著名なベジタリアンの一覧(ちょめいなベジタリアンのいちらん)は、世界の著名なベジタリアン(菜食主義者)の一覧である。ただし、必ずしも国際ベジタリアン連合が定義するベジタリアンではない例もある。
肉などの動物性食品をあまり食べない例や、一時的にベジタリアン生活を送る場合、肉嫌い、肉より野菜好き、週末のみ菜食、魚を食べる等の、ベジタリアンではない例でも、誤情報を鵜呑みにしてしまいベジタリアンと主張する者や自称する者、それに同意する者がいる。また菜食推進サイトの事実誤認が多数あるなどして、本人はベジタリアンと考えていない場合でもベジタリアンとして広まる例もある。
日本
- 秋田昌美 : 音楽家
- 著書に『わたしの菜食生活』[7]がある。
- 肉を一切食べず、革製品も身につけないヴィーガンである。酒や煙草を摂取しない厳格なストレート・エッジでもある。
- また愛鳥家でもあり、自宅で多くの鳥を飼い、作品名にも『バリケン』とつける一方、作品のインサートにケンタッキー・フライドチキンを批判する内容のチラシを入れるといった面もある。捕鯨にも反対を表明している。
- イルカ(神部としえ) : フォークシンガー
- 公式サイトにおける投稿[8]、サンデー毎日における阿木耀子との対談でも、自らがベジタリアンである旨の発言をしている[9]。
- UA : シンガーソングライター
- アルバム『Cure Jazz』のライナーノーツでの菊地成孔のコメントに「肉を食べない」との記述がある。詳細は不明である。
- サンプラザ中野くん : ミュージシャン
- 健康上の理由で1990年代から食べる肉の量を段々減らし、2006年からはヴィーガンを目指している[10]。
- Shing02 : ミュージシャン
- 基本的にベジタリアンで飲酒、喫煙もしない。
- 田中みな実 : 俳優
- 2015年頃より、 塊の肉や焼き肉を食べていない準菜食主義[11]
- 谷口雅春 : 宗教家
- 著書『心と食物と人相と』でヴィーガニズムに近い立場の菜食主義を主張した。
- ツルネン・マルテイ : 日本国籍 / 政治家
- 『婦人之友』[要文献特定詳細情報]のなかで「菜食主義に近い生活を送っているので健康も最高の状態で維持されている」と述べていた。
- 日本に来た当時は安価でボリューム満点の学生向けの定食屋で肉類をたくさん食べ、脂肪の摂り過ぎになっていた[12]。
- マグロ・ヒラマサ・イカ・タイ・ウニ・タコなど、魚以外の肉を使わない日本料理が大好である。食事に出た場合は魚以外の肉料理を食べない[13]。
- 自身のメルマガ(No:238)において[14]、「我が家が100%の有機玄米食に切り替えたのは、私が国会議員になってからである。ほぼ完全な菜食主義者になったのも同じ頃だ。お陰で心身ともに益々健康になり、体重も5年間で70kgから理想の63kgに落とすことができた。」と述べている。
- 中村光 : 漫画家
- 乳製品や卵を食べる卵乳菜食者である。
- シカの撃たれる姿に心を痛めてベジタリアンになった[15]。14歳のときから肉を食べなくなったが、食べられるなら唐揚げなどを食べたいと語り、また本物の肉は体が受け付けないが、大豆タンパクで作られた肉に似せた肉モドキ料理が大好きと述べ、肉モドキ料理を出す料理屋の感想を「ベジタリアンの天国」と述べている[16]。家族はベジタリアンではなく、食事の際は一人だけメニューを変えてもらっている[17]。ときおり無性にハンバーグやラーメンが食べたくなる衝動があり、もどき料理を食べることで解消している[18]。
- 乳製品や卵(無精卵)を使った料理は食べると語り[16]、実際に外食で卵料理であるオムライスなどを食べている[19]。
- 二階堂ふみ:俳優
- 2018年からペスカタリアン[20]。
- 錦戸亮 : 俳優・ミュージシャン、元関ジャニ∞
- 肉・魚をほとんど食べない。幼少期は食べられたが、食べられない体質になった。特定の肉や魚を食べる事は出来るが、大量に食べると体調を崩してしまうという。
- 平沢進 : ミュージシャン(元P-MODEL)、シンガーソングライター、音楽プロデューサー
