西ノ島町
島根県隠岐郡の町 ウィキペディアから
島根県隠岐郡の町 ウィキペディアから
西ノ島町(にしのしまちょう)は、島根県の町。隠岐郡に属し、日本海に浮かぶ隠岐諸島の西ノ島に所在する。人口は約2500人[2]。
にしのしまちょう 西ノ島町 | |||||
---|---|---|---|---|---|
| |||||
国 | 日本 | ||||
地方 | 中国地方(山陰地方) | ||||
都道府県 | 島根県 | ||||
郡 | 隠岐郡 | ||||
市町村コード | 32526-1 | ||||
法人番号 | 8000020325261 | ||||
面積 |
55.97km2 | ||||
総人口 |
2,552人 [編集] (推計人口、2024年10月1日) | ||||
人口密度 | 45.6人/km2 | ||||
隣接自治体 |
(海上で隣接) 隠岐郡海士町、知夫村 | ||||
西ノ島町役場 | |||||
町長 | 坂栄一秀 | ||||
所在地 |
〒684-0211 島根県隠岐郡西ノ島町大字字美田600番地4[1] 北緯36度05分35秒 東経132度59分40秒 | ||||
外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
ウィキプロジェクト |
島は山がちで、耕地は少ない。南岸は島前3島に囲まれた穏やかな海で、良港が多い。北岸は荒海であるが好漁場である。
1915年(大正4年)、島中央の地峡部を南北に貫く船引運河が開削され、島南部の港から北部の漁場へ簡単に行けるようになった。南岸の浦郷港は隠岐最大の漁業基地となっている。
古代の隠岐国知夫(ちぶり)郡三田(みた)郷の地である。延喜式神名帳の名神大社である由良比女神社をはじめ、式内社が多い。また、1332年(元弘2年)には隠岐国に後醍醐天皇が配流されるが、天皇の配流地が現・西ノ島町の「黒木御所」とする説がある。
内地からの離島振興や離島観光地化の影響により、1967年(昭和42年)頃に離島への観光客が増加した[3]。さらに隠岐諸島は1963年(昭和38)年に大山隠岐国立公園の一部に指定された。
それ以前の隠岐の人々にとって、海は日常的なものであり観光の対象や、とりわけ美しいと感じる景観ではなかった。しかしながら国立公園への指定をきっかけに突然観光客が激増したことで、旅館、民宿、土産物屋は無論のこと一般の人々も魚を売り、民宿を手伝い大いに潤った。国賀海岸では国賀祭も始まり、皇太子来町のきっかけにもつながった[4]。1968年(昭和43年)には離島の観光ブームによる、観光客や釣り客、島民のおかげで隠岐汽船の経営は黒字になった[5]。
西ノ島町と全国の年齢別人口分布(2005年) | 西ノ島町の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 西ノ島町
■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
西ノ島町(に相当する地域)の人口の推移
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||
総務省統計局 国勢調査より |
西ノ島を発着する航路は島西部の別府港を起点としており、ここから隠岐汽船が本土の七類港(島根県松江市)および境港(鳥取県境港市)へと、フェリー(フェリーくにが、フェリーおき、フェリーしらしま)および高速船(レインボージェット)を運航している[7]。
上記航路は島前内各島にも寄港するが本数が少ないため、同じく別府港から隠岐観光が島前の内海内で島前内航船を運航し、フェリーどうぜんおよび内航船いそかぜの2隻で中ノ島の菱浦港および知夫里島の来居港とを結んでいる。この内航船は一部隠岐汽船の本土行航路とも接続している[8]。
Seamless Wikipedia browsing. On steroids.
Every time you click a link to Wikipedia, Wiktionary or Wikiquote in your browser's search results, it will show the modern Wikiwand interface.
Wikiwand extension is a five stars, simple, with minimum permission required to keep your browsing private, safe and transparent.