細胞核
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細胞核(さいぼうかく、英: cell nucleus)とは、真核生物の細胞を構成する細胞小器官のひとつ。細胞の遺伝情報の保存と伝達を行い、ほぼすべての細胞に存在する。通常は単に核ということが多い。
細胞核は細胞の遺伝物質の大部分を含んでおり、複数の長い直鎖状のDNA分子がさまざまな種類のタンパク質 (ヒストンなど) と複合体を形成することで、染色体が形成されている。これらの染色体の内部の遺伝子が核ゲノムを構成しており、細胞の機能を促進するよう構造化されている。核は遺伝子の完全性を維持し、遺伝子発現の調節により細胞の活動を制御する。すなわち、核は細胞のコントロールセンターである。核を作り上げている主要な構造は核膜と核マトリックスである。核膜は核全体を包む2層の脂質二重膜で、その内容物を細胞質から分離している。核マトリックス (核ラミナもこれに含まれる) は核内部のネットワーク構造で、細胞を支える細胞骨格のように、核構造の機械的支持を行っている。
巨大な分子は核膜を透過できないので、核膜を越える輸送の調節には核膜孔が必要とされる。孔は二重膜を貫通しており、膜輸送体による能動輸送を必要とする巨大分子が通過するためのチャネルとなっている一方、低分子やイオンは自由に移動する。タンパク質やRNAなどの巨大分子の孔を通っての移動は、遺伝子発現と染色体の維持の両方のプロセスに必要とされる。核の内部には膜結合性の小区画は存在しないが、その内容物が一様であるわけではなく、特定のタンパク質、RNA分子、染色体の特定の部分から構成される、多数の核内構造体が存在する。最もよく知られているのは核小体で、主にリボソームの組み立てに関与している。リボソームは核小体で合成された後、細胞質へ輸送されてmRNAの翻訳を行う。
核は最初に発見された細胞小器官である。現存する最古の描画はおそらく、初期の顕微鏡学者であったアントニ・ファン・レーウェンフック (1632–1723) によるものである。彼はサケの赤血球細胞の中に "lumen" を観察した[1]。哺乳類とは異なり、他の脊椎動物の赤血球は核を持っている。
また、核はオーストリアの植物画家フランツ・バウアーによって1802年[2]または1804年[3]に記載された。イギリスの植物学者ロバート・ブラウン(Robert Brown、1773年12月21日 - 1858年6月10日)により1831年に再発見され、ロンドン・リンネ協会で発表された。ブラウンは顕微鏡下でランの研究をしている際、花の外層の細胞に不透明な領域を発見し、それを"areola"または"nucleus"と名付けた[4]。
ブラウンはその領域の機能については示唆しなかったが、1838年にマティアス・ヤーコプ・シュライデンは、核が細胞を生成する役割を持つと提唱し、"cytoblast"という名称を導入した。彼は、新しい細胞が"cytoblast"の周辺に集まっているのを観察したと信じていた。フランツ・ユリウス・フェルディナント・マイエンはこの見方の強固な反対者で、細胞が分裂によって増殖することをすでに記述しており、多くの細胞は核を持たないと信じていた。"cytoblast"か何かによって細胞が「新たに」生じるという考えは、「全ての細胞は細胞から生じる」("Omnis cellula e cellula") という新たなパラダイムを決定的に広めた、ロベルト・レーマク (1852) とルドルフ・ルートヴィヒ・カール・フィルヒョウ (1855) の業績とも矛盾していた。核の機能は依然不明なままであった[5]。
1877年から1878年の間に、オスカー・ヘルトヴィヒはウニの卵の孵化に関するいくつかの研究を発表し、精子の核が卵母細胞に進入し、その核と融合することを示した。これは、個体が1個の有核細胞から発生することを初めて示唆したものであった。またこれは、種の系統発生は胚の発生中に完全に反復され、原始的な粘液体 ("Urschleim") の構造化されていない塊 ("monerula") から最初の有核細胞が発生する、としていたエルンスト・ヘッケルの理論と矛盾するものであった。しかし、ヘルトヴィヒは両生類や軟体動物など、他の動物群を用いて自身の観察を確証した。エドゥアルト・シュトラスブルガーは、1884年に植物でも同じ結果を得た。ここから、遺伝における重要な役割を核へ割り当てる道が開かれた。1873年にアウグスト・ヴァイスマンは、遺伝に関しては母系と父系の生殖細胞が等価であると予想した。核の遺伝情報の保持機能は、有糸分裂が発見され、メンデルの法則が20世紀の初めに再発見されるまで明らかにされなかった。その後、遺伝の染色体説が発展した[5]。
