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酸素の運搬などを行う血液細胞 ウィキペディアから
赤血球(せっけっきゅう、英: Red blood cell・Erythrocyte)は、血液細胞の1種であり、酸素を運ぶ役割を持つ。本項目では特に断りのない限り、ヒトの赤血球について解説する。
赤血球は血液細胞の一つで色は赤く[注 1]血液循環によって体中を回り、肺から得た酸素を取り込み、体の隅々の細胞に運び供給する役割を担い、また同様に二酸化炭素の排出も行う。赤血球の内部には鉄を含む赤いタンパク質ヘモグロビンが充満しており、赤血球はヘモグロビンに酸素を取り込む[1]。大きさは直径が7-8µm、厚さが2µm強ほどの両面中央が凹んだ円盤状であり[2]、数は血液1µLあたり成人男性で420-554万個、成人女性で384-488万個程度[注 2][3]で血液の体積のおよそ4-5割程度が赤血球の体積である[4]。標準的な体格の成人であれば全身におよそ3.5-5リットルの血液があるため、体内の赤血球の総数はおよそ20兆個であり、これは全身の細胞数約60兆個[5]の1⁄3である。体内の細胞にくまなく酸素を供給するために膨大な数の赤血球が存在する。骨髄では毎日2000億個弱程度の赤血球が作られている[1]が、その寿命は約120日[6]で、120日の間におよそ20-30万回に渡って体を循環して[注 3]酸素を供給し、古くなると脾臓や肝臓などのマクロファージに捕捉され分解される[7][8]。赤血球は体の隅々の細胞にまで酸素を供給するため、柔らかく非常に変形能力に富み、自分の直径の半分以下の直径の狭い毛細血管にも入り込み通過することができる[9][10]。
赤血球は成熟する最終段階で細胞核やミトコンドリア・リボゾームなどの細胞内器官を遺棄する。酸素の運搬には不要な細胞核や酸素を消費するミトコンドリアを捨て去り、乾燥重量の約9割がヘモグロビンである[8]赤血球はいわばヘモグロビンを閉じ込めた柔軟な袋であり、ヘモグロビンによる酸素運搬に特化した細胞といえる。ミトコンドリアを持たないため、細胞の活動に必要なエネルギーは嫌気性解糖系と呼ばれる酵素によって糖(グルコース)を分解して得る[11]。
赤血球の役割は酸素と二酸化炭素の運搬であり、その構造は表面の赤血球膜と内部の細胞質に分けられるが、赤血球細胞膜を通して酸素と二酸化炭素が交換され、細胞質のヘモグロビンと酵素の働きで酸素と二酸化炭素は輸送される。
通常の細胞が持つ核などの細胞内器官を捨て去っているため、細胞質は水とヘモグロビンで容積のほとんどを占め、それ以外は解糖系やペントースリン酸経路に関わる酵素、炭酸脱水酵素、グルコース、炭酸、Na+, Ca2+, K+, Cl- などのイオンなどわずかであり[12][13]、正常な赤血球の細胞質には顕微鏡観察で目に付く構造はない[14]。
形状は両面中央が凹んだ円盤状であるが、それは同じ体積の球に比べ表面積が30-40%大きく、その大きな表面積のため酸素・二酸化炭素の交換が球状の場合よりも有利であると考えられている。また赤血球は毛細血管では折り曲げられたり変形したりして通過するが、球に比べて両面が凹んだ円盤状だと体積に比べ表面の赤血球細胞膜に余裕があるため、変形のひずみの力に対して細胞膜にかかる力が小さくなると考えられている[12][15]。
成熟した赤血球は、通常の細胞が持つ核やミトコンドリア、リボゾーム、ゴルジ体、小胞体などを捨て去り、酸素の輸送に特化した細胞であるので、細胞の運動能やタンパク質・脂質の合成能を持たず、通常の細胞のようには多くのエネルギーを必要としない(そのために酸素を消費してエネルギーの産出を担うミトコンドリアを捨て去ることができる)。しかし、赤血球でも ATP を用いての陽イオンの輸送や細胞膜やヘモグロビンなどの各タンパク質の維持のために(通常の細胞よりは少ないものの)エネルギーを必要とする。エネルギーはグルコースを分解することで得られるが、グルコースの90%は嫌気性解糖系と呼ばれる多数の酵素による ATP合成経路であるエムデン-マイヤーホフ経路によって消費され ATP を産出する。この ATP は Na+ や K+ などの陽イオンの輸送や膜タンパクのリン酸化、解糖系自身の維持などに使われる。残りのグルコース10%は NADPH を産出するためにペントースリン酸経路を経由することで消費される。NADPH はヘモグロビンなどの各タンパク質が酸化されることを防ぎ、保護する[16][17]。
ヘモグロビンは赤血球細胞質の主要な構成物質であり、肺から全身へ酸素を運搬する役割を担っているタンパク質である。ヘモグロビンはポルフィリン核に鉄を持つ4つのヘムと4つのグロビンからなり[18]、ヘムは中心に1つの鉄原子を持ち、酸素1分子を結合することができるので、ヘモグロビン1分子で4個の酸素分子と結合することができる[19][20]。標準的な体格の成人が持つ赤血球に含まれるヘモグロビンの総量は約750g であり[1]、1gのヘモグロビンは酸素 1.39mL と結合することができる[21]ので、総量としておよそ 1L の酸素と結合することができる。
赤血球の幼若な[注 4]段階である赤芽球には豊富なミトコンドリアやポリリボソームが存在し、それらによって赤芽球は盛んにヘモグロビンの合成を行い、細胞が成熟するにつれて細胞質はヘモグロビンで充填されていくが、赤血球成熟の最終段階でミトコンドリアやポリリボソームが抜け落ち、成熟し完成した赤血球ではもはやヘモグロビンの合成は行われない[22]。
赤芽球のミトコンドリアではヘムの骨格を成すポルフィリン環が作られ、ポルフィリン環に鉄原子が組み込まれてヘムが作られる。一方、mRNA に複数のリボソームが連結したポリリボソームはアミノ酸を組み立ててたんぱく質であるグロビンを作る[23]。
ミトコンドリアが作ったヘムとポリリボソームが作ったグロビンが細胞質内で出会い、ヘモグロビンになる[23]。
成熟した赤血球は骨髄から血管内に移動し、血液循環によって肺から組織・組織から肺を巡る。組織内では細胞の活動により二酸化炭素が発生し血漿や組織液に溶け込んでいるが、細胞膜を通して二酸化炭素は赤血球内に取り込まれる。赤血球内で二酸化炭素 (CO2) と水 (H2O) は炭酸脱水酵素によって重炭酸イオン (HCO−
