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有害生物を駆除する為に使われる薬剤 ウィキペディアから
農薬(のうやく、英: agricultural chemical[注釈 1])とは、農業の効率化、あるいは農作物の保存に使用される薬剤の総称。殺菌剤、防黴剤(ぼうばいざい)、殺虫剤、除草剤、殺鼠剤(さっそざい)、植物成長調整剤(通称「植調」:植物ホルモン剤など)等をいう。また、害虫や雑草の駆除に利用される天敵や捕食者は「生物農薬」と呼ばれる。
農薬は元々は土壌や種子の消毒と、発芽から結実までの虫害や病気の予防をするものを指していたが、農作物の虫害や植物の成長調整など、「農業の生産性を高めるために使用される薬剤」として広義に解釈されるようになっている[1]。 近代化された農業では農薬は大量に使用されている。一方、人体に対する影響をもたらす農薬も多くあることから使用できる物質や量は法律等で制限されている。
FAO(国連食糧農業機関)の統計によると、2021年の各国の農薬使用量はブラジルが719507トンでトップである。次いでアメリカ457385.42トン、インドネシア283297.13トン、中国244820.82トン、 アルゼンチン241519.98トンと続く。日本は48889トンである。[2]
耕地面積1ha当たりの農薬使用量はセーシェルが456.28 kg/haでトップである。次いでクウェート108.07 kg/ha、モルディブ63.26 kg/ha、カタール44.69 kg/ha、アンティグア・バーブーダ43.21 kg/haである。日本の使用量は11.24 kg/haで世界第20位である。[2][3]ただしこの数値の比較に本質的な意味はなく、栽培する農産物やその土地の気候等、多くの要素を考慮する必要がある。
2018年12月末、TPP(Trans-Pacific Partnership、環太平洋パートナーシップ)が開始されると、太平洋周辺の11カ国間(オーストラリア、ブルネイ、カナダ、チリ、日本、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、シンガポール、ベトナム)で、貿易自由の目的で、多くの関税が撤廃された。このため、日本にも、海外の農産物輸入品が急増した。さらにTPPとは別に、ヨーロッパとはEPA(Economic Partnership Agreement、経済連携協定)が結ばれた。ヨーロッパと日本の間の関税や関税以外の障壁を取り払い、貿易をより自由にする取り決めであり、2019年2月に発効された。このため、今後はヨーロッパから野菜や果物の輸入の急増が予測されるが、収穫が終わった後の処理に急速に発達したポストハーベスト技術が使用されるため、遠方からの輸入が可能となった。すでにヨーロッパでは、最新のテクノロジーを使い、日本よりもはるかに効率のよい農法で同時に、使用農薬量は、日本よりもはるかに少なくしており、最先端農業でありながら、安全で安心、環境にも優しい農業が展開されている。このため、竹下は世界と日本の差はさらに開いていき、日本の農業が衰退するのではと警鐘を鳴らしている[4]。
紀元前から海葱(ステロイド配糖体を含む)を利用したネズミ駆除、硫黄を使用した害虫駆除が行われてきた。17世紀になるとタバコ粉、19世紀初頭には除虫菊やデリス根(ロテノンを含有)を利用した殺虫剤が用いられるようになったが、天然物や無機化合物が中心であり、化学合成された有機化合物の農薬が登場するのは、20世紀に入ってからである[5]。
人類の歴史を遡ると、農作物への病害虫による被害は古くからあり、耕作方法や品種の変更など様々な努力がなされていた[6]。
元来、植物には昆虫による食害や菌類・ウイルス感染を避けるため、各種の化学物質を含有、または分泌するアレロパシーと呼ばれる能力がある。複数種類の植物を同時に栽培するコンパニオンプランツをすると、連作障害を防止できることは経験的に知られていた。
古代ギリシャや古代ローマでは、播種前の種子に植物を煮出した液やワインを漬けておく方法や、生育中の苗にバイケイソウなどの植物の浸出液を散布する方法がとられていた[6]。
1800年代に入ると、コーカサス地方で除虫菊の粉末が殺虫剤として使用されたほか、デリス(en)根の殺虫効果が知られるようになった[6]。
1824年には、モモのうどんこ病に対して、硫黄と石灰の混合物が有効であることが発見された[6]。その後、1851年にフランスのグリソンが石灰硫黄合剤を考案した。
18世紀後半には、木材の防腐剤として用いられていた硫酸銅が、種子の殺菌にも用いられるようになったが、1873年にボルドー大学のミヤルデ教授が、ブドウのべと病に硫酸銅と石灰の混合物が有効であることを発見[6]。1882年以降、ボルドー液として農薬に利用されることとなった[6]。
1924年に、ヘルマン・シュタウディンガーらによって、除虫菊の主成分がピレトリンという化学物質であることが解明された。1932年には日本の武居三吉らによって、デリス根の有効成分がロテノンという化学物質であることも判明した。
20世紀前半までは農薬の中心は天然物や無機物であったが、第二次世界大戦後になると本格的に化学合成農薬が利用されるようになる[6]。
1938年、ガイギー社のパウル・ヘルマン・ミュラーは、合成染料の防虫効果の研究からDDTに殺虫活性があることを発見、農業・防疫に応用された。DDTは、人間が大量に合成可能な有機化合物を、殺虫剤として実用化した最初の例であり、ミュラーはこの功績により1948年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。
DDTの発見に刺激され、1940年代には世界各国で殺虫剤の研究が始まり、1941年頃にフランスでベンゼンヘキサクロリドが、1944年頃にドイツでパラチオンが、アメリカでディルドリンがそれぞれ発明された。いずれも高い殺虫効果があり、またたく間に先進国を中心に世界へ広がっていった。一部の殺虫薬は第二次世界大戦に使われた毒ガスの研究から派生したものといわれている[7]。