通常、核は細胞に1つある(例外は後述)。核は動物細胞で最大の細胞小器官である[6]。哺乳類の細胞では、核の直径は約 6 µm であり、細胞の総体積の約10%を占める[7]。核の内部の粘性の液体は核質と呼ばれ、その組成は核外の細胞質基質と類似している[8]。外観は、濃密で球形または不定形の細胞小器官である。ある種の白血球細胞、特に顆粒球では、核には切れ込み (lobation) が入っており、二裂、三裂、または多数に分裂した形で存在する。
また、核内には1つ以上の核小体がある。細胞の他の部分(細胞質)とは、核膜と呼ばれる2層の脂質二重膜によって隔てられており、核と細胞質間で物質輸送が行われるときには、核膜に空いた多くの穴(核膜孔)を通って行われる場合が多い。核内には遺伝情報であるDNAのほか、核タンパク質、RNA(リボ核酸)が含まれており、DNAの遺伝情報は核でRNAに転写される。細胞分裂時には、核内のDNAは凝縮し、染色体と呼ばれる棒状の構造をとり、細胞分裂後の2つの細胞に分かれて移動する。このとき、核の表面は二重の核膜で包まれる。その後、それぞれの細胞では、再び核が形成され、染色体が消失、DNAが核内に広がる。
核内には、糸状に連なったDNA分子が結合蛋白質と複合体を構成しながら散らばっており、クロマチン(chromatin)あるいは染色質と呼ばれる。染色質の名前は、ヘマトキシリン染色などの染色を施した細胞を光学顕微鏡で観察すると、核内が濃く染色されることに由来する。クロマチンは大きく2種類に分けられる。
核膜は、内膜と外膜の2層の脂質二重膜によって構成される。内膜と外膜は互いに平行で 10–50 nm 離れている。核膜は核を完全に包んで細胞質から遺伝物質を分離するとともに、高分子が核質と細胞質の間を自由に拡散することを防ぐ障壁の役割を果たしている[9]。外膜は粗面小胞体の膜と連続しており、粗面小胞体膜と同様にリボソームが点在している[9]。内膜と外膜の間の領域は perinuclear space と呼ばれ、粗面小胞体内腔と連続している。
核膜孔は核膜を通過するチャネルである。複数のタンパク質から構成されており、それらはヌクレオポリンと総称されている。核膜孔はおよそ 125 MDa で、約50 (酵母) から 数百 (脊椎動物) のタンパク質で構成されている[6]。孔の直径は約 100 nm であるが、孔の中心部には調節システムが位置しているため、分子が自由に拡散する間隙は約 9 nm の幅しかない。このサイズ選択性のため、水溶性の低分子は通過できる一方、核酸やタンパク質などの巨大な分子は不適切な出入りが防がれており、核内外への輸送は能動的になされる必要がある。典型的な哺乳類細胞の核膜には約3000から4000の核膜孔があり[10]、内膜と外膜が融合する地点のそれぞれに8回対称のリング状の構造が存在している[11]。そのリングから核質側へは核バスケット (nuclear basket) と呼ばれる構造が突出しており、細胞質側へは一連のフィラメントが伸びている。両方の構造が核輸送タンパク質の結合に関与している[6]。
ほとんどのタンパク質、リボソームのサブユニット、そしていくつかのDNAは、カリオフェリンとして知られる輸送因子ファミリーによって、核膜孔複合体を通って輸送される。核内への移動を媒介するカリオフェリンはインポーチン、核外への移動を媒介するものはエクスポーチンと呼ばれる。ほとんどのカリオフェリンはその積み荷 (cargo) と直接相互作用するが、いくつかのものはアダプタータンパク質を利用する[12]。コルチゾールやアルドステロンのようなステロイドホルモンや、細胞間シグナル伝達に関与する他の脂溶性低分子は細胞膜を通過して細胞質へ拡散するが、そこで核内受容体に結合し核へと輸送される。核内受容体はリガンドが結合時には転写因子として機能し、リガンドがないときには、その多くが遺伝子発現を抑制するヒストン脱アセチル化酵素として機能する[6]。
動物細胞では、2種類の中間径フィラメントのネットワークによって核は機械的に支持されている。核ラミナは核膜の内側にメッシュ状に組織されたネットワークを形成しており、細胞質側は比較的組織されていない。両方のシステムが核膜の機械的支持や、染色体や核膜孔のアンカー部位として機能している[7]。
核ラミナの大部分はラミンタンパク質で構成されている。他の全てのタンパク質と同様、ラミンは細胞質で合成される。その後、核の内部へ輸送され、そこで重合して既存の核ラミナのネットワークに組み込まれる[13][14]。核ラミナは核膜内側のエメリン、細胞質側のネスプリンなどを介して細胞骨格と連結されている[15]。ラミンは核質の内部にも見つかり、核質ヴェール (nucleoplasmic veil) として知られる、蛍光顕微鏡で観察可能な別の構造を形成している[16]。このヴェールの機能は不明だが、核小体からは排除されており、細胞周期の間期に存在する[17]。ラミンの構造体はクロマチンと相互作用しており、これらの構造を破壊するとタンパク質をコードする遺伝子の転写が阻害される[18]。