3) と水素イオン (H+) になり、水素イオンが増加することにより酸性が強くなった赤血球内では、酸素とヘモグロビンが結びついたオキシヘモグロビンから酸素分子が遊離し、細胞膜を通って体細胞に酸素が供給される(ボーア効果)。酸素を放出したヘモグロビンは水素イオンと結びついて赤血球内が極端に酸性に傾くのを防ぐ[24][25]。
血液中の二酸化炭素のほとんどは赤血球内に取り込まれ、二酸化炭素の約70%は赤血球内の炭酸脱水酵素によって重炭酸イオンに変換され、重炭酸イオンの多くはバンド3 (band 3) と呼ばれる赤血球膜を縦貫する膜輸送たんぱく質によって塩素イオンと交換に赤血球外に出され血漿に溶け込んで肺に循環する。二酸化炭素の15-20%は酸素を放出したヘモグロビンに結びつきカルバミノヘモグロビンとして赤血球により肺に運ばれ、約10%はそのまま血漿に溶け込んで肺に循環する[26]。
人の場合だと肺では酸素分圧はほぼ 100mmHg であり二酸化炭素はほとんどないので赤血球の酸素飽和度はほぼ100%になる。酸素を含んだ赤血球は組織に循環するが、組織内の酸素分圧は組織によって違い、一般的な組織内では 40mmHg、活動中の筋肉内では 20mmHg 程度になる[注 5]。酸素分圧の差でも赤血球は酸素を放出するが二酸化炭素が存在せず酸素分圧の差のみであると、赤血球は持っている酸素の内 10-30% 程度しか赤血球外へ放出できない。しかし組織内に二酸化炭素が発生していると二酸化炭素が炭酸に変換されることで pH が低下し、pH の低下によっておきるボーア効果で赤血球は大半の酸素を放出することができるようになる[27](右上図も参照のこと)。
酸素に富み二酸化炭素の少ない肺では、赤血球は逆の行程で重炭酸イオンを二酸化炭素に戻して吐き出し、酸素を取り込む[24]。つまり、二酸化炭素の少ない肺では赤血球内の二酸化炭素が出て行くが、赤血球内の二酸化炭素濃度が下がると炭酸脱水酵素は組織内のときとは逆に水素イオンと重炭酸イオン (HCO−
3) から二酸化炭素 (CO2) と水を生成して、赤血球内の細胞質の pH は上昇する。また赤血球内の重炭酸イオンが減少したことで赤血球外の重炭酸イオンが塩素イオンと交換で取り込まれ、二酸化炭素に変換されて再び放出される。pH が上昇した赤血球内では酸素を取り込みやすくなり、もともと酸素に富んだ肺組織内であるのでヘモグロビンはいっぱいに酸素を取り込む。酸素飽和度が上がった赤血球は、再び末端の組織細胞に酸素を運搬する[28]。
過剰な酸素は細胞を傷つけるが、赤血球に酸素を取り込み末端組織内で酸素を吐き出す過程では二酸化炭素の存在によって酸素が供給されるので、二酸化炭素の濃度が濃い(一般に活動の盛んな細胞ほど二酸化炭素の排出が多い)ほど赤血球が供給する酸素の量が増えてくるので酸素を必要とする細胞に必要とする適量の酸素を供給することができる。この点が液体に酸素を溶かし込んで供給するシステムとの大きな違いである[24]。
ヘモグロビンの酸素親和性の調節では前述のように血液循環で肺と組織を巡る間で H+ の作用(pH の変化)によるボーア効果によって酸素の親和性が変化し赤血球は二酸化炭素の少ない肺では酸素を取り込みやすく、二酸化炭素が発生している組織内では酸素を放出しやすくなる。だが、ヘモグロビンの酸素親和性の調節には pH の変化だけでなく 2,3-BPG(2,3-ビスホスホグリセリン酸あるいは 2,3-DPG 2,3-ジホスホグリセリン酸とも表記する)も関わる。
精製したヘモグロビンは赤血球中のヘモグロビンよりも酸素親和性が高い。赤血球には 2,3-BPG が含まれるが 2,3-BPG はヘモグロビンの酸素親和性を弱める。人が空気の薄い高山に行くと酸素不足状態に陥るが、1日ほどで相当に適応することができる。高地に行き低酸素状態になると数時間ほどで血液中の 2,3-BPG濃度が上昇し酸素親和性が低下する。酸素親和性の低下は肺でよりも組織内での効果が大きく、そのため組織内での酸素放出量を増やすことができる。人では高地適応の例だけではなく、貧血や心不全・呼吸不全などによる低酸素血症でも、2,3-BPG濃度を上昇させて血液の低酸素状態に対してある程度の対応を行うことができる[20]。
胎児の赤血球に含まれるヘモグロビンFは成人のヘモグロビン(ヘモグロビンA)よりも 2,3-BPG に対する結合が弱く、そのため酸素親和性が高い。これは胎盤内で母親側から酸素を受け取らなければならないために、胎児のヘモグロビンは母親のヘモグロビンよりも高い酸素親和性が必要なためである[20]。
赤血球は自分の直径の半分以下の径の微小な毛細血管にも入り込まなければならないので非常に柔軟な変形能力を持ち、また120日間の寿命の間、絶えず循環し繰り返しの変形に耐える安定性が求められる[4]。その赤血球を構成している赤血球細胞膜は、主にリン脂質が隙間なく並んだ層が二重の層を形成している膜脂質二重層と、鎖状のタンパク質が網状に連結され細胞膜を裏打ちして支持している膜骨格、脂質二重層と膜骨格の連結し保持する膜縦貫タンパク質やアンカータンパク、細胞膜を貫通し物質の細胞内外の交換の役割を果たすポンプ・キャリア・チャネルと呼ばれる膜縦貫タンパク質や情報のやり取りのためのレセプター、表面を産毛のように覆い細胞間の情報伝達や、他の細胞との接着・分離にも関係する糖鎖などからなっている[29]。
親水性のリン酸部分の頭部に疎水性である脂肪酸が2本の尾部が付いたのがリン脂質分子である。赤血球の内外は主に水で満たされているのでリン脂質分子は頭部を外側に、水に反発する尾部を内側に厚さが 3.5-5.6nm[30][注 6]程度の厚さの二重層を自発的に作って並ぶ(右の各図で丸い頭に2本足で描かれているのがリン脂質分子で、それが無数に並んでいるのが二重層である)。二重層の両外側は親水性なので膜全体は赤血球内外の環境になじみ、内側には疎水性の脂肪酸が充満しているので細胞の内外をしっかり遮断することができる、単位時間、単位面積あたりに透過する水分子の数は少ない。このリン脂質二重層は電気的に中性で極めて小さな分子、例えば酸素分子や二酸化炭素分子は通すが、極性を持つ水分子は通りにくく、大きな分子やイオンは通ることができない[31][32]。
