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藤子不二雄Ⓐ(安孫子素雄)による日本の漫画 ウィキペディアから
『怪物くん』(かいぶつくん)は、藤子不二雄(1988年の独立後は藤子不二雄Ⓐ)名義で発表された日本のギャグ漫画作品。1965年の初出時から安孫子素雄の単独執筆作品[注釈 2]。
怪物くん | |
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ジャンル | 少年漫画 ギャグ漫画 ファンタジー漫画 シチュエーション・コメディ[1] |
漫画:怪物くん(少年画報社版) | |
作者 | 藤子不二雄[注釈 1] |
出版社 | 少年画報社 |
掲載誌 | 少年画報 週刊少年キング |
レーベル | キングコミックス |
発表号 | 1965年2月号 - 1969年5月号(少年画報) 1967年6月 - 1969年5月(少年キング) |
漫画:怪物くん(小学館版) | |
作者 | 藤子不二雄[注釈 1] |
出版社 | 小学館 |
掲載誌 | 月刊コロコロコミック 小学二 - 五年生 てれびくん |
レーベル | てんとう虫コミックス マイファーストビッグ ビッグコミックススペシャル |
発表号 | 1980年4月号 - 1982年12月号 |
その他 | アニメ第2作と並行しての連載 |
映像化作品 | |
テンプレート - ノート |
1968年にはモノクロテレビアニメが、1980年にはカラーテレビアニメが放送を開始し、1981年と1982年には新作アニメ映画作品が公開された。2010年には連続テレビドラマが、2011年には実写映画が公開された。
人間界へやって来た怪物ランドの王子・怪物くんとそのお供であるドラキュラ、オオカミ男、フランケンが巻き起こす騒動を描くモンスターギャグ漫画[2]である。彼ら以外にも数々の気の良い怪物達が登場する。時に登場する冷徹な敵役との戦闘描写など、アクションシーンも豊富である。
1965年2月号 - 1969年5月号まで、少年画報社の『少年画報』にて連載。そして1967年6月 - 1969年5月に『週刊少年キング』でも連載。さらに1980年 - 1982年までの間リバイバル版が小学館の『月刊コロコロコミック』、『学年誌』、『てれびくん』などで連載。
作者によると「お供の3匹のデフォルメ化は簡単だったが、主人公である怪物くんの顔は締め切りギリギリまで決まらなかったため『少年画報』での新連載予告は「後ろ姿の怪物くんと、それを見て恐れおののくお供の3匹」というものであった[3]。第1回目のネーム、大まかな下書きと主人公の顔のイメージは自ら手掛けたが、ペン入れの大半はしのだひでおが行った」という。
安孫子は「当時、ぼく映画大好きでね。特にアメリカ映画で、フランケンシュタイン、狼男、ドラキュラの怪奇映画など怪物映画があったんでね。これを手下にして怪物ランドの王子がでたらおもしろいんじゃないかと」と、青春時代に見ていたという怪物映画シリーズからインスピレーションを受けたと語っている。主人公の『怪物くん』の顔は、「ちょうど姪[4]が小さくて女の子だけど活発で、女の子なのに半ズボン履いてかけずり回っていたんですよ。おもしろいなと思って半ズボン履かせたんですよね」と語っている[5]。
漫画『怪物くん』は、執筆年代と掲載誌により以下の種類に分類されている[9]。
『少年画報』1965年2月号〜1969年5月号に連載された作品。月刊誌のため、1話あたりのページ数が多いのが特徴。主な作品は以下の通り(特記のない限り単行本収録時の副題)。
『週刊少年キング』1967年6月4日号〜1969年5月4日号に連載された作品。主な作品は以下の通り(特記のない限り単行本収録時の副題)。
1968年に作られた音楽レコード(ソノシート)のジャケット冊子等に掲載された漫画作品。その一部は下記の通り。
1972年に『週刊少年キング』に読切で掲載された2作品。掲載時の題名と副題は以下の通り。
カラー版テレビアニメの放送にあわせて下記の雑誌に連載された作品。各話によって「再録(1960年代の過去作品を再掲載)」「リライト(過去作品を描き直して掲載)」「完全新作」の3種類が存在する。「リライト」には、線をそのままなぞったもの(トレース)、コマの形を変えずに絵だけ描き直したもの、大筋の他はすべて新しい構成で描き直したもの(短縮する場合が多い)などの様々なパターンがある。
2011年に『映画怪物くん オフィシャルブック』に掲載された下記の1作品。4色カラー、6頁。
1969年3月〜4月と、1982年7月〜11月に、テレビアニメと漫画で様々なパターンの最終回が放送・発売された。全ての作品で「怪物くんたちが怪物ランドに帰る」という点は共通しているが、帰るまでの展開はそれぞれ別の切り口で描かれている(以下で詳述)。各作品が発表された順番は以下の通り。
1969年3月23日に、テレビアニメ第1作の最終回が放送された。漫画の最終回が描かれる前に制作が開始され、シナリオは作者の安孫子が自ら監修した。安孫子は内容にこだわり、シナリオになかなかOKを出さなかったという[11]。
Aパート「ヒロシよさらばの巻」では、怪物ランドに帰ることを告げないままヒロシを怪物屋敷に招待した怪物くんたちが、ドンチャン騒ぎで最後の一夜を過ごす。Bパート「怪物くんの戴冠式の巻」では怪物ランドに戻ってからの様子が描かれている。Bパートの大筋は後述の少年画報版と同じだが、「禁断の地に怪物三人組も同行する」「ヒロシが戴冠式に招待される」「新たな大王となった怪物くんを一同で胴上げするシーンで物語が締め括られる」等の点が異なる。
1969年4月上旬に漫画が『少年画報』に掲載された。初出時の副題は「さらば! 怪物くんよ」。4色カラーの扉の後はモノクロページで物語が進行し、末尾3ページが4色カラーとなる異例の演出が行われた。安孫子は後年「編集部に無理を言ってカラーにしてもらった」と語っている[12]。全29頁。
1969年4月下旬に漫画が『週刊少年キング』に掲載された。初出時の副題は「さらば 怪物くんよ!」。全15頁。
1982年9月28日に、テレビアニメ第2作の最終回が放送された。副題は「さようなら怪物くん」で、少年キング版と少年画報版の物語を一つに組み合わせた内容。翌週は映画『デーモンの剣』が放送された。
1987年以前に発行された単行本の著者名は「藤子不二雄」。1988年以降は「藤子不二雄Ⓐ」。
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2度テレビアニメ化されており、1968年放送開始版はモノクロ、1980年放送開始版はカラーで製作された。それぞれの劇場版も公開されている。
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