得ているという事情から、本番組は打ち切りの対象にならない」と報じている。
2014年8月には、放送50周年を迎えた。2016年2月19日に、東京国際フォーラムで行われた2600回記念コンサートが公開収録された。その際、収録終盤には、当時の番組の総合司会を務める鈴木杏樹と恵俊彰が、番組を卒業することが発表された。両者は、同年3月26日放送分をもって番組を降板した。同年4月以降の後任の総合司会は、同年2月24日にフジテレビから発表され、8代目総合司会として仲間由紀恵と軽部真一(フジテレビアナウンサー)が務め、タイトルロゴ及びトーク時のセットを変更した。
2016年6月18日放送分は、『AKB48 45thシングル 選抜総選挙』の事前番組を兼ねた連動企画として、通常より1時間繰り下げとなる19:00からの生中継という形式が取られ[注 8]、AKB48の特集放送となった。同イベントの開票が毎年6月の土曜に移ったのは2013年度からだが、このような連動企画は同日の放送分が史上初となった。
2016年10月1日放送分より解説放送を開始。
2019年8月31日放送分で、放送55周年を迎えた。
2024年3月2日放送分で「世界最長の週刊音楽テレビ番組」としてギネス世界記録に認定されたことを同月に発表[4]。同月に大阪・フェスティバルホールにて開催された記念コンサートにおいて、認定証の授与式が行われ、公式認定員からフジテレビ社長の港浩一にギネス認定証が授与された[5]。授与式の模様は2024年3月23日放送分(第1夜)最後に放送された。
1999年まで『ミュージックフェア』の後に西暦の下2桁('yy)を付して用いていたが、2000年以降は行っていない(同様の措置は、『ドリフ大爆笑』『ニュースJAPAN』[注 9]でもなされていた)。
4度目の枠移動に合わせて、2001年4月7日放送分から2008年9月27日放送分までの7年半は、世紀を示す数字を加えて『MUSIC FAIR 21』(-にじゅういち)とされていたが、2008年10月4日放送分より再度『MUSIC FAIR』に戻っている。
初期10年程は公開収録を行っていたが、その後は番組の節目ごとに行われるのみとなり(2001年3月までの日曜時代の23時台前半でも番組の節目ごとに行われていた)、通常の収録は限られた関係者しかスタジオに入ることができない(観客の拍手・笑い声があるが、いずれも収録編集時に効果音として挿入したもので、実際にはスタジオ内に観客はいない)。『MUSIC FAIR 21』へのリニューアル後は、開始から半年程はスタジオに100名前後の観客を入れた公開収録が実施され、その後も不定期ながらも行われていた(記念撮影のコーナーでは、一時期観客席でも行われていた)。『MUSIC FAIR』改題後は、収録スタジオでの公開収録は行われていない。
公開収録は東京のほか、スポンサーの塩野義製薬やシオノギヘルスケアが本社を置く大阪(フェスティバルホールなど)でも行われている[注 10]。公開収録はこれまで1日のみだったが、2014年2・3月に放送された2,500回記念特別月間では放送開始50周年を記念し、初めて1月30・31日の2日間公演として行われた[6]。
大阪厚生年金ホールで収録された放送1,100回記念(1986年3月23日・30日放送分/全2回)と、前述の放送2,000回記念(2004年3月6日・13日・20日・27日放送分/全4回)は、神奈川県横浜市中区にある放送ライブラリーに所蔵されており、無料で視聴することが可能である[7]。
隔週月曜日に2本~3本撮りで実施されている。[注 11]
1983年までのプライムタイム時代は、前番組のプロ野球中継が延長になった場合、本番組を休止して野球中継を塩野義提供で続けて放送した。このときの断り書きである「スポンサーのご厚意により」は後に流行語となり、他局でも野球やプロレス等のスポーツ中継延長時に使われるようになった。なお、古くは本番組開始以前の1959年に日本テレビがいわゆる『天覧野球』の中継を通常のナイター枠より1時間前倒しした際の新聞広告にも「この番組は(定時番組スポンサー3社)のご好意《原文ママ》によりニッカがお送りします」との文言が載った事例がある[8]。
期間 | 総合司会[2] | 正式タイトル | 放送時間 (すべて30分)[2] | |||
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代 | 女性 | 男性 | ||||
1964年 | 8月31日1964年12月28日 | 1 | 越路吹雪 | (不在) | シオノギ・ ミュージックフェア '64〜'95 | 毎週月曜 21:00 - 21:30 |
1965年 | 1月 4日1965年 | 5月31日2 | 左幸子 | |||
1965年 | 6月 7日1969年 | 3月31日3 | 南田洋子1 | 長門裕之1 | ||
1969年 | 4月 1日1981年 | 9月29日毎週火曜 21:30 - 22:00 | ||||
1981年10月 | 1日1981年12月24日 | 毎週木曜 22:30 - 23:00 | ||||