リン脂質分子同士の結合は緩いので、各リン脂質分子はリン脂質二重層の中を横方向に自由に移動することができ、細胞の変形や細胞分裂などでも2重層構造が破けることはない、さらに血漿中のリン脂質分子が脂質二重層に入り込んだり、逆に血漿中に抜け出ることも可能である。また脂質2重層を貫通している膜縦貫タンパクやレセプターなども膜脂質二重層上を移動することができる(膜骨格にアンカーされているものは膜骨格の自由度の範囲内で動ける)、実際、マウスとヒトの細胞を融合させる実験では細胞膜上の分子は移動しマウス由来の分子とヒト由来の分子が混ざり合うことが確認されている[32][33]。
このリン脂質分子はリン酸の先に付いた分子によりホスファチジルコリン (PC)、スフィンゴミエリン (SM)、ホスファチジルエタノールアミン (PE)、ホスファチジルセリン (PS) などがあり、赤血球の膜脂質二重層では PC が21%、PS と PE が併せて29%、SM が21%、コレステロールが26%、他が数%で構成される[34]。
並んだリン脂質分子の間にコレステロールが入り込むと分子が動ける自由度は低下し、膜は硬くなり柔軟性が弱くなる。膜脂質二重層の多くの部分ではコレステロールは多くはないのでリン脂質分子は比較的自由に動けるが、次に解説する膜脂質ラフト部分ではリン脂質の間に入り込んだコレステロールが非常に多くなる[35][36]。
これらの PC や PS, PE, SM などは二重層の外側(血漿側)と内側(細胞質側)で分布にムラがあり、外側には PC, SM と糖脂質が多く、内側には PE, PS が多く非対称分布を成している。リン脂質分子の膜の表裏間の移動(フリップフロップ)は3種類の酵素が関わっており、flippase は PE、PS を膜の外側(血漿側)から内側(細胞質側)に移動させ、floppase はすべての脂質分子を内側から外側に移動させ、scramblase はすべての分子を両方向に混同する。これらの酵素の働きによって膜内外のリン脂質の非対称分布がなされていると考えられている[33][37]。非対称分布の一つの理由として、主なリン脂質の中で PS は陰性荷電を持ち、細胞質内のタンパク質が持つ陽性荷電と相互作用しやすいことが細胞膜の機能に好都合であるからだと考えられている[38]。
リン脂質二重層膜上には他の部分より少し厚さが厚く少し硬い脂質二重層上を移動することができる領域があり、海に浮かぶ筏に例えられ脂質ラフト (Lipid Raft) と呼ばれている。ラフト部分ではリン脂質は主にスフィンゴミエリン (SM) で構成され、SM分子の間にコレステロール分子が非常に多く入り込んで分子間の結合を強化している。スフィンゴミエリンの脂肪酸部分は PC や PS, PE より長いのでラフトは若干厚さを増し、コレステロールが分子間結合を強化するので硬くなる。ラフトでは SM とコレステロールの他に、膜縦貫タンパクやレセプター、糖脂質なども多く存在している。多くの積荷を積んだ筏のようなイメージでラフトと通称されているが、通常の脂質二重層もラフトも、どちらもリン脂質を主要構成分子にしている点は海上に浮かぶ筏とは違う。ラフトの直径は数十nm 程度で赤血球膜状には多数あり、タンパク質や糖鎖など多種の分子を多く載せているラフトは赤血球の機能に大きく関わっている部分だと考えられている[39][40]。
α鎖スペクトリン (Spectrin) と β鎖スペクトリンが連結した一本の線状のタンパク質が並んで2本絡まった長さ 200nm のひも状のタンパク質(α鎖2本β鎖2本の4量体スペクトリン)が、4.1タンパク (Band4.1) やアクチン (Actin) など[注 7]のタンパク質によって連結され網状になり脂質二重層に接するように存在するのが膜骨格である[29]。スペクトリンは収縮性に富み、伸びきると4量体で 200nm の長さが普段はスプリングのように40nm程度に収縮し、その収縮したスペクトリンが網状に連結された膜骨格はアンキリン (Ankyrin) や4.1タンパクによって膜縦貫タンパク質・バンド3タンパク (Band3) やグリコフォリン (Glycophorin) に結合され脂質二重層にぶら下がるように接している[41]。
この膜骨格は赤血球が狭い毛細血管に入り込むときに変形するとスプリングが伸びたような状態で赤血球の変形に対応し毛細血管をくぐり抜けた後には収縮して赤血球の形を保つ[41]。この脂質二重層の細胞膜を膜骨格が裏打ち補強している構造が赤血球膜の柔軟性と安定性をもたらしている[29]。
赤血球の役割は酸素や二酸化炭素の輸送であり、そのために赤血球膜では酸素 (O2) と二酸化炭素 (CO2)、重炭酸イオン (HCO−
3) の交換が重要であり、また細胞の維持に必要なグルコースや各イオンなどの交換も重要である。
赤血球膜縦貫タンパク質であるバンド3は一つの赤血球に120万個あり赤血球膜縦貫タンパク質では最も多いが、赤血球膜に適度な間隔をおいて存在し、脂質二重層と膜骨格のアンカーの役とともに重炭酸イオンと塩素イオンの交換や一部の有機物の輸送を行っている。グルコースやナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオンなどはその他の赤血球膜縦貫タンパク質によって輸送され、酸素分子や二酸化炭素分子などの電気的に中性で小さな分子は脂質二重層を直接通過する[29][42][43][44]。
物質輸送機関 | 被輸送体 | 輸送方法 |
---|---|---|
脂質二重層 |
酸素 O2、二酸化炭素 CO2 | 受動輸送(単純拡散) |
Na+, K+ ATPaseタンパク質
(adenosine triphosphatase) |
Na+ と K+ | Na+ と K+ の交換を行う能動輸送(対向輸送) |
Ca2+ ATPaseタンパク質
(adenosine triphosphatase) |
Ca2+ | Ca2+ の能動輸送(単輸送) |
