Loading AI tools
日本の政治家、公選第17〜20代神奈川県知事 (1954-) ウィキペディアから
黒岩 祐治(くろいわ ゆうじ、1954年〈昭和29年〉9月26日[1] - )は、日本の政治家、元ニュースキャスター。神奈川県知事(公選第17・18・19・20代)[3] 。
この記事に雑多な内容を羅列した節があります。 |
1980年(昭和55年)4月から2009年(平成21年)9月までフジテレビジョンで[3] 報道記者、番組ディレクター、キャスターなどを務め[3]、10月から2011年(平成23年)3月まで[3]国際医療福祉大学大学院教授[4]、早稲田大学大学院公共経営研究科講師(非常勤)[5]を務めた。2018年(平成30年)7月から北朝鮮による拉致被害者を救出する知事の会の会長[6]。所属事務所は黒岩祐治事務所。
兵庫県神戸市出身[1]。芦屋市立精道小学校、灘中学校・高等学校を経て、早稲田大学政治経済学部政治学科入学[7]。高校では生徒会長を務めた[8]。大学在学中に早稲田大学雄弁会とミュージカル研究会に所属し、ラサール石井と舞台に立った[9]。
早大卒業後[10]、1980年4月にフジテレビジョンへ入社。同期入社に山村美智子、坂野尚子、亀山千広、松本方哉がいた。初任はスポット営業部にて3年間営業を担当。1983年4月より報道局に配属。報道局政治部記者として官邸キャップや自由民主党等を中心に取材を担当。同時に選挙開票特番も担当した。嘗て同期だった山村アナウンサー(当時)に政治や選挙等のレクチャーをした事が有ったという。1985年より報道局社会部に配属。主に事件事故等を中心に取材を経験。1987年から『ノンフィクション』のディレクターを1年間担当した。
1988年(昭和63年)4月から『FNNスーパータイム』週末版のアンカーマンを務めて小田多恵子と組む。報道局記者やディレクターの経験から、自身が特集を企画して取材や編集した救急医療キャンペーン『救急医療にメス』が1989年(平成元年)1月から2年間放送され、第16回放送文化基金賞と日本民間放送連盟賞を受賞した。
1991年(平成3年)4月から報道局記者へ転じた上田昭夫に代わり、同番組の平日版メインキャスター(アンカーマン)となり安藤優子とコンビを組む。
1992年(平成4年)4月から1997年(平成9年)3月まで『報道2001』で初代メインキャスターを務め、その後ワシントンに渡米。FNNワシントン支局の海外特派員、同支局長を経て1999年(平成11年)3月帰国。帰国後は『FNNスーパーニュース』の平日版2代目メインキャスターに就任。八木アナウンサー(当時)とコンビを組み、同年11月21日より『報道2001』のメインキャスターに復帰。 2000年3月には『FNNスーパーニュース』の平日版のすべての出演者と共にキャスターを退任。翌週からは『報道2001』のメインキャスター専任となった。2008年10月からは『新報道2001』にリニューアル。コメンテーターとしてニュース解説を担当。取材先の聖路加国際病院理事長日野原重明から「『葉っぱのフレディ』のミュージカルをやりませんか」と相談され、プロデューサーを務める[11]。
2009年(平成21年)9月に『新報道2001』を降板して9月30日 30年勤めたフジテレビを退職[12]し、10月から国際医療福祉大学大学院教授として「医療・福祉に関する実践的メディア論」「医療・福祉に関する報道の検証」「メッセージ力の高め方」などを研究する。
2011年(平成23年)3月16日、8日後に告示される神奈川県知事選挙(第17回統一地方選挙)に無所属で出馬する意向を表明した[13]。3選出馬が有力視されていた現職の松沢成文が、同じ統一地方選挙で実施される東京都知事選挙への出馬を3月1日に表明したことから黒岩の出馬表明が告示日直前になった。なお、現職都知事(当時)石原慎太郎の4選出馬表明により、松沢は都知事選出馬表明後に断念して石原支持に転じている。
選挙では自民、民主、公明の3党県連が相乗りして事実上オール与党体制で支援され、他に前開成町長でみんなの党と神奈川ネットワーク運動が推薦する露木順一や日本共産党の候補者らが出馬するも、投票総数55.5パーセント相当の1,728,862票を獲得して初当選[14]。2011年(平成23年)4月23日、正式に神奈川県知事に就任した。
2015年(平成27年)4月12日、第18回統一地方選挙にて神奈川県知事に再選される。2019年(平成31年)2月6日、横浜市内で記者会見を開き、4月の知事選へ立候補することを表明し[15]、4月7日投開票の知事選で3選を果たした[16]。2022年(令和4年)12月26日、自身の後援会主催のパーティーにおいて、翌年4月の神奈川県知事選挙へ立候補することを表明した[17]。
2023年4月には神奈川県知事に4回目の当選をした。他の候補に対しては圧勝だったものの、前回2019年の選挙に比べ得票数は約30万減り、また無効票は投票総数の約7%である21万票に及んだ。これは、選挙期間中に黒岩の不倫が報じられたことと、黒岩本人を含め、広く受け止められた[18]。