- 思想上の理由でなく、医師に情報提供する程に特殊体質であり、幼少期から肉や魚を体質的に殆ど受け付けなく、偏見意識の強い時代であった幼少期では教師に給食で動物性の肉類を強制的に食べさせられトイレで吐血して吐き出す日々を過ごしていた[21]。その若年期時代からヴィーガン的な食生活(本人は90年代のタイ王国での影響でピタゴリアンと呼んでいる)を送っており、自身の食事を「高品位粗食」と呼称している。ただし全く受け付けないというわけではないようで、急いでいるときにフィッシュバーガーを口にしたこともある(ただし1度切りである)。動物性たんぱく質の焼ける臭いも苦手としており、唐揚げの揚げる臭いで体調不良にもなっている他、植物性の疑似肉も食感が肉と似ているので口に出来ないとしている。一度その手の思想活動家らから自社の事務所に依頼をされたが、政治的、思想的思惑としての菜食主義は自身と全く違う立場としており、完全に拒絶している。料理は基本自炊しており、時折出前館でベジタリアン用カレーを注文している。外出時は事前に菜食料理のある店舗を予約している他、サイゼリヤ等も利用している。茨城県つくば市のヴィーガンラーメン専門店「KENJUキッチン」を好んで訪れており、店長の中村健寿との対談動画や店舗に実兄・平沢裕一がデザインしたランチョンマットを提供している[22][23]。
- 福間創 : ミュージシャン(元P-MODEL、元ヤプーズ)
- 玄米菜食メインの生活を行っている。自身は「パーフェクトベジタリアンでもなければ「○○主義」でもない。なんでも極端に偏ると大抵私は間違うから。でもビーガン、ローフード、マクロビ色々あるが、結果として私に一番近いのがマクロビだと思うよ。」としており、「これだけ食材を自作してたりマクロビアンみたく言ってると、最近では意識高い系として叩かれる風潮を感じるが、ここでハッキリ告白しておくと、外食は味が濃すぎだしそれ以上に食べ物にお金をかけたくないのだ。もう一度言うがお金をかけたく無いのである。だから、別にかっこよくないのだ。」と語っている[24]。
- 同じバンドのメンバーだった平沢進とは現在も交流が深くあり、時折平沢のライブによって自炊の食材を差し入れする等もしている。
- 藤子不二雄A : 漫画家
- 思想上の理由でなく、実家が曹洞宗の寺院で幼少の頃は精進料理ばかり食べていたため、肉や魚を体が受け付けなくなっていることが原因だという。
- 生前、『笑っていいとも』(フジテレビ)に出演した際、ウナギを一口食べたその直後(3秒足らず)に大量の鼻血を出したことを語ったというエピソードもある。
- あくまで受け付けないだけであり、毛嫌いしているわけではないらしく、肉・魚料理などのガイドブックやレシピを見ては「いいなぁ、美味しそうだなぁ」と思いながら眺めるのが楽しみの一つだという。自伝的漫画『まんが道』では松葉のラーメン(スープは鶏ガラ系)が大好物である。
- 真木蔵人 : 俳優
- 牛・豚は食べないが、魚・鶏肉は食べるため厳密にはベジタリアンではない(セミベジタリアン)。
- 16歳の時に一人暮らしを始め、栄養を補給するためにサプリメントなどを摂取し始めたことがきっかけで野菜中心の食事になった。
- 宮沢賢治 : 詩人・童話作家・農業指導家・教育者[25]
- 研究者の作成した年譜によると、1918年4月頃から菜食生活を開始し、以後5年間続けたと記されている[26]。
- 法華経信仰に入った後、1918年5月19日付で友人の保阪嘉内に宛てた手紙で「私は春から生物のからだを食うのをやめました」と記した。この書簡からは、動物性食品を摂ることを避けようとする意思を確認できる。同時にあくまで肉食をネガティブにつかむ文脈の中ではあるが「けれども先日社会と連絡をとるおまじないにまぐろのさしみを数切食べました。また茶碗むしをさじでかきまわしました。」と記している[27]。また、1921年8月11日付の関徳弥宛の手紙にて「7月の初め頃から二十五日頃へかけて、一寸肉食(豚の脂、塩鱈の干物など)をしたのです。それは第一は私の感情があまり冬のやうな工合になってしまって燃えるような生理的の衝動なんか感じないように思われたので、こんな事では一人の心をも理解し兼ねると思って断然幾片かの豚の脂、塩鱈の干物などを食べた為にそれをきっかけにして脚が悪くなったのでした。然るに肉食をしたって別段感情が変るわけでもありません。今はもうすっかり逆戻りをしました」と記しており、上記の期間においても肉食の体験があったことが窺知できる[28]。ただし、1918年暮れに妹トシの看病のため上京した際には、宿泊先の旅館で菜食主義の賢治のために精進料理を出してくれたという伝記の記述もあり[29]、書簡における言及に鑑みても、上記の期間における肉食は例外的なものであったとみられる。