バンド3タンパク質
(anion exchange protein) |
HCO− 3, Cl−, ピルビン酸など |
受動輸送(陰イオン交換体) |
バンド4.5タンパク質
(glucose transporter) |
グルコース | 受動輸送(促進拡散) |
アクアポリン
(aquaporin) |
H2O(水) | 選択通過チャネル(選択透過孔) |
上記以外にも多くのトランスポーターやレセプターが赤血球膜にはあることが報告されている[46]。
また、これらの赤血球膜縦貫タンパク質は血液型抗原にも関係している。一例では AB型はバンド3 とバンド4.5タンパクの赤血球膜外構造である糖鎖構造が抗原になっている[47]。
また、物質輸送には関わらないが、赤血球膜上には膜貫通タンパク質であるグリコホリンが100万個[48]ほど存在する。赤血球膜上ではバンド3についで多いタンパク質であるが、グリコホリンの細胞質側は膜骨格に連結されアンカーの役を果たし、赤血球外面に出た部分には大量の糖鎖を有している[49]。糖鎖の先端にはシアル酸があり、シアル酸は COOH基を持つために陰性荷電しているので同じく陰性荷電している赤血球同士や血管内皮細胞との接着を防いだり、同じく陰性荷電している細菌の侵入を防ぐ働きを持っている。
※バンド4.1 や 4.5 などは名称は似ているが、電気泳動分析のバンド番号であり、分子量による命名であって、それぞれは異なるタンパク質である。
造血幹細胞から分化し始めた幼若な血液細胞は盛んに分裂して数を増やしながら少しずつ分化を進めていく。最終的に赤血球に分化・成熟する場合は造血幹細胞、骨髄系幹細胞(骨髄系前駆細胞)、赤芽球・巨核球系前駆細胞、前期赤芽球系前駆細胞 (BFU-E)、後期赤芽球系前駆細胞 (CFU-E)、前赤芽球、好塩基性赤芽球、多染性赤芽球、正染性赤芽球、(網赤血球)、赤血球と成熟していく[50]。
骨髄系幹細胞(骨髄系前駆細胞)、赤芽球・巨核球系前駆細胞、前期赤芽球系前駆細胞 (BFU-E)、後期赤芽球系前駆細胞 (CFU-E) などの前駆細胞の段階では、細胞は非常に活発に細胞分裂して数を増やすが、顕微鏡による形態観察では赤血球系との判別は困難である[51]。
前赤芽球の段階から形態的にも赤血球への分化の方向がはっきりしてくる。赤血球系と判別できるようになった前赤芽球から多染性赤芽球までの細胞も前駆細胞ほど盛んではないが細胞分裂能を持ち、1つの前赤芽球は多染性赤芽球の段階までに3-4回細胞分裂を起して8-16個の細胞に増える[52]。
前赤芽球は直径が 20-25µm で前の段階の前駆細胞より大きくなり、赤血球への分化・成熟の段階で一番大きい細胞であり、顕微鏡観察で赤血球への分化の方向が明らかな最初の段階の細胞であり、核構造は繊細で、細胞質は塩基性[注 8]が強く、リボゾームが多い[51]。
好塩基性赤芽球では大きさは前赤芽球より小さくなり(この後の段階でさらに小さくなり続ける)16-18µm ほどであり、前赤芽球ほどではないが細胞質は塩基性であり、核構造はやや粗くなる[51]。
多染性赤芽球ではヘモグロビンの合成が開始され[53]、ヘモグロビン量が増えるにつれ細胞質の塩基性は弱くなり、細胞はさらに小さくなり、核構造は凝縮しさらに粗くなる。この段階でも弱いながらも細胞分裂能を残している[54]。
正染性赤芽球では細胞分裂能は失われ細胞核は凝縮し細胞質は赤血球に近くなる。直径は 10-15µm でやがて細胞核が脱落して赤血球に成熟する[51]。
これらの幼若な段階の細胞、造血幹細胞、前駆細胞、赤芽球は骨髄にのみ存在する。骨髄にはバリアがあり、幼若な血液細胞は骨髄から出ることができず、脱核して赤血球になって初めて血液中に出ることができるため、通常は末梢血では有核の赤芽球は観察されない。
正染性赤芽球から核が脱したばかりの若い赤血球では、まだリボゾームが残っており、ニューメチレンブルーによる超生体染色を行うとタンパク質と RNA の複合体であるリボソームがその他の細胞内小器官を巻き込みながら網状に凝集し、凝集したリボソームの RNA が青く染まり、顕微鏡観察では網状に見えるので網赤血球と呼ぶ。網赤血球の段階でも 10%-30% ほどのヘモグロビンが合成される。網赤血球は骨髄内に2日ほど留まり、その後血液中に移動して1-2日ほどでリボソームやミトコンドリアが抜け落ちて成熟し完成した赤血球になる[14]。通常、網赤血球は赤血球の 0.5-1.5% 程度であるが、造血が盛んになると若い出来立ての赤血球である網赤血球の割合が増え、骨髄での造血機能が衰えると網赤血球の割合が減る。
赤血球は骨髄で造血幹細胞から作られるが、その分化・成熟には骨髄においてマクロファージが大きく関わっている。骨髄において、赤血球の幼若な段階である赤芽球はマクロファージを中心にその回りを取り囲むように数個から数十個が集団で寄り集まっている。中心に存在するマクロファージは赤芽球に接し、ヘモグロビンの合成に不可欠な鉄や細胞の生育に必要な物質を供給し、成熟をコントロールし、また脱核させた核の処理や、不要になった赤血球細胞の除去にも関与している[14][55]。この、骨髄内においてマクロファージを中心に赤芽球が集まり、赤血球の形成に関わっている細胞集団を赤芽球島もしくは赤芽球小島という[14]。