2011年(平成23年)5月17日、放射性物質で汚染された廃棄物処理は「別の扱いとなっており、受け入れの対象ではない」と強調しつつも「県を挙げて被災地の復興を支援したいと思います」と東日本大震災で発生したがれきなどをかながわ環境整備センターで受け入れる旨を表明[19] したが、11月9日の会見で「どうぞ、とすぐにも言いたい気持ちですが、現実的にはなかなかそうもいかない、というのが正直なところ」と広域処理の協力に慎重な姿勢を示した[20]。
2012年(平成24年)12月26日、漁網の受け入れについて「被災地の声は漁網(がれき)の処理を手伝ってほしいということ」「救いたい気持ちに変わりはありません」と述べた[21]。後に、南足柄市と箱根町が災害廃棄物の漁網受け入れを表明して2013年7月31日に合意書を取り交わし、岩手県洋野町から神奈川県が受諾した漁網を南足柄市と箱根町が処理し、同年12月12日に受け入れを終了している[22]。
2011年(平成23年)、東日本大震災による原発事故後に実施された4月の神奈川県知事選挙で「“反”原発」ではなく「“脱”原発」を掲げ、県内住宅施設への太陽光発電パネル普及政策として「4年間で200万戸分の太陽光パネルを自己負担無しで設置」を公約として当選するも、当選後の10月に「(公約を)忘れてほしいと思います」と撤回した[23]。
再生可能エネルギーについて、2030年度段階で再生可能エネルギーなどの分散型電源の割合を45%まで引き上げることを目指している[24]。
朝鮮学校は複数の都府県が歴史教育の内容を問題視しており、神奈川県も松沢成文前知事が2010年に、神奈川県内で朝鮮学校を運営する学校法人神奈川朝鮮学園に「教育内容によっては補助金の支給を見送る」方針を表明していた[25]。高校の歴史教科書で「日本当局は『拉致問題』を極大化し」と表記した部分と、1987年の大韓航空機爆破事件を「捏造」と断定した部分が特に問題とされた[25]。松沢前知事は神奈川朝鮮学園に教科書の改訂を求めるとともに、2010年12月以降の補助金の交付を留保すると通告した[25]。神奈川朝鮮学園は、2011年度から使用する歴史教科書からは問題の記述を削除したと県に報告したが、2011年(平成23年)4月23日に知事となった黒岩が確認すると、拉致問題は記述ごと削除されていたことが判明した[25]。
このため県は神奈川朝鮮学園に対し再度改善を要求したが、学校側が「拉致問題について詳述した副教材を生徒に配布して補足する」と約束したとして、黒岩知事は2011年度も例年通り補助金約6300万円を支給する方針を表明した[25]。朝鮮総連の広報担当者はこの件に関する取材に対し「双方が歩み寄るのは良いことだ。ただし教材の取り扱いについては県と学校側がすべて合意したものでなく、今後も検討を続けると学校から聞いている」と語った[25]。
黒岩知事はその後、拉致問題が教科書に記載されないことを理由に、2016年(平成28年)4月から8月分の県内朝鮮学校への補助金を約2100万円の支給を留保した[26]。これに対し神奈川朝鮮学園は同年11月「拉致問題について記載した独自の教科書を年度内に作成する」と県に回答したものの、その後「不可能になった」と通知した[26]。黒岩知事はこれを受け「拉致問題を明記した教科書に改訂することが(補助金支給の)前提」として、2017年3月29日の定例会見で「学校側からは現時点で連絡がない。拉致問題を記載した教科書が出ても内容確認には時間がかかるため、今年度中に補助金交付を決定するのは不可能」と述べて、2017年度(平成29年度)の当初予算案でも朝鮮学校への補助金計上を見送った[26]。
医療福祉系大学教授職在任中に、『週刊ポスト』2010年12月3日号に短期集中連載「検証・医療とマスコミ」第5回として「『ホメオパシー叩き』に隠された『統合医療は迷信』の権威主義」を執筆した[28]。内容は「私は決してホメオパシー擁護論者ではない」としつつ、ホメオパシーに否定的なマスコミ報道が、鍼灸などの代替医療と西洋医学を併用する統合医療全体の否定につながることを危惧していた[28]。同連載の第4回で「『予防接種悪玉論』の横行で日本はワクチン後進国になった」も書いた[28]。ホメオパシーに否定的・肯定的な立場の双方から反響があり、大槻義彦は自身のブログで批判した[29]。日本ホメオパシー医学協会は記事に対する反論を公式サイトに掲載した[30]。
2015年(平成28年)9月8日、厚木市関口に建設された病院が、建物が完成し開院予定を5か月過ぎても開院できない状態になっていることが報道された[31]。厚木市のパチスロ大手企業オーイズミが建設した認知症専門病院(180床)で、高齢者住宅とデイケア施設を併設を計画していた[31]。オーイズミの会長は黒岩知事の関連政治団体に個人献金し、グループ会社2社が政治資金パーティー券を購入していた[31]。