他の中間径フィラメントの構成要素と同様に、ラミンの単量体はα-ヘリカルドメインを持っており、2分子の単量体が互いに巻きついてコイルドコイルと呼ばれる二量体構造を形成する。そして、2つの二量体が逆平行の配置で並んで結合し、プロトフィラメント (protofilament) と呼ばれる四量体が形成される。さらに8つのプロトフィラメントが並んでねじられ、ロープ状のフィラメントが形成される。これらのフィラメントが動的に重合・脱重合を行い、その競合によってフィラメントの長さが変化する[7]。
フィラメント重合に欠陥が生じるラミン遺伝子の変異は、ラミノパシーとして知られる一群の稀な遺伝子疾患の原因となる。ラミノパシーで最も有名なものはプロジェリアとして知られる疾患ファミリーであり、患者には早期の老化が引き起こされる。老化の表現型を生じさせる生化学的変化の正確なメカニズムは、まだよく理解されていない[19]。
細胞核には、複数の直鎖状のDNA分子の形で細胞の遺伝物質の大部分が含まれており (少数の遺伝子はミトコンドリアと、植物では葉緑体にも存在している)、DNA分子は染色体と呼ばれる構造に組織化される。ヒトの各細胞は大雑把に見積もって約 2 m のDNAを含んでいる。細胞周期のほとんどの期間、これらはクロマチンとして知られるDNA-タンパク質複合体に組織されている。細胞分裂の間クロマチンは、核型の図で馴染み深い、染色体を形成しているのが観察される。
クロマチンには2つのタイプが存在する。ユークロマチンはDNAが比較的コンパクトに納まっていない形態で、高頻度で発現している遺伝子を含んでいる[20]。他のタイプであるヘテロクロマチンはよりコンパクトな形態で、低頻度で転写されるDNAが含まれる。ヘテロクロマチンはさらに、特定の細胞種または特定の発生ステージでのみヘテロクロマチンとして組織化される条件的ヘテロクロマチン (facultative heterochromatin) と、テロメアやセントロメアのような染色体の構造的要素からなる構成的ヘテロクロマチン (constitutive heterochromatin) とに分類される[21]。間期を通じて、クロマチンは染色体テリトリー (chromosome territory) と呼ばれる個別のパッチ状の組織となっている[22][23]。一般的に染色体のユークロマチン領域に見つかる活性型の遺伝子は、染色体テリトリーの境界に位置する傾向がある[24]。
特定のタイプのクロマチン組織、特にヌクレオソームに対する抗体は、全身性エリテマトーデスのような多くの自己免疫疾患と関連している[25]。これらは抗核抗体として知られており、多発性硬化症の患者でも、その病態とは関連しないものの、一般的な免疫不全の一部として高頻度で観察される[26]。
核小体は、濃密に染色される構造体として核内に存在している。核小体は膜に囲まれておらず、サブオルガネラ (suborganelle) と呼ばれることもある。リボソームRNA (rRNA) をコードするDNA (rDNA) のタンデムリピートの周囲に形成される。これらの領域は核小体形成域 (nucleolus organizer region) と呼ばれる。核小体の主な役割はrRNAの合成とリボソームの組み立てである。核小体の構造的凝集はその活性に依存している。核小体でのリボソームの組み立てが核小体構成要素の一時的な結合をもたらし、それによってさらにリボソームの組み立てが促進され、さらに結合が行われる。このモデルは、rDNAの不活性化によって核小体構造が混合するという観察によって支持されている[27]。
リボソームの組み立ての最初のステップでは、RNAポリメラーゼIと呼ばれるタンパク質がrDNAを転写し、大きなpre-rRNA前駆体が形成される。そして、5.8S、18S、28S rRNAのサブユニットへ切断される[28]。転写と転写後プロセシング、そしてrRNAの組み立ては、核小体低分子RNA (snoRNA) の助けによって行われる。そのいくつかは、リボソームの機能に関連する遺伝子をコードするmRNAからスプライシングされたイントロンに由来する。組み立てられたリボソームのサブユニットは核膜孔を通過する最も大きな構造である[6]。
電子顕微鏡による観察では、核小体は3つの判別可能な領域から構成されていることが観察される。最も内側の fibrillar center (FC)、それを取り囲む濃密な dense fibrillar component (DFC)、外側の境界部の granular component (GC) である。rDNAの転写はFCまたはFC-DFC境界で起こり、そのため、細胞でrRNAの転写が増加すると、より多くのFCが検出されるようになる。rRNAの切断と修飾の大部分はDFCで行われ、リボソームサブユニットへのタンパク質の組み込みを伴う後半のステップはGCで行われる[28]。