以上で説明しているのは出生後のヒトの造血であるが、胎児の造血は出生後とは様相が違う。まずは胎生15-18日頃に卵黄嚢において一次造血が始まり胚型赤血球が産出される。胚型赤血球は胎生4週以降血液循環を行って酸素を運搬する。一次造血で産出される胚型赤血球は胎生5-6週頃から始まる二次造血による胎児型赤血球(胎児ヘモグロビン、ヘモグロビンF、HbF)および出生後の成熟赤血球(ヘモグロビンA、ヘモグロビンA2)とは大きく異なる。胎生初期に卵黄嚢で作られる胚型赤血球は胎児型赤血球および成体型赤血球と比べて4-5倍の大きさがあり、成熟しても脱核はせず有核である。形態的には赤芽球に似るが、胚型赤血球のヘモグロビンは胎児型ヘモグロビンとも出生後の赤血球のヘモグロビンとも違うものである[注 9]。この胚型赤血球は胎生10週頃には消滅する。ヒトでは胎生5-6週目辺りから肝臓での造血が始まる。この肝臓で始まる造血で生み出される赤血球は成人の赤血球と同じ造血幹細胞から産出され、同じ大きさ・構造であり、赤血球の細胞核は脱核する。この胎児型赤血球はヘモグロビンこそ主として胎児型ヘモグロビンで成体型とは違うものの出生後の造血に直接繋がるものであってこれを二次造血という。肝臓での造血は3-6ヶ月頃は造血の中心であり、胎生6-7ヶ月で肝臓での造血はピークに達する。また脾臓での造血も加わる。これらの肝臓・脾臓での造血はピークを迎えた後に減少し出生時には終了する。骨髄での造血は胎生4ヶ月頃から始まり徐々にその役割を増していく。6-7ヶ月以降は骨髄が造血の中心となり出生時には唯一の造血器官となる[56]。胎児の赤血球では妊娠のごく初期には胚型ヘモグロビンを含むが、まもなく胎児の赤血球は胎児型ヘモグロビン (HbF) を含むようになる。妊娠期間の大部分では胎児の赤血球のヘモグロビンは胎児型ヘモグロビン (HbF) が大半を占め、成体型ヘモグロビン (HbA) はわずかであるが、出生が近づいていくにつれ成体型ヘモグロビン (HbA) は急激に割合を増していく[57][58]。妊娠中期にはヘモグロビンのほとんどを占めていた HbF は、出生時にはヘモグロビンの60-80%になり[59]、あるいは別の資料では妊娠末期の臍帯血のヘモグロビンでは平均で83%が HbF であるとされるが[58]、出生後には急激に HbA に置き換わっていき、生後6ヶ月では HbF は3%程度まで減り、成人のヘモグロビンでは HbA が97%、HbA2 が2%、HbF は1%以下の割合になる[59]。HbF は HbA より高い酸素親和性を持ち、胎内での低い酸素濃度下での酸素運搬に適している(HbA は酸素濃度の高い環境(肺呼吸)での酸素運搬に適している)[60]。
骨髄では1日あたり2000億個弱の赤血球を生み出すが、骨髄にはこれの3-5倍の赤血球産出能力があり、貧血などで低酸素状態になると赤血球の産出は盛んになる[1]。造血幹細胞から赤血球などの血液細胞の分化・増殖には40種類以上の因子が関わるが、とくに赤血球の増殖にはエリスロポエチン (EPO) が大きく関わる[61]。エリスロポエチンは分子量約34kDa の糖蛋白質であり主に腎臓(一部は肝臓)で産出される[62][63]。貧血や慢性の肺疾患、空気の薄い高地での生活などで慢性の低酸素状態になると腎臓ではエリスロポエチンを盛んに産出するようになる。赤血球の造成の途中の段階である CFU-E(後期赤血球系前駆細胞)は非常にエリスロポエチンの感受性が高くエリスロポエチンを受け取ると細胞分裂能を高め、赤血球の数的増加に結びつく。やがて赤血球の数量が増え、貧血などの低酸素状態が改善されると腎臓ではエリスロポエチンの産出が減少し、したがって骨髄での赤血球産出も落ち着くようになる[63]。しかし慢性腎不全などで腎臓の機能が低下している患者では EPO の産出が減り、貧血になっても赤血球の産出が亢進されず貧血が改善されない[64]。
赤血球は血液中で約120日働くと老化し、老化した赤血球は脾臓でマクロファージに捕捉・貪食され分解される。分解された赤血球の構成材のアミノ酸の多くや鉄は回収され再利用されるが、ヘムの分解代謝物であるビリルビンは胆汁もしくは尿として排出される。
赤血球が老化すると嫌気性解糖系のエネルギー産出が衰え、そのために細胞膜上の Na+, K+ ATPaseタンパク質や Ca2+ ATPaseタンパク質が働かなくなりイオンバランスが崩れるため細胞質は水分が減少し赤血球の変形能も衰えてくる。すると老化赤血球は脾臓や肝臓・骨髄の血管内に張り巡らされている網内系と呼ばれる血管内腔を覆う細網細胞と付随する細網線維による網目構造状の組織につかまるが、そこには老化赤血球を捕捉・貪食するマクロファージが待ち構えている別府正敏、菊川清見「細胞の脂質過酸化と老化」『油化学』第44巻第10号、1995年、738-750頁、doi:10.5650/jos1956.44.738。[65]。
赤血球の細胞膜に存在する膜縦貫タンパク質であるバンド3 は若い赤血球では間隔を空けて存在し、バンド3 から赤血球表面に露出している糖鎖には、それに対応する自然抗体(抗バンド3IgG抗体)が存在するが、この自然抗体はバンド3 の糖鎖が十分な間隔を置いている場合(単独の糖鎖)には親和性が低く結合することができない。しかし、赤血球が老化してくるとヘモグロビンの酸化物(この酸化物は、ヘムに酸素を取り入れたオキシヘモグロビンではない)が増え、ヘモグロビン酸化物はバンド3 の細胞質側に結合する。さらにバンド3に結合したヘモグロビンの酸化物はお互いに架橋し、バンド3 を凝集させる。バンド3 が凝集すると細胞表面の糖鎖も凝集し、凝集した糖鎖は抗バンド3IgG抗体との親和性が高いので抗体が結合することができるようになる。脾臓には抗バンド3IgG抗体に対するレセプターを持つマクロファージが存在し、凝集糖鎖に抗バンド3IgG抗体が結合した老化赤血球はマクロファージに容易に認識・捕捉されるようになる。このような過程で老化した赤血球は取り除かれると考えられている[66][67]。
また、若い赤血球では脂質2重層を構成するリン脂質であるホスファチジルセリン (PS) は2重層では赤血球膜内面・細胞質側に多く存在するが、赤血球が老化し嫌気性解糖系のエネルギー産出が衰えてくるとホスファチジルセリンを膜内面側に移動させていた酵素flippase の働きも衰えホスファチジルセリンは膜表面に多く現れる。この赤血球膜外面側表面に多く現れたホスファチジルセリンもマクロファージによる貪食の標的になると考えられている[66][33][37][68]。
赤血球に関する一般的な項目の基準値[注 10][2]を挙げる。
赤血球の表面には250種以上の表面抗原があるが、A/B型抗原はその代表的な抗原である。赤血球の表面にA抗原があるとA型、B抗原があるとB型、AとB、両方の抗原があるとAB型、両抗原がないとO型とする[70]。逆に血漿中には各抗原に反応する抗体があり、通常A型の血漿中には抗B抗体があり、B型の血漿中には抗A抗体があり、AB型の血漿中には抗A抗体も抗B抗体のどちらもなし、O型の血漿には抗A抗体と抗B抗体両方が存在する[70](血漿中の抗体を調べることで血液型を判定することを裏試験ともいう[70])。
