島根県立浜田高等学校(しまねけんりつ はまだこうとうがっこう、英: Shimane Prefectural Hamada High School)は、島根県浜田市黒川町に所在する3課程を置く公立の高等学校。略称は浜高()。
概要 島根県立浜田高等学校, 過去の名称 ...
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- 歴史
- 1880年(明治13年)に開校した「浜田中学」(旧制中学校)を前身とする。1886年(明治19年)に一旦廃止され、1893年(明治26年)に再設置された。この再設置の年を創立年としている。1948年(昭和23年)の学制改革の際に新制高等学校「島根県立浜田第一高等学校」(男子校)となり、翌1949年(昭和24年)に高等女学校を前身とする2校の女子高と統合され、現校名の「島根県立浜田高等学校」となり、男女共学を開始した。2013年(平成25年)に創立120周年を迎えた。
- 設置課程・学科 (本校)
- 全日制課程 2学科 - 学年制
- 定時制課程 1学科 - 単位制
- 通信制課程 1学科 - 単位制
- 学区 (2020年入試より)
- 全日制課程普通科 - 島根県全域(5%の県外枠あり)
- 全日制課程理数科 - 島根県全域(10%の県外枠あり)
- 定時制課程 - 島根県全域(県外は4名以内)
- 通信制課程 - 島根県全域(県外枠設定なし)
- 分校 - 2013年(平成25年)3月に閉校
- 今市分校(所在地: 〒697-0426 島根県浜田市旭町丸原46番地、北緯34度51分55.4秒 東経132度15分25.9秒)
- 通信制課程 スクーリング協力校
大田地区
益田地区
(※3年おきに持ち回りで協力校となる)[1]
- 校訓
- 「質実剛健・不撓不屈」
- 校章
- 浜田城跡の丘陵が「亀山」と呼ばれていることに因み、亀の絵と「高」の文字を組み合わせている。
- 校歌
- 1959年(昭和34年)に制定。作詞は木島俊太郎、作曲は團伊玖磨による。歌詞は3番まであり、校名は歌詞に登場しない。
- 旧制中学校・新制高等学校(男子校)時代
- 1880年(明治13年)7月 - 「浜田中学」が設置される。
- 1883年(明治16年)9月 - 浜田師範学校を併設。
- 1884年(明治17年)4月1日 - 「島根県第二中学校」と改称[2]。浜田師範学校が松江師範学校に合併され、併設を解消。
- 1885年(明治18年)- 初等中学科(修業年限4年)を設置[3]。
- 1886年(明治19年)5月 - 中学校令第6条(尋常中学校は各府県に1校ずつ設置)により、廃止される[4]。
- 1887年(明治20年)8月 - 元・島根県第二中学校の敷地に「連合浜田高等小学校」が設置される。中学校予備科を設置。
- 1891年(明治24年)4月1日 - 連合浜田高等小学校が廃止され「那賀郡町村組合石見学校」が設置される。
- 1893年(明治26年)4月1日 - 石見学校を県立移管の上「島根県第二尋常中学校」とする[5](中学校が復活、創立年)。
- 1899年(明治32年)4月1日 - 中学校令の改正により、「島根県第二中学校」と改称(尋常を除く)。
- 1901年(明治34年)6月 - 「島根県立第二中学校」と改称。
- 1907年(明治40年)4月1日 - 「島根県立浜田中学校」と改称。
- 1943年(昭和18年)4月1日 - 中等学校令の施行により、この時の入学生から修業年限が4年に短縮される。
- 1944年(昭和19年)4月1日 - 前年に閣議決定された教育ニ関スル戦時非常措置方策により、修業年限4年施行[6] の前倒しが行われることとなる。
- この時の4年生(1941年(昭和16年)入学生)から適用し、4年を修了する1945年(昭和20年)3月の施行となる。
- 1945年(昭和20年)
- 3月 - 決戦教育措置要綱[7] が閣議決定され、同年4月から翌年3月末まで授業が停止されることとなる。修業年限短縮の前倒しにより、4・5年合同の卒業式を挙行。
- 4月 - 授業を停止。
- 5月22日 - 戦時教育令が公布され、授業を無期限で停止することが法制化される。
- 8月15日 - 終戦。
- 9月 - 授業を再開。
- 1946年(昭和21年)4月1日 - 修業年限が5年に戻る。
- 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施、新制中学校の発足)
- 旧制中学校の生徒募集を停止。
- 新制中学校を併設し(名称:島根県立浜田中学校併設中学校、以下:併設中学校)、旧制中学校1・2年修了者を新制中学校2・3年生として収容。
- 併設中学校は経過措置としてあくまで暫定的に設置されたため、新たに生徒募集は行われず、在校生が2・3年生のみの中学校であった。
- 旧制中学校3・4年修了者は、そのまま旧制中学校に在籍し、4・5年生となる(4年で卒業することもできた)。
- 1948年(明治23年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施、新制高等学校の発足)