核小体以外にも、核には膜で区切られていない構造体が多数含まれている。カハール体 (Cajal body)、GEMs (Gemini of coiled bodies)、PIKA (polymorphic interphase karyosomal association)、PML体 (promyelocytic leukaemia body)、パラスペックル (paraspeckle)、核スペックル (speckle, splicing speckle) などの構造体が知られている。これらの構造体の機能はあまり解明されていないが、核質が一様な混合物ではなく、むしろ組織化された機能的なサブドメインを含むものであることを示している[32]。
他の核内構造体は、疾患の異常なプロセスの一部として出現する。例えば、ネマリンミオパチーのいくつかの症例では、核内に小さな桿状の構造体の存在が報告されている。これは典型的にはアクチンの変異によるものであり、桿状構造は変異体アクチンやの細胞骨格タンパク質から構成されている[34]。
典型的な核には、カハール体 (カハール小体、カハールボディ、Cajal body) またはコイル体 (coiled body) と呼ばれる1個から10個のコンパクトな構造が存在し、その直径は生物種や細胞種によって異なるが 0.2 µm から 2.0 µm 程度である[29]。電子顕微鏡下での観察では、糸が絡まった球のような形状をしており[31]、濃密な中心部 (foci) にはタンパク質コイリンが分布している[35]。カハール体はRNAのプロセシングに関する多数の異なる役割に関与しており、特に、核小体低分子RNA (snoRNA) や核内低分子RNA (snRNA) の成熟や、ヒストンのmRNAの修飾などに関与している[29]。
カハール体に類似した構造として、Gem (Gem小体、Gems、Gemini of coiled bodies、Gemini of Cajal bodies) がある。その名前はふたご座 (Gemini) に由来し、カハール体との緊密な関係を表している。Gemはカハール体と似た大きさと形状であり、実際、顕微鏡下で視覚的に区別することはできない[35]。カハール体とは異なり、Gemは核内低分子リボヌクレオタンパク質(snRNP) を含まないが、snRNPの生合成に関連した機能を持つSMNタンパク質 (survival of motor neuron) を含んでいる[36]。 電子顕微鏡による微細構造の解析によって、Gemとカハール体との差異はコイリンにあることが示された。すなわち、カハール体はSMNとコイリンを含んでおり、GemはSMNを含むがコイリンを含まない[37]。
PIKA (polymorphic interphase karyosomal association) またはRAFAドメインは、1991年の顕微鏡研究で初めて記載された。その機能は未だ明らかではないが、DNA複製、転写、そしてRNAのプロセシングには関与していないと考えられている[38]。snRNAの転写を促進する転写因子PTFの濃密な局在によって定義される別のドメインとしばしば相互作用していることが判明している[39]。
PML体 (PML小体、PMLボディ、promyelocytic leukemia body) は核質中に分散して存在する球形の構造体で、大きさは約 0.1–1.0 µm である。他の名称が多く付けられており、nuclear domain 10 (ND10)、Kremer body、PML oncogenic domain などとも呼ばれる。PML体の名称は、主要な構成要素であるPMLタンパク質 (promyelocytic leukemia protein) に由来する。核内でカハール体や cleavage body と関連して存在しているのがしばしば観察される[32]。PML体は、核内のはっきりしない超構造である核マトリックスに属しており、DNA複製、転写、エピジェネティックなサイレンシングなど、多くの核の機能のアンカーとなって調節を行っていると提唱されている[40]。PMLタンパク質はこのドメインを組織する主要な因子であり、リクルートされるタンパク質の数は増え続けているが、報告されている機能に唯一共通するものはSUMO化である。しかし、PML遺伝子が欠失し核内構造体が形成されないマウスも発生は正常であるため、PML体はほとんどの基礎的な生物学的機能には必要ないことが示されている[40]。