表面抗原に、それぞれ対応する抗体が反応すると赤血球は凝集してしまう。
他の細胞と同様に、赤血球は、水やタンパク質あるいは脂質といった物質から構成されている。一方で一部の微量な栄養素が、赤血球を生成する上で重要な役目を担っているとされる。特に体内で合成することのできない鉄、ビタミンB12、および葉酸は臨床上重要な栄養素とされる。
成人の体内には 3-4g の鉄があるがその2/3はヘモグロビンの構成材として赤血球中にあり、古くなった赤血球は脾臓や肝臓で壊されるが、その際に鉄は回収され、失われるのは1日あたり数mg に過ぎない[71]。しかし、出血などで鉄を多く失うとヘモグロビンの合成に必要な鉄分が不足し、一般的には鉄欠乏性貧血の典型として赤血球は小型であったり低色素型になる[72]。
ビタミンB12 はコバルトを含むビタミンの総称で、ある種のバクテリアしか生産することはできないが、食物連鎖によって動物は十分な量の B12 を体内に持っており、ヒトも肉類、魚類、乳製品などの動物性食品を食することで B12 を取り入れるので普通の状態では体内に数年分の量の B12 を貯えている。B12 は食物ではタンパク質と結び付いているが、胃酸によってタンパク質から遊離し、胃壁から分泌される内因子 (IF) と B12 とが膵液の作用によって結び付くことで B12 は回腸から吸収されるようになる。したがって胃の切除者、萎縮性胃炎での内因子分泌障害(悪性貧血)などで内因子が不足したり、あるいは腸の吸収障害、あるいは極端な菜食主義者などでは数年ののちに B12 は不足する。B12 が不足すると細胞の DNA の合成が障害されて、赤血球系造血では巨赤芽球(その名の通り巨大な赤芽球)が産生され、それは正常な赤血球に分化できないため無効造血となり巨赤芽球性貧血に陥る[73]。
葉酸はレバー、緑黄色野菜、果物などに含まれている水溶性ビタミンであるが、B12 と共に働いて赤血球の成熟に関わる。通常では葉酸は食物から酵素の働きで空腸から吸収され、体内に数か月分の量が貯えられているが、何らかの理由で不足すると B12 の不足と同様に赤血球は DNA の合成が阻害され、正常な成熟ができずに巨赤芽球性貧血になる[74]。
赤血球は外部からの力が掛からずとも、様々な要因で変形することがある。赤血球膜には水分を効率的に輸送する輸送タンパク質アクアポリンがあり、浸透圧の低い、例えば真水に赤血球を入れると赤血球は水を吸収して膨らみ、赤血球膜が膨張の圧力に耐えられなくなると終いには破裂する(溶血)。逆に濃い塩水中などでは赤血球は水分を失う。人の生理食塩水(等張液)は0.9%だが、正常な赤血球は食塩水では濃度0.5%が溶血するかしないかのギリギリの濃度である。0.48-0.5%で溶血し始め、0.4-0.42%で50%が溶血し、0.33-0.35%ですべて溶血する[注 12][75][76]。遺伝性球状赤血球症などのように赤血球膜に異常があり脆弱であると、膨張に耐える力が弱いためにより容易に溶血する[75]。
ウニ状赤血球または金平糖の様な形状の有棘赤血球は解糖系酵素異常症や尿毒症、血清βリポ蛋白欠乏血症、肝機能障害、便秘や下痢など腸の異常時などに現れ[77]、涙滴状の赤血球は骨髄線維症や癌の骨転移で現れる[78]。各種の溶血性疾患などでは粉々にされ破片となった破砕赤血球が見られ[79]、ある種の遺伝性の貧血病では鎌状赤血球が見られる[80]。赤血球が破裂したり、膜異常などで赤血球が壊れることを溶血と言い、大量に溶血すると貧血を招くばかりでなく、赤血球の内部に高濃度に存在していたカリウムが放出され一時的に高カリウム血症になる。元々高カリウム血症の者が大量の溶血を起こすと高カリウム状態が高度になり徐脈や不整脈など心臓の異常が出現し最悪死に到る[注 13][81]。さらにヘモグロビンが分解される過程で生じるビリルビンによって高ビリルビン血症となり黄疸を生じ、特に出生時低体重児では生命の危険を伴うことがある[82]。
赤血球に影響が現れる疾患は無数にあるが、その中で成書において赤血球系の疾患として取り上げられた主なものを記す[83]。
血液の粘稠性(ねばりけ)は、血液中の細胞成分によって規定される。中でも細胞成分の大部分を占める赤血球は、血液の物性を決定する因子として重要である。一般に流体の物性を定量化する学問領域をレオロジーと呼び、血流に関するものは特にヘモレオロジーと称される。この節ではヘモレオロジーのうち、赤血球に関する議論を概説する。
赤血球は生体では血管という管の中を血漿という流体に乗って流れ、その形状と柔軟性で肺や組織内の毛細血管を通過し循環しているが、血漿の浸透圧の低下や赤血球細胞膜の変質、薬剤の影響、各種疾患などで、赤血球形状がコンペイトウ形や球状に変形すると赤血球の変形能が低下して毛細血管を通過しにくくなり、あるいは赤血球が流れにくくなるため血液粘度が上昇し血圧が上昇したり血栓を起こしやすくなったりする[85][86][87]。また逆に浸透圧の上昇や薬剤の影響、各種疾患などで形状が扁平や奇形形状などの形態変化を起こしても赤血球の変形能は低下する[85][86]。
また、赤血球表面はシアル酸で覆われ陰性荷電しているため、赤血球同士は陰性荷電同士が反発し合うので赤血球同士が接着することは通常はない[88]。しかし、血管内の低ずり応力領域内では高分子化合物の影響により血液粘度が上昇し、赤血球がコインを積み重ねたような状態(連銭形成、rouleau formation)になることがある[88][89]。
ずり応力とは流体力学・ストークスの関係式で説明される力で、円筒管内を流れる流体の速度は管壁近傍では遅く、円筒管中央では早く、またその流速度の変化率は管壁に近いほど大きい。このとき生じる速度差によって生じる力がずり応力である[90]。したがって、流れの遅い血管、あるいは血管の中央付近では赤血球に掛かるずり応力は小さくなり、血管壁付近や血流の早い血管内ではずり応力が大きくなる。ずり応力が小さいと赤血球は集合しやすく、しかし、一旦集合した赤血球もずり応力が大きくなると分離する[88][91]。
