和束町

京都府相楽郡の町 ウィキペディアから

和束町map

和束町(わづかちょう)は、京都府の南部に位置する煎茶の日本一の産地である[1]相楽郡に属す。

概要 わづかちょう 和束町, 国 ...
わづかちょう 
和束町
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和束茶の茶畑
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和束町旗
1970年3月20日制定
和束町章
1970年3月20日制定
日本
地方 近畿地方
都道府県 京都府
相楽郡
市町村コード 26365-6
法人番号 3000020263656
面積 64.93km2
総人口 3,064[編集]
推計人口、2025年3月1日)
人口密度 47.2人/km2
隣接自治体 木津川市相楽郡笠置町南山城村綴喜郡宇治田原町井手町
滋賀県甲賀市
町の木 スギ
町の花 茶の花
町の鳥 キジ
和束町役場
町長 馬場正実
所在地 619-1295
京都府相楽郡和束町大字釜塚小字生水14番地2
北緯34度47分44秒 東経135度54分18秒
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和束町役場庁舎
外部リンク 公式ウェブサイト

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― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町・村

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町庁舎位置
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概要

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和束町中心部

奈良時代には聖武天皇が造営した恭仁京紫香楽宮を結ぶ恭仁京東北道が通る交通の要衝であった[2][1]平安時代から鎌倉時代には、奈良の興福寺や京都の北野天満宮荘園が置かれ、和豆香杣之荘、和束荘などと呼ばれた[2]

江戸時代に将軍徳川秀忠の娘が天皇の中宮となったときには、この地が化粧料として朝廷へ献上され、皇室の直轄地「禁裏御料地」となった[2]

京都府最大の茶産地で日本遺産「日本茶800年の歴史散歩」の認定を受けている8市町村の一つである[1]。「人が輝き美緑(みりょく)あふれる郷 和束」を町の標語に掲げている。

地理

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和束町の茶畑の風景
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和束町の正法寺山
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和束川
釜塚字前田で撮影

位置

京都府の南東側に位置する町であり、和束川沿いに市街地を形成している。

地形

山地

主な山
  • 正法寺山
  • 湯谷山
  • 鷲峰山

河川

主な川
  • 南川
  • 和束川
  • 中村川
  • 小瀬川
  • 清水谷川
  • 大淵川
  • 小合谷川

人口

平成22年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、10.30%減の4,483人であり、増減率は府下26市町村中23位、36行政区域中33位。

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和束町と全国の年齢別人口分布(2005年) 和束町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 和束町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
和束町(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年) 6,316人
1975年(昭和50年) 6,244人
1980年(昭和55年) 6,290人
1985年(昭和60年) 6,333人
1990年(平成2年) 6,079人
1995年(平成7年) 5,921人
2000年(平成12年) 5,457人
2005年(平成17年) 4,998人
2010年(平成22年) 4,482人
2015年(平成27年) 3,956人
2020年(令和2年) 3,478人
総務省統計局 国勢調査より

隣接自治体

京都府の旗京都府
滋賀県の旗滋賀県

歴史

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江戸時代金胎寺都名所図会

古代

  • 聖武天皇の恭仁京造営、紫香楽宮の造営によって、この地に恭仁京東北道が開設され交通の要衝地となった[3]

近世

江戸時代
  • 江戸時代、現和束町に含まれる諸村は「和束郷」と呼ばれており、和束郷の全村は皇室の領地である禁裏新御料であった[4]

近現代

昭和

現代

平成

行政

町長

さらに見る 代, 氏名 ...
歴代町長[7]
氏名 就任年月日 退任年月日 備考
上嶋恭二 1954年(昭和29年)12月15日 1955年(昭和30年)1月17日 町長職務執行者