1982年 | 1月 7日1983年 | 9月29日4 | 星野知子 | (不在) | ||
1983年10月 | 2日1988年 | 3月27日毎週日曜 23:00 - 23:30 | ||||
1988年 | 4月 3日1995年 | 3月26日5 | 古手川祐子 | |||
1995年 | 4月 2日1995年10月 | 1日シオノギ MUSIC FAIR '95・'96 | ||||
1995年10月 | 8日1996年 | 9月29日6 | 鈴木杏樹 | |||
1996年10月 | 6日1999年12月26日 | SHIONOGI MUSIC FAIR '96〜'99 | ||||
2000年 | 1月 2日2001年 | 3月25日SHIONOGI MUSIC FAIR | ||||
2001年 | 4月 7日2008年 | 9月27日7 | 恵俊彰 | SHIONOGI MUSIC FAIR 21 | 毎週土曜 18:00 - 18:30 | |
2008年10月 | 4日2016年 | 3月26日SHIONOGI MUSIC FAIR | ||||
2016年 | 4月 2日2018年 | 4月28日8 | 仲間由紀恵 | 軽部真一2 | ||
2018年 | 5月 5日2019年 | 2月23日加藤綾子3・4 | ||||
2019年 | 3月 2日現在 | 仲間由紀恵5 | ||||
|
オープニングテーマ曲は保富康午作詞・山本直純作曲によるもの。オリジナル版では服部克久編曲によるものだが、編曲はその都度変わり、現在は武部聡志が担当している。
歌い手はザ・ピーナッツ→森山良子→サーカスを経て、2005年1月よりゴスペラーズが受け持っている。また、過去映像を使用した名曲セレクション形式での放送回では、2016年10月からサーカス版が再度使用されるようになった[11]。回によってはその日のゲストミュージシャンが歌唱する場合もあり、1997年2月9日放送分では米米CLUBがオープニングテーマを演奏している。
番組中で歌われる歌詞についてはオープニングタイトルの変更や歌手の交代に際して改定されている。1997年4月以降はOPが短縮され、現在の形式となった。 またフルバージョンの歌詞も存在し、これは開始初期から長門・南田夫妻司会期の途中までオープニングにおける出演者・スタッフクレジットで使われ、使用しなくなった後も記念回ライブで1曲目[12]として出演者全員で披露される。
なおこれとは別に、ミュージカル・アカデミーが歌唱したテーマ曲も使用されていた。このテーマ曲は、旧・CBSソニー(現・ソニー・ミュージックエンタテインメント)から発売されていた「オリジナル版懐かしのテレビ番組テーマ大全集 昭和28〜43年」に収録されている。
2020年5月2日放送分より、新型コロナウイルスの影響で改正・新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づいて発令された緊急事態宣言によるスタジオでの収録自粛を受けて、各アーティスト・ミュージシャンが自宅から演奏した「ミュージックフェアのテーマ 〜在宅ワークver〜」を番組オープニングで放送開始した。また、このテーマはYouTubeに期間限定で公開している。第6弾では、ALL CASTverが披露された。
参加アーティスト・ミュージックシャン(各五十音順) | ||||||
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○は参加、×並びに-は不参加、[ ]内には演奏に使った楽器を明記 | ||||||
参加アーティスト | 第1弾 | 第2弾 | 第3弾 | 第4弾 | 第5弾 | 第6弾 |
AI | ○ | ○ | ○ | × | ○ | ○ |
ISSA(DA PUMP) | ○ | ○ | ○ | × | ○ | |
大原櫻子 | ○ | ○ | × | ○ | × | |
倖田來未 | ○ | ○ | ○ | ○ | × | |
ゴスペラーズ | - | ○ | × | ○ | × | |
さかいゆう[Key.] | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |
さだまさし[Vn.] | ○ | × | ○ | ○ | ○ | |
サラ・オレイン | - | ○ | ○ | × | ○ | |
城田優 | - | - | ○ | ○ | × | |
鈴木雅之 | - | - | ○ | ○ | ○ | |
橘慶太(w-inds.) | ○ | ○ | ○ | × | ○ | |
谷村新司 | ○ | × | ○ | × | ○ | |
徳永英明[Gt./Harm.] | - | ○ | ○ | ○ | ○ | |
新妻聖子 | ○ | ○ | × | × | ○ | |
平原綾香 | - | ○ | ○ | × | ○ | |
三浦大知 | - | - | ○ | ○ | ○ | |
水樹奈々 | - | - | ○ | ○ | ○ | |
宮野真守 | - | - | ○ | ○ | ○ | |