ストークスの関係式 いま、半径 r、長さ l の円筒管内に圧力差 ΔP で流体を流す。ΔP / l は圧力勾配になる。流れの方向に円筒管に働く外力(管の両端に働く力の差)は、πr2ΔP である。この流れとは逆方向に、円筒管内の流体の側面に対して接線応力が働いている。この力は、単位面積当りの接線応力(ずり応力 τ)と側面の全面積 (2πrl) の積 2πrlτ である。両者の力は釣り合っているので πr2ΔP = 2πrlτ となる。したがって、ずり応力 τ は τ = ΔP / 2l × r と表現される。-引用(『血液のレオロジーと血流』, p. 8-9) |
上記で説明されたようにずり応力 τ は血流が遅いほど、あるいは血管の中心に近いほど小さい。
ずり応力が小さくなると赤血球が集合し連銭形成する機序は正確には分かっていないが、血漿中のトリグリセリド(中性脂肪)、フィブリノーゲン、免疫グロブリン(特に IgM)、その他高分子タンパク質が多いと赤血球は集合しやすい。中でも多発性骨髄腫・原発性マクログロブリン血症などで作られる病的な高分子タンパク質は特に赤血球を集合させることが知られている。また、赤血球の変形能が低下していても集合しやすい[88]。血漿中の高分子が多く赤血球の集合の程度が大きいと、血液の粘度が増し血液の流れが滞ってずり応力が小さくなることもあり、するとさらに赤血球が集合してますます血液粘度が上昇するという悪循環に陥ることがある[88][91]。
血液の粘稠性はその人の健康の指標となるとされ、一般に粘稠性が低く流動性が高いほうが好ましいとされる。このことは2000年頃からマスコミでたびたび取り上げられ、いわゆる血液サラサラとしてブームにもなった。一方でこの分野は研究途上の段階にあり、上述のような異常タンパク質の徴候を除けば、血液サラサラに関する臨床的な意義は明らかになっておらず、日本ヘモレオロジー学会においても共通の見解は未だ得られていない。近年ではこのブームを利用した悪質な業者によって高額な商品を売りつけられるといった事例がいくつか報告されており、国民生活センターは注意を呼びかけている。
わずかな例外(ノトテニア亜目コオリウオ科)を除き、脊椎動物は赤血球を持っている[93]。
哺乳類の成熟した赤血球はヒトの赤血球に似ていて無核[注 16]であり、色は赤くヘモグロビンに富み、丸い円盤状である(ラクダ科のみ楕円の円盤であるが、ラクダ科の赤血球もヒトと同様に無核である[注 17])。ヒトの赤血球と他の哺乳類の赤血球は構造[注 18]やヘモグロビン濃度はほぼ同じで基本的には大きさと寿命が違うのみである[94]。マウスの赤血球はヒトの赤血球の半分程度の大きさであるが、代わりに血液 1µL あたりの赤血球数はおよそ2倍である。哺乳類のなかではヒトの赤血球は比較的大きく、ほとんどの哺乳類では赤血球はヒトのものより小さめであるが、赤血球が小さいものほど代わりに赤血球の数は多く赤血球容積率はどの哺乳類でも35-50%前後とあまり変わらない[95][96]。ゾウの赤血球(直径 9-10µm[94])はヒトの赤血球 (7-8µm) より大きいが、ヒトより体の大きいウシやウマの赤血球はマウスの赤血球と大きさはあまり変わらなく数は多く、ヤギの赤血球ではヒトの赤血球の1/5程度の体積しかないなど動物種によって様々である[95][97]。哺乳類の赤血球の寿命はマウスの20-30日からネコの68日、ヤギの125日、ウマの140-150日と広範であるが、どちらかというと体の大きい者の赤血球は寿命が長い傾向がある[98]。
哺乳類以外の脊椎動物(鳥類、爬虫類、魚類、両生類)の赤血球は楕円で有核であるが、その細胞質はやはりヘモグロビンで充満し色は赤い[99]。
鳥類の赤血球はヒトの赤血球よりやや大きく[注 19]、細胞も核も楕円であるがその形状は滑らかであり、数はやや少ないが大きな差はない。鳥類の赤血球のヘモグロビン濃度は濃く、また赤血球容積率も35-55%と鳥類の赤血球は形と核の有無以外は哺乳類と大差はない[100]。ただし、鳥類のヘモグロビンは哺乳類のものとグロビンの構造が異なり、酸素解離曲線が哺乳類より右方変異しており筋肉などの組織内で酸素を遊離しやすくなっている。鳥類の赤血球の寿命は短く1か月前後である[100]。鳥類の赤血球造血もエリスロポエチンに反応し[100]、その成熟過程は核が脱核しないこと以外はヒトの赤血球の成熟過程に似ている[92]。
魚類の赤血球もヒトのものより数は少なくやや大きい。両生類の赤血球はとても大きく数は少ない。爬虫類は両生類と鳥類の間にある[101][102]爬虫類、両生類、魚類の赤血球も細胞質にはヘモグロビンがあり赤いが、哺乳類や鳥類に比べて両生類と魚類の赤血球細胞質のヘモグロビン濃度は薄く MCHC はコイで 20.5g/dL、カエルで 26-28g/dL 程度であり[93]、また爬虫類や両生類、魚類の赤血球細胞核はいびつなことが多い[92]。
造血の場は哺乳類と鳥類では主に骨髄、魚類では主に腎臓、両生類では脾臓である。爬虫類は種によってさまざまである[93][103]。
無脊椎動物ではある程度の体の大きさを持っているものは白血球に相当する細胞を持っているが、赤血球を持っているものは極めて少なく例外的な存在とも言える[注 20]。その赤血球を持つ例外的な無脊椎動物はアカガイやシャミセンガイ、ホウキムシ、ホシムシなどすべて海棲であり、特に種類が多い昆虫類を含め陸上の無脊椎動物には赤血球を持つものはいない[92][104]。その無脊椎動物の赤血球は脊椎動物の赤血球とはずいぶん異なる面が多く、その一つの特徴は核の他に何らかの顆粒が細胞質にあることであり、またそれ以外にも種によっては以下のような特徴がある[104]。
ホシムシ類の赤血球にはヘムエリスリン、それ以外にはヘモグロビン[注 21]が存在する[104]。
これらのわずかな例外を除くほとんどの無脊椎動物は赤血球を持たない。無脊椎動物の多数を占める赤血球を持たない者の血液ではヘモグロビン、エリスロクルオリン、ヘムエリスリンやヘモシアニンなどの血色素が直接血漿に溶け込んで循環し酸素供給している。血が赤くない軟体類や節足動物などの動物の多くではヘモグロビンではなく銅を用いたヘモシアニンで酸素を運ぶため血液は青みがかかっている[93][102][105]。