1962年にレイチェル・カーソンが『沈黙の春』を発表して環境運動が世界的な関心を集めてからは、農薬の過剰な使用に批判が起こるようになった。日本でも水俣病などの公害が社会問題となるなか、1974年には有吉佐和子の小説『複合汚染』が発表され、農薬と化学肥料の危険性が訴えられた。
消費者の自然嗜好や環境配慮や有機野菜消費の増加といったことを受けて、生産者側である農家からも費用のほか、化学農薬の副作用や健康被害への心配から、天敵、細菌、ウイルス、線虫や糸状菌(カビの仲間)等の生物農薬の使用も進められている。
日本では、16世紀末の古文書にアサガオの種やトリカブトの根など、5種類の物質を用いた農薬の生成法が紹介されており、1670年には鯨油を水田に流す方法(注油法)による害虫(ウンカ)駆除法が発見されている[6][8]。
農薬は機能により次のように分類される[11]。
害虫の天敵や微生物(微生物剤)を利用する防除法を生物的防除といい、使用される生物を生物農薬という[1]。 生物農薬は業者によって処方され、製品として登録されたもので、天敵製剤と呼ばれる[1]。 生物農薬は化学農薬(化学的防除)に比べて毒性や薬剤耐性の面でメリットがあり普及しているが、害虫を全滅できないことや効果発揮が遅いなどのデメリットもある。
農薬は害虫や病原、雑草等の化学的防除を可能とする反面、殺虫剤や除草剤の散布による悪影響やコストを正しく認識することは、営農の効率性を高め、総合的病害虫管理を進める上で特に重要である。パラコートに代表されるように、農薬はヒトに対して毒性を持つため、農業従事者に対する健康被害、農作物への残留農薬がしばしば問題となってきた。
現在日本で流通している農薬の90%以上は普通物というカテゴリに分類され、毒物や劇物に分類される農薬は年々その割合を低下している。また、2004年中における農薬中毒事故189件(死亡94件、中毒95件)のうち、156件は自他殺を目的としたものであり、誤飲・誤食や農薬散布に伴うものは33件(うち死亡2件)である。
1998年に発効した『北東大西洋の海洋環境を保護するための条約」』(OSPAR条約)の有害物質対策における取り組み候補物質リストの農薬の項目には、アルドリン、DDT、ディルドリン、エンドリン、ヘプタクロル、ヘキサクロロベンゼン(HCB)などが含まれ汚染防止の対象物質になっている[12]。
欧州連合(EU)では『植物防疫用品に関する指令』(91/414/EEC)と『殺生物剤に関する指令』(98/8/EEC)が農薬の規制に関する指令となっている[12]。
アメリカ合衆国では家庭用・農業用・工業用を問わず『殺虫剤・殺菌剤・殺鼠剤法』(Federal Insecticide, Fungicide, and Rodenticide Act: FIFRA)等による規制がある[13]。農薬登録の際に同法で必要になるデータには、必須のものと条件付きで必要になるものがあるが物理化学的性質、残余物の性状、分解性、移動性、野外での散逸性、野生生物への影響などである[12]。
アメリカ合衆国環境保護庁(EPA)は農薬を一般用農薬(General Use Pesticide)と制限使用農薬(Restricted Use Pesticide)に分類しており、制限使用農薬は認証使用者またはその直接監督下でのみ使用が認められる[12]。
農薬取締法により、農薬の製造者または輸入者には登録の、販売者には届出の制度が設けられている。さらに毒物及び劇物取締法により、毒物または劇物に該当する農薬の場合、別途それぞれに製造業、輸入業、農業用品目販売業の登録、帳簿の整備と5年間の保管が、購入には印鑑と身分証明書が必要となる。収穫後に用いる防かび剤、いわゆる「ポストハーベスト農薬」は、日本では農薬ではなく食品添加物として扱う。 また、ハエやカといった衛生害虫を駆除する薬剤は「農薬と同じ成分を含む薬剤」として薬事法の規制の対象に入り、農薬とは見なされない[1]。
農薬取締法では次のように定義されている。
農薬の定義は使用目的(農作物の保護)によってなされており、合成品か天然物かというような物質の起源でなされている訳ではない。そのため、害虫の天敵はいわゆる薬品とは違うが、便宜上、農薬取締法ではこれらも生物農薬として農薬の範疇に含めている。
1999年(平成11年)に施行された持続性の高い農業生産方式の促進に関する法律によって総合的病害虫管理(IPM)の導入が進められており、農薬への依存を最小限にする取り組みが行われている[1]。 2002年(平成14年)12月に農薬取締法が改正され、農薬の違法使用の罰則が強化されるに伴い、農林水産省の指定を受ければ、農薬登録に必要な試験(防除効果、人体に対する安全性、環境への影響評価等)を免除される特定農薬制度が新設され、重曹と食酢、そして地場で生息する天敵が指定された。
2005年(平成17年)8月の農業資材審議会と中央環境審議会合同の特定農薬を検討する会合において特定農薬に該当するかどうかの試験検討結果が報告され、コーヒー、緑茶、牛乳、焼酎には農薬としては効果がないこと、木酢液は効果はあるが使用者に対し危険の可能性があることが報告された[15] 。
毒性・残留試験などに基づいて各農薬・農産物ごとに許される最大残留濃度[注釈 3]が決められ、これをクリアするように農薬の使用法が定められた上で登録され使用が可能になる。残留農薬基準については、2006年5月より「残留農薬等に関するポジティブリスト制度」がスタートし、残留農薬に対する規制が従来よりも強化された。
食品に対する残留農薬は食品及び農薬ごとに一日摂取許容量(ADI)を基準に残留基準が定められており、基準を超えた農薬が検出された場合は流通が禁止される。
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