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日本の政治家 (1958-) ウィキペディアから
小里 泰弘(おざと やすひろ、1958年〈昭和33年〉9月29日 - )は、日本の政治家。
小里 泰弘 おざと やすひろ | |
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生年月日 | 1958年9月29日(66歳) |
出生地 | 日本 鹿児島県姶良郡霧島町(現・霧島市) |
出身校 | 慶應義塾大学法学部卒業 |
前職 | 小里貞利衆議院議員秘書 |
所属政党 | 自由民主党(谷垣G→無派閥) |
称号 | 法学士(慶應義塾大学・1983年) |
親族 | 父・小里貞利(元衆議院議員) |
公式サイト | 【公式】衆議院議員 小里泰弘(おざとやすひろ)|自民党|鹿児島3区 |
第70代 農林水産大臣 | |
内閣 | 第1次石破内閣 |
在任期間 | 2024年10月1日 - 2024年11月11日 |
内閣 | 第2次岸田第2次改造内閣 |
在任期間 | 2023年9月13日[1] - 2024年10月1日 |
選挙区 |
(鹿児島4区→) (鹿児島3区→) 比例九州ブロック |
当選回数 | 6回 |
在任期間 | 2005年9月11日 - 2024年10月9日 |
農林水産大臣(第70代)、内閣総理大臣補佐官、農林水産副大臣、環境副大臣兼内閣府副大臣、農林水産大臣政務官、衆議院災害対策特別委員長、衆議院財務金融委員長、衆議院農林水産委員長、衆議院議員(6期)、自由民主党副幹事長、同党国土交通部会長、同党地方組織・議員総局長、同党経済成長戦略本部長、同党選挙対策筆頭副委員長を歴任した[2]。
鹿児島県姶良郡霧島町(現:霧島市)生まれ。鹿児島県立鶴丸高等学校、慶應義塾大学法学部法律学科を卒業し、野村証券に入社[2]。
1990年に父の労働大臣就任に伴い大臣秘書官に就任。以降、兵庫県南部地震対策担当大臣、総務庁長官兼中央省庁改革等担当大臣に就任した際にも秘書官を務めた[2]。
2005年9月11日の第44回衆議院議員総選挙では父の引退に伴い、鹿児島4区から自由民主党公認で出馬。直前に社会民主党を離党し、民主党公認で出馬した元職の濱田健一を破り、初当選した。当選後は、2005年初当選組で構成される83会及び谷垣派に所属[要出典]。2006年自由民主党総裁選挙では、谷垣禎一の推薦人に名を連ねる[要出典]。
2006年7月に北薩地域で豪雨災害が発生。地元、川内川の治水事業に奔走し、総額1000億円の大治水事業の実現にこぎつけた[3]。
2009年の第45回衆議院議員総選挙では、鹿児島4区で民主党公認の皆吉稲生の猛追を受けるが、2,711票差で逃げ切り、再選(皆吉も比例復活)。なお、この選挙では2005年の総選挙に自民党公認で初当選した議員の大半が落選した(83人のうち77人が出馬し、当選者は10人、小選挙区当選者は赤沢亮正、稲田朋美、小里の3人のみ)[4]。
総選挙後、自民党内に設置された政権力委員会(ネクスト・ジャパン)の農林水産副担当に就任。2010年10月、政権力委員会の廃止に伴い設置された影の内閣(自由民主党シャドウ・キャビネット)でも引き続き影の農林水産副大臣(農林部門)に就任した[要出典][注 1]。
2011年3月11日に発生した東日本大震災では、自民党に設置された東日本巨大地震・津波災害法整備等緊急対策プロジェクトチームの座長に就任。緊急対策の立案にあたり避難所対策から復旧対策まで、577項目の対策案を取りまとめ政府に提言。更にがれき処理特別措置法をはじめ、多くの震災関連法案も手掛けた[5]。
2012年10月に宏池会を脱退し、前自由民主党総裁の谷垣禎一による勉強会「有隣会」に参加した。同年12月の第46回衆議院議員総選挙では、鹿児島4区から出馬し、3選。
第2次安倍内閣発足後、自民党農林部会部会長に就任[6]。TPP対応の決議案を作成し、更に農業農村所得倍増目標10ヵ年戦略を取りまとめ、今後10年間の農政指針を示した。
2014年9月3日、第2次安倍改造内閣で環境副大臣兼内閣府副大臣に就任。同年12月の第47回衆議院議員総選挙では、鹿児島4区から出馬し、4選。
2017年10月の第48回衆議院議員総選挙では、鹿児島県内の小選挙区割変更に伴う調整により、鹿児島3区から出馬し5選[7]。同年11月、衆議院財務金融委員長に就任。
2018年10月、第4次安倍第1次改造内閣で農林水産副大臣に就任。
2019年9月、自民党国土交通部会長に就任。
2021年10月、自民党経済成長戦略本部長、選挙対策筆頭副委員長に就任[8]。
同年10月31日の第49回衆議院議員総選挙に鹿児島3区から立候補したが、立憲民主党公認の野間健に破れ、初めて小選挙区で落選。自民党が比例九州ブロックで獲得した8議席の最後の1議席に滑り込み、比例復活で6期目の当選を果たした[9][10]。
同年11月、衆議院災害対策特別委員長に就任。
2023年9月13日、第2次岸田第2次改造内閣において、内閣総理大臣補佐官(農山漁村地域活性化担当)に就任[11]。
2024年10月1日、第1次石破内閣において、農林水産大臣に就任。
同年10月27日の第50回衆議院議員総選挙鹿児島3区から立候補するも、立憲民主党の野間に敗れ、落選[12]。比例復活もならず、議席を失った[13][14][注 2]。自民党が裏金問題や統一教会問題、選挙期間中に発覚した非公認候補への2000万円支給問題などを抱える中[16][17][18][19][20]、序盤情勢から野間との接戦が報じられた選挙戦であった[21]。
当落 | 選挙 | 執行日 | 年齢 | 選挙区 | 政党 | 得票数 | 得票率 | 定数 | 得票順位 /候補者数 | 政党内比例順位 /政党当選者数 |
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当 | 第44回衆議院議員総選挙 | 2005年 9月11日 | 46 | 鹿児島4区 | 自由民主党 | 11万258票 | 59.02% | 1 | 1/3 | / |
当 | 第45回衆議院議員総選挙 | 2009年 8月30日 | 50 | 鹿児島4区 | 自由民主党 | 9万7054票 | 50.12% | 1 | 1/3 | / |
当 | 第46回衆議院議員総選挙 | 2012年12月16日 | 54 | 鹿児島4区 | 自由民主党 | 10万415票 | 66.87% | 1 | 1/3 | / |
当 | 第47回衆議院議員総選挙 | 2014年12月14日 | 56 | 鹿児島4区 | 自由民主党 | 9万3501票 | 69.65% | 1 | 1/3 | / |
当 | 第48回衆議院議員総選挙 | 2017年10月22日 | 59 | 鹿児島3区 | 自由民主党 | 10万2501票 | 50.41% | 1 | 1/3 | / |
比当 | 第49回衆議院議員総選挙 | 2021年10月31日 | 63 | 比例九州(鹿児島3区) | 自由民主党 | 8万9110票 | 46.13% | 1 | 2/2 | 8/8 |
落 | 第50回衆議院議員総選挙 | 2024年10月27日 | 66 | 鹿児島3区 | 自由民主党 | 7万3630票 | 41.74% | 1 | 2/2 | 10/7 |
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