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東京都品川区の町名 ウィキペディアから
東京都品川区の南東部に位置する。町域北辺は東京都道420号鮫洲大山線に接し、これを境に品川区広町に接する。東部はJR東海道本線などの線路に接し、これを境に品川区東大井・品川区南大井にそれぞれ接する。南部は大田区山王に接する。西部は品川区西大井に接する。北西部は立会道路に接し、これを境に品川区二葉に接する。
町域東部を南北に東京都道421号東品川下丸子線(池上通り)が通っている。他に、地域内に光学通り(西大井にあるニコンに由来)、滝王子通りが通っている。大井一丁目の北東端に大井町駅があり、駅前にビルや商店などが多く集まり、駅周辺は品川区でも有数の規模の商業地となっている。他に池上通り沿いに商店などが見られるほかは、住宅地となっている。
近年は都市計画道路の整備や、大井一丁目を中心とした再開発による住宅と商業施設等を兼ね備えた、複合施設の建設が急速に進められている。
住宅地の地価は、2024年(令和6年)1月1日の公示地価によれば、大井5-11-4の地点で81万5000円/m2、大井7-3-7の地点で68万3000円/m2となっている[5]。
延喜式に東海道の宿駅名として見える。和名類聚抄では荏原郡内に駅家郷が存在し、当地に比定される。鎌倉時代には紀実春が土着して大井氏を名乗り、大井郷と呼ばれた[注釈 1]。江戸時代には鈴ヶ森刑場(南大井)が置かれた。
字義通り井戸に関係するともいわれるが、定かではない。光福寺には由来とされる井戸が伝えられ、『新編武蔵風土記稿』は了海が1201年(建仁元年)出生時に湧き出て産湯に使われたものとするが[6]、大井という地名は延喜式が成立した10世紀に既に存在しており、矛盾する。
2023年(令和5年)1月1日現在(東京都発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
国勢調査による人口の推移。
国勢調査による世帯数の推移。
区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2020年4月時点)[14]。
丁目 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
---|---|---|---|
大井一丁目 | 全域 | 品川区立山中小学校 | 品川区立伊藤学園 |
大井二丁目 | 全域 | ||
大井三丁目 | 1〜17番 | ||
その他 | 品川区立大井第一小学校 | ||
大井四丁目 | 全域 | ||
大井五丁目 | 1番 13〜16番 26〜28番 | 品川区立伊藤学園 | |
その他 | 品川区立大井第一小学校 | ||
大井六丁目 | 全域 | ||
大井七丁目 | 4〜6番 13〜16番 18〜30番 | ||
その他 | 品川区立伊藤学園 |
町域内における鉄道駅として、北東端にJR京浜東北線、東急大井町線、東京臨海高速鉄道りんかい線の大井町駅がある。
また、町域北東部は京急本線の鮫洲駅および青物横丁駅も徒歩圏内になる。
町域東部では、京急本線の立会川駅が近い。
町域南部では、JR京浜東北線の大森駅が近く、京急本線の大森海岸駅も徒歩圏内になる。
町域西部では、横須賀線、湘南新宿ライン、相鉄線直通列車の西大井駅が近い。
町域北西部になると東急大井町線の下神明駅も近い。
大井町駅・西大井駅・大森駅からのバス便も多く利用されている。また、町内に東急バス大森操車所があり、循環線を除く大森駅の東急バス路線折り返し所として多くの路線が発着している。
2021年(令和3年)現在の経済センサス調査による事業所数と従業員数は以下の通りである[17]。
丁目 | 事業所数 | 従業員数 |
---|---|---|
大井一丁目 | 179事業所 | 2,745人 |
大井二丁目 | 196事業所 | 2,436人 |
大井三丁目 | 106事業所 | 761人 |
大井四丁目 | 54事業所 | 465人 |
大井五丁目 | 448事業所 | 5,261人 |
大井六丁目 | 88事業所 | 1,685人 |
計 | 1,071事業所 | 13,353人 |
経済センサスによる事業所数の推移。
経済センサスによる従業員数の推移。
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