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日本の岡山県吉備郡にあった町 ウィキペディアから
高松町(たかまつちょう)は、かつて岡山県吉備郡にあった町である。1971年(昭和46年)1月8日に岡山市に編入され廃止された。現在は同市北区の高松地域となっている。同町の町制前の名称である賀陽郡・吉備郡高松村(たかまつむら)についても述べる。
古くは備中国賀陽郡板倉郷・生石郷・足守郷と都宇郡加茂郷のそれぞれ一部を形成していたが、「高松」の地名はまだ現れていなかった。1870年(明治3年)、江戸時代に中島村と称されていた高松城付近の地名が、正式に高松村となった。
1875年(明治8年)、大崎村・平山村・和井元村・高松村・原古才村・稲荷村・立田村が合併して高松村をつくったが1881年(明治14年)に分村。1889年(明治22年)の町村制施行で7村が再び合併して高松村が発足し、1915年(大正4年)には町制施行して高松町となった。
1930年(昭和5年)10月16日、県内で陸軍特別大演習が開かれる。町内に長良野外統監部が設置され、昭和天皇が行幸。演習後は県立高松農学校への視察も行なわれた。岡山駅 - 稲荷駅間でお召し列車が運行[1]。
1951年(昭和26年)頃から吉備郡高松町・真金町・生石村と都窪郡加茂村との間で合併気運が高まり、真金町を除く3町村が合併して1955年(昭和30年)に新・高松町が発足した。その後、真金町は1957年(昭和32年)2月に県知事から高松町への合併勧告を受け、1960年(昭和35年)2月まで合併協議が続けられた結果、同年4月1日に高松町へ編入し、吉備郡高松町吉備津と改称した。
1971年1月8日、高松町は岡山市に編入合併され、稲荷・田中・原古才の3大字は「高松」を冠した上で他の17大字とともに同市の大字に継承された。
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