核スペックル (スペックル、スプライシングスペックル、speckle) は、pre-mRNAスプライシング因子に富む核内構造体で、哺乳類細胞の核質のクロマチン間領域 (interchromatin region) に位置している。蛍光顕微鏡のレベルでは不定形の点状構造で大きさや形も様々であるが、電子顕微鏡ではクロマチン間顆粒 (interchromatin granule) のクラスターとして観察される。核スペックルは動的な構造で、タンパク質やRNA-タンパク質複合体の構成要素は絶えずスペックル間や、転写の活性部位を含む、核の他の領域を循環している。核スペックルの構成要素、構造、挙動についての研究からは、核の機能的区画化と、遺伝子発現装置、スプライシングsnRNP、他のpre-mRNAスプライシングに必要なタンパク質の組織化に関与しているというモデルが立てられている[41][42][43][44]。細胞が必要とするものの変化によって、これらの構造体の構成要素や位置も、mRNAの転写や特定のタンパク質のリン酸化による調節を通じて変化する[45]。核スペックルは上に挙げた名称の他にも、splicing factor compartment (SF compartment)、interchromatin granule cluster (IGC)、B snurposomes などとして知られる[46]。B snurposome は両生類の卵母細胞の核や、キイロショウジョウバエの胚で観察されている。両生類の核の電子顕微鏡像からは、B snurposome は単独で存在するか、カハール体に付着しているように見える[47]。IGC はスプライシング因子の貯蔵部位として機能している[48]。
Foxらによって2002年に発見されたパラスペックル (paraspeckle) は、核のクロマチン間領域の不定形の区画である[49]。最初に報告されたのはHeLa細胞においてであり、その核には一般的に10個から30個存在するとされた[50]。現在では、全ての初代培養細胞、形質転換細胞株、組織切片に存在することが知られている[51]。その名称は核での分布に由来するもので、"para"は"parallel"の略、"speckle"は常に近接して存在する核スペックルを指している[50]。
パラスペックルは動的な構造で、細胞の代謝活性の変化に反応して変化する。転写に依存的で[49]、RNAポリメラーゼIIによる転写がないときにはパラスペックルは消失し、全ての関連するタンパク質の構成要素 (PSP1、p54nrb、PSP2、CFI(m)68、PSF) は核小体で三日月型のキャップ構造 (perinucleolar cap) を形成する。この現象は細胞周期中でも確認されている。パラスペックルは間期を通じて存在し、有糸分裂中も終期を除いて存在する。2つの娘細胞の核が形成される終期にはRNAポリメラーゼIIによる転写が行われないため、タンパク質構成要素は代わりに perinucleolar cap を形成する[51]。
Perichromatin fibril (クロマチン周囲の線維状の構造物) は、電子顕微鏡下でのみ観察可能である。転写が活発なクロマチンに隣接して位置し、pre-mRNAのプロセシングが活発に行われている場所であるという仮説が立てられている[48]。
クラストソーム (clastosome) は小さな構造体で (0.2–0.5 µm)、構造体周縁部のカプセルのために厚いリング状に観察される[30]。その名称はギリシャ語の klastos (壊れた) と soma (体) に由来する[30]。クラストソームは典型的には通常の細胞に存在せず、検出することは難しい。核内部のタンパク質分解活性が高いときに形成され、活性が低下するか、細胞がプロテアソーム阻害剤によって処理されると分解される[30][52]。クラストソームが細胞にわずかしか存在しないということは、それがプロテアソームの機能に必須なわけではないことを示している[53]。浸透圧ストレスも、クラストソームの形成を引き起こすことが示されている[54]。この核内構造体は、プロテアソームの触媒サブユニットと調節サブユニット、そしてその基質を含んでおり、タンパク質分解部位であることが示唆される[53]。
核は、細胞質での翻訳部位から隔離された、遺伝子の転写のための場所を提供し、原核生物にはないレベルでの遺伝子調節を可能にしている。核の主要な機能は遺伝子発現の制御と細胞周期中のDNA複製の媒介である。核膜によって完全に包まれたその内部には、細胞の遺伝物質の大部分が含まれている。この物質はDNA分子で構成されており、さまざまなタンパク質とともに染色体を形成している。
