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日本の実業家、馬主 (1925-2004) ウィキペディアから
松岡 正雄(まつおか まさお、1925年4月21日[1] - 2004年9月12日[2][3])は、日本の実業家、馬主。
株式会社キョウエイアドインターナショナルなどの代表取締役社長を務めていたほか、馬主として「キョウエイ」「インター」の冠名で知られ[3]、日本中央競馬会(JRA)のリーディングを獲得するなどの活躍を見せた。
1925年、広島県出身[1]。名古屋市立名古屋商業高等学校を卒業後[1]、1948年にインターナショナル宣伝株式会社を設立[4]。1961年に広告代理店の共栄興業(1973年よりキョウエイアドエージェンシー[4])を創業する[1]。1963年に株式会社に改組のうえ代表取締役就任[1]。1983年にインターナショナル宣伝株式会社とキョウエイアドエージェンシーを合併させ、社名をキョウエイアドインターナショナルに変更し、代表職を次男の松岡雅昭へ禅譲する[4]。2004年9月12日午前11時24分、病気のため死去[3]。79歳没。
日本中央競馬会(JRA)に登録していた馬主としても知られた。勝負服の柄は桃、白袖、青三本輪、冠名には主に「インター」「キョウエイ」を、ほかに「ケイシュウ」「ワールド」も使用していた。1970年代、1980年代前半には中央競馬のリーディングオーナーともなっており[5]、2023年現在、個人馬主としては最後にリーディングを獲得した馬主となっている。
1967年には競走馬の生産牧場であるインターナショナル牧場を北海道沙流郡門別町に開設[6]しオーナーブリーダーとしても活動。1997年にキョウエイマーチが桜花賞を制して生産馬で初のGI競走制覇を果たした[6][7]。しかし正雄の没後に同牧場は閉鎖され、その後は次男の雅昭の甥が新ひだか町清畠のアイズスタッドにて馬産を行っている[7]。
妻の松岡留枝、次男の雅昭も馬主であり、勝負服の柄はそれぞれ青、桃袖、白三本輪と鼠、黒十字襷。関連会社にインターナシヨナルホース株式会社があり、正雄の没後は同社が「桃、白袖、青三本輪」の服色を使用した。
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