紀元前370年代
- 紀元前378年 - 最後の君主静公が退位を迫られ、晋が滅亡する。
- 紀元前375年 - 韓が鄭を滅ぼす。
- 紀元前374年頃 - 秦の献公の巡狩を記念して石鼓文が刻まれる(現存する中国の石刻文字資料としては最古のもの)。
- 紀元前371年 - レウクトラの戦いでテーバイがスパルタに勝利しギリシアの覇権を握る。
- 紀元前370年 - テーバイ軍がペロポネソス半島に侵攻し、スパルタ支配下にあったメッセニア人を解放。
紀元前350年代
- 紀元前359年 - ピリッポス2世がマケドニア王に即位。
- 紀元前357年
- 紀元前356年
- 紀元前353年 - 田斉と趙の連合軍が孫臏の計略により魏と宋と衛の連合軍を破る(桂陵の戦い)。
- 紀元前350年頃
- 紀元前350年 - 秦が雍から咸陽に遷都。
紀元前340年代
- 紀元前347年 - プラトンが死去、甥のスペウシッポスがアカデメイア学園の学頭を継ぐ。
- 紀元前343年
- 紀元前342年 - アリストテレスがマケドニアの王子アレクサンドロスの師傅となり、都ペラ近郊にミエザの学園を作る。
- 紀元前341年 - 田斉が孫臏の計略により魏を破る(馬陵の戦い)。
- 紀元前340年 - 呉城の戦いで、秦が魏に勝利し黄河以西の領土を併合。魏は安邑から大梁へ遷都する。
- 紀元前340年頃 - 最古のヨーロッパのパピルス文書である「デルヴェニ・パピルス」はこの時期のもの。
- これはマケドニアの貴族の墓から出土したもので、オルペウス詩を論じた注釈。
紀元前330年代
- 紀元前337年 - マケドニアを盟主とするコリントス同盟が結成される。
- 紀元前336年 - アイガイにてピリッポス2世が暗殺され、息子のアレクサンドロス3世(大王)がマケドニア王に即位。
- アイガイと推定されるヴェルギナ遺跡にピリッポス2世らマケドニア王族の墳墓が造営される。
- 紀元前335年
- 紀元前334年
- 紀元前333年 - イッソスの戦いでアレクサンドロス3世がペルシア王ダレイオス3世の軍に勝利。
- 紀元前332年
- 紀元前331年
- 紀元前330年 - ダレイオス3世が逃走中にバクトリア・サトラップのベッソスに殺害され、アケメネス朝は滅亡。
- 紀元前330年頃 - サマリア人がゲリジム山に神殿を建てる。
紀元前320年代
- 紀元前329年 - アレクサンドロス3世によるソグディアナ・バクトリアの征服( - 紀元前327年)。
- 紀元前328年 - マケドニア将軍クレイトス暗殺事件。アレクサンドロス3世とバクトリア王女ロクサネの結婚。マケドニア軍が鉄の門を超えてスワート渓谷(英語版)へ進軍。
- 紀元前327年 - アリストテレスの甥で歴史家のカリステネス(英語版)が処刑される。
- 紀元前326年
- 紀元前325年頃
- 紀元前324年
- スサの合同結婚式(英語版)、アレクサンドロス3世とダレイオス3世皇女スタテイラの結婚。
- 秦の恵文王が王の称号を名乗る。
- 紀元前323年 - バビロンにてアレクサンドロス3世死去。バビロン会議の後にディアドコイ戦争始まる。
- 紀元前322年
- 紀元前321年 - 共和政ローマがサムニウム人に敗北、屈辱的な和議を結ぶ(カウディウムの屈辱)。
中国(周・戦国時代)
- 扁鵲(生没年不明) - 春秋戦国時代の医師・半ば伝説的な人物で『難経(黄帝八十一難経)』の執筆者にも仮託される
- 墨子(前450年 - 前390年頃?) - 戦国時代の墨家の始祖で『墨子』の著者・「兼愛」「交利」「尚賢」「非攻」などの思想で有名
- 列子(活躍時期は前400年頃) - 戦国時代の道家の思想家・荘子に先立つ・『列子』が残るが実在を否定する説もある
- 田和(? - 前385年) - 戦国時代の田斉の初代君主(太公)(在位前386年 - 前385年)・姜斉の康公を追放し自ら斉公を名乗る
- 呉起(? - 前381年) - 戦国時代の軍人・政治家・思想家(兵家)・魯の元公や魏の文侯そして楚の悼王に仕え国政改革を行う
- 静公(生没年不詳) - 戦国時代の晋の最後の君主(在位前377年 - 前376年)・晋の三侯(韓哀侯・魏武侯・趙敬侯)に滅ぼされる
- 甘徳(生没年不明) - 戦国時代の田斉の天文学者・魏の石申とともに世界最古級の星表「甘石星経」を記したと伝えられている
- 威王(? - 前343年) - 戦国時代の田斉の君主で初代王・暗君を装って数年間雌伏の後に斉を強国にしたことで知られる
- 鄒忌(生没年不明) - 戦国時代の田斉の政治家・威王と宣王に宰相として仕え政敵の田忌を斥ける・美丈夫であったことも有名
- 淳于髠(生没年不詳) - 戦国時代の田斉の威王に仕える・稷下の学の中心人物で鄒衍や田駢らと交わる・「鳴かず飛ばず」の故事でも有名
- 慎到(生没年不詳) - 戦国時代の田斉の稷下の学の一人・法家でも道家でもあったとされ『慎子』5編が断片的に残る・韓非子に影響を与える
- 孫臏(生没年不明) - 戦国時代の孫武の孫で兵法家・『孫臏兵法』の著者・斉の威王に仕え馬陵の戦いで魏の恵王を破る