都道府県は開院許可申請の受け付け前に病院の安定経営確保のため指導をする場合が多く、神奈川県も赤字や休眠中の医療法人は、診療所で2年間黒字経営の実績を積むよう指導する内規があった[31]。B(平成23年)12月にオーイズミが赤字の医療法人と提携して病院開設の意向を県に伝えた際、神奈川県厚木保健福祉事務所は実績不足や地元医師会との調整不足を理由として難色を示した[31]。直後に黒岩知事の特別秘書が同事務所に対し「オーイズミから『ダメ出しされて困っている』と相談を受けた」と伝えると、同事務所は「基準をクリアすれば許可は出す」と姿勢を転じた[31]。医療法人の指導を担当する県庁医療課は、当初は診療所で実績を積むよう求めたが、2012年(平成24年)6月にオーイズミは東京都内の休眠中の医療法人に提携先を変更[31]。県は都内の医療法人であることなどを理由に内規を適用せず、2013年(平成25年)3月に開院を許可した[31]。2013年4月に、建設用地が医療法人の債務不履行により差押を受け民事訴訟を提訴されて着工できなくなった[31]。2014年(平成26年)に県はオーイズミが医療法人の土地を買い取って建設を許可する「異例の対応」を、病棟は2015年(平成28年)1月に完成、4月開院予定だったが、訴訟継続中のため開院できない状態が続いていた[31]。この特別秘書である人物は菅義偉官房長官の公設秘書であったが、2011年に黒岩知事の特別秘書に起用され、県議会との確認事項で「政策形成に直接関与せず職員に命令や指示をしない」立場とされている[31]。県医療課は「内規は県外法人にも適用されるが法的拘束力はない」「医療法上は県に病院着工の可否を判断する権限はない」としている[31][32]。
病院建設用地の所有権をめぐる民事訴訟で、オーイズミは一審で敗訴したが、2015年(平成28年)12月3日に原告側とオーイズミおよび医療法人の間で和解が成立[33]。和解を受け、病院はのちに認知症専門病院として開院した。
企業誘致に積極的で、4年間で2022億円を投じ「セレクト100」として企業100社の誘致を目標とし、2018年(平成30年)11月に達成した[34]。「100件の目標達成に満足することなく、先頭に立って県内への企業誘致に取り組んでいく」と語った[34]。
県と市町村の合同総合防災訓練「ビッグレスキューかながわ」、いっせい防災行動訓練「かながわシェイクアウト」を実施している[35][36]。この2つの訓練は毎年開催されているが、「ビッグレスキューかながわ」は毎年異なる市町村と実践的訓練を行っている。
2018年(平成30年)4月から県として私立高校の就学支援策を拡大し、年収約590万円未満の世帯を対象に授業料の実質無償化に踏み切った。黒岩知事は「国が出口を決めてくれたことで、今回一つの目玉として踏み込んで立案した」と述べた[37]。
横浜・鎌倉・箱根に次ぐ「第4の観光の核」となる都市づくりを進めており、「城ヶ島・三崎」「大山」「大磯」の3つを構想地域にしている[38]。
1992年度(平成4年度)以降、神奈川県では基礎的財政収支が赤字であったが、黒岩が知事就任後の2014年(平成26年)には基礎的財政収支の黒字を達成した。以後、2019年度(平成31年度)予算まで6年連続で黒字化を達成している[39][40]。
この節に雑多な内容が羅列されています。 |
報道・討論番組
期間 | 番組名 | 役職 | 担当日 | |
---|---|---|---|---|
1988年4月2日 | 1991年3月31日 | FNNスーパータイム | キャスター | 休日 |
1991年4月1日 | 1992年3月31日 | 平日 | ||
1992年4月5日 および 1999年11月21日 | 1997年3月30日 および 2008年9月28日 |
報道2001 | 司会 | 日曜日 |
1999年4月1日 | 2000年3月31日 | FNNスーパーニュース | キャスター | 平日 |
2008年10月5日 | 2009年9月27日 | 新報道2001 | コメンテーター | 日曜日 |
特別番組・バラエティ番組・その他
Seamless Wikipedia browsing. On steroids.
Every time you click a link to Wikipedia, Wiktionary or Wikiquote in your browser's search results, it will show the modern Wikiwand interface.
Wikiwand extension is a five stars, simple, with minimum permission required to keep your browsing private, safe and transparent.