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『ええじゃないか』は、1981年の日本映画。配給は松竹。幕末の民衆運動「世直し一揆」および「ええじゃないか」を題材にした、監督・今村昌平にとって初の時代劇映画。
慶応2年(1866年)夏。アメリカ合衆国の商船に乗り合わせていた日本人の男・源次が横浜港に着いた。上野国(上州)出身の農民であった源次は、小舟に乗って沖合に停泊するアメリカ商船に荷を積み込む仕事に従事していたが、難船のために漂流したことをきっかけに、そのままアメリカで6年間生活したすえ、妻・イネ恋しさに、密航の罪に問われる危険を承知で帰国したのだった。船を降り、砂浜にひざまづいた源次は、砂で乳房の形を作り、顔をこすり付けた。
神奈川奉行所に引き渡され、牢に収監された源次は、琉球出身の漂流民・イトマンとともに牢を破り、故郷の村を目指した。村ではイネの父・虎松から、源次の両親はすでに亡くなり、生活苦のためイネを江戸の千住宿へ身売りしたことを告げられ、源次はイネを村へ連れ帰るために江戸へ向かう。
イネはすでに千住を離れ、歓楽街・東両国(向両国)にある「それ吹け小屋(岩戸小屋)」の芸人として人気を得ていた。源次とイネは再会を喜び合うが、農民の生活に戻ることを嫌がったイネは村へ帰ることを拒否したため、源次は身動きが取れなくなる。また、イトマンもそのまま江戸に居着く。
ある日、東両国の見世物小屋にインドの象使いがやってくる。群衆に興奮した象が暴走し始めるが、象使いの言葉を通訳した源次の機転で、事故が防がれる。小屋の元締め・金蔵が偶然その様子を見ており、源次の英語をほめてみせる。金蔵はイネの親方でもあり、東両国一帯を仕切りつつ江戸幕府や薩長同盟と通じる政商であった。そのうち源次とイトマンは、金蔵の一味に加わり、社会不安を煽って一味の儲けにつなげるため、「世直し一揆」の扇動や、泥棒稼業に参加するようになった。そのまま源次は、かつての雇い主・上州屋の打ちこわし計画に参加するのに乗じてイネを残して江戸を離れ、村へ帰郷した。イネは源次をあきらめ切れず、後を追った。
上州屋の打ちこわし成功後、イネの兄・千松がその首謀者として、村人・代官所の双方同意の「生贄」にされ、逃亡を図った千松は役人に斬殺される。さらに、何者かにイネが陵辱され、同じ集団によって虎松も殺害される。失意のイネは江戸に戻り、源次は村に残って土地の開墾を続けるが、庄屋に「メリケン帰りには土地をやれん」と告げられた源次は逆上して庄屋を切りつけ、捕り手から逃れるため、また虎松・千松らの位牌を渡すため、イネのもとへ向かう。季節は冬になっていた。
年が明け、慶應3年(1867年)を迎えた。源次はイネと再会したのち、千住の女郎屋の遣り手・お甲にかくまわれる。やがて源次はイネとともにアメリカへ渡ることを思い立ち、アメリカ公使をたずねて旅券発行の交渉を行うが、かつて告げられた「漂流民は合衆国市民として公使の保護下に置かれる」という規定と異なり、傷害罪の前科があることを理由に無下に断られる。これはかねて金蔵が、英会話の腕前を見込んでいた源次を出国させないようひそかに手を回し、庄屋を斬った前科のある源次の身柄を、ひそかにアメリカ公使館へ売っていたためだった。金蔵は彼を幕府・薩長の双方へ納入する銃の輸入交渉のための通訳者として使った。源次は観念し、金蔵一味によるほかの仕事も再開した。金蔵はイネを囲い、源次とお甲が惚れ合っているという嘘を吹き込んでイネの嫉妬を煽り、その勢いで女郎の仕事を再開させる。派遣場所は横浜の商館で、金蔵の商談の輸入元だった。金蔵のたくらみを知ったお甲は横浜へ急ぎ、イネを逃がそうとするが、ふたりとも商人に見つかり、そのまま、ともに仕事をする。そのうち誤解が解け、お甲は源次をイネのもとに返すことを約束する。
金蔵は、自身の野望である西洋料理店出店の便宜を図るため、さらに北町奉行所に源次の情報を売った。ある夜に源次は奉行所に逮捕される。まだ通訳が必要な金蔵の差し金によって、密航や窃盗の罪は不問に付され、源次は2か月入牢ののち、百叩きの刑を受けて出所した。源次入牢の間、金蔵の保身に基づく奉行所側との取引のために、泥棒仲間・孫七が殺害されていた。源次はイネともども金蔵の私欲のためだけに利用されていたことを悟った。
一方その頃、東両国の長屋に住む元旗本の浪人・古川 条理は、かつての同僚・鵜飼と中沢から、幕僚・原 市之進の暗殺を依頼される。原は古川の仲人であり、かつて古川が遊女・吉野との心中未遂騒動を起こし、妻・縫と別居することになったのちも、古川を気にかけ、幕府への誘いや、夫婦の復縁に腐心する恩人だったため、古川は一旦依頼を固辞するが、鵜飼と中沢に遊女屋へ連れられ、生活のため遊女として働く縫の姿を無理やり見せられて、さらに吉野と偶然再会するにおよび、命を捨てることを決意し、桜の咲いた頃、原のいる京都へ行く。