森山直太朗 | - | ○ | ○ | ○ | ○ | |
森山良子 | ○ | ○ | × | ○ | ○ | |
山崎育三郎 | ○ | ○ | ○ | × | ○ | |
参加ミュージシャン | 第1弾 | 第2弾 | 第3弾 | 第4弾 | 第5弾 | 第6弾 |
今井マサキ[Chor.] | ○ | |||||
加藤いづみ[Chor.] | ||||||
亀田誠治[Ba.] | ||||||
武部聡志[Key.] | ||||||
鳥山雄司[Gt.] | ||||||
宮本笑里[Vn.] | ||||||
よよか[Dr.] |
1964年8月の放送開始以来一貫してネットしているのは制作局のフジテレビと塩野義製薬本社所在地の関西テレビの2局のみである。
放送対象地域 | 放送局 | 系列 | 放送時間 | ネット状況 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
関東広域圏 | フジテレビ(CX) | フジテレビ系列 | 土曜 18:00 - 18:30 | 制作局 | |
北海道 | 北海道文化放送(UHB) | 同時ネット | 1972年4月開局から 1981年10月 - 1982年3月の半年間は放送中断 | ||
岩手県 | 岩手めんこいテレビ(mit) | 1991年4月開局から[注 13] | |||
宮城県 | 仙台放送(OX) | 1981年10月 - 1983年9月の2年間は放送中断 | |||
山形県 | さくらんぼテレビ(SAY) | 1997年4月開局から | |||
静岡県 | テレビ静岡(SUT) | 1968年12月開局から | |||
富山県 | 富山テレビ(BBT[注 14]) | 1969年4月開局から 1981年10月6日 - 1983年9月25日の間は放送中断[13][注 15] | |||
中京広域圏 | 東海テレビ(THK) | 1981年10月 - 1982年3月の半年間は放送中断[注 16] | |||
近畿広域圏 | 関西テレビ(KTV) | 塩野義製薬の本社所在地[注 17] | |||
岡山県→ 岡山県 香川県 |
岡山放送(OHK) | 1969年4月開局から 香川県では1979年4月2日から放送 | |||
広島県 | テレビ新広島(TSS) | 1975年10月開局から | |||
愛媛県 | テレビ愛媛(EBC) | 1969年12月開局から | |||
高知県 | 高知さんさんテレビ(KSS) | 1997年4月開局から | |||
福岡県 | テレビ西日本(TNC) | 1964年10月のネットチェンジ[注 18]から | |||
長崎県 | テレビ長崎(KTN) | 1990年10月の日本テレビ系列脱退から | |||
熊本県 | テレビくまもと(TKU) | 1969年4月開局から | |||
大分県 | テレビ大分(TOS) | 日本テレビ系列 フジテレビ系列 |
1970年4月開局から 『THE MUSIC DAY』(日テレ系)放送日はフロート番組扱い |
かつては地域限定ではないネットワークセールス枠であり、大半の系列局で放送されていた。しかし2回目の枠移動後の1981年10月からは地域限定スポンサードネット枠に変更され、そのスポンサードネットの対象から漏れた多くの局では、2回目の枠移動前の1981年9月をもって途中打ち切りとなった。このときネット局が西日本を中心に9局まで減少し、北海道・東北・北信越地方では本番組が全く放送されない状態となった。
その後一部系列局では新たにスポンサードネットの対象となったことで放送再開となり、現在はフジテレビ系列17局での地域限定スポンサードネットによる同時ネット番組[注 21]となっているが、残る11局では放送されていない。
スポンサードネットから漏れた系列局ではこの時間帯がローカルセールス枠となる上、タイトルロゴから「シオノギ」を省いた別素材を製作しての番組販売扱いでの放送を可能とする措置も取られていないため[注 22]、各局別に自主編成を行っている。
なお、現在スポンサードネットから漏れている系列局は、アナログ時代にVHF局であった福島テレビと沖縄テレビを除いて1970年前後のUHF大量免許期に開局した局であり、他系列優先編成のクロスネットだった局も含まれている。その一方で平成新局(岩手めんこいテレビ・さくらんぼテレビ(かつて山形テレビがネットしていた)・高知さんさんテレビ)では全局で開局当初からネットされている。
また、福島テレビおよびフジテレビ系列時代の福島中央テレビ(1971年10月に福島テレビとネット交換)と、テレビ宮崎(日本テレビ系列・テレビ朝日系列とのクロスネット)、鹿児島テレビおよび過去に同局の編成から外れたフジテレビ系列番組を放送していた南日本放送(TBS系列)では放送実績がない[注 23]。
かつては年末年始であっても通常通り放送されたが、その後少なくとも1週は休止されている。以下は土曜夕方移行後において年末年始以外では珍しく休止・順延となった事例である。
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