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茨城県の郡 ウィキペディアから
茨城県のほぼ中央に位置する。行政区域は県央の山間と平坦な東茨城台地にまたがる。
人口61,481人、面積307.27km²、人口密度200人/km²。(2024年10月1日、推計人口)
以下の3町を含む。
水戸市を挟んで茨城県の東西を貫いている。1878年(明治11年)に行政区画として発足した当時の郡域は、下記の区域にあたる。
もともとは茨城郡であり、1878年(明治11年)の郡区編成により、東茨城郡と西茨城郡(現在は消滅)に分割され発足した[1]。1889年(明治22年)の市制・町村制施行時には、水戸市に市制が敷かれて分離し、磯浜町・小川町が町制を施行して2町32村となり、郡役所は水戸市東柵町に置かれていた[1]。その後、大貫町、石塚町が町制を施行し、常盤村、緑岡村が水戸市に編入されるなどを経て、1953年(昭和23年)には4町28村となり、水戸の近隣村が水戸市に編入されたことから郡域は南北に二分されることになった[1]。その後、沼前村と夏海村の一部と野口村と長倉村を東茨城郡に編入している[1]。1953年(昭和28年)から1961年(昭和31年)にかけて推進された市町村の合併(いわゆる昭和の大合併)により、昭和後期には大洗町、常北町、茨城町、内原町、常澄村、美野里町、小川町、御前山村、桂村の6町3村となった。時代が平成になると、平成4年に常澄村が水戸市に編入されたが、1995年(平成7年)に合併特例債を中心とした財政支援措置がなされるなど、政府主導による市町村合併(いわゆる平成の大合併)が強力に推進された結果、水戸近隣の内原町が水戸市に編入され、常北町と桂村が合併して城里町となったほか、小川町と美野里町、新治郡玉里村が合併して小美玉市が成立し、御前山村も那珂郡の町村との合併により常陸大宮市が誕生して郡から分離した結果、郡域の現在は茨城町・大洗町・城里町の3町となった。
知行 | 村数 | 村名 | |
---|---|---|---|
幕府領 | 幕府領(北条) | 3村 | ○橋場美新田、●西郷地村、○先後新田 |
旗本領 | 25村 | ○飯島村、三野輪村、○越安村、○駒渡村、○蕎麦原村、○常井村、○馬渡村、○近藤村、木部村、飯沼新田村、下飯沼村、○南島田村、●○神谷村、高田新田、手堤新田、●上馬場村、部室村、張星村、小岩戸村、立延村、宮田村、黒磯村、○牛伏村、○筑地村、○小林村 | |
幕府領(安藤)・旗本領 | 8村 | ●○加倉井村、南栗崎村、○野曽村、●○上飯沼村、●下土師村、○下雨ヶ谷村、○上雨ヶ谷村、中台村 | |
幕府領(北条)・旗本領 | 1村 | 三箇村 | |
幕府領(福田)・旗本領 | 1村 | 中根四箇村 | |
藩領 | 常陸水戸藩 | 1町 112村 |
水戸城下[3]、○細谷村、浜田村、○渋井村、○吉沼村、○西大野村、○東大野村、○圷大野村、○中大野村、○下大野村、○小泉村、○川又村、○平戸村、○塩ヶ崎村、○栗崎村、東前村、○大串村、○大場村、秋成新田、○下入野村、○石川村、若宮村、森戸村、下石崎村、●○六反田村、○酒門村、○島田村、●○吉田村、○谷田村、●○常葉村、○渡里村、○堀村、○開江村、中丸村、赤塚村、見和村、○見川村、○千波村、笠原新田、平須村、萱場新田、○河和田村、○小吹村、○田野村、○飯富村、○岩根村、○藤井村、○全隈村、○谷津村、○木葉下村、○成沢村、下野新田、○鯉淵村、谷田部村、中石崎村、○上石崎村、吉沢村、米沢村、東野村、○前田村、○長岡村、○大戸村、○小鶴村、○奥谷村、○小幡村、○秋葉村、○鳥羽田村、○生井沢村、倉数村、外之内村、佐才新田、世楽村、●下馬場村、○下吉影村、○小塙村、○与沢村、○飯前村、上合村、○川戸村、山野村、○小川村、○幡谷村、○上吉影村、○野田村、○上圷村、○下圷村、粟村、○北方村、○高久村、○錫高野村、○孫根村、○岩船村、●○高根村、●○阿波山村、○下阿野沢村、○上阿野沢村、○赤沢村、○下伊勢畑村、○上伊勢畑村、○檜山村、○上泉村、●○那珂西村、●○石塚村、下青山村、○上青山村、○春園村、○小坂村、勝見沢村、○磯野村、○増井村、●○下古内村、○上古内村、○上入野村 |
常陸宍戸藩 | 10村 | ○金谷村、○大塚村、高野村、田沢村、大谷村、小曽納村、○五平村、中原村、●○有賀村、●赤尾関村 | |
陸奥守山藩 | 3村 | 堅倉村、柴高村、○竹原村 | |
常陸府中藩 | 1村 | ○鶴田村 | |
幕府領・藩領 | 幕府領(安藤)・旗本領・宍戸藩 | 1村 | ○南川又村 |
幕府領(安藤)・旗本領・宍戸藩・常陸笠間藩 | 1村 | ●○杉崎村 | |
幕府領(安藤)・旗本領・笠間藩・常陸麻生藩 | 1村 | ●○大足村 | |
幕府領(北条)・旗本領・府中藩・麻生藩 | 1村 | 竹原中郷村 | |
旗本領・宍戸藩 | 3村 | 羽鳥村、花野井村、●○三湯村 | |