- 花巻農学校の教師時代(堀尾青史の記述に従うならば1923年以降)は菜食主義を止めていた。市内にあるそば店や鰻屋に通い、天ぷらそばや鶏南蛮(かしわ南蛮)、鰻丼などを食していたという証言がある(詳細は宮沢賢治#食生活と菜食主義を参照)。
- しかし、1926年4月に農学校教師を辞めて独居自炊の生活に入ると再び菜食主義を研究し[30]、粗食をしていたことが複数の人物によって証言されている[31]。賢治の伝記研究を行った堀尾青史は、「菜食主義が体力の回復をはばんだといえるだろう」と、早世した原因の一つが食生活にあったことを指摘している[32]。この生活は1928年夏に賢治が体調を崩して実家で療養に入るまで続いた。
- ベジタリアン関係の著作に、世界中のビジテリアンが集まる「ビジテリアン大祭」に呼ばれた反対派との論争を描いた『ビジテリアン大祭』がある[33]。
- 横峯さくら : プロゴルファー
- 2006年に、父の良郎は「プロの実力は紙一重。疲れが出る時に、いかに戦えるかが勝負の分かれ目となる。さくらは、みんなが焼き肉やラーメンを食べている時に、栄養士の作った食事を食べている。だから今年はバテないんだ」と説明し、主食を玄米、タンパク質は納豆など植物性で補い、野菜・海草類をサラダやおひたし、煮物にして毎日食べているとされ、日下部マネジャーが「この時期に肉類は一切食べてません」と話した[34]。
- しかし、2009年12月15日のインタビューでは、本人が「玄米を主食に、野菜中心のメニュー。おかずは魚が多い。」[35]と述べている。
- 吉田豪 : フリーライター
- 動物の権利保護を掲げていた80年代パンクカルチャーの影響[36]で、肉と魚介類は一切食べず、主食は野菜と納豆である。需要に直接反映されないため、中古の革ジャンは着てもいいなどの基準があり、本人曰く「ゆるい動物愛護」とのこと[37]。
- 土屋昌巳:ミュージシャン・ギタリスト、元一風堂
- 「20代の頃からベジタリアンになった」と自身のフェイスブックなどで公表している。また1994年にプロデュースしたGLAYのメンバーに「肉を食べる事を制限した」とされている。(元GLAYのメンバーである上島明が自身のBLOGで記載している)
- フジ子・ヘミング : 音楽家
- 菜食主義者、クリスチャンとして知られ、「食物の中で特に好むのはじゃがいもである」と語っている。
- 財津和夫 : ミュージシャン
- 菜食主義者(ベジタリアン)として有名。ダイエットのために肉と油を一切摂らない食生活を志したのがきっかけだが、敬愛するビートルズの影響とも言われている。また妻と結婚する際、「菜食主義を理解して欲しい」とプロポーズし、それが受け入れられ、晴れてゴールインしたという逸話もある。
- 志茂田景樹 : 作家・タレント
- 自らのツイッター上で「玄米菜食は教条的におやりにならなくてもいいと思います。無理なダイエットと同じで挫折することが多いです。僕は20年来肉も少量とる。80%玄米菜食です。飢饉になったら野ネズミ、カエルを取って食べて生き延びるつもり(笑)」と発言。完全な菜食ではないが、部分的に肉食をしていないことを公言している。
- 松井玲奈 : 俳優、元SKE48
- 「(肉は)筋っぽくて、のみ込むタイミングが難しい」という理由から、ノン・ミート・イーター(牛・豚・鶏などを食べない非肉食者。卵・乳製品・魚介類は食べる)である。
- Zeebra : ミュージシャン
- ラスタファリ運動に影響を受けており、牛肉や豚肉類はまったく食べない、と言われている。[要出典]
- 藤井風 : ミュージシャン
- 「動物がとてもかわいいから」という理由[38]で、SNSでベジタリアンであることをカミングアウトしている[39]。また、Shing02と同様に飲酒・喫煙も忌避している。
- 十三代目 市川團十郎 : 歌舞伎俳優
- 『報知新聞』2009年1月6日のインタビューで「ダ・ビンチとかピカソとか、尊敬する人にどうも菜食が多い」と、前年の秋からベジタリアンになったと語っている。尚、ピカソは雑食性のオムニボア[40]
- 小林麻央との結婚後は再び肉・魚ともに食べるようになった[41]。
- ノーベル賞受賞作家。アニマルライツ運動を支持している。「日々繰り返される新たなホロコースト、しかし私が見る限り、人々の道徳心は何も感じていない。」著書「動物のいのち」より[116]クッツェーは南アフリカ人でもある二重国籍者。[117]