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1972年の山田洋次監督映画 ウィキペディアから
『故郷』(こきょう)は、1972年に松竹が製作、公開した日本映画[1]。山田洋次の監督による、いわゆる民子三部作(1970年の『家族』、本作、1980年の『遙かなる山の呼び声』)の第2作。
瀬戸内海の小島で石の運搬をしている一家が高度経済成長の波に追われ、父祖の地に哀惜の思いを残しながら、島を出て新天地で暮らすことを決断するまでを描いた作品[2]。舞台となった広島県倉橋島(現呉市)に長期滞在し、島の住民を多く登場させるなど、『家族』同様ドキュメンタリーの手法も交えて撮った[1]。
山田洋次監督作品で、初めてエンドクレジットロール(横書)を使用している作品である。
瀬戸内海の小島、倉橋島に住む精一、民子の夫婦は小さな古い砂利運搬船で石を運び、生計を立てていた。しかし、船のエンジンの調子が悪く、さらに荒れた海に出た日に船体も壊れてしまう。すでに耐用期間も過ぎた船体の修理には精一にとっては多額の費用が必要であった。今後の生活を悩む中、尾道市向島にある造船所を見学し、故郷を捨てる決心をする[1]。
スタッフ本編クレジット表記順
本編クレジット表記順
山田洋次が渥美清ら数人とで旅行に出掛けることになり[2]、「瀬戸内の島に行ってみよう」となった[2]。広島駅で列車を降りて、連絡船で瀬戸内の島々をあちこち巡った[2]。倉橋島の丘の上で座って休憩していたら、石ころを山ほど積んだ小さな木造船が眼下をゆっくりと進んで行った[2]。石の重みで今にも沈みそうな船の甲板を波がざぶざぶ洗う。船長の後ろでは、小さな子供が船から落ちないように紐で手すりに結びつけられていて、奥さんらしい女性が洗濯物を干していた。たった一つの映像が一本の映画を生むことがある[2]。モデルとなったこの石船の船長も映画と同じく、撮影の翌年には大きな鋼鉄船に仕事を奪われ、中世以来の長い歴史がある誇り高い瀬戸内の海運業も終わりにした[2]。高度成長期という荒波にあっという間に押し流されてしまい、人々に育てられ、大切に守られてきた、きめの細かい文化も一緒に消える、炭鉱の灯が消える1977年の『幸福の黄色いハンカチ』も瀬戸内の石船を描いた本作も同じテーマをモチーフにしたものと山田監督は話している[2]。
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