- 旧制中学校が廃止され、新制高等学校「島根県立浜田第一高等学校」(男子校)が発足。普通科に加え、商業科と通信課程を設置。
- 旧制中学校卒業生(5年修了者)を新制高校3年生、旧制中学校4年修了者を新制高校2年生、併設中学校卒業生(3年修了者)を新制高校1年生として収容。
- 併設中学校は新制高校に継承され(名称:島根県立浜田第一高等学校併設中学校)、在校生が1946年(昭和21年)に旧制中学校へ最後に入学した3年生のみとなる。
- 1949年(昭和24年)3月31日 - 最後の卒業生を送り出し、併設中学校を廃止(修業年限の旧制5年から新制3年への移行が完了)。
- 県立高等女学校・新制高等学校(女子校)時代
- 1900年(明治33年)5月 - 「島根県高等女学校」を設置。
- 1901年(明治34年)6月1日 - 「島根県立高等女学校」と改称。
- 1907年(明治40年)4月1日 - 「島根県立浜田高等女学校」と改称。
- 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施、新制中学校の発足)
- 高等女学校の生徒募集を停止。
- 新制中学校を併設し(名称:島根県立浜田高等女学校併設中学校、以下:併設中学校)、高等女学校1・2年修了者を新制中学校2・3年生として収容。
- 併設中学校は経過措置としてあくまで暫定的に設置されたため、新たに生徒募集は行われず、在校生が2・3年生のみの中学校であった。
- 高等女学校3・4年修了者は、そのまま高等女学校に在籍し、4・5年生となる(4年で卒業することもできた)。
- 1948年(明治23年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施、新制高等学校の発足)
- 高等女学校が廃止され、新制高等学校「島根県立浜田第二高等学校」(女子校)が発足。
- 高等女学校卒業生(5年修了者)を新制高校3年生、高等女学校4年修了者を新制高校2年生、併設中学校卒業生(3年修了者)を新制高校1年生として収容。
- 併設中学校は新制高校に継承され(名称:島根県立浜田第二高等学校併設中学校)、在校生が1946年(昭和21年)に高等女学校へ最後に入学した3年生のみとなる。
- 1949年(昭和24年)3月31日 - 最後の卒業生を送り出し、併設中学校を廃止(修業年限の旧制5年から新制3年への移行が完了)。
- 市立高等女学校・新制高等学校(女子校)時代
- 1920年(大正9年)4月23日 - 「浜田町立女子技芸学校」が設置される。
- 1933年(昭和3年)7月1日 - 実業学校規程により、「浜田町立実践女学校」となる。
- 1940年(昭和15年)4月1日 - 「浜田高等実践女学校」と改称。
- 1941年(昭和16年)4月1日 - 「浜田実践高等女学校」と改称。
- 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施、新制中学校の発足)
- 高等女学校の生徒募集を停止。
- 新制中学校を併設し(名称:浜田実践高等女学校併設中学校、以下:併設中学校)、高等女学校1・2年修了者を新制中学校2・3年生として収容。
- 併設中学校は経過措置としてあくまで暫定的に設置されたため、新たに生徒募集は行われず、在校生が2・3年生のみの中学校であった。
- 高等女学校3・4年修了者は、そのまま高等女学校に在籍し、4・5年生となる(4年で卒業することもできた)。
- 1948年(明治23年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施、新制高等学校の発足)
- 高等女学校が廃止され、新制高等学校「浜田市立家政高等学校」(女子校)が発足。
- 高等女学校卒業生(5年修了者)を新制高校3年生、高等女学校4年修了者を新制高校2年生、併設中学校卒業生(3年修了者)を新制高校1年生として収容。
- 併設中学校は新制高校に継承され(名称:浜田市立家政高等学校併設中学校)、在校生が1946年(昭和21年)に高等女学校へ最後に入学した3年生のみとなる。
- 1949年(昭和24年)3月31日 - 最後の卒業生を送り出し、併設中学校を廃止(修業年限の旧制5年から新制3年への移行が完了)。
- 新制高等学校(男女共学)
これにより、島根県内の尋常中学校は島根県尋常中学校(旧・島根県第一中学校(島根県立松江北高等学校の前身))1校のみとなる。
1881年(明治24年)の中学校令一部改正により、尋常中学校の設置基準の緩和が行われ、必要に応じて各府県に複数の尋常中学校を設置することができるようになった。
本来は1943年(昭和18年)に入学した生徒が4年を修了し卒業する1947年(昭和22年)3月に施行する予定であった。
国民学校初等科を除く学校の昭和20年度1年間の授業停止が決定された。
定時制課程と(他校)通信制課程で同時に学ぶこと(定通併修)などによって、全日制課程と同じように3年での卒業を可能にする制度。