核膜によって、核はその内容物を制御し、細胞質部分から隔離されている。このことは、核膜の両側でのプロセスの制御に重要である。細胞質でのプロセスの制限の必要がある場合、ほとんどの場合主要な関与因子は核へ除去され、そこで転写因子と相互作用し関連する酵素の生産がダウンレギュレーションされる。この調節メカニズムは、エネルギー産生のためにグルコースを分解する経路である、解糖系でも行われている。ヘキソキナーゼは解糖系の最初のステップを担う酵素であり、グルコースからグルコース-6-リン酸を形成する。グルコース-6-リン酸から合成される分子であるフルクトース-6-リン酸が高濃度で存在すると、調節タンパク質によってヘキソキナーゼは核へ除去され[55]、そこで核のタンパク質と転写抑制複合体を形成して解糖系に関与する遺伝子の発現を低下させる[56]。
遺伝子発現を調節するいくつかの転写因子はDNAから分離され、他のシグナル伝達経路によって活性化されない限りそれらが物理的にDNAにアクセスすることがないようになっている。これによって、不適切な遺伝子発現が防がれている。例えば、ほとんどの炎症反応に関与するNF-κBによって制御される遺伝子の場合、シグナリング分子TNF-αによるシグナル伝達経路が開始され転写が誘導される。TNF-αが細胞膜の受容体に結合するとシグナリングタンパク質は膜へリクルートされ、最終的にNF-κBが活性化される。NF-κBの核局在化シグナルによって核膜孔を通って核へ輸送され、標的遺伝子の転写が促進される[7]。
また、区画化によって、スプライシングされていないmRNAの翻訳が防がれている[57]。真核生物のmRNAはイントロンを含んでおり、機能的なタンパク質への翻訳にはイントロンの除去が必要である。スプライシングは、リボソームがmRNAにアクセスする前に核内で行われる。核がなければ、リボソームは転写されたばかりの (プロセシングされていない) mRNAを翻訳してしまい、欠陥があるか機能しないタンパク質が合成されてしまうと考えられる。
遺伝子発現はまず転写を伴い、DNAがRNAを合成するための鋳型として用いられる。タンパク質をコードする遺伝子の場合、このプロセスで合成されるRNAはmRNAであり、タンパク質を合成するには、その後リボソームによってmRNAが翻訳される必要がある。リボソームは核の外部に位置しているため、合成されたmRNAは核外へ輸送されなければならない[58]。
核は転写が行われる部位であり、転写に直接関与したり転写過程の調節に関与したりするさまざまな種類のタンパク質が含まれている。これらには、二本鎖DNAをほどいてアクセスを促進するヘリカーゼ、DNAのプロモーター領域に結合してRNA分子を合成するRNAポリメラーゼ、DNAのスーパーコイル構造を変化させてDNAの巻き戻しなどを助けるトポイソメラーゼ、発現を調節するさまざまな種類の転写因子などが含まれる[59]。
新しく合成されたmRNA分子は、一次転写産物またはpre-mRNAとして知られている。それらは、細胞質へ輸送される前に核内で転写後修飾を受けなければならず、これらの修飾を受けずに細胞質へ移動したmRNAは、タンパク質への翻訳よりも分解が行われる。行われる修飾は、5'キャッピング、3'ポリアデニル化、そしてRNAスプライシングである。核内では、pre-mRNAは hnRNP (heterogeneous nuclear ribonucleoprotein) として知られる複合体中の様々なタンパク質と相互作用している。5'キャップの付加は転写と同時に起こり、転写後修飾の最初のステップである。3'のポリ(A)テールは、転写が完了した後に付加される。
RNAスプライシングはスプライソソームと呼ばれる複合体によって行われ、イントロン、もしくはタンパク質をコードしていない領域がpre-mRNAから除去され、残ったエクソンが1本の連続的なRNA分子として再形成される。このプロセスは通常、5'キャッピングと3'ポリアデニル化の後に起こるが、多数のエクソンからなる転写産物の場合は転写が完了する前に開始される[6]。抗体をコードするものをはじめとして、多くのpre-mRNAが複数通りにスプライシングされ、異なるタンパク質配列をコードする成熟RNAが作り出される。このプロセスはオルタナティブスプライシングとして知られ、限られた量のDNAから多様なタンパク質を作り出すことが可能となっている。