合併時の西和束村長

1 上嶋恭二 1955年(昭和30年)1月25日 1959年(昭和34年)1月24日
2 矢野善一 1959年(昭和34年)1月25日 1959年(昭和34年)1月24日 合併時の東和束村長
3 中嶋清平 1963年(昭和38年)1月25日 1966年(昭和41年)8月20日 1期目途中で死去
4 前田伴之 1966年(昭和41年)10月8日 1970年(昭和45年)10月7日
1970年(昭和45年)10月8日 1974年(昭和49年)10月7日
1974年(昭和49年)10月8日 1975年(昭和50年)3月16日 3期目途中で辞職
5 宗英昭 1975年(昭和50年)4月27日 1979年(昭和54年)4月26日
1979年(昭和54年)4月27日 1983年(昭和58年)4月26日
1983年(昭和58年)4月27日 1987年(昭和62年)4月26日
1987年(昭和62年)4月27日 1991年(昭和3年)4月26日
1991年(昭和3年)4月27日 1995年(平成7年)4月26日
6 竹内文雄 1995年(平成7年)4月27日 1999年(平成11年)4月26日
1999年(平成11年)4月27日 2001年(平成13年)3月21日 2期目途中で辞職
7 堀忠雄 2001年(平成13年)4月22日 2005年(平成17年)4月21日
2005年(平成17年)4月22日 2009年(平成21年)4月21日
2009年(平成21年)4月22日 2013年(平成25年)4月21日
2013年(平成25年)4月22日 2017年(平成29年)4月21日
2017年(平成29年)4月22日 2021年(令和3年)4月21日
2021年(令和3年)4月22日 2023年(令和5年)6月29日 6期目途中に急死[8]
8 馬場正実 2023年(令和5年)8月13日
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議会

町議会

  • 和束町議会 定数:10人[9]

衆議院

さらに見る 選挙区, 議員名 ...
選挙区議員名党派名当選回数備考
京都府第6区宇治市城陽市八幡市京田辺市木津川市久世郡綴喜郡相楽郡 山井和則 立憲民主党 8選挙区
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施設

警察

本部
交番
  • 和束交番(和束町釜塚京町)
駐在所
  • 湯船駐在所(和束町湯船

消防

本部
消防署
  • 和束出張所(和束町大字釜塚小字下り松11番地の1)

医療

主な病院
  • 和束町国民健康保険診療所

郵便局

主な郵便局
  • 和束郵便局

対外関係

姉妹都市・提携都市

和束町には2015年現在、姉妹都市・提携都市は存在しない。

国内

その他
美しい村づくり、ロゴマークの活用、サポーター会員制度、イベントの開催、広報活動を行っている地方自治体や地域の連合体に参加している。

経済

産業

主産業は農業(茶業)である[2]。工業では2018年(平成30年)の事業所数は13件となっている[2]

和束茶の生産

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和束町の茶畑(山の斜面)
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JA京都やましろ和束支店

歴史

和束での茶の生産は鎌倉時代末期に始まり、歴史的には京都御所に納められるほどであった[2]。しかし、明治時代においては宇治や宇治田原の茶よりも品質は下位とみられており、「山間地域にある茶産地のひとつに過ぎなかった」と和束町のウェブサイトには記載されている[10][リンク切れ]。明治後期には府下でトップの生産を誇る地域になったものの、依然として品質面では後塵を拝していた[11][リンク切れ]。その後、施肥の改善や品評会への参加、製茶機械の導入などにより、品質の改善が図られた。

2008年1月24日には、「宇治茶の郷 和束の茶畑」が京都府景観資産登録地区の第1号に認定された[12]、 「茶源郷としての茶畑と瓦屋根の集落景観」と、「鎌倉時代から継承する茶文化」が評価され、2013年10月4日には和束町として「日本で最も美しい村連合」にも加盟している[13]

生産量

和束で生産される大部分の茶は、茶問屋を通じて宇治茶として出回るため、「和束」の名は一般には広く知られていない。 しかし茶の生産量は京都府内でもっとも多く、煎茶についてはその47%を占める[14]

碾茶の生産量も増加し、2010年代半ばには全国トップクラスの生産量となった[1]

2017年(平成29年)時点の京都やましろ農業協同組合(JA京都やましろ)和束支店の茶の取扱高は約30億円(約1,200t)で、茶問屋が直接生産者から買い付ける相対販売も入れると40億円の市場となる[1]

生活基盤

ライフライン

電信

市外局番

市外局番は、0774(市内局番は20~99)となっている。 なお、NTT西日本では市内局番78と99(6000~6999)を和束町の一般加入電話に割り当てている。