- 田忌(生没年不詳) - 戦国時代の斉の将軍・孫臏の推挙により馬陵の戦いで指揮を執り魏に大勝利・後に宰相鄒忌と対立し楚に亡命
- 龐涓(生没年不詳) - 戦国時代の魏の将軍・孫臏を謀略で罪に陥れ排除した・馬陵の戦いでは孫臏の復讐により魏は大敗を喫し龐涓も戦死
- 恵王(前400年 - 前319年) - 戦国時代の魏の君主(在位前369年 - 前319年)・馬陵の戦いで敗北し秦の商鞅に攻撃され覇権喪失
- 尉繚(生没年不明) - 戦国時代の兵法家・魏の恵王との対話篇が残る・武経七書の一つ『尉繚子』を著したとされる
- 申不害(? - 前337年) - 戦国時代の韓の政治家・釐侯に宰相として仕える・法家思想を援用し弱小国であった韓を安定させる
- 孝公(前381年 - 前338年) - 戦国時代の秦の君主(在位前361年 - 前338年)・商鞅の変法を支持し中央集権化策を推進
- 商鞅(? - 前338年) - 戦国時代の秦の政治家・法家思想による国政改革を進めるが反対派により車裂きの刑に処される
- 恵文王(? - 前311年) - 戦国時代の秦の君主で初代王(在位前338年 - 前311年)・孝公の子だが意に沿わぬ商鞅を粛清する
- 樗里疾(? - 前300年) - 戦国時代の秦の王族・恵文王の異母弟・韓・魏・趙・燕・斉連合軍を撃破・知者で「智嚢」と呼ばれる
- 甘茂(生没年不詳) - 戦国時代の秦の政治家・樗里疾と並び恵文王から昭襄王まで仕える・宜陽の戦いを指揮し韓に勝利する
- 宣王(? - 前324年) - 戦国時代の田斉の君主で威王の子・稷下の学を保護し孟子らを招聘・弟の靖郭君と甥の孟嘗君を重用し全盛期を現出
- 蘇秦(? - 前317年?) - 戦国時代の縦横家・諸国を遊説し秦以外の燕・斉・趙・韓・魏・楚を同盟させた合従策で知られる
- 張儀(? - 前309年) - 戦国時代の縦横家・秦の恵文王に仕え宰相となる・蘇秦の合従策に対し連衡策で諸国を秦と同盟させる
- 司馬錯(生没年不詳) - 戦国時代の秦の将軍・恵文王・武王・昭襄王の3代に仕えた・張儀との論戦に勝ち蜀を併合する
- 懐王(? - 前299年) - 戦国時代の楚の王(在位前329年 - 前299年)・張儀の謀略で藍田で戦い秦に敗北・秦に幽閉され死去
- 武霊王(? - 紀元前295年) - 戦国時代の趙の王(在位前326年 - 前298年)・胡服騎射を取り入れて趙を軍事強国とした
- 孟子(前372年? - 前289年) - 戦国時代の儒家(性善説)・『孟子』を著し仁義に基づく王道政治を理想とする
- 楊朱(前370年頃? - 前319年頃?) - 戦国時代の思想家・個人主義的な思想である為我説(自愛説)を主張・孟子と対立
- 恵施(前370年頃? - 前310年頃?) - 戦国時代の思想家・政治家・名家に属すが公孫竜とは立場が異なる・荘子と接点あり
- 荘子(前369年? - 前286年?) - 戦国時代の道家の思想家・諸侯の招聘を拒否し隠棲・著作『荘子』では万物斉同の思想を展開
- 昭王(前335年 - 前279年) - 戦国時代の燕の王(在位前308年 - 前279年)・斉への復讐のため楽毅らの賢才を募る
- 郭隗(生没年不詳) - 戦国時代の燕の学者・昭王に仕え「隗より始めよ」の故事で知られるよう楽毅・劇辛・鄒衍らの賢才を集める端緒となった
- 紀元前400年頃 - ギリシアの壺絵師見習いのデメトリオスが1964年の東京オリンピック時代の日本へとタイムスリップしてしまう(ヤマザキマリ『オリンピア・キュクロス』)。
- 紀元前382年 - オリバンダー杖店創業(ハリー・ポッターと賢者の石に登場する杖専門店)。
- 紀元前381年 - 紀元前300年頃 - 鉅子の尊称で呼ばれた墨家の指導者も、3代目の田襄子の代となるとかつての理想を捨て権力と結びつく道をとろうとしていた。 それでも墨子の思想を貫こうとする革離は、趙軍に攻められている梁城城主・梁渓からの依頼により、田襄子の命に背いて単身梁城に乗り込み、趙の大軍を相手に梁城を守ることとなる(酒見賢一の歴史小説『墨攻』)。
- 紀元前367年以降 - シチリア島シュラクサイの暴君ディオニス(ディオニュシオス2世)の行状に立腹した青年メロスは王の暗殺を試み捕縛されてしまう。故郷での妹の結婚式に出るため三日の猶予を暴君に乞うメロス。その願いは聞き届けられたがメロスの友人セリヌンティウスがその猶予の間、身代わりになることになった(ヒュギヌス『説話集』が原作。さらにフリードリヒ・フォン・シラーの『人質』、太宰治の『走れメロス』に翻案された)。
- 紀元前356年以前 - ペルシアに敗北したエジプト王ネクタネボ2世はマケドニアに亡命し、魔術師として歓待される。やがてマケドニア王妃オリュンピアスと結ばれ、その間に生まれた子供がアレクサンドロス大王であり、魔術師の血を受け継いで、再び父祖の地エジプトに凱旋することになる(偽カリステネス(フランス語版)『アレクサンドロス物語』ほか「アレクサンドロス・ロマンス」)。
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