Loading AI tools
ウィキペディアから
上田電鉄別所線・下之郷駅、中塩田駅、塩田町駅の南に位置する。北は本郷・五加・下之郷、東は富士山、南は丸子地域(旧・小県郡丸子町)の東内・平井、西は前山に接する[4]。
南部に独鈷山とそれに連なる山々がそびえ、そこから流れ出す尾根川や尻無川が北流し、扇状地を形作っている[5]。尾根川は平井寺池を水源とし、東吉沢を上流端とする尻無川や、富士山からの駒瀬川を合わせ、産川へと合流している[6]。尾根川の川筋に沿って上流から平井寺・鈴子・石神の集落が、尻無川筋には柳沢の集落がある[7]。湖沼としては前出の平井寺池のほか、東部に来光寺池が、西部に手洗池がある[4](塩田平のため池群)。
2019年(令和元年)8月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
2005年(平成17年) | 2,063人 | [16] | |
2010年(平成22年) | 2,026人 | [16] | |
2015年(平成27年) | 1,953人 | [16] |
扇状地の下部は水田、上部は薬用ニンジンなどの畑のほか、リンゴやブドウなどの果樹園が広がる[5]。信州うえだ農業協同組合(JA信州うえだ)の塩田農産物集出荷所(古安曽2079-1)や塩田カントリーエレベーター(古安曽2662)があり[17]、塩田平における米作りの中で重要な役割を担う[5]。戦前は養蚕業が主体であったが、戦後は依田川から導水するようになり、水田で安定した営農が可能となった。昭和40年代以降は上田市中心市街地への通勤が目立つ[7]。
平井寺では明治初年まで「東馬焼」が特産品として生産されていた[18]。当地の庄屋の家に生まれた林東馬が興したとされ、彼の名にちなんで「東馬焼」と呼ばれる。松代焼の職人を招いたと見られ、釉薬の出す青色や緑色などの色彩が美しく、収集家からの人気を集めている[19]。古安曽神明前に上田市指定史跡「東馬焼窯跡」が残る。煙道を含め全長12.5メートルの登り窯で、徳利や急須などの小さなものから水瓶のような大きなものまで幅広く焼いていたが[20]、信越本線の開業で安価な陶磁器製品が流通するようになり、衰退した[21]。
1995年(平成7年)1月、株式会社進和製作所が町内に塩田工場を開設したが、2005年(平成17)年5月をもって東塩田林間工業団地内に移転した[22]。
県道65号沿いに「石神」・「東塩田小学校」・「鈴子」バス停留所があり、上田バス「西丸子線」が運行され、下之郷駅から丸子方面へとつながっている。また、同区間には千曲バス「鹿教湯線(平井寺経由)」が運行されており、JR上田駅から町内の「平井寺」バス停留所を経て鹿教湯温泉方面へとつながっている。西部には「柳沢」・「柳沢西」・「押出」(前山との境)バス停留所があり、上田バス「東塩田線(さくら高校前〜下之郷駅)」・「東塩田線(下之郷駅〜塩田町駅〜川西医院)」が運行されている。このほか塩田町駅方面から「信州の鎌倉シャトルバス」が運行されており、無言館などの観光名所を巡回し、別所温泉方面へとつながっている[4][25]。
かつては上田丸子電鉄西丸子線が通過し、石神駅や東塩田駅といった鉄道駅が設置されていたが、1963年(昭和38年)に廃止されている(上田丸子電鉄西丸子線を参照)。
Seamless Wikipedia browsing. On steroids.
Every time you click a link to Wikipedia, Wiktionary or Wikiquote in your browser's search results, it will show the modern Wikiwand interface.
Wikiwand extension is a five stars, simple, with minimum permission required to keep your browsing private, safe and transparent.