このように様々な動物が赤血球を持ち無脊椎動物の中にも赤血球を持つものがおよそ100種類程度いるが、無脊椎動物の赤血球は種によって様々であり、いずれの赤血球も脊椎動物の赤血球とは異なる点が多い。無脊椎動物の赤血球は同時に白血球としての機能を持つものが多く、その細胞質でも血色素は顆粒内にある。赤血球を持つ無脊椎動物は様々な門に点々と分かれて存在し、例えば同じ二枚貝の仲間でも赤貝は赤血球を持ち他の二枚貝の多くは赤血球を持っていないなどであり[106]、さらに無脊椎動物の中で進化の上では脊椎動物に近いホヤ類には赤血球を持つものはおらず[107]、またホヤ類に次いで脊椎動物に近い棘皮動物にも赤血球を持つものはほとんどいない[106]。これに比べて脊椎動物の赤血球には白血球の機能はなく細胞質には均質にヘモグロビンが満ちている[105]。これらのことなどから脊椎動物の赤血球と無脊椎動物の赤血球には進化の上での繋がりのある可能性は低いと考えられている[106]。
無脊椎動物の血色素は様々であるが、脊椎動物の血色素は皆ヘモグロビンであり、脊椎動物で最も原始的な無顎類の造血は発生学的には卵黄嚢に近い腸管粘膜下で行われ、どの脊椎動物でも受精卵から発生したばかりでは卵黄嚢で造血が行われその後に造血の場を変えていくので、脊椎動物の赤血球は脊椎動物の登場と共に現れ進化してより洗練されて行ったのだという可能性がある。最も進化した哺乳類において、赤血球も酸素運搬には不要な核を捨てて酸素輸送に特化するなどさらに進化をした可能性があり[106]、酸素運搬の観点からは哺乳類の赤血球が最も進化し、比較的下等なものほど酸素運搬には非効率的なものが多いので進化が遅れていると思われるが、それ以上の赤血球の進化については確実なことは分かっていない。
赤血球の発見は顕微鏡の発明によってもたらされた。古代から凸レンズを使えば物を拡大して見られることは知られていたが、1590年代にヤンセン父子によって二枚のレンズを使った現代の顕微鏡の祖となる最初の複式顕微鏡が発明された[注 22]。しかし、この17世紀中の複式顕微鏡は収差が大きく性能が低く、17世紀中はレンズが一枚の単式顕微鏡が性能を上げ大きな成果を上げていた[108]。
1658年、オランダのスワンメルダムはその単式顕微鏡でカエルの赤血球を初めて観察し、さらに1660年にマルピーギが毛細血管の血球の循環を観察した[108]。これらの観察はラフなものであったが[注 23]、1674年レーヴェンフックは単レンズの単式顕微鏡としては最高度の性能の顕微鏡[注 24]を自作し、ヒトの赤血球を観察して大きさが 8.5µm の円盤状であると報告している[注 25][108]。またレーヴェンフックは、哺乳類の赤血球は円盤状であるが哺乳類以外の動物の赤血球は卵型であることも発見している[109]。
その後、1747年にメンギニが赤血球は鉄を含むことを磁石を用いて発見し、1774年プリーストリーは赤血球が酸素に反応することを観察し、1780年ラヴォアジエとラプラスは赤血球が酸素を運搬することを明らかにしている[110]。
1825年ライヘルトによって結晶化に成功したヘモグロビンは、1865年 ホッペ=ザイラーによって研究されている[110]。ABO型の血液型は1900年に ラントシュタイナーによって発見されたが、当初ラントシュタイナーは A, B, C の3型に分類し1901年の発表論文では A, B, O の3分類、1902年に共同研究者らと現在の A, B, O, AB型に分類し直している[111][112]。1904年デンマークの ボーアは赤血球の酸素の結合と遊離と二酸化炭素の関係を調べて酸素解離曲線を示し、二酸化炭素の存在によって赤血球のヘモグロビンと酸素の結合し易さが変化することを発見した(ボーア効果)[113]。
1933年ロートンらが赤血球内に炭酸脱水酵素を発見し[114]、1948年 サンガーとポーターはヘモグロビンの構造研究の開始し、1961年ペルーツはヘモグロビンの立体構造を解析した[115]。
1967年チャヌタンは赤血球に含まれる DPG(2,3-ビスホスホグリセリン酸)の量の変化によっても酸素解離曲線が移動することを発見した[116]。
赤血球を真水に入れると溶血し細胞膜が得られるので、細胞膜の存在自体は早くから知られていたが、当初は赤血球細胞膜については何も理解されていなかった。1935年ダブソンらは細胞膜のリン脂質二重層構造を提唱し、1966年シンガーとニコルソンによって現在の知られている膜構造の流動モザイクモデルの基本モデルが提案されるようになった。さらに1970年代以降電子顕微鏡の発達で赤血球膜の微細構造は次々に明らかになっている[117]。
大怪我などで大量に出血すると人は生命の危険があり、緊急に輸血を行わないとならないが、血液はいつどこでも十分な量を確保できるとは限らない。そのため、救急用に人工赤血球の開発の必要は昔から指摘されていた。古くは欧米にてヘモグロビンを加工したものを血液に流せないか研究が進められていたが、剥き出しのヘモグロビンの毒性[注 26]を除去することは困難であり、1製品が南アフリカで承認されたものの安全性と有用性に疑問が持たれ主要国では実用化の目途は立っていない。そのため、現在ではヘモグロビンを内包した小胞体の開発が行われている[118][119][120]。
リン脂質分子は自発的に二重層、あるいはリポソーム、ミセルの形状に並ぶので、リポソームの内側にヘモグロビンを封入すれば酸素運搬能力を持たせることができ、またヘモグロビンの毒性も閉じ込めることができる[119][120]。
2010年現在では赤血球の数十分の一の大きさ(直径数百ナノメートル程度)のリポソーム内に(輸血に使用されなかった廃棄血液から抽出した)ヘモグロビンを封入したヘモグロビン小胞体が動物実験で短期的には効果を認められるところまで開発が進んでいる[119][121]。
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