教育

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和束小学校

中学校

公立

小学校

公立
  • 相楽東部広域連合立和束小学校

保育園

  • 和束保育園

廃校

高等学校
中学校
  • 和束町立和束中学校湯船分校(1962年5月1日廃止、和束中学校へ統合)
小学校
  • 和束町立中和束小学校(1992年3月31日廃止、和束小学校へ統合)
  • 和束町立東和束小学校(1992年3月31日廃止、和束小学校へ統合)
  • 和束町立西和束小学校(1992年3月31日廃止、和束小学校へ統合)
  • 和束町立湯船小学校(1992年3月31日廃止、和束小学校へ統合)

交通

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木津川沿いを縦断する国道163号
木屋字立花で撮影

鉄道

鉄道路線

相楽郡では唯一、町内を鉄道が通過していない。鉄道を利用する場合、駅から町内への路線バスが通じている最寄り駅はJR西日本関西本線(大和路線)加茂駅である。町北東端部の湯船地区の一部は加茂駅より信楽高原鐵道信楽駅のほうが近く、また町南東端の木屋地区は加茂駅より関西本線笠置駅のほうが近い。

路線バス

  • 奈良交通(和束木津線、平城営業所) - 加茂駅と和束町中心部を結んでいる。日中は概ね1時間に1便運行されている。時刻表・運賃表
    • 加茂駅西口 - 奥畑口 - 和束高橋 - 撰原 - 白栖口 - 和束長井 - 和束山の家 - 和束河原 - 中和束 - 和束中学校 - 和束小学校 - 東和束 - 和束町原山
  • 相楽東部広域バス(JR関西本線サポートバス、キタモリ交通) - 関西本線に並行して加茂駅 - 月ケ瀬口駅間に運行されており途中にある笠置駅大河原駅にも立ち寄るほか、関西本線の駅のない場所にも停車する。当町内では町域南端部の国道163号線上、木津川沿いの木屋地区に停車する(木屋地区の対岸には関西本線が通っているが駅はない)。
    • 加茂駅西口 - 木屋 - 笠置駅 - 笠置いこいの館 - 笠置町役場前 - 有市口 - 下有市 - 上有市 - 大河原駅 - 南山城村役場前 - 南大河原会館前 - 押原 - 月ヶ瀬ニュータウンガス店 - 道の駅お茶の京都みなみやましろ村 - 月ケ瀬口駅

道路

国道

府道

主要地方道
一般府道

道の駅

現在は町内に道の駅はない。1993年4月22日に京都府下の登録第1号として道の駅茶処 和束が登録されたが、2004年に登録抹消され、全国初の道の駅登録抹消となった。

現在は町内の茶農家などが中心となって運営する和束茶カフェが、茶農家直売のお茶や、地元主婦グループが作るお茶を使った佃煮やスイーツなどを販売しながら、町内の見どころ案内などもしており、情報発信や観光の拠点としての役割を担っている[15]

観光

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弥勒磨崖仏
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坂尻一号墳
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坂尻二号墳の石室入り口

名所・旧跡

主な神社
  • 和束天満宮
主な寺院
主な史跡
主な遺跡
  • 安積親王陵墓[16] - 安積親王は、聖武天皇の後継ぎであった親王。
  • 坂尻1・2号墳 - 古墳後期のもの。1号墳は円墳で、茶畑の開発により墳丘の封土が削られ、横穴式石室の天井石が露出している。2号墳は1号墳のすぐ北にある。

観光スポット

  • 和束茶カフェ - 平成20年に和束町の茶農家直売のお茶や、地元主婦グループのお茶を使った佃煮やスイーツを販売する和束茶カフェができ、和束茶や和束町の情報発信の場となっている[15]
  • 和束町の茶畑 - 京都府景観資産第1号

文化・名物

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金胎寺で行われる、大護摩法要の写真

祭事・催事

  • 金胎寺大護摩法要(9月第1日曜日)
  • お茶供養 護摩(同上)
  • 和束天満宮大祭(10月)
  • 鷲峯山金胎寺 紅葉祭り (11月23日の前後休日含む)
  • 茶源郷まつり(11月頃 元産業祭、グリーンフェスタを経て現在に至る)
  • 春を呼ぶ茶源郷からの灯り(2月頃)

名産・特産

著名な出身者

脚注

外部リンク

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