原の居宅に着いた古川は、原のもとで働くことを了承したふりをして、原を刺殺し、その場を立ち去る。その帰途、京都の街中では、どこからか舞い落ちてきた大量の神札をきっかけに、民衆が「ええじゃないか」と叫びながら集団で踊り狂う騒動が多発していた。
船頭として働いていたイトマンは、金蔵の西洋料理店の客だった薩摩藩士・伊集院 主馬を、帰り船に乗せる。伊集院は琉球でイトマンの家族を虐殺した仇敵であり、イトマンが江戸に残った目的はかたき討ちの機会をうかがうためだった。人けのない川中へ船を進めたイトマンは伊集院を牛刀で殺害し、その血を壺に入れて持ち帰り、帆布の塗料に使った。江戸に舞い戻った古川はその仕事ぶりをながめ、それぞれが自分の使命を果たしたことを暗に認め合い、笑顔を見せ合う。古川はすでに原殺しの足がついており、やがて吉野とともに捕り手に囲まれ、お互いの身を脇差で刺し、川に飛び込んで絶命する。
夏頃。「ええじゃないか」の騒ぎは、江戸にも波及した。東両国の連中は、ニセの神札を密造して屋根の上からばらまくことで、騒ぎを日に日に大きくしていく。これは金蔵のあずかり知らぬことだった。人々はめいめい、色とりどりの衣装で着飾ったり、顔を白く塗ったり、異性装をしたり、裸になったりしながら、来る日も来る日も踊り狂っていた。
ある日、ついに群衆の波が両国橋を越え、将軍の直轄地である西両国へ到達しようとしていた。幕府陸軍は両国橋を封鎖し、威嚇射撃を行うが、群衆はそれでも構わずに突き進むばかりか、女連中が軍隊に尻を向け、放尿してみせるなど、挑発的な行動をとるばかりだった。金蔵は、この騒ぎがやがて自身が利権を持つ陸軍演習用地の買収反対運動に波及することを恐れ、われを忘れて群衆を沈静化させようとひとりで走り回るうち、群衆の先頭へ出てしまう。「ここで踊ったってええじゃないか」と叫び、先頭で音頭を取っていたのは源次・イネ夫妻ら、自身の子飼いであるはずの東両国の連中だった。しびれを切らせた金蔵が背中の入れ墨を見せ、「どうしてもやりたきゃ、俺を殺してやれ」とすごむと、群衆の熱狂はしぼみ、誰もが元の道を引き返し始める。金蔵も安心し、帰途につく。そこへ射撃命令が下り、源次、そして金蔵が背中から撃たれる。金蔵は即死、源次は「撃たれたってええじゃないか」「死んだってええじゃないか」とつぶやきながら絶命し、イネは泣き叫ぶ。
騒ぎが収まった日暮れ、イトマンはひそかに仕立てた丸木舟を両国橋のそばに浮かべ、伊集院の血を塗り込めた帆を立て、琉球へ帰った。イトマンを送り出したイネは、源次の血が染みた地面を見やり、そこへ泣きながら頬を寄せ、爪を立ててかきむしった。
今村は同作の脚本を1970年代より構想していたが、松竹から製作が承認されなかった[2]。また、ミュージカル映画として撮影する構想があったらしく、今村は「日本独特のミュージカルを作りたいね。両国の見世物小屋を舞台に魑魅魍魎が跋扈するダイナミックな奴だ。劇団四季のような外国から借りてきた、うそ臭いヤツじゃなくてね」と意気込みを語っていたという[2]。
前作『復讐するは我にあり』のヒットを受け、制作費5億円(公称)をかけ、東京都・埼玉県の境にまたがる水元公園に巨大なオープンセットを組むなど、超大作として製作された[2]が、製作国の日本では興行成績が振るわなかった。その反面、フランスでは人気となり、高い評価を受けた[3]。ただし今村はのちのインタビューで、本作を最も撮り直したい作品に挙げており、その理由を「脚本は悪くなかったが、(主役のイネ役について)桃井かおりではなく太地喜和子を起用すればよかった」としている[3]。
チンピラ・孫七を演じた火野正平の著書『若くなるには、時間がかかる』(講談社、2016年[要ページ番号])によると、前作『復讐するは我にあり』への火野の出演は、監督・今村による本作のメインキャスト選びのためのカメラテスト的な要素があったという。また火野は、本作の台本を読み、「この役(源次)は自分にピッタリで、自身が間違いなく主演を務める」と思っていたという。
源次役の泉谷しげるは本作のイメージソング「ええじゃないか」をシングルリリースした(泉谷しげるwith SHOT GUN名義、アサイラム K-1501Y)。作中には用いられなかったが、エンドロールでクレジットされている。
水元公園のオープンセットは、そのまま残す計画があったが、取り壊された。
発売日 | レーベル | 規格 | 規格品番 | 備考 |
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松竹 | VHS | SB-0534 | ||
松竹 | VHS | SB-0768 | レンタル専用 | |
2011年12月21日 | 松竹 | DVD | DA-5285 |
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