巨大分子の核への出入りは、核膜孔複合体によって緊密に制御されている。低分子は調節を受けずに核へ入ることができるが[60]、RNAやタンパク質のような高分子は、核へ入るにはインポーチン、核から出るにはエクスポーチンと呼ばれるカリオフェリンとの相互作用を必要とする。細胞質から核へ移行するべき「積み荷」タンパク質には、核局在化シグナルと呼ばれる短いアミノ酸配列があり、そこへインポーチンが結合する。一方、核から細胞質へ輸送されるべきものには核外搬出シグナルがあり、エクスポーチンが結合する。インポーチンとエクスポーチンによる輸送は、GTPを加水分解してエネルギーを放出する酵素、GTPアーゼによって調節されている。核輸送における主要なGTPアーゼはRanであり、核に位置するか細胞質に位置するかに応じて、GTPかGDPのどちらかを結合する。インポーチンはRan-GTPによって積み荷を解離するが、エクスポーチンは積み荷と結合するためにRan-GTPを必要とする[12]。
核内輸送は細胞質でのインポーチンの積み荷への結合に依存し、核膜孔を通って核へ移動する、核内では、Ran-GTPがインポーチンから積み荷を降ろすために働き、インポーチンは核を出て再利用される。核外輸送も同様であり、エクスポーチンはRan-GTPに促進される形で核内の積み荷と結合し、核膜孔を通って外へ出て、細胞質で積み荷を降ろす。
転写後修飾が完了した後の、成熟したmRNAやtRNAの細胞質への移動のためには、特別なタンパク質が存在する。mRNAやtRNAはタンパク質の翻訳で中心的な役割を果たすため、この品質管理メカニズムは重要である。不完全なイントロンの除去や誤ったアミノ酸の組み込みによって誤ったタンパク質が発現されてしまうと、細胞にはネガティブな結果が生じる。そのため、細胞質に到着した修飾が不完全なRNAは、翻訳よりも分解が行われる[6]。
細胞分裂のプロセス、またはアポトーシスの結果 (プログラム細胞死のプロセス) として、核は分解されたり破壊されたりする。これらのイベント中に、核の構造的要素 (核膜や核ラミナ) は分解される。ほとんどの細胞で、核膜の解体は細胞分裂の前期の終わりに起こる。しかし、核の解体は細胞分裂の普遍的な特徴ではなく、すべての細胞で起こるのではない。いくつかの単細胞の真核生物 (酵母など) ではいわゆる "closed mitosis" が起こり、核膜は保持されたままである。closed mitosis では、娘染色体は核の両極に移動し、その後2つに分割される。一方、高等真核生物の細胞では、通常 "open mitosis" が起こり、核膜の崩壊で特徴づけられる。娘染色体は紡錘体の両極に移動し、新たな核がその周辺で再集合する。
細胞周期の特定の時点で、細胞は2つへ分裂する。このプロセスが可能となるためには、新しい娘細胞のそれぞれが遺伝子の完全なセットを持っていなければならず、染色体を複製するだけでなく、それぞれを別々のセットへと分離することが必要とされる。これは、複製された染色体 (姉妹染色分体) が、微小管を介して異なる中心体と結合されているようにすることで行われる。その後、姉妹染色分体は細胞の別々の位置へと引き離される。多くの細胞では、中心体は核の外部、細胞質に位置しており、核膜が存在していると微小管が染色分体へ結合することができない[61]。そのため、細胞周期の初期の段階、前期に始まり前中期の頃までに、核膜は分解される[16]。同様に、CDC2のようなプロテインキナーゼによるラミンのリン酸化で調節されるプロセスで、同じ時期に核ラミナも分解される[62]。細胞周期の終了へ向けて、核膜は再形成され、ほぼ同じ時期に核ラミナもラミンの脱リン酸化によって再集合する[62]。
一方、渦鞭毛藻では、核膜は保持されたままであり、中心体は細胞質に位置している。微小管の centromeric region は核膜に取り込まれ、染色体と接触する (closed mitosis with extranuclear spindle)。他の多くの原生生物 (繊毛虫や胞子虫など) や菌類は、中心体が核内にあるため、細胞分裂中も核膜は解体されない。
アポトーシスは、細胞の構造要素が破壊される制御されたプロセスであり、細胞死が誘導される。アポトーシスに関連した変化は、直接的に核やその内容物に影響を与え、クロマチンは濃縮され、核膜や核ラミナは解体される。ラミンのネットワークの破壊は、カスパーゼと呼ばれるアポトーシスを進行させる特別なプロテアーゼによって制御され、ラミンが切断されることで核の構造的完全性が破壊される。アポトーシスの初期活性のアッセイにおいて、ラミンの切断はカスパーゼ活性の実験的指標として用いられることもある[16]。カスパーゼによって切断されない変異型ラミンを発現する細胞は、アポトーシスに関連した核の変化が見られず、ラミンがアポトーシスによる核の分解を開始する役割を担っていることが示唆される[16]。ラミンの重合の阻害は、アポトーシスの誘導因子となる[63]。
核膜は、DNAウイルスやRNAウイルスが核へ進入するのを防ぐ障壁として機能している。いくつかのウイルスは、自身の複製と組み立てのために核内のタンパク質にアクセスする必要がある。ヘルペスウイルスのようなDNAウイルスは、核内で複製と組み立てを行い、核の内膜からの出芽によって外部へ出る。このプロセスは、内膜の核側のラミナの分解を伴っている[16]。