旗本領・府中藩 | 1村 | 中野谷村 | |
旗本領・守山藩 | 1村 | ○下座村 | |
旗本領・麻生藩 | 1村 | 竹原新田村 | |
旗本領・常陸土浦藩 | 1村 | 大笹新田 | |
旗本領・宍戸藩・笠間藩 | 1村 | ●内原村 | |
旗本領・笠間藩・麻生藩 | 1村 | ●○田島村 |
明治22年 4月1日 |
明治22年 - 昭和19年 | 昭和20年 - 昭和30年 | 昭和31年 - 昭和63年 | 平成1年 - 現在 | 現在 | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|
大貫村 | 明治27年1月26日 大貫町 |
昭和29年11月3日 大洗町 |
大洗町 | 大洗町 | 大洗町 | ||
磯浜町 | 磯浜町 | ||||||
石塚村 | 大正8年10月1日 石塚町 |
昭和30年2月11日 常北町 |
常北町 | 平成17年2月1日 城里町 |
城里町 | ||
小松村 | 小松村 | ||||||
西郷村 | 西郷村 | ||||||
圷村 | 圷村 | 昭和30年2月11日 桂村 |
桂村 | ||||
岩船村 | 岩船村 | ||||||
沢山村 | 沢山村 | ||||||
長岡村 | 長岡村 | 昭和33年2月11日 茨城町 |
茨城町 | 茨城町 | 茨城町 | ||
上野合村 | 上野合村 | ||||||
川根村 | 川根村 | ||||||
石崎村 | 石崎村 | 石崎村 | 昭和33年3月5日 茨城町に編入 | ||||
酒門村 | 酒門村 | 昭和30年4月1日 石崎村に一部編入 | |||||
昭和30年4月1日 水戸市に一部編入 |
水戸市 | 水戸市 | 水戸市 | ||||
水戸市 | 水戸市 | 水戸市 | |||||
常磐村 | 昭和8年3月15日 水戸市に編入 | ||||||
緑岡村 | 緑岡村 | 昭和27年4月1日 水戸市に編入 | |||||
上大野村 | 上大野村 | ||||||
昭和30年4月1日 水戸市に編入 | |||||||
渡里村 | 渡里村 | ||||||
吉田村 | 吉田村 | ||||||
河和田村 | 河和田村 | ||||||
昭和30年4月1日 赤塚村 |
昭和33年4月1日 水戸市に編入 | ||||||
上中妻村 | 上中妻村 | ||||||
山根村 | 山根村 | ||||||
昭和30年4月1日 飯富村 |
昭和32年4月1日 水戸市に編入 | ||||||
飯富村 | 飯富村 | ||||||
下大野村 | 下大野村 | 昭和30年3月31日 常澄村 |
常澄村 | 平成4年3月3日 水戸市に編入 | |||
大場村 | 大場村 | ||||||
稲荷村 | 稲荷村 | ||||||
下中妻村 | 下中妻村 | 昭和30年3月31日 内原村 |
昭和40年1月1日 町制 |
平成17年2月1日 水戸市に編入 | |||
中妻村 | 中妻村 | ||||||
鯉淵村 | 鯉淵村 | ||||||
昭和30年3月31日 友部町に一部編入 |
友部町 | 平成18年3月19日 笠間市 |
笠間市 | ||||
小川町 | 小川町 | 昭和29年12月10日 小川町 |
小川町 | 平成18年3月27日 小美玉市 |
小美玉市 | ||
橘村 | 橘村 | ||||||
下野合村 | 明治24年9月28日 白河村に改称 | ||||||
竹原村 | 竹原村 | 竹原村 | 昭和31年8月1日 美野里村 |
昭和34年4月1日 町制 | |||
堅倉村 | 堅倉村 | 堅倉村 | |||||
伊勢畑村 | 伊勢畑村 | 昭和30年2月11日 御前山村 |
昭和31年10月29日 御前山村 |
平成16年10月16日 大宮町に編入 |
常陸大宮市 |
代 | 氏名 | 就任年月日 | 退任年月日 | 備考 |
---|---|---|---|---|
1 | 明治11年(1878年)12月2日 | |||
大正15年(1926年)6月30日 | 郡役所廃止により、廃官 |
北西部は八溝山地を構成する鶏足山塊(とりあしさんかい)に覆われ、中央部は広域にわたって東茨城台地に覆われている。台地上には北東から南西の順に、那珂川、桜川、涸沼川、巴川、園部川が流れて浸食谷が形成されており、大きく4つの地域に分けられている[1]。さらに、谷津とよばれる樹枝状の枝谷が台地上に刻まれており、台地と低地が交錯する[1]。東部は、太平洋(鹿島灘)に面する[1]。
漁業や観光を中心産業に置く大洗町を除いて、ほとんどは農業を中心とした地域で、大部分が畑作地や水田に土地利用されている[1]。そのなかで、城里町石塚、茨城町奥谷・小鶴は商業地として市街地を形成する[1]。かつて、郡の最南部には小川町があったときには、航空自衛隊百里基地があることが知られていた[1]。
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