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日本のギタリスト (1961-) ウィキペディアから
高崎 晃(たかさき あきら、1961年2月22日 - )は、日本のミュージシャン、ギタリスト。大阪市東住吉区出身。明治大学付属中野高等学校定時制卒(大阪府立藤井寺高等学校から編入)。
ヘヴィメタルバンド・LOUDNESSのギターを担当している[1]。 愛称は「タッカン」。アイドル的なロックバンド・レイジー時代からのファンからは当時のニックネームの「スージー」と呼ばれることもある。身長170cm。既婚。
中学生(大阪市立田辺中学校)の頃から、兄の影響でアコースティックギターに触るようになり、始めて2か月経つと、ギターを弾きながらハーモニカを吹くようになるまで上達したらしい。その後、エレキギターも始め、高校では「あの学校にはすごいギタリストがいる」と噂になっており、学校の一室で彼のテクニックを見た一人が、学校の先輩でもある樋口宗孝と言われている。
1973年には、同級生の影山ヒロノブ、田中宏幸らとロックバンド「レイジー」を結成しギターを担当、1977年にデビュー。本来の路線とは異なるアイドル路線での活動には不満があったが、勉強のために真剣に取り組んだという。影山からは「ああいう曲を踊りながら弾けるのはタッカンと宏幸くらい」「アイドル路線でベーシックな部分を学んでいるため、他のメタル出身のギタリストとは何かが違う」と言われている。高崎本人も「プロの作曲家や編曲家の人が作ったメロディーやアレンジは当時の自分の音楽の引き出しには無かったものばかりだったし、コード進行も考え付かないものばかりだった。今にして思えば、いい勉強をさせてもらえたと思う」と言っている。
1981年にレイジーが解散。同じくレイジーのドラマー樋口宗孝と共に、ヘヴィメタルバンドを結成。当初は高崎のソロアルバム制作企画であり「高崎晃プロジェクト」と呼ばれていたが、その後樋口をリーダーとしたバンド形態に変更、名称は「LOUDNESS」に決定した。同年LOUDNESSのギタリストとして再デビュー。LOUDNESSは、メンバー交代の多いバンドであるが、高崎はデビュー時から唯一脱退することなく在籍しているオリジナルメンバーである。
また2000年からは個人プロジェクト「JI-ZO」(じぞー)を立ち上げ、作品を発表している。2001年にはテレビアニメ『ジーンシャフト』の音楽を担当、劇伴を作成した他、オープニング、エンディング曲を担当した。
タッピング奏法を駆使したその高度な演奏技術は、1980年代初頭のヘヴィメタル界では世界的にも群を抜いており、ポール・ギルバート[2]など、多くの技巧派ギタリストに影響を与えた。
ギターの腕だけでなくベースやドラムも達者で、特にベースにおいては本職であり元LOUDNESSのベーシストである沢田泰司と柴田直人を驚かせる程の腕を持っており[3]、個人プロジェクト「JI-ZO」ではレコーディング時に全てのパートを演奏している。
2006年2月、80年代末〜90年代初期頃に盗難にあったギターがYahoo! オークションに出品されるというハプニングがあり、高崎本人だけでなくキラーギターズまで巻き込まれる騒動になった。結果的には盗難されたギターではなかったそうだが、出品者の「高崎晃本人から譲り受けた」と書いたコメントを見た高崎が「(他人に)好きなギターを譲るほどお人好しじゃない」と自身のブログで発言していた[4]。 しかし、同じ大阪出身、同い年でかつての事務所の後輩であり親交のあるB'zのギタリスト松本孝弘には、自分自身のキラーのKG-PRIMEを譲り、松本からはギブソン製の"Tak Matsumoto"ダブルカッタウェイを譲り受けた、という話もある[5]。
レイジー時代は、学生時代に購入したフェンダー社のストラトキャスター(73年製)、ギブソン社のフライングV(75年製)を使用しており、レイジー解散直前から、初期LOUDNESS時代のトレードマークとなるナビゲーター(ESP)のランダム・スターを使用。ピックアップはフロント、リアと共にESPのLH-200を使用しており、トレモロユニットは当時ESPから発売されていた「フリッカー」(ファインチューナー無し)をベタ付けで使用していた。84年頃からランダム・スターのネックの指板をローズウッドからアタックの強い音が出せるメイプルに交換。以後高崎の使用するギターにはメイプル材が採用されることが多くなった。87年頃よりキラーギターズを製作開始し、88年には本格的にキラーを使用。トレモロユニットも、フリッカーからフロイド・ローズに変更(最初期のキラーギターのデフォルトのトレモロユニットはウィルキンソンだった[12]。)。80年代末〜90年代中期頃までは使用されたピックアップは、高崎も開発に関わったキラーの「LQ-500」「Dyna-Bite」[13]、ディマジオの「HS-3」等様々なピックアップを使用していた。また、トレモロユニットをフローティングする様になったのもこの頃である。現在は、キラーギターとランダムスターも使用しており、ピックアップはセイモア・ダンカン、トレモロはフロイド・ローズが基本装備となっている。
2016年にはセイモア・ダンカンからシグネチャーモデル「THUNDER IN THE EAST」が発売[14]、初回分が即日予約完売となった。
レコーディング時においては、フェンダー社のストラトキャスターも使用しており、こちらは主にクリーントーン用。また、世界に3本しかないと言われているギブソン社の12弦レスポールも所有しており[15](そのうちの1本は、スラッシュが所有している[16])、こちらもレコーディングで使用されることもある。
その他には、元ツイストの世良公則が所有していた物を松浦善博からの紹介で譲り受けた58年製のレスポールスタンダード、54年製のストラトキャスター、1960年代の楽器ショー展示用とみられるスパークルレッドという非常にレアなカラーのストラトキャスターと言ったビンテージ・ギターを所有している[17]。また、自身がギターコレクターでもあることから多数のギターやベースを所有しており、インターネットが普及してからはネット上でビンテージ物を購入していることを明かしている[18]。
初期は一貫してマーシャル社のアンプ(主に1970年代製)を使用しており、1985年辺りからホゼ・アルダント、リー・ジャクソンによる改造されたマーシャルを使用していたが、[20]1980年代末期にはリー・ジャクソンが開発した「Metaltronix M-1000」[21]やメサ・ブギーも使用していたことがあった。1992年の第三期には、突然ピーヴィーのトランジスタアンプを使用している。1990年代後半以降はロジャー・メイヤーのパワーアンプ「RM-6550」を2台、プリアンプにマーシャルの「JMP-1」とロックトロンの「INTELIPICH」を使用している。スピーカーキャビネットは4×12のマーシャル社製。キャビネットは長年使われているもので、外観はぼろぼろに傷んでいる。 レコーディングの時に限っては、デジタルアンプを使用したことも(メーカーは不明(最近では菅沼孝三のアルバムでマーシャルのJMD:1を使用した)。
エフェクターは、BOSS GT-5、GT-10、エレクトロハーモニクス社のメタルマフ、Jimihendrix wah、エレクトロハーモニクスのスモールクローン(コーラスエフェクト)、MXRのフェイザー等をボードに組み込んでいる(スイッチングシステムも使用)。ラウドネス初期は、主にボスのコンパクトエフェクターをバラして中身だけをラックに組み込んだようなシステムを使用していた。
2014年にはCAT'S Factoryより高崎のシグネイチャーモデルであるクリーンブースター「AT-222」が発売された。
2020年にはCAT'Factoryより2年の開発期間をへて、待望の高崎シグネイチャーディストーション AT-222D ”8I-II0歪” 【AKIRA TAKASAKI Signature Pedal】が発売された。
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