かつては、一般的に免疫グロブリン、特に自己抗体は核内へ進入することはないと考えられていた。現在では、病的状態 (全身性エリテマトーデスなど) においてはIgGが核に進入するという一連のエビデンスが存在する[64]。
真核生物のほとんどの細胞種は通常、核を1つだけ持っているが、いくつかには核が存在せず、他のものは複数の核を持っている。哺乳類の赤血球の成熟のように正常な発生の結果であることも、細胞分裂時の欠陥から生じている場合もある。
多核細胞は複数の核を持つ細胞である。原生生物のアカンタリアのほとんどの種[65]と菌根菌のいくつかの種[66]は、通常多核である。他の例としては、ジアルジア属の腸管寄生体があり、細胞当たり2つの核を持つ[67]。ヒトでは、骨格筋の筋細胞や破骨細胞などが多核である。また、giant multinucleated cell として知られる、単球とマクロファージが融合した細胞が炎症に伴って生じることがあり[68]、腫瘍形成とも関係している可能性がある[69]。
多くの渦鞭毛藻も2つの核を持つことが知られている[70]。他の多核細胞とは異なり、2つの核はDNAの系統が異なる。1つは渦鞭毛藻のもので、もう1つは共生した珪藻のものである。珪藻由来のミトコンドリアと色素体も機能的なままである。
無核細胞は核を持っておらず、そのため、分裂して娘細胞を生み出すことはできない。最もよく知られた無核細胞は哺乳類の赤血球である。また、被子植物の師管要素も核を持たない。無核細胞は細胞分裂の欠陥からも生じることがあり、一方の娘細胞は無核細胞に、他方は2つの核を持つ細胞となる。
核は真核生物の細胞を定義づける主要な特徴であるので、核の進化的起源は多くの思索の対象となってきた。核の存在を説明するために4つの主要な仮説が提唱されているが、どれもいまだ広範な支持を得るには至っていない[74]。
最初のモデルは「栄養共生モデル」(syntrophic model) として知られるもので、古細菌と細菌の共生関係が核を持つ真核生物細胞を作り出したと提唱する。古細菌ドメイン・細菌ドメインの生物は核を持たない[75]。現代のメタン菌に似た古代の古細菌が、現代の粘液細菌に似た細菌に侵入して生息したことに起源を持ち、最終的に初期の核が形成されたという仮説が立てられている。この理論は、真核生物のミトコンドリアと葉緑体の起源について広く受け入れられている理論 (細胞内共生説) と類似したもので、その理論ではミトコンドリアと葉緑体は原始的な真核生物と好気性細菌との内部共生関係から発展したと考えられている[76]。核が古細菌起源であることは、古細菌と真核生物がヒストンを含む、ある種のタンパク質について似た遺伝子を持つことから支持される。粘液細菌が運動性であり、多細胞の複合体を形成することができ、真核生物と似たキナーゼとGタンパク質を持つことから、真核細胞が細菌起源であることが支持される[77]。
2番目のモデルでは、原始的な真核生物は細菌から、内部共生段階を経ることなく進化したと提唱される。このモデルは現代のプランクトミケス門の細菌の存在に基づいており、それらには原始的な孔を持つ核構造と他の区画化された膜構造が存在する[78]。同様のモデルでは、chronocyte と呼ばれる真核生物に似た細胞が最初に進化し、古細菌と細菌を食作用で取り込んで核と真核細胞が生み出されたという主張がなされている[79]。
最も議論の的となっているモデルは「細胞核ウイルス起源説」として知られ、膜結合性の核や他の真核生物の特徴は原核生物へのウイルスの感染によって生じたと仮定する。これは、直鎖状のDNA、mRNAのキャッピングといった、真核生物とウイルスの間の類似性に基づいている。このモデルの1つのバージョンでは、核は食作用と共に進化し、初期の細胞の「捕食者」が形成されたと示唆されている[80]。他のバージョンでは、真核生物は初期の古細菌へのポックスウイルスの感染によって生じたと提唱しており、これは現代のポックスウイルスと真核生物とのDNAポリメラーゼの類似性に基づいている[81][82]。また、有性生殖の進化という未解決の問題もこの仮説と関連している可能性があると示唆されている[83]。
より近年に提唱された exomembrane hypothesis では、核は単一の祖先細胞に起源を持つとされ、祖先細胞は2つ目の細胞外膜を進化させ、内側の膜が元の細胞を包み込んで核膜となり、リボソームサブユニットのような内部で合成される細胞の構成要素の通り道として複雑な孔構造が進化したと示唆されている[84]。
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